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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/03/18)
「どこに行くつもりだ?」
「ああ? 別にどこだって良いだろ?」
「隊長の命に背くつもりか?」
「はっ。折角面白そうな獲物が出たんだ。どうして無視できる?
 それにあれはれっきとした賞金首だじぇ? 律法の翼として何の問題がある?」
 天井に頭が付きそうなほど巨大な鬼が凄むのを、その女性は少しも臆することなく睨みつける。
「貴様は何を聞いていたのだ。
 此度の件、そもその法に問題があるのだ」
「悪法もまた法なり。人間の言葉だろう?」
「そういう言葉ばかり覚える。とにかくだ、あれに手を出す事は許さん」
 僅かにも退く素振りが無い。それを見て鬼は言う。
「今さら言うのも何だがよ。俺様は総隊長の強さに敬意を表しているだけで、この組織の理念なんざどうでも良い。強いヤツと殴り合える方を優先する。
 総隊長にはまだまだ勝てそうにないからな。そうでもしねえと何時まで経っても達しねえ」
「そのためならば我らを敵に回すと言うのか?」
「ハ、俺も今のところその「我ら」の1人のはずだがよ。
 そう言うつもりなら別に俺は構わねえぜ?」
 ぞろりと抜かれた大剣はとてもではないが建物内で振れる物ではない。が、この鬼の膂力であれば天井や壁を砕いて刃を届かせる事も可能だろう。
「やれやれ、ドイルフーラ隊長は相変わらず血の気の多い」
 二人の視線がゆっくりと解かれ、建物の奥から現れた男へと向けられる。
「よう、総隊長。ちょっくら抜けさせてもらうぜ」
「今回は抑えてもらえないか?」
 言いながら男は一枚の紙を振って見せる。
「アァ? そいつは?」
「君が今から狙いに行こうとしている者からのでね。休戦協定と言うべきだろうか」
「……意味がわからねえな。受けるつもりかよ」
「勿論だとも。これが無くても彼に手出しをするつもりは無かった。君は聞いてくれなかったようだがね」
「……それで、アンタに何の得がある」
「意外と貴重なのだよ。力を持ちながらも傲慢で無いというのは。
 そう言う者は共に道を歩んでもらいたい」
「ハ、じゃあ俺様は不要ってことだな」
「必要だとも。賢いだけで世界は回らない。君はそういう局面の人物だよ。
 ただ、今回は頭を使うべき局面だ。控えてはくれないだろうか?
 いや、むしろそうだな……」
 総隊長───ルマデアは少し考える素振りをしてから鬼へとある言葉を告げたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「にゃ? そんなの知らないにゃよ」
 ザザの問いかけにアルカはきょとんとした顔を向ける。
「吸血種のデイウォーカー、来訪者の中では中高レベルくらい。
 ヒーローの組織作ったり、いろんな組織と渡り作ったりって顔が広い子。って位?
 どっちかと言うと毎度コンビでウロウロしてるザザちんの方が詳しいんじゃないの?
「俺が聞きたいのはクロスロードに来る前の話だ」
「……あ、あー。ザザちん、勘違いしてるよそれ。
 それあたしじゃない」
「ぬ……?」
 ザザは眉根を寄せ、それから記憶をまさぐり、あ、と小さく声を洩らす。
「うん。アルルム・カドケウと名乗るあちしのそっくりさんがヨン君のお知り合いにゃよ」
「……じゃあ、あんたは何も知らないのか?」
「今語った事くらいかなぁ。
 あ、そだ。1人、あの子と同じ世界の出身者、知ってるにゃよ」
「ほう?」
「まー、お勧めしないけどね。場所も場所だし」
「……特殊な人物なのか?」
「うーん。まぁ、珍しいタイプの子ではあるにゃよ」
 そう前置いて示した場所は、確かに予想外であった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 集まっている面子を眺め見てクセニアは鼻を鳴らす。
 クロスロードにおける探索者は大きく4つに分類されると言われている。
 1つはクロスロードを拠点とし、その周辺で依頼をこなす者。
 1つは未探索地域へ赴き、地図を広げる者。
 1つはコロッセオや各組織を軸として活動する者。
 そして最後の1つは賞金稼ぎである。
 無論このうちいくつかを兼ねる者も少なくないが、大体はそのいずれかに分類された。
 さて、今回の騒ぎは少々趣が異なる。というのも、賞金首とあれば賞金稼ぎの独壇場であるはずなのだが、その他の探索者からの関心も高い。何しろ賞金額がおかしい上にそれなりの有名人に賞金が掛けられたのである。
