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【inv27】『白銀の強襲者』
『白銀の強襲者』

「そっちはどうだ?」
「ふぇ?」
 双眼鏡を外して振り返れば、溶けそうな感じのチコリがぼやっとした目を向けている。
「……まぁ、気持ちはわからんでもないがな。
 半日前は凍りつきそうな場所に居たんだし」
 気温が高いのはまだ良い。どうにもならないのは湿気だ。粘っこくまとわりつく温い風が汗だか湿気だかわからなくなる湿り気を帯びた服を撫でて行った
 と、近づいて来る音に一行は視線を上げた。
「ただいまーっス」
 近づいてきた駆動音が止み、降りて来たトーマが集まる視線を見渡す。
「で、何か分かりましたか?」
 調査よりも不意打ちへの警戒に精神を研ぎ澄ませていたヨンが問うと、
「少なくともこの気温の高い空間は結界系の物じゃないっスね」
「外周へ行くにつれて気温が下がって来ましたからね。
 トーマさんの推測に同意します」
 駆動機を運転していた静樹の言葉にヨンとエディは視線を交わす。
「どこか中心に熱源があるって感じでしょうかね」
「となればこの当たりが中心だと思うんだが」
「んー、多分違うっスね」
 トーマの否定に二人は訝しげな表情を向ける。
「トーマさん、私もヨンさん達と同じ意見なのですが」
 チコリの不思議そうな言葉にふふりと笑みを見せる。
「単純な推論っス。雪どけが見られる範囲はおおよそ半径3km程度。
ここにそれだけの熱源があったらもう全員干物っスよ」
 言われて見れば確かにそうだ。太陽の間近に居る様な状態になれば蒸し暑いと文句を言っている場合ではないだろう。
「しかし実際に温度は高いし、川の水は蒸発している。
 ……水の中に熱源があるとかじゃないか?」
「ポイントとなる場所が川の周辺にあるというのは賛成っスね」
「もったいぶらずに教えてくださいよぅ。」
 科学者特有の回りくどい言いようにへきへきしたようなチコリが恨めしげに続きを促す。熱さが精神的余裕を奪っているようだ。
「ふふ。ならば教えよう。
 恐らくは熱が移動してるっス!」
 びしりと空を指さして言い放つトーマだが、
 周囲の目はとても無表情だった。
「ちょ、そこは驚いて褒めたたえるところっスよ!?」
「いや、いきなり温度が移動するとか言われてもな。
 熱源が移動していると言う事か?」
「違うっス。集合場所へ向けて熱が移動してるっスよ」
 全員が眉根を顰めるのを見て、トーマはやれやれを肩を竦める。
「熱伝導って言葉は知ってるっスよね?
 金属なら顕著っスけど、大気でも発生するっス」
「それが操作されて通常の物理法則とは違う集まり方をしていると言う事か?」
「そうっス。そしてその集められた熱は川の水に集約され、蒸散させるとともに、周囲の気温をガンガン下げてるっスよ」
 まず何かしらの効果による熱伝導───と言うより、熱を奪う事で周囲の気温は下がる。
 そしてその熱を水の状態変化、つまり気体化に使う事で熱エネルギーを消費している。
「熱源とは違う、と言うのはそういう事か」
 エディがややこしいとため息を吐く。
「熱の貯水湖みたいなのができていて、温度がそこに流れ込んでいるというイメージですかね」
 静樹の言葉にチコリがなるほどと頷く。
「そして渇水の影響は周囲に、ですか。更に蒸散した水は風に乗ってクロスロード方面へ流れ、雪になっている、と」
 沈黙を守っていたアースが呆れたような顔をしているのは余りにも大掛かりな術式と見てとったからだろう。
「雪を生み続ける寒気も同時に作り出しているわけっスね。
 生ぬるい風は蒸散による上昇気流もあるっスけど、熱の移動の余波みたいなものっスね」
「そんな事、可能なんでしょうか。ってのが第一印象ですけど……やりそうな人に心当たりがあるのも事実なのですよね」
「誰?」
 静樹が問うが、ヨンは苦笑いを浮かべるだけにとどめる。
「まぁ、ともかく熱の集約点か、この現象を起こしている原因を何とかするしかねえってことだな。それがどこかが問題なんだが」
「水温を測れば特定できそうですけど……」
 チコリが言い淀むのも無理は無い。なにしろ水辺に寄るというのは自殺行為と言い換えるべき行為だ。
「必ず出てくるとは限らんが、その可能性を増やす真似はできんな。
 ……結局水が蒸発する程の熱が集まってるなら、水面を見れば集約点は分かるんじゃないのか?」
「集約しているのが点なら分かりやすいっスけどねぇ。結局のところ温度の高い一帯を探すしかないっスよ」
 と、不意に全員の耳をまた駆動音が叩いた。が、いましがた静樹が停めた駆動機の物とはわずかに違う。
 そう判断して戦闘組が身構えた時、自分たちが通ってきたトンネルから一台の四輪が飛び出した。
「お、居た居た。よぅ!」
 乱暴に停車しながら片手を上げる女性は皆見覚えのある人物だった。
「クセニアさん?
