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【inv29】『彷徨える山』
『彷徨える山』
(2013/05/22)

「勿論知っているとも」
 冬の寒さを脱した今日この頃。
 なんかやたら暑苦しいのはきっと筋肉率のせいだろうか。なにしろ余り広くない居酒屋に筋肉が集っているのだ。視覚的にも暑苦しいったらありゃしない。
 そんな中に一人、一見優男が居るのだから、これはもう……そっち系の人ならば妄想だけで半年はいきていけるお腹いいっぱいに違いない。
 そんな事はさておき、一際素晴らしい筋肉の対面に座るヨンは、ヒャッハーズの首領から酒瓶を突き出されながらその言葉を聞いた。
「北をうろついているなら知らん方がおかしい。
 元々は凶兆のように扱われていたからな」
「凶兆?」
 コップに並々と注がれる酒を見つつ吸血鬼は問い返す。
「ああ、見たら死ぬってな。無理して山を追い掛けた連中が、帰れなくなって消えたってのがその実態だろうがな」
「なるほど。皆さんは見た事あるのですか?」
「あるさ。北へ大体50kmくらい進めばたまに見る」
「追いかけた事は?」
「数度あるが、諦めた。なにしろ蜃気楼のように決して追いつけんからな。
 何かトリックがあるんだろうが、解明できん」
「蜃気楼……」
「蜃気楼ってのは熱により屈折した光が見せる遠くの光景だ。歩きならばともかく、駆動機を使って実物に辿りつけんとはなかなかに考えづらい。それにオアシスのようなサイズならまだしも、目測でだいたい標高500mはある山だ。蜃気楼って事はあるまいな」
 巷で「考える筋肉」とも呼ばれる男は、ぐいと清酒を飲み干して呟く。
「貴方がたも参加されるのですか?」
「当然だとも。縄張り意識があるわけではないが、ぽっと出に持っていかれるには惜しい手柄だ」
「しかし、何故近づけないか、が問題ですね」
「まったくだ。『逃げ』方は蜃気楼に近いのだがなぁ」
「そういえば、どんな山なのですか?」
「岩山と称するべきかな。荒野が隆起して山になった。そんな感じだ」
「なるほど……」
「で、お前は参加しないのか?」
 問いを返されてヨンは微苦笑を浮かべる。
「暫くは静かにしておこうかと」
「殊勝が美徳とは限らんぞ?」
「日常もまた愛すべき時間です」
「時を捨てた種らしからぬ感想だ」
 不死種である事を上手く言われて、ヨンは杯を少しだけ呷る。
「捨てたわけではありませんよ。そうですね。愛おしくて手放せなくなったと言えば聞こえが良いでしょうか?」
「そんな事を言うから女の目を惹くのだろうな。
 どうやったって変わらんさ」
 これにはヨンは参ったと苦笑いをする。
「まぁ、どうするかは勝手に決める。それがこの街の流儀に違いない。
 俺達の祝勝会には呼んでやるさ」
「楽しみにしています」
 ヨンはそう応じて杯を合わせたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「それだけの情報で何と答えろと?」
 言い放つような手厳しい言葉ではあるが、これは彼女のスタンダードで、決して不機嫌と言うわけではない。
「それで想像がつくなら、とっくに解決している、か」
「じゃろうな。詰まる所、その『簡単に思いつく事の外側か、内側』じゃろ」
「内側?」
「灯台下暗し」
 灯台の足元がどうしたと首をかしげるが、PBの訳を聞いてなるほどと顎をさする。
「ありきたりすぎて逆に考えていないことか」
「見えぬ、分からぬという点においてはそう変わらんがな」
「ありそうな話ってのは?」
「いくつ唱えれば気が済むかえ?」
 肩を竦める。聞いたザザとて可能性だけなら軽く10は言える。
「ここがターミナルでなければある程度推測もできようがな。わしらの常識の範囲外で起きておる現象かもしれぬ。頭で考えても正解かどうかなぞ、分かりようもない」
「山がびゅんびゅん転移していてもおかしくないわけか」
「大気が存在する以上、そんな事をやれば突風が生じるじゃろうがな。果たして大気制御までできればそれもない。難儀な話じゃ」
「ならば、だ。ティアロット、お前、この話に参加するつもりはないか?」
「む?」
 今の今まで小難しそうな本に視線を落としていた少女が、訝しげに翡翠色の視線を上げる。
「空から探すのが手っ取り早いが、空を一人で行くわけにも行かないだろう?」
「さりとて、2人でも変わらぬ。要するに『目撃者が確実に存在しない空』で消失は起きておるのじゃから」
「そうなのか?」
「消え方が分からぬ以上確実ではないがの。二人乗りの航空機が消失した事例はあった。
 大襲撃前の記述故、信憑性は知らんがな。ガイアスの連中はあの頃は色々とやっておったからのぅ」
 『ガイアス』という言葉に若干眉根を寄せるのはその言葉を聞いた事があるからだ。どこでと記憶を探れば
