<< BACK
【inv26】『地面の下の懲りない面々』
『地面の下の懲りない面々』
(2012/12/05)

「いやはや、経験者とそうでない人の差が明確過ぎますね」
 まるで他人事のようにヨンは周囲を見渡した。

 大図書館。
 クロスロードの南東側ブロックのほぼ中央にある巨大建築物がそれである。高さだけで言えば管理組合本部などに劣るが、敷地面積ではコロッセオに次ぐ広さを有している。周囲の公園もどきまで含めれば互角かもしれない。
 ここは名前の通り図書館である。
 ただし普通の図書館と大きく違うのは世界をまたいでありとあらゆる書物を収拾し続けていると言うところか。一説によると日に数万冊ペースで本が増え続けているらしい。
 商人たちが持ち込む本がその大多数を占めるが、派遣司書員と呼ばれる者達が色々な世界に渡り、本を入手したり、また借用し、複製することで増えているというものも少なくない。写真なりビデオなりで情報だけもらえばお手の物である。
 さて法律のないこのクロスロードにはもちろん本の規制なども一切ない。大図書館に並ぶ蔵書にはエロやらグロやらも分け隔てなく並び、あるコーナーには怪しい薬を愛飲しながら書いたとしか思えない邪教の経典なんかがズラリ並んでいたりもする。
 大図書館からの本の貸し出しは希少本を除きほぼフリー。希少本であってもその複製ならば大した金額を払う必要もなく入手できる。
 世のピブリオマニアが泣いて喜び住み着きかねない施設こそがこの大図書館なのである。まぁ、そうして住み着いたのが司書院と呼ばれる組織の発祥だったりするのだが。
 これまでの説明をひっ繰り返すような話が1つある。
 持ち出し不可、複写不可の書物がこの大図書館にある。
 これは単に希少だからというわけではない。端的に言えば危険だからである。
 例えば読むだけで魔術効果を発動し、読み手に悪影響を与える本。
 例えば本が読み手を取り込んでしまう本。
 例えば本が読み手を支配してしまう本。
 容易に複写すらできぬ 奇怪な諸書もまたこの大図書館に集まってくる。
 そういう本は司書以外単独立ち入り禁止区域である地下1階、2階に安置されていた。読む事はもちろんできるが自己責任。また認定を受けた司書の同行が必須とされている。
中には読む事なく、近づくだけで相手を取り込む者も居るのだから同行者必須は命綱のようなものなのだ。
 とまぁ、本日大図書館の掃除に初めて集まった連中はその程度までの情報を認識し、万が一を考えて装備を整えて来たのだろう。
 が
「迫撃砲……でございますか?」
 でんと鎮座する個人運用型の迫撃砲にブランは戦慄をにじませた声で呟きを洩らす。
「牽引砲だ。水平射撃も可能だぞ」
 だがそんな声を向けられたエディはさも普通かのように応じた。
「い、いやいやいやいや。掃除に来たんですよね!?」
「ああ。だが前は火力が足りなくて苦労したからな」
「そうっスねぇ。今日はもう容赦はしないっスよ」
 ひょこり話に首を突っ込んできた少女の手には身の丈に合わぬ巨大な杭を内包した武装があった。
「え、ええと、それは、何に使うので?」
「もちろん扉をぶち破るためっス」
「おかしいな。そもそも武装しろって話も何だとは思ったが、まるで戦争にでも行くような物腰じゃねえか?」
 物騒な雰囲気に引かれてやってきたクセニアがタイタンストンパーや牽引砲を見て流石に眉根を寄せる。
「戦争っスよ。領土侵略戦っス」
「間違ってないのがなんともな」
 エディが肩を竦めたところで司書がやってきた。
 豊かな金髪とボリュームのありすぎる胸───モデル顔負けの見事な体型が地味な司書服を別物に見せている。
 この大図書館唯一の正式な司書であり、現在では司書院のリーダー扱いもされているサンドラだ。
「みなさん、今日は大図書館の大掃除のためにお集まりいただきありがとうございます。
 去年も参加された方はご存知かと思いますが、この大掃除は地下三階層の掃除を主目的にしています」
「地下三階? 確か、ヤバイ本は地下二階までじゃなかったか?」
 クセニアの言葉が聞こえたのか、サンドラは一つ頷き
「地下三階は閲覧室となっていましたが、現在は貸し出し研究室扱いになっており、各個室閲覧室には住人が存在しております。
 ただし、この住人が中々に曲者ぞろいでして、年に一度強制査察を兼ねて大掃除をすることになっております。
 また借りっぱなしの本を回収する事も目的としています」
「これはつまり……」
 ブランはあらためてエディやトーマ、その他恐らく「経験者」だろう者たちの装備を見た。なるほど「領土侵略戦」とはそういう事か。
「抵抗する者は殺さない限り何しても良いです。
 死んで無ければこちらで蘇生させますのでよろしくお願いします。
 また一線を越えた怪しい研究しかしない人達ですので、くれぐれもご注意ください」
「まぁ、『森』の制作者も居るくらいですからねぇ」
 ヨンの言葉にクセニアはしかめっ面を更に濃くし
「森って町の外のあれか?」
「ええ。あれです」
 大量の怪しく危険な植物を内包し、クロスロード南側をうろうろする植物群。通称『森』は今でもたまにホウセンカが鉄の弾丸ばら撒くなどする危険区域である。最近はそういうのも落ち着いてきてはいるらしいが、たまに探索者が乗り込んで危険な植物の駆除を行っているらしい。
「……本の整理は無し?」
 ちょっと残念そうなアインの呟き。とはいえ彼女も完全武装状態なのでとても書庫整理に向いている格好とは思えないが。
「基本的な本の整理は司書院の人達が居るし、大抵の本は精霊や妖精が片づけているのよね」
 ややしょんぼり気味のアインを慰めるような声音でクネスが苦笑を洩らす。
 大図書館内部にはブラウニーや書精、本に纏わる妖怪の類も非常に多い。単純な本の返却などは彼らがやってしまうため、中で大暴れでもしない限り、散らかっているということはまず無いのだ。
「ねぇ、質問良いかしら」
 クネスはサンドラへ問いを向ける。
「整理していない物はゴミ扱いでいいの?
 あと危険物のありそうな部屋の目星は今回もついてる?」
「時間制限を設けて、その間に片づける意志が無さそうであれば強制的に『片づけ』を行います。もちろnその時は容赦なくゴミ扱いで構いません。
また危険が想定される部屋については館内マップをPBから引き出して参照ください」
 さっと確認すると半分くらい危険な部屋という表示になっているので、場の空気が「どうしよう」的になってしまったが、まぁ仕様である。
「他質問無ければ10分後に出発します。
 地下3階までは司書院でエスコートしますので適当に3班に分かれていてください。
 なお、地下1、2階層では本に触れないようにお願いします。
 喋り声が聞こえた場合、それが本の誘惑と分からなくなりますので会話も控えてください。
 あと、精神系の魔術耐性に自信のない方は一時的に抵抗力を挙げる加護をかけますのであちらへどうぞ」
「遭難しても自己責任だからの」
 新たに現れたつややかな黒髪の女性が目を細めて微笑んだ。こちらもサンドラと違う意味で洋服である司書服が似合っていない女性だ。十二単を着せると非常にしっくり来そうな純和風の気品を漂わせている。
「ああ、妖姫さんっ!」
 ぐいんと凄い勢いでそっちを見たヨンにブランが「この人は女性に……!」と小さく呟いてみたりしているがそれは置いといて。
「では準備の最終チェックをよろしくお願いします」
 サンドラの言葉にそれぞれ行動を開始するのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「今年もこの時期がやってきたな」
「ふふ、去年までの我々とは思わないでいただきたい」
「我々は今まで間違っていた。我々は一人ではないのだ……!」
 そこは病院を思わせる廊下だった。扉が均一に並んでいるところなど、まるで病室のようである。
 清潔な、あるいは無味の空間で彼らは非常に異質だ。
 薬品や油で汚れた白衣、ぼさぼさの髪。無精ひげや明らかに睡眠不足のくま。
 「マッドサイエンティストと学者系魔術師」の集会というタイトルを付けられそうな面子が顔を突き合わせていた。
「では始めよう……!」
「オペレーション アヴァロン〜科学も魔法もあるんだよ〜 開始だ!」
……
 ……
「い、いや、その副題必要なのか?」
「ノリだ、ノリ」
「おめぇ、最近研究しないで何やってるんだ?」
「ぷ、プライベートだ! これも心理学的研究の一環なんだからね!?」
 とまぁ、わりかし駄目な空気を纏わせつつも、彼らは掃除に来る来訪者達の足音に耳をそばだてるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけで久々の大図書館シナリオでございます。
 と言いつつまぁ、本とは関係ないところでの大騒ぎになるのですが。
 とはいえやはり大図書館。主に本の脅威がつきまとうわけでして……
 ともあれ楽しい楽しい大掃除をお楽しみください。
『地面の下の懲りない面々』
(2012/12/20)

