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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/07/27)
「流石はクロスロード、と言ったところだねぇ」
「何を悠長に」
 屋上から足を投げ出して夕暮れに染まる橋を眺める少女へ窘める声が飛ぶ。
「あれ以上線路を壊されては困ります」
「にゃはは。まぁ、線路くらいだったらセンタ君ですぐ修復できるっしょ。
 でもま、そろそろシャレじゃ済まないってのも事実だよね」
 まだ二日目だって言うのに、と呟いて猫娘は立ち上がる。
「でも、水を入れると色々文句言われるかもよ?」
「そもそも、今回の判断に問題があると思います」
「そりゃそうでしょ。ヨン君には悪いけど、そう言う風にしたんだもん」
「……どういうつもりですか?」
「もうクロスロードは「彷徨い到った個人」の世界ではなくなりつつあるにゃ」
 気が遠くなるほどの数の扉が扉の園、そして扉の塔に張り付いている。そこから日々来訪者が到り、去っていく。しかし同じ扉から到った者───端的に言えば「同郷」の者などどれだけ居るというか。
 理由は様々だが、この世界に来る者は個、多くとも十数名の集団でしかなく、それは万の単位に到るクロスロードではほんの小さな集いに過ぎないはずだった。
 だが、眼下の光景はそれを否定する。
 周囲に展開するのは「律法の翼」。1人の番隊長以外は我関せずとばかりに観戦に徹しているが、その数、そして軍事力はクロスロードでも随一であろう。
 その内側で、負傷者を救護するのは「施療院」。川の下では「アクアタウン」の住人や「インスマ‘s」が落下者の回収作業を行っている。
 渦中のヨンを中心としたヒーロー組織「HOC」、即席とは言えあるまとまりを見せつつあるクセニアの集めた戦闘組織。そんなヒーローと戦いながらも被害の拡大を防いでいる「秘密結社ダイアクトー」。これ以外にも多くのそしき集団が、組織として確実にこの街に息づいている。
「人は弱いから群れる。とは人の世界じゃよく言われる言葉にゃけどね。
 人で無くとも個は他を求める。他を認め、他に認められる事で自己が存在する事を確認する必要があるから。それは神も魔も、竜も変わらないにゃ」
 ルティアは口をつぐんだままアルカの背中を見つめる。
「個が集まればそれはひとつの意志になる。その意志の放つ声は大きくなり、更に広く、他へと響く。もうその段階まで来ているにゃよ」
「……管理組合はもう必要ないと?」
「町の公共施設を管理する組織としての存在意義はあると思うにゃよ?
 でもこの街のルールはそろそろあたしらだけで決めて良い物じゃないと思うにゃ」
 そうは言ってもと、翼の少女は眉根を寄せる。
「一歩間違えれば内戦になりますよ?」
「かもねぇ」
「そんな楽観的な……!」
「意志ある者が触れ合うってのはどんな関係であっても戦争が形を変えた物にゃよ。自と他、その境界を敷いての比較。優劣を競う作業に他ならないにゃ。
物理的に争うかはその優劣をひっ繰り返す、或いは維持する労力が得られる幸福に見合うかどうかって判断の結果にゃね」
だから、と下の光景に再度視線を向けて続ける。
「でも殴られた事のない子は殴るリスクを想像できない。それはとっても危険な事にゃよ」
「……そのための、予行演習だと言うのですか?」
「だってこの街を壊されたくないもん。変わっていくのは必然にゃけどね」
 だから、と声を伴わぬ言葉で呟き、少女は空に舞う。
「そろそろ、仕舞いかなっと」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 橋の上を「乱戦」という言葉が埋め尽くす。
 誰が敵で誰が味方かすら曖昧になりつつあるその場で、中心人物たるヨンは降り注ぐ聖水に身動きを封じられていた。
それを狙う者、護る者が激突し、その余波は情け容赦なく周囲にばら撒かれている。思いもしない所からの攻撃に倒れる者も少なくなかった。
「やっべ、楽しいな……!」
 乱戦をくぐり抜けてヨンだけを狙ってくる者を迎撃しつつ、雷次が呟く。
 不謹慎なんて言葉は掛からない。彼に限らず、戦いその物を楽しみ始めている者は猛り、己の獲物を振るっている。その最たるがクロスロードという場から見ても常軌を逸した戦いをするドイルフーラだろうか。
「でも、このままだとジリ貧」
 同じく敵を迎撃しながらアインがぼやく。
「だな。一時的に結界で雨をよける事は出来るが……」
 いざ動き出して結界が壊されればその場で再びダウンするし、間近のドイルフーラとダイアクトーの戦いが防波堤になっている今、下手な移動は身を危険に晒すだけともなりかねない。
「……手段はある」
 言ってアインがヨンへ近づく。それを見て雷次はイカヅチの結界を発動。それにより弾かれた聖水がヨンへ降り注ぐ事がなくなった。
「ありがとうございます」
 一気に痺れが緩くなり、ヨンは無理を押して肩膝を付く。
「……」
 そんなヨンをじっと見つめる黒の少女。その余りのまなざしに訝しげに眉根を寄せた。
「ヨンさんの…命、私に預けて」
「え? な、何をするつもりですか?」
 答える代りにぐっと身を寄せ抱きつく。その光景に張りつめた戦場の空気に軋みが走る。
「っと、行かせねえよ!?」
 その隙(?)を突いて空を往こうとするアインへクセニアが銃口を向けるが
「そりゃこっちのセリフだぜ」
 割り込んだ雷次の攻撃に舌打ちして迎撃。
「テメエには用は無いんだが?」
「そいつは残念だ」
 仕方ないとクセニアは小さく舌打ちし、
「おいおい、ヨンが逃げようとしてるぜ! しかも女に抱かれてな!」
 大きな声が乱戦の中を駆け抜ける。
 交錯する視線。飛翔に出ようとしていたアインが集中する威圧感に眉根を寄せてドイルフーラの争いの影に滑りこむ。
「ここまで追い詰めたんだ。
さあ誰がテーブルの上の掛け金を総取りするか、力で決めようぜ!」
「厄介な……!」
「当然だろ?」
 ここでまんまと逃げられるわけにはいかない。
「いい加減観念するんだな」
 その意志を込めて宣言し、乱射。その狙いは邪魔な雷次でなく、ヨンを包む結界だ。
 再び砕かれた結界が聖水の雨をヨンへ浴びせかける。
「っ……!」
 再び訪れる痺れ。しかし
「流石に長時間続けられるものではないですよね」
 勢いは確実に弱まっている。これならばと体に力を入れつつも、期を狙う。先ほどよりも動けるとしてもこの乱戦の中、体の鈍さは命取りだ。
 もう少し、何かが欲しい。
「というか、アインさん……?」
「……ん?」
「ええと、一旦離れませんか?」
「いざという時、間に合わない」
「いや、ですがね……」
 持ち上げて飛ぼうとしているせいか、ぎゅっと抱きしめたままだ。なんというか、はたから見たらどう見えるか……
「レヴィさん、大喜びですかねぇ」
 ぼやき一つ洩らして意識を集中させる。彼女も自分のために動いてくれているだけなのだ。ここで体面一つ気にするのは失礼と言うものだろう。
「もう数分、均衡が続けば、聖水も尽きますかね……」
 だがそれは希望論で、現実にはもっと長い時間が必要かもしれない。
 聖水を購入した者を使用しているならまだ良いが、或いは川の水に神聖属性をエンチャントし続けているとすれば……
「もう一手、何か……」

