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【inv25】『占いの裏側』
『占いの裏側』
(2012/09/26)
占い。
 それを説明するのは非常に難しく、また手段も多彩である。
 未来視、未来予知といった時間系の魔術、能力とは別。クロスロードに措いては「関連性の無い手段で曖昧な助言をするための技術」という何とも微妙な立場にあった。
 というのもターミナルに置いて未来視も過去視も使い物にならない。力は発現するが見通す事ができないのである。
「1秒は100mよりも遠い」とは、とある世界の名のある未来視使いが残した言葉である。以来この世界において未来と過去は100mよりも遠いというのが通説だ。故に「100mの壁」は見通す事を完全に阻害してしまう。
 では占い師は存在しないかと言えば、そんな事は無い。
 魔法が存在するこの世界で皮肉なことにクロスロードに居る占い師のほとんどは魔術の存在しない世界の来訪者だ。
 経験と話術、勘と計算。
 そのような未来と過去に直接干渉せずに相手を見据え、過去と未来を導きだす技術として占いはそこにある。
 無論魔法系世界の住民にとっては眉をしかめるようなペテンであり、科学系世界の者にとっても実際の魔術をその目にしてしまえば扱いに困るような者たちである。そのほとんどは元の世界に帰るなり、別の生計手段を探すほか無くなるのだが、ごく一部、凄まじい才覚でペテンをペテンと言わせぬ「占い師」として身を立てる者も居る。そういう者達は商人やそれなりの組織の長の相談役となる事が常である。
 こと商人は金という物理的な物に固執しつつも、意外な事に迷信や占いといったあいまいな物に非常に敏感である。自分の才覚の後押しがあれば人は前に進める。そのための手段として優秀な占い師は喉から手が出るほどに欲しい人材なのだろう。
 
 以上の事情を抱えるクロスロードの占い師。
 しかしそんな経緯知った事ではないとばかりに、現在占い師のチェーン店なる物が話題になっているのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ってことなんですよ〜」
 にこにことクロスロードにおける占い師の立場を説明した神楽坂・文は喉を潤すべくまだ湯気立つコーヒーに口を付けた。
「で、そこじゃどんな占いをするんだ?」
 頭の中で情報を整理したエディが問う。
「人によって色々ですよ。小さな個室スペースなので亀甲占いなんて派手で大掛かりな占いをしている人は居ないらしいですけどね。
大体星占い、カード系、宝石占い、相、卦、と言った感じです」
「ありふれたと言えばありふれた、か。
 で、当たるのか?」
 もう一人、文に話を聞きに来た静樹が問うと
「凄い当たるらしいですね。これも人によって程度の差がありますけど、凄い人には大行列できるらしいですよ」
 言いながら写真を差し出すと確かに行列のできている様が写っていた。
「まぁ、半分以上は物珍しさと噂によるものですから、来月あたりになるとどうなるかわかりませんが、少なくとも行列ができている所の占い師はずっとこんな調子かもしれませんね」
「ふむ。有名な連中はピックアップできているのか?」
「カード占いのラミー・リーン。星占いのロロ・メグンド、クッキー占いのマオ・ランジュンあたりですかねー?」
「くっきーうらない? 何ですかそれは?」
「クッキーの割れ方で占うらしいですね。
 正直意味不明ですが、当たるから仕方ないと言うかなんというか」
 文の言葉に静樹は眉を顰める他ない。
「魔法は使って居ないのか?」
「恐らくは使ってないと思うかなぁ。
 ただ、魔力を帯びた物を使ってるっぽいから、判断付きかねるけど」
「マジックアイテムの効果とかかい?」
「それは未来視とかと同じかなー。道具だから100mの壁を無視できるわけじゃないし」
 レーダーなどの観測機器も100mを越えて探査は不可能である。
「昔から占いやってる人は確かに居るんですよねぇ。
 有名なのはアンドロイドのK-SD-01Yさんでしょーか」
「「……?」」
 突拍子もない種族名に二人が眉根を寄せる。
「超計算による未来予測で占いをするということで結構当たると評判なんですよ」
「それを占いと言っていいのか?」
 ごく当たり前の突っ込みにもニコニコしているということは、そういう突っ込み待ちだったらしい。
「でも、未来視も魔術概論的にはアカシックコードを読解する術だって説もありますし、大差ないかもしれませんよ?」
「でもそういうのとは違う、と言いたいのか?」
「勘ですけどね。というわけで調査をお願いしたいのですよ。皆さんの感覚で探ってもらいたいわけです」
「他に不審な点とか神楽坂さんが不審に思った点は無いのですか?」
「……そうですね」
 静樹の問いかけに頬に指当て
「何と言いますか、違うんですよね」
 本当に感覚的な物言い。訝しげにすると
「占い師として根本的に何かが違ってるというか、間違ってるというか、そんな感じがするんです」
「あんた、物書くのが仕事なのに、随分と曖昧だな?」
 エディのつっこみに文はへにゃっとした笑みを浮かべ
「文章にするのはもう少し事実を掴んでからのお仕事です。
 その事実を掴むのは感覚のお仕事ですよ。今回は人海戦術で行くべきというのも感覚ですねぇ」
 そう言われては返す言葉もない。
 ともかく調査に出るかと二人は席を立つのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「機械運を占って欲しいっス」
「なるほど、お任せください」
 さらりと受け入れられてはなじろむエディ。
