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【inv27】『白銀の強襲者』
『白銀の強襲者』
(2013/01/11)
「……ん?」
 ある日の朝。
「いや、朝か?」
 彼は体内時計にそれなりの自信を持っていた。目覚ましなどというシロモノを使わずとも大体同じ時間に目を覚ます事ができる。
 が、いつもと決定的に違う事があった。
「暗い……なぁ。早く起きすぎたか?」
 天気が悪い、、、とも考えたがそれにしたって暗すぎる。雨の日でも日が昇る時間になればそれなりの日照はあるはずだ。
 が、真夜中と言って差し支えのない暗さ。仕方なく部屋の明かりを付けると、窓の外は白かった。
「……ってうぉ!?」
 白い。というより白が張り付いていた。男は泡を食って窓に近づき開けると、その白に触れる。
「冷た……い? なんだこれ……?」
 少し強めに押せば凹み、指を立てればあっさりと崩れる。そして手のひらの上で溶けるそれを見て、ようやくそれが何なのかを理解する。
「氷……いや、雪、か?」
 確かに昨夜、雪が降っていた。明日は積もるな、くらいは思っていた。ここクロスロードには四季がある。冬ともなればそれなりに雪が降る事もある。
 が、
「って、おい!?」
 男は慌てて物置きとしか使っていない二階へと走ると慌てて窓をあけようとして
「ふ、吹雪いてやがるのか!?」
 1階の窓と比べれば格段に窓の外は明るいが、その窓にも拭きつけられたらしい雪が薄く張り付きつもっている。男は意を決して窓を開く。室温で溶けた雪が再度窓の縁で凍ったのだろう。べりべりと音を立ててようやく開いた扉の向こうは白だった。
 ……うぉ……
 まずこの住宅街のほとんどが1階建てになっていた。いや、この窓の向こうがまるで地面のように見えると言う事は1階部分が埋まっていると言う事だろう。となれば積雪は1mを優に超えている。ベランダに降り積もった雪も相当な物であっさり膝まで埋まった。じんと足から登ってくる冷たさを我慢しつつ周囲を見渡せばこの異常事態に呆然とする来訪者がちらほら見られた。

『管理組合です』
 遠くから音が響いた。恐らく拡声器か何かで放送を流しているのだろう。
『現在クロスロードは異常な積雪により、大変危険な状態になっております。
 1階部分の扉はほぼ使用不可能となっておりますが、2階から外に出るときには飛行系術などを使い、決して雪の上に立とうとはしないでください。埋まります』
 何を言っているんだ? と言う顔をする男。それから不意に埋まった自分の足を見る。
 すぐ目の前に『地面』があるが、よくよく考えればあれは降り積もった雪だ。ではそこに立てばどうなるか。
「……死ぬな」
 正確には埋まって動けなくなって凍死する。
 もしくは雪の中に埋まってればある程度あったかいので窒息して死ぬ方が先かもしれない。
「……しっかしどうすんだこれ?」
 家で遭難するという貴重な体験がクロスロード全域で発生していた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「大まかに説明すると、車両の入れる区画は除雪車を使ってニュートラルロードまで雪を押し出す。ニュートラルロードの雪は路面電車を使って中央まで運び、サンロードリバーに雪を落とす。と言う流れだ。
 個々の除雪部隊の役目は2つ。1つは屋根の雪下ろし。
 クロスロードの建物がかなりの強度を持っているがそれでも限界はある。特にビル系の屋上が四角い建物は雪がどんどん積もって危険なだけでなく、路地に落下して被害をもたらす可能性が高い。
 もう1つは個々の遭難者の救助部隊。家の前の雪を排除し、扉を開けれるようにする事が目的だ。特にケイオスタウンでは妙に入り組んだ通路も多いので出るに出られなくなった住居も多いらしい」
 なるほどと、カイロを手にチコリは頷く。完全防寒装備でちょっと丸っこくなっている彼女はきょろりと周囲を見回すが見知った顔は余り居ないようだ。
 雪かきに参加しているのは大体200名程度と聞く。5カ所に分かれて今の説明を聞いているところだそうだ。なにしろ交通網が寸断され、歩くのにも一苦労と言う状況で、更に雪はやむ気配がない。時折突風が吹くため飛行系の特技や魔術も使用を控えねばならない状態である。
「あと各自に発光弾渡すので、遭難した時はこれを打ちあげるように。
 一応イエティや雪女などの氷雪系の来訪者は緊急対応メンバーとして確保してるので」
支給されたのは指3本くらいなら入りそうな銃口のおもちゃのような銃だ。
「あと間近で炸裂すると失明しかねんから注意な。それから焦ってロックを外さないまま引き金を引いても出ないから、それも注意だ」
 ほーと渡された銃を眺め見つつチコリは足元を見る。
 すでにくるぶしくらいまでが雪に埋まりつつあり、よいしょと足踏みして雪から脱する。
 時刻はもう御昼近いはずだが、空は日が堕ちたように暗い。通りの先を見ようにも雪に邪魔されてほとんど見えない。
「最後に、扉の塔の数カ所に強力ライトを設置し、臨時の灯台にしている。
 PBのフォローがあるのでクロスロード内で迷子になるとは思わんが、万が一の時は目印にするように。以上だ」
「んー、とりあえず頑張りましょうかね」
 遭難の恐れがあるため、余り一人にならないように気をつけよう。
 そんな事を思いながら
 不意に振り返った彼女は吹雪を吹き飛ばすような大爆発を聞いたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふぅ」
 雪を落として滑り込むようにエントランスへ。
 足が張っているのを感じる。いくら鍛えていると言っても雪を掻きわけて歩くと言うのは使う筋肉が違いすぎる。筋肉痛になるとは思わないが明日あたりはだるくて仕方ないだろうなと嘆息。
「こんな日に物好きですね」
 静まり返った図書館内で涼やかな声の主は司書長のサンドラの物だ。開店休業中のこの状況でもきっちり司書服を着こんでいた。
「聞きたい事があったんでな。館長は居るか?」
「寒さで腰が辛いと言い張っていましたね」
「嘘かよ。問題ないならこっちから出向く」
「ではご案内します」
 すっと入っていくのはカウンターの奥だ。振りかえらない所を見ると入ってこいと言う事なのだろう。
 パソコンの並ぶカウンターから司書事務員用の部屋へ。いくらかの本と帳簿が並ぶそこを過ぎて一旦廊下へ出ると、館長室というプレートのある部屋の前へと辿りついた。
「館長、お客様です」
「ん? 誰だい?」
「エディ様です」
「良いよ。通してくれ」
 がちゃりと扉を押し開くと大図書館の西洋風の趣を全く無視した和室がそこにあった。奥にここが執務室であるとなんとか主張する机があるが、中央にででんとあるコタツが何もかもを台無しにしている。
「寒かっただろう? 入りなさい。
 ああ、靴はそこで脱ぐんじゃぞ」
 畳は一段高いところにある。エディは気を取り直して靴を脱いで上がると、スガワラ老に倣ってコタツに足を突っ込んだ。そうしている間にサンドラがお茶を入れたらしくコトリと湯のみが置かれた。
「ああ、俺からも酒を持って来たんだがな」
「開店休業中だが一応執務中という建前だからな。
 後で頂くとしよう」
 差し出された酒に目を細めつつ受け取り、それでと首をかしげる。
「この雪は人為的な物かどうか、見解を聞きたい」
「思惟的に引き起こされた自然現象じゃな」
 わずかの間も開けずに応じた老人をエディはやや訝しげに見る。
「館長はこれでも天候に由来する厄神ですので」
「これサンドラ。それは昔の話で天神じゃぞ」
「それは天神に昇った本体の事と聞き及んでいますが?」
「……。
 ああ、まぁ、なんだ。天気に関する能力を持っておるからの、とでも言っておくか」
 取り繕うように老人はそう言った。
「で、まどろっこしい言い方だが……?」
「雪は降るべくして降っておる。が、何者かが雪が降る条件を整えた結果である、と言う事じゃな」
「故意にこのあたり一帯を埋め尽くすような雪を降らす事なんかできるのか?」
「元よりこの数週間、非常に強い寒気が入り込み、上空は軽くマイナスに突っ込んでおる。
 ここに大量の湿気が入り込めば当然雪になって降ってくる」
「大量にも程があるだろうに」
「そうかのぅ。元より水には困らんと思うが」
「……」
 水と言われれば誰もがピンと来るだろう。
 この街の象徴の一つでもあり、この世界唯一(だった)大水源。そして昨年の初頭ではその水が危うくクロスロードを押し流すところだった。
「サンロードリバーの水を使っているということか?」
「川の水位が下がっているらしいからのぅ。
 まず間違いなかろう」
「……それにしたってどうやって」
「どうやってかは知らん。が、それが可能な事は最古参組は知っておる。」
 最古参組という単語にエディは眉間にしわを刻む。
「救世主ならば可能であると言う事です。
 誰の仕業かは分かりませんが一つの火球が万の怪物を飲みこんで消し去ったと言う話ですから」
 確かに『大襲撃』の話の中にそんな一文があった。確かにそれほどの大火力を振るえるならばどれだけの水を蒸発させられるか想像もつかない。
「……って、救世主……副管理組合長の誰かが犯人ってことはねえだろうに」
「ないじゃろうなぁ……、祭りに合わせて雪を降らす程度なら分かるが流石にこれはやり過ぎというレベルを遥かに超えておる」
「また怪物が変な策を巡らせているとか……?」
「一度あったことを否定はできんな」
「ちなみに湿気以外はどうなんだ?
 この寒気とかも『何者か』の仕業である可能性は?」
「無いとは言えんが断定もできん。四季がある以上この時期冷え込むのは当然じゃし、冬場の風向きが北からになるのもこの数年のデータからすれば不思議ではない。
 サンロードリバーの川上から川下への風も大体いつも通りじゃしな」
「そこは調べるしかないと言う事か」
「調べるにしても行動そのものがままならんがな」
「雪そのものは自然現象とするならここでいくら調べても何もわからない、か」
「100mの壁があるからの。
 それに気象学は十年単位のデータの蓄積がないとまともな精度は期待できん。
 どれもこれも推論にしかならんよ。
この『惑星と思われる大地』に地球世界並みの雨量を確保するだけの大洋や、酸素を供給する森林が無いとおかしいのじゃが、それの存在も不明のままじゃしな」
「……足で稼げ。ただし足は封じた、か」
「完全に封じられたわけではないが、一人で調べに行くのは自殺と同意だろうなぁ」
 それこそ冬の雪山登山を遥かに超える覚悟が必要だろうし、仮に辿りついたとしても戻れるかすら怪しい。
「他にも一応聞きまわって考えてみる」
「うむ。流石に管理組合も黙ってはおれんじゃろうし、妙案があれば飛び付くと思うよ」
 エディはひとつ頭を下げてコタツから足を引きぬく。
 かなりあったくしているはずだが、途端に足元にまとわりつく冷気にふとコタツを振りかえる。
「これは悪魔の兵器と呼ばれておってだな。冬に多くの者を食って離さぬのじゃよ」
「言わんとする事は分かるよ」
 肩を一つ竦めてエディは調査へと乗り出した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「さて、意気込んではみた物の」
 そろそろ歩くのもだるくなってきた静樹はため息一つ周囲を見渡す。
 流石にこの雪で店を開けているところも皆無。飲食店とあってはなおさらで休憩できそうな場所もない。
「手掛かりなぁ……」
 普段であれば町を歩けばどこかで騒ぎが起きて居たり、町行く人の噂話を聞いたりもできただろう。が、5分も突っ立っていれば自分が雪に埋まりそうなこの状況、手掛かりがたとえあってもすでに真っ白な雪の中である。
「もっと明確な作戦を立てないと流石に無理か」
 犯人を見つけたらどう懲らしめようかというプランはいくつも脳裏にあるが、肝心の犯人を探す手段がおろそかであった。
 さて、ここで反省していると凍え死に兼ねない。妖怪の自分が凍え死ぬなど笑い話にもならないが、このターミナルでは大きく力が削がれている。元の世界では何でもない事で死ぬ事もあるのだ。油断はできない。
「一旦戻るか」
 休憩する場所が無ければゆっくり考える事もできない。唯一信頼できる場所は管理組合に割り当てられた家である。