「脱落者は4名というところかえ?」
「ですね。あとで他の司書に回収してもらいましょう。
 ……即死的な物でなければ」
 司書二人の会話に来訪者達は戦慄を禁じ得ない。
 地下1、2階は一言で言って『異界』だった。
 まず踏み込んでその空気が違った。まるで大気が腐り、その上で別の何か麻薬のような物に変質したかのようにどろりと重く、腹と頭を揺さぶる。
 次いで声が聞こえるのだ。開け、と。
 あらかじめ入念にレジストの魔術などを掛けてもらってこれだから恐ろしい。クセニアのように普段公開されていない本に興味津津だった者も流石に一歩退いてしまった。
 だがここで回れ右は出来ない。下手な事をしなければ大丈夫という言葉の元、出発した一行であったのだが、それでも誘惑に勝てなかった。あるいはレジストを凌駕されてしまったか、うっかり本に手を出してしまった数名のうち、止めに入るのが間に合わなかった者が色々大惨事となった。
「いや、もう、『ばっかじゃねえの』って言いたくなったぜ」
 クセニアが冷や汗を拭いつつ後ろの扉を振りかえる。
 元々本に興味があった一人だからその呟きは酷く感情的だった。
「冗談抜きに古今東西から魔道書を集めていますからね。
 人間には到底管理不可能ですよ」
 止まらずに抜けて来てこの精神的消耗である。とてもではないがのんびりと書物を探すなどできそうにない。
「そな事はなかろ? あの子は人間種だったと思うがのぅ?」
「……ああ、そう言えばそうですね。
 個人的にはもうなんかそういうの超越している気もしますが」
 妖姫の言葉にヨンは苦笑交じりに首肯する。
「彼女?」
 訝しげに問いを返したが、それを遮るようにサンドラの声が響いた。
「それでは早速掃除を開始します。
 やけに静かですのできっと何か企んでいると思われますので注意してください」
「掃除を始めるときの言葉じゃありませんよね……っ!」
 ブランがぽつりと呟くがサンドラは軽くスルー。
「では早速行くっスよぉおおおおおお!!」
 テンションぶっ飛んだ声と共にうなりを挙げた腕の装置。
「ひとぉおおおつつぅぅううう!!! ぶべっ!」
 早速近くの扉に向けてパイルバンカーモドキをブチ込もうとしたトーマの頭をエディがぺちりと叩いたのだ。
「な、何するっスか?!」
「気持ちは分からんでも無いが、一応抵抗の意志を確認しろよ」
「こう言うのは先手必勝っスよ?
 そしてこれは科学者同士の戦い。どちらの科学力が上回り、掃除をするかされるかっス!!」
「ちなみに去年のままならそこを使ってるのは史学者だ」
「……oh」
「トーマさんはあいかわらず元気ね」
 クネスが微笑みと共に右腕が重すぎて立ち上がれないトーマに手を貸す。
「とりあえずサンドラと確認しながら去年ヤバかったところには赤紙張っていく。
 マシなところから手を付けて行こう」
「それが妥当ですかね。話を聞けそうな人に状況確認した方が良さそうですし」
「ああ、ヨンさん。ここにも愛人居るものね?」
 クネスがさらりと呟き、空気がかちりと凍る。
 次いでひそひそと囁き合う声と、侮蔑の視線。
「ちょ、クネスさん!?」
「あら、違ったかしら?
 森の子との隠し子の方だったかしら?」
 完璧に面白がって白々しい返事をするクネスにヨンは涙目になりながらもギュンと妖姫の方を伺い見ると
「流石はサキュバスとインキュバスの相の子よのぅ」
 納得げに放たれたそんな言葉がヨンの胸を貫いた。どうやら致命傷である。
「……結局エディさんとサンドラさんで危険かどうかの印付けをして、その間に安全なところから掃除を始めるでいいの?」
 アインの言葉にエディはやれやれと肩を竦めつつ「異論が無ければそれで行こうと思うが?」と返した。
「でも、危険じゃない部屋の住人は大体常識人だから、掃除の必要が無いところも多いかもね。まぁ、学者なんて研究以外はずぼらな人が大多数占めていそうだけど」
「それは偏見っス! 整理整頓をしておかないと欲しい物が見つからないし、結局作業が遅れるっスよ!」
 研究者代表としてクネスの言葉に非難の声を上げるトーマ。その論に「それもそうね」と頷きつつも
「で、自分のお部屋は?」
「……」
 どうやら反論の余地が見当たらなかったらしい。
「ふふ。私も魔術系のトラップが無いか先に確認に回るわ。制圧班は先に掃除を開始しておいてね」
 他にも探知探査の方が得意な数名は状況調査へと乗り出し、残るメンバーは安全と見做された部屋へアプローチを開始する事となった。
「ああ、武力組。
 そこ、抵抗したらまず鎮圧してみると良いぞ」
 と、エディが思い出したかのように一つの部屋を見て危険の赤紙をぺたりと張りつけた。
「そこっスね! くくく、見よ、この威力ぅぅううう!!」
「え!? 話も聞かずに!?」
 ブランが声を挙げるがもう遅い。タイタンストンパーがうなりを挙げ、扉に突き刺さり
 ずどん
 更に追撃の激震を与えて扉を粉砕した。
「ふふ、観念するっス」
 ばきりと破砕した扉を振りはらってその奥を見たトーマが

「ぴぎぃ?」

 変な声挙げて硬直した。
「……何事?」
「ああ、その部屋の主は……」
 のたりと出てきたのは絵にも書けないおぞましさと言うべきか、ぶっちゃけ『名状しがたきもの』であった。そしてそれを見た者がガクガクと震えだしたり全力で逃げたりし始める。見た者に精神異常を与える能力を持っているらしい。幸い多くの者は地下1、2階を突破するために掛けたレジストの効果が残って居たため恐慌に陥る事は無かったのだが、なにぶんトーマは近すぎた上に
「……ま、まだ出てくる」
 その余りの異様な存在が次いでぞろりと出てくる。
「なん、ですか。この部屋!?」
「とにかく殲滅なさい!」
 クネスがいち早く前へと飛び出し、トーマの襟首をひっつかんで強引に入り口側へブン投げる。それを待ってエディとクセニアが銃弾を化け物にこれでもかとブチ込んだ。