「どうしました? まさかあっさり受けるとは、とか思ってるようですが」
「そそそ、そんなことはないっスよ!」
「そうですか?」
 そもそも宇宙服を着こんだ変質者のような格好でも動じなかった占い師だ。今さらかもしれない。
 水晶玉を相手に何やら呪文らしきものを唱えている占い師を見つつヘルメット内に用意されたディスプレイで魔力の計測結果を確認する。
 若干の魔力反応あり。どうやら水晶玉に干渉しているようだ。見れば水晶玉が淡い青の光をほんの僅かに放っている。
「おお、見えますな。貴女の機械には良い時と悪い時が明確に出るようだ」
「そ、それは間違ってるっス! ウルトラパーフェクトな天才美少女の作る機械に悪い時など……!」
「しかし、水晶玉には出ているのです。そう、戦闘の、人形でしょうか」
 ぎくりとする。が、ヘルメットで顔は見えないのでセーフである。
「そ、そ、そんな事は無いっスよ」
 でも声が震えているので台無しである。
「しかし安心なさい。貴女が趣味で作る機械はかなり微妙でも、他の人に請われて、あるいは本当に大事な局面で作る機械には祝福が宿るでしょう」
 笑顔でそう言われると返す言葉もない。
「ただ、恋愛運は己を認め、正さなければ改善は難しいでしょうね。
 人を見て自分を見る事で初めて人と人は繋がれる。貴女は機械を通してそれができる人だと出ています。あとはそれを心に刻み、日々努力することですね」
「……はい」
「お時間ですね。またお気に召したらいらしてください。
 あと、転倒注意で」
 最後の一言が気になったが、後ろでは数人の客が待っているとあって流石に強引に長居はできない。
 がしょんと機械音を立てつつスペースを出たトーマはうーむとうなりつつ空を見上げた。
「わきゃっ!?」
 と、そんな彼女にぶつかった少女。
「おっと済まないっス」
「い、いえ。こちらこそすみません。
 ……ロボットさん?」
「ただのウルトラ天才美少女っス」
 周囲の順番待ちの客が「自分で言うか?」的な視線を向けているが、残念ながら視界のせまくなった彼女には届かない。
「はぁ。ウルトラさんですか」
「それだと光の巨人になりそうなので違うと言っておくっス」
「……もしかして、神楽坂さんのお仕事を受けてる方ですか?」
「む? あんたも占い師っスか?」
「あ、いえ。さっき仕事運とか近日中の運勢を占って貰ったら……
 奇怪な……げふんげふん。少し変わった方が仕事仲間になると」
「ほほう」
 まるで自分の事と思ってないような口ぶりにチコリはどうしようという顔をする。
「それは大変っスなぁ」
「……えっと、はい」
「ではあたしは他の店も調査してくるっスよ」
「あ、私も2つほど回ったので一応情報交換しておきませんか?
 同じお店に入った時に色々とわかることもあるでしょうし」
「良い考えっスね。じゃあ少し」
 と、振り返ろうとしてバランスを崩し、ぶっ倒れるトーマ。
 流石に色々な機能を詰め込み過ぎて重量過多になったらしい。
「転倒注意……っスか」
 慌てふためくチコリの声を聞きつつ。さて、どうやって起きようかと考えながらトーマは青い空をみあげるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「謎を解く事は可能でしょう。しかし謎を解く事が幸福に繋がるかは別の話です」
 クロスロードより南方へ約50km。
 大迷宮都市までやってきていたマオウは系列の占い師からそんな言葉を与えられていた。
「ほう、知らぬが仏、とか言う慣用句があったか」
「ことわざですね。確かにそうかもしれません」
 八卦という妙な模様のある板を前にした占い師の目を見ても、穏やかな物だ。
「随分と占いが当たると評判のようだが、何かコツでもあるのか?」
「飯の種を話せというのも随分な話ですね。
 まぁ、長年の経験と技術のたまものでしょう」
「超常的はないと?」
「占い師は過去を視て、未来を覗き、相談者に道筋のヒントを与えるだけの存在です。
 私にとっては魔術や機械人形の方がよっぽど超常的ですね」
 ずばり問いかけたのだが、流されてしまった。マオウは面白いと目を細める。
「では100%当たる物なのか?」
「貴方はここを出て右に行くでしょう。
 そう言った瞬間、貴方には左に行けばその占いを破綻できる可能性を持ってしまいます。
 占いに100%はありません。導に従うかどうかは相談者の意思が決める事で、その結果を良いと思うか悪いと思うかもまた相談者次第です」
「ではお前が何を言っても責は無いと?」
「故に助言者なのですよ」
 人ができていると言うべきか。のれんに腕押しと言う感じだ。
「面白いな。私も占い師になるだろうか」
「誰でもなる事は可能です。
 ですが貴方にあるのは王者の相、人の声に耳貸すこともありますが、最後は貴方自身が率いるのでしょう。貴方は助言者でなく決定者です」
「……」
 わずかに表情に苦み走ったのを占い師は見てとっただろうか?
 しかし例え見てとったとしても彼はそれを表情に出さないかもしれない。
「参考になった」
「いえ、貴方に良い明日があらんことを」
 占いの小屋を出たマオウはふむと顎に手を当てる。
 なるほど確かに良い相談者ではあるが、占い師かどうかと言うと少し怪しい。というのが得た感想だ。
「しかし的確にこちらの過去や現状を当ててくる事もある。
 すべてではない、が、ふむ」
 例えば断片情報を元に会話を組み立てているとするならば?
 それはどういうカラクリなのだろうか。
「興味がわいた。もう少し調べてみるとしよう」
 ニヤリと口元を笑みに歪ませて、マオウはふらり町へと消えて行った。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

