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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/04/10)
「まぁ、当然の疑問よね」
 グラスを磨きながらフィルは嘆息。
 外は日が落ち、夕飯時とあって普段ならば大勢の客で賑わうはずの純白の酒場だが、今日は異様なほどにガランとしていた。
 無理もない。
 そこには今、話題を独占している人物とその協力者が居座っているのである。
 営業妨害甚だしいが、それに対して何一つ文句を言わないのは、彼女にも思う事があるからだろう。
 外から壁越しに感じる威圧感。それらが時間と共に増大するのを感じつつ、脱出計画を話合っていた彼らは、店長へと問いを向けた。
「あんたたちはもう古参って言っていい連中だし、町への貢献度も高いって認めているから教えるわ。他言はしないで」
 そう前置いて、しかしすぐに「それも余り意味は無いか」と苦笑を洩らす。
「今まで私怨の賞金が無かったか。そんなはずないわ」
「五年程でしたか。このシステムが成立して。
 確かに誰も思いつかないとは、到底思えませんねぇ」
「問題はそれをどう処理していたかって事だな」
 ブランの言葉を継いでエディが問いを向ける。
「大体は一言で済むわ。このシステムを単なる私怨に利用するのなら、それは町を維持するシステムへの害意と見做します ってね。
 計算ができる人なら大抵これで引き下がるわ」
 確かに賞金を掛けた結果、自分が賞金を掛けられては世話も無い。
「でも、今回だってそれで何とかなると思いますが?」
 ヨンの当然の疑問。
「今回そうできなかった理由は『個人』の『集団』が相手だったからよ。
 金を持っていて、それを維持できる人は計算ができる。余計な噂をまき散らして管理組合に睨まれ、商売しづらくなるなんて真似はしないわ。
 でも、今回は個人の集合。彼らに同じ警告したらどうなると思う?」
「……まー、ヨンさんの肩を持つのか!とかそんな恨み節全開でしょうかね」
 一之瀬の回答に隣で茶を飲んでいた雷次が苦み走った表情をする。
「そんな話を拡散されても困るってわけか」
「ついでに言えばヨンさんに憑いてる厄介な仕様のせいで、思考が暴走気味っぽかったからね。覚悟の上と言われてしまえばこんな脅し、全く意味を為さないわ」
「しかし……その理屈で言えば組織の捨て駒あたりが、金だけ持たされて賞金を掛けるって事はありえるわけですよね?」
 むむむと考え込んでいたブランが顔を上げて呟く。
「あったわよ。まぁ、その時には首を抑えに行くだけよ」
 さらりと返された言葉に皆息を飲む。
「ま、こんなでかい町に警察の一つも居ないんだ。当たり前と言えば当たり前だな」
 自分を納得させるかのように吐いてエディはカーテンの隙間から外をチラ見した。
 まるで立て篭もり犯を包囲する警察の様相だ。やじ馬と相まって、なんとも騒がしい。が、副管理組合長の店を襲撃しようなどと言う短絡的な考えの持ち主は流石に出て居ない。
 無論、店に入る事を規制しているわけではない。店の奥にはこちらを伺っている数名の来訪者の姿がある。先ほどの話は彼らに聞かれて大丈夫なのかとふと疑問に思ったが、彼らのわずかな表情の揺らぎ、それから目線を見て悟る。どうやら言葉が届いていないらしい。
「店内の空気くらい把握してるわ。その気になれば全員窒息させられるわよ?」
 にこりと営業スマイル。一之瀬など「ヒィ」と小さな悲鳴を上げている。
「まぁ、あんたたちがその「手段」に今の今まで出会っていないならそれに越した事は無いわよ。
 あたしたちの目的はこの街の日常を維持する事だけ。その邪魔をしていないって事だからね」
「心しておこう」
 本当に、心に刻むかのように雷次は頷き、
「しかし、聞いて良い物かわからんが、単純に維持するのなら、それこそ管理組合が法治すべきじゃないのか?」
 と疑問を向けると、フィルはやれやれと肩を竦めた。
「私達が作ったのは居場所であって安全でも平穏でもないわ。
 舞台が壊されないならばその上でどんな暴れ方をしたって知った事じゃない」
「それは……」と呟いて言葉を濁す。投げっぱなし? 適当に過ぎる? そのどちらの言葉もどこか違うようで一之瀬は続く言葉を飲みこむ。
「で? 今回の一件はその『舞台を壊す』に値しないのか?」
「悪いけど、元々予想されていたイベントに過ぎないわ。個人に対して起こったってのは予想外だけど」
「……どういう意味でしょう?」
「そのままの意味。何時か起こると予想された事件で、その起こり方が予想外で、しかも早かったと言う事よ」
 言ってやや間を置き
「これは管理組合に対して、将来的にこの土地を『故郷』と定めた者たちが起こすものだと考えていたって事」
 返された言葉をヨンは脳裏に反芻する。
「革命のようなもの、という事ですか?」
「ええ。管理組合は最初のステージの管理人に過ぎない。この『来訪者』だけの世界に対するね。
 でもいずれ『この世界の住人』の数は増えるわ。そしてそこに発生した思想や文化は現在の管理組合のあり方と相反する部分を必ず有している」
「え? でもだからって管理組合に賞金掛けるなんてしないですよね?」
 一之瀬が首をかしげるが、ブランが「違いますねぇ」とツッコみ、
「要するに無視できない人数が同一見解を以て、一つの思想を否定する。
そういう転換期を指しているわけですよ」
「その通りよ。この世界のもう一つの特徴。それは文化の共有者が少ない事。詰まる所、社会運動に発展し辛いってことね。それをなんともまぁ、ヨンさんはクリアしてしまったわけ」
