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【inv28】『Vampire hunt』
『Vampire hunt』
(2013/03/01)
「面倒な事態、とは?」
 ルティアの問いかけに、アルカはやれやれと言った感じで1枚の紙を差し出した。
「手配書……? これは……」
「確かに面倒ね」
 横から覗きこんだフィルが腕を組んで嘆息。
「管理組合の設定した『賞金首制度』への問いかけにゃね。これは」
「……本人たちには全くそのつもりは無いでしょうけど……。
 で、どう処理されるつもりなのですか?」
「もちろん管理組合からの付加金は0にゃよ」
「……受理するのですか?」
「今まで受理しなかった事例は無いにゃ。だってあくまでこれは賞金首の看板に紙を張る行為に過ぎないんだから。あちしらは単なる看板」
「ですが……」
「あちしらは司法組織じゃない。あくまであちしらが金額を足すのは管理組合として不都合があるから。金を出す人間は別にいるんだからそこから減額はできないし、もしあちしらが拒否しても金が消えるわけじゃない。そうしたら最後、この賞金首システムとは別の、暗殺者を雇うだけの仕組みが生まれるにゃよ?」
 淡々と述べる猫娘の言葉にルティアは言葉を喉に詰まらせた。
「でも、これを受理してもそう変わらない気がするけど?」
 フィルの問いかけにアルカは「だねぇ」と呟いて頬杖を突く。
「まぁ、彼の言動にもいろいろ火種はあったかもしれないけど、それを爆弾に変えたのは彼女の方という事実もあるわ。
 あと、これを単純受理した場合、律法の翼とHOCがどう出るか分かった物じゃない」
「それに、依頼人がこうも大人数だといつもの方法を使うわけにもいかないしねぇ〜」

「いつものほうほう?」

 空気が固まった。
 猫娘は「あ、やば」という顔をし、酒場の女将は頭を抱える。
「アルカさん、どういうことですか?」
「え、ええとにゃね、ほら、うん、まぁ」
「……」
「アルカ、諦めなさい。
 そうなったルティアが赦してくれるはずが無いわ」
「……金さえ払えばだれでも排除出来ると思ってる馬鹿は裏の部隊使ってさくっと始末したりしてたり☆」
「……」
 部屋の温度がぐんと下がった気がする。
 時間すらも凍りつかせそうな沈黙の後、有翼の少女は悲しげにため息をついた。
「気を使っていただけるのはうれしいですが、私とて子供ではありません。
 負うべき物は負います」
「うん。ごめんね。
 ……ま、その辺りも後で話すにゃよ。それも動かそうと思ってるしねぇ」
 一拍の間を置いてアルカは続ける。
「まー、一つ案はあるんだけどね。
 やっていいものかどうか」
「……もう5年経過しているのよね」
 フィルがポツリ呟く。
「クロスロードの掲げる『無法』は様々な世界、種族に単一の法律が適用できないからだわ。でも、この5年で形成されたルールは確かに存在する」
「……それをいっそ法律にする、ですか?」
「法律と言えばカドが立ちそうだし、今まで管理組合が忌避していた司法権や行政権を持つ事になるわ」
「もうこうなると持っても大きな文句は出ない気もするんだけどね。
 まー、持てば自滅するのが目に見えてるんだけど」
「ええ。何か適切な言葉でもあれば良いのだけどね」
「にふ。あちしもそういうものはそろそろ必要だと思うし、その一例になるんじゃないかなって思ってるにゃ」
「それで、どうするつもりなのですか?」
 ルティアの問いにアルカはにっこりと笑った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 3の月1日。
 下記の者に賞金が掛けられたが、管理組合としては功労を認める者であるため、賞金を掛ける期間を3日間とし、それを過ぎた場合には以後、管理組合への多大な妨害行為のない限り3年間は賞金を受け付けぬ物とする。
 またその場合、掛けられた賞金は掛けた者へ5割返却とし、残り5割は3日間で発生するであろう被害への補てんとする。
 また、

 これまでになかった文句の添えられた賞金首の告知。
 その対象となったのはHOCの代表にしてクロスロードの多くの(幸薄い)男性に憎悪を向けられる男。ヨンだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけでヨンさんの許可も貰ったのでヨンさんをめぐる熱い戦いをやってみようかなと。
 まぁ、それはついでで、本題は前述の通りクロスロードは転換期を迎えつつありますというお話です。
 参加者の皆さまはヨンを襲う側、守る側、自由に選んで構いません。
 昨年の百鬼夜行祭りの二次会のノリでクロスロード屈指のヤバい連中が乱入してきますので張り切ってまいりましょう。
『Vampire hunt』
(2013/03/18)
「どこに行くつもりだ?」
「ああ? 別にどこだって良いだろ?」
「隊長の命に背くつもりか?」
「はっ。折角面白そうな獲物が出たんだ。どうして無視できる?
 それにあれはれっきとした賞金首だじぇ? 律法の翼として何の問題がある?」
 天井に頭が付きそうなほど巨大な鬼が凄むのを、その女性は少しも臆することなく睨みつける。
「貴様は何を聞いていたのだ。
 此度の件、そもその法に問題があるのだ」
「悪法もまた法なり。人間の言葉だろう?」
「そういう言葉ばかり覚える。とにかくだ、あれに手を出す事は許さん」
 僅かにも退く素振りが無い。それを見て鬼は言う。
「今さら言うのも何だがよ。俺様は総隊長の強さに敬意を表しているだけで、この組織の理念なんざどうでも良い。強いヤツと殴り合える方を優先する。
 総隊長にはまだまだ勝てそうにないからな。そうでもしねえと何時まで経っても達しねえ」
「そのためならば我らを敵に回すと言うのか?」
「ハ、俺も今のところその「我ら」の1人のはずだがよ。
 そう言うつもりなら別に俺は構わねえぜ?」
 ぞろりと抜かれた大剣はとてもではないが建物内で振れる物ではない。が、この鬼の膂力であれば天井や壁を砕いて刃を届かせる事も可能だろう。
「やれやれ、ドイルフーラ隊長は相変わらず血の気の多い」
 二人の視線がゆっくりと解かれ、建物の奥から現れた男へと向けられる。
「よう、総隊長。ちょっくら抜けさせてもらうぜ」
「今回は抑えてもらえないか?」
 言いながら男は一枚の紙を振って見せる。
「アァ? そいつは?」
「君が今から狙いに行こうとしている者からのでね。休戦協定と言うべきだろうか」
「……意味がわからねえな。受けるつもりかよ」
「勿論だとも。これが無くても彼に手出しをするつもりは無かった。君は聞いてくれなかったようだがね」
「……それで、アンタに何の得がある」
「意外と貴重なのだよ。力を持ちながらも傲慢で無いというのは。
 そう言う者は共に道を歩んでもらいたい」
「ハ、じゃあ俺様は不要ってことだな」
「必要だとも。賢いだけで世界は回らない。君はそういう局面の人物だよ。
 ただ、今回は頭を使うべき局面だ。控えてはくれないだろうか?
 いや、むしろそうだな……」
 総隊長───ルマデアは少し考える素振りをしてから鬼へとある言葉を告げたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「にゃ? そんなの知らないにゃよ」
 ザザの問いかけにアルカはきょとんとした顔を向ける。
「吸血種のデイウォーカー、来訪者の中では中高レベルくらい。
 ヒーローの組織作ったり、いろんな組織と渡り作ったりって顔が広い子。って位?
 どっちかと言うと毎度コンビでウロウロしてるザザちんの方が詳しいんじゃないの?
「俺が聞きたいのはクロスロードに来る前の話だ」
「……あ、あー。ザザちん、勘違いしてるよそれ。
 それあたしじゃない」
「ぬ……?」
 ザザは眉根を寄せ、それから記憶をまさぐり、あ、と小さく声を洩らす。
「うん。アルルム・カドケウと名乗るあちしのそっくりさんがヨン君のお知り合いにゃよ」
「……じゃあ、あんたは何も知らないのか?」
「今語った事くらいかなぁ。
 あ、そだ。1人、あの子と同じ世界の出身者、知ってるにゃよ」
「ほう?」
「まー、お勧めしないけどね。場所も場所だし」
「……特殊な人物なのか?」
「うーん。まぁ、珍しいタイプの子ではあるにゃよ」
 そう前置いて示した場所は、確かに予想外であった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 集まっている面子を眺め見てクセニアは鼻を鳴らす。
 クロスロードにおける探索者は大きく4つに分類されると言われている。
 1つはクロスロードを拠点とし、その周辺で依頼をこなす者。
 1つは未探索地域へ赴き、地図を広げる者。
 1つはコロッセオや各組織を軸として活動する者。
 そして最後の1つは賞金稼ぎである。
 無論このうちいくつかを兼ねる者も少なくないが、大体はそのいずれかに分類された。
 さて、今回の騒ぎは少々趣が異なる。というのも、賞金首とあれば賞金稼ぎの独壇場であるはずなのだが、その他の探索者からの関心も高い。何しろ賞金額がおかしい上にそれなりの有名人に賞金が掛けられたのである。
 名前だけは知っていても彼を良く知らない者はあっさりと賞金につられ、しかし実力にそれほど自信の無い者はクセニアの呼びかけに集まっていた。
「さて、と」
 彼女が用意したのは水鉄砲。吸血鬼は流水に弱いと言う事なので結構な威力になるのではないだろうか。と本気で考えているわけでもない。
 賞金が得られれば文句は無いが、かと言って顔見知りが不慮の事故で死ぬのも面白くない。というわけでやる気のある有象無象を集めてみたと言うのが一つの思惑だ。握らせるのが水鉄砲なら無関係の者への被害も抑えられる。
 そこまで考えてクセニアは眉根を寄せた。
 目の前には集まった者達の余りにも締まらない笑顔がある。相手は吸血鬼とはいえ、クロスロードに住む住人。しかも凶悪犯罪者で無い事は皆知っているはずだ。
「あいつが本気になれば、半分くらい、軽くブチ殺されるってのに」
 それだけじゃない。恐らくはヨンに協力する者も居るに違いない。事の発端になった女性関係。それは全てがと言うわけでは無いものの彼の有する戦力と置き換えても間違いではない。仮にヨン自身にそれほど害意が無くとも、彼を守ろうとする者まで容赦してくれる保証は無い。
 その結果、生まれた被害は今度こそ彼の立場を悪くするのではないだろうか?
「確か、この件で逃げ切れば3年程賞金かけられなくなるんだっけか」
 主目的は失敗したから諦めると限らない連中への処置だろうが、二次的な恨みを晴らす手段を封じたとも考えられる。
「有名税、有名税、ねぇ」
 これまでどうしてこのような事態が発生しなかったのだろうかとも思う。特に金を持っている連中なら好き勝手賞金を掛けて殺しに掛かる事も可能だろうに。
 もちろん繰り返せばそいつに賞金が掛かるだろうが……
「どうなってんのかね、ホント」
 ともあれ、そろそろ体を動かさせねば勝手な行いを始める者も出てきかねない。
 そう判断して思考を打ち切ったクセニアは、肩に何かが当たったのを感じ、次いで襲いかかってきた突然の悪寒を疑いもせず回避行動をとる。
 次いで発生したのは地面が砕かれる音。
「なっ!?」
「ちぃ、避けるなっ!」
 軽くクレーターを作っておきながら避けるなもあった物で無い。避け無ければ間違いなくミンチになっていただろう。
「だ、ダイアクトー!?」
「そうよ! お前らがあたしの獲物を狙う馬鹿どもね!」
 どういう意味だと混乱する頭。自分がここにいる理由を思い出して舌打ちする。
「あいつがあの仮面の男をの手掛かりと知って消そうだなんて許せない!
 あの男を殺すのは私、そうこのダイアクトーよ!」
「ハァ!? 仮面の男って、なんの……」
 てっきりヨンの事かと思えば別人を指す言葉が……あ、いや
「まさかこいつ、Vとかいうのがヨンの変装って気付いてねえのかよ!?」
 声も仕草も変えて無いあれを変装と呼んでいいのかすら悩むところだが、詰まる所そう言う事だろう。となれば、
「ダイアクトー様が直接手を下すまでもありません。有象無象は我々が」
「ふん。いいわ、でもさっさとなさい!」
「はっ」
 黒服が恭しく頭を垂れてから此方へと向き直る。
「チィ!」
 物凄い違和感を喰らいながらも銃を構える。それにおじけることなく黒服が突進。打ち放った銃弾をなんと拳で弾いて詰め寄る。
「嘘だろオイ!?」
 体を後ろへと運びながら標準を合わせようとした時には男は目の前に居た。裏拳で銃口を叩き、外に弾きながらもう片方の手が
「っく!?」
 クセニアの逸らした首の横をかすめ、髪をぶちぶちと数本持って行った。
「避け続けろ」
 囁きに、思わず敵意をむき出しにした言葉が放たれかけるが、男のラッシュがそれを許さない。
 クセニアが避ける事ができる速度でのパンチ。完全に実力負けしている事を悟りながら、当たれば痛いで済まない打撃をかわし続ける。
「貴公の目的は打倒か、保護か?」
「っ! 何が言いたい!」
「こちらと彼を失うわけにはいかんのでな。またダイアクトー様の機嫌が悪くなる」
「そう言う事かよ! で、俺にどうしろってんだ!?」
「意志確認をしたかっただけだ。それから有象無象の意志を折る」
 男の速度が上がり、肩を回すように叩かれる。体ごと巡る視線の先で、集まっていた者達が別の黒服に蹂躙されていた。
「大層な人気っぷりだな、オイ」
「ふん。おかげで戦闘員のやる気がだだ下がりだ。最後には彼に痛い目に合って貰わねば割に合わん」
 ドンと突き飛ばされる。音は派手で、飛んだ距離も凄まじいが痛みが一切ない。恐ろしい技の冴えである。
「こちらだけで無い。妖怪連中も組する方向らしい。一つ間違えれば内戦になりかねん。
 立ち周りには注意する事だな。それからこちらが引き揚げるまで寝てろ」
「そうは行くかよ。こっちにも面子ってもんがあるんだ」
 跳ね起き様に発砲。黒服は即座に反応して身を屈めるが、左肩に1発貰ってのけぞる。
「っく! 手間を……!」
「てめぇがやる気なさそうに攻撃してきたから様子見しただけってのに、言いたい事言いやがって! そうでもなきゃ誰が懐に入れるかよ!」
「ふん……だが、一人で我らを退けるつもりか?」
 見れば周囲の者は散らされ、数人の黒服がこちらに近づきつつある。
「チ、仕方ねえか」
 流石にこのレベルの相手が複数人というのは勝ち目がない。クセニアは忌々しそうに舌打ちしてその場を去るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「というわけで、首頂きますね?」
「勘弁してくれると嬉しいのですが」
 鉄杖を向けた雷次にヨンは苦笑を浮かべて応じる。
「もう少し慌てないもんかね?」
「いえ、まぁ。ここで暴れると私をどうこうする前に貴方が消し飛びますし」
 ヨンの視線を追えば皿をみがいている店長の姿。この店のオーナーにして、管理組合副組合長の1人、フィルファフォーリウが居る。
「こんなところに篭城か? って思ったが、確かにおっかねえな」
 とりあえず狙撃に対処するため、カーテンを締めて回っていたエディが正面の席にどかりと座る。
「で、実際どうするんだ? フィルさんから蹴りだされないうちに方針決めんとまずいだろ?」
「護衛者を募ってなるべく見つからないようにするのがベターですかねぇ」
「賛成です。とはいえ、建物内だと爆発物仕掛けられるとアウトですし、クロスロードって狙撃地点多いんですよね」
 銃使いの一之瀬がスコープを弄びながら言う。
「建物は多いし、道は結構開けているし。町のサイズに対して人口密度はそんなに高くないですからね。
 あと車などの高速移動物が少ないのもポイントです」
「おお、流石は専門家ですねぇ」
 ブランが世辞っぽい称賛を贈る。
「一応面識のある各組織には手出しを避けてもらうようにお願い状は出しておきました。
 応じていただけるのであれば、フリーの探索者以外は敵に回らないと思います」
「それは楽観視しすぎではありませんか?」
 ブランの言葉をヨンは否定しない。
「何よりもあの律法の翼が応じてくれると思いませんよ。ヨンさん、個人的に恨まれていそうですし」
「恨まれる……ような事をした覚えはありませんが、対立は随分としてきましたからね。あの組織に対しては運が良ければと言うレベルですよ」
「穏健派の方にも送ったのか?」
「ええ。あちらは多分こちらの味方をしてくれると思うのですが」
「同感だ。俺も後で顔を出しておこう。お前のところの組織の非戦闘員が人質にされるような事があると厄介だし、護衛を頼むのも悪くないだろう」
「……そんな非道な真似をする人が居ると思いたくないのですけどね」
「そんな甘い町じゃありませんよ」
 ブランがしたり顔で言う。しかしこの異世界は犯罪者を含む元の世界に居場所を失った者にとっての新天地であるのも事実だ。かなりの数の犯罪者がこの街の闇を蠢いている。
「まぁ、俺も同意だ。むしろ何しでかすか分からん面子の方が圧倒的に多いだろ」
 雷次も同意の言葉を示すと、ヨンは苦笑いを浮かべた。
「どう転んでも3日間、なんとかしないといけないわけですし、転々としながら対処し続けるしかないですかねぇ」
「お前が本気で逃走したら護衛しながら付いていくなんて不可能だからな?」
 エディが呆れたように突っ込む
「ですけど、まぁ襲撃までは同行して、襲撃者が現れたらボクらが対応、ヨンさんは逃げて後で合流というのはアリではないでしょうか?」
 一之瀬の発案にエディはしばし考えて「まぁ、3日ならそれで凌げるかもな」と言葉を洩らす。
「もうしばらくはここに居るのか?」
「ええ、エディさんはどこか行くのですか?」
「律法の翼はともかく、ヒャッハーズの動向は知っておきたいからな。
 純粋な火力ならあいつらは律法の翼並みにやばい」
「なるほど分かりました。念のために集合場所をいくつか決めておきましょう」
「本格的な賞金稼ぎがどう出るかが一番読めん。無茶はするな」
「そうですね。下手に戦闘を始めたら、ボクならそのタイミングを横取りしますし」
 流石のヨンも目の前の相手をしながら、前周囲の狙撃に対応するのは不可能だ。
 こくりと頷きエディを見送ると、天井を見上げる。
「ったく、レヴィさんはどんな顔して見てるんでしょうかね、コレ」

◆◇◆◇◆◇◆◇

「……歩くだけでフラグが立ってしまう生活のどこが羨ましいの?」
「羨ましいに決まってるだろ!?」
 マジ切れされてアインはぱちくりと瞬きをしていた。

 賞金を掛けたメンバーのうち、3日間という特別ルールが制定された事を受けて自ら行動に乗り出した面々が居ると聞いたアインは彼らの元を訪れていた。

そして、手当たり次第に彼らの心をズダズダに引きさいていたりする。
「くっ、ま、まさか貴様、ヨンの手先かっ!?」
「俺達の純粋な心を踏み躙るとは何と言う鬼畜な行い!?」
「く、くそぅ! かわいい子に声を掛けられてちょっと期待した純粋な心を返せ!」
 彼らの発言の意味をさっぱり理解できないアインは困ったように周囲を見渡す。
 数秒の沈黙。
 それからアインはおもむろに口を開く。
「……そんなだから、かと」