はいどーも。占いの裏側その1をお送りしました。
断片情報がてんこもりですねーっと。
さてこの話の結末がどこにいくのやらってところでリアクションお願いします☆
『占いの裏側』
(2012/10/11)
「これは禁断の愛なんスよ!」
 ぐっと握りこぶしを固めて力説する少女が一人。
「というわけで彼女に会いたいっスよ!
 どうしたら逢えるっスかね?
 あとこの恋は上手く行くっスかねぇ?」
「貴方が望むとおりの結果になりますよ」
 水晶玉占いの占い師はそんな奇行に動じることなく、穏やかな声でそう断言した。
「……望むとおりっスか?
 ではこの恋は上手く行く、と?」
「貴方の望むとおりになります」
 たらりと冷や汗が背に流れる。
「ええと、どこに行けば逢えるっスかね?」
「それについては占う必要もないですね。PBの住所検索を使えば仮に自宅を知らなくても逢いに行けますし、その方のお名前はご存じなんですよね?」
 アウトオブ占いでの真っ当なコメントにぐと喉を鳴らしてしまう。
 全部ばれてるとか……?
 そんな予測が脳裏をよぎる。そも前回の占いでもどういうわけかグシケーンというトーマが作った珍妙……もとい強力な格闘ロボットの存在を看破された節がある。
 これは……プランBっスね。
 そう判断したトーマは「わかったっス! その言葉を信じてやってみるっス!」と勢いよく立ちあがる。
「ええ、貴方に良き明日があらんことを。
 あと、もう随分と冷え込んできていますので風邪にはお気を付けくださいね。
 水難の相が見えますので」
「え?」
 ぎくりとする。
 何しろ今からやろうとしているのはほんの少し前に飼い慣らした(と思い込んでいる)チコリという少女と示し合わせた作戦だ。
 自身がニンギョノトイキを使ってサンロードリバーへと潜り、彼女が自分の居場所を占い師に聞く。
 魔術でも技術でもない「占い」にそんな奇天烈な行動の予測が果たして可能か。
 可能であればそれはどちらかに依るカラクリがあるのではないか。
 というのが彼女の脳裏に描かれた推測だ。
 しかしそれを実行する前に、まるで看破するかのような言葉が掛けられ、息を飲む。
「水難、っスか?」
「雨が降るか、お風呂でこけるかはわかりませんが、水には充分にお気を付けください」
「わ、わかったっス」
 頷いてそそくさと出るトーマ。
 それから占い師のテントからやや離れてしばし黙考。
「だ、だがしかし、ここで引いては女が廃るっス!
 当たって砕けろの精神でここはやってみるっス!!」
 相変わらずのポジティブシンキングを薄い胸に宿し、トーマは予定していた行動へと赴くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「魔術師ギルドってないのですねぇ」
 魔法の事を調べるのであればそういう場所だと思ってPBに聞いてみたところ、世界ごとに魔術系統が違いすぎてギルドとしてまとめようがないし、まとめる意味もないという状況らしい。例外としては治療系の技術、魔術を全てまとめ管理する「施療院」が存在するが、こちらの主目的は技術管理と言うよりも、平時の治療場所の均等配置と有事の際の対応を円滑に行うための組織らしい。
 マジックアイテム関係は売り手がそれぞれ自由に作って販売している。中でも魔法技術を工業化し、一定の性能を一定価格で販売するシステムを構築している世界が、クロスロードでよく見られるアカイバラノヤリやニンギョノトイキを卸しているのだそうだ。
 一方でシーフギルドは存在していた。無法の町クロスロードで「犯罪者」という言葉は実は矛盾しているのだが律法の翼などの規律を求める組織がある手前、どんな世界でも非合法とされやすい品物や行為を取りまとめる組織は必要悪として存在している。
 無論情報も彼らの一つの商売だ。公的な情報はPB経由でいくらでも手に入るが、来訪者一人ひとりの後ろめたい話などを求めるならば、彼らに頼る事を誰もが思いつくだろう。
「そんな彼らが『知らない』と言いましたか」
 彼らの発する『知らない』という言葉は充分に価値のある情報だ。単なる無知無能ではない。彼らがそれを役割として対価と地位を確保している以上、それを主張できるだけの情報網を有している。それに引っかからないというのはかなり考えづらい、或いはそれだけ異常な存在が関わっているという意味になる。
 こと今町で大ブームの占いチェーン。その親玉の姿を捉えられないというのは余りにも奇妙だ。
「実はそんな人は居ない。というのもありそうな話ですね」
 占い師全員、或いはコアとなる数人での口裏合わせ。居ない人間の影を追ってももちろん見つかるはずもない。
「まぁ、決めつけるのは早計というもの」
 もう一つの目当てであった魔力計については案外すぐに手に入った。魔術系統がばらばらのこの世界だが、その動力源、マナとも魔素とも言われる超常物質を扱う事は一致しているらしい。仙術思想にある「似ている物は同じである」という法則がこの世界でよく観測される事は有名である。
 つまり「魔力探査」という行為に対して別々の手法はあったとしても、結果はほぼ同じであるのだ。もちろん術の質には差異があるが100mの壁があるこの世界では分析力の差くらいで、有無を調べるのには安物でも何の問題もない。
「あとは協力者が欲しいところですね。
 確かトーマさんという方が積極的に動いているらしいのですが」
 積極的過ぎて思考が暴走し、どこをほっつき歩いているのか分からないのが問題だとも言われたのでとりあえずは運が良ければ逢える程度と思うしかないと割り切り、まずはこの魔力計での調査をしようと占いの館の一つへと向かう。
 と、聞いた特徴と全く同じ背恰好の少女がサンロードリバー河原に降りて行くのが見えた。
「……幸運と言うべきでしょうかね」
 一人ごち、追いかけた静樹はぎょっとする。そのままざぶざぶと水の中に入っていくではないか。
「ほ、本当にどこほっつき歩いているか分からないですよ!?」
 まさか自殺?! と一瞬思ったがそんな事は流石にないだろう。良く見れば何かマジックアイテムらしきものを手に水の中に入ろうとしている。
「あれは……ニンギョノトイキ。水の中でも行動可能になるアイテムでしたか」
 ならば水の中に何かあると言うのだろうか?
 流石にその用意をしていない静樹としては水に潜る前に交渉する必要があると駆けだすが、一歩及ばずにその小柄な頭魔でとぷんと水につかってしまった。
「……うーん。流石に読んで聞こえるものでもないですよね」
 サンロードリバーはかなりの水量を誇る大河だ。緩やかに見えてもごうごうと水が流れる音が響いている。大声くらいで水中の彼女に届くとも思えないし、少し先に進むだけでその水流に飲まれてかなり西へと流されることだろう。
「仕方ない、またの機会に……」
『救難信号です』
 何事かと思い、それが自身が身につけているPBからの物だと気付く。普段はこちらの疑問が無い限り返事をしない装置のはずのそれが発した言葉の意味に眉根を寄せ、不意に嫌な予感を感じて川を見ると
「……ちょ」
 小柄な体がすげえ勢いで流されていく。しかもぷかーと浮いたまま。
「さっきのアレ、水中で活動できるアイテムだったはず……。見間違えか? いや、そうとすれば入水自殺?」
 己の存在が人を喰らう物だったせいか、人の生き死にに達観気味な静樹は眉根を寄せて不可解な現象を考察し、
『救難信号です』
 繰り返されたPBのアラームのようなモノにハッとし、救助へ向かう。
 はにぃとらっぷでドキドキさせようかと考えていたのに、ドキドキというか、困惑させられたのは結局静樹の方となってしまったのであった。

