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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/05/29)
「くっ……流石に多くありませんかねえ……?」
 クロスロード内のランクで言えば中にも満たないような十把一絡げの連中だろうが、それでも数は力だ。それが組織だって動いているだけで充分な脅威になる。
「変装して正解……、でもいつまで持つか分かりませんね」
 折角だからと変装衣装のついでに渡されたメガネのフレームを撫でて道を往く。
 大通りを避けているのは狙撃対策。あのレベルの相手ならば仮に見つかっても倒す事はむずかしくない。とは言え、一人でも逃がせば変装がばれるのだから、気は抜けない。
「ここも居ないですねぇ」
 猫状態中のブランがため息交じりに呟く。
 いくつか決めた集合場所を巡るが、今のところ当たりはない。
夜の間ずっと、遠くで聞こえていた戦闘の音。それも日が明けてからはぴたりと止んでいた。故に集合場所へ逃れたのではないかと期待したのだが、当てが外れてしまった。
「早いところ合流したいのですけどね……」
「それよりも、休憩なしで大丈夫なのですか? ふわぁ」
 ブランが眠そうに肩の上で呟く。
「まぁ、三日くらいであれば」
 そこは不死種の強みだ。全く休息が必要無いとは言わないが、一般人よりは長く持つ。
 とはいえ、あと2日という単語が頭をよぎり、沈痛な面持ちでため息を吐く。最初は3日くらいならと思っていたのだが、これは非常に辛い。
 普通一般の「賞金首」であれば一週間程度逃げ続ける事はあるだろう。しかしこうもお祭り騒ぎとなり、有象無象が参加して追い回す状況に発展してしまえば気の休まる暇も無い。
「根本原因を何とかするしかありませんかね……」
 そのお祭り騒ぎの要因の一つは間違いなくレヴィの力だろう。単に金が欲しいだけじゃない参加者が、更にこの状況を悪化させている。
「とりあえず、夕方まで、凌ぎましょう。ブランさんは暫くそこで休んでて良いですよ」
「いやいや、偵察しますよ?」
「ある程度の範囲なら私の方で感知できますし、いざと言う時に斥候が潰れているのは問題ですから」
 言い返そうとしてブランは口を噤む。一晩中動き続け、精神を研ぎ澄ませていたのだし、いましがた、神楽坂新聞社で一休みしてしまったがために張ってた気が抜けてしまった。正直眠気に抗うのが辛い。ここは素直に従うべきかと考える。
 と、不意にヨンが足を止める。彼が展開する『ゾーン』に反応。しかし狭い通路で迂回路は無い。
「……人通りの少ない状況で、素知らぬ顔で横を通り過ぎるってのは、ちょっと調子良すぎますね」
 となれば、手段は二つ。
 うち一つは相手の力量が分からぬ上に、増援がどれだけあるか知れない今、引っ込めておくべきだ。
「となれば、さっさと逃げますか」
 ふわりと、球体が出て来て宙に浮く。ヨンはそれを足場に飛ぶと、ブランが慌てて彼の肩に爪を立てて落とされないようにキープ。それを確認しつつ、次いで壁を蹴って、更に上に配置した球体を踏んで屋上へ。
「狙撃されるから、余り高いところに居るべきではない、でしたね」
 下の状況を見て、同じ要領で下へ。危なげない動作だが、少しでも邪魔されればあっという間にまっさかさまとあっては気楽に使えない手段でもある。
「猫も真っ青ですねぇ」
「体術くらいしか能がありませんから」
 謙遜するには高度過ぎる行動にブランは口を噤んだ。
「さて、次の合流ポイントでもダメならアドウィックさんところを頼りましょうかね」
 休憩を決め込むブランを横目に、ヨンはそう一人ごちて行動を再開するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「しかしまぁ、良く逃げるこって」
 町の中の逃走劇。手も目もあるクセニアは差し込む朝日を眺めながら状況を分析する。
 『普通』であれば、すでにヨンの捕縛などできているだろう。現に数度追いこんでいる。その尽くを逃がしたのは第三者の介入故だ。予想すら困難なそれは事故と思って諦める他ない。しかし律法の翼の介入以降、彼を補足できていない理由は事情が異なった。
「ローテーションで休ませるか」
 前日昼過ぎからの監視、夜を徹しての追撃。ほとんどの者は精神的にも肉体的にも疲労がたまり始めている。増してや大半の者は探索者であり、町の中の追走劇に慣れてはいない。これからある程度日が昇り、人通りが増えたならばヨンを見つけるのは益々困難になるだろう。
「セーフハウスに逃げ込んでくれてれば話も早いんだがなぁ」
 恐らく囮役をかった数名とは逸れている。合流するならば、決めていた何れかの地点の他無い。が、今のところ芳しい報告は挙がってきていなかった。
「クセニアさん」
「どうした?」
「第二の監視点で仲間が倒れてました」
「……いつの話だ?」
「20分前です。さっき連絡がきて……」
