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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/07/04)

「さて、二日目にしてクライマックスかしら?」
 管理組合の屋上から足を投げ出す少女が夕日に染まる橋を眺めて楽しそうに呟く。
「本職連中も動き出したし、ここで決めたいところよね」
 少女の後ろには二人の男。
「で、どっさんは行かないわけ?」
「興味はない」
 男の一人、サムライが応じる。
「義とかで吸血鬼君助けたりしないわけ?」
「それはタクト殿の領分だ」
 その言葉にもう一人の男が苦笑いを浮かべた。
「こちらはもう手出しはしない。
数名橋の下で救護活動のために待機しているが」
「でもルマデアのとこのは動いてるみたいだけど?」
「ドイルフーラに単独行動許可が出ているようだ。
 その他は賞金稼ぎとして動いているだけだろう」
「ふーん。施療院も展開中。HOCも動き出したみたいね」
「HOCの動きが引き金になっているな。
あれでは逃走ルートを指定している様な物だが」
「ヨン殿の思惑はどうであれ、HOCの連中は力押しをするつもりなのだろう」
 サムライが目をほんの僅かに開いて橋を睨む。
「あの男の交友範囲は特異だ。律法の翼、施療院、HOC、そしてダイアクトー。更には妖怪種、おおよそクロスロードの主要組織が動いている」
「それにあたしたちもね」
「動きがあったぞ」
「こちらもです」
 新たに屋上に二人の少女が現れる。一人はフリルとリボンで構成されたような甘ロリファッションの人形のような少女。もう一方はやや気の弱そうな、見事なブロンドの少女だ。
「おっけ。じゃ、早速始めようか。
 ティアは行かなくて良いの?」
「あれしきでくたばるようなタマであるまい」
 甘ロリの少女が事もなげに応じる。
「そ? ま、良いけどね」
 少し足を踏み外せば百メートル以上落下するような場所で、何の怯えもせずに翼も持たぬ少女は立ち上がり、大きく伸びをする。
「この大騒ぎを観覧できないのはちょっともったいないけど、ま、お仕事お仕事」
「参ろうか」
 賑やかな大騒ぎに紛れるように、闇は動きだす。
 認識すらされていなかっただろう彼女らの動きに合わせるように───
終章の幕は上がるのだった。

◆◇◆◇◆◇

 さて、と。
 胸中で呟いてザザは隣を見る。
「……」
 そこにはマルドゥクに言われた言葉を思い悩む少女が一人。もうあれから二時間は経過しているが、困惑から抜け出す糸口は掴めないままのようだった。
「無駄なことだ。感情は、なんともなしに出るからこそ感情なのだ。
 自分の内側から勝手に出てきたものなら、誠意だろうと殺意だろうと、純粋な感情だ」
 低く、腹に響くような声音にアインは顔を上げる。
「もう気にするな。他人の為に感情を作るのは、不純だ。」
「……そういうもの?」
「そういう物だろ」
 らしくないと内心でぼやきつつ、ザザは視線を不自然な人だかりへと向ける。
「ヨンの所へ行くんだな。あいつの傍にいて、サポートしろ。
離れず、ずっとだ。」
「……『試し』はやらないでいいの?」
「お前の勝手にすればいい」
 アインは視線を彷徨わせ、やがてザザへと戻すと
「今は、そうする」
 応じて地面を蹴った。
「この俺が、ねぇ」
 力こそ自分の全てで、価値ある闘争を求めて異世界という可能性に縋った自分が、まさか小娘を説教するような───慰める様な言葉を吐く羽目になるとは。
「ましてや力でなく心を説くなど、俺は何に変貌してしまったのか」
 それはこの世界に望んだ事ではない。
 己は闘争の、力の意味を求めてこの地を踏んだはずなのだから。
 もう一度、目の前の光景を捉える。
心の歪みが生んだ力が蠢いている。信念に基づく力が息をひそめている。金という分かりやすい理由で力が潜んでいる。
 『力』に纏わる意味が確かにそこにある。だが自分は傍観者としてその外側に居る。
 望むならば、ただそこに飛び込むだけで良い。
 しかし、
「あの男を助けるつもりの自分が居る、か」
 正義の味方を気取るつもりも、友情ごっこをするつもりも無い。なのに、そのための手管を脳裏に描く自分が確かにここにあった。
「やれやれだ」
 思考をリセット。あちらとてガキではないのだ。伸ばしてこない手をわざわざひっつかんで助けるような真似をしてはやらない。
 とはいえ、もし危険となったならば。
 恐らくここより飛び出し、助けの一つも出すのだろう。
 そう己の今を確かめながら、巨躯の男は暮れなずむ橋をじっと見つめるのだった。