 結論から言うとそれはニンギョノトイキの不具合品を使ってしまったために起きてしまった現象だった。
 そして、後でわかった事なのだが。
このシリーズのアイテムがまともに働かなかった事例は本当に、本当に珍しい事だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 エスディオーネに見解を聞いてみるつもりで大迷宮都市の占いの館に行ったマオウであったが、彼女はそこで発見されただけで。実際どこに住んでいるかは完全に失念していた。
 彼女の身分的にはどうも副管理組合長の1人、ユイ・レータムの配下(?)らしく、現時点での肩書もユイの補佐という事になっているらしい。
 そもユイ・レータムという少女についての話を聞けば、おおよそ目にする機会が少なく、なおかつその機会があっても8割以上寝ているという奇特な存在だった。機械技師が本職であるらしく、対して機械人形であるエスディオーネはユイの作品かそれに準じる存在というのが妥当な予測だろう。

「私に御用と言う事ですが?」
 では管理組合に行けば良いかと言えばそうでもなかった。
 副管理組合長と暴露されてから、うち3人が所属するアイテムショップ『とらいあんぐる・かんぺーたーず』は休暇気味になっていたのだが、彼女が店番を専属で行うことで元通りの営業時間に戻す事が出来ていた。元々依頼を受けてからの製作が多い彼女らの仕事だったため1人店番が居れば運営には支障が無かったのである。
 もっとも、めんどくさがりな風のアルカと常時睡眠なユイはいち時期の混乱を越した後は店に居る事も多いのだが。
「ああ、占いの店について調べていてな。
科学技術側の意見を聞きたいと考えたら思い当るのはお前だったというわけだ」
「ユイの方が専門ですが」
「まぁ、話を聞いてくれ」
 分かりましたと頷いたエスディオーネに一通りの事情説明をする。
「占いと呼ぶには不鮮明。これ先の人心掌握術と言うにはこちらを知りすぎている。そもこの世界には100mの壁があるため、1人の占い師がというならまだしも、徒党を組んで同じ精度の情報を共有できるというのは俄かに信じがたい」
「可能ですよ」
 さらりと、本当に何でもない様に見解を覆されてマオウは言葉に詰まる。
「……どういうことだ?」
「その方法はクロスロード成立時から確立されています」
 言いながら指差すのはPB。
 確かにそこにはこの世界における莫大な情報が常時更新され、来訪者の生活をサポートしている。
「……いや、確かに事実として存在しているな」
「但し、これはそれなりの手間を掛けて構築したシステムです。
 安易に同様の物が構築できるかは何とも言えませんが、可能か不可能かで言えば可能な技術です」
「情報共有は可能だとして、占いに来る客全員の情報を持っているのは不可解ではないか?」
「それについては、例えばですが1人1人の個人情報を調査する事は事実として可能ですが、時間や人員、方法や費用を踏まえれば難解と言えるでしょう」
 占いの報酬では釣り合わない事は想像に難くない。
「人の思考を読み取っているという可能性は無いか?」
「あります。方法としては2つ。
 直接相手の思考を奪い取る方法と相手の行動から行動を予測する方法です。
 前者は魔術的には精神系の魔術で、無論魔術抵抗力による効果の差異があります。人によっては魔術を掛けられた事を察知する事も可能でしょうから、誰にも気づかれないというのはおおよそありえないと思います。
 科学的には脳波からある程度の思考を計測する事もできますが、これは精神魔術ほどに精度はありません。頭部に電極なりをつけて定期的に観測すれば制度はあがりますが」
 もちろんそんな不可解な事をされた覚えは無いし、魔術を掛けられれば多少なりと分かるという自負はある。
「そのどちらもセンは薄い気がするな」
「では後者です。こちらは相手の行動から相手の心理を割りだす方法。
 魔術的には分類が難しいですが、科学的に見ると行動心理学となります。
 人間種の例で言えば思考時の目の動きで右脳、左脳のどちらを使っているかから、それが嘘を創造しているのか、記憶を探っているかを読み取ると言う事が知られています。
 これを魔術的に使うならば『天啓』系魔術のうち思考を加速させる類により、より正確な行動心理学に基づいた予測を深める事も可能でしょう。
ただし人間種に限らないこの世界では1種族の行動心理学から類推するのは非常に困難でしょう」
 まるで辞書を読み開いたかのようにすらすらと出てくる推論をまとめながらマオウは眉根を寄せた。
「その複合の可能性は?」
「あります。あとは科学系世界の占いの技術も応用すれば大体の客のニーズに合った予測と助言は可能でしょう」
 魔法も科学もそれ以外の技術もすべてを魔女の鍋に突っ込んだようなこの世界に不可能な事を考える方が難しい。そう言われたような気がしてマオウは思考を巡らせる。
 何らかの技術を複合的に使用すればあの占いの再現は可能。
 本当にそうか? 何か引っかかる気がする。
 そう、例えば過去は調べられるかもしれない。悩みに対し助言は可能かもしれない。
 だが、そう。何の関連性もない未来に対する忠告は可能なのか?
「……ラプラスの悪魔という言葉があります。
 これは世界全ての原子の位置と運動量を知る事ができるのならば、それら全ての次の状態を予測できるので未来を完全に予測する事が可能だと言う架空の論理です。
 これが架空の理由はそんな存在がありえないからですが。こと魔術の関係する世界では複合要素が多すぎますので」
「つまり魔術的に未来を見るのではなく、限定的に未来予測する事は可能、か?」
 全てを見る事は不可能でも限定空間内では可能ではないか。
「ですがこの世界ではその限界は100mです」
 やはりそれが引っかかる。
「……別の理由を考えた方がよさそうだな。参考になった。感謝する」
「いえ」
 何か礼をと口にしかけたが機械であることを任ずるような彼女にはどうにも無粋なような気がして、マオウは店に訪れた客の領分として小物一つを購入し、店を去るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うーん」
 店を2件ほど回って同じことを聞いてみたチコリは小休止とばかりにカフェのオープンテラスでココアの湯気を見ていた。
 恋愛運についてわりかし本気で聞いてみたのだが、残念なことに目は無いような事を言われてしまった。ここら辺かなり落ち込む話だったが、2人目の占い師によれば、本当に巡り合おうとしなければ縁は作られないとの事だった。待ちの姿勢ではダメということか。
 実際誰かと良い雰囲気になっているかと言えばそういうわけでもなく、思い浮かぶ男性と言われてもピンと来ないのだから当然だろうと自分を納得させてみる。
「でも……」
 もう一つのプラン。相手に商売気がどれほどあるかを計ろうとしたチコリは占いに盲信するような素振りを見せたのだが、2人の占い師は共に「また相談したい時に」とこちらに任せるような言葉で締めくくった。確かに客は大勢来ているのだから商売には困っていないのだろうが、これが詐欺師とか利益主義ならば怪しい壺の一つでも勧めてくるはずだという目論見は淡くも崩れ去った。
「とりあえず予定通りもう一軒くらい伺って見ましょうかねぇ」
 そう言いながら立ち上がり、わりかし空き気味な占いの店へと足を勧める。
 大人気の占いチェーンだが、やはり言い方や占い方が異なることから、同じく当たるにしても人の好みが出るようになりつつあった。余りの人気に並ぶのを諦めて客をもらっているような店もちらほら出てくるようになっているらしい。
 そう言った店だろうなぁと思いながら占い師の前に行くと、よぼよぼの老人が和服で変な竹ひごを前に座っていた。
「いらっしゃい」
 優しげな感じだが、ほっとくとそのまま寝てしまいそうな雰囲気に不安を覚える。このあたりがこの店が過疎っている理由だろう。
「え、あ。あのですね!」
 と、2軒で繰り返した恋愛相談をすると、老人は頷いているんだか、船を漕いでいるのか分からない様子で頷きを返す。
「そうかいそうかい、お嬢ちゃんくらいの頃には良い男の子を捕まえないと不安になるものなのかねぇ」
 確かに不安はあるが、と苦笑い。
「でも、本当に彼氏さん欲しいのかい?」
 と、前2軒と同じような事を言われて口ごもる。
「ほ、欲しいですけど……何と言いますか、どうすればいいか分からずに」
「うんうん。お嬢ちゃんは誰かに手を引いてもらう感じだねぇ。
 好きな物に向かって行くけど、最後までちゃんと人を好きと思った事はあるかい?」
 う、と口ごもる。LikeとLoveの違いを心情的に表せと言われるとやや迷いそうな自分を前2軒でなんとなく察していた。
 なにしろまぁ、犬の特性と言うかどうしても目先の楽しい事が好きなのである。もちろん好きな人は好きなのだが、それが恋愛かどうかと言われると口ごもってしまう。

 ついでにさっきは女の人に告白じみた事言われましたしね!!

