<< BACK
【inv25】『占いの裏側』
『占いの裏側』
(2012/11/08)

「感染拡大型の魔術?」
 昼下がり、昼食の客もはけた純白の酒場でフィルは訝しげに眉根を寄せる。
「ああ。そういうのって魔術の内容を自由にプログラムできたりするものか?」
「できるわよ。技量次第でしょうけど」
 食器の片付けをしながらフィルは軽く応じる。
「……ふむ。じゃあトロイの木馬のように……って店長は魔法世界の住人だったか。
 ええとだな、病気のように感染したては気付かないが、一定時間後に発症して特定の効果を表す魔術ってのは?」
「可能よ。タイプは色々あるけど」
「タイプと言うと?」
「気付かれないという制限には引っかかるけどライカンスロープ種や吸血種なんて感染拡大型の呪いだわ」
 噛まれた者がそれと同じになったり同種族に変貌する。確かに拡大し、特定の効果が発揮されている例だ。
「あとは……そうね。『噂』とかかしら」
「噂だと?」
「魔術師にとってあれも立派な魔術よ。言霊の系譜のね。
 精密に計算されて生みだされた言葉は遥かに多くの人を惑わし、国すらも転覆させうるわ」
 言われて見ればそうかもしれないが、イマイチこれは違う気がするのは自分が魔術師でないからだろうか。
「今調べてるのは例の占いチェーンよね?
 つまり占って貰った人がそういう魔術に感染していないかって事?」
「まぁ、そういうことだ。
 さっきも占って貰ったんだが、妙な魔術は掛かってないか?」
「掛かってるわよ」
「は?」
 さらりと言われてエディはがばりと視線を上げる。
「掛かってるって何が?」
「『噂』の魔術」
 拭き終わったグラスを棚に置いてフィルは、ん と体を伸ばす。
「噂、だと?」
「系統としてはね。恐らく感染方法は『占い』に関する話題。あたしにも魔術が掛かってきてるもの。払いのけてるけど」
「……そいつに掛かるとどうなるんだ?」
「別に本人がどうってわけじゃないわね。
 ただ、そう。簡易的な『感覚器』にされてるわ」
「……つまり?」
「その魔術の主は今エディさんがあたしと会話している事を知ろうと思えば知る事の状態にあるってことね。
 もちろん条件があるけど」
「……100mの壁か?」
「100m以内に同じ魔術の感染者が居ればリレー形式に読み取ることができる。
 そういう類かしらね」
「ってことは、神楽坂から依頼を受けた時点で感染しているってことか」
「文ちゃんも魔術は疎いはずだしね」
「……クロスロードのほとんどのヤツが感染してるんじゃないか?」
「かもしれないわね。気がつけばある程度の魔術師なら簡単に祓える程度だけどね。
 もっとも、クロスロードってマジックアイテムがそこらへんにあったり、魔術そのものの存在が居たりするから、それに紛れて気付かなかったりするかもしれないけど」
「……こりゃ、簡単にできるようなことなのか?」
「まさか。アルカでもかなり大掛かりな事しないと無理じゃないかしら」
「じゃあ管理組合以外にこんな事できそうな組織は?」
「術式を構築して、それを維持管理する仕掛けをすれば個人でも運用可能でもあるわよ。
 もっとも、そんな事をしているならさっさとバレて大騒ぎになってるでしょうけどね。
 そうなってないなら、名の知れた組織でも難しいんじゃないかしら?」
「思い当るのは無いのか?」
「町の隅に居座ってる神族レベル」
 アバターに宿らずにクロスロードに来訪した圧倒的な力を持つ神族は、しかしこの世界の法則に抑えつけられて会話以上の事はほとんどできないと言う。
「彼らくらいの力があれば可能だわ」
「……神、ねぇ」
 神と言う言葉に心当たりはある。というか、元々この魔術に思い至ったのはとある人物がかけられた『祝福』からである。
「……犯人はあいつか?」
「どいつかしらないけど、候補がそう何人も居るとは思わないわね」
 ふぅとため息一つ。それからコーヒーを飲みほし、天井を見上げる。
「行かないの?」
「いや、な」
 ここに来る前に行った占い。適当に金運でも聞いてみると近々収入があるでしょうというありがたいお言葉を頂戴した。そこまでは良い。
「君子危うきに近寄らず。か」
 最後に投げかけられた言葉。占い師を調査する自分をけん制しているのかとも訝しがっていたのだが、牽制でなく、純粋な警告だとすれば……。
「どうしたもんかね」
 エディは小さく呟きを零した。

