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【inv26】『地面の下の懲りない面々』
『地面の下の懲りない面々』
(2013/01/02)
「さてと」
 扉を潜る。外からでも充分わかっていたが、空気がまるで腐っているような臭気。それをほんの少し眉根を寄せただけで無視してヨンは中へと踏み込む。
「おっと待てよ」
 ぐいとヨンの肩を掴み、代わりとばかりに何かを投げ込む。
 それを見てはあえて逆らわず、部屋に背を向ければ、室内で何かが爆発し煙が噴き出した。
「何をしたのですか」
「鎮圧用手榴弾だよ。効くかは知らねえけどな」
 真っ当に考えると体の構成で効き目が異なるはずの科学的鎮圧ガスが通用するか疑わしい物だが、ターミナルでは案外通用する事が多い。これは「寝る生物ならば「寝る」効果を等しく受ける」という法則が適用されているからだ。もしこの法則が無ければ医療系の者は数万数千の技術と薬品を用意しなければ来訪者相手の医療活動などできないだろう。
一方で「アンデッドに回復魔法をかけた時の効果」についての議論がある。これについては「個体性質」か「世界法則」かで変異すると見られている。つまり世界法則で「その世界のアンデッドは回復魔法によってダメージを受ける」場合、この世界に来た時には回復魔法を受けてもダメージを受ける事はない。固有の性質として「回復魔法に弱い」という性質を持っている種のみ回復魔法による被害を受けるのである。ただしこの場合あくまで「回復魔法」に弱いため、その他の治療行為は有効というややこしい結果を生じさせる。そのため回復魔法および治療行為に対して特別な変質がある者についてはPBにその旨を登録し、回復を行おうとする者は確認を行うというプロセスが確立しつつあった。
もっとも、大襲撃のような大混乱の中でそんな確認はいちいち行えないため、アンデッド種に安定して効果を発揮する回復術の開発が施療院などで行われ、広まっているそうだ。
ともあれガスが引いた後でヨンが部屋の中へと明かりを向けると、ぬらぬらと触りたいとも思えない粘液が壁をしたたり、不気味な肉塊がこれまた不気味な胎動を繰り返したりしていた。
「部屋の主は食われたか?」
「縁起でもない。とは言い難い状況ですね」
視線を彷徨わせる。と、部屋の隅にやたら無骨で大きな金庫が目に付いた。
「……」
慎重に踏み込む。ぬちゃと靴が粘液で音を響かせ、後々の掃除を考えて暗澹としながらも金庫の前までやってくる。
「この中にでも居るってかい?」
「ここにいなきゃ怪物の腹の中ですね。妖姫さんが封じてしまったので一緒に本の中と言う事でしょう」
見るからに重厚な金庫。ノックして響くとも思えない。無理に開けようとするならばそれこそトーマの出番かもしれないが、彼女は精神的ショックから復帰できていなかったのでもうしばらく休憩が必要だろう。
「これじゃね?」
不意にクセニアが金庫の一部を指さす。
そこには「♪」のマークがついたボタンがひとつ。
「……」
他に手掛かりはない。押すと「ぴーんぽーん」という余りにも惨状に見合わぬ軽快な音が響き、
『はーい。あ、救助ですかぁ?』
マイク越しの、若そうだが口調の軽さに反してややローテンションな声が帰ってきた。
「あんたがここの部屋の主か?」
『はいー。あ、扉開けますねぇ』
がごんがごんと太い金属が動く音がし、次いでしゅうという排気音。
そして重い金属扉がゆっくりと開くと一人の女性がひょこりと顔をだす。元は美人だろうが目の下のクマがとにかく印象的で髪はぼさぼさ。血色は全体的に悪く、『根詰め過ぎて病院搬送一歩手前の女性研究者』という感じである。
「いやぁ、助かりました……、簡易シェルターに逃げたは良いのですが、出られなくなってしまいましてぇ」
「制御出来ない物呼び出したってことか?」
「思ったよりも遥かに上位の者が封じられていましてぇ……
ふぅ。ここに逃げ込んでなかったら今頃糞尿垂れ流して天井見て笑ってましたね」
「思いっきりそのとばっちり喰らったの外に居ますけどね」
「あら……。でもMPポーション飲めば大丈夫ですよ。精神力削られ切ると発狂死しますけど」
さらっと酷い事を言う当たりここの住人に相応しいマッドっぷりである。
「それはそうと、ヨン。下着の女性と長話をするのは趣味かぇ?」
何時の間にか現れた妖姫が問う。ふわりと宙に舞っているのは部屋の粘液に触れたくないからだろう。
「え?」
と、少し視線を下げると、まともに食事をしているのか不安になる程に細い手足とは裏腹に、無駄に肉付きの良い胸がやぼったいブラに包まれてかなり露出していたりする。
「相変わらずよのぅ」
「こ、こ、こ。これは違うんですよ妖姫さん!?」
「現実は見たままよのぅ」
目を細めて言う妖姫に
「でも後ろを向かずに目を逸らしもしねえのな」
と、クセニアが呆れたように追撃する。
「こ、これでも纏っておいてください!」
マントを大慌てで押しつける。それを見て
「なるほど、ヨンのやつの噂はこう言うのの積み重ねか」
「ああ。彼に関する恨み辛みを書いた書物も結構多いんよ。