 チと舌打つ。一番の問題はこれだ。通信手段が無いため、連絡がどうしても遅れる。一方向に追いこみ続けていたときは良かったが、一度輪の外に出られると後手に回らざるを得ない。
「となれば、あっちから輪に飛び込んでもらうしかねぇか」
 考えをまとめ、集合命令を出す。どうせすぐに見つからないなら一旦囲いを解く。彼を追っているのは自分たちだけじゃない。多少監視の密度が薄くなっても、日中に橋を渡るなんて真似はすまい。川を渡るのも、その特性上やりたがらないはずだ。
一時間ほどして、主だった者が集まると、クセニアは頭の中でまとめていた指示を出す。
 拠点監視と誘導。3班に分けて交替で休憩させつつ、集合場所には罠を敷き、また向こうに情報を流して逃げ道を限定させる。何よりも疲労の回復が先だ。
「……」
 一通りの指示を終えた彼女は周囲を見渡し、眉根を寄せる。
「まずいな、これは」
 誰にも聞こえぬ程の声で呟く。
 彼女が目に留めたのは「士気の低下」
 そもそも彼らは彼女の部下でも、旧来の仲間でもない。何の方針も無いままに集まった有象無象である。そんな彼らは捕まえ掛けた魚を強引に取り逃させられた事、一晩経っての疲労感、そしてクセニアへの不信で揺れ動いている。無論クセニアへの不信は八つ当たりに過ぎないが、結果がすべてと言われれば返す言葉も無い。
 それでもこの集団で動く事のメリットを理解している者は居る。彼らを主軸に据え、その他は休憩で士気が回復するのを祈るほか無いだろう。
「追いこむ方が追いこまれるとは、笑えないねぇ」
「……笑えないの?」
 びくりとして銃口を向け、しかし見覚えのある顔にそれを降ろす。なんだかんだ言いつつ自分も疲労している事を悟って肩を竦める。
「悪ぃ」
「……構わない」
 元より余り気配を発せぬ少女、アインは表情の一切を変えずに応じる。
「どうした、嬢ちゃん?」
「聞きたい事があってきた」
「あ?」
「面白い事を知りたい」
 一気に眠気が来た。呆れて意識が遠のいたからで、いかんいかんと首を振る。
「おいおい、藪から棒にってレベルじゃねえぞ。状況わかってんのか?」
「うん。解決方法」
 どういうこったと眉根を寄せる。アインはしばし黙り、それから説明を求められていると察して、先ほどのやりとりを話した。
「なるほど、ねぇ。だが、俺にはメリットの無い話だぜ」
「うん」
 それはそれ、これはこれ、と言わんばかりにガラス玉のような視線を向けてくる。
 クセニアはため息一つ。張っていた気を散らされたと座り込み、空を見上げる。
「まぁ、そんなところに踏み込んでたって事はすげえと思うけどな。
 急にンな事言われてネタなんかねーよ」
「……残念。他の人にも聞きに行く。思いついたら教えて」
「って、お前はこっち手伝ってくれねえのか?」
 振り返ったアインは不思議そうな顔をする。
「この騒ぎを終わらせる方法模索中」
「それはあいつをとっ捕まえても同じ事だ。別に殺すつもりはねえし」
「……それも道の一つ。でも、面白いかな?」
「俺としちゃぁ最高だな」
「……」
 アインは人形になったかのようにぴたりと止まり、しばしの間を置いて
「難しい」
 そう、ポツリ呟き、何処かへ消えた。
「俺にゃ、お前の発想を理解する方が難しいよ」
 肩を竦め、考える。
 妙な動きが一つ追加されてしまった。
 さて、どうなることか。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「さて、ヨンさんと合流したいもんだが」
 一之瀬の運転するバイクの後部座席に座り、雷次は視線を巡らせる。
 ちなみにクロスロードには当然道路交通法違反なんてものは存在しない。商業区画でもあるニュートラルロードには特区法があり、買い物客の安全のため、速度制限が存在するが、少なくともヘルメットを付けるなんてルールは存在しなかった。
 ついでに言えばニュートラルロードのもう一つの特区法があるのだが、それは置いておこう。
 あるタイミングでわき道に入り、ある程度進んだところで一之瀬の背を叩く。それを受けて一之瀬はUターン。
「やっぱクセニアさんか。どこもここも張ってやがる」
 集合地点にはすべからく人が張り付いている。下手に踏み込めばそのままマークされて、合流どころではないだろう。
「今囮をするのも逆効果だろうしなぁ」
 こちらに襲いかかってくる者も居ない。完全にフリーだが、こちらも護衛対象から離れている以上、どうしようもない。
「それにしても」
 次の目的地へと進路を向けるのを感じつつ、雷次は思考する。
 昨晩の襲撃者。そのほとんどは一言で言えば有象無象だ。数こそ厄介だったが、脅威かどうかで言えばNOである。
「そもそも、集団行動はクセニアさんところの連中だろうから、大した相手が居なかった?」
 ふと湧いた疑念を精査する。
 今回の騒ぎの前より、クロスロードには対賞金首に特化した「賞金稼ぎ」と呼ばれる連中が存在している。その連中が果たして居ただろうか?
