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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/08/17)
 目標のロスト。
 その事実が橋の上の乱闘に水を差していた。
 一際大暴れしていたドイルフーラは武器を失い、ダイアクトーも撤収したとあっては火種も無い。騒音に慣れ切った耳が違和感を訴えるほどの静寂が場を支配する。
「ちぃ」
 雷次は疲れを吐き出すような舌打ちをする。
 何人かはすぐさま追うように橋の下へと飛び降りた。川までは実はそんなに高さはない。と言っても気軽に飛び降りれる高さでも無いのだが、飛行術を使える者ならばその判断も当然だろう。
「行くのか?」
 掛けられた声に身を震わせるが、それは自身へ向けられた言葉ではない。
「ああ、確かめるべきは確かめた」
「ハ! 俺様の愛剣をこんなにしちまって、さぞ満足だろうよ」
 鬼の言葉にザザが肩を竦める。
「その割には適当に放っているな」
 彼の言う通り、ドイルフーラの砕けた剣はその柄の部分を穴だらけの橋に放りだしていた。
「全力についてこれねえようじゃ、愛想も尽かすってもんだ」
「……武器のせい、だと?」
 険が籠らなかったのは、どこかその言葉に納得してしまったからだろう。事実この鬼は戦闘不能になったわけではない。新たな獲物を得れば当たり前のように破壊をまき散らす事だろう。むしろ、獲物すら必要とはしないかもしれない。
「いやこっちの負けさ。今日は充分に楽しんだ。仕舞いだ仕舞い。」
 胡坐をかいて鬼は手をひらひらとさせる。
「獲物を選んだのは俺、それで挑み、砕かれた事実は変わらねえ。
 それによ、テメエももう一回同じ事できんのか?」
 ニヤリとふてぶてしい笑みからの問い。祖手に対する答えはNO、だ。
 「絶の一技」に二の矢は無い。前も後ろも無く、ただ今この場において己が力の全てと化すための技。通れば砕き、通らねば己が砕かれる。純粋にして残酷な、放てば結末へ直行するしかない無謀なる一撃。
 故にザザも同じ破壊をもう一度再現しろと言われても今この場では不可能だった。
そう、仮にこの鬼がやる気になれば、自分の敗北は充分にあり得る。
 それを見抜かれまいと闘志を消さず、姿勢を崩しても臨戦態勢であったと言うのに。
鬼は呵呵と笑い、集まる者達の視線を集めながら立ち上がる。
「また戦ろうぜ、獣」
「……俺は、先を目指す」
「ハ、なら背中に怯えるこった」
 今は下に居てやると、プライドを見せずにただ戦いの快楽に身を浸す鬼の言葉に獣と呼ばれた男は小さく身を振るわせる。
 そして、そのやり取りを一部始終間近で見ていた雷次もまた、身に襲う震えを堪えていた。
 これがこの混沌とした町で名を馳せる者達であるのだ、と。
 ダイアクトーの暴風の様な破壊、ドイルフーラとザザが見せた暴力に技を乗せた絶技、そのどちらも自分が前にして対抗できようか。
 気がつけば、近くの誰も彼もが彼らのやり取りに耳を傾けていた。そしてその反応は二種類に分かれている。
 片方はその姿をじっと見つめ、まるで己を確かめるかのように手を握り、身を奮わせる者。
 もう片方は視線を逸らし、どこか抜けたような笑みを洩らす者。
 そのどちらともが己から同じ問いを突き付けられているのだろう。
 即ち、その高みに己は到れるか。
 果たして自分はそのどちらに属するのか。
 鏡の無いこの場で確かめようもない。が、願わくば前者でありたいと声なき声で呟く。
「っと、ダンナを追わないとな」
 場の膠着を壊さぬように、足音を殺して雷次は欄干から川へと身を躍らせる。
 その緊張から脱してしまえば、ふと虚無感が胸に溢れて来た。なんというか、おいて行かれた気がしたのだ。
「ちゃんとやっているつもりなんだがなぁ」