 名前だけは知っていても彼を良く知らない者はあっさりと賞金につられ、しかし実力にそれほど自信の無い者はクセニアの呼びかけに集まっていた。
「さて、と」
 彼女が用意したのは水鉄砲。吸血鬼は流水に弱いと言う事なので結構な威力になるのではないだろうか。と本気で考えているわけでもない。
 賞金が得られれば文句は無いが、かと言って顔見知りが不慮の事故で死ぬのも面白くない。というわけでやる気のある有象無象を集めてみたと言うのが一つの思惑だ。握らせるのが水鉄砲なら無関係の者への被害も抑えられる。
 そこまで考えてクセニアは眉根を寄せた。
 目の前には集まった者達の余りにも締まらない笑顔がある。相手は吸血鬼とはいえ、クロスロードに住む住人。しかも凶悪犯罪者で無い事は皆知っているはずだ。
「あいつが本気になれば、半分くらい、軽くブチ殺されるってのに」
 それだけじゃない。恐らくはヨンに協力する者も居るに違いない。事の発端になった女性関係。それは全てがと言うわけでは無いものの彼の有する戦力と置き換えても間違いではない。仮にヨン自身にそれほど害意が無くとも、彼を守ろうとする者まで容赦してくれる保証は無い。
 その結果、生まれた被害は今度こそ彼の立場を悪くするのではないだろうか?
「確か、この件で逃げ切れば3年程賞金かけられなくなるんだっけか」
 主目的は失敗したから諦めると限らない連中への処置だろうが、二次的な恨みを晴らす手段を封じたとも考えられる。
「有名税、有名税、ねぇ」
 これまでどうしてこのような事態が発生しなかったのだろうかとも思う。特に金を持っている連中なら好き勝手賞金を掛けて殺しに掛かる事も可能だろうに。
 もちろん繰り返せばそいつに賞金が掛かるだろうが……
「どうなってんのかね、ホント」
 ともあれ、そろそろ体を動かさせねば勝手な行いを始める者も出てきかねない。
 そう判断して思考を打ち切ったクセニアは、肩に何かが当たったのを感じ、次いで襲いかかってきた突然の悪寒を疑いもせず回避行動をとる。
 次いで発生したのは地面が砕かれる音。
「なっ!?」
「ちぃ、避けるなっ!」
 軽くクレーターを作っておきながら避けるなもあった物で無い。避け無ければ間違いなくミンチになっていただろう。
「だ、ダイアクトー!?」
「そうよ! お前らがあたしの獲物を狙う馬鹿どもね!」
 どういう意味だと混乱する頭。自分がここにいる理由を思い出して舌打ちする。
「あいつがあの仮面の男をの手掛かりと知って消そうだなんて許せない!
 あの男を殺すのは私、そうこのダイアクトーよ!」
「ハァ!? 仮面の男って、なんの……」
 てっきりヨンの事かと思えば別人を指す言葉が……あ、いや
「まさかこいつ、Vとかいうのがヨンの変装って気付いてねえのかよ!?」
 声も仕草も変えて無いあれを変装と呼んでいいのかすら悩むところだが、詰まる所そう言う事だろう。となれば、
「ダイアクトー様が直接手を下すまでもありません。有象無象は我々が」
「ふん。いいわ、でもさっさとなさい!」
「はっ」
 黒服が恭しく頭を垂れてから此方へと向き直る。
「チィ!」
 物凄い違和感を喰らいながらも銃を構える。それにおじけることなく黒服が突進。打ち放った銃弾をなんと拳で弾いて詰め寄る。
「嘘だろオイ!?」
 体を後ろへと運びながら標準を合わせようとした時には男は目の前に居た。裏拳で銃口を叩き、外に弾きながらもう片方の手が
「っく!?」
 クセニアの逸らした首の横をかすめ、髪をぶちぶちと数本持って行った。
「避け続けろ」
 囁きに、思わず敵意をむき出しにした言葉が放たれかけるが、男のラッシュがそれを許さない。
 クセニアが避ける事ができる速度でのパンチ。完全に実力負けしている事を悟りながら、当たれば痛いで済まない打撃をかわし続ける。
「貴公の目的は打倒か、保護か?」
「っ! 何が言いたい!」
「こちらと彼を失うわけにはいかんのでな。またダイアクトー様の機嫌が悪くなる」
「そう言う事かよ! で、俺にどうしろってんだ!?」
「意志確認をしたかっただけだ。それから有象無象の意志を折る」
 男の速度が上がり、肩を回すように叩かれる。体ごと巡る視線の先で、集まっていた者達が別の黒服に蹂躙されていた。
「大層な人気っぷりだな、オイ」
「ふん。おかげで戦闘員のやる気がだだ下がりだ。最後には彼に痛い目に合って貰わねば割に合わん」
 ドンと突き飛ばされる。音は派手で、飛んだ距離も凄まじいが痛みが一切ない。恐ろしい技の冴えである。
「こちらだけで無い。妖怪連中も組する方向らしい。一つ間違えれば内戦になりかねん。