◆◇◆◇◆◇

 体の各所をチェックする。
 主に体術を扱う彼にとって、自分のステータスの把握は呼吸と等しく行うものだが、今、それを念入りにするのはここが正念場だから。
「大人気ですね。嬉しくない事に」
 狙いは読まれていた。
 橋にはすでに多くの通行人以外の存在が見てとれる。気持ち悪いのはあからさまなそれらが大した実力を持っていないように見える事。
 先ほど見て来た反対側の橋も同じような状況だったが、此方の方が幾分人数は少ないだろうか。
「しかし、あの前衛は足止め要員でしょうかね。どちらの橋を渡っても対応するために」
 ならば増援が駆けつける前に駆け抜けるのがベター。
「と思うのですけどねぇ」
 勘。数多の戦いで己を助けて来た感覚が「それはありえない」とあざ笑う。
 だが、それ以上にロウタウン側に居座るのは無理だと察していた。明らかに動きの違う物が交じり、視線を這わせ始めている。疲れも溜まり始めた今、監視の網が広がったロウタウンでアレら全てをやり過ごす目途が立たない。
「行きますか」
 逢魔ヶ刻という言葉がある。夕方を指す言葉で、黄昏時とも称する。
 黄昏とは「誰ぞ彼」が変化した物で、夕焼けの中で前に立つ者が何者か分からなくなる事を指し、それが良くない者───魔であっても気付く事も出来ぬ時間であるとされる。
 つまり、その全てを狂わす光の中に魔が潜み、遭遇する時間である。
 そこに漆黒が踏み込む。
 最初の反応は小さく、やがて誰かが確信と共に声を挙げる。
 反応は連鎖的に広まり、うねるような場の揺らぎが生じた。
 ───一気に踏み込む……!
 それらを置き去りにするように数百メートルを一気に駆け抜ける。見た通り「雑兵」の群れはヨンを止めるどころか、良くて反応するのが精いっぱい。あっさりとその通過を許して背中を見送るばかりだ。
「っ!」
 が、無論それでクリアにはならない。
「ホント、多いですね!」
 その向こうにも敵意。
 この身は嫉妬されている。それが例えレヴィにより拡大されたものだとしても、その原石が彼らに無ければ肥大化はしない。彼らに確実にある感情なのだ。
 どうして自分なんかを、という言葉を脳裏に走らせながら突っ込む。
 攻撃を弾き、いなし、敵を盾に無力化していく。
 しかし勢いはどんどん削られていく、足が止まる。前に進め無くなれば抜けて置き去りにしたはずの障害が此方へと向かってくる。
 乱戦になれば此方が不利。分かりきっているが避けられない。
「楽しそうじゃねえか」
 そこに現れる最初の乱入者に有象無象の来訪者が息を飲む。
 そこで動けた者は行幸。実力も無く、しかし不運にも近づきすぎた者は適当に振られた巨大な鉄の塊に吹き飛ばされ、川へと落とされる。それだけではない。生みだされた剣風がその後ろの者達を吹き飛ばし、怯ませた。
「ドイルフーラさん……」
「総隊長からはおめぇへの手出しを禁止されてるからな。
 だったらお前の方に付いて楽しませて貰うぜ?」
 身の丈3mはある鬼族が、その身と同じ長さの大剣を持って構えればその威圧感たるや凄まじい。ましてやクロスロードでも知らぬ者は居ない律法の翼過激派の部隊長の1人とあっては生半可な実力者もたたらを踏む。
「え、遠隔攻撃だ! ありったけの弾をブチ込めっ!」
「そ、そんな事したら向こう側の味方に当たるぞ!」
「知るか! ぼうっとしてたら全員あの剣に砕かれるぞ!」
 その言葉が皆の恐怖を招く。緊張が一気に膨らみ、それに耐えかねた誰かが放った一発が全ての引き金を連動させる。
 ────かに見えた。
「とぉうっ!」
 暴発寸前の空気を腕力でブチ破る一撃。
混迷する集団の真ん中に物凄い衝撃と共に舞い降りたのは夕陽を乱反射するメタリックなボディ。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 死んだ婆ちゃんも呼んでいる!」
「いや、そこに呼ばれるのはダメでしょ!?」
 思わず突っ込みを入れる律儀なヨン。だが、その表情は幾分安らいだ。
 その間にも「彼ら」は掛け声とともに橋の上に降り立ち、或いはバイクでなぎ倒しながらその場へと集結する。