 今回はひたすら引っかきまわされた事もあり、その言葉にもどこか自信が無い。為すべき事は為した。手抜かりが無いと言えば語弊はあるだろうが、情報も行動も限られた環境下で充分なバックアップは為しただろう。
 それでも、ようやく合流した護衛対象はまた行方知れず、更には高い壁を見せられて少々気が迷っているようだ。
「さっさと合流したいもんだが」
 と、川面へと近づこうとした雷次の頭にこつりと小さな衝撃。驚いて振り返れば橋の真下に張り付く影。
「おいおい、アンタはどこまでも、だな」
 苦笑い。一見しただけなら女性二人に両脇を固められている色男の図。
 アインとクセニア、そしてヨンは橋の裏に張り付くようにしながら、緊張を漂わせているのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「どういう、こと?」
「そのままの意味さ。元々俺はヨンを始末するつもりはなかったからな」
 あれだけの勢力を引きつれて何を言うのだろう。普段表情に乏しいアインが眉根を寄せる様を見て、クセニアは喉で笑う。
「有象無象をかき集めて運用したほうが突発的な事故は少なくなるだろ?」
「……確かに、そうだけど」
「それに、俺が敵なら雷次を呼びとめさせるなんてしねえぜ? 不利になるだけだろ?」
 此方へと近づいて来る雷次へ視線をやり、アインは黙考。
「そうかも……だけど」
「で、クセニアさん、あなたの要求は?」
「いや、もう充分にやらかしたし、これ以上は暴動だなんだってこっちが賞金首にされそうだしな。そろそろ終わりで良いと思っただけさ」
 気楽に言うもヨンとアインの、そして近づいてきてその言葉を聞いた雷次の表情は硬い。
「本当なんだけどねぇ」
「……報酬を要求された方が、まだすっきりする」
「同意します。あの聖水の雨にしろ、弾薬にしろ、出費はあったはずですからね」
「そのあたり立て替えてくれるのかい?」
 流石に即答はできない。彼女が結果的に何人引きつれていたのかも定かではないのだ。
「いいよ。立て替えてあげる」
 新たな声にクセニアは銃を向ける。
「ああ、やっぱりアルカさんでしたか」
『……増えた』
 アインと雷次の声がハモるのをヨンはばつが悪そうな顔で聞き流す。
「やー流石に路面電車の線路破壊されたら放っておけないからねぇ。間もなく橋の上から撤収させて緊急工事にゃよ」
「で? 立て替えてくれるって話は?」
「うん。迷惑料的感じかな。クセニアちんだっけ? 君のお陰で無秩序な行動がかなり抑えられたしね。不満が出ない程度の報酬は払うにゃよ」
「そいつはありがたい」
「……迷惑料って、そもそも管理組合が始めたようなもんじゃねえか」
 雷次が先ほどからの苛立ちも交えて不服そうに呟くのを聞き、アルカは苦笑を見せる。
「あちしらは管理すれども統治せず、がモットーにゃよ。町の保全に支障さえなければ殺人だろうが知った事じゃないにゃ。行政、司法、立法のどれも有していないんだから」
「……橋と線路が破壊されたから、出てきた?」
「そう言う事になるにゃね。まー、予想したよりも小さな被害で良かったにゃよ」
「あれで、かよ」
 クロスロードの建材は見た目より遥かに強固だ。窓ガラスも鋼鉄並み。性能だけ見ればシェルターとタメを張るかもしれない。そんな町をあれだけ破壊して「小さな被害」とは。
「一区画くらい吹き飛ぶかなーとかこっそり警戒してたんだけどね」
 笑顔で物騒な事を言う猫娘。
だが、あれだけの人と火力が集結し、ドイルフーラとダイアクトーのような化け物が交じっていたのだから、決して悲観的な予測ではないのだろう。
「アルカさん。貴女は一体何がしたかったのですか?」
「あたしはなにも」
 すっと目を細め、チャシャ猫の笑みを作る。
「管理組合のアルカが望むのはこの街の存続だけにゃよ」