 集会も開かれておるようでの」
 こそこその風体を装った完全に聞こえる事前提の会話と、羞恥心の欠片も見せずに面倒そうにマントを背に掛ける女研究者に挟まれ、吸血鬼は天井を見上げるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「―――SAN値チェック…いる?」
「アインさんもレジスト要りますか?」
 棒を構えるブランを見て「……それ、レジスト(抵抗)でなくアタック(打撃)……。私は大丈夫」と、緩く首を振る。
「……どっちかというとあっちが重傷」
「チコリ、飴あげるっスよ!?」
 ここには居ない少女の名前を叫んだかと思えば、はっとして死んだフリとか始めている。
「確かにそうですね。えいっ☆」
 ガスっとわりかし良い音が響き渡る。
「お……ぐ……な、なんじゃこりゃぁああ!?」
 何も付いてない手を見て叫ぶトーマに「もう一発?」と振りかぶるブラン。
「あ、いや。もう痛いからやめてほしいっス。あいあむしょうきなう」
「本当ですか? なら良いですが」
 頷いて次の患者の治療(?)へと向かう。
「……もう一回念入りにレジスト掛けてもらった方が安全」
「た、確かにそうっスね。
ああ、頭痛いっス……」
精神的なショックが原因なのか、肉体的なショックの方かは微妙なところだが、トーマは後頭部をさすりつつ砕かれた扉を見た。
「……ヨンさんとクセニアさん。それから司書の人が入って行った」
「ここは専門の人に任せるべきっスね。流石に物理で殴る前に止められては専門外っス」
しかしいずれは……! と内心炎を滾らせるのは流石というところか。
「というか。あたしたちダンジョンハックしに来たわけじゃないわよ?」
ひょこりと後ろから顔を出したクネスに二人はほんの少しだけびくりとする。
「お掃除。分かってるわよね?」
と、視線が向けられるのはタイタンストンパー。慌てて背中に隠すが、小柄な体に隠しきれる物ではない。
「……分かってる、つもり」
「まぁ、今からもああいう感じだろうから仕方ないんだけど」
と、言うなり右手で爆発音。視線をやれば掃除組が吹き飛んでいた。
「どうしたの?」
「地雷が設置されていたらしい」
頭を掻きながら戻ってきたエディがため息一つ。
「左半分、部屋の方はあらかた分別したんだが右側の方に地雷原が設置されてるようだな。しかも通路に」
「部屋だけじゃないのですか?」
あらかたブン殴り……治療し終わったブランも戻ってきた。
「この前までは部屋だけだったんだけどなぁ。本格的に抵抗して着てやがる」
「……その努力を掃除に回せば良いのに」
「そういう人種なのよ。ね、トーマ?」
「ど、どうしてこっちを見るっスか!?」
クネスの視線から精いっぱい『掃除道具』を隠しつつ冷や汗をだらだらと流す。
「ともあれ、トラップの処理は得意な人に任せましょう。あたしは魔術系のトラップが無いか引き続き探すわ。回転床とかテレポーターとか床にあったし」
「……おっと?」
「うん。おっと。ご丁寧に石の中に飛ばされる仕掛けだったわ」
100mの壁があっても100m以内の転移は可能である。そして決して広くないこの研究室群から飛ばされれば大抵悲惨なところに行きつくだろう。
「こりゃ通路の『掃除』優先。他の連中は安全なところの交渉と片づけだな」
「あ、じゃあワタシは制圧の方に行きますよ。地雷原とか吹き飛ばした方が早そうですし」
「別の罠誘発しても知らんぞ」
とは言え地雷の簡単な処理方法は結局のところ発動させる事なので間違っては居ない。
「……私も制圧の方に行く」
「まぁ何時もの武闘派揃いだから仕方ないわね」
「むしろ『何時も』と称される方に『武闘派』以外がいらっしゃるのかがワタシ疑問なところでありますが」
「何を言ってるっスか! バリバリの知性派がここにいるじゃないですか!」
と、武力解決を真っ先にやろうとした少女が薄い胸を張り、それから視線に耐えきれなくなって「サーセン」と頭を下げた。
「……つまり、この中にまともに掃除しようとするやつは居ねえのな」
「あはは。いつも通りじゃない」
と、新しい声に全員が視線を向けると半機械の女性が腰に手を当てて一同を見ていた。
「いつも通りが増えたわね」
「否定はしないわ」
クネスの言葉に視線を集めたKe=iは素知らぬ顔で応じた。
「まぁ、私もビーム砲持ってきたし爆破解除の方は手伝うわ」
そんなやり取りを見ながら総指揮のサンドラは呟く。
「クロスロードの辞書の『掃除』を書き変える必要がありそうですね」

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見事に何も進んでないな。掃除……(笑
というわけで手のつけられていない大掃除です。
とはいえ、方針は定まったので次回開始時には協力的な研究室の掃除は終わった状態になると思います。そういうところ相手する人居ないんだもん……(笑
というわけで残るはやる気満々の人達です。
張り切って制圧してくださいませ。
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