「ォォォォオオオオオオオオオ!?」

 苦悶の声を挙げる名状しがたきもの。それを好機とアインとヨンが一気に踏み込み、斬撃と打撃を叩き込むとそれは形を失ってコールタールのように広がった。
 次いで出てくる化け物を二人は目の当たりにしてしまい、その精神効果に足が硬直する。
「っ、今までの戦いで一番酷くありませんかこれっ!」
 それでも口を叩けるのは流石と言うべきか、何とか視線を引っぺがしてアインに体当たり。のびて来た触手を間一髪避けると体制を立て直した。
「くっそ、流石に見るだけでってのは辛いね」
 クセニアが忌々しげにリロードして発砲。
「もう少し持たせよ」
 後ろからの落ち着いた声音。巻物が翻り怪物にとりつくが捕縛の効果は無いらしい。代わりに墨で次々と書かれる文字と図形を近くにいたクネスはつい読んでしまいギリと奥歯を噛みしめる。
「消散っ!」
 凛とした声が響き渡る。刹那に文字が奇妙に輝いたかと思うと怪物はぐずぐずと溶けて消えてしまった。
「な、なんなのですかこの部屋の主は」
「その部屋の利用者は本に封じられた魔物の解析専門家のはずです」
「じゃあ今のは本から召喚した化け物ってことでしょうか?」
 サンドラの返答にブランが問いを重ねると、金髪の美女はひとつ頷き
「恐らくは狂気に纏わる禁呪書からの抽出物でしょう。確かにこの部屋に反応があります。
 回収しないといけませんね」
 平然さらりと言うサンドラを全員が胡乱下に見つめる。それと同時にこの大掃除がとんでもなく難易度の高い物であると────それこそトーマのタイタンストンパーや、エディの牽引砲が決してやり過ぎではないのだと、一様に悟るのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 というわけで今回はレジスト強化!って話題ばかりだったので「だったらこいつ出しても良いよね☆」ということで今流行りの冒涜的な方々にいらしていただきました☆
 というわけで次回は派手なお掃除を予定しています。
 本番前の「俺のターン」状態ですので今のうちに出来る限りの掃除をお願いします(ぉ
『地面の下の懲りない面々』
(2013/01/02)
「さてと」
 扉を潜る。外からでも充分わかっていたが、空気がまるで腐っているような臭気。それをほんの少し眉根を寄せただけで無視してヨンは中へと踏み込む。
「おっと待てよ」
 ぐいとヨンの肩を掴み、代わりとばかりに何かを投げ込む。
 それを見てはあえて逆らわず、部屋に背を向ければ、室内で何かが爆発し煙が噴き出した。
「何をしたのですか」
「鎮圧用手榴弾だよ。効くかは知らねえけどな」
 真っ当に考えると体の構成で効き目が異なるはずの科学的鎮圧ガスが通用するか疑わしい物だが、ターミナルでは案外通用する事が多い。これは「寝る生物ならば「寝る」効果を等しく受ける」という法則が適用されているからだ。もしこの法則が無ければ医療系の者は数万数千の技術と薬品を用意しなければ来訪者相手の医療活動などできないだろう。
一方で「アンデッドに回復魔法をかけた時の効果」についての議論がある。これについては「個体性質」か「世界法則」かで変異すると見られている。つまり世界法則で「その世界のアンデッドは回復魔法によってダメージを受ける」場合、この世界に来た時には回復魔法を受けてもダメージを受ける事はない。固有の性質として「回復魔法に弱い」という性質を持っている種のみ回復魔法による被害を受けるのである。ただしこの場合あくまで「回復魔法」に弱いため、その他の治療行為は有効というややこしい結果を生じさせる。そのため回復魔法および治療行為に対して特別な変質がある者についてはPBにその旨を登録し、回復を行おうとする者は確認を行うというプロセスが確立しつつあった。
もっとも、大襲撃のような大混乱の中でそんな確認はいちいち行えないため、アンデッド種に安定して効果を発揮する回復術の開発が施療院などで行われ、広まっているそうだ。
ともあれガスが引いた後でヨンが部屋の中へと明かりを向けると、ぬらぬらと触りたいとも思えない粘液が壁をしたたり、不気味な肉塊がこれまた不気味な胎動を繰り返したりしていた。
「部屋の主は食われたか?」
「縁起でもない。とは言い難い状況ですね」
視線を彷徨わせる。と、部屋の隅にやたら無骨で大きな金庫が目に付いた。
「……」
慎重に踏み込む。ぬちゃと靴が粘液で音を響かせ、後々の掃除を考えて暗澹としながらも金庫の前までやってくる。
「この中にでも居るってかい?」
「ここにいなきゃ怪物の腹の中ですね。妖姫さんが封じてしまったので一緒に本の中と言う事でしょう」
見るからに重厚な金庫。ノックして響くとも思えない。無理に開けようとするならばそれこそトーマの出番かもしれないが、彼女は精神的ショックから復帰できていなかったのでもうしばらく休憩が必要だろう。
「これじゃね?」
不意にクセニアが金庫の一部を指さす。
そこには「♪」のマークがついたボタンがひとつ。
「……」
他に手掛かりはない。押すと「ぴーんぽーん」という余りにも惨状に見合わぬ軽快な音が響き、
『はーい。あ、救助ですかぁ?』
マイク越しの、若そうだが口調の軽さに反してややローテンションな声が帰ってきた。
「あんたがここの部屋の主か?」
『はいー。あ、扉開けますねぇ』
がごんがごんと太い金属が動く音がし、次いでしゅうという排気音。
そして重い金属扉がゆっくりと開くと一人の女性がひょこりと顔をだす。元は美人だろうが目の下のクマがとにかく印象的で髪はぼさぼさ。血色は全体的に悪く、『根詰め過ぎて病院搬送一歩手前の女性研究者』という感じである。
「いやぁ、助かりました……、簡易シェルターに逃げたは良いのですが、出られなくなってしまいましてぇ」