「「「「「「うわーーーーーーーーん」」」」」」」

 全滅。
 しかし自分の戦果を全く理解せぬまま呆然と彼らの背を見送ったアインは、どうしたものかと空を見上げる。
 と、不意に影が彼女を覆った。
「何をしてるんだ、お前は?」
「……ザザさん」
 大男のあきれ顔をしばし見つめたアインは「事情聴取……?」と疑問符混じりの答えを返す。それに対し、ザザは目を閉じてため息一つ。
「ザザさんは、何をしに?」
「俺が用事があるのはそっちだ」
 視線の先には巨大な建物一つ。即ち大図書館の姿がある。
「……ヨンさん、来てないっぽいけど?」
「いや、俺が用事があるのはここの地下に居る人だ」
「地下……?」
 数ヶ月前の大掃除を思い出しアインはほんの少し億劫な顔をする。
「何か作って貰う、とか?」
「いや、純粋に話を聞きに、だな。
 ヨンの同郷の者が居るんだ」
「……ヨンさんの?」
 何を聞くのだろうと興味がわく。それ以上に誰だろうと。
 前回の大掃除の時にはヨンも一緒に居たが、それらしい話もそういう対応をする人も見かけた覚えは無い。
「何て言う人?」
「ティアロット」
「……また女の人?」
「まぁ、『また』ではあるな」
 本当に、呪いだけではなく女難の相がありそうだと肩を竦める。
「で? わしに何の用じゃ?」
 見れば人形のような綺麗な少女が訝しげに二人を見ていた。
「久しぶり、と言っておこうか」
「……うむ。で、何かの討伐にでも誘いに来たかえ?」
 フリルがふんだんに付いた甘ロリファッションで小柄な、本当にビスクドールを人間にしたような少女の口から老人のような古めかしい言葉が放たれる。
「手間が省けた。ちょっとヨンの事について聞きたくてな」
「ヨン……? ふむ。ぬしらもアレを狩るつもりかえ?」
 そんなつもりは無いとアインは首を振る。一方でYESともNOとも言わずにザザは問いを発する。
「あいつは何者だ?」
「吸血鬼、ただそれだけじゃろ」
「それにしては特異過ぎる」
「特殊な性格なのは違いないのぅ。されど特性はあれのせいだけでない。
 本当の元凶は神成りの方じゃ」
「かみなり……?」
「嫉妬の神の事か」
「然様。ヨンの生真面目は吸血鬼では珍しいがただそれだけ。デイウォーカーである事も吸血種の中でもある程度の年月を経れば当たり前の特性じゃ。複合的に奇妙なヤツじゃが、今回の事の発端はヤツにない。故にぬしの問いに対する問いはその程度じゃ」
「……そうか」
「もう、良いかの。用事があるでの」
「……今回の件について、か?」
 少女の翡翠色の目がザザを見上げる。
 それからアインを見て、ふむとため息じみた言葉を洩らす。
「ぬしら二人が揃って来るとはのぅ」
「……?」
「いや、良い。
 その件に関わるならば、くれぐれも気を付けることじゃ」
 そう言って少女は足音も無いままに、まるで滑るように去ってしまった。実際飛行魔法を使い続けているのだろう。
 どういうこと? と見上げるアインの視線に応じる言葉を持たないザザは、どうしたものかと瞼を伏せた。

*-*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--
というわけで次回から本格的に戦闘やらなんやらでしょうか。
すでにアインさんが何人かに心の傷を負わしていますが……w
まあ、まだまだプロローグ的な感じのところまでですし、時間から派手に参りましょう。
『Vampire hunt』
(2013/04/10)
「まぁ、当然の疑問よね」
 グラスを磨きながらフィルは嘆息。
 外は日が落ち、夕飯時とあって普段ならば大勢の客で賑わうはずの純白の酒場だが、今日は異様なほどにガランとしていた。
 無理もない。
 そこには今、話題を独占している人物とその協力者が居座っているのである。
 営業妨害甚だしいが、それに対して何一つ文句を言わないのは、彼女にも思う事があるからだろう。
 外から壁越しに感じる威圧感。それらが時間と共に増大するのを感じつつ、脱出計画を話合っていた彼らは、店長へと問いを向けた。
「あんたたちはもう古参って言っていい連中だし、町への貢献度も高いって認めているから教えるわ。他言はしないで」
 そう前置いて、しかしすぐに「それも余り意味は無いか」と苦笑を洩らす。
「今まで私怨の賞金が無かったか。そんなはずないわ」
「五年程でしたか。このシステムが成立して。
 確かに誰も思いつかないとは、到底思えませんねぇ」
「問題はそれをどう処理していたかって事だな」
 ブランの言葉を継いでエディが問いを向ける。
「大体は一言で済むわ。このシステムを単なる私怨に利用するのなら、それは町を維持するシステムへの害意と見做します ってね。
 計算ができる人なら大抵これで引き下がるわ」
 確かに賞金を掛けた結果、自分が賞金を掛けられては世話も無い。
「でも、今回だってそれで何とかなると思いますが?」
 ヨンの当然の疑問。
「今回そうできなかった理由は『個人』の『集団』が相手だったからよ。
 金を持っていて、それを維持できる人は計算ができる。余計な噂をまき散らして管理組合に睨まれ、商売しづらくなるなんて真似はしないわ。
 でも、今回は個人の集合。彼らに同じ警告したらどうなると思う?」
「……まー、ヨンさんの肩を持つのか!とかそんな恨み節全開でしょうかね」
 一之瀬の回答に隣で茶を飲んでいた雷次が苦み走った表情をする。
「そんな話を拡散されても困るってわけか」
「ついでに言えばヨンさんに憑いてる厄介な仕様のせいで、思考が暴走気味っぽかったからね。覚悟の上と言われてしまえばこんな脅し、全く意味を為さないわ」
「しかし……その理屈で言えば組織の捨て駒あたりが、金だけ持たされて賞金を掛けるって事はありえるわけですよね?」
 むむむと考え込んでいたブランが顔を上げて呟く。
「あったわよ。まぁ、その時には首を抑えに行くだけよ」
 さらりと返された言葉に皆息を飲む。
「ま、こんなでかい町に警察の一つも居ないんだ。当たり前と言えば当たり前だな」
 自分を納得させるかのように吐いてエディはカーテンの隙間から外をチラ見した。
 まるで立て篭もり犯を包囲する警察の様相だ。やじ馬と相まって、なんとも騒がしい。が、副管理組合長の店を襲撃しようなどと言う短絡的な考えの持ち主は流石に出て居ない。
 無論、店に入る事を規制しているわけではない。店の奥にはこちらを伺っている数名の来訪者の姿がある。先ほどの話は彼らに聞かれて大丈夫なのかとふと疑問に思ったが、彼らのわずかな表情の揺らぎ、それから目線を見て悟る。どうやら言葉が届いていないらしい。
「店内の空気くらい把握してるわ。その気になれば全員窒息させられるわよ?」
 にこりと営業スマイル。一之瀬など「ヒィ」と小さな悲鳴を上げている。
「まぁ、あんたたちがその「手段」に今の今まで出会っていないならそれに越した事は無いわよ。
 あたしたちの目的はこの街の日常を維持する事だけ。その邪魔をしていないって事だからね」
「心しておこう」
 本当に、心に刻むかのように雷次は頷き、
「しかし、聞いて良い物かわからんが、単純に維持するのなら、それこそ管理組合が法治すべきじゃないのか?」
 と疑問を向けると、フィルはやれやれと肩を竦めた。
「私達が作ったのは居場所であって安全でも平穏でもないわ。
 舞台が壊されないならばその上でどんな暴れ方をしたって知った事じゃない」
「それは……」と呟いて言葉を濁す。投げっぱなし? 適当に過ぎる? そのどちらの言葉もどこか違うようで一之瀬は続く言葉を飲みこむ。
「で? 今回の一件はその『舞台を壊す』に値しないのか?」
「悪いけど、元々予想されていたイベントに過ぎないわ。個人に対して起こったってのは予想外だけど」
「……どういう意味でしょう?」
「そのままの意味。何時か起こると予想された事件で、その起こり方が予想外で、しかも早かったと言う事よ」
 言ってやや間を置き
「これは管理組合に対して、将来的にこの土地を『故郷』と定めた者たちが起こすものだと考えていたって事」
 返された言葉をヨンは脳裏に反芻する。
「革命のようなもの、という事ですか?」
「ええ。管理組合は最初のステージの管理人に過ぎない。この『来訪者』だけの世界に対するね。
 でもいずれ『この世界の住人』の数は増えるわ。そしてそこに発生した思想や文化は現在の管理組合のあり方と相反する部分を必ず有している」
「え? でもだからって管理組合に賞金掛けるなんてしないですよね?」
 一之瀬が首をかしげるが、ブランが「違いますねぇ」とツッコみ、
「要するに無視できない人数が同一見解を以て、一つの思想を否定する。
そういう転換期を指しているわけですよ」
「その通りよ。この世界のもう一つの特徴。それは文化の共有者が少ない事。詰まる所、社会運動に発展し辛いってことね。それをなんともまぁ、ヨンさんはクリアしてしまったわけ」
「今回はヨンさんへの憎悪って形で共感が発生し、管理組合では御せなくなったって事か。なんともまぁ」
 雷次の呆れた声。きっかけ故に理不尽さを感じざるを得ないが、問題の有りようについてはなんとなくわかった。
「管理組合の立場上、表だって取り為す事はできず、裏からも手を回し辛い案件、と」
 エディのまとめにフィルは頷きを返す。
「ホント、こんな形で発現するなんて考えても居なかったわ。一発の銃弾が世界戦争を起こすなんて話が地球世界にあるらしいけど、それと同じなのかしらね」
「……理不尽さは消えませんが、管理組合のスタンスはなんとなくわかりました。
 それを踏まえてどうしますかね」
「俺はさっき言った通りシュテンのところとヒャッハーズのところを回ってくる。
 それ以外にヤバそうな組織って言えば後は律法の翼とダイアクトーだが……ダイアクトーはなんだかんだお前の味方だろうし、何故か囲んでいる連中の中に律法の翼は居ないようだ」
「一応諸所には手紙を出しましたが……返事を受け取れない状況ですしね。申し訳ないですけどお願いします」
「構わんよ。で、お前はどうするんだ?」
「……副管理組合長のフィルさんに頼り切ってクリアは許されそうにありませんから、脱出して別の潜伏先を見出すべきでしょうかね」
 ヨンが周囲を見渡すと、一之瀬と雷次は頷きを返す。ブランもややあって何故かワクワクしたような笑顔を浮かる。
「ちなみにヨンさん。今回のもう一つの元凶であるその神様は助けてはくれないのですか?」
「レヴィさんですか?
 ……期待しない方がいいと思いますねぇ」
 ヨンは深々とため息。
「確かあの姉ちゃん、この街でも反則な状態なんだろ?
 ……今回に限っては手を貸してくれても良さそうなんだがなぁ」
「彼女にとっては私が『嫉妬』の結果で死ぬ事は良しかもしれませんしねぇ」
 エディ言葉にヨンはその見えぬ姿を探すかのように天井に視線を彷徨わせる。
「とりあえず、俺が外に出て、いくらか引っ張る。
 その後にスモーク焚くなりして攪乱して脱出するんだな」
「それしかなさそうですね」
「一応お前さんの蘇生能力を利用して一回灰にでもして持ち出すって方法もあるんだがな」
「流石に切り札は残しておきたいですよ」
「ただ、僕らが味方していることはあそこで外と連絡している人達から伝わっていますし、応援でもあると良いのですけど」
 一之瀬が当ては無いかと問いかける視線を回すが、皆肩を竦めるだけだ。
「きゅーい?」
 ぬぅと皆の真ん中に巨大ハムスターが直立する。
「っと。ハム君どうしましたか?」
 くいと突き出された鼻先。口に何か咥えているのを見つけてヨンは受け取る。
「手紙か?」
 雷次が横から覗きこみ、最後の一文「女にも刺されないように気をつけろよ」という言葉に噴き出すのをこらえる。
「……ええ。クセニアさんからですね。ダイアクトーと話を付けてくれるそうで」
「あいつら数は居るから外を引っかきまわしてくれるならそれに越した事は無いな」
「……閉店時間までにはもう少し時間がありますし、それを待ってみますか」
「だったら俺は一足先に出てクセニアにも連絡を取って見るさ。
 フィルさん、弁当になりそうなの、テイクアウトできるか?」
「ええ。余り物でいいなら簡単に包むわよ?」
「ありがたい」
 動きだす時間は刻一刻と迫っている。
 一同は外を刺激しない程度に、しかし確実に逃走への準備を始めていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「祭りだな」
 純白の酒場を取り巻く人垣を見遣って巨躯の男は呟いた。
「大変そう。自業自得……とは言いづらいけど」
 続くように無感動な言葉が隣から発せられる。
「まぁ、あれに気にいられたのはヨンの元々の言動故だから、自業自得でないとも言えんだろう。で、お前はどうするんだ?」
「……別にお金に困っていないし、護衛に参加するつもりは無かった」
「金の問題だけか?」
「……他に何が?」
 人形のようなガラスめいた瞳はわずかに揺れ、何か言葉を探しているようにも思える。
「まぁ、仲間と言うには遠いのは確かだな。面識が他の連中よりもある、って位か」
「ヨンさんは面識が広すぎる。それも一つの原因」
「普通なら顔が広いってのは利点なんだがな。なんとも妙な宿業を背負うやつだ」
「それは同意する。
 ……それにしても、変な話」
 付け加えられた言葉にザザは視線を落とす。少女の視線は純白の酒場ではなく、それを取り囲む人々に向けられていた。
「……これだけの人がたった一人に注目している。変な話」
「まぁ、異常な状態ではあるな」
「賞金を掛けた人達はヨンさんに何かをされたわけじゃない。なのに殺意まで向けている。そんな異常な状態なのにやじ馬は見ているし、賞金が掛かったから彼を狙う人が大勢いる」
 まるでナレーションのように、抑揚の薄い声音が喧騒の中を縫うようにザザの耳に届く。
「一方で彼に協力する人も居る。とても変な光景」
 それは決して特異な感想ではないはずだ。だが、この場に居るどれほどの人が同じ感情を抱いているだろうか。
 異常。しかしその異常を異常であると声を荒げる者は少なくとも見当たらない。
 一週間もすれば、馬鹿な男たちの馬鹿な暴走劇。そんな言われ方で酒の肴になるだろう舞台に立つ者達は、今、確かに馬鹿な舞台のエキストラである。
「俺たちも何かの力の影響下にあるのかもしれないな」
「……それは無い。だって100m以上に広がっているのだから」
 果たしてそうだろうか?
 だが疑ったところで何が解決するわけではない。仮に全員に水をぶっかけたとしても、賞金という熱が冷める事はきっとないだろう。
「……この後、どうするの?」
「正直、事件には興味ある。が、ドンパチをするつもりは無いな」
「なら、協力して」
「何をだ?」
「……レヴィさんを探す」
 ある意味この事件の黒幕であろう存在の名を出し、アインは見上げる。
「なるほど。見つけられれば面白くはありそうだ。だが、あれは異常な存在だ。探して出てくるものか?」
「……多分、条件をクリアすれば出てくると思う」
「条件?」
「なんとなくだけど、絶対今の状況を楽しんでいるのだと思う。
 だったら、必死に隠れたりしない。或いは、ヨンさんが自分を探す事を一つのゴールにしているかもしれない」
「ありえない話ではないな。
 だが、ならばどこを探す?」
 ザザの言葉にアインは口を噤む。それを特定するほどのヒントは無い。むしろ今の言葉だってなんとなくの物だ。
「……どこにしようか」
 すっかり日が暮れ、しかし数多の明かりに輝く街並みを見渡し、アインは行くべき場所を考えるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「じゃあ行きますかね。フィルさん、ありがとうございました」
「死なない程度にね」
「ええ」
 彼らの動きを見てか、店内の監視役が一斉に動きを見せる。
と、その瞬間、外で騒ぎが起きた。
 何事かと店の外へ視線を飛ばす監視役を無視して一同はカウンターを越えて厨房へ飛び込む。
「きをつけてねー」
「きゅーい」
 勝手口を開けてくれたヴィナと手を振るハム君に感謝の言葉を告げて裏路地に飛び出す。
「こっちだ!」
 しかし、当然見張りは居る。が、その態は正面側の騒ぎに向かおうとして、つんのめったように見える。
「恨まないでくださいね」
 一之瀬の銃撃が一人の肩を捉え吹き飛ばす。ゴム弾とはいえまともに食らえば骨を折るくらいはある。もんどりうってミノタウロスが路地に転がった。
「こっちもだっ!」
 雷を纏わせた杖を鳩尾に叩き込み、悶絶させつつ敵の総数を確認。
「予定通りのコースが打倒と思われますねぇ」
 隣の家の屋根からひょいと飛び降りてきた白ネコがブランの姿へと変貌する。先に飛び出して周囲を確認してきたのである。
「ではみなさんよろしくお願いします。決して無理だけはせずに」
「勿論ですとも!」
「そこは頷くところか?」
 一之瀬の応じに雷次がつっこむ。
「その位で充分です」
ヨンは小さく笑みを零して言い放ち、走り出そうとしたところで一人の女性が身を低くすり寄ってくるのを見る。黒尽くめの身なりと動きは暗殺者のそれだ。
「っく!?」
手にあるのは光を帯びた刃。聖別されたそれが闇の中に滑る。
「気を抜くなよ。そこで」
ギンと裏路地に響く金属音。女性は体勢を崩し、ヨンは咄嗟に首筋へと打撃を入れて昏倒させる。
「クセニアさん、助かりました」
「こっちの祭りはぽしゃったからな。
これに間に会って何よりだぜ。表はダイアクトー一同が大暴れしてるぜ」
「……今度会ったら何言われるか分かった物じゃないですが、今は純粋に有りがたいと言っておきます」
「んじゃ、俺はあっちに混じってるから、また後でな」
「ええ、無理はせずに」
 ニュートラルロード方面へとふらり歩いていくクセニアを見送りながら、ヨンはひとつ頷き、薄暗い路地を疾走するのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけで更新遅めの神衣舞です。
気分が乗らないととことん執筆遅れるのがなんとも。
さて、次のヨンさんの居場所はサンロードリバー周辺から始まる見込みです。
それにしても、まぁ、基本的に皆さんヨン君に協力的でなによりです。
これで心おきなく。
あ、なんでもないです☆」

んではリアクションよろしゅう。
『Vampire hunt』
(2013/04/26)