「ふ、正義のために 俺『達』参上!」

 HOC────個性あふれて極りない『正義の味方』の集団。律法の翼のような『法』を求める者ではない。ただ、己の中に刻まれた『正義』を盲信し、命を掛ける者達。
 満を持して現れた個性の塊たるヒーロー達がヨンを取り囲む雑兵を吹き飛ばしていく。
「みなさん、ありがとうございます」
「ふ、正義を為したまでよ」
 びしりとサムズアップで応じるヒーロー。正面の敵へと視線を向け、力の限り正義を為そうとした瞬間
「でもそれもそこまでよ!」
「なにぃ!?」
 ぐじゃり、と、人体が発してはならない音が橋の上に木霊する。
 その頬に形容しがたい衝撃を受けたヒーローの一人が人体とは思えぬ飛距離を舞って、彼方の川面へと落ちて行った。
「はん! ヒーローが勢ぞろいじゃない。みんなまとめて消し去ってあげるわ!」
 ばさりと漆黒のマントを靡かせて宣言するのは顔を格下の悪の少女。
「だ、ダイアクトーまで着やがった!」
 取り囲んでいた者達が恐れと苛立ちを混ぜこぜにした叫びを挙げる。そうしている間にも統一された戦闘服の集団がどっかの部族の巨大仮面かとツッコミを入れたくなるような盾を持って縦列突撃を慣行。まるで彼女らの舞台とばかりにヨンの周りに展開する。
「見つけたわよヨン! あんたをブチ倒す!」
「あ、あれ?」
どうして自分に敵意を向けているのだろうか。という疑問が不意に脳裏に浮かぶ。彼女がつけ狙うのはあくまで『V』と言う名のヒーローのはずだ。
「そういえば私がVっていつばれたんですか?!」
「え? そうなの!?」
 きょとんとした答え。その後ろの黒服が「あちゃぁ」と頭を抱える。
「……えっ? ええ?」
「いや、なんかアンタがあたしの悪口言ったから、教育が必要よねーって言われて」
 ダイアクトーはさておき、黒服連中は比較的ヨンに好意的である。首領たるダイアクトー三世だけは本気で悪の秘密結社をやっているが、その他の者の共通認識は「悪の秘密結社興行」である。ノリ良く相手をしてくれて、しかも無駄に頑丈なヨンは都合の良い相手として協力関係にあるのだ。
「……い、今のはナシで。私の勘違いです」
 黄昏。その光の中、わずかにうつむく少女の表情は仮面がある以上にわからない。
 しかし、やがて聞こえてきたのは笑い声。
「ふふ、これぞ一石二鳥。日ごろの行いが良いせいね!」
「日ごろの行いの良い悪の首領って何ですか……」
 無論そんな突っ込みは聞きもしない。新たな乱入者たるダイアクトー三世はその小柄な体にそぐわぬ脚力で一気に間を詰めた。
「っと!」
 それを防いだのは鬼の大剣。がごぃんと拳を防いだとは思えない音を響かせ、その巨体がほんの少し揺らぐ。
「おうおう、話には聞いてたが、すげえ力じゃねえか」
「何よあんた!」
「ダイアクトー様、彼は律法の翼の指揮官です」
 ここだとばかりに近づき耳打ちした黒服の言葉に仮面の下の目が険悪に細められる。
「ああ? あの偽善者集団の? だったらアンタごとぶっ飛ばす!」
「やってみやがれ!」
 ブンと振りまわされた大剣。それに怯えることなく
「セカンドリミットリリース」
 その一言を口にして数百キロはあるだろう大剣を拳で受け止める。
「更に力が上がりやがった! こいつは良い!」
「ふん! 土下座するならあたしの配下にしてあげても良いわよ!」
「いいねぇ! ルマデアの旦那より上だってんならそれも考えてやるよ!」
 ガガゴゴと、拳と鉄の塊が凄まじい轟音を連打する。
鬼がその姿を凌駕した膂力で振るう金属の塊を小柄な少女が迎撃し、撃ち弾く。このクロスロードにあっても馬鹿げた光景に周囲の者は唖然とするしか─────
「っと!」
 ない、というのはあくまで格下のみの事。
 左に違和感を感じたヨンが身を逸らせばホビットのナイフが間一髪で空を切る。
「っ、いつの間に!」
 追撃はなく、ホビットは距離を取る。明らかに動きが違う。と、
「!!」
 空から落ちてくるのは豪炎。大きく跳躍し、それを何とか避けるも、
「今だ、撃て!!」
 今度は奥に控えていた集団の一斉射撃が開始される。
「っ!! 勘弁っ!」