「……じゃあ、この馬鹿騒ぎが町の存続に必要だったって言うのか?」
 雷次の刺すような問いかけにアルカは肩を竦める。
「必要かどうかは知らないにゃ。でも町は選んだ。あたしらは町の存続のため、被害が最小限になる調整をした。そう言う意味にゃ」
「……町が、選んだ?」
「賞金首システムによる吊るし挙げ。こんなの管理組合がどうこう言う前に町の住人が止めるべきにゃよ」
 それは確かに正論だろう。が、
「そうなると思えない」
 アインの言葉にアルカは笑みで問う。
「どうして?」
「実感が、無い」
 雷次はその意味を考え、当事者以外の事だと察する。
 確かに実感はない。当のヨンからすればとんでもない話だが、自分一人がいきなりターゲットとして町中に狙われるというビジョンが描けない。この騒ぎが始まる前までは。
「じゃあアンタはヨンをダシにしたってわけか?」
 クセニアの機嫌悪そうな言葉。アルカは表情を消してほんのわずか背後を振り返る。
「あの人が関わってなきゃ別の手段もあったんだけどね」
 言われて初めて気付く。美しい女性が中空に立ち、微笑んでいる事に。
「レヴィ……さん」
「ふふ。ヨン。随分と憔悴してるわね」
 主犯とも言える存在の登場にアインと雷次も身構える。
「酷い目に遭いましたよ。
 ……これで満足なんですか?」
「あら、勘違いしないで。私は貴方の事が大好きで、あなたが苦しむ様を見たがっていたわけではないのよ?」
「……それは、酷い言い草」
 アインの言葉に嫉妬の神は笑みを濃くする。
「ったく。
ワールドエラーNo3、レヴィアタン。できるなら封印しちゃいたいんだけどね」
「あら、できるならどうぞ?」
 できない、と、このクロスロードでも頂点の力を持つと目される少女は無言で認めた。その事実だけで息を飲むに充分だ。
「今回はもう閉幕にして欲しいんだけど、いいかにゃ?」
「結構よ。これ以上いとしい使徒に憎まれたくはないもの。私が欲しいのは嫉妬だけだから」
「……私は、これで良かったのですかね?」
 ヨンの、どこか自嘲したような言葉にレヴィは慈母の笑みを浮かべる。
「貴方が貴方のままで居ることが私の望みだわ。
 変に意識して委縮なんてする必要はないの」
「その要求に今回の一件はそぐわないと思いますが?」
「いいえ? 今回の件、私は止められたけど、私が始めたわけじゃないもの」
 レヴィの言葉にヨンは驚きの表情を見せて、それから少し間を空けてこめかみを押さえる。
「それは詭弁では?」
「でも事実よ。
ねぇ? ケルドウム・D・アルカ?」
 話を振られた猫娘はやや嫌そうな顔をしながらも、しかし表情を改めて
「事実にゃね。
あたしは別に望んでいない。
これは今回でなくてもいつか起きた事件で、ヨン君は絶好の火種だっただけにゃ。
 火種の周りに可燃物をばら撒いたのは間違いなくこの人だけど」
「……だから、止めずに、制限した?」
 アインの追及にアルカは頷く。
「ヨン君には悪いけど、君はこのクロスロードでも結構な実力者で、しかも支援者も多い。だから一方的なリンチにはならないし、実際ここまで事を運ぶ事が出来たにゃ」
「ひっでぇ話だ」
 クセニアが吐き捨てるように呟くのを少女は苦笑で応じる。
「あたしら管理組合は次の段階に移行しようとしているにゃ。あたしらは本当にただのインフラ管理組織になり、この街をこの街が生んだシステムで管理する。そのための橋渡し段階にね」
「言わば、革命戦争みたいなものってか?」
「あたしらには大きな敵がいる。だから内部で流す血は少ない方が良いにゃよ。
 明日にはちゃんと肩を並べて戦えるように、ね」
「私は、これからも嫉妬されるんでしょうか」
「私の有無に関わらずにね。でもクロスロードに措いてそれは決してデメリットだけではないわ。
 当然知っているわよね。ターミナルにおける力の原理を」
 端的に言えば『自己認識』『世界認識』そして『他者認識』。