ヨンたちのとった行動は別行動。即ち囮作戦である。
果たしてどれだけの相手が釣れるか。そんな事を脳裏に過ぎらせていた雷次であったが、周囲を取り巻く気配に苦笑いをする。
「例え1割しか釣れていなかったとしても……元になる数が多いということか」
 いきなりやり合ってバラす必要は無い。足に力を込めて路地の奥へと引っ張っていく。
「できれば後で合流出来ればと思ったが……甘いかね」
 いや、それでも決戦のような大きな戦いになれば必然的に目立つ。可能であればその時に足を延ばせる場所まで戻っておけば良いだけだ。
 気配とかずかな物音だけの世界。ロウタウンの夜はまさしく静寂の時間だ。全神経を見えない触手のように外に放ちながら雷次は思う。
「にしても、だ」と。
 あれほどの賞金額。大勢の憎悪。
 一体何事かと思えば、なんとうらやま……コホン。
「つーか、モテる呪いってなんだよ。それ、呪いでもなんでもねえじゃねえか」
 それでも口が恨み事を洩らす。
 正確には嫉妬の呪い。ヨンへの嫉妬の増幅と、その源である「羨ましがられるヨン」を形成する力。なんとなく女性関係が目立つようになり、その結果周囲の人間から「あいつばかり」という感情を向けられまくった結果がこの騒ぎと聞いた時には、思わず力が抜けそうになった。
「って、この感情もその一部なのかねえ」
 湧きあがる感情を一旦横に置いて、よくよく考えれてみれば、その結果数百人以上の敵に命を狙われているのだから流石に割に合わない。
 小さく息を吐き、錫場で床を叩く。
 スタントラップを置いて加速。少しずつでも脱落すればそれで構わない。
「なるほど、厄介な呪いだな」
 深く考えなければ最初に感じた「羨ましい」だけの呪いとも思えぬ呪い。しかし良く考えればとてもじゃないが変わりたいとは思えない厄介なシロモノ。
 複雑だねぇ。 
無音でそう呟きながら、雷次はその身を加速。前の路地から飛び出してきた相手を錫場で打ちすえて払う。シロウトの動き。その呪いに感情を操作されて戦闘のプロに殴りかかろうとする愚か者。
その愚かさを生み続けるのならば、確かに「恩恵」という言葉には程遠い。
一人の抜け駆けがあったからか、周囲を取り巻く気配が一つ狭まった気がする。
雷次はPBの地図案内を脳裏に浮かべながら戦いに適した場所を求めて闇を走った。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「見つけた……!」
 スコープの先に狙撃手の影。建物の屋上でうつぶせになり、置き物のようにピクリともしないその姿はお手本のようである。スナイパーならばそのまま丸一日動かないことすらありえる。接近を許せば死の可能性が跳ね上がるスナイパーにとって、一度決めた場所からターゲットを穿つまで動かぬことは当たり前だ。何よりも恐ろしいのは場所を悟られてしまう事なのだから。
 迷いを捨て、狙撃。
 一之瀬の放った銃弾は数百メートル先の長い銃身を確かに捉え、その衝撃に暴れ狂ったバレルがスコープに全神経を集中させていた男の顔をしたたかに打つ様を確認。
 そこまで見て一之瀬は即座に移動開始。殺したのならともかく、相手が存命なのだから、その銃の破損情報から此方の方向を割り出してくる可能性は高い。いつまでものんびりしていられない。
 ビルから出る前に周囲確認。騒ぎの中心からは大きくそれているはずだが、此方の射撃を観測されていれば、こちらを先に潰しに来る可能性だってある。
幸いそれらしい物は見当たらず、一之瀬は路地へと転がり込む。
それから方角を確認。ヨンの逃走方向は把握しているが、最早姿を追う事は出来て無い。上から見て見える場所を走り続けるなんて狙ってくださいと言っているようなものだ。
かといって目印など出そうものなら他の誰かが気付く。気付かれる可能性が1%でも、追手が100人居れば1人は気付く計算になる。
「大体で動くしかないか」
 サンロードリバー周辺にまで向かっているはずだが、サンロードリバーは遮蔽物も無い、2本の橋しかない。流石にそこを往くのは自殺行為他ならない。
 空を飛ぶのはもっての他、渡し船などもあるが、流水に弱いヨンにとってはこれも自殺行為だ。
「連絡方法が何かあれば良かったのですけどねぇ」
 クロスロード最大の課題の一つは個人単位の遠距離通信方法が無い事だ。大きな作戦や、秘匿性の少ない連絡には色つき煙幕弾などが使われるが、今回では間違って解読されようものなら此方が追い込まれる。
「やっぱり足を確保しないとダメですかねぇ」
 クロスロード市内での足と言えば様々だが、簡単に思いつくのはバイクだろうか。一番小周りが利くのは四足獣系やワイバーンなどの飛行系の背に乗せてもらう事だろうが、あいにくその関係のつては無い。
 駆動機にしても元々高価で、しかも今回は戦闘での破損が少なからず予想される。安易に貸してくれる人は思いつかない。
「……少し様子を見て、まずは路面電車で中央部に行きましょうかね」
 騒ぎが起きれば対応できるように。
 車両のアテを考えつつ、一之瀬は行動に移るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「賑やかな夜だ」
 ある意味いつも通りで、いつもよりもトーンの高い町を巨漢が見下ろす。
 傍らには男と比較すれば幼児にしか見えない少女の姿。実際は巨漢、ザザが大きすぎるだけでアインの方は普通なのだが。
「……見つかった?」
「流石に夜に路地裏を走られたら追いかけるのは難しいな。
 まぁ……俺達が見つけられるならば、本職の連中がとっくに取り囲んでいそうだが」
 そうねと応じてアインは隣のビルへと飛び移る。
「移動している方向は町の中央部。賑やかさに紛れるつもり?」
「本当はケイオスタウンに行きたいのだろうが……川を渡るのが困難だろうな」
 ザザもそれに従って追いかける。
「で、お前さんはどうしたいんだ?」
「……分からない」
 アインは無表情のまま応じる。
「ヨンさんを見たいというよりも、周りの人を見たい」
「嫉妬で右往左往している連中をか?」
「……うん。私はまだ生まれて5年くらいでしかない。そして私は感情と言う物を理解したいと思っている」
「五年……?」
 少しだけ眉を刎ね上げるが、目を剥くほどでもない。そう言う種族も居れば、そういう存在だっている。そもそも自分だって人間種からすれば特異な個体だろう。
「そう。五年。
 だから何も知らないの。知っているのは最初に知っていた事と、その後の事だけ」
「確かに今回の件は感情の坩堝と称して良いかもしれんな。……斬新な情操教育だが。
 それで、どうする?」
 どうする、とは呪いの主、レヴィを探す方法の事。
「……この辺りには居ないみたい。とにかく思いつくところを探してみるしかない」
「だったら一つ提案がある」
 ザザの言葉に見上げるアイン。
「以前アイツ絡みで知り合った人間……神、か? が居る。そいつならば何とかする手段を持っているかもしれん」
「有力な手掛かり。任せる」
 わかったとザザは頷き移動開始。
 向かう先は騒ぎから大きく外れてロウタウン西側である。
 不意に、体内の魔力がかき乱されるような感覚と共にPBから警告通知。この当たりは神族が多いため、特殊な領域に変化しているとの事。
「ここだな」
 そう言った場なのに立ち並ぶ住宅は基本的に変わらないのはシュールというか何と言うか。中には万とも億ともしれぬ信者を持つ神も居るのだろうが、それが小売住宅のような家で俗っぽく暮らしているのを見たらどんな顔をするだろうか。
「夜分に失礼する」
 戸を叩きそう言えば、それほど時間を掛けずに戸が開いた。
「以前に見た顔だな」
「覚えている事に驚いた」
「そのガタイだ。嫌でも目立つ。
母上の事で来たか、獣の内包者」
「……ああ、確か、マル……ちゃん?」
「マルドゥクだ。ちゃん付けは流石に辞めてもらいたい」
 嘆息する青年はある世界での神、そして今回の事件の中核たる嫉妬の悪魔、レヴィの元となる神格の子である。
 更には、親である彼女を害し、その血肉を奪って世界を創った創生の神でもあった。
 まぁ、カジュアルな服に身を包んだ今とあっては、そこらの青年と何ら変わりは無いのだが。
「レヴィに会いたい。なんとかならないか?」
「会ってどうするつもりだ?」
「そいつはアインに任せる」
 さらりと矛先を変えさせたザザ。視線を向けられたアインは「……どうともしない。でもそこが今回の中心地になると思って」と応じる。
「なるほどな。しかし母上は気まぐれだ。ここにもたまに私をからかいに来る程度だ」
 思ったよりも仲が良さげだなとは言うと怒りそうなので心の中で呟くにとどめる。
「探す手段はある。まぁ、協力しないでも無い」
「……よろしく」
「やけに物分かりが良いな」
 あっさり納得するアインに対し、ザザが怪訝そうな顔を向けると
「私だって興味がある。が、積極的に動くほどでも無かったというわけだ」
「なるほどね。まぁ、気の変わらないうちに行動を開始するとしよう」
 一柱を加えた一行は彼の導きに従い、再び騒乱の中心へと舞い戻って行くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「さて」
 夜の空を見上げてヨンは呟く。
 相変わらず周囲に気配が多いが、此方を補足しているようには幸い思えない。
「西の道が安全のようですねぇ」
 猫が一匹。ブランの告げる言葉に従い再び駆ける。
 そんな行軍が暫くあり、突然ブランがやや困ったような顔をして戻ってくる。
「どうかしましたか?」
「いえ……何か様子がおかしかったような気が」
 と言う言葉の途中で背後から迫る何かに気付いて回避。
 ズドンという音が至近距離で響き、ヨンの左わき腹を衝撃が抉った。
「ちょっ!? クセニアさん、一体何を?!」
 そう叫んだのはブランで、ヨンはすぐさま戦闘体制をとっていた。
「かわされたか。流石だねぇ……。
で、何を?だっけか。
 面白い事を聞くじゃないか」
 射撃。ヨンは身をかがめてそれをやり過ごすと慎重に間合いを取った。
「あんたは賞金首で、捕まえれば大金が出る。
 その上やり合って楽しい相手だ。わかるだろ?」
「……協力してくれるものと思っていましたけどね」
「少なくともそこの猫みたく雇われた覚えは無いね。
 ああ、あとそれから」
 クセニアはニヤリと笑みを零す。
「あんたは全方向から狙われている。意味が分かるかい?」
「か、囲まれてるっ!?」
 ブランの慌てふためく声。その一方でヨンは冷静にクセニアだけを見据えていた。
「聞こえなかったか?」
「聞こえてますよ?
 それでもこの場で一番危険なのは貴女です」
 その返事にクセニアはきょとんとし、それから馬鹿笑いを始める。
「世辞でも嬉しいねぇ。が、だからって逃がしてやるつもりは無いよ。
 ダイアクトーも余所で大暴れ中らしいしね」
「でしょうね」
 落ち着いているのか、諦めているのか。
 判断の付かぬクセニアは時間を延ばす策を警戒。頭を切り替えて射撃を指示。
 四方八方から放たれる弾丸だが、あいにくここは狭い路地。壁に寄り添うようにして駆け抜ければ大半の銃弾は彼を捉える事は出来ない。だがそれで充分。そこそこ以上の腕前を持った者を近くに配置していたクセニアは、限られた逃げ場所に追い込まれたヨンへと標準を合わせた。
「仕舞いだ」
 数発の弾丸がヨンに迫る。そのいくつかを喰らって彼は踊るように体をねじった。
「ヨンさん?!」
 ブランが声を上げるが彼とてこの射線上で動きようが無い。ふらりと倒れそうになるヨンを見ているしかなかった。
 が、
「おや?」
「は?」
 意外そうな声はまさしくヨンから。しかと石畳を踏みしめて、打たれたはずの箇所をぺたぺたと触る。
「どうなってやがる?」
「い、いえ。私にもさっぱり」
「どうやら丁度良いタイミングのようですね」
 声は横合いから。
 誰もが視線を向ける先には15かそこらの美しい少女が居た。その傍らには一目で『騎士』を連想させる青年が一人。彼女の護衛として控えている。
「誰だいあんた?」
 クセニアの訝しそうな声。だが、普段は余り表舞台に出ない彼女ではあるが、知っている者はもちろん彼女の事を知っていた。
「ん?」
 囁かれるようにしてクセニアに届いた言葉は「ウルテ・マリス」という物。
「律法の翼の盟主……?」
 ブランがその言葉からPBに検索を掛けて調べた言葉を呆然と口にする。
 過激派ばかりが目立つ律法の翼だが、元々にして最初の盟主、そして今では穏健派のリーダーでもある人物こそが彼女だ。
「律法の翼は賞金システムへの問題定義として、ヨン殿の支援を行います」
 周囲に立ち上がる影。元の世界で騎士や警護兵であった者達。民を守る事を自分の使命と任じる者達の集まりが元々の律法の翼であった。そして今も気高き思想の主であるウルテに忠義を誓う者でもある。
「しかし……どうしてこの場が?」
「……古き知人に感謝することだな」
 傍らの騎士がその一言だけを告げる。彼の名はリヒト。律法の翼の副長である。
「……礼を言います」
「私達は私達の信念で行動しました。貴方を利用するような真似をして申し訳ありません」
 あくまでも生真面目なウルテの言葉にヨンは苦笑。
「っと、おいおい。なんか終わった事にしてるんじゃねえよ!」
 ざっ、と石畳を強く蹴る音。クセニアの急接近に慌てて身構えるが、彼女の近接戦は特殊だ。間合いまで踏み込む必要は無い。なにしろ彼女の拳は銃弾であり、その射程は長く早い。放たれた銃弾を左手を捨てるつもりで弾けば痛みが無い。
「これ、は……防御魔法?」
 先ほどの銃弾も彼に一切の傷を与えていなかった。
「シャレにならねえな」
 止まるわけにもいかない。踏み込んだクセニアの連射は銃弾と銃底での打撃。蹴りや肘も交えたラッシュ。だがインファイトの距離にまで踏み込んだならばヨンとてホームグラウンドである。激しい肉弾戦。だが、クセニアはすぐにやってられないと距離をとった。
「反則だろ、その防御」
 これも知る者は知る事だが。ウルテの防御術はクロスロード随一と名高い。なにしろ『死を待つ七日間』とも称される地獄のような最初の大襲撃で、彼女が守護した部隊は1人の死者も出さなかったのだから。
「一番に厄介なのは人脈か。流石は女ったらし」
「い、いえ。彼女とは始めて会いましたよ?!」
 彼女を慕う者が多い律法の翼穏健派にとってはヨンは危険な害虫のようなものと思われてもおかしくない。慌てて否定だけはしておく。
「お行きなさい。貴方を護衛し続けるのはまた我らにとっても良い事ではありませんので」
「ありがとうございます。ブランさん、行きましょう」
「わかりました。いやぁ、なんだか有名人大行進状態ですねぇ」
 関心なのかぼやきなのか分からない言葉を聞きつつ、ヨンは隠れられる場所を目指し駆け抜けるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
と言うわけで次回は2日目からスタートを予定しております。
ヨンさん人脈広すぎてそれだけで突破されそう(=ω=;
もう少し有名人出したら収束させますかねってところで。
次のリアクションよろしゅう。
『Vampire hunt』
(2013/05/14)
「おいおい、嬢ちゃん。
 いきなり割り込んできて随分じゃねえか?」
 クセニアが剣呑な視線と銃口を向ける。それを見ても後ろの騎士は庇うことすらしないのは彼女の防御術を信頼しているからか。そも、儚げな少女然したウルテは全く怯えるそぶりも見せない。
「あの感じならどこにでも、何発でも撃とうが少なくとも致命傷にはならないわけだ。
 良いのか? あんな事されたら面白がって、俺は逆にもっと撃ち込むだけだぞ?」
 嗜虐心を最前面に押し出して彼女は笑う。
「しこたま撃ち込んで町の端から端まで転がすってのも面白そうだな」
 言いながら、空けた左手でサインを出す。言ってはみたが、あんな堅固な防御術を掛けられた今のヨンがそんな事を許すはずが無い。鉄壁の守りを軸にインファイトを続けられれば弾切れの瞬間にこっちが食われる。
 ならばここは退くに限る。何しろ相手は長期支援をしないと言い切ったのだ。ならばクソめんどくさい上にムカつくが、ここは仕切り直すべきだろう。
「俺は自分のしたい事をしているだけ。それも『賞金首』を捕まえるために、猫が毛糸の玉を爪の先で転がすように追い詰めようとしているだけだ」
 トリガーに掛かる指先に力を込める。インファイトも考慮した引き金は重く設定しているため、まだ弾は発射されない。
「探索者の義務を果たそうとするのが悪い事かい?」
「悪くはありません」
 応じる声は涼やかに、しかし凛とした響きを夜気に放つ。
「私達も同じです。したい事をしているだけ。
 彼の手助けをしてはいけないというルールもありませんから」
「……ハッ、正義を語るかと思ったら、とんだ我がまま嬢ちゃんか」
「はい。私は我がままです。法で律する事により。多くの安息の代わりに割りを食う者を見捨てようとしているのですから」
 クロスロードに法が無い最大の理由。それは全ての種族、文化風習に対応できる法律など制定不可能だからである。町中で火を使うなとイフリートに命じるわけにもいかない。争いを禁じると武神を奉じる者をないがしろにする言葉だ。
 どこかに妥協点はあるのだろう。しかし針の目を通すような妥協点だけの法律に何の価値があると言うのか。
 故にこの街にあるルールはたった一つ。
 この街の運営に対し、多大な迷惑を及ぼす行為を避ける事。
 それを破った者に対し、町が対策として行った施策が賞金首制度である。
「それでも、私は唱え続けなければなりません。あの大襲撃の、悪夢のような七日間を再び起こさぬために。秩序ある法が必要なのです、と」
 こいつは参ったとクセニアは舌打ちする。彼女は夢見る少女なんかじゃない。己の行為が引き起こす罪すら見据えて主張をする者だ。
───相手にしてらんねぇな。
 既に半分以上の者をヨンの追跡へと向かわせている。
「チ、ヨンの野郎も逃げちまったし、ここは手を退くぜ」
「……その言葉が嘘でも我々は追いません。ただこの場のみ、彼の我らの主張と、手紙に応じて行動を起こしただけですから」
「そいつはありがたい話だぜ」
 できればやっとこさ追い込んだところで来て欲しくなかったと悪態を吐く。が、恐らくはそのタイミングを見計らったのだろう。随分と前から張られていたのだ。
 彼女らを蹴散らす事も考えたが、追ってこないのであればそれは無駄な浪費だ。クロスロードでも有数な組織の一つ。寄せ集めで何とかするには荷が勝ち過ぎる。
 クセニアは残る協力者に撤収を促しその場を去る。
「あと何枚手札を残してやがんのかね、あの吸血鬼は」
 そう、悪態を吐きながら。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「どうぞ」
「ああ、すみません」
 差し出されたコーヒーに手を伸ばす。
「随分と面白い事になっていますねぇ」
 向かいの席に座った女性は楽しそうに新聞を机に広げた。
 今日の朝刊。そのトップ記事のタイトルを見て、ヨンは苦虫を噛み潰したかのような、そんな表情を浮かべる。
「ヨンさんづくしですねぇ」
 同行したブランが感嘆とも呆れともとれる呟きを洩らす。
 町を挙げての大騒ぎ。
 まさにその言葉に相応しい有様が町の各所で発生していたらしい。ヨンの逃走ルート以外にも大小様々な小競り合いが起きていたらしいことが書かれている。
「ともあれ、エンジェルウィングスや登頂者同盟は我関せずですが、施療院なんかは被害者治療に出てますし、妖怪系の人達もいろいろと『化かし』をやっていたみたいですよ。こちらはシュテン氏の指示と言うわけではないようですけど」
 ざっと視線を走らせる。町の者のコメントが目に入る。
 ヨンを批判する言葉は当然あるが、それは大局で見ると「火元でしかない」という意見に集約されている。もしくは、元々あった火薬に足された火だねに過ぎぬと。
批判の多くは賞金を掛けた者への物だ。また、今回に限り特殊ルールを敷いた管理組合への疑問と、それに伴い、管理組合というシステムへの疑問へと広がっていた。
「管理組合からのコメントは『特別ルールに関しては、現時点で彼を助ける者が多く存在している事が、その正当性を示しているでしょう』だそうで」
「誰のコメントですか?」
「イルフィナさんですよ。聞けばスーさんとアースさんも砦から此方へきているそうで」
「四大砦のうち3人も? 凄いですねぇ」
「万が一の抑え役でしょうけどねぇ。管理組合である以上、これ以上の干渉は考えられないですし」
 神楽坂新聞社代表、神楽坂・文は面白そうに眼を細める。
「それで、ヨンさんは私にどんな用で?」
「私の事を記事にしてもらいたのです。
 私自身の事と、この事件の発端であるレヴィさんの加護について」
「お断りします」
 にこりと良い笑顔を作る文。
「え? あ? どうしてです!?」
「お互いにメリットが無いからですね」
 平然と言ってのける彼女に、傍らのブランは「さもありなん」と呟く。
「レヴィさんの事ならうちはとうの昔に知ってますよ?
 で、それを公表したからどうだと言うのですか?」
「え? でも、それで頭が覚める人も……」
「無理ですよ。だってここで退いたら、彼らは自分たちの間違いを認めた上で、何もなしえなかったただの笑い物になってしまいます」
「そも理由が理由ですしねぇ」
 新聞記事に視線を這わせながらブランも相槌を打つ。
「これが何かの罪を犯したヨンさんを追い詰めようとして、それが冤罪と分かった。というなら矛の収めようもあるでしょう。でも、今回は彼らが少なからず持っていた『嫉妬』を『増大』させた上に、『集団心理』で動いてしまった結果ですよね?
 ならば彼らの撤退は、彼らを中途半端に終わらせてしまうだけです」
「だからって3日間が過ぎても変わらないのでは?」
「そうでしょうか?
 管理組合の設定した3日というのは、それだけ暴れたらすっきりするだろうって意味と思いますが?」
「……いや、でもそれで何が変わるので?」
「人を憎むのってすっごいパワーが必要なんです」
 どういう意味だと首をかしげる。そんな様子を見て「それが原因の一つと思いますけどねぇ」と文は微苦笑。
「つまり、無期限にしてゆるゆると恨み憎しみを引きのばすより、三日間盛大に怒り、暴れさせてすっきりさせようとしている、と?」
「そんな理不尽な!?」
 ブランの言葉につい声を荒げるヨン。
「理不尽、ですか。
 確かにヨンさんにとっては理不尽かもしれませんけどね、人の感情なんて大抵理不尽なものですよ?」
 彼女はコーヒーカップを軽く揺すりながら微笑む。
「例えば、運よくクロスロードに先に訪れたから、新聞のシェアを独占できているんだ。とかね」
「……それは」
 理不尽な言いがかりだ。先に来ていれば自分が成功していたと言う根拠のない断定を突きつけている。
「言いたい事はわかりますよね?
 でも、人っていうのは案外シビアな物で、しかもここは冒険者の町。不要な物はさっくり切ってしまうような人達の集まりなんです。
 確かに先んじたという点は認めます。でもそれだけでウチはシェアを維持してるわけじゃない」
 まだ二十歳にも満たないような童顔の女性は、それでも迷いのない笑みで続ける。
「でも、彼らにとってそれが全てで、私達の『主張』なんて言い訳に過ぎないんです。
 人の理不尽さなんてそんなものですよ」
「……しかし……」
「ヨンさんの場合はレヴィさんという要因が分かっているからなおさら理不尽さを感じると思いますけどね。
 でも、レヴィさんはすでにターミナルに居ないって言ったら、これは彼女のせいじゃないって知ったら、どうします?」
 え?とヨンは言葉を詰まらせる。
 それではまるで前提が変わってしまう。自分は、自分の行為が彼らをそうさせてしまったのかと、背筋が凍りつく。
「いやまぁ、彼女のせいですけどね。昨日確認しましたし」
「……確認した?」
 どこか安堵を覚えつつ、しかし、その安堵は適切なのかという疑問を吹き飛ばして、ヨンは身を乗り出す。
「ええ。取材するならまずはそこでしょ?」
「レヴィさんがどこに居るのか知っているのですか!?」
「彼女と遭遇できたのは、記者としての勘からですね。
 ただまぁ、もう私が見つける事はできないでしょうね。彼女は取材に応じただけですから」
 ぐ、と息を詰まらせ、ソファーに座り直す。
「そろそろ時間も時間ですし、まとめましょうか。
 神楽坂新聞としてヨンさんの依頼は正式にお断りします」
 きっぱりと言われるも、荒れる心の動きを何とか抑える事に手いっぱいのヨンは、ただ頷く。
「ですが、神楽坂新聞としてヨンさんに起きている出来事は伝える予定でいます。
 それは今日の夕刊の予定で、彼らの一度目の息抜きのタイミングとなるでしょう」
「それは……」
「これはお祭りなんですよ、ヨンさん。
 渦中の貴方にとっては迷惑な話かもしれませんが、そうなってしまったお祭りです。
 御輿である貴方をいろんな人がいろんなアプローチで迎えるでしょう」
 文はまっすぐな視線で彼を見据える。
「我々はその過程と結果をまとめて、伝え、残します。それが我々の祭りへのアプローチです。
 そして、ヨンさん。
 私個人的としてはヨンさんがこの祭りを乗り切るだけの実力を有していると、思っています」
「……それは、記者の勘ですか?」
「女の勘と言うと、また面白い事になりますかね?」
 勘弁してください、と。ヨンは苦笑いをする。
「ふふ。取材のお礼に一つだけアドバイスです」
 文は言う。
「ヨンさん、貴方が考えるべき事。それは彼女を見つけた時に、彼女に何と言うか。
 それだけだと思いますよ」

