<< BACK
【inv26】『地面の下の懲りない面々』
『地面の下の懲りない面々』
(2012/12/05)

「いやはや、経験者とそうでない人の差が明確過ぎますね」
 まるで他人事のようにヨンは周囲を見渡した。

 大図書館。
 クロスロードの南東側ブロックのほぼ中央にある巨大建築物がそれである。高さだけで言えば管理組合本部などに劣るが、敷地面積ではコロッセオに次ぐ広さを有している。周囲の公園もどきまで含めれば互角かもしれない。
 ここは名前の通り図書館である。
 ただし普通の図書館と大きく違うのは世界をまたいでありとあらゆる書物を収拾し続けていると言うところか。一説によると日に数万冊ペースで本が増え続けているらしい。
 商人たちが持ち込む本がその大多数を占めるが、派遣司書員と呼ばれる者達が色々な世界に渡り、本を入手したり、また借用し、複製することで増えているというものも少なくない。写真なりビデオなりで情報だけもらえばお手の物である。
 さて法律のないこのクロスロードにはもちろん本の規制なども一切ない。大図書館に並ぶ蔵書にはエロやらグロやらも分け隔てなく並び、あるコーナーには怪しい薬を愛飲しながら書いたとしか思えない邪教の経典なんかがズラリ並んでいたりもする。
 大図書館からの本の貸し出しは希少本を除きほぼフリー。希少本であってもその複製ならば大した金額を払う必要もなく入手できる。
 世のピブリオマニアが泣いて喜び住み着きかねない施設こそがこの大図書館なのである。まぁ、そうして住み着いたのが司書院と呼ばれる組織の発祥だったりするのだが。
 これまでの説明をひっ繰り返すような話が1つある。
 持ち出し不可、複写不可の書物がこの大図書館にある。
 これは単に希少だからというわけではない。端的に言えば危険だからである。
 例えば読むだけで魔術効果を発動し、読み手に悪影響を与える本。
 例えば本が読み手を取り込んでしまう本。
 例えば本が読み手を支配してしまう本。
 容易に複写すらできぬ 奇怪な諸書もまたこの大図書館に集まってくる。
 そういう本は司書以外単独立ち入り禁止区域である地下1階、2階に安置されていた。読む事はもちろんできるが自己責任。また認定を受けた司書の同行が必須とされている。
中には読む事なく、近づくだけで相手を取り込む者も居るのだから同行者必須は命綱のようなものなのだ。
 とまぁ、本日大図書館の掃除に初めて集まった連中はその程度までの情報を認識し、万が一を考えて装備を整えて来たのだろう。
 が
「迫撃砲……でございますか?」
 でんと鎮座する個人運用型の迫撃砲にブランは戦慄をにじませた声で呟きを洩らす。
「牽引砲だ。水平射撃も可能だぞ」
 だがそんな声を向けられたエディはさも普通かのように応じた。
「い、いやいやいやいや。掃除に来たんですよね!?」
「ああ。だが前は火力が足りなくて苦労したからな」
「そうっスねぇ。今日はもう容赦はしないっスよ」
 ひょこり話に首を突っ込んできた少女の手には身の丈に合わぬ巨大な杭を内包した武装があった。
「え、ええと、それは、何に使うので?」
「もちろん扉をぶち破るためっス」
「おかしいな。そもそも武装しろって話も何だとは思ったが、まるで戦争にでも行くような物腰じゃねえか?」
 物騒な雰囲気に引かれてやってきたクセニアがタイタンストンパーや牽引砲を見て流石に眉根を寄せる。
「戦争っスよ。領土侵略戦っス」
「間違ってないのがなんともな」
 エディが肩を竦めたところで司書がやってきた。
 豊かな金髪とボリュームのありすぎる胸───モデル顔負けの見事な体型が地味な司書服を別物に見せている。
 この大図書館唯一の正式な司書であり、現在では司書院のリーダー扱いもされているサンドラだ。
「みなさん、今日は大図書館の大掃除のためにお集まりいただきありがとうございます。
 去年も参加された方はご存知かと思いますが、この大掃除は地下三階層の掃除を主目的にしています」
「地下三階? 確か、ヤバイ本は地下二階までじゃなかったか?」
 クセニアの言葉が聞こえたのか、サンドラは一つ頷き
「地下三階は閲覧室となっていましたが、現在は貸し出し研究室扱いになっており、各個室閲覧室には住人が存在しております。
 ただし、この住人が中々に曲者ぞろいでして、年に一度強制査察を兼ねて大掃除をすることになっております。
 また借りっぱなしの本を回収する事も目的としています」
「これはつまり……」