「連中も今回の件に不服だってならありがたい限りなんだけどなぁ」
 ありえない話ではない。そもヨンに与えられた賞金首は時間制限付き。しかもその罪状は一方的な怨恨である。そんな獲物を狩っても、或いは悪名のみまとわりつくかもしれない。
「……ってまぁ、そんな都合の良い話もねえか」
 かぶりを振って思考を反転。
「じゃあ、何故今まで手を出してこなかった?」
 回答例を脳裏に浮かべた結果、出てきたのは苦笑い。
「やっべ、嫌な予感しかしねえな……」
 さて、この状況下で自分たちは何をすべきだろうか。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 知り合いに聞いて来ると一旦去ったアインと再会の場所を決め、町を歩くザザ。
「レヴィの属性を変えたりとか、できないのか?」
 隣を歩く美青年に問いを投げると、「可否で言えば可能だ」と言う答え。
「方法は?」
「万単位の信仰。とにもかくにも、神は信仰を背景に存在する。今の彼女を塗り替えるほどの信仰があれば、可能だ」
「現実的じゃねえな」
 クロスロードの人口は約15万人程度。種族も思想も違う者達の信仰──想いを100mの壁があるこの世界で一度に塗り替えるなど、並大抵のことではない。
 或いはクリアな状態に1つの設定を定義するのであればまだ方法はあろうが、既に「嫉妬を司る者」として確立している彼女だ。おおよそ簡単とは言い難い。
「だが、元々は違う神だったのだろ?」
「俺としてはイタい話なのだがな」
 母殺しの神は苦み走った表情を見せる。
「その特性を戻せないのか?」
「……その行いに、俺は失敗したんだが?」
 彼がこの世界へ来た理由はまさにそのためだった。
「それをこの世界で、というなら無理と思った方が良い。
 なにしろ母上の元々の特性は『母神』だ。世界の生みの親であり、神々の母である。
その特性をこの信仰もまちまちな世界で成立などしないよ。それに、もう一つのあり方を再現するのはこの世界では危険すぎる」
「もう一つ?」
「怪物の母」
 即応じた言葉に眉根をひそめ、それから意味を咀嚼してそれを一層濃くする。
「最悪だな」
「ああ、この世界ではまずい。下手をすれば怪物全てが母上の信仰者となりかねん。そうなれば最早この世界は終わりだな。
 母上はそれを避け、堕とされた身である『嫉妬の化身』という立場を受け入れたのかもしれぬ」
「……ふむ」
 それが正しい見解ならば、なかなか厄介な状態なのかもしれない。
「しかし、条件さえそろえば彼女のありようは変えられる。それはひとつの方法だな」
「それは否定しない。しかし、それは対処法であって、母上の言う「面白い道」とは違う話ではないか?」
 確かに。彼女の言う道とはこの大騒ぎに対してともとれる。或いは、他の余興を指しているのか。
「何を示すか、か」
 方法はいくらでもある。
 正解も1つではないだろう。
 では、その中でどれを選ぶべきか。アインが何を持ちかえってくるのかとも考えながらザザはアイディアを求めて集合場所として指した大図書館へと向かうのだった。

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というわけで二日目突入です。
果たして三日目はあるのか。って感じになりつつありますが。
皆さんのリアクション楽しみにしております。
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