「この世界では隠者は強者になれないわ」
「……私は……」
「そんな物を望んでいない? そうかもしれないわ。
 でも貴方が望む事を為すために、あなたは力を欲する。そうでしょ?」
 分かった口を叩かれて、しかしヨンは黙り込む。
「ふふ。私は楽しみにしている事があるの。
 貴方が人々の嫉妬すら霞む存在になるのではないか、って」
「それは……『試し』?」
 別の『試し』を突きつけられたアインの問いにレヴィは目を細めた。
「ええ、そう。道の極みには嫉妬は寄り添わない。そこにあるのは畏敬のみよ。
 ヨン、歪んだ英雄、羨望者。
 貴方が嫉妬する誰かの背を貴方は越えるのかしら?」
 その言葉を最後に、レヴィは闇夜に解けるように消えた。
「……勝手な事を言うな。流石は『神』 ってコトか」
 クセニアが重い息を吐く。なんだかんだその威圧感に反抗する気力を奪われていた。
「それで、これからどうします?」
「君たちが良いならあちしが明日まで匿うにゃよ。
 報酬については先ほどの通り。クセニアちんには費用を支払うし、それとは別に迷惑料、って言うのも何だけどそれなりの額を支払うにゃ」
「……ま、俺としたら異論はねえな。結果的にヨンの護衛は成功って事だし」
「……私も」
 雷次とアインが応じ、クセニアもややあって頷きを見せる。
「ま、こっちもケジメ付けられるならありがたい限りだしな」
「ヨン君は?」
「皆さんが納得して、異議もないですよ。
 レヴィさんとも話はできましたし」
 とはいえ、その言葉は重く、呑み込めてないという空気が確かにある。
「まぁ、神なんてどこの世界でも勝手気ままなものにゃよ。
 応えるのも知らん顔するのも人の自由にゃ」
 猫娘はそう言ってパチンと指を鳴らして術式を発動させるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 結局、三日間の鬼ごっこはヨンが逃げ切った形で終幕した、という事になった。
 三日目の昼ごろからは見切りを付けた者達は解散。諦めきれない男達が醜態を晒し、この一件について住民たちは色々と考えされられる事となった。
 橋と線路の復旧はセンタ君達総がかりでその日のうちに完了。翌日には何事も無かったかのように路面電車が走っていた。
 律法の翼からは管理組合への抗議文が向けられ、その文面は一般にも公開された。
 無法が齎した事件。
 端的に言えばそれを語った文面もまたしばし住民の会話の中心に収まった物の、結局は大きな進展なく日々を取り戻す。

 しかし、律法の翼とHOCはこの一件以降、そのメンバーを爆発的に増やす事となった。
 これが後に何をもたらすのか、未来の見えぬターミナルで知る者は居ない。

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 というわけで、これにてinv28 「Vampire hunt」は閉幕となります。
 ヨンさんには色々とワリを食わせてしまいましたが、クロスロードの転換期の、その始まりを刻めたかな、と思います。
 報酬としてはアルカよりそれぞれに10万Cずつ渡されることになります。
 ザザさんにも案内が行きますが、受け取るか拒否するかはご自由に。
 また必要経費としてクセニアさんには別途支払いがあります。

 では、次のシナリオもよろしくお願いします。
 片方は硬いシナリオになりそうなので、お馬鹿系やりたいなぁ……(=ω=)

PS、ルールに従い、ザザさんの絶の一技を見た者は習得可能となります。
  またヨンさんは『ステージU』を覚える事が可能となります。
  『ステージU』は能力値に関わらず習得可能な『ステージ』です。
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