無論それは何時も通り暴走しているトーマの発言で、整理して聞けばフリをする協力をしろと言う事だったのでセーフと割り切っているのだが。
ハーブ店の店員でも百合関係は遠慮したい。あ、自分今上手い事考えましたねとか一人ごちていると老人が竹ひご────筮竹を手にしゃかしゃかと振っていた。
「良い例がおったじゃろ?
前向きに関わっていけば必然と縁は生まれる」
丁度考えていた暴走娘の事を言い当てられたようではっと見上げると、老人は優しげな目でこちらを見ていた。
「それをどう育てていくかはあんた次第じゃがね。育てるのは得意じゃろ?
 今まではそれの勝手にさせていただけで、いつの間にか興味が移っておっただけ。
 真剣に見定めてゆっくり育てればお嬢ちゃんの縁はちゃんと育つよ」
「は、はい」
「それから今のところは悪いのに引っかかってないようじゃがね。
流されると良くない。そこはしっかり肝に銘じておくことじゃ。
……物理的に流されておるのもおるようじゃが。水難の相かのぅ。身近な人間に迷惑を掛けられそうじゃな」
「え?」
 水難の相と言われて思い当るのは、やはり先ほどから脳裏をかすめるトーマの事。
 確か彼女、状況が芳しくなければ占いじゃ当たらないような、そうサンロードリバーに潜って探せるか試してみたいとかなんとか。
「物理的、ですか?」
「うむ。水難の相。失せ物はすぐ見つかると思うが、これも縁じゃな。放っておけば切れて無くなる」
「ちょ、ちょっと急用がありますので!
 ありがとうございました!!」
「うんうん。良い方向は東じゃ。そっち側を探すと良い」
 この馬鹿でかいクロスロードの東側と言われても気が遠くなるが半分に絞られただけでもありがたい。
 縁と言う言葉を重く感じながらチコリはサンロードリバーへと走っていくのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
ぶっちゃけエスディオーネは大あたりだったりします(=ω=)
さて色々と分からない事だらけと思いますがヒントはそれなりに出したかなぁと思っています。
ただこのシナリオ、どこにオチを付けるかはちょっと悩んでいるところでして。
うひひ。
では次のリアクションをよろしくお願いします。
『占いの裏側』
(2012/10/25)

「……」
「どうして俺を睨む?」
 マオウの冷たい視線を受けながら、エディは深々とため息をつく。

 ここはサンロードリバーの川辺、『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の店内である。
 そこには今2人の客が居た。
「睨んでなどおらん」
「……あ、そ。
 で? 目的は同じようだが?」
「……ふん」
 何でこんなに不機嫌なんだろねと内心嘆息しつつ、正面を見ればそんな二人の男を楽しげに見る猫娘が一匹。
「まー、エスっちならゆいちゃんが変な事しない限りは夕方には戻ってくるにゃよ。
 それよりも聞きたい事があるんじゃない?」
 そっちなの?というエディの視線をマオウはさらりと無視。
「目的は?」
「あなたのか・ら・だ☆」
 さらっと返されて目を剥く。
「にゅふふ。あちしらはこれには関わってないにゃよ。
 エディ君も同じ事考えて来た?」
「あれだけの規模の情報を集める事ができるのはおおよそ管理組合だけだからな」
「そこは間違ってないにゃ。ただし、可能か不可能かと言えば可能にゃよ。
 なにしろウチらは2種類の広域情報探査方法を持ってるしね」
 100mの壁のある世界で、それが事実とするならば驚愕すべき事だろう。
「一つはPBに間違いないか?」
「50点かな。PBはあくまで受信機。
 この世界にプライバシーもあったものじゃないけど、そこからの情報取得については金銭システムに関する相互通信と、データのバージョン確認くらいにゃよ」
「だが0点ではないのだな?」
 マオウの突っ込みにアルカは「にふ」と笑みを作るがそれ以上は言葉を足さない。
「ならば質問を変える。今まで管理組合が独占状態にあった町の情報収集機構と同等の物を他者が持つ事をどう思う?」
「どうとも思わないにゃよ。参考にはしたいと思うけどね。
 あちしらの目的はあくまでクロスロードと言う「町」の保全管理だけにゃ。別に「来訪者」の管理をしてるつもりもないにゃ」
「おおっぴらに悪用しても?」
「この街に「悪用」なんてものは無いにゃよ。
 その情報で町の機能を損なう行為があるなら対処はするけどね」
 見事に細工の施された鞘を光に当てて確かめながらアルカはそう応じた。
「お前らはあの占い師達と同じ事ができるのではないか?」
「似てる事できるとは思うにゃよ。
ただ全く同じ事ができるかと言われても占い師さん達のシステムを知らないしね」
「……時間操作における100mの壁の反応は知っているか?」
「1秒たりとも届かないにゃよ。ターミナルでは『1秒は100mよりも遠い』は時間系術師の常識にゃね」
「つまり未来や過去に情報を飛ばす事はできない、と?」
「1秒を細分化して伝言ゲームの要領で過去に情報を飛ばす実験レポートが確かあったと思うけど、最初っから無理だったんじゃないかなぁ。
 詰まる所ターミナルでの時間系魔術、能力はほぼ使用不可能にゃ」
「ほぼ?」
「唯一の例外は『停滞』にゃよ。
 腐敗防止のための時間停止魔法なんかは働いてるんだよねぇ」
 アルカの淡々とした答えに二人の男は眉根を寄せて唸る。
「管理組合員の不正はありえないのか?
 管理組合が持つ情報を使えば予測は可能なんだろ?」
「100%とは言えないのがアレだけど、まぁ、無いと思うにゃよ。
 なにしろあちしもそのデータ触れないし」
 事実上の管理組合の最高責任者の1人が堂々と言っていいセリフなのだろうか。
「……うち1つの管理は、ユイという娘で間違いないのか?」
「セキュリティ上答えたくないんだけど、ぶっちゃけPBとか疑ってるんだったら1択にゃよね。
そにゃよ? まぁ、おおっぴらには言わないでね。
あの子にちょっかい出すと色々自動反撃の被害がやばいから」
『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の店の周辺でミサイルが降り注いだり、うっかり兵器が暴発することは有名だったりする。
「では彼女の独断と言う事は無いのか?」
「ない☆」
 もう清々しいほどにさっぱりと否定した。
「ゆいちゃんの興味は作った機器の性能オンリーにゃよ。
 あの子人間の感情もシステム応答と同じように捉えてるもん。
 ついでに大多数の協力者を募っての実験なんてやろうとも思わないだろうし」
 一切の例外もないとばかりに言いきるアルカにマオウは一旦閉口し
「……エスディオーネの独断と言う事は?」
「それも無いと思うけどねえ。少なくともユイちゃんに関する事以外で独断で動く事はまず無いだろうし」
「言いきれないのか?」
「機械の応答プログラムって言うには高度すぎる精神構造を持ってるって知ってるからね。
 ただまぁ、それがどう転がって占いのチェーン店になるかが思いつかないんだけど」
「ふむ。ではもう一つ、そちらが持っているという管理システムの担当者はどうだ?」
「……」
 その問いには沈黙が続いた。
「そっちについては十中八九無いと思うけど……んー。
 ぶっちゃけあちしもよく知らないのよね〜」
 またも最高責任者らしからぬ言葉に困惑が零れた。
「アレなら確認しとくけど、そういうタイプじゃないと思うけどねぇ」
「……しかし、仮にそのもう一つが当たりだった場合、神楽坂新聞に掲載するわけにはいかなそうだな」
「やめといた方が良いというか、まぁ、文ちゃんの事だから自主的に控えるだろうねぇ。
 あの子勘の良すぎるくらいに良いし」
 さらっと危険な発言が零れたが、まぁ、そこは勘の良いという神楽坂・文に判断を任せればいいだろうと聞き流す。
「まぁ、PBに目を付けたのは良い発想と思うにゃよ。
 ぶっちゃけウチが黒幕って言われてもおかしくないような規模の出来事にゃしね。
 あとはウチ以外にそんな事できるのは誰かって話にゃ」
 ところで、とアルカはマオウに視線を向ける。
「エスっちに興味があるの?」
「……。美しい物を愛でたいと思うのは普通だと思うが?」
「にふ。なるほどね。
 ま、あの子ユイちゃんにべったりだから気合い入れることにゃねぇ」
 余計なお世話とでも思ったか、返事の無いマオウをニヤニヤと見つめつつ、アルカは作業の終えた鞘を放るのだった。
 