 がぎょん

 不意に吹雪く風音にまぎれて金属音が響いた。
「何だ?」
 振り返ればその建物は店とは違った。HOCの文字が看板に刻まれており、PBからの情報でヒーローと呼ばれる職業(?)のギルドのような物と知る。
「この中からか?」

 ガゴッ

 それはまるで扉をたたく音。
 いや、扉を実際叩いているのだろう。殴って居ると言った方が正しいかもしれない。

ガゴッ! ガゴッ …… バギャァッ!

 数度の打撃音に続いて木材が割れる音が響いた。
「ふう……てこずらせてくれたもんっスね。
 しかしこの超高熱外殻武装特殊スーツの前には無力っス!」
 事務所の扉をブチ破って勝ち誇る特徴的な声。そちらを見ればアイアンゴーレムのような風体の何かがずんと立って笑い声を響かせている。
「……トーマ、何をしているんだ?」
「お、早速このナイスでスペシャルなスーツに魅せられて来たっスね!」
 いや違うが、否定してもややこしそうなので頷いておく。
「これは外殻を超高温に出来る特殊スーツっス!
 これで雪道など全て溶かして進んで行けるってもんっスよ!
 雪掻きなら任せろーーー!!! っス!」
 言うなり何かを起動させたらしい。鉄色のボディが段々赤熱し、吹き付けた雪が瞬く間に蒸散した。少し離れてもそれが物凄い熱を放っている事が分かり一歩後ろに下がる。
「ふふ、成功っス! じゃあ行くっスよ!」
「え? いや、トーマ、タンマ!」
 だが気分の高揚した彼女には届かない。
 早速とロボットのようなスーツを着込んでなお背を越える雪に突っ込んでいく。
 途端にじゅっという音が連続して響き、スーツの形に雪が溶けて道ができた。
「確かにこれは凄いかも……」
 でも、と言葉が続き
「え? うぉ? ま、前が!?」
 まるで雪山の温泉のように空いた穴から猛烈な湯気が噴き出し、周辺が一瞬で霧のようなものに包まれる。それだけならまだ良かった。
「の、お!? 水が!? え、あ、湯気、ちょ!? て、停止っス!?」
 が、遅かった。
 トンネルの中で急激に氷から蒸気に状態変化した水はある結果を引き起こしたのである。

 どぉおおおおおおん

 それを水蒸気爆発という。
 まるで大砲空飛びだした弾丸のようにトンネルから放りだされたトーマは粉砕されたスーツをかろうじて纏ったまま雪に埋もれて行く。
「……ええ、と。救助しないと死ぬよな。あれ」
 目の前で突如発生した要救助者に呆れつつも彼は埋もれて行く少女を掘り起こしに掛かるのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇

「心折れて良いですかね」
「そのまま死にたければな」
 泣きごとを言う一之瀬にクセニアがにべもない答えを返す。
 ここはクロスロードからおおよそ10kmは離れた地点だ。もうそろそろ南砦が見えるはずだが吹雪のために未だ確認出来ないでいる。
「雪の行軍が大変って話は色々聞いてましたけど、ここまで何でもありの世界でもこのざまとは」
「何でもありって言ってもなぁ。吹き飛ばしてもすぐ積もるし、駆動機系も道がこのざまだし、地道に進むしかないだろうよ」
 彼らのすぐ横にはかなりのロースピードで走る武装列車の姿がある、と言っても今回に限ってはその装甲の大半ははぎ取られ、代わりに間に合わせの配管が張り巡らされている。
 これは先頭車両で発生した蒸気熱を受けた水を巡らせていて、まとわりつく雪をなんとか凌ぎ、内部の温度を保っている。
 代わりに極端に低下した防御性能や元より吹雪で確保できない視界を補うために数名がその横を歩いていた。一応先頭車両の先にはへの字型の除雪板が設置されており、彼らが歩く分まで外に払っているので極端に歩きにくいと言う事はないがそれでもくるぶしくらいまでは雪に埋もれるため体力を盛大に奪って行く。彼らにとってはたかだか10km歩いただけなのだが一之瀬のように蒼い顔している者も少なくない。
「よし、そろそろ交替だ。3班は外に出ろ。2班は雪を落としてあったまれ」
「助かったあぁ」
 安堵の吐息も白い。よたよたと列車に寄り、補助柵を掴んで体を持ち上げる。
「まぁ、雪は酷いが寒さはそこまで無いのが救いだな」
 クセニアの方は若干余裕を見せたままそれに続く。彼女の言う通り外気温としては0度前後だ。寒いは寒いし、耐えず吹きつける雪、それに冷たい風のせいで気温以上に体温は奪われていた。
 転がり込むように列車内に入ると所狭しと物資が詰み込まれており、その隅っこにストーブらしき物が鎮座している。
「おや、お疲れ」
 1班だったらしい探索者の女性が差し出してくれるコーヒーを受け取って窓を見やる。無論大したものは見えない。
「これ、大迷宮都市まで行けるんですかね……」
「行くしかないだろ? 列車的にもあそこか衛星都市まで行かないと回転できないわけだし」
 クセニアが改めて呆れたように応じると、女性はフフと笑い、
「一応回転せずとも後退はできるでしょうけど、雪掻きが無いから往生するわね」
 と、述べる。
「それにしてもまだ砦よりも内側だ、今からが本番だぜ?」
 銃の点検をしながらクセニアがうれしそうに笑う。
「こんな環境でドンパチはしたくないですね……っていうか、この雪の中、怪物襲ってくるんですか?」
「雪で立ち往生するなら、俺達が未到達の場所からクロスロードまで歩いて来る根性はねえと思うけどな」
「……ごもっともで」
 歩くだけでこれだけ参っているのに、いざ戦闘となったらどうなってしまうのだろうか。
 いやな想像を浮かべていると不意に列車が停止するような挙動を見せた。
「……まさか、敵?」
「……いいえ、恐らく南砦に到着したのでしょう。ここでも物資を卸すはずだわ」
「なるほどな。ちょっと休憩ってところか」
 三班としては出鼻をくじかれた感じかもしれないが、まともに周囲も確認できないとあってはこうなる事も仕方ない。恐らく指揮者は距離よりも外を歩く者達の動きや顔色を優先で判断したのだろう。
「ま、気楽に行こうや」
 ガチンと銃の動作確認の終了とばかりに音を響かせて、クセニアは笑みをこぼすのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふ……うぅ」
 すっかり冬景色の「森」を見るのは初めてかもしれない。
 森は「足」とも言うべき下草の層が常にある程度の熱を発しているため常に植物環境に良い状態を保っているはずだが、ケタ外れに降り積もる雪にその機能も追い付いていないようだ。特に水を吸収する通称「水風船」は限度を超えたレベルでパンパンに膨れ上がっている。
「ともあれコアさんと、あとあの有害キノコの無事を確認しないと」
 毒物の倉庫であるキノコがばら撒かれては色々とまずいのは元より、この森を管理するコアが倒れても色々大問題のきっかけになる事だろう。
 色どりを失った森の中を進む。何時もより妨害は明らかに少なく、気がつけば目的の場所に辿りついていた。
 恐らく、だがここがいつもコアが居る区域だろう。そこには巨大なつぼみが意地でも開かないとばかりに絞られていた。朝顔が開く前の様子と言えば分かりやすいか。
「コアさん、いますか?
 無事です?」
 と、声を掛けて見てもピクリとも反応しない。幸いその茎は緑色は保っているので枯死しそうだと言う事ではないとは思う。
「どうしましょうかね」
 座り込むには地面はべちゃべちゃしすぎている。彼は用意してきた術で場を温めつつ思案する。ここに居座っていれば下草の暖房効果もあり凍死する事はないだろうが、この調子ではコアが応じてくれそうにもない。あっためていればやがて顔を出すかもしれないが無理に顔を出させる意味もそんなには無かったりする。無事を確認したいと言う自己満足のみだ。
「さて、どうしますかね、ホント」
 不意に、遠来のようなしかし妙に胸騒ぎのする音がクロスロード側から聞こえたような気がして吸血鬼は町の方へと視線を投げる。
 いつもなら無駄に壮大に鎮座する町も吹雪に遮られて見る事ができなかった。
「何が起こっているのやら……」
 ただまぁ、きっと。
 ロクでもない事が起きているのだろう。
 様々な経験が告げるのか、それを嫌と言うほど感じるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけで大雪です。積雪は何もしていないところでは間もなく2mに差し掛かろうとしております。と言う事でジョバンニが一夜にしてこんな状態にしてくれましたので2日目に入るともっとひどくなります。
 わっほい。
 リアクション宜しゅうお願いします。
 なお、リアクションは複雑に書く必要はありませんが「どこに行って何をする」は抑えていただきますようにお願いします。
『白銀の強襲者』
(2013/02/01)
「き、きりがありませんんん!」
 雪の中で少女の叫びが木魂した。