◆◇◆◇◆◇◆◇

「せいっ!」
 錫杖を振り抜けば、敵が飛ぶ。
「いい加減嫌になってきたな」
 時間は少し遡る。夜明けを目前にして雷次はその場に座り込みたいという欲求を跳ねのけて先へと進む。
「こっちだ! やられてるやつがいるぞ!」
 囮役を真っ当できているという事を幸いと思うべきか、割に合わぬ事を災いと嘆くべきか。
「負け戦の殿軍じゃあるまいに」
 言ってて悲しくなったので気を改める。それにしても、もう囮役も終わりで良いのではないだろうか。何しろ今までは闇夜に紛れて誤魔化してきたが、流石に明かりも露わになれば騙すのも不可能だろう。
「罠にも随分引っかかったようだし。つか、俺、働き過ぎじゃね?」
 ヨンにどれくらい請求してやろうかねと呟いて、迫りくる足音に意識を向ける。
 これを凌げるかどうか、流石に体が重い。術も体もいい加減使いすぎた。
「こりゃ、観念すべきかね」
 無論そのつもりもないが、楽勝と言う言葉は遠い。
 と、その更に後ろから駆動音。この期に及んで増援とかやめてくれとぼやくが
「な、なんだ!?」
「ぐぁぁあ?!」
 と、混乱と共に悲鳴。その上で駆動音は止まらず此方へと向かってくる。
 舌打ち一つ、雷を杖に纏わせれば
「ちょ、タンマ!?」
 聞き覚えのある声と共にブレーキ音。ついで地面を擦るような音と共にそれは雷次の目前で停車する。
「あっぶな」
「ん? 一之瀬じゃねえか。
 どうしたんだそのバイク」
「ええ、ちょっと借りました。ちょっと非合法ですけど」
 詰まりは奪ったと言う事か。
「とりあえずこの路地から抜けましょう。ちょっとシャレにならない数集まってますから」
「助かったぜ、って言っておこうか。流石にへとへとだ」
 バイクの後部座席にどかりと乗ったのを確認し、一之瀬はバイクを発進させる。
「ヨンさん上手く逃げられてますかねぇ」
「逃げられてなきゃ俺が苦労してないさ」
「それもそうですね」
 アクセルを吹かして大通りへ。途中捜索しているらしき一団を見つけたが、強引に突破。こちらを追い掛けてくるかとも思ったがそうでもなかった。
 もうそろそろ朝市の時間だ。適当とも言える感じで広げられた露店の中には腹を刺激する香りを放つ店も数多くある。
「おい」
「ああ、賛成です」
 最後まで言わずとも一之瀬は頷く。彼とて一晩中夜の町を動き回っていたのだ。疲労も相当なものである。
「どうやって合流するかの作戦会議もありますしね。まずは一旦落ち着きましょう」
「そうだな。幸い俺達を襲ってたわけではなさそうだし」
「こちらを優先的に狙うメリットなんてありませんからね。向こうがチームで、計画的に協力者を潰せる状態ならともかく、賞金稼ぎの大半が個人行動ではこっちの相手をしても一Cの得にもなりませんし」
「だな。あそこでいいか」
 適当な屋台に近づき、注文する。粥の店らしく、色々な具材が並ぶ中から選んで盛っていくタイプだ。
「で、ヨンのやつはどこまで逃げたんだろうな」
「川を渡れてるとは思えませんからね。こちら側のどこか、サンロードリバー周辺と言うところでしょうか」
「あのあたりはいろんな組織の建物も多いしな。匿ってもらえりゃ話は早そうだが」
「どうでしょうかね。協力してくれる人たちは居ましたけど、なにやら『ちょっとだけ』『一度だけ』みたいなやり方してますし」
「ヨンを助けるってよりは、この状態に対して物申してるだけだよな。あ、これ美味ぇや」
 とにかく空きっ腹に広がる。雷次はまずは一杯と掻きこんで、おかわりする。
「まだ二日目も始まったばかり。折り返し地点にも来ていませんからね。
 賞金稼ぎの動向が気になるところですけど」
「動向?」
「僕ならダイアクトーとか、律法の翼が関与してきた段階で退きますね。割にあいませんよ」
「やりようじゃねえか?」
「そう割り切れる人がどれくらい居るか、ってのが賞金稼ぎ全体の動向になると思いますよ」
 なるほどなと呟いて周囲に視線を走らせる。
 見ればぽつりぽつり、朝早いと言うのにボロボロになったり、疲労の色濃く周囲を見回している者がいる。
「俺達の面はどれくらい割れているんだろうな」
「目敏い、それこそ賞金稼ぎを本職にしている人達には割れてるでしょうね。
 あと、クセニアさん達のところでしょうか」
「あの人、こっち側じゃねえのか?」
「漏れ聞こえた話だと、ヨンさんを狙ってる方のようですね。有象無象を随分とまとめているようで」
「まぁ、友人だなんだって言うのもおかしな話、なのかねぇ」
「割りと良く顔を合わせる知り合い、って気はしますけど」
 友人と言うのはどうんだろうか。と、口にせずに粥を掻きこむ。
「さて、『借りた』バイクも正式に探されると色々面倒ですし、早いところ合流を目指しましょうか」
「そうだな」
 とりあえず食事を終えた二人は、町の中央部へ向けて移動を開始するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「母上、おはようございます」
 吹き付ける朝の風はまだ冷たい。
 温かさを得るにはまだ早い、大きな斜角を持って刺しこんでくる朝日を横目に二人は親子でもある者達を見る。
「関わってくるとは思っていなかったわ」
「請われれば応じるのも神格が業です」
「純粋に私に会いたかったと言えばかわいげもあるのに」
「貴方を殺した子供が、おいそれ言える言葉ではないですよ」
「だから私の方からばかり、会いに行くのだけどね」
 複雑な立場を確認するような会話。そのやり取りを経て、マルドゥクは半身体を空けた。
「で、何の用かしら。外野の者達」
 ザザは肩を竦めて視線をアインへ。
 吹きすさぶ風に暴れそうになる髪を抑えながら彼女はどこか虚ろな目でレヴィを見据える。
「今回の事の発端は貴方」
「そうね」
「いつもの加護以上の事をしたの?」
「していないわ」
 巨躯の男は壁に背を預けて会話に耳を傾ける。
「ヨンさん、殺されるかもしれない」
「そうね。もしそうならそれが彼の限界だわ」
「貴女のせいなのに?」
「雷が落ちるのは必然、当たるのは偶然。
 私は落雷が発生する頻度を増大させただけで、元々当たりやすい恰好をしていたのは彼よ?」
「ヨンさんが当たりやすい恰好をしていると知って、落雷の数を増やすのであれば、それは貴女の悪意」
「そうとも言えるわね」
 妖艶な美女。その言葉を体現するような黒のイブニングドレス姿の女性は、肌寒い風をいともせずに微笑む。
「……何が目的?」
「この享楽の馬鹿騒ぎが、って言えば良いかしら?」
「貴女が加護をやめれば、これは収まる?」
「一度落ち始めた雷は止まる術を持たないわ」
「でも、あんたがそれを解けば、次の1発は起こらないんじゃないか?」
 ザザの横槍にレヴィは「そうね」と微笑む。
「でも、やめられないわ」
「どうして?」
「私が改めて神格を得掛けているから。
 もうこれは呼吸と同じなの」
 神格を得る、と言う言葉にアインは小さく首をかしげる。
「母上、貴女はこの世界に来た神から、この世界の神に変わろうとしているのか?」
「それほど単純なものでもないのだけどね」
「……他の人でも良いの?」
「構わないわ。でも、彼ほど耐えられる者もそう居ない。彼で無ければ何人死んだでしょうね」
「でも、それはヨンさんには迷惑なだけの話」
「だとしたら?」
 アインは言葉を探すように左手に広がる絶景を見た。
 ここは扉の塔の中腹。朝となり動き得た者達が数多見渡せる。
「貴女が引き受ける?
 でも駄目だわ。貴女は私の力を受け付けない。その理由は貴女自身が良く分かっているはずだわ。
 そう、分からない事を分かっている。だから興味だけで動いているお人形さん」
 その言葉には不思議と悪意を感じない。面白がるような、楽器を適当に叩いて笑う、子供のような感覚。
「ここまで来た賞品をあげましょう。
 貴方達が『面白い』と思える道を示せたなら、私はそれに行動を乗り換えましょう。
 ふふ、でも私、我がままよ?」
 ザザは苦笑いを浮かべ、アインは無垢にして空虚な視線でじっと神の成りかけを睨む。
 祭りはわずかな静けさを経て、大きく動き出そうとしていた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 というわけで次回は2日目夕〜夜という予定です。
 一日目を元に協力体制の構築が行われている模様。それを先駆けたクセニアのチームが一番ヨンさんに近づいていると言う感じでしょうか。
 ではリアクションよろしくお願いします。
『Vampire hunt』
(2013/05/29)
「くっ……流石に多くありませんかねえ……?」
 クロスロード内のランクで言えば中にも満たないような十把一絡げの連中だろうが、それでも数は力だ。それが組織だって動いているだけで充分な脅威になる。
「変装して正解……、でもいつまで持つか分かりませんね」
 折角だからと変装衣装のついでに渡されたメガネのフレームを撫でて道を往く。
 大通りを避けているのは狙撃対策。あのレベルの相手ならば仮に見つかっても倒す事はむずかしくない。とは言え、一人でも逃がせば変装がばれるのだから、気は抜けない。
「ここも居ないですねぇ」
 猫状態中のブランがため息交じりに呟く。
 いくつか決めた集合場所を巡るが、今のところ当たりはない。
夜の間ずっと、遠くで聞こえていた戦闘の音。それも日が明けてからはぴたりと止んでいた。故に集合場所へ逃れたのではないかと期待したのだが、当てが外れてしまった。
「早いところ合流したいのですけどね……」
「それよりも、休憩なしで大丈夫なのですか? ふわぁ」
 ブランが眠そうに肩の上で呟く。
「まぁ、三日くらいであれば」
 そこは不死種の強みだ。全く休息が必要無いとは言わないが、一般人よりは長く持つ。
 とはいえ、あと2日という単語が頭をよぎり、沈痛な面持ちでため息を吐く。最初は3日くらいならと思っていたのだが、これは非常に辛い。
 普通一般の「賞金首」であれば一週間程度逃げ続ける事はあるだろう。しかしこうもお祭り騒ぎとなり、有象無象が参加して追い回す状況に発展してしまえば気の休まる暇も無い。
「根本原因を何とかするしかありませんかね……」
 そのお祭り騒ぎの要因の一つは間違いなくレヴィの力だろう。単に金が欲しいだけじゃない参加者が、更にこの状況を悪化させている。
「とりあえず、夕方まで、凌ぎましょう。ブランさんは暫くそこで休んでて良いですよ」
「いやいや、偵察しますよ?」
「ある程度の範囲なら私の方で感知できますし、いざと言う時に斥候が潰れているのは問題ですから」
 言い返そうとしてブランは口を噤む。一晩中動き続け、精神を研ぎ澄ませていたのだし、いましがた、神楽坂新聞社で一休みしてしまったがために張ってた気が抜けてしまった。正直眠気に抗うのが辛い。ここは素直に従うべきかと考える。
 と、不意にヨンが足を止める。彼が展開する『ゾーン』に反応。しかし狭い通路で迂回路は無い。
「……人通りの少ない状況で、素知らぬ顔で横を通り過ぎるってのは、ちょっと調子良すぎますね」
 となれば、手段は二つ。
 うち一つは相手の力量が分からぬ上に、増援がどれだけあるか知れない今、引っ込めておくべきだ。
「となれば、さっさと逃げますか」
 ふわりと、球体が出て来て宙に浮く。ヨンはそれを足場に飛ぶと、ブランが慌てて彼の肩に爪を立てて落とされないようにキープ。それを確認しつつ、次いで壁を蹴って、更に上に配置した球体を踏んで屋上へ。
「狙撃されるから、余り高いところに居るべきではない、でしたね」
 下の状況を見て、同じ要領で下へ。危なげない動作だが、少しでも邪魔されればあっという間にまっさかさまとあっては気楽に使えない手段でもある。
「猫も真っ青ですねぇ」
「体術くらいしか能がありませんから」
 謙遜するには高度過ぎる行動にブランは口を噤んだ。
「さて、次の合流ポイントでもダメならアドウィックさんところを頼りましょうかね」
 休憩を決め込むブランを横目に、ヨンはそう一人ごちて行動を再開するのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「しかしまぁ、良く逃げるこって」
 町の中の逃走劇。手も目もあるクセニアは差し込む朝日を眺めながら状況を分析する。
 『普通』であれば、すでにヨンの捕縛などできているだろう。現に数度追いこんでいる。その尽くを逃がしたのは第三者の介入故だ。予想すら困難なそれは事故と思って諦める他ない。しかし律法の翼の介入以降、彼を補足できていない理由は事情が異なった。
「ローテーションで休ませるか」
 前日昼過ぎからの監視、夜を徹しての追撃。ほとんどの者は精神的にも肉体的にも疲労がたまり始めている。増してや大半の者は探索者であり、町の中の追走劇に慣れてはいない。これからある程度日が昇り、人通りが増えたならばヨンを見つけるのは益々困難になるだろう。
「セーフハウスに逃げ込んでくれてれば話も早いんだがなぁ」
 恐らく囮役をかった数名とは逸れている。合流するならば、決めていた何れかの地点の他無い。が、今のところ芳しい報告は挙がってきていなかった。
「クセニアさん」
「どうした?」
「第二の監視点で仲間が倒れてました」
「……いつの話だ?」
「20分前です。さっき連絡がきて……」
 チと舌打つ。一番の問題はこれだ。通信手段が無いため、連絡がどうしても遅れる。一方向に追いこみ続けていたときは良かったが、一度輪の外に出られると後手に回らざるを得ない。
「となれば、あっちから輪に飛び込んでもらうしかねぇか」
 考えをまとめ、集合命令を出す。どうせすぐに見つからないなら一旦囲いを解く。彼を追っているのは自分たちだけじゃない。多少監視の密度が薄くなっても、日中に橋を渡るなんて真似はすまい。川を渡るのも、その特性上やりたがらないはずだ。
一時間ほどして、主だった者が集まると、クセニアは頭の中でまとめていた指示を出す。
 拠点監視と誘導。3班に分けて交替で休憩させつつ、集合場所には罠を敷き、また向こうに情報を流して逃げ道を限定させる。何よりも疲労の回復が先だ。
「……」
 一通りの指示を終えた彼女は周囲を見渡し、眉根を寄せる。
「まずいな、これは」
 誰にも聞こえぬ程の声で呟く。
 彼女が目に留めたのは「士気の低下」
 そもそも彼らは彼女の部下でも、旧来の仲間でもない。何の方針も無いままに集まった有象無象である。そんな彼らは捕まえ掛けた魚を強引に取り逃させられた事、一晩経っての疲労感、そしてクセニアへの不信で揺れ動いている。無論クセニアへの不信は八つ当たりに過ぎないが、結果がすべてと言われれば返す言葉も無い。
 それでもこの集団で動く事のメリットを理解している者は居る。彼らを主軸に据え、その他は休憩で士気が回復するのを祈るほか無いだろう。
「追いこむ方が追いこまれるとは、笑えないねぇ」
「……笑えないの?」
 びくりとして銃口を向け、しかし見覚えのある顔にそれを降ろす。なんだかんだ言いつつ自分も疲労している事を悟って肩を竦める。
「悪ぃ」
「……構わない」
 元より余り気配を発せぬ少女、アインは表情の一切を変えずに応じる。
「どうした、嬢ちゃん?」
「聞きたい事があってきた」
「あ?」
「面白い事を知りたい」
 一気に眠気が来た。呆れて意識が遠のいたからで、いかんいかんと首を振る。
「おいおい、藪から棒にってレベルじゃねえぞ。状況わかってんのか?」
「うん。解決方法」
 どういうこったと眉根を寄せる。アインはしばし黙り、それから説明を求められていると察して、先ほどのやりとりを話した。
「なるほど、ねぇ。だが、俺にはメリットの無い話だぜ」
「うん」
 それはそれ、これはこれ、と言わんばかりにガラス玉のような視線を向けてくる。
 クセニアはため息一つ。張っていた気を散らされたと座り込み、空を見上げる。
「まぁ、そんなところに踏み込んでたって事はすげえと思うけどな。
 急にンな事言われてネタなんかねーよ」
「……残念。他の人にも聞きに行く。思いついたら教えて」
「って、お前はこっち手伝ってくれねえのか?」
 振り返ったアインは不思議そうな顔をする。
「この騒ぎを終わらせる方法模索中」
「それはあいつをとっ捕まえても同じ事だ。別に殺すつもりはねえし」
「……それも道の一つ。でも、面白いかな?」
「俺としちゃぁ最高だな」
「……」
 アインは人形になったかのようにぴたりと止まり、しばしの間を置いて
「難しい」
 そう、ポツリ呟き、何処かへ消えた。
「俺にゃ、お前の発想を理解する方が難しいよ」
 肩を竦め、考える。
 妙な動きが一つ追加されてしまった。
 さて、どうなることか。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「さて、ヨンさんと合流したいもんだが」
 一之瀬の運転するバイクの後部座席に座り、雷次は視線を巡らせる。
 ちなみにクロスロードには当然道路交通法違反なんてものは存在しない。商業区画でもあるニュートラルロードには特区法があり、買い物客の安全のため、速度制限が存在するが、少なくともヘルメットを付けるなんてルールは存在しなかった。
 ついでに言えばニュートラルロードのもう一つの特区法があるのだが、それは置いておこう。
 あるタイミングでわき道に入り、ある程度進んだところで一之瀬の背を叩く。それを受けて一之瀬はUターン。
「やっぱクセニアさんか。どこもここも張ってやがる」
 集合地点にはすべからく人が張り付いている。下手に踏み込めばそのままマークされて、合流どころではないだろう。
「今囮をするのも逆効果だろうしなぁ」
 こちらに襲いかかってくる者も居ない。完全にフリーだが、こちらも護衛対象から離れている以上、どうしようもない。
「それにしても」
 次の目的地へと進路を向けるのを感じつつ、雷次は思考する。
 昨晩の襲撃者。そのほとんどは一言で言えば有象無象だ。数こそ厄介だったが、脅威かどうかで言えばNOである。
「そもそも、集団行動はクセニアさんところの連中だろうから、大した相手が居なかった?」
 ふと湧いた疑念を精査する。
 今回の騒ぎの前より、クロスロードには対賞金首に特化した「賞金稼ぎ」と呼ばれる連中が存在している。その連中が果たして居ただろうか?
「連中も今回の件に不服だってならありがたい限りなんだけどなぁ」
 ありえない話ではない。そもヨンに与えられた賞金首は時間制限付き。しかもその罪状は一方的な怨恨である。そんな獲物を狩っても、或いは悪名のみまとわりつくかもしれない。
「……ってまぁ、そんな都合の良い話もねえか」
 かぶりを振って思考を反転。
「じゃあ、何故今まで手を出してこなかった?」
 回答例を脳裏に浮かべた結果、出てきたのは苦笑い。
「やっべ、嫌な予感しかしねえな……」
 さて、この状況下で自分たちは何をすべきだろうか。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 知り合いに聞いて来ると一旦去ったアインと再会の場所を決め、町を歩くザザ。
「レヴィの属性を変えたりとか、できないのか?」
 隣を歩く美青年に問いを投げると、「可否で言えば可能だ」と言う答え。
「方法は?」
「万単位の信仰。とにもかくにも、神は信仰を背景に存在する。今の彼女を塗り替えるほどの信仰があれば、可能だ」
「現実的じゃねえな」
 クロスロードの人口は約15万人程度。種族も思想も違う者達の信仰──想いを100mの壁があるこの世界で一度に塗り替えるなど、並大抵のことではない。
 或いはクリアな状態に1つの設定を定義するのであればまだ方法はあろうが、既に「嫉妬を司る者」として確立している彼女だ。おおよそ簡単とは言い難い。
「だが、元々は違う神だったのだろ?」
「俺としてはイタい話なのだがな」
 母殺しの神は苦み走った表情を見せる。
「その特性を戻せないのか?」
「……その行いに、俺は失敗したんだが?」
 彼がこの世界へ来た理由はまさにそのためだった。
「それをこの世界で、というなら無理と思った方が良い。
 なにしろ母上の元々の特性は『母神』だ。世界の生みの親であり、神々の母である。
その特性をこの信仰もまちまちな世界で成立などしないよ。それに、もう一つのあり方を再現するのはこの世界では危険すぎる」
「もう一つ?」
「怪物の母」
 即応じた言葉に眉根をひそめ、それから意味を咀嚼してそれを一層濃くする。
「最悪だな」
「ああ、この世界ではまずい。下手をすれば怪物全てが母上の信仰者となりかねん。そうなれば最早この世界は終わりだな。
 母上はそれを避け、堕とされた身である『嫉妬の化身』という立場を受け入れたのかもしれぬ」
「……ふむ」
 それが正しい見解ならば、なかなか厄介な状態なのかもしれない。
「しかし、条件さえそろえば彼女のありようは変えられる。それはひとつの方法だな」
「それは否定しない。しかし、それは対処法であって、母上の言う「面白い道」とは違う話ではないか?」
 確かに。彼女の言う道とはこの大騒ぎに対してともとれる。或いは、他の余興を指しているのか。
「何を示すか、か」
 方法はいくらでもある。
 正解も1つではないだろう。
 では、その中でどれを選ぶべきか。アインが何を持ちかえってくるのかとも考えながらザザはアイディアを求めて集合場所として指した大図書館へと向かうのだった。