 立ち周りには注意する事だな。それからこちらが引き揚げるまで寝てろ」
「そうは行くかよ。こっちにも面子ってもんがあるんだ」
 跳ね起き様に発砲。黒服は即座に反応して身を屈めるが、左肩に1発貰ってのけぞる。
「っく! 手間を……!」
「てめぇがやる気なさそうに攻撃してきたから様子見しただけってのに、言いたい事言いやがって! そうでもなきゃ誰が懐に入れるかよ!」
「ふん……だが、一人で我らを退けるつもりか?」
 見れば周囲の者は散らされ、数人の黒服がこちらに近づきつつある。
「チ、仕方ねえか」
 流石にこのレベルの相手が複数人というのは勝ち目がない。クセニアは忌々しそうに舌打ちしてその場を去るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「というわけで、首頂きますね?」
「勘弁してくれると嬉しいのですが」
 鉄杖を向けた雷次にヨンは苦笑を浮かべて応じる。
「もう少し慌てないもんかね?」
「いえ、まぁ。ここで暴れると私をどうこうする前に貴方が消し飛びますし」
 ヨンの視線を追えば皿をみがいている店長の姿。この店のオーナーにして、管理組合副組合長の1人、フィルファフォーリウが居る。
「こんなところに篭城か? って思ったが、確かにおっかねえな」
 とりあえず狙撃に対処するため、カーテンを締めて回っていたエディが正面の席にどかりと座る。
「で、実際どうするんだ? フィルさんから蹴りだされないうちに方針決めんとまずいだろ?」
「護衛者を募ってなるべく見つからないようにするのがベターですかねぇ」
「賛成です。とはいえ、建物内だと爆発物仕掛けられるとアウトですし、クロスロードって狙撃地点多いんですよね」
 銃使いの一之瀬がスコープを弄びながら言う。
「建物は多いし、道は結構開けているし。町のサイズに対して人口密度はそんなに高くないですからね。
 あと車などの高速移動物が少ないのもポイントです」
「おお、流石は専門家ですねぇ」
 ブランが世辞っぽい称賛を贈る。
「一応面識のある各組織には手出しを避けてもらうようにお願い状は出しておきました。
 応じていただけるのであれば、フリーの探索者以外は敵に回らないと思います」
「それは楽観視しすぎではありませんか?」
 ブランの言葉をヨンは否定しない。
「何よりもあの律法の翼が応じてくれると思いませんよ。ヨンさん、個人的に恨まれていそうですし」
「恨まれる……ような事をした覚えはありませんが、対立は随分としてきましたからね。あの組織に対しては運が良ければと言うレベルですよ」
「穏健派の方にも送ったのか?」
「ええ。あちらは多分こちらの味方をしてくれると思うのですが」
「同感だ。俺も後で顔を出しておこう。お前のところの組織の非戦闘員が人質にされるような事があると厄介だし、護衛を頼むのも悪くないだろう」
「……そんな非道な真似をする人が居ると思いたくないのですけどね」
「そんな甘い町じゃありませんよ」
 ブランがしたり顔で言う。しかしこの異世界は犯罪者を含む元の世界に居場所を失った者にとっての新天地であるのも事実だ。かなりの数の犯罪者がこの街の闇を蠢いている。
「まぁ、俺も同意だ。むしろ何しでかすか分からん面子の方が圧倒的に多いだろ」
 雷次も同意の言葉を示すと、ヨンは苦笑いを浮かべた。
「どう転んでも3日間、なんとかしないといけないわけですし、転々としながら対処し続けるしかないですかねぇ」
「お前が本気で逃走したら護衛しながら付いていくなんて不可能だからな?」
 エディが呆れたように突っ込む
「ですけど、まぁ襲撃までは同行して、襲撃者が現れたらボクらが対応、ヨンさんは逃げて後で合流というのはアリではないでしょうか?」
 一之瀬の発案にエディはしばし考えて「まぁ、3日ならそれで凌げるかもな」と言葉を洩らす。
「もうしばらくはここに居るのか?」
「ええ、エディさんはどこか行くのですか?」
「律法の翼はともかく、ヒャッハーズの動向は知っておきたいからな。
 純粋な火力ならあいつらは律法の翼並みにやばい」
「なるほど分かりました。念のために集合場所をいくつか決めておきましょう」
「本格的な賞金稼ぎがどう出るかが一番読めん。無茶はするな」
「そうですね。下手に戦闘を始めたら、ボクならそのタイミングを横取りしますし」
 流石のヨンも目の前の相手をしながら、前周囲の狙撃に対応するのは不可能だ。
 こくりと頷きエディを見送ると、天井を見上げる。
「ったく、レヴィさんはどんな顔して見てるんでしょうかね、コレ」