 分厚い雲に覆われて日の位置も分かりはしない。
 念のためにPBに時間を問うともう昼を過ぎていた。
「あー、もう……」
 前を見ても振りかえっても雪である。雪かきをしてもそれを詰むところすら見当たらない。余りにも白一色すぎて目はチカチカするし、周囲の高低差すらわからなくなる。
「……これ、PBなかったら街中で遭難しますよね」
 現に今自分がどこに居るのかさっぱりわからない。少し怖くなり微かに音が聞こえる方向へと移動する。
 白。白。吹きつける雪は町から色も輪郭も奪い取っていく。ただひたすらの白。
「っ……!」
 喉がひりつく、かろうじて灰色の空が天地を示す。だが、それだけだ。
「あぁあ!?」
 人は五感を奪われると発狂すると言われている。それは五感全てを奪う必要はない。白に埋め尽くされ視覚を失い、雪に音を吸われて聴覚を失い、冷え切った身に触覚は遠い。
 踏み出した足は雪に動きを阻害され、まるで時間が間延びしたようにもどかしさを与える。
 感覚が失われ、ずれていく。
 自分が正面を見ているかどうかも分からなくなっていく。動いているのか、実は倒れているのか。分からなくなる。
「ぁあ!!」
 冷気に喉が凍りつく。寒さに、それでも無理に動かして上がった息に声の出し方が分からなくなる。
「ぁ……!」
「っと?」
 不意に目の前に黒が生まれた。それで無理やり合わされた焦点が、感覚が、弾かれたゴムのように狂って目が回った。
「大丈夫ですか?」
「ぁ……ヨン、さん?」
 悪夢から脱したかのように、ハッキリと意識を取り戻したチコリは目を瞬かせて、倒れかけた自分を支える吸血鬼を見上げる。
「うわ、すごい冷たいじゃないですか。ダメですよ、一人で作業しちゃ」
「何時の間に……はぐれたのでしょうか」
 感覚が無い。自分が随分と危険な状況だったと悟りぞっとして身を震わせた。
「気を付けてください。結構遭難者出ているようですので。
 とりあえず少し休憩した方が良いですよ」
「ええ、そうします」
 ようやくはっきりし始めた意識で自分の持ち物を探す。幸いすぐ近くにあってそこから保温容器を取りだした。かじかんだ手で開けると湯気が爆発するように広がり、胸が痛くなるくらいに落ち着いた。
「まさか、自分で使う事になると思いませんでした」
「ホント無事で何よりです。
本当はうちの事務所にどうですかと言いたかったんですけどねぇ」
 不意に遠くを見る様な眼をするヨンに何事かと思えば、どさりと落ちた雪の上、ヒーロー集団HOCの看板がそこにあった。
 で、問題はその横である。
「……火事場泥棒?」
「それならまだ良いのですが……何故か内側から破られていましてね……」
 ぶち破られた扉から猛烈な勢いで雪が滑りこんでいる。きっと部屋の中はとんでもない惨状を晒している事だろう。
「そう言えばこちらから爆音が聞こえたから近付いたのでした」
「爆音……ねぇ?」
 そんな事をしでかしそうなのを大量に抱えるHOCとしては益々身内の犯行としか思えなくなってくる。
 ヨンは頭を一つ振り、今は先にやるべき事があるとチコリへと向き直った。
「この先に管理組合が設営した集合場所がありますのでそちらに向かいましょう」
「はい、お手数おかけします」
「いえいえ」
 二人は常駐しているはずの職員も来ては居なかった。流石に歩くのにも難儀し、或いは彼女のように遭難しかねない状況で出て来いとは言うつもりはないが、家で出るに出られない状況になっている可能性は非常にある。後で様子を見に行くかと思いつつヨンは雪をかきわけて進もうとする。
「おーい、ちょっと手伝ってくれないか?」
 それほど遠くない場所からの声。
「何か問題でしょうか?」
「でしょうね。行ってみますか。大丈夫ですか?」
「はい、落ち着きました。どっちかというと雪で感覚がおかしくなってただけなので」
「無理はしないでくださいね」
 そう念押してヨンは声の方へ行く。するとそこには雪を掻き分ける青年の姿が合った。
「ああ、丁度良い。君の知り合いでもあるんだ。手伝ってくれないかな?」
「知り合い? ……って」
 雪からにょきり出ている鎧の一部。こういうヒーローは居ないが、こう言うのを好んで作るのには心当たりがある。
「扉も彼女の仕業ですかね……」
「あー……」
 どうやら目撃者らしい青年、静樹の彷徨う視線を見やりつつ、ヨンは発掘作業に加わる。
「今度は何をしたのですか?」
「赤熱する鎧を着て走ってたら爆発したんだよ」
「……鎧その物の破損は少ないようですが……」
「水蒸気爆発と言うやつではありませんか?。
 水に火の玉投げ込んだらなると聞いた事がありますけど」
「ああ、それかもな。雪を溶かしながらトンネル作ってその奥で爆発したし」
「……この人ホント天才なんでしょうかね」
 いや、天才であることは確かなのだろう。が、もう一歩及ぶべき場所に毎度面白いように到達できずに七転八倒している気がする。
「上手く作る人と上手く使う人は別と言う事でしょうかね」
「名刀の鍛冶屋が剣術の名人ではないということでしょうか?」
 せっせと発掘に協力するチコリがきょとんと首をかしげる。
「そんな気がしますね。桜前線の時のバリアとか普通に管理組合が採用するレベルですし」
「へぇ、凄いんだな」
「天才ってこんな感じなのでしょうか。確か副管理組合長のユイさんも変な人だって噂聞きますし、大図書館の地下には二重の意味で凄い人の巣窟とかなんとか」
「……天才の条件か何かなんでしょうかねぇ」
 ある意味ヒーローたちも戦闘のプロで天運を掴む素質を持つ者達だが、どこが変なところが諸所見られる。
「ともあれさっさと掘り起こしましょう。このままでは我々も埋まりそうだ」
 静樹の言葉に二人は頷き、トーマの発掘作業に集中するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「やれやれ」
 窓の外は白。間もなく大迷宮都市に到達するという話だが確認する術はない。
 幸いと言うべきか当然と言うべきか。護衛の出番は未だない。いくら不眠不休でクロスロードへ押し寄せてくる怪物とはいえ、物理法則を無視するわけではないので近づいてきたとしてもその足取りは鈍いだろう。
「しかし、積雪は多少緩いか……?」
或いは腰の上まで埋もれそうなクロスロードの惨状から比べればせいぜいふくらはぎ程度の積雪しかない。いや、それでも充分に驚異的なのだが。
「クロスロード中心に降っているってことか?」
もしそうならばこの先積雪はどんどん少なくなるだろう。『気象』からすればたかだか50kmの距離、台風であれば一時間で到達する距離であるから雪から完全に脱する事は恐らくできないだろうが。
考えたところで今は何かできるわけでもない。それよりも寒い。無論休憩している列車内は暖房を利かせているのだが、それでも忍びよる様な寒さが体にまとわりついて来る。
「……ああ、そうだ」
 不意に、妙な考えが脳裏をよぎった。
「…白熊か何かに変身すれば、寒くなくなるんじゃないか?」
 近くで聞いていた探索者が怪訝な顔をするが、お構いなしにクセニアは《変身》を使う。
そうして現れたのは小さな白クマである。
「ふむ、毛皮というのは存外温かいな」
 満足げに頷き、銃の手入れでもしようと傍らのそれを手に
 ごとり
 手に……
 ごとり
「……ふむ」
 残念ながら熊の手は銃を持つには相応しくないようだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 確保したスノーモービルだが大して速度は出せていない。
 別に性能が悪いわけではない。極端に視界が悪いのが原因である。
「くっそ、歩くよりはマシとは言え……」
 間違っても他の来訪者にぶつかるわけにはいかない。こんなところで接触事故を起こせば医者や回復役を探す前に衰弱死しかねないからだ。
 雪は一向に止む気配を見せない。大きな通りを中心に除雪作業を繰り返しているが、雪に対し焼け石に水という皮肉めいた状況になっている。
「止まない限りどうにもならんな」
 もどかしい思いをしながら辿りついたのはサンロードリバー。西側のそこはアクアタウンに最も近い岸辺だ。そこでは百人くらいの来訪者が次々に雪を川に放り込んでいた。
 激しく流れる川の水は凍る事が無い。恐らく今でも2〜3度くらいの水温は確保されているだろう。無論飛び込むつもりはさらさら無いが。
「なぁ」
 スノーモービルを止めた彼は水辺からはみ出した液体───もとい精霊種ウンディーネへと声を掛ける。
『なぁに?』
「サンロードリバーの水位は下がっているか」
『……ええ。水の量は減って居るわ。それが?』
「そりゃ何時頃からだ?」
『雪が降り始める一日くらい前からだわ』
 ビンゴ過ぎて眉根を顰める。
「水位は回復しているか?」
『減ったままだわ』
「どれくらいか分かるか?」
『貴方の体の半分くらいは』
 川幅4kmのこの川で1m近く水位が下がっているというのは異常どころの話ではない。
「……こりゃ、上流か」
 雲は東から流れ、雪は依然振り続け、そしてサンロードリバーの水位は下がっている。
 こうなるとそれを疑わない方がおかしいというものだ。
「管理組合は何か手を打とうとしているのかな」
上流に行くなら行くで募集の一つも掛かりそうなものだが、まずは町の機能不全をある程度解消するところまで持っていきたいのかもしれない。
「ならば先に神楽坂新聞社にでも行くかね。あそこなら面白そうな話の一つも抑えているかもしれないし」
 森の事件みたく、クロスロードの面白住人が引き起こした事ならばまだ対応方法もあるだろう。だが、なんとなくだが彼はそうではないと感じていた。
 いうなればそういう連中が内包する「遊び心」が感じられないのだ。
「厄介な事件とすれば行動が遅れれば遅れるほどやばい事になるかもしれないな」
 とにかく行動する。それを胸にエディはまずは状況を再確認すべく近くの管理組合員の元へと行くのだった。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
職場でインフルエンザとノロウィルスが同時蔓延してダウンした人のフォローで死にそうな神衣舞です。
という言い訳です。遅くなりました。ごめんなさい。
というわけで次回、上流への探索希望者募集があります。
もちろん超危険です。主に遭難ですがおまけに川関係だともちろん水魔が関わりかねません。
一方の護衛組は大迷宮都市〜衛星都市間は雪も弱くなりかなりの速度で帰ってくることができます。
次回には大迷宮都市からクロスロードに戻るくらいのイメージでOKです。

ではリアクションおねがいします。
『白銀の強襲者』
(2013/02/19)
「拍子抜けだな」
 クセニアは呟いて外を見る。
 雪は段々と強くなっていた。というのは半日前まで居た衛星都市から比較した事である。
 大迷宮都市を抜けてある程度抜けた時点で雲も切れ始め、衛星都市に着くころには日の光まで見えていた。おかげでと言うべきか代わりと言うべきか。そこからは怪物との遭遇うがあり、ようやく護衛らしい仕事をする事になったのだが。
「まさかほとんど雪らしい雪も降っていないなんてな」
「風の流れからすれば当然かもしれませんがね」
 そんなこんなの復路である。
 学者風の男がパソコンに何やら打ち込みながら言葉を返す。彼は護衛でなく、管理組合からの依頼として気象調査に同行した者らしい。
「クロスロード上空は恐らくサンロードリバーの影響で常に西風が吹きやすくなっています。一方で大迷宮都市や衛星都市は真南に位置しますから、クロスロードの気象が影響しづらいと言えるでしょう。南西方向にあればもう少し違ったでしょうが」
「なるほどね。しっかしそうなるとクロスロードをまるで狙い撃ちしたような形だな」
「可能性は無いとは言い難い。
 なにしろ気象を操る魔物は各世界の伝承に少なくない。詰まる所こちらに怪物として現れる可能性があると言う事です」
「……いや。それって大抵ラスボス級じゃねえのか?」
「大体は神族か、その眷属、或いは竜か神霊間近の大精霊ですね」
 どれが相手でもおおよそ大惨事である。
「ともあれ山などがあるならともかく、たった100km程度でここまで状況が異なるとなればごく一般的な気象ではないと考えるべきでしょうね」
「となれば、早く何とかしないとクロスロードの雪はなお一層まずい事になるって事か」
「ええ、恐らくは。
 元々その可能性は指摘されていましたので対策に動き出しているとはおもいますが」
「……どうだろうなぁ」
 出る前であの有様だった。未だに雪が降り続いているとすれば一体どれほどになっているかだろうか。活動すらままならぬ可能性すらある。
 間もなく武装列車は大迷宮都市近郊となる。衛星都市を抜けた頃よりもがくんと速度を落とした列車の上でクセニアは厳しい顔で進行方向を見つめる。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「今っ!!求められているのはっっっ!!!人々に降りかかる厄災とこの街の危機を打ち払う英知。
 そしてそれを実行する、不退転の正義の心!!!」

