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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/04/26)

ヨンたちのとった行動は別行動。即ち囮作戦である。
果たしてどれだけの相手が釣れるか。そんな事を脳裏に過ぎらせていた雷次であったが、周囲を取り巻く気配に苦笑いをする。
「例え1割しか釣れていなかったとしても……元になる数が多いということか」
 いきなりやり合ってバラす必要は無い。足に力を込めて路地の奥へと引っ張っていく。
「できれば後で合流出来ればと思ったが……甘いかね」
 いや、それでも決戦のような大きな戦いになれば必然的に目立つ。可能であればその時に足を延ばせる場所まで戻っておけば良いだけだ。
 気配とかずかな物音だけの世界。ロウタウンの夜はまさしく静寂の時間だ。全神経を見えない触手のように外に放ちながら雷次は思う。
「にしても、だ」と。
 あれほどの賞金額。大勢の憎悪。
 一体何事かと思えば、なんとうらやま……コホン。
「つーか、モテる呪いってなんだよ。それ、呪いでもなんでもねえじゃねえか」
 それでも口が恨み事を洩らす。
 正確には嫉妬の呪い。ヨンへの嫉妬の増幅と、その源である「羨ましがられるヨン」を形成する力。なんとなく女性関係が目立つようになり、その結果周囲の人間から「あいつばかり」という感情を向けられまくった結果がこの騒ぎと聞いた時には、思わず力が抜けそうになった。
「って、この感情もその一部なのかねえ」
 湧きあがる感情を一旦横に置いて、よくよく考えれてみれば、その結果数百人以上の敵に命を狙われているのだから流石に割に合わない。
 小さく息を吐き、錫場で床を叩く。
 スタントラップを置いて加速。少しずつでも脱落すればそれで構わない。
「なるほど、厄介な呪いだな」
 深く考えなければ最初に感じた「羨ましい」だけの呪いとも思えぬ呪い。しかし良く考えればとてもじゃないが変わりたいとは思えない厄介なシロモノ。
 複雑だねぇ。 
無音でそう呟きながら、雷次はその身を加速。前の路地から飛び出してきた相手を錫場で打ちすえて払う。シロウトの動き。その呪いに感情を操作されて戦闘のプロに殴りかかろうとする愚か者。
その愚かさを生み続けるのならば、確かに「恩恵」という言葉には程遠い。
一人の抜け駆けがあったからか、周囲を取り巻く気配が一つ狭まった気がする。
雷次はPBの地図案内を脳裏に浮かべながら戦いに適した場所を求めて闇を走った。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「見つけた……!」
 スコープの先に狙撃手の影。建物の屋上でうつぶせになり、置き物のようにピクリともしないその姿はお手本のようである。スナイパーならばそのまま丸一日動かないことすらありえる。接近を許せば死の可能性が跳ね上がるスナイパーにとって、一度決めた場所からターゲットを穿つまで動かぬことは当たり前だ。何よりも恐ろしいのは場所を悟られてしまう事なのだから。
 迷いを捨て、狙撃。
 一之瀬の放った銃弾は数百メートル先の長い銃身を確かに捉え、その衝撃に暴れ狂ったバレルがスコープに全神経を集中させていた男の顔をしたたかに打つ様を確認。
 そこまで見て一之瀬は即座に移動開始。殺したのならともかく、相手が存命なのだから、その銃の破損情報から此方の方向を割り出してくる可能性は高い。いつまでものんびりしていられない。