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というわけで二日目突入です。
果たして三日目はあるのか。って感じになりつつありますが。
皆さんのリアクション楽しみにしております。
『Vampire hunt』
(2013/06/16)
「なるほどのぅ」
 大図書館の脇に作られた喫茶店。そこでせわしなく動きながらスガワラ翁は頷きを返す。
「何か無いですかね」
 彼の新作料理だと言う具だくさんのパスタから視線をはずして、大図書館館長へと向ける。
「神族が何故強大な力を持っているか、おぬしらは理解しておるか?」
 問いに対する問い。ザザは視線を彷徨わせ、
「それは、神ごとに理由が違うのではないか?」
 思い浮かんだ答えを口にする。
「確かに経緯に差はあるかもしれぬな。
じゃが「神」と呼ばれるに到るためのステップは大体変わらぬ。
 つまりは『信仰』と『象徴』じゃ」
 それはマルドゥクからも聞いた話。数多の『信仰』により、神の性質は変化する。その事に到ってザザは頷きを返す。
「…それなら、組織の長は「神」に成りえる?」
 アインの言葉にスガワラは目を細める。
「なりえるのぅ。神成りは道を極めた者への畏敬により成立する。聖人というヤツじゃな」
 技術職であれば、高度な技能者は『神の指先』などと言う称号を得る事もある。それも『信仰』の一側面だ。
「あんたもかなり特殊な神であると聞いたが」
 ザザが問いを向けると、スガワラは微妙な笑みを湛えた。
「わしの『原型』はの。
わしそのものは神ではなく、模造品。或いは『原型』の影に過ぎぬ」
 そう前置いて彼は続ける。
「まぁ、わしの元の話で行こうか。
それは元々ただの人にしか過ぎなかった。政敵に敗れ、左遷を喰らった男じゃな。
しかしその前後、特に左遷先で死んでからを首都で大きな異変が続いてしまった」
それはただの偶然。だが、人々はそうと考えなかった。
「故に人々が『異変』と『わし』を『信仰』……『思い込み』で繋げてしまった。
 結果、その『わし』は『厄災』であり、『雷神』でもある存在に成った」
 皿に料理を盛り付けつつ、老人は続ける。
「その時代の者は『わし』を鎮めようとし、『わし』を祭る事で『祟神』から『御霊』に変化させたのじゃな」
 彼を神に変化させたのも、厄神から天神に変えたのも、数多の人間の「思い込み」───「信仰」である。
「さて、『祟り神』にされた『わし』には『祟り』を齎す機能しか存在しない。そんな『わし』がもし「楽しい事を代わりに提示しろ」と言ったらどういう物か、と言う事になる」
 アインは困ったように口を小さくへの字にする。
「……そんな感覚、あるの?」
 思い至った結論は問いの根幹を否定する物。しかしスガワラは大きく頷き、
「その通りじゃ。その『わし』には人間の感覚は無い。なにしろ本人の人間性を無視して作り上げられたモノじゃからな」
 そこに人としての扱いは無いと老人は言う。
「結果もやはり人扱いはせず、『天神』という「他の役目」を付与して鎮めたに過ぎん」
「その理屈なら……そもそも、レヴィがその条件を提示することすらおかしい、か」
「……レヴィさんは人間ぽい感じ」
「まぁ、そこはターミナルの特性もあるのじゃろうが……」
 ターミナルでは長所も短所も含め、その種族、個体特性が減衰する傾向にある。ならば今語られた神族としての縛りも緩くなっていると考えられるべきだ。
「ただ、ターミナルの神族は原則『アバター』を用いておる。これは『言語の統一化』と同じ世界からのギフトじゃな」
 この色々破天荒でフリーダムな世界であっても、神が神としての力を適当に奮う事を嫌っているのだろうか。神族の者はその精神を宿す仮の体を与えられ、この地を闊歩する。
「『アバター』を拒否した者は町の最外郭部に鎮座しておる状態じゃな。しかし、レヴィはそんなアバターを使わぬ神々と同等の力を発露しつつあるのに、アバターを用いる事無く活動しておる。そこがどう影響するかは読めぬな」
「……例外。面倒」
「こりゃ、今はヨンを支援してとりあえず3日間越させる方がよっぽど現実的か?」
 思考のみで推し量れるほど簡単な話しではなさそうだ。と改めて得た認識で呟き、大男は黙してコーヒーを啜る神族の一人を見る。
「……アバターを得た神族は結構人間ぽく普通に日常を生きている?」
 アインもまたマルドゥクを見ていた。カジュアルな服を来てコーヒーを飲む神というのも、世界によっては存在するのだろうが、特異な状況と言って良いだろう。
「なぁ、マルドゥク。お前はこの世界で楽しいと思う物は無いのか?」
 大男の問いに神は一拍の間を置いて口を開く。
「目新しいと思う物は多くある。だが、楽しいと言うべき物は何を指すべきか。
 まぁ、酒の種類が多いのは特筆すべきと思うが」
「……神ってなんでお酒好きなんだろう?」
「酩酊状態というのはチャネリングに適した状態だからじゃよ。故に神と人が触れ合うための物として用いられ、色々な理由が付与されたんじゃな」
「そいつも『思い込み』による『決めつけ』ってヤツか。
……サクラの酒でも持っていくか?」
 『桜前線』の花弁で作られる酒はロボットでも酔うという凄まじいシロモノである。しかも味が良いということでクロスロードの名物の1つになっていたりする。
「でも、珍しい物じゃない……」
「だなぁ」
 世界を巡って酒を集めてくるかとも冗談交じりに考えたが、それで解決するとも到底思えなかった。
「他には無いのか?」
「他に、か。
遊戯の類は余り好かないな。舞いや戦は好む所だが、それとて一過性に過ぎん」
 つらつらと答え、それからやおら彼はアインを見た。
「……ん?」
「一つ、可能性がある」
 アインはきょとんとして、彼を見つめ返す。
「お前、母上にあまり好まれなかったのではないか?」
 お前ではダメだ的な事を言われた事を思い出してアインは頷く。
「それがどうしたんだ?」
「母上は今、感情の神と呼ぶべき存在だ。
 そんなあの人が最も好むのはやはり感情に起因する事だろう。
 『試し』というのも我らが好む行いの一つだからな」
「……ふむ、なるほどのぅ。確かにそれならば彼女の興味は大きそうじゃなぁ。
 が、ふむ……」
「……何? どういうこと?」
 困惑しているのだろうが、表情にも声音にもで無いアインを見てスガワラ翁は苦笑いをする。
「つまりだ。君が母上に明確な感情、好ましくは『嫉妬』を見せる事ができるのならば、あの方の興味は君に向くやもしれんと言う事だ」
 言われてしばし沈黙。それから天井を見上げ、視線を戻し、それから数秒停止して、首をかしげる。
「どうすれば?」
 その様子をしばし呆然と見ていたザザは老人と青年神に視線を投げかけつつ
「おい、これ、信仰を集めるのとどっちが楽なんだ?」
 眉間にしわを寄せて問う。
「そこまでは知らん」
 だが、ばっさりと問いを斬り捨ててマルドゥクは席を立った。
「それこそが君らへの課題、まさしく『試し』だ。
 ならばこそ、為す事で得られる物があるだろう。
他の神は助言こそすれ介在せずだ」
 そうと言って彼は話は終わりと店を出て行ってしまった。
「……感情」
 元よりそれに興味を持って首を突っ込んだこの事件だ。
 自分はどうするべきなのだろうとアインは閉じてしまった扉を見つめる。
「どうなることか」
 ザザもまた、首を突っ込んだ身としてはどう動くべきか、小柄な黒ずくめを横目で見つつ、パスタをつつくのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「やぁやぁ、久しぶりだね、ヨン君」
 メイドに案内され入った事務所で、相変わらず胡散臭さを有した探偵が安楽椅子に座って笑みを浮かべていた。
「大人気じゃないか」
「嬉しくない人気ですけどね」
 ため息を交えつつ応じる。
「で、だ。君の依頼なんだがね」
「まだ何も言っていませんが?」
「言わなくとも分かるさ。私は名探偵だからね」
 きりっとキメたつもりだろうが、相変わらず胡散臭い。メイドがわざとらしく咳払いをすると、彼は居住まいを正した。
「で、彼女の居場所だが、流石に動き続ける相手の居場所を特定することはできないね」
「……動き続けている?」
「それはそうだろう。彼女はこの祭りを楽しんでいるのだから。
 君は家で花火を見るだけで済ませる派かい?」
「……」
 確かに、この騒乱こそを望んでいたのならば、動きまわっている可能性は確かにあった。
「強いて言えば、君の騒ぎが見えるところ。君の傍に居ると思うけどね」
 それが事実として、この一日半、全く気付けなかった以上注意深く探したところでその姿を見つけられるかどうか。
「おびき出す方法、ありませんかね」
「君が殺されるならそれも一つの結末。君のその先が見たいと思わせる展開なら出てくるんじゃないかな」
「残念ながらボクに芝居の心得は無いんですけど?」
「相手は楽屋をのぞける存在だ。芝居なんてそもそも成立しないさ」
 参ったと眉根を寄せる。言う通りである。
「つまり、ひたすらにあがけ、と?」
「それが彼女の望む舞台だろ?」
「それを何とかしたいのですけどね」
「と言ってもね。君の希望はチェスのゲームに負けたくないからとチェス盤をひっ繰り返す行為だ。それを観客が望むと思うかい?」
 そんな事は今さら言われるまでも無い。当てが外れたとヨンは頭を抱える。
 が、
「チェス盤をひっ繰り返せば、観客は怒って声を出しますかね?」
「怒らせて良い相手なのかい?」
 そこの点で問題はあるが、方法の一つには違いない。
「ともあれ、君のアクション次第で彼女は出てくる位置に居る。
それが私の回答だが?」
「場所で無く、手段ですか。
 逃げながら難易度高すぎますよ」
「素直に三日間逃げ続けるのが最良かもね。といっても、もう各組織そんなに手を出さないだろうけど。
 あとは律法の翼の過激派、そこの鬼が勝手に暴れているのと、妖怪連中がウロウロしているくらいかな。
 ダイアクトーは飽きて動いてないようだし」
「妖怪……? シュテンさん所のですか?」
「所属で言えばそこだが、そこまで高位でない連中らしいよ。まぁ、妖怪種は特殊能力というか、一芸の持ち主だから協力してもらえるなら逃げるのはまだまだいけるんじゃないかな?」
「……」
 余り高位でない妖怪種は総じて戦闘力に欠ける。彼らに無理をさせるのは好ましくない。
「それからね、今からが本番だろうから、気合いをいれた方が良い」
「……?」
「おかしいと思わないかい? 今まで君を追い詰めていたのはクセニア君が指揮する連中だけだ。
 では、本職連中は何処に行った?」
 ぐ、と息を詰まらせる。確かに賞金稼ぎを名乗るには甘い連中だけが今まで周囲を嗅ぎまわっていた。この曲者揃いのクロスロードで、賞金稼ぎなんて真似をするような連中が果たして居たか。
「つまりそう言う事さ。
 それに、クセニア君もだいぶ追い詰められているようだよ」
「クセニアさんが?」
「寄せ集めの指揮ってのは簡単にできるもんじゃない。
しかも効率運用となればなおさらで、君は未だに逃げ切っている」
「なるほど……」
「彼女のお陰で暴動じみた動きが無かったとも言える。が、今からはちょっと派手になるかもね」
 それは、クロスロードしては望まざる事態なのではないだろうか。いや、自分は今町の事を気にできるような立場でも無いのだが。
「……川を渡るルート、何か良い案ありませんか?」
「橋」
 質問を予期していたかのように、そしてヨンとしては一番「ない」と思っていた案が飛び出してくる。確かに変装をしたまま路面電車に乗ればとは考えていたが、本職連中が本腰を入れるとあっては危険な案だろう。
「君の特性を考えれば渡し船は無いだろ?
 アクアタウンの協力を得て水中と言う手段もあるだろうが、君が動けないというデメリットはどうしようもない。
 水神を仲間に引き入れられるならば話は別だが、あの存在に意志は無いし、もしそんな事ができるならもう逃げる必要すらないね」
 水神、という言葉に眉根が動く。確かサンロードリバー周辺で活動しているインスマ達が崇めているという存在だったか。そう言えば「水神」もレヴィと同じなのかと疑問が浮かぶが、今は横に置いておく。
「空なんて狙い撃ちしてくださいと言っているようなもんだ。
 結果、陸路。となれば橋以外に手段は無いね。
 ちなみに、扉の園を通過するルートは選ばないように。管理組合から止められるから」
「管理組合が?」
「当たり前だろう? 扉の園での戦闘行為は御法度中の御法度だ。その要因となりえる君が入り込むなんて看過できない。それこそ本当の賞金首モノさ」
 言われれば反論の言葉すらない。
「幸いと言うべきか、2つの橋はニュートラルロード並みの広さがある。戦闘をするにしても充分な広さがあるわけだ。
 障害物に乏しいというデメリットはあるけどね」
「……なるほど」
「それに、川の渡しなんて本職連中がまの真っ先に抑えて情報を確保しているからね?」
 逃げるとなれば誰とて考える事は似たり寄ったりということか。
「さて、君の依頼に対し、納得いただけなかった分の補てんくらいは出来ただろうか?」
「ありがとうございます。行ってみます」
「うん。武勇伝楽しみにしておくよ」
 ひらひらと軽く手を振るアドウィックにヨンは軽く頭を下げたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ここも駄目、か」
 一之瀬を外で待たせて入りこんだ集合場所の一つもどうやらはずれらしい。
「こら、ヨンさんのほうも合流は諦めたと見るべきかねぇ」
 護るべき相手とはぐれて数時間。雷次は焦りが心を削るような感覚に顔をしかめた。
 通信手段が無い事。やはりその一点がじわじわと来る。
「しっかし、連中も見つけた様子は無いんだよな……」
 相変わらず町を行けば、恐らくヨンを探しているだろう一団にはすれ違う。が、その動きはあからさまに緩慢だ。相当ダレてきている。組織として半端故の結果だろう。
「あっちがピンチで無いのは幸いとはいえ、このまま町をふらついてたらゲームセット、なんてのは情けねえよなぁ」
 とはいえどうした物か。思いつかないからしがみつくように拠点めぐりをしている。
「……いっそ声出して呼ぶか。向こうが出てこなくても、見つけてくれりゃ、隙見て接触してくるかもしれん」
 無論、自分たちにも監視が付くだろうが、さてメリットとデメリット、どちらがでかいだろうか。
「にゅ」
「にゅ?」
 不意に妙な声が聞こえて、思わず復唱。ハッとして周囲に視線を向けると、片隅に座っている小さな姿一つ。
「ピクシィか?」
「にゅ」
 しゅたっと手を挙げて応じるのは握りこぶし二つ分も背が無い虫の羽を持つ小人だった。
「お前、ここで何をしている?」
 その問いに妖精は自分の体をまさぐるようにして、ぴたりと止まり、焦ったようにまさぐり、帽子を取って中を確認し、絶望的な顔になって涙目になる。
「……な、何やってんだこいつ」
 言語の共通化があるため、これとの会話も可能のはずだ。が、極稀に言語の統一化というギフトを無効(無視?)する存在も居る。これもその類だろうか。
「にゅぅ……」
「……って、もしかして探してるのはそのお前が敷物にしてる紙か?」
「にゅっ!?」
 びっくりしたように飛び上がり、自分が座ってたところに視線を向ける。そこには文字らしきものが書かれた紙がある。それを確認してピクシィはバンザイをすると、それを手に取り雷次へと突き出した。
「俺に?」
「にゅっ」
 文字は普通サイズ。恐らくこの妖精は郵送屋で、書いた者は別に居るのだろう。
「……こりゃ、どう考えるべきかね」
 そして内容はたった二言。
『夕刻、橋』
「こいつ、誰からのだ?」
「にゅー」
 ダメだこりゃと頭を抱える。罠かと考えるが、果たして自分たちをターゲットに誰が罠を張るのか。
「しかも橋って2つあるじゃねえか」
 扉の園の両側にある石の橋と木の橋。これが真実だとしてもどちらを選べば良いのか。選択を間違れば最早合流は絶望的だ。何しろいつまで待てばいいかすらも分からないのだから。
「……でもこれしかヒントがねえんだよなぁ……」
 ならば、夕刻までは活動し、それでもだめならこれに縋るべきだろうか?
 気付けば妖精はどこかに消え、雷次一人が取り残されていた。
「……さて、ホント、どうしたもんか」