 雪は音を吸収すると言う。が、目の前で放たれる妄言の全てがすぐさま吸収されつくすわけでもなく、傍に控える3人は三者三様に呆れた顔をした。
「あれ、そろそろ一回叱った方がいいんじゃないか?」
「いやまぁ、ああいう人ですから。
 流石に爆発には懲りたみたいですし」
「あはは、どっちかと言うと再起動ですよねあれ」
 トーマの暴走に付き合った事のあるヨンとチコリは鞘を持ちあげる静樹にまぁまぁと苦笑いを向ける。
「とはいえ、トーマさんの言う事も尤もです。もう夕方近いのに止む気配どころかじっとしていれば埋まってしまいそうだ。
 これがただの異常気象ならば数日も続かないでしょうが……」
「何かしらの仕掛けとすれば町が雪に潰される、か。
 シャレにならないね」
「はぅ……どうすればいいのでしょうか」
 先ほどの遭難未遂がよほど堪えたのか、ヨンのマントをしっかり握ったチコリが不安そうな声を上げる。
「集団行動を取るっスよ。もう一人や二人がどうこうしたってどうにもならないっス!
 事務所は既に冷凍庫状態。となれば新たな拠点が我々には必要っス!」
「……静樹さん、やっぱり一発やっておいてください」
 冷凍庫状態になった理由をすっぱり忘れたような物言いに流石のヨンも笑顔でそんな判決を下した。
「それはともかく、サンロードリバーに一度向かいましょうか。
 あそこは雪を廃棄するために人が集まっているはずです。流石に管理組合も腰をあげているでしょうし」
「そうだね。それにしても……この吹雪じゃ空も使えやしない。
 いっそ下水道とかあれば使いたいところだよ」
「う……そういうところは勘弁です」
 嗅覚の鋭いチコリがふるふると頭を振る。
「周囲の除雪部隊を吸収しつつ少しずつ進むしかないですね。
 トーマさんの熱鎧で溶かしながら……は危険ですが流石に熱源無しだと凍死しかねませんし、ここは慎重に運用して進むしかありませんね」
「ふふ、任せるっス! この天才、同じ失敗はしないっスよ!」
 全員が全員「大丈夫かなぁ」と言う顔をしたが、彼女の装備gは効果的なのは紛れもない事実である。
 厚い雲に覆われた町を四人はゆっくりと進み始めるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「さてと」
 管理組合前。扉の園のひとつ外縁にあるクロスロードの中心的建物には多くの人がひしめきあっていた。
 そんな中、ある会議室でエディは集めた情報を整理していた。
「しかし厄介だな」
 まず彼が狙ったのは天候そのものへのアプローチ。つい数カ月前にあった百鬼夜行祭りで瀬光一味が狙った大規模術式を応用し、気象へ干渉できないかというものだ。
 しかしこれに対する回答はNO。
 風水術は場を整える術ではあるが、冬に雪が降るという自然現象を覆す物ではない。一時的に火の属性を高める事で気温を上げる事は出来るかもしれないが、100mの壁がどれだけ影響するか分からない上に、準備を行う事が難しい。更には局地的に効果を発しても流れてくる風雪は留める事はできないため、有効的な成果を得られないだろうとのことだった。それにもしこの大雪に干渉出来るほど気温をあげてしまえば恐ろしい暴風が巻き起こる事も予想される。
ならばと風向きを変える事も検討したが、クロスロードを往く風はサンロードリバーが作り上げたであろう気流のため、ちょっとやそっとの干渉でどうにかなるものでもないらしい。
 となれば次に考えるべきは根本的原因の根絶である。
「が、魔法陣の敷設にも難色示している中で、根源であろう場所までの移動か……」
 問題の起点がサンロードリバー上流である事は疑いようもない。が、そこまで移動する方法をどうするかが問題である。ここまで乗り込んだスノーモービルは充分な機動力を持っているが、こんなありさまの中を一人特攻するなど冗談にもならない。
「かと言って人数が居ればどうにかなるか、だが」
 幸いと言うべきか。魔法も科学も備わったクロスロードで本気を出して装備をかき集めれば、このバカバカしい暴風雪の中でも進軍できるだけの用意は可能である。特に魔力炉エンジンの存在は大きい。魔素さえあれば半永久的に駆動するためこの雪の中でも燃料の心配をせずに駆動機を使える。
「まぁ、そろそろお節介焼きのダンナが来てもおかしくないし、連中を誘って行くしかないかねぇ」
 できれば雪に強い者を誘いたいところだが、彼らは優先的に町中での救助活動をしている。そこから引き抜くわけにも行くまい。
「間もなく一日、か」
 時間だけは刻々と流れているはずだが、日の光が届かぬこの状況ではそれすらも怪しく思ってしまう。
「積雪はおおよそ1.5mか……。
 最早徒歩で行き来するのは無茶なレベルだな」
 踏み出せばあっさり埋まって動けなくなるだろう。こんなありさまで果たして元凶なる地まで辿りつけるのか。
「……だが、行かねばならない、か。
 やれやれ、そういうのは俺の仕事じゃない気もするんだが」
 余りにも静かすぎる会議室に響く自嘲の声。
 それを打ち消すように外がわずかにざわめきを発したのを感じ、エディは席を立つ。
「お出ましのようだな」

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「いそのー、上流行こうぜー」
「は?」
 ようやく管理組合本部前までたどり着いたヨンはいきなり投げかけられた言葉に呆けた声を挙げた。
「どこからの風習でこういう風に声を掛けるんだとさ」
「どことなく間違っている気がしますね。しかし……やはり上流ですか」
「ああ、そこしかないだろ。まぁ、かなり覚悟は必要だろうがな」
「というわけですが、どうしますか?」
 管理組合前はセンタ君達がせっせと作業していることもあり、何とか一息つけるくらいの広さはあった。暖はトーマの過熱鎧でとれたにしてももう足腰が悲鳴をあげそうである。
「安易に行きますとは言えない状況とおもうけどね」
 静樹の応答にチコリがぴくんと頭を上げると
「わ、私は付いていきます!」
「とはいえ、かなり厳しそうではありますね。トーマさんに悪ければ数十キロ、それ着て進めというのも酷な話だ」
「足にローラー付ける手もあるんスけどね」
「キャタピラでも駄目だと思いますよ?」
 雪を溶かせば当然水になる。そして足元にできるのはぐちゃどろの地面だ。クロスロード内は石畳があるためそれでも良いかもしれないが、外に出ればあっさり泥にはまりかねない。
「管理組合かドゥゲストさんに依頼すれば何かしら用意はしてくれるかもしれませんが、悠長に待ってる時間もなさそうですね」
「何か使える物ないか?
 一応スノーモービルは借りてはいるが、せいぜい乗れて2人だからな」
「東に行くとなれば水魔から逃げる必要も考慮しないといけませんし……
 トーマさんが居ますから何かしら組み合わせてでも行けそうな気はしますが」
 ふむとエディはひとつ頷き、会話に耳を傾けていた静樹とチコリに視線を向ける。
「というわけで何か良い案があればよろしく」
「丸投げか!?」
「こっちだって考えるさ。案を出すだけなら頭が多くて困る事は無い」
「うー……ソリとかじゃ駄目ですよね?」
 チコリはムムムと眉根を寄せて呟くも
「何に引かせるつもりだ?」
 と突っ込まれて口を噤む。色々案はあろうが、この規格外な雪に順応できる生物がどれほどいるか。
「ふはははは。このクロスロード最高の知能たるトーマ様に任せておけば、ちょちょいのちょいっスよ!」
「ほぅ。案があるのか?」
「今から考えるっス。ちょっと待つっス」
 キリッとダメな事をのたまうトーマを優しい目で見てから、さてどうした物かとエディは厚い雲を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「はぁ? 行けないだと?」
「ああ、ここから先はもう無理だ。かきわけきれねえ」
 困り顔の車掌が先頭車両の先を見る。への字型の除雪バンパーの高さはとうに越え、鼻先と言うべき場所まで雪が達していた。
「強引に進む事もできるだろうが、最悪前にも後ろにも進め無くなりかねん。
 一旦大迷宮都市まで引き返そうと思う」
「……それで良いのかよ?」
「良くは無いが遭難など笑い話にもならん。
 ……幸い数台の雪上機は搭載しているから、数人ならクロスロードまで帰る事も不可能ではない。無論危険は付きまとうがね」
 そのやり取りを聞いていた護衛集団がなんやかんやと話を開始する。が、大勢は引き返す事に賛成のようである。
「あの、すみません。私はデータを一刻も早く管理組合本部に届けたい。
 誰か同行してはくれないだろうか」
 少し前にクセニアと話していた学者が手を挙げて周囲を見渡す。
「無論別途護衛としての報酬は管理組合に請求してもらって構わない」
「ふむ」
 その言葉を聞いてクセニアは考え込む。
 大迷宮都市に戻った方が安全なのはまず間違いないだろう。
 だが、それで本当に問題は無いのか。
 いや、自分一人がどうこう出来る話ではないと言うのは理解しているのだが……
 そんな思考を回しつつ、
 彼女は曇天の空を見上げるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
さて、次回はいよいよ上流区画かなぁとか。
もちろんどういう方法で動くか次第では遭難もありますのでよろしゅう。
さて次次回位にクライマックスになれば良いなぁと思いつつ
リアクションよろしゅうおねがいします。
『白銀の強襲者』
(2013/03/10)
「…危険だが、そのデータとやらを持っていければ
 街にいる他の奴らが(外に出られるとかで)助かるんだ
 誰かいないか!...早い者勝ちだぜ!?」