 ビルから出る前に周囲確認。騒ぎの中心からは大きくそれているはずだが、此方の射撃を観測されていれば、こちらを先に潰しに来る可能性だってある。
幸いそれらしい物は見当たらず、一之瀬は路地へと転がり込む。
それから方角を確認。ヨンの逃走方向は把握しているが、最早姿を追う事は出来て無い。上から見て見える場所を走り続けるなんて狙ってくださいと言っているようなものだ。
かといって目印など出そうものなら他の誰かが気付く。気付かれる可能性が1%でも、追手が100人居れば1人は気付く計算になる。
「大体で動くしかないか」
 サンロードリバー周辺にまで向かっているはずだが、サンロードリバーは遮蔽物も無い、2本の橋しかない。流石にそこを往くのは自殺行為他ならない。
 空を飛ぶのはもっての他、渡し船などもあるが、流水に弱いヨンにとってはこれも自殺行為だ。
「連絡方法が何かあれば良かったのですけどねぇ」
 クロスロード最大の課題の一つは個人単位の遠距離通信方法が無い事だ。大きな作戦や、秘匿性の少ない連絡には色つき煙幕弾などが使われるが、今回では間違って解読されようものなら此方が追い込まれる。
「やっぱり足を確保しないとダメですかねぇ」
 クロスロード市内での足と言えば様々だが、簡単に思いつくのはバイクだろうか。一番小周りが利くのは四足獣系やワイバーンなどの飛行系の背に乗せてもらう事だろうが、あいにくその関係のつては無い。
 駆動機にしても元々高価で、しかも今回は戦闘での破損が少なからず予想される。安易に貸してくれる人は思いつかない。
「……少し様子を見て、まずは路面電車で中央部に行きましょうかね」
 騒ぎが起きれば対応できるように。
 車両のアテを考えつつ、一之瀬は行動に移るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「賑やかな夜だ」
 ある意味いつも通りで、いつもよりもトーンの高い町を巨漢が見下ろす。
 傍らには男と比較すれば幼児にしか見えない少女の姿。実際は巨漢、ザザが大きすぎるだけでアインの方は普通なのだが。
「……見つかった?」
「流石に夜に路地裏を走られたら追いかけるのは難しいな。
 まぁ……俺達が見つけられるならば、本職の連中がとっくに取り囲んでいそうだが」
 そうねと応じてアインは隣のビルへと飛び移る。
「移動している方向は町の中央部。賑やかさに紛れるつもり?」
「本当はケイオスタウンに行きたいのだろうが……川を渡るのが困難だろうな」
 ザザもそれに従って追いかける。
「で、お前さんはどうしたいんだ?」
「……分からない」
 アインは無表情のまま応じる。
「ヨンさんを見たいというよりも、周りの人を見たい」
「嫉妬で右往左往している連中をか?」
「……うん。私はまだ生まれて5年くらいでしかない。そして私は感情と言う物を理解したいと思っている」
「五年……?」
 少しだけ眉を刎ね上げるが、目を剥くほどでもない。そう言う種族も居れば、そういう存在だっている。そもそも自分だって人間種からすれば特異な個体だろう。
「そう。五年。
 だから何も知らないの。知っているのは最初に知っていた事と、その後の事だけ」
「確かに今回の件は感情の坩堝と称して良いかもしれんな。……斬新な情操教育だが。
 それで、どうする?」
 どうする、とは呪いの主、レヴィを探す方法の事。
「……この辺りには居ないみたい。とにかく思いつくところを探してみるしかない」
「だったら一つ提案がある」
 ザザの言葉に見上げるアイン。
「以前アイツ絡みで知り合った人間……神、か? が居る。そいつならば何とかする手段を持っているかもしれん」