◆◇◆◇◆◇◆◇

「守る奴、襲う奴、状況を収めようとする奴……
 遠目に見れば純度も割合も俺たちの方が分が悪い。
 だが、この状況も考え方を変えればまだまだ運は離れちゃいない」
 彼女の言葉を聞くのは、比較的物分かりの良く、指揮の能力のある者達だ。
「そうは言うが、そう思ってない連中も多いぞ」
「しかも横槍が多かった事が一番の難点だ。また追い詰めても横槍を入れられると思えば士気も上がらん」
 彼らとてクセニアに文句を言いたいわけではない。が、四半日消息を見失ったとあって、焦りがそんな言葉を口にさせていた。
「一応手は打ってある。あれを見つけられて無いのは俺達だけじゃない。だからそう言う連中に協力の打診をしておいた」
「と言うと?」
「こちらはギブアップ寸前、ならそちらに協力するって感じでな。
 まぁ、甘い言葉で尻を叩いてきたという感じだ」
「後で揉めそうだな」
 詰まる所利用である。ならば乗せられた方が良い顔をするわけが無い。
「ンな事気に出来る状況でもあるまい」
 すぐにそう返されて周囲の者は口を噤む。
「少なくとも、ヨンがどっか一カ所でじっとやり過ごす事態だけは避けにゃならん。そうなったらもう手づまりだからな。山狩りは必要なんだよ」
「それは否定しない。いや、案の無い以上文句すら無価値だな。こちらも知人を当たって動かしてみよう」
「周りが慌ただしくなりゃ、あいつも考えるだろ。
まあ、実際は動きまわってるかもわからないと言うのが頭の痛いところなんだが」
「もし彼が動きまわっているとすれば、巡回をしている連中が見つけきれていないと言うのが問題……か。
すれ違って気付かぬ程士気も気力も疲弊している可能性があるな」
「だから騒ぎ立てる。そうすればヨンの事だ、じっとしていても夕刻から夜にかけて本格的に動きだすだろうよ。なにしろあっちはバンパイア様だ」
「クセニア殿、一つ良いか?」
 今まで黙っていた一人が口を挟む。
「何だ?」
「本職の賞金稼ぎ連中の動向についてだ」
 その言葉に皆の注目が一気に高まった。
「ぞろり動き始めたようだ」
「今まで大人しくしていたと思えば今さらか」
「むしろ、今だからだろう。我々の戦力は事実上低下。しかしターゲットは中央区に恐らく追い込まれている」
「漁夫の利か。ま、今の作戦立てた俺達が言うのはアレなんだろうが」
 自嘲一つ、クセニアは思考を巡らす。
「連中、ヨンの居場所を抑えてるとかはねえよな?」
「そこまでは分からん。別に集団行動を取っているわけでもない。考える事は一緒だった、という動きだ」
「そいつに便乗するかどうかってのも1つの懸案事項か」
 なんにせよ、手勢が増えたなら好都合。あとはそのまま餌を持っていかれないようにするだけだ。
「今頃賞金稼ぎ連中が動きだした事を広めてやれ。流石に横から魚を掻っ攫われる真似は笑えない。俺達の尻を叩くに充分な情報だ。」
 皆は頷き、行動を開始する。
 それからしばらくして、クセニアは少し活発になった情報をまとめ、一つの流れに注目する事になる。
「橋、か」
 間もなく日が傾く。
 派手な逢魔ヶ刻がはじまりそうだ。


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というわけで二日目中盤です。
もしかすると次回大激戦かなぁとか。
というわけでリアクションよろしゅう。
『Vampire hunt』
(2013/07/04)

「さて、二日目にしてクライマックスかしら?」
 管理組合の屋上から足を投げ出す少女が夕日に染まる橋を眺めて楽しそうに呟く。
「本職連中も動き出したし、ここで決めたいところよね」
 少女の後ろには二人の男。
「で、どっさんは行かないわけ?」
「興味はない」
 男の一人、サムライが応じる。
「義とかで吸血鬼君助けたりしないわけ?」
「それはタクト殿の領分だ」
 その言葉にもう一人の男が苦笑いを浮かべた。
「こちらはもう手出しはしない。
数名橋の下で救護活動のために待機しているが」
「でもルマデアのとこのは動いてるみたいだけど?」
「ドイルフーラに単独行動許可が出ているようだ。
 その他は賞金稼ぎとして動いているだけだろう」
「ふーん。施療院も展開中。HOCも動き出したみたいね」
「HOCの動きが引き金になっているな。
あれでは逃走ルートを指定している様な物だが」
「ヨン殿の思惑はどうであれ、HOCの連中は力押しをするつもりなのだろう」
 サムライが目をほんの僅かに開いて橋を睨む。
「あの男の交友範囲は特異だ。律法の翼、施療院、HOC、そしてダイアクトー。更には妖怪種、おおよそクロスロードの主要組織が動いている」
「それにあたしたちもね」
「動きがあったぞ」
「こちらもです」
 新たに屋上に二人の少女が現れる。一人はフリルとリボンで構成されたような甘ロリファッションの人形のような少女。もう一方はやや気の弱そうな、見事なブロンドの少女だ。
「おっけ。じゃ、早速始めようか。
 ティアは行かなくて良いの?」
「あれしきでくたばるようなタマであるまい」
 甘ロリの少女が事もなげに応じる。
「そ? ま、良いけどね」
 少し足を踏み外せば百メートル以上落下するような場所で、何の怯えもせずに翼も持たぬ少女は立ち上がり、大きく伸びをする。
「この大騒ぎを観覧できないのはちょっともったいないけど、ま、お仕事お仕事」
「参ろうか」
 賑やかな大騒ぎに紛れるように、闇は動きだす。
 認識すらされていなかっただろう彼女らの動きに合わせるように───
終章の幕は上がるのだった。

◆◇◆◇◆◇

 さて、と。
 胸中で呟いてザザは隣を見る。
「……」
 そこにはマルドゥクに言われた言葉を思い悩む少女が一人。もうあれから二時間は経過しているが、困惑から抜け出す糸口は掴めないままのようだった。
「無駄なことだ。感情は、なんともなしに出るからこそ感情なのだ。
 自分の内側から勝手に出てきたものなら、誠意だろうと殺意だろうと、純粋な感情だ」
 低く、腹に響くような声音にアインは顔を上げる。
「もう気にするな。他人の為に感情を作るのは、不純だ。」
「……そういうもの?」
「そういう物だろ」
 らしくないと内心でぼやきつつ、ザザは視線を不自然な人だかりへと向ける。
「ヨンの所へ行くんだな。あいつの傍にいて、サポートしろ。
離れず、ずっとだ。」
「……『試し』はやらないでいいの?」
「お前の勝手にすればいい」
 アインは視線を彷徨わせ、やがてザザへと戻すと
「今は、そうする」
 応じて地面を蹴った。
「この俺が、ねぇ」
 力こそ自分の全てで、価値ある闘争を求めて異世界という可能性に縋った自分が、まさか小娘を説教するような───慰める様な言葉を吐く羽目になるとは。
「ましてや力でなく心を説くなど、俺は何に変貌してしまったのか」
 それはこの世界に望んだ事ではない。
 己は闘争の、力の意味を求めてこの地を踏んだはずなのだから。
 もう一度、目の前の光景を捉える。
心の歪みが生んだ力が蠢いている。信念に基づく力が息をひそめている。金という分かりやすい理由で力が潜んでいる。
 『力』に纏わる意味が確かにそこにある。だが自分は傍観者としてその外側に居る。
 望むならば、ただそこに飛び込むだけで良い。
 しかし、
「あの男を助けるつもりの自分が居る、か」
 正義の味方を気取るつもりも、友情ごっこをするつもりも無い。なのに、そのための手管を脳裏に描く自分が確かにここにあった。
「やれやれだ」
 思考をリセット。あちらとてガキではないのだ。伸ばしてこない手をわざわざひっつかんで助けるような真似をしてはやらない。
 とはいえ、もし危険となったならば。
 恐らくここより飛び出し、助けの一つも出すのだろう。
 そう己の今を確かめながら、巨躯の男は暮れなずむ橋をじっと見つめるのだった。

◆◇◆◇◆◇

 体の各所をチェックする。
 主に体術を扱う彼にとって、自分のステータスの把握は呼吸と等しく行うものだが、今、それを念入りにするのはここが正念場だから。
「大人気ですね。嬉しくない事に」
 狙いは読まれていた。
 橋にはすでに多くの通行人以外の存在が見てとれる。気持ち悪いのはあからさまなそれらが大した実力を持っていないように見える事。
 先ほど見て来た反対側の橋も同じような状況だったが、此方の方が幾分人数は少ないだろうか。
「しかし、あの前衛は足止め要員でしょうかね。どちらの橋を渡っても対応するために」
 ならば増援が駆けつける前に駆け抜けるのがベター。
「と思うのですけどねぇ」
 勘。数多の戦いで己を助けて来た感覚が「それはありえない」とあざ笑う。
 だが、それ以上にロウタウン側に居座るのは無理だと察していた。明らかに動きの違う物が交じり、視線を這わせ始めている。疲れも溜まり始めた今、監視の網が広がったロウタウンでアレら全てをやり過ごす目途が立たない。
「行きますか」
 逢魔ヶ刻という言葉がある。夕方を指す言葉で、黄昏時とも称する。
 黄昏とは「誰ぞ彼」が変化した物で、夕焼けの中で前に立つ者が何者か分からなくなる事を指し、それが良くない者───魔であっても気付く事も出来ぬ時間であるとされる。
 つまり、その全てを狂わす光の中に魔が潜み、遭遇する時間である。
 そこに漆黒が踏み込む。
 最初の反応は小さく、やがて誰かが確信と共に声を挙げる。
 反応は連鎖的に広まり、うねるような場の揺らぎが生じた。
 ───一気に踏み込む……!
 それらを置き去りにするように数百メートルを一気に駆け抜ける。見た通り「雑兵」の群れはヨンを止めるどころか、良くて反応するのが精いっぱい。あっさりとその通過を許して背中を見送るばかりだ。
「っ!」
 が、無論それでクリアにはならない。
「ホント、多いですね!」
 その向こうにも敵意。
 この身は嫉妬されている。それが例えレヴィにより拡大されたものだとしても、その原石が彼らに無ければ肥大化はしない。彼らに確実にある感情なのだ。
 どうして自分なんかを、という言葉を脳裏に走らせながら突っ込む。
 攻撃を弾き、いなし、敵を盾に無力化していく。
 しかし勢いはどんどん削られていく、足が止まる。前に進め無くなれば抜けて置き去りにしたはずの障害が此方へと向かってくる。
 乱戦になれば此方が不利。分かりきっているが避けられない。
「楽しそうじゃねえか」
 そこに現れる最初の乱入者に有象無象の来訪者が息を飲む。
 そこで動けた者は行幸。実力も無く、しかし不運にも近づきすぎた者は適当に振られた巨大な鉄の塊に吹き飛ばされ、川へと落とされる。それだけではない。生みだされた剣風がその後ろの者達を吹き飛ばし、怯ませた。
「ドイルフーラさん……」
「総隊長からはおめぇへの手出しを禁止されてるからな。
 だったらお前の方に付いて楽しませて貰うぜ?」
 身の丈3mはある鬼族が、その身と同じ長さの大剣を持って構えればその威圧感たるや凄まじい。ましてやクロスロードでも知らぬ者は居ない律法の翼過激派の部隊長の1人とあっては生半可な実力者もたたらを踏む。
「え、遠隔攻撃だ! ありったけの弾をブチ込めっ!」
「そ、そんな事したら向こう側の味方に当たるぞ!」
「知るか! ぼうっとしてたら全員あの剣に砕かれるぞ!」
 その言葉が皆の恐怖を招く。緊張が一気に膨らみ、それに耐えかねた誰かが放った一発が全ての引き金を連動させる。
 ────かに見えた。
「とぉうっ!」
 暴発寸前の空気を腕力でブチ破る一撃。
混迷する集団の真ん中に物凄い衝撃と共に舞い降りたのは夕陽を乱反射するメタリックなボディ。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 死んだ婆ちゃんも呼んでいる!」
「いや、そこに呼ばれるのはダメでしょ!?」
 思わず突っ込みを入れる律儀なヨン。だが、その表情は幾分安らいだ。
 その間にも「彼ら」は掛け声とともに橋の上に降り立ち、或いはバイクでなぎ倒しながらその場へと集結する。