「ああ、最初に対立していた三大組織か」
「うむ。科学技術に秀でた世界で、当初は戦車や戦闘機、大量の重火器を持ちこんでおった」
「それじゃあ、二人なら何とかなるってわけじゃねえのか」
「いや、一人が地面を、一人が空を往き、地上から目視可能な範囲に居れば消失は免れると思われる。現にクロスロードから大体10km範囲での消失は起きておらん。これは扉の塔からの目視可能距離並びに、登頂者同盟や塔から周囲警戒している者のおかげと思われておるな」
「なるほどねえ。
 ……現地で駆動機持ってるやつと連動して空と陸を往く方が良いか」
「じゃろうな」
「それを抜きにして、来る気はないか?」
「興味はあるが、仕事もあるし、長く空けると面倒もあるしのぅ」
 言いながらティアロットは本を閉じる。それから視線をザザの後ろへ。
「え、ええと……ティアさん、お知り合いですか?」
 振り返れば綺麗なブロンドの少女がおっかなびっくりザザを見上げている。見るからに弱気な少女の陰には小さな女の子の姿もある。
「うむ。あのでかい獣じゃよ」
「……ええ?」
 そう言う覚えられ方をしているのかと眉根を寄せるが、確かにあの姿をさらせば覚えられるのも無理はない。
「こ奴らの面倒を見らねばならぬからな」
「め、面倒ってどういう意味ですか!
 ティアさんの方がよっぽど……!」
 姿だけ見れば気弱そうなブロンドの少女とティアロットでは4つほど年が離れているように見える。が、落ち着き払った雰囲気は若さを排除してあり余っていた。
「というわけじゃ。まぁ、気ぃ付けよ。
 場合によっては相当タチの悪い怪物やもしれぬ」
「心しておくよ」
 ベンチから立ち上がり、少女たちと共に大通りへと歩き去る甘ロリファッションの少女を眺めつつ、ザザはさてどうしたもんかと空を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……知り合い発見」
「ん? よぅ」
 声に振り返ったクセニアが、その姿を見止めて軽く手を挙げる。
「お前も来てたんだな」
「……うん。あっちにザザさんらしき人も居た」
「そうか。で、お前はどうするんだ?」
「……チーム募集中。一人で歩くのは危険」
「確かにな。北側だからって怪物が居ないわけでもないし」
「怪物もだけど、野良ナニカが一番危険」
 北門傍に鎮座するナニカが作り出す自立歩行型爆弾まんじゅうのナニカは、本体から100m以上離れると、やっぱり制御を失って野良化して彷徨ってしまう。そういうのに来訪者が遭遇すると、色々と大惨事が発生するのである。
そして、北側に巨大ナニカが居た事もあり、北側の野良ナニカは非常に多い。
「こっちはちっとは人集めてきたが、どうなることやら。
お前もこっちに来るか?」
「……まだアテもないから加わる」
「とはいえ、未探索地域探索に慣れてるのがちったぁ欲しいもんだな」
「……そう言う人は今さら募集しない?」
 そりゃそうだと嘆息。
「フィールドモンスターがいると確定すりゃ人集めもするんだろうがな」
「不用意に遭遇したら逃げるべき」
 何を弱気な、とはさしものクセニアにも言えない。なにしろこれまで確認されたフィールドモンスターはどれもこれも一軍に匹敵する。しかも自分の周囲の物理法則を書き変える能力を持っており、戦況予測をあっさり覆される事も充分にありえた。
「多すぎても物資の問題や足の問題があり、少なすぎると不慮の事故でアウトか。
 そら、未探索地域探索に専門家ができるわけだ」
「今回は管理組合がベースキャンプ作るから、物資の心配は少ない」
「そうでもなきゃ門前払いか。厳しい話だねぇ」
 折角バイクを買ったが、未探索地域短借者への鞍替えは随分と難しそうだ。
「でも、ちょっと聞いた事がある」
「何を?」
「クロスロード成立直後くらい、一人でかなりの地域を探索した人が居るって」
「へぇ。まだ居るのかい?」
「もう居ない、と聞いた。どうなったかは知らないけど」
 ダメだったのか、それとも別の何かを見つけたのか。
 クロスロードの黎明期ならば、今ではそれほど警戒せず活動している区域内の話であろうが、それでも蛮勇だけでなんとかなる話ではないはずだ。
「要はやりようってことかね。さて、そろそろこっちも準備終わらせて出発しようかね。
 ここでグダっても何か見つかるわけでもねぇし。
 まずは実物見ねえ事にはね」
「……謎、解明しないと」
 そして、探索者達の未知の山を探す活動が始まった。


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 次回くらいに山が登場しますかねぇ(=ω=)
 果たして山の正体とは。
 リアクションよろしゅう。
 
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