◆◇◆◇◆◇

「あ、すみません! 通してください!」
 人だかりを何とか押しのけてそこにたどり着いたチコは口から蟹とか吹き出すトーマを見て更に泡を食ったような顔で駆け寄った。
 ちなみにサンロードリバーに水生生物は住んでいないのだが、そこらに転がる魚やらは一体どこから来たのだろうか。
「失礼ですが、知り合いで?」
 トーマと同じくびしょぬれの男がチコリに視線を送る。
「はい。ええと、トーマさんを助けていただいたので?」
「ああ。幸い養殖場のかこいに引っかかったから事なきを得ましたが、一歩間違えたら死体すら見つからないところでした」
「わぁ……お手数をおかけしまして」
「ん? 君は彼女の家族か何かかい?」
 それにしては明らかに種族が違うが、静樹自身が元々の大百足の姿から変化した存在だ。そういう事もあるのだろうかと問うが
「ええと、今は恋人です!」
「えっ?」
「えっ?」
 なぜか自分の発言に慌てているらしい犬耳娘を見て、それからトーマの、主に胸の部分を見て
「トーマ……ま、まさか彼女は男?」
「誰が男っスか!?」
 がばっと起き上がって苦情をわめくトーマの額が
「がぁっ!?」
 静樹の顎にクリーンヒットし、二人とも悶絶する。
「え、あ、えっと……。
 だ、大丈夫ですよ。きっと育ちます!」
「あんたには言われたくないっス!!」
「え? でも、私はそこそこ……」
「あー、君たち、とりあえず落ち着こうか?」
 顎を抑えつつ起き上がった静樹の言葉にはっとして、チコリは持ってきたタオルを二人に手渡す。
「なんだ、準備が良いな」
「いえ、水に入る事は聞いていましたので」
 とりあえず何でトーマが入水自殺もどきをやらかしたかの話を聞き、最初はあきれ顔の静樹だったが、やがて思案顔となり
「占い師、水難の相があると言ったのですね?」
「あ、あたしにも言ったっスね」
 はーいと手を挙げるトーマを見てますます訝しげにする。
「違う占い師が同じ水の事故を言い当てる……か」
「……実は同一人物って事は無いっスかね?
 ほら、同一人物だったら1人っスから100mも何もないとか?」
 気絶中もなんでかは知らないが回り続けていた思考が導きだした推論を口にするが、不意に「ぬ」と呻き
「いや、それならナニカはずっとでかいナニカの制御を受けるはずっスかね?」
 と、自分で否定の材料を見つけてしまう。
 ちなみに分裂、再統合する性質を持った来訪者により、同一個体でもテレパシー系の通信をする場合には100mの壁に阻害されることは実験で明らかになっている。ナニカもその一種であり、元々はどんなに離れても(本人談)相互通信により、戦略的な運用ができるはずだったと言う。
「となると、やはり……PBシステムに干渉しているっスかねぇ?」
「え? これですか?」
 チコリが身に付けたPBを驚いたように撫でる。
「これで情報のやり取りをしてるっスから個人情報を採る事も可能なはずっスよ」
「じゃあ管理組合が黒幕と言うのですか?」
 静樹の問いに「確証は今から採るっス!」と立ち上がるトーマ。
「じゃあ占い師のところにあるマジックアイテムはその結果を表示してるとかそういう感じなんですかねぇ」
「あ、その解析結果ならそろそろ出るっスよ?」
 前回占い師のところに向かって採ったデータを解析に賭けていた事を思い出したトーマはごそりと防水加工済みのデータパットを取りだす。
「ええとっスね。ん?」
 ぐっと眉根を寄せる。
「見たこと無い術式っスね。なんすかこれ?」
 と言われても此処に居る三人は残念ながら魔術とは縁遠い。しかも今トーマが見ているのは彼女が開発した解析ソフトの結果なのでますますさっぱりである。
「魔法使いの人に聞けば分かりますか?」
「む、解析してこそプロというもの。
 くくく、腕が鳴るっスよぉぉおおおおお!」
「いや、PBに解析してもらえないのかい? 既知のものならデータあるんじゃ……」
 腕を鳴らそうとしていたトーマがぴたり動きを止め、え、あ、どーしようてきに手を彷徨わせ
「えっと、結構時間かかっちゃってますし、着替えた方が良い状況ですから、早目に分かったに越したことは無いんじゃないでしょうか?」
 というチコリの言葉を受け
「うう」
 ショボンとしつつ解析結果をPBへ転送してみる。
『確率操作系の術式と類似します』
 一秒後にはじき出された答えにトーマは目をぱちくりとさせる。
「確率操作なんてできるっスか?」
「そういう加護は昔からあると思うけど?」
 特に戦士などは矢を避けるお守りなどを身につける場合が多い。
「お守り関係って幸運を呼び寄せる物ですし、ウサギノアシとかも確率操作と言えばそうじゃないですかね」
 チコリも頷きを見せる。
「つまり……こけると予知されたわけでもなく、水の事故に会うと予測されたわけでもない、と」
「確率操作でその確率を挙げられた可能性があるな」
「でもそれだけじゃ説明のつかない部分もありますよ?」
 チコリの言葉はもっともだが、最後に添えられるように語られた未来だけは嫌な的中をしているのも事実だ。

「何かつかめてきた気がするっスね」

 彼女の呟きに二人は小さく頷いた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
さて、次回最終回の予定で参りましょう。
この事件の黒幕は一体だれか。
ヒント、いつもどおりおおよそ●●さんのせい(ぉい
というわけでリアクションよろしゅう☆

『占いの裏側』
(2012/11/08)