「制御出来ない物呼び出したってことか?」
「思ったよりも遥かに上位の者が封じられていましてぇ……
ふぅ。ここに逃げ込んでなかったら今頃糞尿垂れ流して天井見て笑ってましたね」
「思いっきりそのとばっちり喰らったの外に居ますけどね」
「あら……。でもMPポーション飲めば大丈夫ですよ。精神力削られ切ると発狂死しますけど」
さらっと酷い事を言う当たりここの住人に相応しいマッドっぷりである。
「それはそうと、ヨン。下着の女性と長話をするのは趣味かぇ?」
何時の間にか現れた妖姫が問う。ふわりと宙に舞っているのは部屋の粘液に触れたくないからだろう。
「え?」
と、少し視線を下げると、まともに食事をしているのか不安になる程に細い手足とは裏腹に、無駄に肉付きの良い胸がやぼったいブラに包まれてかなり露出していたりする。
「相変わらずよのぅ」
「こ、こ、こ。これは違うんですよ妖姫さん!?」
「現実は見たままよのぅ」
目を細めて言う妖姫に
「でも後ろを向かずに目を逸らしもしねえのな」
と、クセニアが呆れたように追撃する。
「こ、これでも纏っておいてください!」
マントを大慌てで押しつける。それを見て
「なるほど、ヨンのやつの噂はこう言うのの積み重ねか」
「ああ。彼に関する恨み辛みを書いた書物も結構多いんよ。
 集会も開かれておるようでの」
 こそこその風体を装った完全に聞こえる事前提の会話と、羞恥心の欠片も見せずに面倒そうにマントを背に掛ける女研究者に挟まれ、吸血鬼は天井を見上げるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「―――SAN値チェック…いる?」
「アインさんもレジスト要りますか?」
 棒を構えるブランを見て「……それ、レジスト(抵抗)でなくアタック(打撃)……。私は大丈夫」と、緩く首を振る。
「……どっちかというとあっちが重傷」
「チコリ、飴あげるっスよ!?」
 ここには居ない少女の名前を叫んだかと思えば、はっとして死んだフリとか始めている。
「確かにそうですね。えいっ☆」
 ガスっとわりかし良い音が響き渡る。
「お……ぐ……な、なんじゃこりゃぁああ!?」
 何も付いてない手を見て叫ぶトーマに「もう一発?」と振りかぶるブラン。
「あ、いや。もう痛いからやめてほしいっス。あいあむしょうきなう」
「本当ですか? なら良いですが」
 頷いて次の患者の治療(?)へと向かう。
「……もう一回念入りにレジスト掛けてもらった方が安全」
「た、確かにそうっスね。
ああ、頭痛いっス……」
精神的なショックが原因なのか、肉体的なショックの方かは微妙なところだが、トーマは後頭部をさすりつつ砕かれた扉を見た。
「……ヨンさんとクセニアさん。それから司書の人が入って行った」
「ここは専門の人に任せるべきっスね。流石に物理で殴る前に止められては専門外っス」
しかしいずれは……! と内心炎を滾らせるのは流石というところか。
「というか。あたしたちダンジョンハックしに来たわけじゃないわよ?」
ひょこりと後ろから顔を出したクネスに二人はほんの少しだけびくりとする。
「お掃除。分かってるわよね?」
と、視線が向けられるのはタイタンストンパー。慌てて背中に隠すが、小柄な体に隠しきれる物ではない。
「……分かってる、つもり」
「まぁ、今からもああいう感じだろうから仕方ないんだけど」
と、言うなり右手で爆発音。視線をやれば掃除組が吹き飛んでいた。
「どうしたの?」
「地雷が設置されていたらしい」
頭を掻きながら戻ってきたエディがため息一つ。
「左半分、部屋の方はあらかた分別したんだが右側の方に地雷原が設置されてるようだな。しかも通路に」
「部屋だけじゃないのですか?」
あらかたブン殴り……治療し終わったブランも戻ってきた。
「この前までは部屋だけだったんだけどなぁ。本格的に抵抗して着てやがる」
「……その努力を掃除に回せば良いのに」
「そういう人種なのよ。ね、トーマ?」
「ど、どうしてこっちを見るっスか!?」
クネスの視線から精いっぱい『掃除道具』を隠しつつ冷や汗をだらだらと流す。
「ともあれ、トラップの処理は得意な人に任せましょう。あたしは魔術系のトラップが無いか引き続き探すわ。回転床とかテレポーターとか床にあったし」
「……おっと?」
「うん。おっと。ご丁寧に石の中に飛ばされる仕掛けだったわ」
100mの壁があっても100m以内の転移は可能である。そして決して広くないこの研究室群から飛ばされれば大抵悲惨なところに行きつくだろう。
「こりゃ通路の『掃除』優先。他の連中は安全なところの交渉と片づけだな」
「あ、じゃあワタシは制圧の方に行きますよ。地雷原とか吹き飛ばした方が早そうですし」
「別の罠誘発しても知らんぞ」
とは言え地雷の簡単な処理方法は結局のところ発動させる事なので間違っては居ない。
「……私も制圧の方に行く」
「まぁ何時もの武闘派揃いだから仕方ないわね」
「むしろ『何時も』と称される方に『武闘派』以外がいらっしゃるのかがワタシ疑問なところでありますが」
「何を言ってるっスか! バリバリの知性派がここにいるじゃないですか!」
と、武力解決を真っ先にやろうとした少女が薄い胸を張り、それから視線に耐えきれなくなって「サーセン」と頭を下げた。
「……つまり、この中にまともに掃除しようとするやつは居ねえのな」
「あはは。いつも通りじゃない」
と、新しい声に全員が視線を向けると半機械の女性が腰に手を当てて一同を見ていた。
「いつも通りが増えたわね」
「否定はしないわ」
クネスの言葉に視線を集めたKe=iは素知らぬ顔で応じた。
「まぁ、私もビーム砲持ってきたし爆破解除の方は手伝うわ」
そんなやり取りを見ながら総指揮のサンドラは呟く。
「クロスロードの辞書の『掃除』を書き変える必要がありそうですね」

