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【inv27】『白銀の強襲者』
『白銀の強襲者』
(2013/02/01)
「き、きりがありませんんん!」
 雪の中で少女の叫びが木魂した。

 分厚い雲に覆われて日の位置も分かりはしない。
 念のためにPBに時間を問うともう昼を過ぎていた。
「あー、もう……」
 前を見ても振りかえっても雪である。雪かきをしてもそれを詰むところすら見当たらない。余りにも白一色すぎて目はチカチカするし、周囲の高低差すらわからなくなる。
「……これ、PBなかったら街中で遭難しますよね」
 現に今自分がどこに居るのかさっぱりわからない。少し怖くなり微かに音が聞こえる方向へと移動する。
 白。白。吹きつける雪は町から色も輪郭も奪い取っていく。ただひたすらの白。
「っ……!」
 喉がひりつく、かろうじて灰色の空が天地を示す。だが、それだけだ。
「あぁあ!?」
 人は五感を奪われると発狂すると言われている。それは五感全てを奪う必要はない。白に埋め尽くされ視覚を失い、雪に音を吸われて聴覚を失い、冷え切った身に触覚は遠い。
 踏み出した足は雪に動きを阻害され、まるで時間が間延びしたようにもどかしさを与える。
 感覚が失われ、ずれていく。
 自分が正面を見ているかどうかも分からなくなっていく。動いているのか、実は倒れているのか。分からなくなる。
「ぁあ!!」
 冷気に喉が凍りつく。寒さに、それでも無理に動かして上がった息に声の出し方が分からなくなる。
「ぁ……!」
「っと?」
 不意に目の前に黒が生まれた。それで無理やり合わされた焦点が、感覚が、弾かれたゴムのように狂って目が回った。
「大丈夫ですか?」
「ぁ……ヨン、さん?」
 悪夢から脱したかのように、ハッキリと意識を取り戻したチコリは目を瞬かせて、倒れかけた自分を支える吸血鬼を見上げる。
「うわ、すごい冷たいじゃないですか。ダメですよ、一人で作業しちゃ」
「何時の間に……はぐれたのでしょうか」
 感覚が無い。自分が随分と危険な状況だったと悟りぞっとして身を震わせた。
「気を付けてください。結構遭難者出ているようですので。
 とりあえず少し休憩した方が良いですよ」
「ええ、そうします」
 ようやくはっきりし始めた意識で自分の持ち物を探す。幸いすぐ近くにあってそこから保温容器を取りだした。かじかんだ手で開けると湯気が爆発するように広がり、胸が痛くなるくらいに落ち着いた。
「まさか、自分で使う事になると思いませんでした」
「ホント無事で何よりです。
本当はうちの事務所にどうですかと言いたかったんですけどねぇ」
 不意に遠くを見る様な眼をするヨンに何事かと思えば、どさりと落ちた雪の上、ヒーロー集団HOCの看板がそこにあった。
 で、問題はその横である。
「……火事場泥棒?」
「それならまだ良いのですが……何故か内側から破られていましてね……」
 ぶち破られた扉から猛烈な勢いで雪が滑りこんでいる。きっと部屋の中はとんでもない惨状を晒している事だろう。
「そう言えばこちらから爆音が聞こえたから近付いたのでした」
「爆音……ねぇ?」
 そんな事をしでかしそうなのを大量に抱えるHOCとしては益々身内の犯行としか思えなくなってくる。
 ヨンは頭を一つ振り、今は先にやるべき事があるとチコリへと向き直った。
「この先に管理組合が設営した集合場所がありますのでそちらに向かいましょう」
「はい、お手数おかけします」
「いえいえ」
 二人は常駐しているはずの職員も来ては居なかった。流石に歩くのにも難儀し、或いは彼女のように遭難しかねない状況で出て来いとは言うつもりはないが、家で出るに出られない状況になっている可能性は非常にある。後で様子を見に行くかと思いつつヨンは雪をかきわけて進もうとする。
「おーい、ちょっと手伝ってくれないか?」
 それほど遠くない場所からの声。
「何か問題でしょうか?」
「でしょうね。行ってみますか。大丈夫ですか?」
「はい、落ち着きました。どっちかというと雪で感覚がおかしくなってただけなので」
「無理はしないでくださいね」
 そう念押してヨンは声の方へ行く。するとそこには雪を掻き分ける青年の姿が合った。
「ああ、丁度良い。君の知り合いでもあるんだ。手伝ってくれないかな?」
「知り合い? ……って」
 雪からにょきり出ている鎧の一部。こういうヒーローは居ないが、こう言うのを好んで作るのには心当たりがある。
「扉も彼女の仕業ですかね……」
「あー……」
 どうやら目撃者らしい青年、静樹の彷徨う視線を見やりつつ、ヨンは発掘作業に加わる。
「今度は何をしたのですか?」
「赤熱する鎧を着て走ってたら爆発したんだよ」
「……鎧その物の破損は少ないようですが……」
「水蒸気爆発と言うやつではありませんか?。
 水に火の玉投げ込んだらなると聞いた事がありますけど」
「ああ、それかもな。雪を溶かしながらトンネル作ってその奥で爆発したし」
「……この人ホント天才なんでしょうかね」
 いや、天才であることは確かなのだろう。が、もう一歩及ぶべき場所に毎度面白いように到達できずに七転八倒している気がする。
「上手く作る人と上手く使う人は別と言う事でしょうかね」
「名刀の鍛冶屋が剣術の名人ではないということでしょうか?」
 せっせと発掘に協力するチコリがきょとんと首をかしげる。
「そんな気がしますね。桜前線の時のバリアとか普通に管理組合が採用するレベルですし」
「へぇ、凄いんだな」