「感染拡大型の魔術?」
 昼下がり、昼食の客もはけた純白の酒場でフィルは訝しげに眉根を寄せる。
「ああ。そういうのって魔術の内容を自由にプログラムできたりするものか?」
「できるわよ。技量次第でしょうけど」
 食器の片付けをしながらフィルは軽く応じる。
「……ふむ。じゃあトロイの木馬のように……って店長は魔法世界の住人だったか。
 ええとだな、病気のように感染したては気付かないが、一定時間後に発症して特定の効果を表す魔術ってのは?」
「可能よ。タイプは色々あるけど」
「タイプと言うと?」
「気付かれないという制限には引っかかるけどライカンスロープ種や吸血種なんて感染拡大型の呪いだわ」
 噛まれた者がそれと同じになったり同種族に変貌する。確かに拡大し、特定の効果が発揮されている例だ。
「あとは……そうね。『噂』とかかしら」
「噂だと?」
「魔術師にとってあれも立派な魔術よ。言霊の系譜のね。
 精密に計算されて生みだされた言葉は遥かに多くの人を惑わし、国すらも転覆させうるわ」
 言われて見ればそうかもしれないが、イマイチこれは違う気がするのは自分が魔術師でないからだろうか。
「今調べてるのは例の占いチェーンよね?
 つまり占って貰った人がそういう魔術に感染していないかって事?」
「まぁ、そういうことだ。
 さっきも占って貰ったんだが、妙な魔術は掛かってないか?」
「掛かってるわよ」
「は?」
 さらりと言われてエディはがばりと視線を上げる。
「掛かってるって何が?」
「『噂』の魔術」
 拭き終わったグラスを棚に置いてフィルは、ん と体を伸ばす。
「噂、だと?」
「系統としてはね。恐らく感染方法は『占い』に関する話題。あたしにも魔術が掛かってきてるもの。払いのけてるけど」
「……そいつに掛かるとどうなるんだ?」
「別に本人がどうってわけじゃないわね。
 ただ、そう。簡易的な『感覚器』にされてるわ」
「……つまり?」
「その魔術の主は今エディさんがあたしと会話している事を知ろうと思えば知る事の状態にあるってことね。
 もちろん条件があるけど」
「……100mの壁か?」
「100m以内に同じ魔術の感染者が居ればリレー形式に読み取ることができる。
 そういう類かしらね」
「ってことは、神楽坂から依頼を受けた時点で感染しているってことか」
「文ちゃんも魔術は疎いはずだしね」
「……クロスロードのほとんどのヤツが感染してるんじゃないか?」
「かもしれないわね。気がつけばある程度の魔術師なら簡単に祓える程度だけどね。
 もっとも、クロスロードってマジックアイテムがそこらへんにあったり、魔術そのものの存在が居たりするから、それに紛れて気付かなかったりするかもしれないけど」
「……こりゃ、簡単にできるようなことなのか?」
「まさか。アルカでもかなり大掛かりな事しないと無理じゃないかしら」
「じゃあ管理組合以外にこんな事できそうな組織は?」
「術式を構築して、それを維持管理する仕掛けをすれば個人でも運用可能でもあるわよ。
 もっとも、そんな事をしているならさっさとバレて大騒ぎになってるでしょうけどね。
 そうなってないなら、名の知れた組織でも難しいんじゃないかしら?」
「思い当るのは無いのか?」
「町の隅に居座ってる神族レベル」
 アバターに宿らずにクロスロードに来訪した圧倒的な力を持つ神族は、しかしこの世界の法則に抑えつけられて会話以上の事はほとんどできないと言う。
「彼らくらいの力があれば可能だわ」
「……神、ねぇ」
 神と言う言葉に心当たりはある。というか、元々この魔術に思い至ったのはとある人物がかけられた『祝福』からである。
「……犯人はあいつか?」
「どいつかしらないけど、候補がそう何人も居るとは思わないわね」
 ふぅとため息一つ。それからコーヒーを飲みほし、天井を見上げる。
「行かないの?」
「いや、な」
 ここに来る前に行った占い。適当に金運でも聞いてみると近々収入があるでしょうというありがたいお言葉を頂戴した。そこまでは良い。
「君子危うきに近寄らず。か」
 最後に投げかけられた言葉。占い師を調査する自分をけん制しているのかとも訝しがっていたのだが、牽制でなく、純粋な警告だとすれば……。
「どうしたもんかね」
 エディは小さく呟きを零した。

◆◇◆◇◆◇

「黒幕ですか」
「ああ、そうだ」
「随分とハッキリ聴くのですね」
「占い師に迷いを告げるのは当然だろう?」
 マオウの傲岸不遜な態度に占い師の女性はくすりと笑みをこぼす。
「しかし不機嫌の理由が別にあって、それを私にぶつけられるのは些か困ると言う物」
「ふん。その詐術の種も占って貰いたい物だな」
「占いとは『裏無い』です。手品ではありませんわ」
「だが貴様らのはそれと違う何かだ」
「随分とハッキリ申されますのね」
「で、語るつもりはあるのか?」
「では占い師らしく語りましょう。
 探し物近き所にあり」
 近き、と言われてマオウは占い師を睨む。
「お前が、とは言わないだろうな?」
「私も、と言うべきでしょうか。
 この占いは私だけではできない物。しかし私もそのうちの一つ。
 故に私も貴方が求める黒幕の一端と言えるでしょう」
「……」
 抽象的な言い回し。確かに占い的ではあるが
「どういうつもりで始めたのだ」
「占い師が占い以外の何をすると?」
「発端も占い師か?」
「それについては違うでしょうね」
「では発端はどこに?」
 目線を逸らすことなく刃を突きつける様な問いにも占い師は薄い笑みを維持し続ける。
「遠く近い場所に。しかし、あなたが巡り合う可能性は非常に低いかと。
 何しろ貴方は余りにも相性が悪い」
「……相性?」
「王の相を持つ貴方と、それは対極に存在する者ですから。
 ……もっとも、普段の言動を見る限りでは貴方と似たり寄ったりではありますが」
「……誰かを言うつもりは無いと言う事か?」
「貴方が欲しいのは情報だけ。会う事でないのでは?」
「最早仕事などどうでも良いのだがな」
「一つ占いをしましょう」
 不意に話をそらされ、マオウは眉根を寄せる。
「タスクを正確にこなすことを望むのは機械の信条です」
「ふん。自分の口からは語らぬくせに、俺に責務は果たせと言うか」
「占い師としては貴方を良い方向へ導く助言をしなくては」
 あくまで朗らかに語る女に怯えの色は全くない。
「最初の問いには『待ち人来らず』としか言えませんもの。
 貴方が堕ちない限り、貴方はその感情を、呼び水を抱けない。
 或いは────」
 女は言う。
「意中の者。その主に逢う事があるならば。
 それは貴方にも芽生えるかもしれない」
「……下種な笑みが見えるぞ」
「失礼、占い師であると同時に私も年相応のヒトですから。
 これでも普段は指摘されるような愚は犯しませんよ?」
「……邪魔したな」
「また導きが必要であるのなら」
 柔らかな声に送られてマオウはテントを出る。
 自分と対極にある存在。
 その感情。
 あの男絡みで聞いた事のあるような、そんな記憶を掘り起こしながらどうするか、マオウは道を往く。