◆◇◆◇◆◇

「黒幕ですか」
「ああ、そうだ」
「随分とハッキリ聴くのですね」
「占い師に迷いを告げるのは当然だろう?」
 マオウの傲岸不遜な態度に占い師の女性はくすりと笑みをこぼす。
「しかし不機嫌の理由が別にあって、それを私にぶつけられるのは些か困ると言う物」
「ふん。その詐術の種も占って貰いたい物だな」
「占いとは『裏無い』です。手品ではありませんわ」
「だが貴様らのはそれと違う何かだ」
「随分とハッキリ申されますのね」
「で、語るつもりはあるのか?」
「では占い師らしく語りましょう。
 探し物近き所にあり」
 近き、と言われてマオウは占い師を睨む。
「お前が、とは言わないだろうな?」
「私も、と言うべきでしょうか。
 この占いは私だけではできない物。しかし私もそのうちの一つ。
 故に私も貴方が求める黒幕の一端と言えるでしょう」
「……」
 抽象的な言い回し。確かに占い的ではあるが
「どういうつもりで始めたのだ」
「占い師が占い以外の何をすると?」
「発端も占い師か?」
「それについては違うでしょうね」
「では発端はどこに?」
 目線を逸らすことなく刃を突きつける様な問いにも占い師は薄い笑みを維持し続ける。
「遠く近い場所に。しかし、あなたが巡り合う可能性は非常に低いかと。
 何しろ貴方は余りにも相性が悪い」
「……相性?」
「王の相を持つ貴方と、それは対極に存在する者ですから。
 ……もっとも、普段の言動を見る限りでは貴方と似たり寄ったりではありますが」
「……誰かを言うつもりは無いと言う事か?」
「貴方が欲しいのは情報だけ。会う事でないのでは?」
「最早仕事などどうでも良いのだがな」
「一つ占いをしましょう」
 不意に話をそらされ、マオウは眉根を寄せる。
「タスクを正確にこなすことを望むのは機械の信条です」
「ふん。自分の口からは語らぬくせに、俺に責務は果たせと言うか」
「占い師としては貴方を良い方向へ導く助言をしなくては」
 あくまで朗らかに語る女に怯えの色は全くない。
「最初の問いには『待ち人来らず』としか言えませんもの。
 貴方が堕ちない限り、貴方はその感情を、呼び水を抱けない。
 或いは────」
 女は言う。
「意中の者。その主に逢う事があるならば。
 それは貴方にも芽生えるかもしれない」
「……下種な笑みが見えるぞ」
「失礼、占い師であると同時に私も年相応のヒトですから。
 これでも普段は指摘されるような愚は犯しませんよ?」
「……邪魔したな」
「また導きが必要であるのなら」
 柔らかな声に送られてマオウはテントを出る。
 自分と対極にある存在。
 その感情。
 あの男絡みで聞いた事のあるような、そんな記憶を掘り起こしながらどうするか、マオウは道を往く。