 流石に避けられるものではない。致命傷を避けつつ腕や足で最小限に受けたヨンは、ふらつきつつも体勢を維持。持ち前の超回復力便りにダイアクトーとドイルルーフの戦いへと身を寄せる。
「てめえも混ざるか?」
「って、なんでさっきの一斉射撃喰らってないんですか!?」
「吹き飛ばしたんだろ?」
 戯言ではないと証明せんとばかりに身を打つ衝撃に歯を食いしばる。二つの攻撃が重なればまき散らされるのは衝撃波。
 隙を付いてヨンを狙っていた者達もこの理解の外側に近い乱戦に踏み込むのには躊躇して距離を取る。そこにHOCの連中がフォローに入り、またヨン達の周りに少しばかりの空間が生まれた。
「本打ち登場ってところでしょうかね」
 不意を付いたとはいえ、いつの間にか間合いへと踏み込める位置に只ならぬ動きの者が出て来ている。
「結構ピンチですかね」
「俺は楽しいが?」
「そりゃ良かったですね!」
 戦闘バカの感覚に付き合っていたら命がいくつあっても足りないと、不死族の青年が舌の上でぼやく。
 だが生まれた空間もあっという間に狭められる。別に彼らはドイルフーラ二もダイアクトーにも義理はない。巻き込む事は恐れていない。
 だが、その凄まじい轟音が自分の身で鳴らされる展開を恐れているだけだ。
「このこのこのこの!!!」
 相変わらずのダイアクトー。だんだんムキになって攻撃が荒々しくなっていけばその被害は格段に上がっていく。踏み込んだ足が橋を抉り、振り下ろされた大剣が砕いた破片を周囲に散弾のごとくまき散らす。
「ああ、もう! こうなればっ!」 
 少女ががしりと掴んだのは線路。ぎょっとする間もなく響いためきょりと言う音。
 流石に無茶だとだれしもが思う中、
「フォースリミットリリース!」
 その細腕がまるで布団でもはぎ取るかのように長いレールを引っ張り上げた。
 無論周囲はたまった物ではない。足元を掬われてぶっ倒れた者はまだ良い。すぐさまブン回されたそれを受けた者は次々と川へブチ込まれていく。
「ちぃ!」
 鎖のように扱われたレールは剣で防いでもしなって身を襲ってくる。袈裟切りで叩き落とすようにそれをいなすが、お構いなしにさらなる追撃が放たれた。
「おい、誰かあれを止めろ!」
 周囲からの悲鳴だが、一体誰がそれを為せると言うのか。
「この隙に抜けた方が良いですかね……」
 視線を前後に走らせるが、距離を取った分その向こうの壁は厚く感じる。
 再び開いた空間。周囲に視線を走らせるヨンの耳朶は欄干の向こうから撃たれた。
「今だ、やれ!」
声と共に降り注ぐは大量の液体。
「ぶわっ?! なんだ、こ、こりゃ……!」
 ドイルフーラが嫌そうに声を挙げる。だがヨンはそれどころではなくなってしまった。
 全身を炎で焼かれたかのような痛みが走り、神経がびりびりと不快な悲鳴を上げた。
「聖水……!」
 気付いた時にはもう遅い。ここで搦め手かと舌打ちするが、その感覚もどこか遠い。
「一気に制圧する!」
 まさに冷や水をぶっかけられた状態で戦いを中断させた二人の間隙を突くように、潜んでいた連中が動きだす。
 何よりも、勇ましい女性の声と続く銃声に背筋が凍った。
「クセニアさん、ですか。居ないと思ったら……」
 強引に腕を動かしてしびれ取りに指を触れさせるが聖水が降り止まない。
「きりがありませんね……」
 傘も、その代わりになる物もない。マントで凌ぐにも限界がある。一瞬マヒを解除してもすぐに同じ状態にされてしまう。
「やれ!」
 号令。そして数多の発砲音。統率された部隊からの一斉射撃を回避するのは最早絶望的だ。
「ちぃ! 鬱陶しい!」
 それはドイルフーラやダイアクトーにも容赦なく襲いかかる。鬼は剣を振り抜いてそのいくばくかを打ち払うが、数発が浅い傷を作った。
 ヨンもその恩恵にあずかったが被害は深刻。特に太ももに喰らった一撃が痺れを訴える神経をさらに炙るように痛みを脳髄まで撃ち放ってくる。
「銀の弾丸……! 大盤振る舞い過ぎますよ……」
 多少の傷などあっという間に回復するヨンも弱点で攻められれば為すすべ無い。
 詰み、が見え始めたと背筋に寒気を覚えた瞬間─────
「だぁあありゃぁあああ!!」
 最早銃弾ごとき肌にも食い込まないダイアクトーが鬱陶しいとばかりに線路を銃士隊へとぶちかます。