 その願いに応えるかのように、
 ズンと、地面が揺れた。

 ドイルフーラとダイアクトーの戦闘かと視線を向ければ、そこにもう一つの巨体があった。
「何、アンタ?」
「おや? てめえは……」
 訝しげな言葉と喜びの声音。
「加わりたくなった」
 静かな声音。足は、体は静かに動き、構えを取る。
 その巨体の、まるで弓を引き絞るかのような動きに周囲が巻き込まれたかのように静まり返る。
「どちらでも良いぞ」
 いつもなら軽口叩いて突っ込んで行くダイアクトーすら動かず乱入者───ザザの動きを注視する。
「良いねぇ。お前はこっち寄りか」
 一方の鬼の面に笑みが浮かび、しかしザザは応じない。
 ただ、行動のみに応じるとばかりにその構えは揺るがない。
 故に鬼もまた、ダイアクトーの事を忘れたかのようにザザだけを見て獲物を構える。
「今……っ!」
 それを機と見たアインの小さな呟き。咄嗟に反応した雷次が再び電撃の結界を構築し、雨を遮断すると同時にアインは動きだす。
「チィ!」
 クセニアのクイックドロウ。その動きがまさしく引き金となる。
「だぁああらぁあああああああああああああ!」
 剣と呼ぶには余りにも無骨な、金属の塊が鬼の鍛え上げられた筋肉に従って唸りを上げる。