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

見事に何も進んでないな。掃除……(笑
というわけで手のつけられていない大掃除です。
とはいえ、方針は定まったので次回開始時には協力的な研究室の掃除は終わった状態になると思います。そういうところ相手する人居ないんだもん……(笑
というわけで残るはやる気満々の人達です。
張り切って制圧してくださいませ。
『地面の下の懲りない面々』
(2013/01/21)

「計算は完ぺきっスっ!!!」
 ガンと床に突き刺さるタイタンストンパー。それが直後ひと震えしたかと思うと

 ずどどどどどどどど!!

 床に敷設されていた地雷がまとめて誘爆。待機していたメンバーが即座に全面に防御系魔術を展開し被害を避ける。
「ふ、この天才科学者に掛かればこんなもんっス!」
「珍しく成功したな」
「珍しく言うなっス!?
 ちゃんと計算すればこのくらい当たり前っス!!」
「つまり、普段考えなしに作った物振り回しているわけだな」
 エディのさらりと放たれた言葉にorzるトーマ。
「それにしても。掃除に来たとは思えない有様だな」
 爆発でボロボロになった廊下を見てエディは嘆息する。
「仕方ないっスよ。接触式、熱源探知式、赤外線探知式と、いろんな種類を適当に敷き詰めた感じだったんスから。
 それに地雷除去は爆発させるのがセオリーっス」
「まぁな。物質操れる錬金術師も控えているし、物理的な修復は任せると割り切ろうか。
 つか、もういっそ掃除の2〜3日前に言う事聞かなそうな連中の扉をロックして、動力落として無力化させた方が良いんじゃねえか?」
「その程度でどうにかできるならば苦労はしません。
 彼らは超が付くほどの問題児ですが、クロスロードで多くの発明品を生みだした集団でもあります」
 いつの間にか近くに居たサンドラが諦め気味の顔で呟く。
「あ、あたしもここに居座った方がいいっスかね?」
 妙な対抗意識を発揮して主張するトーマの頭を軽く押さえつけ、
「絶対連中と一緒になって悪乗りするからやめておけ」と一つ嘆息。
「馬鹿と天才は紙一重の集まりか。厄介な」
「常識にとらわれていては新たな物を生みだすなんて出来ないっスよ?」
「……」
 冗談でも無くこういう事を言える連中なんだなぁとなんか納得しつつサンドラに振り返り、
「そもそもここの動力ってどうなってるんだ?」
「基本的にはクロスロードの供用動力を入れているのですが、それでは足りないと言う人ばかりでして。私も把握していない方法で色々やっているようです」
「把握していないって、ここ、大図書館だよな?」
「大図書館は地下二階までです。ここは増設した別の施設と考えてください。
 そもそも大図書館であればここまで強引な方法を取る必要すらありませんし」
「ん? それはどういう意味っスか?」
「……それは秘密です」
 にこりと笑顔を返すサンドラに二人は顔を見合わせる。とりあえず口を割らすのは無理だと察し、爆煙の晴れた通路を見やった。
「とりあえず罠を排除しつつ、空いた部屋から掃除していくか」
「んじゃ、あたしは次のトラップ排除に行くっスよ」
 地図を再確認するエディを横目にタイタンストンパーを担ぎ直したトーマは意気揚々と通路の奥へと進むのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「くそぉ……」
 ぶつぶつと泣きごとを呟きつつヨンは粘性のなにかをこすり取り続けていた。
「いやぁ、悪いねぇ」
 白衣を肩に掛けただけの研究者が気楽そうに笑いながらその様子を眺めていた。手伝う気はさらさらないらしい。本人曰く狭い場所に居たので足腰が立たないということだが、多分嘘だろう。
「悪いと思うなら手伝ってくださいよ。ここは貴女の部屋ですよね?」
「はは。まぁ、そうだね」
 応じて立ち上がり、ゆらりと酔客のような足取りでヨンへと近づく。
「でもさぁ、ヨン君。今私には掃除なんかよりも重要な事があるのよ」
「何ですかそれ────」
 女性は近づく足を止めずにヨンへとぶつかっていく。避けるより前にまず白衣の間から無駄に豊満な胸が見えて目を逸らし、それでは何の解決にもならないと悟った瞬間体重を掛けられ、足元のぬるぬるに足をとられてすっ転んでしまう。
「ちょ、何をするんで────!?」
胸と顔が少し首を動かすだけであたる場所にあった。
「何しろ私が興味津津だった人が目の前に居るんだもの。
 他に何をしろと言うの?」
「興味って、え!?」
 熱っぽい瞳がただでさえ短い距離を詰めてくる。
「幸運だわ。……いえ、これは貴方の幸運かしら」
「ちょ、一体何を言っているんですか!?」
「何って、思った通りの事よ?
 ヨン君。私は貴方に興味があるの」
 そこで一旦言葉を途切れさせ、そして吐息と共に彼女は言う。
「だから貴方を研究させて」
「は?」
 頭の熱が一気に冷めた。だがそれに構わず彼女は続ける。
「私の研究はね、『ターミナル』に対して詐術を働く方法よ」
「詐術……?」
「そう。そして現在推測されているインチキの全てに貴方は深く関係している」
「な、何の事ですか?! 心当たり無いですよ!」
「心当たりがないならなおさら凄いわ。
 だから私は貴方が欲しいの。どう、私の物にならない?」
「思いっきり解剖されそうな勢いなんですけど!?」
 逃げ出そうとするが下手に動けば良からぬ所に触れかねず、力を入れようにも掃除未完了の「ぬめぬめ」の上に倒れ込んでおり、踏ん張りが利かない。
「意味が分かりませんよ! 私が何と関係していると言うのですか!?」
「この世界では元の世界で力の大きな者ほど力を制限される」
 女科学者は淀みなくそう唱える。
「それは神でも小人でもそう。英雄と呼ばれた者でもこの世界に降り立ったばかり同士であるならばちょっとした剣士に苦戦しかねない」
「それが何だと言うのです」
「でもその定説を覆す人が居る。
 知って居るわよね? 1つは真っ先にこの地に降り立ったが故に何者かに特別な力を与えられた者」
 そう言われれば誰もが思いつくだろう。
「副管理組合長……アルカさん達のことですか?」
「ええ。2つ目は力を分割して入りこみ、この世界で統合する事によりルール以上の力を発揮する者」
「……ダイアクトーさん……?」
「そして3つめ。恐らくは我々が未だ見ないもう一つの扉を使って世界の制限を砕いた者」
「……」
 アルルムと言う名のアルカにとてもよく似た少女。
「そして4つめ。信仰という特別ルールを用いて力を規定以上に増大させた者」
 完全に口を噤んだヨンを見て科学者は微笑む。
「今回のアレはパッケージされて持ち込まれた物を解放した場合、力の制限が為されるかという実験の事故なんだけど……そこにも貴方は乗り込んできた」
「……偶然です」
「偶然も繰り返せば必然よ。聞けば貴方は偶然その物を操作されているんじゃなくて?」
 無論脳裏に浮かぶのは4つ目の該当人物に与えられた迷惑な『加護』だ
「クロスロードの歩く紛争地域。私は貴方に興味があるという理由が分かった?」
「分かりたくないですけど、というかさらりと受け入れがたいあだ名付けられましたけど!!
とりあえずどいて───」
「とりあえず料理お待ちです。あ、ついでに皆さんの差し入れも作ってきたので交替で食べてください」
 でかいバスケットを二つ抱えたブランがひょこりと顔をのぞかせる。
それから5秒ほど二人の様子をガン見して
「失礼しまし─────」
「ストーーーーーップぅ!? 待ってください! そこで戻られるとアウトです!?」
「いや、もう既に充分にアウトと思いますが?」
「否定できないっ!? 良いからどいてください!」
「ええ? 別に前払いで私の体を好きに……」
「しません!」
 どう見てもR18的な光景にブランは心の底からため息を吐いて
「……ええと、もう私帰って良いですかね? あ、ご飯ここに置いときますんで好きに食べてください」
 と包みを2つ近くの机に置いた。
「いや、ちょっと、ブランさん!? 助けてくださいよ!
 下がぬるぬるで立ち上がれないんですよ!」
「いや、そりゃ……上の人にどいてもらえばすぐと思うのですが」
 そこまで言ってブランはバカバカしくなり、さっさと部屋を後にするのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ということが起きてました」
「……いつもの事」
 アインが小さな包みを受け取りつつ応じる。
「いつもの事……ですか」
「いつもの事だろ。俺もレーション持ってるの思いだして顔出したらあれだからな。
 とりあえず見なかった事にしてこっちに来たわけだ」
 クセニアも図書館側が用意した携帯掃除機を手に肩を竦める。ちなみにその部屋の扉がトーマが見事に粉砕しているため、中から声が響いているのでほぼ全員認知済みである。ついでに言えば若干名の男性が何やら集まって会話していたが、これもいつもの光景だろう。
「あ、クセニアさんもどうぞ」
「ありがとよ。サンドイッチか?」
「ええ、館長がすでに差し入れを創っていまして。手伝って出来あがった物を持ってきました」
「……お疲れ様」
「いえいえ。でも気楽に戻ろうとか思うんじゃ無かったよ、と」
 一度上に戻ると言う事は結果的に地下1、2階の禁書ゾーンを通過するわけであり、その際に再び数多の誘惑やらに晒されてかなり精神力が削がれているようだった。
「あれだね……硬い鎧着てても、メイスでがんがん殴られ続けたらいい気分じゃないみたいな?」
「確かに気楽に見て回るにはちと荷が重いシロモノだねぇ」
 クセニアもどちらかと言えば禁書関係を目当てに掃除に参加した類だが、まさか歩くのに死を覚悟せねばならないとは思ってもみなかった。
「……この部屋もこれで終わり」
「サンドイッチ配るついでに他も少し見てきましたけど大体3割くらい終わった感じですかね。
 協力的なところは自分で片付けているようですし」
 ここに居る全員がぐうたらと言うわけでもない。中には必要以上に潔癖症を発揮し、塵一つ落ちていない部屋もあったらしい。或いはそういう掃除をする装置や、ホムンクルスやロボットなどのお手伝いを用意して部屋を維持している者もそこそこに居る。
「ただまぁ、罠が多すぎて確認に行けない場所もあるみたいだから、実質半分以上は終わっているんじゃないかな」
「ほー。そういやぁさっき凄い爆発響いてたけど、ありゃ何事だ?」
「あれはトーマが地雷原吹き飛ばしてた音だと思うけど」
「……あっちも相変わらず」
 とはいえ、流石に懲りたか慎重に行動しているようなので、それほど心配はしていない。
「って事は、今からが本番かねぇ」
「掃除に来たんだか破壊に来たんだかわからないですけどね」
「……来年のためにも英断は必要
 掃除だって思ってて……甘く、見てた」
「ま、今回こらしめたところでどれだけ効果があるかが分からないけどな」
「……でも、やる。名誉挽回」
 無表情ながらに手だけ ぐ と握りこぶしを造り、アインは罠が除去された通路へと歩いていく。
「俺も行くかね。普通の掃除は気楽だが飽きる」
「いや、飽きてはだめでしょうに」
 クセニアの本末転倒無い言いようにツッコミを入れつつ、ブランは2人の後を追うのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
まぁ、ヨンさんですしね。
ともあれ一転皆さん平和な掃除に走っておりましたのでそっちの描写しましたっと。
次回は通路の罠を突破された科学者軍団が色々と秘密兵器を繰り出します。
って感じにしようかなぁと思いつつ。
でもまぁ、とりあえず好き勝手に制圧してもらって次回完結って感じの方がいいでしょうかね。
 どうなるかはいつも通りリアクション次第ということで
 よろしくおねがいします。
『地面の下の懲りない面々』
(2013/02/10)