 泡を食って逃げ出す彼らだが、その数は決して少なくはない。それに
「よぅ、旦那。
 そろそろ仕舞いにしようや」
 夕陽を背にするように、橋の外側に舞う女性は獣じみた笑みを浮かべる。その周りには、選抜されたメンバーが投網を構えていた。
「ここまで、でしょうかね」
 ヒーロー達も主に黒服達やその他の追跡者たちと戦い手が離せず、ヨンへの手助けに向かえる様子はない。
「だと良いんだがな」
 クセニアは嫌そうに呟きヨンに向けていた銃口を即座に右へ向けてけて射撃。
「っと!」
 ガッという音共に錫杖で地面を叩き、それを回避。
「やっと合流だぜ!」
「雷次さん!」
「間にあったかな、と言いたいが、随分不利だな、オイ!」
 圧倒的数の差、しかもヨンの機動力が著しく低下している今、一人の援軍が決め手になるとは思えない。
「もう一人と同行してたんじゃねえのか?」
「お前を狙ってる最中さ」
 クセニアの言葉に雷次は即座に返すが、嘘である。一之瀬にはもう一つの橋へと向かって貰っていた。こちらに来るには時間がかかるだろう。
 増援は頼りになるが、いかんせん数が違いすぎる。
「詰みだ。やれ」
 自身は雷次へと銃弾を撃ち放ちながら指示。投網が広がるのをヨンは必死に避けようとするが不自由な今の状態ではとてもでないが逃げ切れない。
「ってわけで、頼むぜ!」
 応戦する雷次の発した声。
「了解」
 それに応じた黒の鎌が投網を引っ掛け
「重っ……っとぅ!」
 速度と振り抜きの遠心力を使って目標からほんの少しずらす。
「アインさん……」
「ホント、次から次に尽きねえな、おい。
こっちと悪手は打ってないんだぜ? 流石にいじけるぞ!」
 雷次の攻撃を避けて怒鳴るクセニア。左手でさらなる追撃を指示しつつ
「こっちとここまで準備したんだぜ!
 いい加減観念してもバチは当たらねえと思うんだがな?」 
「でも『それ』は」
 感情という言葉に心彷徨う少女は、思い浮かんだ言葉に迷い、しかし発する。
「きっと貴女と同じ想いでは動いていない」
「ンな事は重々承知だ!」
 集まった者の半分以上を斬り捨ててこの場を作り上げた自分なのだ。言われるまでも無い。
「そんな綺麗なコトバ一つででひっくり返されたら堪 んねえって!」
「だが、それに実力が伴えばひっくり返す力には充分だろ?」
 一気に詰め寄った雷次が錫杖を振り抜きクセニアの銃を弾き飛ばす。
「っく!」
「仕舞いだっ!」
「とは、いかんな」
 鉄扇の一撃が雷次の杖を迎撃。見覚えのない男の、しかし確かな技量に追い打ちを捨てて距離を取る。それを見定めて鉄扇を持つ男は構えを取る。
「こっちと確かに有象無象だがね。指揮官を取られるのを悠々見ているほどフヌケタ者ばかりでない」
 クセニアが集めた中でも実力を持つ者達。それらが一気に間合いを詰めていた。
「この戦い、この用兵に不服を持つ者は居るだろう。ならば名乗り出て代わってみよ。
 我らはこの作戦の指揮官を彼女と任じているがな!」
 周囲の者に声を響かせる男がニヤリと笑い、雷次と相対する。
「慕われてるじゃねえか」
「ガラじゃねえ!」
 予備の銃を抜いて苦笑い。
「しかし……」
 ダイアクトーの振り抜きのせいか、聖水の雨は若干弱まったものの、止んだわけではない。今だ不自由な体を最大限護るようにして周囲を見渡す。
「どうしたもんでしょうかね」
 包囲網は厚く、一騎当千の援軍もその突破には到らない。
 時間切れを狙うには未だ時はありすぎて、打つ手に窮したわけではないが、決定打には程遠い。
 どこかで一手決定打か悪手を打てばころりと転がりそうな状況を前ににして、この場に立つに相応しき者達は同じ考えを異口同音に心中に唱えた。

 どう動くべきか、と。

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 長くなりましたが次回クライマックスって所でしょうか。
 ヨンさんが捕まる可能性も大いにあるこの状況。
 さてはて、どうなることやら。
 ではリアクションよろしくおねがいします。
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