「ふ、正義のために 俺『達』参上!」

 HOC────個性あふれて極りない『正義の味方』の集団。律法の翼のような『法』を求める者ではない。ただ、己の中に刻まれた『正義』を盲信し、命を掛ける者達。
 満を持して現れた個性の塊たるヒーロー達がヨンを取り囲む雑兵を吹き飛ばしていく。
「みなさん、ありがとうございます」
「ふ、正義を為したまでよ」
 びしりとサムズアップで応じるヒーロー。正面の敵へと視線を向け、力の限り正義を為そうとした瞬間
「でもそれもそこまでよ!」
「なにぃ!?」
 ぐじゃり、と、人体が発してはならない音が橋の上に木霊する。
 その頬に形容しがたい衝撃を受けたヒーローの一人が人体とは思えぬ飛距離を舞って、彼方の川面へと落ちて行った。
「はん! ヒーローが勢ぞろいじゃない。みんなまとめて消し去ってあげるわ!」
 ばさりと漆黒のマントを靡かせて宣言するのは顔を格下の悪の少女。
「だ、ダイアクトーまで着やがった!」
 取り囲んでいた者達が恐れと苛立ちを混ぜこぜにした叫びを挙げる。そうしている間にも統一された戦闘服の集団がどっかの部族の巨大仮面かとツッコミを入れたくなるような盾を持って縦列突撃を慣行。まるで彼女らの舞台とばかりにヨンの周りに展開する。
「見つけたわよヨン! あんたをブチ倒す!」
「あ、あれ?」
どうして自分に敵意を向けているのだろうか。という疑問が不意に脳裏に浮かぶ。彼女がつけ狙うのはあくまで『V』と言う名のヒーローのはずだ。
「そういえば私がVっていつばれたんですか?!」
「え? そうなの!?」
 きょとんとした答え。その後ろの黒服が「あちゃぁ」と頭を抱える。
「……えっ? ええ?」
「いや、なんかアンタがあたしの悪口言ったから、教育が必要よねーって言われて」
 ダイアクトーはさておき、黒服連中は比較的ヨンに好意的である。首領たるダイアクトー三世だけは本気で悪の秘密結社をやっているが、その他の者の共通認識は「悪の秘密結社興行」である。ノリ良く相手をしてくれて、しかも無駄に頑丈なヨンは都合の良い相手として協力関係にあるのだ。
「……い、今のはナシで。私の勘違いです」
 黄昏。その光の中、わずかにうつむく少女の表情は仮面がある以上にわからない。
 しかし、やがて聞こえてきたのは笑い声。
「ふふ、これぞ一石二鳥。日ごろの行いが良いせいね!」
「日ごろの行いの良い悪の首領って何ですか……」
 無論そんな突っ込みは聞きもしない。新たな乱入者たるダイアクトー三世はその小柄な体にそぐわぬ脚力で一気に間を詰めた。
「っと!」
 それを防いだのは鬼の大剣。がごぃんと拳を防いだとは思えない音を響かせ、その巨体がほんの少し揺らぐ。
「おうおう、話には聞いてたが、すげえ力じゃねえか」
「何よあんた!」
「ダイアクトー様、彼は律法の翼の指揮官です」
 ここだとばかりに近づき耳打ちした黒服の言葉に仮面の下の目が険悪に細められる。
「ああ? あの偽善者集団の? だったらアンタごとぶっ飛ばす!」
「やってみやがれ!」
 ブンと振りまわされた大剣。それに怯えることなく
「セカンドリミットリリース」
 その一言を口にして数百キロはあるだろう大剣を拳で受け止める。
「更に力が上がりやがった! こいつは良い!」
「ふん! 土下座するならあたしの配下にしてあげても良いわよ!」
「いいねぇ! ルマデアの旦那より上だってんならそれも考えてやるよ!」
 ガガゴゴと、拳と鉄の塊が凄まじい轟音を連打する。
鬼がその姿を凌駕した膂力で振るう金属の塊を小柄な少女が迎撃し、撃ち弾く。このクロスロードにあっても馬鹿げた光景に周囲の者は唖然とするしか─────
「っと!」
 ない、というのはあくまで格下のみの事。
 左に違和感を感じたヨンが身を逸らせばホビットのナイフが間一髪で空を切る。
「っ、いつの間に!」
 追撃はなく、ホビットは距離を取る。明らかに動きが違う。と、
「!!」
 空から落ちてくるのは豪炎。大きく跳躍し、それを何とか避けるも、
「今だ、撃て!!」
 今度は奥に控えていた集団の一斉射撃が開始される。
「っ!! 勘弁っ!」
 流石に避けられるものではない。致命傷を避けつつ腕や足で最小限に受けたヨンは、ふらつきつつも体勢を維持。持ち前の超回復力便りにダイアクトーとドイルルーフの戦いへと身を寄せる。
「てめえも混ざるか?」
「って、なんでさっきの一斉射撃喰らってないんですか!?」
「吹き飛ばしたんだろ?」
 戯言ではないと証明せんとばかりに身を打つ衝撃に歯を食いしばる。二つの攻撃が重なればまき散らされるのは衝撃波。
 隙を付いてヨンを狙っていた者達もこの理解の外側に近い乱戦に踏み込むのには躊躇して距離を取る。そこにHOCの連中がフォローに入り、またヨン達の周りに少しばかりの空間が生まれた。
「本打ち登場ってところでしょうかね」
 不意を付いたとはいえ、いつの間にか間合いへと踏み込める位置に只ならぬ動きの者が出て来ている。
「結構ピンチですかね」
「俺は楽しいが?」
「そりゃ良かったですね!」
 戦闘バカの感覚に付き合っていたら命がいくつあっても足りないと、不死族の青年が舌の上でぼやく。
 だが生まれた空間もあっという間に狭められる。別に彼らはドイルフーラ二もダイアクトーにも義理はない。巻き込む事は恐れていない。
 だが、その凄まじい轟音が自分の身で鳴らされる展開を恐れているだけだ。
「このこのこのこの!!!」
 相変わらずのダイアクトー。だんだんムキになって攻撃が荒々しくなっていけばその被害は格段に上がっていく。踏み込んだ足が橋を抉り、振り下ろされた大剣が砕いた破片を周囲に散弾のごとくまき散らす。
「ああ、もう! こうなればっ!」 
 少女ががしりと掴んだのは線路。ぎょっとする間もなく響いためきょりと言う音。
 流石に無茶だとだれしもが思う中、
「フォースリミットリリース!」
 その細腕がまるで布団でもはぎ取るかのように長いレールを引っ張り上げた。
 無論周囲はたまった物ではない。足元を掬われてぶっ倒れた者はまだ良い。すぐさまブン回されたそれを受けた者は次々と川へブチ込まれていく。
「ちぃ!」
 鎖のように扱われたレールは剣で防いでもしなって身を襲ってくる。袈裟切りで叩き落とすようにそれをいなすが、お構いなしにさらなる追撃が放たれた。
「おい、誰かあれを止めろ!」
 周囲からの悲鳴だが、一体誰がそれを為せると言うのか。
「この隙に抜けた方が良いですかね……」
 視線を前後に走らせるが、距離を取った分その向こうの壁は厚く感じる。
 再び開いた空間。周囲に視線を走らせるヨンの耳朶は欄干の向こうから撃たれた。
「今だ、やれ!」
声と共に降り注ぐは大量の液体。
「ぶわっ?! なんだ、こ、こりゃ……!」
 ドイルフーラが嫌そうに声を挙げる。だがヨンはそれどころではなくなってしまった。
 全身を炎で焼かれたかのような痛みが走り、神経がびりびりと不快な悲鳴を上げた。
「聖水……!」
 気付いた時にはもう遅い。ここで搦め手かと舌打ちするが、その感覚もどこか遠い。
「一気に制圧する!」
 まさに冷や水をぶっかけられた状態で戦いを中断させた二人の間隙を突くように、潜んでいた連中が動きだす。
 何よりも、勇ましい女性の声と続く銃声に背筋が凍った。
「クセニアさん、ですか。居ないと思ったら……」
 強引に腕を動かしてしびれ取りに指を触れさせるが聖水が降り止まない。
「きりがありませんね……」
 傘も、その代わりになる物もない。マントで凌ぐにも限界がある。一瞬マヒを解除してもすぐに同じ状態にされてしまう。
「やれ!」
 号令。そして数多の発砲音。統率された部隊からの一斉射撃を回避するのは最早絶望的だ。
「ちぃ! 鬱陶しい!」
 それはドイルフーラやダイアクトーにも容赦なく襲いかかる。鬼は剣を振り抜いてそのいくばくかを打ち払うが、数発が浅い傷を作った。
 ヨンもその恩恵にあずかったが被害は深刻。特に太ももに喰らった一撃が痺れを訴える神経をさらに炙るように痛みを脳髄まで撃ち放ってくる。
「銀の弾丸……! 大盤振る舞い過ぎますよ……」
 多少の傷などあっという間に回復するヨンも弱点で攻められれば為すすべ無い。
 詰み、が見え始めたと背筋に寒気を覚えた瞬間─────
「だぁあありゃぁあああ!!」
 最早銃弾ごとき肌にも食い込まないダイアクトーが鬱陶しいとばかりに線路を銃士隊へとぶちかます。
 泡を食って逃げ出す彼らだが、その数は決して少なくはない。それに
「よぅ、旦那。
 そろそろ仕舞いにしようや」
 夕陽を背にするように、橋の外側に舞う女性は獣じみた笑みを浮かべる。その周りには、選抜されたメンバーが投網を構えていた。
「ここまで、でしょうかね」
 ヒーロー達も主に黒服達やその他の追跡者たちと戦い手が離せず、ヨンへの手助けに向かえる様子はない。
「だと良いんだがな」
 クセニアは嫌そうに呟きヨンに向けていた銃口を即座に右へ向けてけて射撃。
「っと!」
 ガッという音共に錫杖で地面を叩き、それを回避。
「やっと合流だぜ!」
「雷次さん!」
「間にあったかな、と言いたいが、随分不利だな、オイ!」
 圧倒的数の差、しかもヨンの機動力が著しく低下している今、一人の援軍が決め手になるとは思えない。
「もう一人と同行してたんじゃねえのか?」
「お前を狙ってる最中さ」
 クセニアの言葉に雷次は即座に返すが、嘘である。一之瀬にはもう一つの橋へと向かって貰っていた。こちらに来るには時間がかかるだろう。
 増援は頼りになるが、いかんせん数が違いすぎる。
「詰みだ。やれ」
 自身は雷次へと銃弾を撃ち放ちながら指示。投網が広がるのをヨンは必死に避けようとするが不自由な今の状態ではとてもでないが逃げ切れない。
「ってわけで、頼むぜ!」
 応戦する雷次の発した声。
「了解」
 それに応じた黒の鎌が投網を引っ掛け
「重っ……っとぅ!」
 速度と振り抜きの遠心力を使って目標からほんの少しずらす。
「アインさん……」
「ホント、次から次に尽きねえな、おい。
こっちと悪手は打ってないんだぜ? 流石にいじけるぞ!」
 雷次の攻撃を避けて怒鳴るクセニア。左手でさらなる追撃を指示しつつ
「こっちとここまで準備したんだぜ!
 いい加減観念してもバチは当たらねえと思うんだがな?」 
「でも『それ』は」
 感情という言葉に心彷徨う少女は、思い浮かんだ言葉に迷い、しかし発する。
「きっと貴女と同じ想いでは動いていない」
「ンな事は重々承知だ!」
 集まった者の半分以上を斬り捨ててこの場を作り上げた自分なのだ。言われるまでも無い。
「そんな綺麗なコトバ一つででひっくり返されたら堪 んねえって!」
「だが、それに実力が伴えばひっくり返す力には充分だろ?」
 一気に詰め寄った雷次が錫杖を振り抜きクセニアの銃を弾き飛ばす。
「っく!」
「仕舞いだっ!」
「とは、いかんな」
 鉄扇の一撃が雷次の杖を迎撃。見覚えのない男の、しかし確かな技量に追い打ちを捨てて距離を取る。それを見定めて鉄扇を持つ男は構えを取る。
「こっちと確かに有象無象だがね。指揮官を取られるのを悠々見ているほどフヌケタ者ばかりでない」
 クセニアが集めた中でも実力を持つ者達。それらが一気に間合いを詰めていた。
「この戦い、この用兵に不服を持つ者は居るだろう。ならば名乗り出て代わってみよ。
 我らはこの作戦の指揮官を彼女と任じているがな!」
 周囲の者に声を響かせる男がニヤリと笑い、雷次と相対する。
「慕われてるじゃねえか」
「ガラじゃねえ!」
 予備の銃を抜いて苦笑い。
「しかし……」
 ダイアクトーの振り抜きのせいか、聖水の雨は若干弱まったものの、止んだわけではない。今だ不自由な体を最大限護るようにして周囲を見渡す。
「どうしたもんでしょうかね」
 包囲網は厚く、一騎当千の援軍もその突破には到らない。
 時間切れを狙うには未だ時はありすぎて、打つ手に窮したわけではないが、決定打には程遠い。
 どこかで一手決定打か悪手を打てばころりと転がりそうな状況を前ににして、この場に立つに相応しき者達は同じ考えを異口同音に心中に唱えた。

 どう動くべきか、と。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 長くなりましたが次回クライマックスって所でしょうか。
 ヨンさんが捕まる可能性も大いにあるこの状況。
 さてはて、どうなることやら。
 ではリアクションよろしくおねがいします。
『Vampire hunt』
(2013/07/27)
「流石はクロスロード、と言ったところだねぇ」
「何を悠長に」
 屋上から足を投げ出して夕暮れに染まる橋を眺める少女へ窘める声が飛ぶ。
「あれ以上線路を壊されては困ります」
「にゃはは。まぁ、線路くらいだったらセンタ君ですぐ修復できるっしょ。
 でもま、そろそろシャレじゃ済まないってのも事実だよね」
 まだ二日目だって言うのに、と呟いて猫娘は立ち上がる。
「でも、水を入れると色々文句言われるかもよ?」
「そもそも、今回の判断に問題があると思います」
「そりゃそうでしょ。ヨン君には悪いけど、そう言う風にしたんだもん」
「……どういうつもりですか?」
「もうクロスロードは「彷徨い到った個人」の世界ではなくなりつつあるにゃ」
 気が遠くなるほどの数の扉が扉の園、そして扉の塔に張り付いている。そこから日々来訪者が到り、去っていく。しかし同じ扉から到った者───端的に言えば「同郷」の者などどれだけ居るというか。
 理由は様々だが、この世界に来る者は個、多くとも十数名の集団でしかなく、それは万の単位に到るクロスロードではほんの小さな集いに過ぎないはずだった。
 だが、眼下の光景はそれを否定する。
 周囲に展開するのは「律法の翼」。1人の番隊長以外は我関せずとばかりに観戦に徹しているが、その数、そして軍事力はクロスロードでも随一であろう。
 その内側で、負傷者を救護するのは「施療院」。川の下では「アクアタウン」の住人や「インスマ‘s」が落下者の回収作業を行っている。
 渦中のヨンを中心としたヒーロー組織「HOC」、即席とは言えあるまとまりを見せつつあるクセニアの集めた戦闘組織。そんなヒーローと戦いながらも被害の拡大を防いでいる「秘密結社ダイアクトー」。これ以外にも多くのそしき集団が、組織として確実にこの街に息づいている。
「人は弱いから群れる。とは人の世界じゃよく言われる言葉にゃけどね。
 人で無くとも個は他を求める。他を認め、他に認められる事で自己が存在する事を確認する必要があるから。それは神も魔も、竜も変わらないにゃ」
 ルティアは口をつぐんだままアルカの背中を見つめる。
「個が集まればそれはひとつの意志になる。その意志の放つ声は大きくなり、更に広く、他へと響く。もうその段階まで来ているにゃよ」
「……管理組合はもう必要ないと?」
「町の公共施設を管理する組織としての存在意義はあると思うにゃよ?
 でもこの街のルールはそろそろあたしらだけで決めて良い物じゃないと思うにゃ」
 そうは言ってもと、翼の少女は眉根を寄せる。
「一歩間違えれば内戦になりますよ?」
「かもねぇ」
「そんな楽観的な……!」
「意志ある者が触れ合うってのはどんな関係であっても戦争が形を変えた物にゃよ。自と他、その境界を敷いての比較。優劣を競う作業に他ならないにゃ。
物理的に争うかはその優劣をひっ繰り返す、或いは維持する労力が得られる幸福に見合うかどうかって判断の結果にゃね」
だから、と下の光景に再度視線を向けて続ける。
「でも殴られた事のない子は殴るリスクを想像できない。それはとっても危険な事にゃよ」
「……そのための、予行演習だと言うのですか?」
「だってこの街を壊されたくないもん。変わっていくのは必然にゃけどね」
 だから、と声を伴わぬ言葉で呟き、少女は空に舞う。
「そろそろ、仕舞いかなっと」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 橋の上を「乱戦」という言葉が埋め尽くす。
 誰が敵で誰が味方かすら曖昧になりつつあるその場で、中心人物たるヨンは降り注ぐ聖水に身動きを封じられていた。
それを狙う者、護る者が激突し、その余波は情け容赦なく周囲にばら撒かれている。思いもしない所からの攻撃に倒れる者も少なくなかった。
「やっべ、楽しいな……!」
 乱戦をくぐり抜けてヨンだけを狙ってくる者を迎撃しつつ、雷次が呟く。
 不謹慎なんて言葉は掛からない。彼に限らず、戦いその物を楽しみ始めている者は猛り、己の獲物を振るっている。その最たるがクロスロードという場から見ても常軌を逸した戦いをするドイルフーラだろうか。
「でも、このままだとジリ貧」
 同じく敵を迎撃しながらアインがぼやく。
「だな。一時的に結界で雨をよける事は出来るが……」
 いざ動き出して結界が壊されればその場で再びダウンするし、間近のドイルフーラとダイアクトーの戦いが防波堤になっている今、下手な移動は身を危険に晒すだけともなりかねない。
「……手段はある」
 言ってアインがヨンへ近づく。それを見て雷次はイカヅチの結界を発動。それにより弾かれた聖水がヨンへ降り注ぐ事がなくなった。
「ありがとうございます」
 一気に痺れが緩くなり、ヨンは無理を押して肩膝を付く。
「……」
 そんなヨンをじっと見つめる黒の少女。その余りのまなざしに訝しげに眉根を寄せた。
「ヨンさんの…命、私に預けて」
「え? な、何をするつもりですか?」
 答える代りにぐっと身を寄せ抱きつく。その光景に張りつめた戦場の空気に軋みが走る。
「っと、行かせねえよ!?」
 その隙(?)を突いて空を往こうとするアインへクセニアが銃口を向けるが
「そりゃこっちのセリフだぜ」
 割り込んだ雷次の攻撃に舌打ちして迎撃。
「テメエには用は無いんだが?」
「そいつは残念だ」
 仕方ないとクセニアは小さく舌打ちし、
「おいおい、ヨンが逃げようとしてるぜ! しかも女に抱かれてな!」
 大きな声が乱戦の中を駆け抜ける。
 交錯する視線。飛翔に出ようとしていたアインが集中する威圧感に眉根を寄せてドイルフーラの争いの影に滑りこむ。
「ここまで追い詰めたんだ。
さあ誰がテーブルの上の掛け金を総取りするか、力で決めようぜ!」
「厄介な……!」
「当然だろ?」
 ここでまんまと逃げられるわけにはいかない。
「いい加減観念するんだな」
 その意志を込めて宣言し、乱射。その狙いは邪魔な雷次でなく、ヨンを包む結界だ。
 再び砕かれた結界が聖水の雨をヨンへ浴びせかける。
「っ……!」
 再び訪れる痺れ。しかし
「流石に長時間続けられるものではないですよね」
 勢いは確実に弱まっている。これならばと体に力を入れつつも、期を狙う。先ほどよりも動けるとしてもこの乱戦の中、体の鈍さは命取りだ。
 もう少し、何かが欲しい。
「というか、アインさん……?」
「……ん?」
「ええと、一旦離れませんか?」
「いざという時、間に合わない」
「いや、ですがね……」
 持ち上げて飛ぼうとしているせいか、ぎゅっと抱きしめたままだ。なんというか、はたから見たらどう見えるか……
「レヴィさん、大喜びですかねぇ」
 ぼやき一つ洩らして意識を集中させる。彼女も自分のために動いてくれているだけなのだ。ここで体面一つ気にするのは失礼と言うものだろう。
「もう数分、均衡が続けば、聖水も尽きますかね……」
 だがそれは希望論で、現実にはもっと長い時間が必要かもしれない。
 聖水を購入した者を使用しているならまだ良いが、或いは川の水に神聖属性をエンチャントし続けているとすれば……
「もう一手、何か……」

 その願いに応えるかのように、
 ズンと、地面が揺れた。

 ドイルフーラとダイアクトーの戦闘かと視線を向ければ、そこにもう一つの巨体があった。
「何、アンタ?」
「おや? てめえは……」
 訝しげな言葉と喜びの声音。
「加わりたくなった」
 静かな声音。足は、体は静かに動き、構えを取る。
 その巨体の、まるで弓を引き絞るかのような動きに周囲が巻き込まれたかのように静まり返る。
「どちらでも良いぞ」
 いつもなら軽口叩いて突っ込んで行くダイアクトーすら動かず乱入者───ザザの動きを注視する。
「良いねぇ。お前はこっち寄りか」
 一方の鬼の面に笑みが浮かび、しかしザザは応じない。
 ただ、行動のみに応じるとばかりにその構えは揺るがない。
 故に鬼もまた、ダイアクトーの事を忘れたかのようにザザだけを見て獲物を構える。
「今……っ!」
 それを機と見たアインの小さな呟き。咄嗟に反応した雷次が再び電撃の結界を構築し、雨を遮断すると同時にアインは動きだす。
「チィ!」
 クセニアのクイックドロウ。その動きがまさしく引き金となる。
「だぁああらぁあああああああああああああ!」
 剣と呼ぶには余りにも無骨な、金属の塊が鬼の鍛え上げられた筋肉に従って唸りを上げる。