「隙ありぃぃいいい!」
 扉の陰に隠れていた科学者が妙な工具片手に襲いかかる。

 ずん

 その一秒後には男は背中を床に叩きつけて倒れていた。
「なん……だと……?」
 驚愕の言葉を洩らす科学者だが、まともな不意打ちにすらなっていない攻撃を処理できずに近接職なんてやってられないとアインは肩を竦めた。
「……確保」
 数名の掃除参加者が起きれない科学者をさっさとふん縛って確保。掃除を開始するのを見て彼女は次へと向かう。
 めぼしい罠はトーマが妙なハイテンションに突入しながら排除をしている。また自爆しなければいいけどと呟いて次の部屋へ。
「ふ、よくぞここまでたどり着いた。しかしこの部屋にはぶげらぎゃ!?」
 躊躇わずに踏み込み、何かを握っていた右腕を掴んで捻って投げ飛ばす。
 肩と頭から床に落ちた科学者はスイッチのような物をぽとりと落として気絶した。
「……確保」
「段々容赦がなくなってますね」
 続いて入ってきた掃除班が気絶した科学者をフン縛りながら苦笑と共にそんな言葉を零す。
「とりあえず……おしおきだから」
「な、なるほど」
 奥を見れば事もあろうにチェーンガンが備え付けられていた。あんなものを発射されたら一瞬でミンチになってもおかしくないだろう。ホントに何を考えているのだろうか、個々の連中は。
「よう、そっちはどうだ?」
「……制圧した」
 顔をのぞかせたエディにアインは応じる。
「こっちも話に応じるところはあらかた片付いたな。うんともすんとも言わないところをトーマが張り切ってブチ破ってるところだ」
「……大丈夫なの?」
「踏み込まないように言っている。まぁ、アレで砕けないなら牽引砲でもブチ込むさ」
「……うん、まぁ、ここ流の掃除だね」
「そういう事だ」
 妙な悟りを開きそうな納得をして気を取り直すと、二人は通路の奥を見やった。
「さて、あれをどうするか、だな」
「……ほんと、何考えているんだろう」
 荒れ果てた廊下の先に確かにそれはあった。
 ドラム缶ボディから飛び出るいくつもの手にはこれでもかと武装が握られていた。人間で言うと胸に当たる部分には「さいしゅうぼうえいそうち」と書かれている。
「思いっきりトーマと思想が一致しているな」
「……うん。見覚えがある」
 エディはおもむろに銃を抜くと数発発砲。しかしその全ては数多の手が操る武器や盾に弾かれて意味を為さなかった。
「無駄に性能良いな」
「……もっと人の役に立つ事に使えば良いのに」
 詰まる所、作る頭はあっても使う頭が無い連中なのである。
「いっそあれに牽引砲ブチ込むか?」
「……悪くないと思う。あれ、近づくのも危険」
 何しろリーチが長い上に両脇は通路で後ろどころか側面にすら回り込む事もできない。

「我が科学力は世界一ィィィィィィイィアァァァアアアァアァッ!!!」 

「あ、対抗しやがった」
 聞き覚えがとてもよくある声が廊下に響き渡る。
どうやら床に仕掛けられたトラップの類は破壊しつくしたらしい。そうなれば天狗になっている自称天才科学者にとって、あの獲物は絶対に見過ごせない事だろう。
どこにそんなパワーがあるのか、小柄な体に合わぬ巨大な腕を振り上げ、その機構がうなりを上げる。
「貴様らとトーマ様では格が違いすぎるっス! それを今証めぶばっ」
 白い手袋をつけたような手がトーマの顔面をがっしり掴んだ。
「ごべばっ!?」
それから少し振りまわした後にぽいと捨てる。
「……首の骨、外れて死んでない?」
「……まぁ、トーマだから大丈夫だろうよ」
 まぁ、正面突破するとどうなるかの分かりやすい実例を示してくれたと思う事にして、エディはため息一つ。
「あれの「掃除」が終わればひと段落だろうな。おい、生きてるか?」
「……なんとか致命傷で済んだっス」
「……それ、大丈夫じゃない。でも喋れるなら大丈夫……か」
 立ち上がれないトーマの救助をしつつ、エディは対策を脳裏に描こうとするのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「わかりました。私もその『詐術』には興味がありますし……」
 ふと思案げな顔になり、それからシリアスにそう告げたヨンに
「ほう、物分かりがいいな。私が女だからだな。よし、前払いだ。好きにして」
「しませんからねっ!?」
 そのシリアスを続ける事は許されなかった。
「なんだ、まさかもう既に……!?」
「既に何だって言うんですか!?
科学者って人の言う事聞いたら行けないとかいうルールがあるんですか?!」
 自分の組織に参加する、今も外でなんか騒いでる少女との類似点を浮かべつつ叫ぶ。
「いや、でもお前は吸血種だろ? 女なら見境ないものだとばかり。
 ……いや、まさか。それはカモフラージュで実はおと」
「それ以上言うと訴えますよ!?」
 無法都市のどこに訴えると言うのやら。
「とにかく、ですね。
 契約しましょう。月に1日だけ、貴方に協力します。付帯条件として、私へ何らかの効果を作用させる事は禁止です」
「つまり通い妻だな」
 顎に手を当てきらーんと目のところに光入れる女科学者。
「ああ、もう、前言撤回していいですか?」
「いや、すまんすまん。代償は私のから」
「受け取るのは研究の情報です」
「……随分と高い要求だね」
「いや!? 貴女の妄言よりも人道的ですよ!?」
「馬鹿な事を言うんじゃない。科学者にとって研究成果こそが至上で、後の物はそこに到るための道具に過ぎん。この身もこの頭もだ」
 何のためらいも無く冗談すら交えずに彼女は言い放つ。
「つまり君は私の全てを奪い去ろうと言うのだね。流石はクロスロード随一の色男。吸血種とは仮の姿で実は夢魔種ではあるまいな?
 まさか、すでに私は妊娠させられているのか!?」
「そろそろ本気で怒って良いですか?」
「そういう性格だから構われるのだろうな。よろしい、その条件飲もうか。
 私は分かればそれで満足だからな。別に強さなど結果に過ぎん」
 あっさりと前言撤回した女科学者は楽しげに眼を細める。
「よろしく『嫉妬の使徒』」
「挨拶などどうでも良いですから、そこからどいてください。マジでお願いします」
 その笑みには泣きごとが返されたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「おじゃましますよっと」
 ノックしても返事が無かった部屋。ノブを回せばカギはかかっておらず、不意打ちを警戒してどんと扉を押し開いて距離を取る。
 部屋の中は真っ暗。どうやら留守のようだ。
 他の部屋と大きく違うのはまるで空き部屋ではないかと疑うほどに何も無いと言う事。
「……いや、持ち主は居るんだろうな」
 机の上に2冊の本。それからインクとペン立て。作家でも居座っているのだろうかとクセニアは注意深く周囲を見渡してから机に近づく。
「こいつは回収した方が良いのかな」
 厚さにして握りこぶしの半分はあろうかという重厚な本。その革張りの表紙に触れた瞬間、クセニアは全身に電撃を流された。
 違う、そう錯覚したのだ。
「ぐ、な!?」
 視線を本へ。その装丁はまるで女性のような顔が引きつった皮膚を纏って苦悶の叫びをあげているような醜悪な物。見るだけで視界が歪む。これは大図書館地下1.2階を通過した時の感覚に非常に近い。
「がぁああっ!」
 気合いを入れて手を引き離す。本は己が無害な物であると訴えるかのように、ごく普通の放物線を描いて床に落ちた。
「なん……だ、これは……?」
 自身には未だ呪術や精神汚染に対するレジスト魔法が掛かっているはずだ。それでもなお、あっという間にそれを侵食してこちらを喰らいに来た。
「研究者どものトラップ? 確かに強力だが……」
「違います。クセニアさん」
 す、と入ってきたサンドラが床に落ちた本を拾う。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「こと本に対してなら私と妖姫に勝る者は居ません。本限定ですけど。
 これは『アザゼアの白書』。とある世界を食いつぶした本です」
「世界を食いつぶした……?」
「はい。この著者であるアザゼアは世界の全てを知る事を欲しました。そして彼が思い至った手段は世界の全てを本に納めてしまう事です。
 結果、彼も世界も本に呑み込まれ、この本はさらなる知識を求めて世界を喰らい続ける物となったのです」
「……ちょっとまった、そんな物がなんで平然と机に置いてあるんだよ」
「単純な事です。世界を喰らう本よりも強い意志を持てば喰らわれる事はありません。
 即ち本とは読まれるためにあり、これを手にする者が正しく読み手であり続けるならば、抗う事はできます」
「……意味がわからねえ」
「ええ。それはとても異常な状態であることを強要する物です。即座に理解できるものではなく、また理解して良い状況ではありません」
「……あんたはそういう異常ってことか?」
「私は残る2つの例外なだけです。即ち本を管理する者」
「……もう一つは?」
「本を媒介する者。即ちこれを本でなく品物としか見ない商人です。
 最も、そうであったとしても全ての例外は書に記される者である事に代わりはありません。やはりある一定の異常性は介在するのでしょう」
「……ここの利用者も、か」
「はい。奥で暴れている連中とは真逆の『異常』です。貴方達であればいずれ知りえるか、あるいはもう知り得ている人でしょう。しかし知りすぎてはいけません。無法にして混沌の町にも地獄は存在するのです」
「ハ.そんな物が怖くて銃なんかぶら下げてられるか」
「怖い、怖くないの話では無いのですけどね。
 書物も伝承も、それを曖昧に表現し、その本質に警告を潜ませます。
 直接触れることなく知る事ができるということを大切にすべきです」
「ごもっともだな。だが百聞は一見にしかずとも言うぜ?」
「はい。ですが君子危うきに近寄らずです」
 そもどちらが正しいと言う話ではない。状況でどちらが最良かを選ぶだけである。
「まぁ、気にはしておくさ」
「それが良いでしょう。さて、どうやら奥の最終防衛装置の対処を始めようとしているようです。ご協力願いますか」
 もう少しここを見てみたい気もするがどうしたものか。
 確かに長年信頼してきた本能的な危険察知能力はこの場に居続けることが余り良くないと訴えている。
 なんなんだろうな、ここはと小さく呟き、クセニアは行動を決めるのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで所詮はただの技術屋集団。戦闘屋が本気で攻略にかかれば押して行けると言う感じで信仰しておりますが、さいしゅうぼうえいきこう あしゅら君(仮名)が最後の壁として立ちふさがります。
 果たして結末やいかに!?
 そしてあしゅら君には御約束のアレは付いているのか!?
 次回最終回のつもりでリアクションよろしくおねがいします☆
『地面の下の懲りない面々』
(2013/02/24)