 吹き付ける風は随分と冷たい。動きを止めた武装鉄道が纏う熱がどんどん奪われているからだろう。
 その屋根の上でクセニアは護衛として同行する者へと告げた。
「良いぜ。俺も知り合いの様子が心配だしな」
「戻っても家に入れるかわかんないけどねぇ」
 案外応じる声はすぐに帰って来た。仮、とはいえクロスロードはここにいる者達の拠点である事は間違いなく、戻りたい理由がある者も少なくないのだろう。
「拍子抜けだな」
 小さく呟いたクセニアだが、むしろ最初の条件をクリアしたに過ぎない。
 雪中行軍。駆動機や様々な支援を受けての行為とはいえ、目的地がどうなっているかもわからない旅が始まる。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「地中っス!」
 一方その頃。
 一人の少女が知り合いからすればわりかし見慣れたドヤ顔をして、周りの面々をきょとんとさせていた。
「ち…地中だと…?」
 ここは管理組合が雪をサンロードリバーに捨てるポイントとして用意した野外拠点だ。今もセンタ君や重機がひっきりなしに雪を川に落としているが、その行為がむなしく感じるほど、周囲の雪は積もりあがっている。
「行けるかどうかって問題はあるが、行けるなら僕は賛成だね。
 吹雪も寒さも関係ない」
「そうですね。距離的な問題とその後どう地上に出るかが問題ではありますが、それ、賛成です」
「土の中を行けるならまぁ、雪の中掘るくらいはできそうなもんだがな。
 さてサンダーバードか術者、どっちの確保が速いかね」
「流石に掘削機で掘り進むのは時間が掛かり過ぎるのではないでしょうか?」
 チコリがはいと手を上げて言うと、ヨンはPBに近くの魔法具店を問い合わせる。
「土の中を移動する術はそれほど高価な物でも無かったと記憶しています。
 付与術師が居れば術式を構成するくらいはしてくれると思いますよ」
 と、PBが吐きだした結果に苦笑する。そう言えばサンロードリバーの沿岸で付与魔術師と言えば大御所をどうして思い出さなかったのか。
「《とらいあんぐる・かーぺんたーず》の皆さんは今、どこにいるのでしょうかね」
「管理組合のヤツに聞けばわかるんじゃないのか? 流石にこの大災害で出て来てないってことはねえだろ?」
「それもそうですね。あ、ちょっとすみません」
 静樹の呼び掛けに応じた管理組合員が取り次ぎを了解してくれたのを見てヨンは視線を輪に戻す。
「雪から出るのはトーマさんの鎧なり、火炎系の術で吹き飛ばすなりでなんとでもできるでしょう。どちらかと言えば問題はどこに出るか、ですね」
「それは水位から判断できねえか?」
 エディは背後の大河を見る。
「サンロードリバーの水を利用して雪にしているらしいし、当然水位は減っている。
 元々の水位と今の水位、それから水の傾斜で原因となる場所を特定できねえかと思っているんだが」
「できない事は無いと思うっスけど、恐らく数キロの範囲までしか絞れないと思うっスよ」
 自称ながらも実際計算の速いトーマがそう答える。
「元々サンロードリバーは水が流れて無ければどっちが上流だかわからないほどに傾斜が無いっスからね。わずかにあるとしても原因となる地域を絞り切るのはまず困難っス。ついてに言えば原因となるポイントが数キロに渡っている可能性もあるっスよ?」
「そうなのですか?」
 チコリが困ったように問い返す。
「元々気象なんてものはそういうモンっスからね。もちろん「誰かの仕業」である以上ワンポイントでの状態変化である可能性は高いっスけど、気象に影響を及ぼす系の何かであれば広範囲で条件が変わっている事も考慮すべきっス」
「おお、トーマさんが天才っぽい……!」
「おーけぃ、表に出ろっス!」
 褒めただけなのにと呟く静樹をジト目で睨みつつ
「ただ、水が減っている以上、熱関連の変化がある事は明白っスよ。
 だったらサーモセンサーの一つでもあればある程度察する事ができると思うっス」
「なるほどな。どうせ河川付近というのは間違いない。東に向かって温度変化を確認する方が早そうだな」
「となると、あとは手段ですね」
「お待たせしました」
 丁度良く、1人の女性が皆の元へと現れた。背に翼を負う少女───ルティアだ。
「調査に向かわれるのに、地中行軍系の付与が欲しいということですよね?」
「はい。用意できますか?」
「……それがですね……」
 困ったように視線を彷徨わせるルティア。何だろうと訝しげ無表情をする一行だが、彼女一人だけが現れた事の意味をヨンは「彼女でない彼女」の事で1つ思い出す。
「もしかしてアルカさん、家に引きこもったりしています?」
 それは、彼女に良く似たある人物が極端に寒さに弱く、コタツを引きずり歩くような事をやっていたという過去の光景。
「おはずかしながら、完全に篭城の構えです」
「い、今そんな事を言ってる場合でないのでは!?」
 チコリの言いたい事は分かっている。だが、とルティアはかぶりをふる。
「雪の時のアルカさんの駄目っぷりは如何ともしがたいのです。
 ……というわけで、こちらから1人適任者を派遣します。向かう方向からしても必要でしょうから」
 その言葉に次いで現れたのは皆が知る、というかクロスロードの住人ならばまず知らない者など居ないであろう女性だった。
「足止めを受けていてよかった、と言うべきでしょうか。
 土使いなのにその方法に思い到らなかったのは不覚でしたが」
 メルキド・ラ・アース。クロスロード随一の『英雄』が浮かべた苦笑。これ以上ない援軍の登場に、皆は「よし」と握りこぶしを作ったのだった