◆◇◆◇◆◇

「どうぞ」
 コーヒーを差し出された三人は笑顔で微笑む神楽坂・文を見る。
「それで、どこまでわかりました?」
「占いにPBと同じシステムが絡んでると思うんです」
 おずおずと切り出したチコリの言葉に文は「それで?」と続きを促す。
「えーっと」
 だがそれ以上の言葉が続かず、チコリは横でコーヒーを啜るトーマへ視線を向けた。
「これは占いでなく、何らかの方法で集めた情報を分析して占いっぽく告げているんじゃないかって思うんスよ。
 で、それができる物と言うと」
「PBですか」
 パーソナルブレスレッド。公式的にはそれで個人情報を集める様な行為は行われていないとの事だが、それを確かめる術は今のところ無い。
「やっぱりそういう結論に行きますよねぇ」
「やっぱりって、神楽坂さんもそうお考えだったので?」
 誰かに情報を流して見解を聞こうと考えた静樹だったが、結局ならば依頼人に話した方が早いと同行していた。
「管理組合に問い合わせたら無関係って回答でしたけどねぇ。
 そこで別の視点から調査をしてもらおうと言うのが今回の依頼ですので」
「でも、手段が正しいのなら、管理組合以外にこんな大掛かりな事出来る人、居るんでしょうか?」
 チコリのもっともな発言に文はうんと頷きひとつ。
「そこが問題なんですよね。
 できそうな人なら3〜4人心当たりはあるんですけど、確証がなくて」
「個人なのですか?」
「組織での動きであればもう少し掴みやすいんですよ。コネもありますし。
 まぁ、組織で言うなら最有力候補はエンジェル・ウィングスでしょうけど」
 常日頃から町中を走り回る郵便屋はクロスロード最高の情報伝達集団である。
「ただ彼らは郵便配達業者の矜持として、個人情報の漏えい関係は厳しいですからね。
 こう言う行為に出るとは思えません」
「個人、個人……。前に指輪でなんかしようとしたヤツが居たっスね。
 そいつの事っスか?」
「彼女も候補の一人ですね。
 最近町での目撃情報は……まぁ、アルカさんそっくりなんで無いと言うか分からないと言うかなのですが、それらしい動きは無いと思いますので候補から外していましたねぇ」
「んー」
 思考がどん詰まったチコリは軽く呻き、それから
「ええと……良く分からないんですけど、これ以上踏み込むとちょっと危険な気がするんです」
 と、呟く。
「それに今のところ占いが何か問題になっているわけでもなりませんし、占い師の人は良い人見たいですし……。
 このままでも良いかなって思ったり」
「いやいや、しかしトーマさんはその占い師に溺れさせられかけたんですよ?」
 静樹に口を挟まれチコリは「はっ」と呻く。
「結果的に我々にそれを伝えて救助させたのも占い師ですが、果たして本当に悪意が無いのか」
「どういう意味ですか?」
 文のきょとんとした顔に「どうも確率を操作する魔術を掛けられたようなんスよ」と言って一つくしゃみ。
「おかげでずぶぬれっス」
 ちなみにニンギョノトイキは水中で息ができるようになるだけなので、ずぶ濡れは避けられなかったのだが。
「確率の操作……そう言えば占いの最後に一言を掛けられる。それはおおよそ当たる。と言う話がありましたね」
「ああ、それっス。水難の相が出てるとか言われたっス!」
「それが魔術と言う事ですか。
 確かにニンギョノトイキを誤作動させるほどに確率を変化させる事ができるのならば、町が崩壊するなんて確率を上昇させられたら酷い事になりそうですね」
「あう、それは怖いです」
「んー……。確率操作、ですか。
 なるほど」
 神楽坂・文はニコリと笑みを一つ作ると
「それで大体絞り込めました」
 そう言い放った。
「え? 犯人が分かったんですか?」
「ええ。十中八九そうだと思います。
 しかし、下手に手を出すと色々面倒な相手の一人でもありますね」
「そんな大掛かりな魔術を個人で運用できる時点で厄介なのは目に見えていると思いますが」
 静樹の冷静な突っ込みに「それもそうですねぇ」と文はあっけらかんと応じた。
「ともあれこれをどうするかは考えてみる事にしますよ。
 チコリさんの言う通り、占いそのものはクロスロードに受け入れられつつありますし、今のところトーマさん以外に悪い被害を受けたと言う話は聞きませんし」
「あたしだけ被害者っスか!?」
「まぁ、こちらが先にちょっかい掛けたようなものですしねぇ」
 理不尽だと立ち上がるトーマをチコリが困り顔でなだめる。
「その点は迷惑料と言う事で追加でお支払いします。
 ニンギョノトイキ分の金額を」
「では依頼はこれで終わりと言う事か?」
「ええ。他の方からの情報提供とも突き合わせて検討しますね。
 お疲れさまでした」
 言いながら頭を下げ、次いでPBを操作して報償の支払いを済ませる。
「また何かあったらよろしくお願いしますね。
 面白いネタがあればいつでも買いますよ?」
 そう締めくくり、彼女はコーヒーのお代わりを事務員に依頼するのだった。

◆◇◆◇◆◇

「犬も歩けば棒に当たると言いますが」
 占い師の言葉にヨンはきょとんとする。
「どうも貴方が歩くと導火線に火が付くようだ。そういう星の元に生まれているのですな」
「え? え?」
「いや、私も占いをしてそこそこ長いですがね。
 貴方のような相を見たのは初めてだ。うん、珍しいと言うかなんというか」
「い、いや、何を……」
「強いて言うならば」
 困惑するヨンに占い師は神妙な顔つきで告げる。
「また、新たな引き金を引きましたよ?」
 どうしようという顔をして彼は口ごもってしまう。
 まだ何も問いかけをせぬままに告げられたなんとも不吉な言葉。どことなくいろいろ心当たりはあるのだが、納得してはいけない気もする。
「ええと、それは某世界の敵見習いの事でしょうか?」
「恐らくは。そして貴方がそれを聞こうとしてここにやってきたがために、それは行動を開始するのです。
 貴方は星を動かす星。
 くれぐれも気を付けなされ」
 つまり、彼女は何かをおっぱじめると言う事であり
「今回の件には関係していないということですか」
 と言う事であろう。
 なにやら盛大に新たな地雷を踏み抜いたらしい事を悟った吸血鬼はしばし天井を見上げると
「ちなみにどうしたら妖姫さんの気を引けますかね?」
 何もかも諦めて一回りしたキリッ顔でそう問うのだった。

 ちなみに占い師の答えは何だったのか。
 それは彼の胸中にのみ秘められるべきだろう。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
 というわけでなんかヨンさんがオチ兼次のinvの種を持ってやってきましたが(笑
 恐らくは犯人誰だかわかったかなーとは思います。
 まずヨンさん以外には報酬3万Cずつ+経験値4点が自動的に入ります。
 またトーマさんにはニンギョノトイキの補てんがあります。
 +登場回分の報酬を得ておいてください。
 マオウさんとエディさんの文さんへの報告については自由ですが、調査した事に対する報酬として自動的に振りこまれていたという扱いとします。

 というわけでこのお話はここらで締めておきましょう。
 次のイベントもよろしくお願いします。
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