「今回はヨンさんへの憎悪って形で共感が発生し、管理組合では御せなくなったって事か。なんともまぁ」
 雷次の呆れた声。きっかけ故に理不尽さを感じざるを得ないが、問題の有りようについてはなんとなくわかった。
「管理組合の立場上、表だって取り為す事はできず、裏からも手を回し辛い案件、と」
 エディのまとめにフィルは頷きを返す。
「ホント、こんな形で発現するなんて考えても居なかったわ。一発の銃弾が世界戦争を起こすなんて話が地球世界にあるらしいけど、それと同じなのかしらね」
「……理不尽さは消えませんが、管理組合のスタンスはなんとなくわかりました。
 それを踏まえてどうしますかね」
「俺はさっき言った通りシュテンのところとヒャッハーズのところを回ってくる。
 それ以外にヤバそうな組織って言えば後は律法の翼とダイアクトーだが……ダイアクトーはなんだかんだお前の味方だろうし、何故か囲んでいる連中の中に律法の翼は居ないようだ」
「一応諸所には手紙を出しましたが……返事を受け取れない状況ですしね。申し訳ないですけどお願いします」
「構わんよ。で、お前はどうするんだ?」
「……副管理組合長のフィルさんに頼り切ってクリアは許されそうにありませんから、脱出して別の潜伏先を見出すべきでしょうかね」
 ヨンが周囲を見渡すと、一之瀬と雷次は頷きを返す。ブランもややあって何故かワクワクしたような笑顔を浮かる。
「ちなみにヨンさん。今回のもう一つの元凶であるその神様は助けてはくれないのですか?」
「レヴィさんですか?
 ……期待しない方がいいと思いますねぇ」
 ヨンは深々とため息。
「確かあの姉ちゃん、この街でも反則な状態なんだろ?
 ……今回に限っては手を貸してくれても良さそうなんだがなぁ」
「彼女にとっては私が『嫉妬』の結果で死ぬ事は良しかもしれませんしねぇ」
 エディ言葉にヨンはその見えぬ姿を探すかのように天井に視線を彷徨わせる。
「とりあえず、俺が外に出て、いくらか引っ張る。
 その後にスモーク焚くなりして攪乱して脱出するんだな」
「それしかなさそうですね」
「一応お前さんの蘇生能力を利用して一回灰にでもして持ち出すって方法もあるんだがな」
「流石に切り札は残しておきたいですよ」
「ただ、僕らが味方していることはあそこで外と連絡している人達から伝わっていますし、応援でもあると良いのですけど」
 一之瀬が当ては無いかと問いかける視線を回すが、皆肩を竦めるだけだ。
「きゅーい?」
 ぬぅと皆の真ん中に巨大ハムスターが直立する。
「っと。ハム君どうしましたか?」
 くいと突き出された鼻先。口に何か咥えているのを見つけてヨンは受け取る。
「手紙か?」
 雷次が横から覗きこみ、最後の一文「女にも刺されないように気をつけろよ」という言葉に噴き出すのをこらえる。
「……ええ。クセニアさんからですね。ダイアクトーと話を付けてくれるそうで」
「あいつら数は居るから外を引っかきまわしてくれるならそれに越した事は無いな」
「……閉店時間までにはもう少し時間がありますし、それを待ってみますか」
「だったら俺は一足先に出てクセニアにも連絡を取って見るさ。
 フィルさん、弁当になりそうなの、テイクアウトできるか?」
「ええ。余り物でいいなら簡単に包むわよ?」
「ありがたい」
 動きだす時間は刻一刻と迫っている。
 一同は外を刺激しない程度に、しかし確実に逃走への準備を始めていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「祭りだな」
 純白の酒場を取り巻く人垣を見遣って巨躯の男は呟いた。
「大変そう。自業自得……とは言いづらいけど」
 続くように無感動な言葉が隣から発せられる。
「まぁ、あれに気にいられたのはヨンの元々の言動故だから、自業自得でないとも言えんだろう。で、お前はどうするんだ?」
「……別にお金に困っていないし、護衛に参加するつもりは無かった」
「金の問題だけか?」
「……他に何が?」
 人形のようなガラスめいた瞳はわずかに揺れ、何か言葉を探しているようにも思える。
「まぁ、仲間と言うには遠いのは確かだな。面識が他の連中よりもある、って位か」
「ヨンさんは面識が広すぎる。それも一つの原因」
「普通なら顔が広いってのは利点なんだがな。なんとも妙な宿業を背負うやつだ」
「それは同意する。
 ……それにしても、変な話」
 付け加えられた言葉にザザは視線を落とす。少女の視線は純白の酒場ではなく、それを取り囲む人々に向けられていた。
「……これだけの人がたった一人に注目している。変な話」
「まぁ、異常な状態ではあるな」
「賞金を掛けた人達はヨンさんに何かをされたわけじゃない。なのに殺意まで向けている。そんな異常な状態なのにやじ馬は見ているし、賞金が掛かったから彼を狙う人が大勢いる」
 まるでナレーションのように、抑揚の薄い声音が喧騒の中を縫うようにザザの耳に届く。
「一方で彼に協力する人も居る。とても変な光景」
 それは決して特異な感想ではないはずだ。だが、この場に居るどれほどの人が同じ感情を抱いているだろうか。
 異常。しかしその異常を異常であると声を荒げる者は少なくとも見当たらない。
 一週間もすれば、馬鹿な男たちの馬鹿な暴走劇。そんな言われ方で酒の肴になるだろう舞台に立つ者達は、今、確かに馬鹿な舞台のエキストラである。
「俺たちも何かの力の影響下にあるのかもしれないな」
「……それは無い。だって100m以上に広がっているのだから」
 果たしてそうだろうか?