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「しかし、妙な感じですね。この上が吹雪とは」
 チコリがやや不安げに天井を見上げる。
 原因究明に出発した一行は地下道を進んでいた。万が一の撤退を考え、アースが地下道を作り、そこを駆動機で進むと言うやり方だ。しかしある程度の強度を持ったトンネルを考慮するとそれなりの時間が必要となり、進行速度は10km/hというところだろうか。それでも徒歩に比べれば随分早いし、楽なのだから文句は無い。
「さて、最初の問題は『水魔』がちょっかい掛けてくるか。だな」
「それは余り気にしないで良いと思います。無論警戒べきですが」
 ここまで十数キロ。ひたすらトンネルを形成しているのに疲れの一切見えないアースが応じる。ここまで来るとこと土の術に限れば彼女に勝る者など存在しえないのではないかと思えてくる。
(……そう言えばあの人は四方砦の人は『例外』に挙げていませんでしたね)
 大図書館の地下に籠るとある研究者を思い浮かべヨンはひとりごちる。無論彼女が何でも知っているというわけではない。またアースという少女が得た力が真っ当な訓練に寄る物だから除外していると言う可能性の方がよっぽど大きい。
「まぁ、今はどうでも良い事ですか」
「何か言いましたか?」
 不思議そうに見返すチコリ。その横で周囲の気配を探っていた静樹が「また女性の事でしょう」とやや冗談めかして言い放った。
 静樹の言わんとする事とは外れるものの、残念ながら間違いでもなく、少し言葉に詰まったヨンに静樹目を開けて驚いたように吸血鬼の横顔を見る。
「こんなときまで……余裕というか、実はインキュバスだという噂が本当では?」
「違います。私はれっきとした吸血鬼ですよ」
「れっきとしたと言うにはかなりズレているようにも思えるけどな。吸血鬼にしては偉そうでないし」
 エディの言葉にヨンはやれやれとかぶりをふる。
「一部の選民思想が全ての吸血種の共通認識としないでください」
 実際支配の魔眼というスキルと圧倒的な滅し難さ。そして人間を食料とすることから人間の上位種と称する個体が多いのも事実だが。
「結論として、ヨンさんの女性好きは個人特性だと?」
「それ否定すると男の方が好きだなんて噂に発展しそうで嫌なのですけど?」
「人の性癖はそれぞれっスよ。ヒーローの皆には背後に気を付けるようには言っておくっス」
「言わないでよろしい」
 放っておいたらどんどん違う方向にキャラ立てされそうだと頭を抱え、気を取り直すようにPBに位置確認をさせる。
「そろそろ水魔の発生領域の先ですね」
「あちらさんは今日は休業中らしいな。まぁ、土の中だから手を出してこないだけかも知れんが」
「そうですね。私が最初に遭遇した時も土の中に逃げ込んで難を逃れましたし、性質的にも土への干渉は苦手なのかもしれません」
 アースが応じる声が涼やかに洞窟内に響く。
「とはいえ、穴でもあければ水を流し込まれるわけだし、気が気でないのは代わりありません」
「み、水……逃げ場無いじゃないですか!?」
 静樹の言葉に慌てるチコリ。
「その時は塞いで上に逃げます。真横から鉄砲水を受けない限りは大丈夫です」
「フラグっスか?」
 確かにフラグ的発言だとアースが苦笑い。
「っと、サーモセンサーに異常ありっス。急に上の気温が上昇してるっスよ?」
「ああ、確かに土の気配が変わったな」
 静樹も頷き、天井を見上げる。
「では上への道を作って見ましょう。みなさん、警戒を」
 アースが宣言し、トンネルが上方へと緩い勾配となる。
 やがて差し込む光。その余りのまぶしさに皆目を閉じた。
「っ、そう言えば昼のころ合いだったな」
「晴れているということでしょうか? って、雪は?」
「それどころか空気が生ぬるいというか、かなりあるぞ」
 皆を包む空気が湿気を帯び、じっとりとした熱を帯びている。そしてようやく飛び出した地上。その瞬間
「暑いです……」
 完全防寒装備だった一行はたまらずに上着を脱ぐ。
「うへぇ。気温、36度もあるっスよ。湿度95%」
「真夏じゃあるまいし……いや、まぁ、あんだけの雪を生む程水を蒸散させているんだから当然と言うべきか?」
 ようやく慣れてきた目を見開いて周囲を確認するが、雪が無い、晴れているというだけで光景としては別段異常な物は見当たらない。
「この原因がどこかにあるはずですね。探しましょう」
 この湿気の全てが気流に流されクロスロードに流れ込んでいるとするならばぞっとするレベルの話ではない。この熱を何とかしない限り豪雪は止まらず、遠くないうちに死者を量産するだろう。
「くれぐれも川には近づきすぎないように」
 アースの警告を受け、皆捜索へと散った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「一足違いとはな」
 暗いトンネルを猛スピードで駆ける駆動機。そこにはクセニアと彼女が連れて来た研究者の姿が合った。
「着いた時に終わってれば幸いなんだがな」
「確かに。私としても安心して状況分析できますし」
 研究者が微苦笑を浮かべて同意する。
 穴を掘らない分速度は維持でき、このぶんだと1時間も掛からずおいつくだろう。
「さて、どうなっているかな」
 銃をひと撫でして、クセニアは暗い洞窟の先を睨むのだった。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
さて、次回クライマックスの予定です。
いやぁ地下とか考えて無かったわ。確かに安置だわ……w
というわけで無事到着した皆さん。そして後から追いかけるクセニア。
クセニアが到着した時点で原因に到るという予定ですので気合いを入れてよろしくお願いします。

ではよろしゅう。
『白銀の強襲者』

「そっちはどうだ?」
「ふぇ?」
 双眼鏡を外して振り返れば、溶けそうな感じのチコリがぼやっとした目を向けている。
「……まぁ、気持ちはわからんでもないがな。
 半日前は凍りつきそうな場所に居たんだし」
 気温が高いのはまだ良い。どうにもならないのは湿気だ。粘っこくまとわりつく温い風が汗だか湿気だかわからなくなる湿り気を帯びた服を撫でて行った
 と、近づいて来る音に一行は視線を上げた。
「ただいまーっス」
 近づいてきた駆動音が止み、降りて来たトーマが集まる視線を見渡す。
「で、何か分かりましたか?」
 調査よりも不意打ちへの警戒に精神を研ぎ澄ませていたヨンが問うと、
「少なくともこの気温の高い空間は結界系の物じゃないっスね」
「外周へ行くにつれて気温が下がって来ましたからね。
 トーマさんの推測に同意します」
 駆動機を運転していた静樹の言葉にヨンとエディは視線を交わす。
「どこか中心に熱源があるって感じでしょうかね」
「となればこの当たりが中心だと思うんだが」
「んー、多分違うっスね」
 トーマの否定に二人は訝しげな表情を向ける。
「トーマさん、私もヨンさん達と同じ意見なのですが」
 チコリの不思議そうな言葉にふふりと笑みを見せる。
「単純な推論っス。雪どけが見られる範囲はおおよそ半径3km程度。
ここにそれだけの熱源があったらもう全員干物っスよ」
 言われて見れば確かにそうだ。太陽の間近に居る様な状態になれば蒸し暑いと文句を言っている場合ではないだろう。
「しかし実際に温度は高いし、川の水は蒸発している。
 ……水の中に熱源があるとかじゃないか?」
「ポイントとなる場所が川の周辺にあるというのは賛成っスね」
「もったいぶらずに教えてくださいよぅ。」
 科学者特有の回りくどい言いようにへきへきしたようなチコリが恨めしげに続きを促す。熱さが精神的余裕を奪っているようだ。
「ふふ。ならば教えよう。
 恐らくは熱が移動してるっス!」
 びしりと空を指さして言い放つトーマだが、
 周囲の目はとても無表情だった。
「ちょ、そこは驚いて褒めたたえるところっスよ!?」
「いや、いきなり温度が移動するとか言われてもな。
 熱源が移動していると言う事か?」
「違うっス。集合場所へ向けて熱が移動してるっスよ」
 全員が眉根を顰めるのを見て、トーマはやれやれを肩を竦める。
「熱伝導って言葉は知ってるっスよね?
 金属なら顕著っスけど、大気でも発生するっス」
「それが操作されて通常の物理法則とは違う集まり方をしていると言う事か?」
「そうっス。そしてその集められた熱は川の水に集約され、蒸散させるとともに、周囲の気温をガンガン下げてるっスよ」
 まず何かしらの効果による熱伝導───と言うより、熱を奪う事で周囲の気温は下がる。
 そしてその熱を水の状態変化、つまり気体化に使う事で熱エネルギーを消費している。
「熱源とは違う、と言うのはそういう事か」
 エディがややこしいとため息を吐く。
「熱の貯水湖みたいなのができていて、温度がそこに流れ込んでいるというイメージですかね」
 静樹の言葉にチコリがなるほどと頷く。
「そして渇水の影響は周囲に、ですか。更に蒸散した水は風に乗ってクロスロード方面へ流れ、雪になっている、と」
 沈黙を守っていたアースが呆れたような顔をしているのは余りにも大掛かりな術式と見てとったからだろう。
「雪を生み続ける寒気も同時に作り出しているわけっスね。
 生ぬるい風は蒸散による上昇気流もあるっスけど、熱の移動の余波みたいなものっスね」
「そんな事、可能なんでしょうか。ってのが第一印象ですけど……やりそうな人に心当たりがあるのも事実なのですよね」
「誰?」
 静樹が問うが、ヨンは苦笑いを浮かべるだけにとどめる。
「まぁ、ともかく熱の集約点か、この現象を起こしている原因を何とかするしかねえってことだな。それがどこかが問題なんだが」
「水温を測れば特定できそうですけど……」
 チコリが言い淀むのも無理は無い。なにしろ水辺に寄るというのは自殺行為と言い換えるべき行為だ。
「必ず出てくるとは限らんが、その可能性を増やす真似はできんな。
 ……結局水が蒸発する程の熱が集まってるなら、水面を見れば集約点は分かるんじゃないのか?」
「集約しているのが点なら分かりやすいっスけどねぇ。結局のところ温度の高い一帯を探すしかないっスよ」
 と、不意に全員の耳をまた駆動音が叩いた。が、いましがた静樹が停めた駆動機の物とはわずかに違う。
 そう判断して戦闘組が身構えた時、自分たちが通ってきたトンネルから一台の四輪が飛び出した。
「お、居た居た。よぅ!」
 乱暴に停車しながら片手を上げる女性は皆見覚えのある人物だった。
「クセニアさん?
 応援か何かですか?」
「まぁ、そんなもんだ。こいつが色々調べた結果を持ってきた」
 視線を送る先、助手席に死体が一つ……もとい死体のように力なくぐったりしている男性が一人。
「少し休ませた方が良いようですね」
「ったく、鍛え方が足りねえなぁ」
 どんな粗い運転をしてきたのだろうと全員が呆れかえる中、クセニアは飄々とのたまわったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「うっ……ふぅ。も、もう大丈夫です」
「ホントに大丈夫ですか?」
 心配そうに問いかけるチコリに科学者は「ありがとう」とよわよわしい笑みを向けつつ、大事に持っていたノートパソコンを開く。
「皆さんがここで調べたデータと、我々が外から観測したデータを合わせて……場所の特定をします」
「くっ……そのデータがあれば特定できたものを……!」
「そこは競るところじゃないだろ」
 静樹の呆れた言葉もトーマには届かない。
「出ました。ここから東に1km、北に2km……サンロードリバーの真上です」
 ディスプレイに表示された位置に全員は眉を上げ、それから困ったように視線を交わす。
「ん? わかったんならとっとと行こうぜ?」
「行こうって、完全に水上だぜ?
 どう対処するよ?」 
 エディに切り返されてクセニアはもう一度画面を見た。
 サンロードリバーの川幅は約4km。対岸を臨む事のできない大きさなのだ。その真上とあっては足場を望む方がおかしい。
「しかも水魔の問題もある。……まぁ、これは言っても仕方ないからスピード勝負なんだが……、旦那、飛べたっけか?」
「疑似的にですが可能です。
 ……ただ、私だけですかね。飛行可能なの?」
「俺もできるぜ」
 クセニアが手を上げ、エディが「二人か」と腕を組む。
「俺とクセニアは射撃もできるが、距離もあるし、射撃、というか物理的にどうにかなるかもわからないしな」
「そもそも魔術的な物なら専門家が居ませんね」
「ふふ、この天才なら魔術もばっちりっスよ!」
 びっとサムズアップするトーマをヨンは生温かい目で見るが、確かに分析能力では彼女に勝る者はこの場に居ない。
「のんびり解析する時間がないという前提なら最初から力押しを考えるのもありかもね」
「壊してしまって良いならその方が確実性は上がりますね」
 静樹の言葉にチコリが頷く。沈黙する者の脳裏に続けて流れた言葉は「罠が無ければ」。
「とはいえ、悠長に考える時間も俺たちには無いわけだ。
 『自宅で遭難』なんてアホみたいな事が現実味を帯びてくるからな」
 クセニアが銃の調整をしつつ促す。
「さて、どうしましょうかね。せめてマジックアイテムに寄る物か、術式なのかくらい分かるとやりやすいのですが……観測に時間がかけられないというのも困りものですね」
「どっちにせよ実力行使になる気もするがな」
 エディもまた銃を手に肩を竦める。
 余り悠長な事は言っていられない。
 クセニアの言葉に背を押されるように一行は動きだす。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで次回最終回予定です。
 さてどうするか。
 多少ギャンブルじみた事になるかもしれませんが、楽しくいきましょう☆
『白銀の強襲者』
(2013/04/17)