「有力な手掛かり。任せる」
 わかったとザザは頷き移動開始。
 向かう先は騒ぎから大きく外れてロウタウン西側である。
 不意に、体内の魔力がかき乱されるような感覚と共にPBから警告通知。この当たりは神族が多いため、特殊な領域に変化しているとの事。
「ここだな」
 そう言った場なのに立ち並ぶ住宅は基本的に変わらないのはシュールというか何と言うか。中には万とも億ともしれぬ信者を持つ神も居るのだろうが、それが小売住宅のような家で俗っぽく暮らしているのを見たらどんな顔をするだろうか。
「夜分に失礼する」
 戸を叩きそう言えば、それほど時間を掛けずに戸が開いた。
「以前に見た顔だな」
「覚えている事に驚いた」
「そのガタイだ。嫌でも目立つ。
母上の事で来たか、獣の内包者」
「……ああ、確か、マル……ちゃん?」
「マルドゥクだ。ちゃん付けは流石に辞めてもらいたい」
 嘆息する青年はある世界での神、そして今回の事件の中核たる嫉妬の悪魔、レヴィの元となる神格の子である。
 更には、親である彼女を害し、その血肉を奪って世界を創った創生の神でもあった。
 まぁ、カジュアルな服に身を包んだ今とあっては、そこらの青年と何ら変わりは無いのだが。
「レヴィに会いたい。なんとかならないか?」
「会ってどうするつもりだ?」
「そいつはアインに任せる」
 さらりと矛先を変えさせたザザ。視線を向けられたアインは「……どうともしない。でもそこが今回の中心地になると思って」と応じる。
「なるほどな。しかし母上は気まぐれだ。ここにもたまに私をからかいに来る程度だ」
 思ったよりも仲が良さげだなとは言うと怒りそうなので心の中で呟くにとどめる。
「探す手段はある。まぁ、協力しないでも無い」
「……よろしく」
「やけに物分かりが良いな」
 あっさり納得するアインに対し、ザザが怪訝そうな顔を向けると
「私だって興味がある。が、積極的に動くほどでも無かったというわけだ」
「なるほどね。まぁ、気の変わらないうちに行動を開始するとしよう」
 一柱を加えた一行は彼の導きに従い、再び騒乱の中心へと舞い戻って行くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「さて」
 夜の空を見上げてヨンは呟く。
 相変わらず周囲に気配が多いが、此方を補足しているようには幸い思えない。
「西の道が安全のようですねぇ」
 猫が一匹。ブランの告げる言葉に従い再び駆ける。
 そんな行軍が暫くあり、突然ブランがやや困ったような顔をして戻ってくる。
「どうかしましたか?」
「いえ……何か様子がおかしかったような気が」
 と言う言葉の途中で背後から迫る何かに気付いて回避。
 ズドンという音が至近距離で響き、ヨンの左わき腹を衝撃が抉った。
「ちょっ!? クセニアさん、一体何を?!」
 そう叫んだのはブランで、ヨンはすぐさま戦闘体制をとっていた。
「かわされたか。流石だねぇ……。
で、何を?だっけか。
 面白い事を聞くじゃないか」
 射撃。ヨンは身をかがめてそれをやり過ごすと慎重に間合いを取った。
「あんたは賞金首で、捕まえれば大金が出る。
 その上やり合って楽しい相手だ。わかるだろ?」
「……協力してくれるものと思っていましたけどね」
「少なくともそこの猫みたく雇われた覚えは無いね。
 ああ、あとそれから」
 クセニアはニヤリと笑みを零す。
「あんたは全方向から狙われている。意味が分かるかい?」
「か、囲まれてるっ!?」
 ブランの慌てふためく声。その一方でヨンは冷静にクセニアだけを見据えていた。
「聞こえなかったか?」
「聞こえてますよ?