◆◇◆◇◆◇

「どうぞ」
 コーヒーを差し出された三人は笑顔で微笑む神楽坂・文を見る。
「それで、どこまでわかりました?」
「占いにPBと同じシステムが絡んでると思うんです」
 おずおずと切り出したチコリの言葉に文は「それで?」と続きを促す。
「えーっと」
 だがそれ以上の言葉が続かず、チコリは横でコーヒーを啜るトーマへ視線を向けた。
「これは占いでなく、何らかの方法で集めた情報を分析して占いっぽく告げているんじゃないかって思うんスよ。
 で、それができる物と言うと」
「PBですか」
 パーソナルブレスレッド。公式的にはそれで個人情報を集める様な行為は行われていないとの事だが、それを確かめる術は今のところ無い。
「やっぱりそういう結論に行きますよねぇ」
「やっぱりって、神楽坂さんもそうお考えだったので?」
 誰かに情報を流して見解を聞こうと考えた静樹だったが、結局ならば依頼人に話した方が早いと同行していた。
「管理組合に問い合わせたら無関係って回答でしたけどねぇ。
 そこで別の視点から調査をしてもらおうと言うのが今回の依頼ですので」
「でも、手段が正しいのなら、管理組合以外にこんな大掛かりな事出来る人、居るんでしょうか?」
 チコリのもっともな発言に文はうんと頷きひとつ。
「そこが問題なんですよね。
 できそうな人なら3〜4人心当たりはあるんですけど、確証がなくて」
「個人なのですか?」
「組織での動きであればもう少し掴みやすいんですよ。コネもありますし。
 まぁ、組織で言うなら最有力候補はエンジェル・ウィングスでしょうけど」
 常日頃から町中を走り回る郵便屋はクロスロード最高の情報伝達集団である。
「ただ彼らは郵便配達業者の矜持として、個人情報の漏えい関係は厳しいですからね。
 こう言う行為に出るとは思えません」
「個人、個人……。前に指輪でなんかしようとしたヤツが居たっスね。
 そいつの事っスか?」
「彼女も候補の一人ですね。
 最近町での目撃情報は……まぁ、アルカさんそっくりなんで無いと言うか分からないと言うかなのですが、それらしい動きは無いと思いますので候補から外していましたねぇ」
「んー」
 思考がどん詰まったチコリは軽く呻き、それから
「ええと……良く分からないんですけど、これ以上踏み込むとちょっと危険な気がするんです」
 と、呟く。
「それに今のところ占いが何か問題になっているわけでもなりませんし、占い師の人は良い人見たいですし……。
 このままでも良いかなって思ったり」
「いやいや、しかしトーマさんはその占い師に溺れさせられかけたんですよ?」
 静樹に口を挟まれチコリは「はっ」と呻く。
「結果的に我々にそれを伝えて救助させたのも占い師ですが、果たして本当に悪意が無いのか」
「どういう意味ですか?」
 文のきょとんとした顔に「どうも確率を操作する魔術を掛けられたようなんスよ」と言って一つくしゃみ。
「おかげでずぶぬれっス」
 ちなみにニンギョノトイキは水中で息ができるようになるだけなので、ずぶ濡れは避けられなかったのだが。
「確率の操作……そう言えば占いの最後に一言を掛けられる。それはおおよそ当たる。と言う話がありましたね」
「ああ、それっス。水難の相が出てるとか言われたっス!」
「それが魔術と言う事ですか。
 確かにニンギョノトイキを誤作動させるほどに確率を変化させる事ができるのならば、町が崩壊するなんて確率を上昇させられたら酷い事になりそうですね」
「あう、それは怖いです」
「んー……。確率操作、ですか。
 なるほど」
 神楽坂・文はニコリと笑みを一つ作ると
「それで大体絞り込めました」
 そう言い放った。
「え? 犯人が分かったんですか?」
「ええ。十中八九そうだと思います。
 しかし、下手に手を出すと色々面倒な相手の一人でもありますね」
「そんな大掛かりな魔術を個人で運用できる時点で厄介なのは目に見えていると思いますが」
 静樹の冷静な突っ込みに「それもそうですねぇ」と文はあっけらかんと応じた。
「ともあれこれをどうするかは考えてみる事にしますよ。
 チコリさんの言う通り、占いそのものはクロスロードに受け入れられつつありますし、今のところトーマさん以外に悪い被害を受けたと言う話は聞きませんし」
「あたしだけ被害者っスか!?」
「まぁ、こちらが先にちょっかい掛けたようなものですしねぇ」
 理不尽だと立ち上がるトーマをチコリが困り顔でなだめる。
「その点は迷惑料と言う事で追加でお支払いします。
 ニンギョノトイキ分の金額を」
「では依頼はこれで終わりと言う事か?」
「ええ。他の方からの情報提供とも突き合わせて検討しますね。
 お疲れさまでした」
 言いながら頭を下げ、次いでPBを操作して報償の支払いを済ませる。
「また何かあったらよろしくお願いしますね。
 面白いネタがあればいつでも買いますよ?」
 そう締めくくり、彼女はコーヒーのお代わりを事務員に依頼するのだった。

◆◇◆◇◆◇

「犬も歩けば棒に当たると言いますが」
 占い師の言葉にヨンはきょとんとする。
「どうも貴方が歩くと導火線に火が付くようだ。そういう星の元に生まれているのですな」
「え? え?」
「いや、私も占いをしてそこそこ長いですがね。
 貴方のような相を見たのは初めてだ。うん、珍しいと言うかなんというか」
「い、いや、何を……」
「強いて言うならば」
 困惑するヨンに占い師は神妙な顔つきで告げる。
「また、新たな引き金を引きましたよ?」
 どうしようという顔をして彼は口ごもってしまう。
 まだ何も問いかけをせぬままに告げられたなんとも不吉な言葉。どことなくいろいろ心当たりはあるのだが、納得してはいけない気もする。
「ええと、それは某世界の敵見習いの事でしょうか?」
「恐らくは。そして貴方がそれを聞こうとしてここにやってきたがために、それは行動を開始するのです。
 貴方は星を動かす星。
 くれぐれも気を付けなされ」
 つまり、彼女は何かをおっぱじめると言う事であり
「今回の件には関係していないということですか」
 と言う事であろう。
 なにやら盛大に新たな地雷を踏み抜いたらしい事を悟った吸血鬼はしばし天井を見上げると
「ちなみにどうしたら妖姫さんの気を引けますかね?」
 何もかも諦めて一回りしたキリッ顔でそう問うのだった。

 ちなみに占い師の答えは何だったのか。
 それは彼の胸中にのみ秘められるべきだろう。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
 というわけでなんかヨンさんがオチ兼次のinvの種を持ってやってきましたが(笑
 恐らくは犯人誰だかわかったかなーとは思います。
 まずヨンさん以外には報酬3万Cずつ+経験値4点が自動的に入ります。
 またトーマさんにはニンギョノトイキの補てんがあります。
 +登場回分の報酬を得ておいてください。
 マオウさんとエディさんの文さんへの報告については自由ですが、調査した事に対する報酬として自動的に振りこまれていたという扱いとします。

 というわけでこのお話はここらで締めておきましょう。
 次のイベントもよろしくお願いします。
niconico.php
ADMIN