 だが疑ったところで何が解決するわけではない。仮に全員に水をぶっかけたとしても、賞金という熱が冷める事はきっとないだろう。
「……この後、どうするの?」
「正直、事件には興味ある。が、ドンパチをするつもりは無いな」
「なら、協力して」
「何をだ?」
「……レヴィさんを探す」
 ある意味この事件の黒幕であろう存在の名を出し、アインは見上げる。
「なるほど。見つけられれば面白くはありそうだ。だが、あれは異常な存在だ。探して出てくるものか?」
「……多分、条件をクリアすれば出てくると思う」
「条件?」
「なんとなくだけど、絶対今の状況を楽しんでいるのだと思う。
 だったら、必死に隠れたりしない。或いは、ヨンさんが自分を探す事を一つのゴールにしているかもしれない」
「ありえない話ではないな。
 だが、ならばどこを探す?」
 ザザの言葉にアインは口を噤む。それを特定するほどのヒントは無い。むしろ今の言葉だってなんとなくの物だ。
「……どこにしようか」
 すっかり日が暮れ、しかし数多の明かりに輝く街並みを見渡し、アインは行くべき場所を考えるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「じゃあ行きますかね。フィルさん、ありがとうございました」
「死なない程度にね」
「ええ」
 彼らの動きを見てか、店内の監視役が一斉に動きを見せる。
と、その瞬間、外で騒ぎが起きた。
 何事かと店の外へ視線を飛ばす監視役を無視して一同はカウンターを越えて厨房へ飛び込む。
「きをつけてねー」
「きゅーい」
 勝手口を開けてくれたヴィナと手を振るハム君に感謝の言葉を告げて裏路地に飛び出す。
「こっちだ!」
 しかし、当然見張りは居る。が、その態は正面側の騒ぎに向かおうとして、つんのめったように見える。
「恨まないでくださいね」
 一之瀬の銃撃が一人の肩を捉え吹き飛ばす。ゴム弾とはいえまともに食らえば骨を折るくらいはある。もんどりうってミノタウロスが路地に転がった。
「こっちもだっ!」
 雷を纏わせた杖を鳩尾に叩き込み、悶絶させつつ敵の総数を確認。
「予定通りのコースが打倒と思われますねぇ」
 隣の家の屋根からひょいと飛び降りてきた白ネコがブランの姿へと変貌する。先に飛び出して周囲を確認してきたのである。
「ではみなさんよろしくお願いします。決して無理だけはせずに」
「勿論ですとも!」
「そこは頷くところか?」
 一之瀬の応じに雷次がつっこむ。
「その位で充分です」
ヨンは小さく笑みを零して言い放ち、走り出そうとしたところで一人の女性が身を低くすり寄ってくるのを見る。黒尽くめの身なりと動きは暗殺者のそれだ。
「っく!?」
手にあるのは光を帯びた刃。聖別されたそれが闇の中に滑る。
「気を抜くなよ。そこで」
ギンと裏路地に響く金属音。女性は体勢を崩し、ヨンは咄嗟に首筋へと打撃を入れて昏倒させる。
「クセニアさん、助かりました」
「こっちの祭りはぽしゃったからな。
これに間に会って何よりだぜ。表はダイアクトー一同が大暴れしてるぜ」
「……今度会ったら何言われるか分かった物じゃないですが、今は純粋に有りがたいと言っておきます」
「んじゃ、俺はあっちに混じってるから、また後でな」
「ええ、無理はせずに」
 ニュートラルロード方面へとふらり歩いていくクセニアを見送りながら、ヨンはひとつ頷き、薄暗い路地を疾走するのだった。

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というわけで更新遅めの神衣舞です。
気分が乗らないととことん執筆遅れるのがなんとも。
さて、次のヨンさんの居場所はサンロードリバー周辺から始まる見込みです。
それにしても、まぁ、基本的に皆さんヨン君に協力的でなによりです。
これで心おきなく。
あ、なんでもないです☆」

んではリアクションよろしゅう。
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