「天才ってこんな感じなのでしょうか。確か副管理組合長のユイさんも変な人だって噂聞きますし、大図書館の地下には二重の意味で凄い人の巣窟とかなんとか」
「……天才の条件か何かなんでしょうかねぇ」
 ある意味ヒーローたちも戦闘のプロで天運を掴む素質を持つ者達だが、どこが変なところが諸所見られる。
「ともあれさっさと掘り起こしましょう。このままでは我々も埋まりそうだ」
 静樹の言葉に二人は頷き、トーマの発掘作業に集中するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「やれやれ」
 窓の外は白。間もなく大迷宮都市に到達するという話だが確認する術はない。
 幸いと言うべきか当然と言うべきか。護衛の出番は未だない。いくら不眠不休でクロスロードへ押し寄せてくる怪物とはいえ、物理法則を無視するわけではないので近づいてきたとしてもその足取りは鈍いだろう。
「しかし、積雪は多少緩いか……?」
或いは腰の上まで埋もれそうなクロスロードの惨状から比べればせいぜいふくらはぎ程度の積雪しかない。いや、それでも充分に驚異的なのだが。
「クロスロード中心に降っているってことか?」
もしそうならばこの先積雪はどんどん少なくなるだろう。『気象』からすればたかだか50kmの距離、台風であれば一時間で到達する距離であるから雪から完全に脱する事は恐らくできないだろうが。
考えたところで今は何かできるわけでもない。それよりも寒い。無論休憩している列車内は暖房を利かせているのだが、それでも忍びよる様な寒さが体にまとわりついて来る。
「……ああ、そうだ」
 不意に、妙な考えが脳裏をよぎった。
「…白熊か何かに変身すれば、寒くなくなるんじゃないか?」
 近くで聞いていた探索者が怪訝な顔をするが、お構いなしにクセニアは《変身》を使う。
そうして現れたのは小さな白クマである。
「ふむ、毛皮というのは存外温かいな」
 満足げに頷き、銃の手入れでもしようと傍らのそれを手に
 ごとり
 手に……
 ごとり
「……ふむ」
 残念ながら熊の手は銃を持つには相応しくないようだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 確保したスノーモービルだが大して速度は出せていない。
 別に性能が悪いわけではない。極端に視界が悪いのが原因である。
「くっそ、歩くよりはマシとは言え……」
 間違っても他の来訪者にぶつかるわけにはいかない。こんなところで接触事故を起こせば医者や回復役を探す前に衰弱死しかねないからだ。
 雪は一向に止む気配を見せない。大きな通りを中心に除雪作業を繰り返しているが、雪に対し焼け石に水という皮肉めいた状況になっている。
「止まない限りどうにもならんな」
 もどかしい思いをしながら辿りついたのはサンロードリバー。西側のそこはアクアタウンに最も近い岸辺だ。そこでは百人くらいの来訪者が次々に雪を川に放り込んでいた。
 激しく流れる川の水は凍る事が無い。恐らく今でも2〜3度くらいの水温は確保されているだろう。無論飛び込むつもりはさらさら無いが。
「なぁ」
 スノーモービルを止めた彼は水辺からはみ出した液体───もとい精霊種ウンディーネへと声を掛ける。
『なぁに?』
「サンロードリバーの水位は下がっているか」
『……ええ。水の量は減って居るわ。それが?』
「そりゃ何時頃からだ?」
『雪が降り始める一日くらい前からだわ』
 ビンゴ過ぎて眉根を顰める。
「水位は回復しているか?」
『減ったままだわ』
「どれくらいか分かるか?」
『貴方の体の半分くらいは』
 川幅4kmのこの川で1m近く水位が下がっているというのは異常どころの話ではない。
「……こりゃ、上流か」
 雲は東から流れ、雪は依然振り続け、そしてサンロードリバーの水位は下がっている。
 こうなるとそれを疑わない方がおかしいというものだ。
「管理組合は何か手を打とうとしているのかな」
上流に行くなら行くで募集の一つも掛かりそうなものだが、まずは町の機能不全をある程度解消するところまで持っていきたいのかもしれない。
「ならば先に神楽坂新聞社にでも行くかね。あそこなら面白そうな話の一つも抑えているかもしれないし」
 森の事件みたく、クロスロードの面白住人が引き起こした事ならばまだ対応方法もあるだろう。だが、なんとなくだが彼はそうではないと感じていた。
 いうなればそういう連中が内包する「遊び心」が感じられないのだ。
「厄介な事件とすれば行動が遅れれば遅れるほどやばい事になるかもしれないな」
 とにかく行動する。それを胸にエディはまずは状況を再確認すべく近くの管理組合員の元へと行くのだった。


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職場でインフルエンザとノロウィルスが同時蔓延してダウンした人のフォローで死にそうな神衣舞です。
という言い訳です。遅くなりました。ごめんなさい。
というわけで次回、上流への探索希望者募集があります。
もちろん超危険です。主に遭難ですがおまけに川関係だともちろん水魔が関わりかねません。
一方の護衛組は大迷宮都市〜衛星都市間は雪も弱くなりかなりの速度で帰ってくることができます。
次回には大迷宮都市からクロスロードに戻るくらいのイメージでOKです。

ではリアクションおねがいします。
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