「ふ、ふぅ。大変な掃除だったな……」

 その言葉は余りにも白々しく地下三階に響いた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 結構ドタバタしていたはずの研究施設群を支配した数秒の沈黙。それに胃が軋む音を幻聴しつつもヨンはなるべく人の少ない方へと退避。
「あ、妖姫さん」
「真っ先に女性に声を掛ける故、弁解も意味をなさぬと思うよ?」
 綺麗な微笑みから放たれた致命の一矢に胸を抑えるヨン。吸血鬼に効く胃薬などあるのだろうかと下らない事を脳裏に走らせつつ何とか気を取り直す。
「ず、随分掃除は進んだようですけど、あと私にできること、ありますかね?」
「とっておきのがあろう?」
 即座に帰って来た言葉に漂う不穏な臭い。それを自覚させる前に文車妖姫の指先は奥へと向けられる。
「技術者集団の用意したからくりが暴れておるようでの。
 ぬしの出番でないかえ?」
「からくり……? トーマさんが真っ先に飛びついていそうですけど」
「うん、飛びついて弾かれておったの」
「あ、はい」
 余りにも容易に想像できた光景にヨンはカクリと頷く。
「戦闘組は皆集結しておる故、主も早々に行く方が良いでないかえ?」
「わかりました」
 少しくらい失地回復しておかないと今後にも関わる。
 ヨンは早足に戦闘のはじまりつつある場所へと向かった。
 
◆◇◆◇◆◇◆◇

「あー、うん。ここの連中は大体インスタント食品だねぇ」
「インスタント?」
「科学世界の簡易食品だよ。あれは良いね、まさに科学者のためにあるような食事だ。
 カプセルや固めたパンのようなものもあるから研究しながらでも食べられる」
「そんなんじゃ体に良くないですよ」
「そんなの気にするのはここに籠ったりしないよ」
 比較的温厚に部屋を解放した科学者たちがブランの持ってきた弁当に手を出しつつあっけらかんと言い放った。
「飯が食いたいなら上で作業すれば良い。そうだろ?」
「……分かるような分からないような。
 しかし貴重な資料が多いのは分かりますが確かにこんな地下に籠る必要は無いのでは?」
「あるんだなぁ、これが。
 知っているかい? ここはABC2W対策がされているんだ」
「……?」
 ブランの疑問にPBが反応する。
 ABC2Wとはクロスロードに置ける「大量殺りく手段」の総称だ。
 つまり科学世界におけるアトミック、バイオ、ケミカルのA,B,C。
 そして魔法世界における神罰(ラース)と、魔法その物マジック(Wの反転)を指す。
「ここでなら何をしても上には影響は無いってことだねぇ。
 通気口には何重にも科学、魔法結界が為されてるし」
「……でもこの中にいたら死ぬのでは?」
「まぁ、それは宿命だねぇ。一応いくつか安全策はあるけど」
 ああ、こいつら何か基準が間違っている。そう確信してブランはため息吐きつつ本題に入る。
「で、あのあしゅら君とやらって何か対策適用できますかね?」
「あー、あれかぁ。まぁ、そこまで対策は必要ないと思うけどねぇ」
「と言いますと?」
「俺達見たいな連中は共同開発とかしちゃダメなんだよ」
 また意味が分かららない。が、確かにここの連中は1つの部屋に1人だ。
「余りにも全員とんがりすぎだからな。こう言うのを上手くまとめる才能の持ち主でも居ない限り……」
「……」
 なんとなく察した。が、それはそれでまずいのではないだろうか。
 どう伝えた物かと思考しながらブランは戦地へと向かうのだった