 ブランはあらためてエディやトーマ、その他恐らく「経験者」だろう者たちの装備を見た。なるほど「領土侵略戦」とはそういう事か。
「抵抗する者は殺さない限り何しても良いです。
 死んで無ければこちらで蘇生させますのでよろしくお願いします。
 また一線を越えた怪しい研究しかしない人達ですので、くれぐれもご注意ください」
「まぁ、『森』の制作者も居るくらいですからねぇ」
 ヨンの言葉にクセニアはしかめっ面を更に濃くし
「森って町の外のあれか?」
「ええ。あれです」
 大量の怪しく危険な植物を内包し、クロスロード南側をうろうろする植物群。通称『森』は今でもたまにホウセンカが鉄の弾丸ばら撒くなどする危険区域である。最近はそういうのも落ち着いてきてはいるらしいが、たまに探索者が乗り込んで危険な植物の駆除を行っているらしい。
「……本の整理は無し?」
 ちょっと残念そうなアインの呟き。とはいえ彼女も完全武装状態なのでとても書庫整理に向いている格好とは思えないが。
「基本的な本の整理は司書院の人達が居るし、大抵の本は精霊や妖精が片づけているのよね」
 ややしょんぼり気味のアインを慰めるような声音でクネスが苦笑を洩らす。
 大図書館内部にはブラウニーや書精、本に纏わる妖怪の類も非常に多い。単純な本の返却などは彼らがやってしまうため、中で大暴れでもしない限り、散らかっているということはまず無いのだ。
「ねぇ、質問良いかしら」
 クネスはサンドラへ問いを向ける。
「整理していない物はゴミ扱いでいいの?
 あと危険物のありそうな部屋の目星は今回もついてる?」
「時間制限を設けて、その間に片づける意志が無さそうであれば強制的に『片づけ』を行います。もちろnその時は容赦なくゴミ扱いで構いません。
また危険が想定される部屋については館内マップをPBから引き出して参照ください」
 さっと確認すると半分くらい危険な部屋という表示になっているので、場の空気が「どうしよう」的になってしまったが、まぁ仕様である。
「他質問無ければ10分後に出発します。
 地下3階までは司書院でエスコートしますので適当に3班に分かれていてください。
 なお、地下1、2階層では本に触れないようにお願いします。
 喋り声が聞こえた場合、それが本の誘惑と分からなくなりますので会話も控えてください。
 あと、精神系の魔術耐性に自信のない方は一時的に抵抗力を挙げる加護をかけますのであちらへどうぞ」
「遭難しても自己責任だからの」
 新たに現れたつややかな黒髪の女性が目を細めて微笑んだ。こちらもサンドラと違う意味で洋服である司書服が似合っていない女性だ。十二単を着せると非常にしっくり来そうな純和風の気品を漂わせている。
「ああ、妖姫さんっ!」
 ぐいんと凄い勢いでそっちを見たヨンにブランが「この人は女性に……!」と小さく呟いてみたりしているがそれは置いといて。
「では準備の最終チェックをよろしくお願いします」
 サンドラの言葉にそれぞれ行動を開始するのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「今年もこの時期がやってきたな」
「ふふ、去年までの我々とは思わないでいただきたい」
「我々は今まで間違っていた。我々は一人ではないのだ……!」
 そこは病院を思わせる廊下だった。扉が均一に並んでいるところなど、まるで病室のようである。
 清潔な、あるいは無味の空間で彼らは非常に異質だ。
 薬品や油で汚れた白衣、ぼさぼさの髪。無精ひげや明らかに睡眠不足のくま。
 「マッドサイエンティストと学者系魔術師」の集会というタイトルを付けられそうな面子が顔を突き合わせていた。
「では始めよう……!」
「オペレーション アヴァロン〜科学も魔法もあるんだよ〜 開始だ!」
……
 ……
「い、いや、その副題必要なのか?」
「ノリだ、ノリ」
「おめぇ、最近研究しないで何やってるんだ?」
「ぷ、プライベートだ! これも心理学的研究の一環なんだからね!?」
 とまぁ、わりかし駄目な空気を纏わせつつも、彼らは掃除に来る来訪者達の足音に耳をそばだてるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけで久々の大図書館シナリオでございます。
 と言いつつまぁ、本とは関係ないところでの大騒ぎになるのですが。
 とはいえやはり大図書館。主に本の脅威がつきまとうわけでして……
 ともあれ楽しい楽しい大掃除をお楽しみください。
niconico.php
ADMIN