 応援か何かですか?」
「まぁ、そんなもんだ。こいつが色々調べた結果を持ってきた」
 視線を送る先、助手席に死体が一つ……もとい死体のように力なくぐったりしている男性が一人。
「少し休ませた方が良いようですね」
「ったく、鍛え方が足りねえなぁ」
 どんな粗い運転をしてきたのだろうと全員が呆れかえる中、クセニアは飄々とのたまわったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「うっ……ふぅ。も、もう大丈夫です」
「ホントに大丈夫ですか?」
 心配そうに問いかけるチコリに科学者は「ありがとう」とよわよわしい笑みを向けつつ、大事に持っていたノートパソコンを開く。
「皆さんがここで調べたデータと、我々が外から観測したデータを合わせて……場所の特定をします」
「くっ……そのデータがあれば特定できたものを……!」
「そこは競るところじゃないだろ」
 静樹の呆れた言葉もトーマには届かない。
「出ました。ここから東に1km、北に2km……サンロードリバーの真上です」
 ディスプレイに表示された位置に全員は眉を上げ、それから困ったように視線を交わす。
「ん? わかったんならとっとと行こうぜ?」
「行こうって、完全に水上だぜ?
 どう対処するよ?」 
 エディに切り返されてクセニアはもう一度画面を見た。
 サンロードリバーの川幅は約4km。対岸を臨む事のできない大きさなのだ。その真上とあっては足場を望む方がおかしい。
「しかも水魔の問題もある。……まぁ、これは言っても仕方ないからスピード勝負なんだが……、旦那、飛べたっけか?」
「疑似的にですが可能です。
 ……ただ、私だけですかね。飛行可能なの?」
「俺もできるぜ」
 クセニアが手を上げ、エディが「二人か」と腕を組む。
「俺とクセニアは射撃もできるが、距離もあるし、射撃、というか物理的にどうにかなるかもわからないしな」
「そもそも魔術的な物なら専門家が居ませんね」
「ふふ、この天才なら魔術もばっちりっスよ!」
 びっとサムズアップするトーマをヨンは生温かい目で見るが、確かに分析能力では彼女に勝る者はこの場に居ない。
「のんびり解析する時間がないという前提なら最初から力押しを考えるのもありかもね」
「壊してしまって良いならその方が確実性は上がりますね」
 静樹の言葉にチコリが頷く。沈黙する者の脳裏に続けて流れた言葉は「罠が無ければ」。
「とはいえ、悠長に考える時間も俺たちには無いわけだ。
 『自宅で遭難』なんてアホみたいな事が現実味を帯びてくるからな」
 クセニアが銃の調整をしつつ促す。
「さて、どうしましょうかね。せめてマジックアイテムに寄る物か、術式なのかくらい分かるとやりやすいのですが……観測に時間がかけられないというのも困りものですね」
「どっちにせよ実力行使になる気もするがな」
 エディもまた銃を手に肩を竦める。
 余り悠長な事は言っていられない。
 クセニアの言葉に背を押されるように一行は動きだす。

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というわけで次回最終回予定です。
 さてどうするか。
 多少ギャンブルじみた事になるかもしれませんが、楽しくいきましょう☆
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