 それでもこの場で一番危険なのは貴女です」
 その返事にクセニアはきょとんとし、それから馬鹿笑いを始める。
「世辞でも嬉しいねぇ。が、だからって逃がしてやるつもりは無いよ。
 ダイアクトーも余所で大暴れ中らしいしね」
「でしょうね」
 落ち着いているのか、諦めているのか。
 判断の付かぬクセニアは時間を延ばす策を警戒。頭を切り替えて射撃を指示。
 四方八方から放たれる弾丸だが、あいにくここは狭い路地。壁に寄り添うようにして駆け抜ければ大半の銃弾は彼を捉える事は出来ない。だがそれで充分。そこそこ以上の腕前を持った者を近くに配置していたクセニアは、限られた逃げ場所に追い込まれたヨンへと標準を合わせた。
「仕舞いだ」
 数発の弾丸がヨンに迫る。そのいくつかを喰らって彼は踊るように体をねじった。
「ヨンさん?!」
 ブランが声を上げるが彼とてこの射線上で動きようが無い。ふらりと倒れそうになるヨンを見ているしかなかった。
 が、
「おや?」
「は?」
 意外そうな声はまさしくヨンから。しかと石畳を踏みしめて、打たれたはずの箇所をぺたぺたと触る。
「どうなってやがる?」
「い、いえ。私にもさっぱり」
「どうやら丁度良いタイミングのようですね」
 声は横合いから。
 誰もが視線を向ける先には15かそこらの美しい少女が居た。その傍らには一目で『騎士』を連想させる青年が一人。彼女の護衛として控えている。
「誰だいあんた?」
 クセニアの訝しそうな声。だが、普段は余り表舞台に出ない彼女ではあるが、知っている者はもちろん彼女の事を知っていた。
「ん?」
 囁かれるようにしてクセニアに届いた言葉は「ウルテ・マリス」という物。
「律法の翼の盟主……?」
 ブランがその言葉からPBに検索を掛けて調べた言葉を呆然と口にする。
 過激派ばかりが目立つ律法の翼だが、元々にして最初の盟主、そして今では穏健派のリーダーでもある人物こそが彼女だ。
「律法の翼は賞金システムへの問題定義として、ヨン殿の支援を行います」
 周囲に立ち上がる影。元の世界で騎士や警護兵であった者達。民を守る事を自分の使命と任じる者達の集まりが元々の律法の翼であった。そして今も気高き思想の主であるウルテに忠義を誓う者でもある。
「しかし……どうしてこの場が?」
「……古き知人に感謝することだな」
 傍らの騎士がその一言だけを告げる。彼の名はリヒト。律法の翼の副長である。
「……礼を言います」
「私達は私達の信念で行動しました。貴方を利用するような真似をして申し訳ありません」
 あくまでも生真面目なウルテの言葉にヨンは苦笑。
「っと、おいおい。なんか終わった事にしてるんじゃねえよ!」
 ざっ、と石畳を強く蹴る音。クセニアの急接近に慌てて身構えるが、彼女の近接戦は特殊だ。間合いまで踏み込む必要は無い。なにしろ彼女の拳は銃弾であり、その射程は長く早い。放たれた銃弾を左手を捨てるつもりで弾けば痛みが無い。
「これ、は……防御魔法?」
 先ほどの銃弾も彼に一切の傷を与えていなかった。
「シャレにならねえな」
 止まるわけにもいかない。踏み込んだクセニアの連射は銃弾と銃底での打撃。蹴りや肘も交えたラッシュ。だがインファイトの距離にまで踏み込んだならばヨンとてホームグラウンドである。激しい肉弾戦。だが、クセニアはすぐにやってられないと距離をとった。
「反則だろ、その防御」
 これも知る者は知る事だが。ウルテの防御術はクロスロード随一と名高い。なにしろ『死を待つ七日間』とも称される地獄のような最初の大襲撃で、彼女が守護した部隊は1人の死者も出さなかったのだから。
「一番に厄介なのは人脈か。流石は女ったらし」
「い、いえ。彼女とは始めて会いましたよ?!」
 彼女を慕う者が多い律法の翼穏健派にとってはヨンは危険な害虫のようなものと思われてもおかしくない。慌てて否定だけはしておく。
「お行きなさい。貴方を護衛し続けるのはまた我らにとっても良い事ではありませんので」
「ありがとうございます。ブランさん、行きましょう」
「わかりました。いやぁ、なんだか有名人大行進状態ですねぇ」
 関心なのかぼやきなのか分からない言葉を聞きつつ、ヨンは隠れられる場所を目指し駆け抜けるのだった。

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と言うわけで次回は2日目からスタートを予定しております。
ヨンさん人脈広すぎてそれだけで突破されそう(=ω=;
もう少し有名人出したら収束させますかねってところで。
次のリアクションよろしゅう。
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