◆◇◆◇◆◇◆◇

「……歩くだけでフラグが立ってしまう生活のどこが羨ましいの?」
「羨ましいに決まってるだろ!?」
 マジ切れされてアインはぱちくりと瞬きをしていた。

 賞金を掛けたメンバーのうち、3日間という特別ルールが制定された事を受けて自ら行動に乗り出した面々が居ると聞いたアインは彼らの元を訪れていた。

そして、手当たり次第に彼らの心をズダズダに引きさいていたりする。
「くっ、ま、まさか貴様、ヨンの手先かっ!?」
「俺達の純粋な心を踏み躙るとは何と言う鬼畜な行い!?」
「く、くそぅ! かわいい子に声を掛けられてちょっと期待した純粋な心を返せ!」
 彼らの発言の意味をさっぱり理解できないアインは困ったように周囲を見渡す。
 数秒の沈黙。
 それからアインはおもむろに口を開く。
「……そんなだから、かと」

「「「「「「うわーーーーーーーーん」」」」」」」

 全滅。
 しかし自分の戦果を全く理解せぬまま呆然と彼らの背を見送ったアインは、どうしたものかと空を見上げる。
 と、不意に影が彼女を覆った。
「何をしてるんだ、お前は?」
「……ザザさん」
 大男のあきれ顔をしばし見つめたアインは「事情聴取……?」と疑問符混じりの答えを返す。それに対し、ザザは目を閉じてため息一つ。
「ザザさんは、何をしに?」
「俺が用事があるのはそっちだ」
 視線の先には巨大な建物一つ。即ち大図書館の姿がある。
「……ヨンさん、来てないっぽいけど?」
「いや、俺が用事があるのはここの地下に居る人だ」
「地下……?」
 数ヶ月前の大掃除を思い出しアインはほんの少し億劫な顔をする。
「何か作って貰う、とか?」
「いや、純粋に話を聞きに、だな。
 ヨンの同郷の者が居るんだ」
「……ヨンさんの?」
 何を聞くのだろうと興味がわく。それ以上に誰だろうと。
 前回の大掃除の時にはヨンも一緒に居たが、それらしい話もそういう対応をする人も見かけた覚えは無い。
「何て言う人?」
「ティアロット」
「……また女の人?」
「まぁ、『また』ではあるな」
 本当に、呪いだけではなく女難の相がありそうだと肩を竦める。
「で? わしに何の用じゃ?」
 見れば人形のような綺麗な少女が訝しげに二人を見ていた。
「久しぶり、と言っておこうか」
「……うむ。で、何かの討伐にでも誘いに来たかえ?」
 フリルがふんだんに付いた甘ロリファッションで小柄な、本当にビスクドールを人間にしたような少女の口から老人のような古めかしい言葉が放たれる。
「手間が省けた。ちょっとヨンの事について聞きたくてな」
「ヨン……? ふむ。ぬしらもアレを狩るつもりかえ?」
 そんなつもりは無いとアインは首を振る。一方でYESともNOとも言わずにザザは問いを発する。
「あいつは何者だ?」
「吸血鬼、ただそれだけじゃろ」
「それにしては特異過ぎる」
「特殊な性格なのは違いないのぅ。されど特性はあれのせいだけでない。
 本当の元凶は神成りの方じゃ」
「かみなり……?」
「嫉妬の神の事か」
「然様。ヨンの生真面目は吸血鬼では珍しいがただそれだけ。デイウォーカーである事も吸血種の中でもある程度の年月を経れば当たり前の特性じゃ。複合的に奇妙なヤツじゃが、今回の事の発端はヤツにない。故にぬしの問いに対する問いはその程度じゃ」
「……そうか」
「もう、良いかの。用事があるでの」
「……今回の件について、か?」
 少女の翡翠色の目がザザを見上げる。
 それからアインを見て、ふむとため息じみた言葉を洩らす。
「ぬしら二人が揃って来るとはのぅ」
「……?」
「いや、良い。
 その件に関わるならば、くれぐれも気を付けることじゃ」
 そう言って少女は足音も無いままに、まるで滑るように去ってしまった。実際飛行魔法を使い続けているのだろう。
 どういうこと? と見上げるアインの視線に応じる言葉を持たないザザは、どうしたものかと瞼を伏せた。

*-*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--
というわけで次回から本格的に戦闘やらなんやらでしょうか。
すでにアインさんが何人かに心の傷を負わしていますが……w
まあ、まだまだプロローグ的な感じのところまでですし、時間から派手に参りましょう。
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