 『それ』は打撃であった。
 それ以上でも、それ以下でも無い。
 ただ打撃である。
 だがそれはザザの行為を指示しているわけではない。
 彼の足が、腰が、背が、肩が、腕が、拳が、頭が、肺が、心臓が。
 その全てがただひと振りの『打撃』となる。
 全てを排し、己をただ一撃のための機構とする。

 ドイルフーラの攻撃は技であった。人型で強靭な筋肉を持つ鬼と言う種族の特性を最大限に生かし、その鉄の塊に一分の無駄も無く最大加速を与える技術。
 個の出せる力に様々な物理法則を経験則にて最適化し、作られた動き。
 それを、

 ずん と、世界が鳴動するのを誰もが腹の底に響く音で錯覚する。
 いや、錯覚では済まない。
 まさしく爆弾が落ちたかのような衝撃が周囲をなぎ倒し、吹き飛ばす。
「非常識すぎっだろ!」
 比較的近距離に居たクセニアが、しかし打撃が交差しただけで生まれた衝撃が伝わる範囲としては非常識な現象によろめきながらも呻く。
 非常識。
ザザが放った一撃はまさにそれを体現していた。
常識を「絶」し、己を「絶」するそれはザザという恵まれた体格でも本来なし得ぬ───非常識な一撃。
「……がぁ……」
「ぐ、う……」
  爆心地たる二人の巨体も揺らぐ。
 何がどうなったのかと身を起こした者はまずドイルフーラの手に収まっていたはずの物に目を見張る。
「折れて……!」
 その剣は半ばで砕かれ、消えていた。
それだけに飽き足らぬとばかりに、鬼の口から血があふれる。
 だがザザも無事に済まなかった。
 撃ち抜いた拳が赤に染まり、今も尋常でない血液があふれ出して地面を濡らしている。
「相打ちと言い張るにゃ、ちとかっこ悪いか」
 鬼が自嘲じみた笑みを浮かべる。
ザザの体は充分に動くが ドイルフーラは堪え切れずに膝を突いている。
「体に当たっていたら大穴が開いていたな……」
 それでもなお軽口を叩けるのは流石と言うべきか。
 ザザは砕けかけた右手をゆっくり動かし、そこにまだ力がある事を確かめる。
「次、か?」
「茶々入れて、カッコつけてんじゃないわよ!」
「それもそうだな」
 もう一撃は無理だと認識はしている。が、彼女の言う通り割り入った者が背を見せ逃げるわけにも行くまい。
「お嬢様」
 不意に、黒服の一人がダイアクトーの傍らに現れる。
「そろそろ自重ください」
「なによ! まだやれるわよ!」
「いえ、もう想定以上に力を使っています。ここは退いてください」
 その会話は雷次やアインにまで届いている。ここで防壁となっていた戦いが失せれば。数の圧力が押し寄せてくる。
「踏み切る……!」
 アインが再び行動を開始。それを逃さぬとばかりにクセニアが一気に間合いを詰める。
「逃がさねえって言ってんだろ!」
 アインは欄干を越える形で右へ。そこにクセニアが縋り、ヨンの足を掴む。
「危な!?」
「流水にでも落ちて貰おうか!」
 もみ合う形の三人に雷次も手出しできず、構わず彼女らを狙う攻撃を弾く事に専念せざるを得ない。そんななかふらふらと危なっかしい空中浮遊を続ける三人がついに橋の下へと落ちた。
「ちっ! 追えっ!」
 確保しなければ意味は無いのだ。空を飛べる者が追撃を掛けようとするのをHOCのメンバーがすかさずインターセプト。
 再び始まった乱戦を前に、雷次は困ったように頭を掻く。
 川に落ちる振りをする手はずは聞いていたが、そこにクセニアの邪魔が入ったとあっては実際に落ちたのかもしれない。

 まぁ、実際のところ。
 同じく落ちる振りを考えていたクセニア、そしてアインとヨンは橋の下側に張り付いていたのだが……

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 ドーモ。神衣舞です。
 戦闘という面ではこれで終了の予定です。次回アルカがというか管理組合が橋の上に乗り込んできます。流石に町に被害出し過ぎだよーって感じですね。
 今回最終回のつもりでしたが、戦後処理()と言う事で余計に一話追加します。
 ではリアクションよろしく。
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