「時間的猶予はどれくらいあると思う?」
「いや、まぁ1日くらいはなんとでもなるんじゃないっスかね。
 野ざらしになっているならともかく、無駄に頑丈な家があるっスし」
 エディの問いにトーマが気楽な答えを返す。が、おおよそその解答は正しいだろう。想像をはるかに超えた大積雪であろうとも、建物の中に居れば凌ぐ事は難しくない。建物の対荷重を越える積雪か、或いはライフライン断絶による飢餓か。
 そのどちらかを迎えるにはまだ余裕がある。
「だったら素直に応援を呼ぶべきだ。あいにくこの中に魔術の専門家は居ないようだしな」
「ん? そこの英雄さんは魔術師じゃないのか?」
 クセニアの言葉にアースは小さく首を振って否定を示す。
「精霊術専門ですし、魔術研究は専門外ですので」
「知識以外にも遠距離系の武具があるならそれに越した事はありませんね」
 静樹の言葉に皆、視線を通わせるとチコリが「はい」と手を上げて。
「私、この場に居てもお役に立てませんから町まで走って来ますけど?」
「いや、駆動機2台あるんですから、使いましょうよ?」
 ヨンの苦笑を見て赤面。「そうですね」と小さく頷いた。
 流石にノープランでこの大河の真上、しかも敵地であろう場所の攻略をするのは荷が勝ち過ぎる。その意見は皆同じようだ。時間がないと言うならば無理も必要だろうが、今はまだそんな時分とも思えない。
「ふ。この天才が居れば、援軍など不要と言うものっスよ!」
 一人勝気なトーマの言葉に皆が失笑。
「ならば俺とチコリ、それから……静樹。その三人は一旦クロスロードに戻ろう。
 トーマとそこの学者は引き続き調査を継続。ヨンとクセニアそれからアースさんは有事に備えて突貫の検討をしておいてくれ」
 エディの配分に特に異論は出なかった。
「それじゃ、行動開始だ」

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あーあ、堅実なことで」
 サンロードリバーの上。むせかえるような水蒸気の中で一人、涼しげな顔で空中に座る少女の姿があった。
「突っ込んできたら遊んであげたのに」
 その「遊び」の果てにあるのは彼らの死だけだったのだけど。
「まぁ、地の子も連れて来てたし、簡単にはいかないかな。まだアレ預けっぱなしみたいだからねぇ」
 100mどころかキロ単位離れた場所を眺め見るように目を細め、彼女は頭上をゆっくりと回る立体魔法陣を見上げた。
「まー、地下なんてものを使われた時点でこっちの負けかなぁ。
 折角色々用意してたのに。
 ま、いっか。色々と成果はあったし」
 すくりと立ち上がり、周囲を見渡す。もう半日もすれば川岸は賑やかになることだろう。流石に問答無用の飽和攻撃をのうのうと待つ気は無い。
「越えるよ? この世界の絶対のルール。越えざる時間の壁。
 どんな事をしたって、届かせて見せるから」
 そんな言葉を残して、彼女はその場を放棄した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……」
 おおよそ半日後。
 招集可能な戦力を集めて戻ってきた一行は、あっという間の解決に、やや拍子抜けした表情を浮かべていた。
「何の妨害も無しかよ。俺たちだけでなんとかなったんじゃねえのか?」
「結果論。って一応言っておきますよ」
 クセニアの言葉にヨンはやれやれという顔を見せつつその場に座り込んだ。
「何にせよ、これで少なくとも雪は無くなるだろうよ」
「その通りです。そしてこの場を貴方方が見つけたからこそ、今回の仕手は諦めたのだと思います」
 一行の元に翼を持つ少女、ルティアが近づいてきてそんな言葉を向ける。
「管理組合を代表して、今回の活躍にお礼を申し上げます」
「ふふふ。この天才にかかればこんなもんっスよ」
 調子に乗らせたら右に出る者は居ないというスピードでトーマが薄い胸を張る。
「まだこれからクロスロードの除雪作業もありますし、これで解決と言うわけにもいきませんがまずはひと段落です。こちらの方でお礼は用意させていただきます」
「おー。
でもま、どうせだったらヨンを連れて特攻溶かしてみたかったんだがなぁ」
「勘弁してくださいよ。流水の上を渡るだけで命が吹き飛びそうなんですから」
 吸血鬼の弱点の一つを目の前にしてクセニアの言葉に情けない返答を返す。
「危険が無いに越した事は無いのです」
 チコリがうんうんと頷きつつ言えば「だなぁ」と静樹も河の方を見やりつつ頷く。
「さて、後始末の時間ですかね。戻りましょう。
 誰かさんが壊した事務所の片付けもありますし」
「事務所の? 誰がそんなひどい事を!?」
 心の底から本気で憤慨するトーマに集まる冷たい視線。
 それを不思議そうに見返す様にそれぞれ呆れのため息を洩らしつつ。
 それぞれは後始末へと戻っていくのだった。


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というわけで、随分と短いですがこれにて完了となります。
一応突貫の話も用意しようかなと思ったのですが、ぶっちゃけ応援を呼ぶのが正解ですし、失敗すると漏れなく生きて帰れる道が見当たらなかったのでそっとDELっておきました。
 ずーっと早い潮流のある海の上みたいなものですしね。どうしようもないw
 ともあれこれにて【inv27】白銀の強襲者は完了となります。
 お疲れさまでした。
 次のシナリオもよろしくお願いします。
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