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふふ、見える、見えるっスよぉお!!」
 と、なんかトーマが叫んでいるのはさておき。
「……っ!?」
 さいしゅうぼうえいそうち あしゅら君の前でアインはひたすらに回避に専念していた。
 数多ある手が近接武器だけならばまだ何とでもできようが、手の1つには拳銃が握られているし、腹にはミサイル、目からはビーム、胸からは熱放射線が飛び出すというびっくり仕様である。これでは迂闊に踏み込めない。
「例え無理だと言われても」
 そこにさらなる乱入者の姿が合った。
「俺がやらねば誰がやる」
 腕の一本に対し銃撃。アインに迫っていた刀が弾かれる。
「正義のクセニア、暴力的に参上!」
 胴体へ向けた二連射。それが今や打ち放たれんと開いた腹のミサイルに命中して爆発を起こす。
「やったか!?」
「……トーマ、それ、駄目」
 アインがげんなりとつっこんだ通り、腹のミサイルが誘爆してもあしゅら君に大したダメージは無いようである。返せば小型ミサイルレベルの攻撃では意味が無いと言う事か。
「一旦退きな」
 ぽいと投げたのはスモークグレネード。発生した煙を見てアインは一旦距離を取り、通路を曲がって射線から逃れる。
「ありゃ、厄介だなぁ」
「……うん。どこから弾薬供給してるのか不明」
「ここの連中に一般観念求めても仕方ないがな」
 牽引砲を引きずってきたエディがやれやれと呟く。
「他の科学者たちをけしかけようとしたんだが、大体のヤバい系はアレに関与しているらしいな」
「……ああいうの、大襲撃のときに出せば良いのに」
「盛大に味方に襲いかかりそうだがな。さて、こうなると正面突破しかないか」
「ふふり、そろそろこの天才の出番っスね!」
 にゅと出てきたトーマを一同微妙な視線で眺めてみる。
「な、なんスかその目はぁ! この天才が解決策を見出したと言うのに!」
「……聞くだけ聞く」
「くっ……聞いて驚けっス!
 あの『あしゅら』の腕は同期が万全じゃないっス。恐らくそれぞれが好き勝手に追加したせいっスね」
「なるほど。ってもなぁ」
「万全じゃないにしたってある程度の連携取れてるぜ、あれ」
「ふふ、ならば連携が取れないほどにかき乱せばいいっスよ」
「……どうするの?」
「真正面から3分くらい切り合えば多分処理落ちするッス!」
 3分という言葉に顔を見合す。それは疑いの視線でなくやれるかどうかの思考から来るものだ。
「通路は結構な広さはあるが、せいぜい前線張れるのは2人か。
厄介なのは内臓武器の方だよな」
「……うん。特に目からのが厄介。事前に無駄にぴかぴか光るけど、そこに注目してたら他を避けられない」
「となれば俺は後衛張ってそれの牽制か?」
「もう1人前線が欲しいな」
「あ、流石にもう痛いのは勘弁っス」
 タイタンストンパーを背後に隠してトーマが首を振る。
「じゃあ私が出ますよ」
 背後から現れた新たな人物────ヨンを見て
「……色々充電してきた?」
「こんなところでもお盛んとはねぇ」
「まぁ、旦那だしな」
「いつも通りっス」
「最近扱い酷くないですかね!?」
 少し涙目で訴えるが、皆は「仕方ないじゃないか」的な視線を向けて閑話休題。
「とりあえず一気にたたみかけるとするか」
 牽引砲を叩いたエディが
「あのボディ、多分魔法でも防御力upしてるんで防御と回避重視で良いっスよ。
 ただ、腕の関節は狙い目っス」
「了解しました。じゃあ行きますよ」
「……おっけ」
 ヨンとアインが一足に踏み込む。即座に反応する腕が瞬間、防御に動く。そこにめり込むのは牽引砲の一撃だ。
「まずは景気付けだ、受け取ってろ」
 ニィと笑って銃を構えるエディ。
「こっちも行くぜぇ?」
 クセニアが援護射撃を開始。背中から銃弾が襲い来る状況は前線としては落ち着かない状態のはずだが、アインもヨンもその動きに乱れは無い。
 嵐のように襲い来る刃の嵐が四人の迎撃が完全に封殺。
「レーザー来るよ」
 声に二人が距離を取れば、床に光が走る。
「さて、乱れが始まったっスよ」
 トーマの言葉を背に聞きながらアインとヨンもそれを確信する。最初はかなり厳しい攻撃が続いていたのだが、次第にその連携に歪みが生じていた。
「この無駄に硬い装甲が無ければ倒してしまうんだけどね」
「……連携が乱れても気が抜けない」
 バンと開いた胸部装甲を見て慌てて回避。熱線が二人の間を焼く。
「あの瞬間でも狙えればいいのですけどね」
「狙ったけど銃弾溶けたぞ」
 クセニアが舌打ち交じりに叫ぶ。どうやら熱線発生部に弾丸をブチ込んでみたらしい。
「ホント、無駄に高性能だな。ここの連中」
「……」
「トーマ、だからここにいる事を検討するなと」
「いやいや。アインさん、20秒、耐えられるっスか?」
「……なんとか」
「ヨンさん、後退してこれ、使うっス!」
 ガンと床に挿したタイタンストンパーを見てアインが前に飛び出し、ヨンが一足に後退。エディとクセニアが乱射してひたすらに攻撃を弾く。
「そこに腕を差し込めば自動装着するっス」
「了解です。って、結構重いですねこれ」
「さっき吹き飛ばされた拍子にアシスト機能が壊れたっスかね。
 とりあえず余裕が無いっスよ」
「はい」
「……っ!」
 体を前に。ヨンが身を乗り出した瞬間、アインに3つの刃が迫っていた。
「ちぃっ!?」
 エディがこれでもかと連射するがアクスの一撃が弾けない。
「少しくらい良いところ見せさせていただきますよ」
 アインに背をぶつけつつ、杖でアクスの柄を叩いて軌道をずらす。
「ブランさん。ナイス!」
 ヨンがアキレス腱が引き千切れんばかりに前へと突進。浮き上がった武器を全員が弾き散らしていく。
「ヨンさん、頭下げるっス!」
 言うなりドンという爆裂音。牽引砲の一撃が再び開いた胸部装甲に赤熱した弾丸を叩き込み、その巨体を揺るがす。
「これで仕舞いです!」
 そうして開いたままの胸部にガズンとタイタンストンパーの杭が突き刺さった。
「吹きとべっ!!」
 ガガズっと言う独特の振動音が「あしゅら君」を激震させる。
「やったry」
「もうそのネタは要らんわ。というか、もう勘弁しろ」
 がっとトーマの頭を抑えつけてセリフを中断させたエディは崩壊を始めたあしゅら君を見て大きく息を吐く。
「やれやれ、ようやく掃除もカタが付きそうだな」
 後は制圧のみ。
 それと、盛大なお仕置きをすべきだろう。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「うぉおおお、研究させろぉおおお!?」
「嫌だぁ、太陽の光は嫌だぁ。溶けるぅううう!?」
 というわけで、ここは大図書館の中庭。春には桜で桃色に染まる風光明媚な場所も冬場とあっては物悲しい様相を見せていた。
 とはいえ、冬晴れのこの日。天日干しには丁度良い日差しの下で、科学者集団が走らされていた。
「溶けるって、吸血鬼じゃあるまいし」
「その吸血鬼は無事ですけどね」
 ブランの言葉にデイウォーカーのヨンは「まぁ、そういう事もあります」とよくわからない返しをする。
「……精神科医に見てもらった方が良いんじゃないかな」
「この中に精神科医も居るそうだけどな」
「それ、絶対狂わせる方だろ」
 エディの言葉にクセニアは確信を持って呟く。
「ともあれ、掃除はこれで完了。彼らには健康になって貰うためにも大図書館周りを10週位走って貰いましょう。1週間くらい」
 サンドラはしれっとそんな事を言う。ちなみに科学者集団の後ろからは修復された「あしゅら君」が逃走防止並びに走るのをやめないように追い回している。まさに自業自得がそこにあった。
「ふふ、籠るだけが科学者じゃないっスよ」
「アクティブすぎるのも困りものですけどね」
 いろいろと思い当る節の多いヨンの呟きは天才少女(自称)には届かない。
「では宜しければ来年もよろしくお願いします」
「……来年はもう少し楽に出来ると良いなぁ」
「ないですね」
「無いな」
「ああ、無い。間違いねえ」
「確信を持って言うのもアレなのですが、ワタシもあるとは思えませんねぇ」
「だから依頼するのですよ」
 サンドラの言葉に全員が苦笑を洩らす。
 なんにせよ、今年度の掃除はなんとかなったようである。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 はい、というわけでこれにて【inv26】地面の下の懲りない面々は終了です。
 参加者の皆さまお疲れさまでした。
 年が明けたら少し時間に余裕ができるはずだったのですが、前より忙しくて少々あっぷあっぷしておりますが、気長にお付き合いしていただければな。と。
 さて、次のシナリオなにしようかな。もうすぐ3月かぁ……
niconico.php
ADMIN