 『それ』は打撃であった。
 それ以上でも、それ以下でも無い。
 ただ打撃である。
 だがそれはザザの行為を指示しているわけではない。
 彼の足が、腰が、背が、肩が、腕が、拳が、頭が、肺が、心臓が。
 その全てがただひと振りの『打撃』となる。
 全てを排し、己をただ一撃のための機構とする。

 ドイルフーラの攻撃は技であった。人型で強靭な筋肉を持つ鬼と言う種族の特性を最大限に生かし、その鉄の塊に一分の無駄も無く最大加速を与える技術。
 個の出せる力に様々な物理法則を経験則にて最適化し、作られた動き。
 それを、

 ずん と、世界が鳴動するのを誰もが腹の底に響く音で錯覚する。
 いや、錯覚では済まない。
 まさしく爆弾が落ちたかのような衝撃が周囲をなぎ倒し、吹き飛ばす。
「非常識すぎっだろ!」
 比較的近距離に居たクセニアが、しかし打撃が交差しただけで生まれた衝撃が伝わる範囲としては非常識な現象によろめきながらも呻く。
 非常識。
ザザが放った一撃はまさにそれを体現していた。
常識を「絶」し、己を「絶」するそれはザザという恵まれた体格でも本来なし得ぬ───非常識な一撃。
「……がぁ……」
「ぐ、う……」
  爆心地たる二人の巨体も揺らぐ。
 何がどうなったのかと身を起こした者はまずドイルフーラの手に収まっていたはずの物に目を見張る。
「折れて……!」
 その剣は半ばで砕かれ、消えていた。
それだけに飽き足らぬとばかりに、鬼の口から血があふれる。
 だがザザも無事に済まなかった。
 撃ち抜いた拳が赤に染まり、今も尋常でない血液があふれ出して地面を濡らしている。
「相打ちと言い張るにゃ、ちとかっこ悪いか」
 鬼が自嘲じみた笑みを浮かべる。
ザザの体は充分に動くが ドイルフーラは堪え切れずに膝を突いている。
「体に当たっていたら大穴が開いていたな……」
 それでもなお軽口を叩けるのは流石と言うべきか。
 ザザは砕けかけた右手をゆっくり動かし、そこにまだ力がある事を確かめる。
「次、か?」
「茶々入れて、カッコつけてんじゃないわよ!」
「それもそうだな」
 もう一撃は無理だと認識はしている。が、彼女の言う通り割り入った者が背を見せ逃げるわけにも行くまい。
「お嬢様」
 不意に、黒服の一人がダイアクトーの傍らに現れる。
「そろそろ自重ください」
「なによ! まだやれるわよ!」
「いえ、もう想定以上に力を使っています。ここは退いてください」
 その会話は雷次やアインにまで届いている。ここで防壁となっていた戦いが失せれば。数の圧力が押し寄せてくる。
「踏み切る……!」
 アインが再び行動を開始。それを逃さぬとばかりにクセニアが一気に間合いを詰める。
「逃がさねえって言ってんだろ!」
 アインは欄干を越える形で右へ。そこにクセニアが縋り、ヨンの足を掴む。
「危な!?」
「流水にでも落ちて貰おうか!」
 もみ合う形の三人に雷次も手出しできず、構わず彼女らを狙う攻撃を弾く事に専念せざるを得ない。そんななかふらふらと危なっかしい空中浮遊を続ける三人がついに橋の下へと落ちた。
「ちっ! 追えっ!」
 確保しなければ意味は無いのだ。空を飛べる者が追撃を掛けようとするのをHOCのメンバーがすかさずインターセプト。
 再び始まった乱戦を前に、雷次は困ったように頭を掻く。
 川に落ちる振りをする手はずは聞いていたが、そこにクセニアの邪魔が入ったとあっては実際に落ちたのかもしれない。

 まぁ、実際のところ。
 同じく落ちる振りを考えていたクセニア、そしてアインとヨンは橋の下側に張り付いていたのだが……

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 ドーモ。神衣舞です。
 戦闘という面ではこれで終了の予定です。次回アルカがというか管理組合が橋の上に乗り込んできます。流石に町に被害出し過ぎだよーって感じですね。
 今回最終回のつもりでしたが、戦後処理()と言う事で余計に一話追加します。
 ではリアクションよろしく。
『Vampire hunt』
(2013/08/17)
 目標のロスト。
 その事実が橋の上の乱闘に水を差していた。
 一際大暴れしていたドイルフーラは武器を失い、ダイアクトーも撤収したとあっては火種も無い。騒音に慣れ切った耳が違和感を訴えるほどの静寂が場を支配する。
「ちぃ」
 雷次は疲れを吐き出すような舌打ちをする。
 何人かはすぐさま追うように橋の下へと飛び降りた。川までは実はそんなに高さはない。と言っても気軽に飛び降りれる高さでも無いのだが、飛行術を使える者ならばその判断も当然だろう。
「行くのか?」
 掛けられた声に身を震わせるが、それは自身へ向けられた言葉ではない。
「ああ、確かめるべきは確かめた」
「ハ! 俺様の愛剣をこんなにしちまって、さぞ満足だろうよ」
 鬼の言葉にザザが肩を竦める。
「その割には適当に放っているな」
 彼の言う通り、ドイルフーラの砕けた剣はその柄の部分を穴だらけの橋に放りだしていた。
「全力についてこれねえようじゃ、愛想も尽かすってもんだ」
「……武器のせい、だと?」
 険が籠らなかったのは、どこかその言葉に納得してしまったからだろう。事実この鬼は戦闘不能になったわけではない。新たな獲物を得れば当たり前のように破壊をまき散らす事だろう。むしろ、獲物すら必要とはしないかもしれない。
「いやこっちの負けさ。今日は充分に楽しんだ。仕舞いだ仕舞い。」
 胡坐をかいて鬼は手をひらひらとさせる。
「獲物を選んだのは俺、それで挑み、砕かれた事実は変わらねえ。
 それによ、テメエももう一回同じ事できんのか?」
 ニヤリとふてぶてしい笑みからの問い。祖手に対する答えはNO、だ。
 「絶の一技」に二の矢は無い。前も後ろも無く、ただ今この場において己が力の全てと化すための技。通れば砕き、通らねば己が砕かれる。純粋にして残酷な、放てば結末へ直行するしかない無謀なる一撃。
 故にザザも同じ破壊をもう一度再現しろと言われても今この場では不可能だった。
そう、仮にこの鬼がやる気になれば、自分の敗北は充分にあり得る。
 それを見抜かれまいと闘志を消さず、姿勢を崩しても臨戦態勢であったと言うのに。
鬼は呵呵と笑い、集まる者達の視線を集めながら立ち上がる。
「また戦ろうぜ、獣」
「……俺は、先を目指す」
「ハ、なら背中に怯えるこった」
 今は下に居てやると、プライドを見せずにただ戦いの快楽に身を浸す鬼の言葉に獣と呼ばれた男は小さく身を振るわせる。
 そして、そのやり取りを一部始終間近で見ていた雷次もまた、身に襲う震えを堪えていた。
 これがこの混沌とした町で名を馳せる者達であるのだ、と。
 ダイアクトーの暴風の様な破壊、ドイルフーラとザザが見せた暴力に技を乗せた絶技、そのどちらも自分が前にして対抗できようか。
 気がつけば、近くの誰も彼もが彼らのやり取りに耳を傾けていた。そしてその反応は二種類に分かれている。
 片方はその姿をじっと見つめ、まるで己を確かめるかのように手を握り、身を奮わせる者。
 もう片方は視線を逸らし、どこか抜けたような笑みを洩らす者。
 そのどちらともが己から同じ問いを突き付けられているのだろう。
 即ち、その高みに己は到れるか。
 果たして自分はそのどちらに属するのか。
 鏡の無いこの場で確かめようもない。が、願わくば前者でありたいと声なき声で呟く。
「っと、ダンナを追わないとな」
 場の膠着を壊さぬように、足音を殺して雷次は欄干から川へと身を躍らせる。
 その緊張から脱してしまえば、ふと虚無感が胸に溢れて来た。なんというか、おいて行かれた気がしたのだ。
「ちゃんとやっているつもりなんだがなぁ」
 今回はひたすら引っかきまわされた事もあり、その言葉にもどこか自信が無い。為すべき事は為した。手抜かりが無いと言えば語弊はあるだろうが、情報も行動も限られた環境下で充分なバックアップは為しただろう。
 それでも、ようやく合流した護衛対象はまた行方知れず、更には高い壁を見せられて少々気が迷っているようだ。
「さっさと合流したいもんだが」
 と、川面へと近づこうとした雷次の頭にこつりと小さな衝撃。驚いて振り返れば橋の真下に張り付く影。
「おいおい、アンタはどこまでも、だな」
 苦笑い。一見しただけなら女性二人に両脇を固められている色男の図。
 アインとクセニア、そしてヨンは橋の裏に張り付くようにしながら、緊張を漂わせているのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「どういう、こと?」
「そのままの意味さ。元々俺はヨンを始末するつもりはなかったからな」
 あれだけの勢力を引きつれて何を言うのだろう。普段表情に乏しいアインが眉根を寄せる様を見て、クセニアは喉で笑う。
「有象無象をかき集めて運用したほうが突発的な事故は少なくなるだろ?」
「……確かに、そうだけど」
「それに、俺が敵なら雷次を呼びとめさせるなんてしねえぜ? 不利になるだけだろ?」
 此方へと近づいて来る雷次へ視線をやり、アインは黙考。
「そうかも……だけど」
「で、クセニアさん、あなたの要求は?」
「いや、もう充分にやらかしたし、これ以上は暴動だなんだってこっちが賞金首にされそうだしな。そろそろ終わりで良いと思っただけさ」
 気楽に言うもヨンとアインの、そして近づいてきてその言葉を聞いた雷次の表情は硬い。
「本当なんだけどねぇ」
「……報酬を要求された方が、まだすっきりする」
「同意します。あの聖水の雨にしろ、弾薬にしろ、出費はあったはずですからね」
「そのあたり立て替えてくれるのかい?」
 流石に即答はできない。彼女が結果的に何人引きつれていたのかも定かではないのだ。
「いいよ。立て替えてあげる」
 新たな声にクセニアは銃を向ける。
「ああ、やっぱりアルカさんでしたか」
『……増えた』
 アインと雷次の声がハモるのをヨンはばつが悪そうな顔で聞き流す。
「やー流石に路面電車の線路破壊されたら放っておけないからねぇ。間もなく橋の上から撤収させて緊急工事にゃよ」
「で? 立て替えてくれるって話は?」
「うん。迷惑料的感じかな。クセニアちんだっけ? 君のお陰で無秩序な行動がかなり抑えられたしね。不満が出ない程度の報酬は払うにゃよ」
「そいつはありがたい」
「……迷惑料って、そもそも管理組合が始めたようなもんじゃねえか」
 雷次が先ほどからの苛立ちも交えて不服そうに呟くのを聞き、アルカは苦笑を見せる。
「あちしらは管理すれども統治せず、がモットーにゃよ。町の保全に支障さえなければ殺人だろうが知った事じゃないにゃ。行政、司法、立法のどれも有していないんだから」
「……橋と線路が破壊されたから、出てきた?」
「そう言う事になるにゃね。まー、予想したよりも小さな被害で良かったにゃよ」
「あれで、かよ」
 クロスロードの建材は見た目より遥かに強固だ。窓ガラスも鋼鉄並み。性能だけ見ればシェルターとタメを張るかもしれない。そんな町をあれだけ破壊して「小さな被害」とは。
「一区画くらい吹き飛ぶかなーとかこっそり警戒してたんだけどね」
 笑顔で物騒な事を言う猫娘。
だが、あれだけの人と火力が集結し、ドイルフーラとダイアクトーのような化け物が交じっていたのだから、決して悲観的な予測ではないのだろう。
「アルカさん。貴女は一体何がしたかったのですか?」
「あたしはなにも」
 すっと目を細め、チャシャ猫の笑みを作る。
「管理組合のアルカが望むのはこの街の存続だけにゃよ」
「……じゃあ、この馬鹿騒ぎが町の存続に必要だったって言うのか?」
 雷次の刺すような問いかけにアルカは肩を竦める。
「必要かどうかは知らないにゃ。でも町は選んだ。あたしらは町の存続のため、被害が最小限になる調整をした。そう言う意味にゃ」
「……町が、選んだ?」
「賞金首システムによる吊るし挙げ。こんなの管理組合がどうこう言う前に町の住人が止めるべきにゃよ」
 それは確かに正論だろう。が、
「そうなると思えない」
 アインの言葉にアルカは笑みで問う。
「どうして?」
「実感が、無い」
 雷次はその意味を考え、当事者以外の事だと察する。
 確かに実感はない。当のヨンからすればとんでもない話だが、自分一人がいきなりターゲットとして町中に狙われるというビジョンが描けない。この騒ぎが始まる前までは。
「じゃあアンタはヨンをダシにしたってわけか?」
 クセニアの機嫌悪そうな言葉。アルカは表情を消してほんのわずか背後を振り返る。
「あの人が関わってなきゃ別の手段もあったんだけどね」
 言われて初めて気付く。美しい女性が中空に立ち、微笑んでいる事に。
「レヴィ……さん」
「ふふ。ヨン。随分と憔悴してるわね」
 主犯とも言える存在の登場にアインと雷次も身構える。
「酷い目に遭いましたよ。
 ……これで満足なんですか?」
「あら、勘違いしないで。私は貴方の事が大好きで、あなたが苦しむ様を見たがっていたわけではないのよ?」
「……それは、酷い言い草」
 アインの言葉に嫉妬の神は笑みを濃くする。
「ったく。
ワールドエラーNo3、レヴィアタン。できるなら封印しちゃいたいんだけどね」
「あら、できるならどうぞ?」
 できない、と、このクロスロードでも頂点の力を持つと目される少女は無言で認めた。その事実だけで息を飲むに充分だ。
「今回はもう閉幕にして欲しいんだけど、いいかにゃ?」
「結構よ。これ以上いとしい使徒に憎まれたくはないもの。私が欲しいのは嫉妬だけだから」
「……私は、これで良かったのですかね?」
 ヨンの、どこか自嘲したような言葉にレヴィは慈母の笑みを浮かべる。
「貴方が貴方のままで居ることが私の望みだわ。
 変に意識して委縮なんてする必要はないの」
「その要求に今回の一件はそぐわないと思いますが?」
「いいえ? 今回の件、私は止められたけど、私が始めたわけじゃないもの」
 レヴィの言葉にヨンは驚きの表情を見せて、それから少し間を空けてこめかみを押さえる。
「それは詭弁では?」
「でも事実よ。
ねぇ? ケルドウム・D・アルカ?」
 話を振られた猫娘はやや嫌そうな顔をしながらも、しかし表情を改めて
「事実にゃね。
あたしは別に望んでいない。
これは今回でなくてもいつか起きた事件で、ヨン君は絶好の火種だっただけにゃ。
 火種の周りに可燃物をばら撒いたのは間違いなくこの人だけど」
「……だから、止めずに、制限した?」
 アインの追及にアルカは頷く。
「ヨン君には悪いけど、君はこのクロスロードでも結構な実力者で、しかも支援者も多い。だから一方的なリンチにはならないし、実際ここまで事を運ぶ事が出来たにゃ」
「ひっでぇ話だ」
 クセニアが吐き捨てるように呟くのを少女は苦笑で応じる。
「あたしら管理組合は次の段階に移行しようとしているにゃ。あたしらは本当にただのインフラ管理組織になり、この街をこの街が生んだシステムで管理する。そのための橋渡し段階にね」
「言わば、革命戦争みたいなものってか?」
「あたしらには大きな敵がいる。だから内部で流す血は少ない方が良いにゃよ。
 明日にはちゃんと肩を並べて戦えるように、ね」
「私は、これからも嫉妬されるんでしょうか」
「私の有無に関わらずにね。でもクロスロードに措いてそれは決してデメリットだけではないわ。
 当然知っているわよね。ターミナルにおける力の原理を」
 端的に言えば『自己認識』『世界認識』そして『他者認識』。
「この世界では隠者は強者になれないわ」
「……私は……」
「そんな物を望んでいない? そうかもしれないわ。
 でも貴方が望む事を為すために、あなたは力を欲する。そうでしょ?」
 分かった口を叩かれて、しかしヨンは黙り込む。
「ふふ。私は楽しみにしている事があるの。
 貴方が人々の嫉妬すら霞む存在になるのではないか、って」
「それは……『試し』?」
 別の『試し』を突きつけられたアインの問いにレヴィは目を細めた。
「ええ、そう。道の極みには嫉妬は寄り添わない。そこにあるのは畏敬のみよ。
 ヨン、歪んだ英雄、羨望者。
 貴方が嫉妬する誰かの背を貴方は越えるのかしら?」
 その言葉を最後に、レヴィは闇夜に解けるように消えた。
「……勝手な事を言うな。流石は『神』 ってコトか」
 クセニアが重い息を吐く。なんだかんだその威圧感に反抗する気力を奪われていた。
「それで、これからどうします?」
「君たちが良いならあちしが明日まで匿うにゃよ。
 報酬については先ほどの通り。クセニアちんには費用を支払うし、それとは別に迷惑料、って言うのも何だけどそれなりの額を支払うにゃ」
「……ま、俺としたら異論はねえな。結果的にヨンの護衛は成功って事だし」
「……私も」
 雷次とアインが応じ、クセニアもややあって頷きを見せる。
「ま、こっちもケジメ付けられるならありがたい限りだしな」
「ヨン君は?」
「皆さんが納得して、異議もないですよ。
 レヴィさんとも話はできましたし」
 とはいえ、その言葉は重く、呑み込めてないという空気が確かにある。
「まぁ、神なんてどこの世界でも勝手気ままなものにゃよ。
 応えるのも知らん顔するのも人の自由にゃ」
 猫娘はそう言ってパチンと指を鳴らして術式を発動させるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 結局、三日間の鬼ごっこはヨンが逃げ切った形で終幕した、という事になった。
 三日目の昼ごろからは見切りを付けた者達は解散。諦めきれない男達が醜態を晒し、この一件について住民たちは色々と考えされられる事となった。
 橋と線路の復旧はセンタ君達総がかりでその日のうちに完了。翌日には何事も無かったかのように路面電車が走っていた。
 律法の翼からは管理組合への抗議文が向けられ、その文面は一般にも公開された。
 無法が齎した事件。
 端的に言えばそれを語った文面もまたしばし住民の会話の中心に収まった物の、結局は大きな進展なく日々を取り戻す。

 しかし、律法の翼とHOCはこの一件以降、そのメンバーを爆発的に増やす事となった。
 これが後に何をもたらすのか、未来の見えぬターミナルで知る者は居ない。

-**--**--**--**--**-

 というわけで、これにてinv28 「Vampire hunt」は閉幕となります。
 ヨンさんには色々とワリを食わせてしまいましたが、クロスロードの転換期の、その始まりを刻めたかな、と思います。
 報酬としてはアルカよりそれぞれに10万Cずつ渡されることになります。
 ザザさんにも案内が行きますが、受け取るか拒否するかはご自由に。
 また必要経費としてクセニアさんには別途支払いがあります。

 では、次のシナリオもよろしくお願いします。
 片方は硬いシナリオになりそうなので、お馬鹿系やりたいなぁ……(=ω=)

PS、ルールに従い、ザザさんの絶の一技を見た者は習得可能となります。
  またヨンさんは『ステージU』を覚える事が可能となります。
  『ステージU』は能力値に関わらず習得可能な『ステージ』です。
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