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【inv29】『彷徨える山』
『彷徨える山』
(2013/06/08)
「簡単な算数じゃの」
 『簡単な』という言葉がぐさりと刺さりつつも、折角のチャンスとばかりにヨンは会話を続ける。
「すみません。どうもそういうのは苦手で」
「ヨン位の吸血種なら、体面重視で無駄に教養人ぶるものと思っておったが、いやはや変わり種と言うのは何処にもおるもんじゃ」
 生粋の変わり種。彼を知る者に聞けば口を揃えて認めるだろうその言葉も、彼が最近気にする言葉だ。なにしろ変わり者だらけのクロスロードで、知名度故の部分もあるだろうが、特異な存在として認知されすぎている。
「で、500m級の山というと、大体の世界でそれほど特異でもない高さじゃろ。ぬし程の健脚なら走って登れるでないかえ?」
 そも、と妖姫は窓の外に視線を向ける。
「扉の塔の高さが約6km。あれの10分の1以下じゃ」
 見上げれば天上が霞む塔。それを頭の中で二分し、さらに適当に5等分してみる。
「なるほど」
 ヘブンズゲート辺りから見上げれば、顎を挙げるほどでもない高さであろうと結論付けて、ヨンは少し考え込む。
「確か、ヘブンズゲートから扉の塔まで15km程でしたっけ?」
「うむ。で、500m級の山じゃと、空気の加減もあるが、だいたい50km範囲から見えぬ事はないじゃろ」
 50kmとは随分なものだ。
「それが今まで目撃情報のみとなると……確かに実在しているかは非常に怪しいですね」
「誰でも見つけられるような物が数年も見つけられぬ程、クロスロードの連中は愚鈍にあるまい。何かしら理由があるのじゃろう」
「手品と分かっていても、早々分かる物ではない、ってことですかね」
「タネが割れれば一発なのじゃろうがの。
 少なくとも扉の塔に飽きもせず登っておる『登頂者同盟』の連中が見つけておらんのが不可思議な話よの」
「なるほど、彼らならば毎日見ててもおかしく無いわけですね」
 詰まる所、そうでないならば、光学的に何かしらの謎があるということだろう。
「どういう仕掛けなのでしょうね」
「可能性を上げればきりがあるまい。手掛かりの一端でも掴めれば、自ずと全容も見えてこようよ」
 違いないとヨンは頷きを返す。何に増しても無事に帰ってくれば良いのだが。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふぅ」
 久方ぶりに地面に足を降ろして息を吐く。
「どうだい?」
「……眠たくなる」
「そいつは同意だ」
 見渡す限りの荒野。それが延々と続くのだから次第に自分がどこに居るのか分からなくなる。最初はそんな感覚に不安を覚えるが、それも過ぎてしまうと、今度は余りの『何も無さ』に意識が散漫になってしまう。
「少なくとも、お前から目を離さないようにはしてるつもりだが」
「気を付ける」
 気を付けて、ではないのは交替するためだ。
「にしても、もうちっと人が集まればなぁ」
「……確かに」
 あれから少し粘って人を集めようとしたが、いくら管理組合の呼び掛けとはいえ、無策で参加した者は少なく、増員は見込めなかった。幸いなのはクロスロードで合流していた面子のうち、四輪の駆動機を持つ者が居た事か。そのおかげで上空の監視に専念する者があと2人居る。
「しかし、ほんとにあるのかね」
「わからない。でも、無いとは思わない」
「相変わらずハッキリ言うねぇ」
「……無いと思うならもう少し手を抜いても良い」
「それはハッキリ言いすぎだ」
 だが、正論でもある。どうせ探索に出ているだけで金は貰えるのだから、判断としては間違っていない。
 そして、あるかどうかわからないという現状に置いて、真面目側に身を置いている理由は自分たちが探索者であり、未知を自らの手で掴み取る一瞬を少なからず求めているからである。
「でもまぁ、そう言う時に限って、サボってる連中が見つけたりするものだな」
「努力は報われない?」
「違う違う。」
 クセニアはパタパタと手を振る。
「今回の獲物、何だと思う?」
「……わからない。でも、多分」
 そこまで呟いたアインにクセニアは頷きを見せる。
「そう、多分フィールドモンスターだろうよ。ならば、見つけたやつはどうなる? それも油断しきった阿呆が遭遇しちまったら」
「……なるほど」
 十中八九全滅だろう。フィールドモンスターの強さは他の怪物とは比べ物にならない。怪物の中には巨大な、それこそ竜種や巨人種と呼ばれる者達も少なからず確認されている。が、それらが赤子のように思えるほど、フィールドモンスターの脅威は凄まじい。
「ま、うっかり全滅して、残骸でも残してくれるとありがたいんだがね」
「でも、発見の手柄だけ取られるのはうれしくない」
「じゃあ、先に見つけるとしますか」
 クセニアは地を蹴って宙に舞う。それを見てアインもまた、同行者に合図を送って行動を開始するのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「空、か」
 休憩のタイミングで地上に降り立ったザザにヒャッハーズのリーダーが感慨深そうに視線を向けていた。
「どうした?」
「いや、俺たちも焼きが回ったもんだなと思ってな」
 意味が分からず首をかしげるザザに男は天を指差す。
「空は禁忌だ」
 クロスロードに一月以上居て、その言葉の意味をわざわざ問い返す者も少なかろう。
 それはこの破天荒な世界で「常識」と呼べる事項である。
「だが、お前らは臆さない」
「……」
 それが無謀かと言えばそうではない。地上から目視可能の範囲内ならば、突如消えると言う事は滅多に無いと知っているのだから。
「常識と言うのは厄介だ。言葉づらに反して揺れ動くものだからな。だが個人の観点からすれば、常識はなかなか変化し辛い」
 筋骨隆々のスキンヘッドマッチョはどっかの世紀末覇王のように天を指差したまま言葉を続ける。
「我々はこの数年間で未探索地域探索のセオリー……『常識』を作り上げてきた。それは自分たちの安全を高めたと自負できよう」
 だが、その結果空からの探索と言う手段は彼らの『常識』から消え去ってしまっていた。
「無知で無謀な行為と笑われるかと思ったが」
「空からの方が視界は広い。そんな事言われるまでも無く理解している。そしてお前の考えている通り、空からの探索でも安全を確保する方法は我々の『セオリー』と同じく、確立されているのだ」
 異なる分野での『常識』は事なる。しかしいざ付き合わせてみると、意外と互いに『思い違い』をしている部分が見えてくる。それは知識や技術が常に進化しているからであり、そもそも畑が違いすぎて(違いすぎると決めつけて)発想が到らないからであったりするのだ。
「だが私も、仲間たちも、『使おう』と提案する者は居なかった。
 今回君を迎えられた事を幸運に思う」
 考える筋肉。その二つ名の通りに冷静に、しかし静かな意を込めて男はザザを見た。
「何よりも、良い筋肉だ」
「なんか、色々台無しだぞ、お前?」
 男は悪びれることなくフッと笑う。
「筋肉、そして筋肉だ。如何に最良の手段を考え出す頭があろうとも、それをなしうる筋肉があればこそ、我らは達成者となるのだから!」
 いつから聞いていたのか、周りのヒャッハーズが「Yeah!!」と応じる。
「ともあれ、君には期待するよ」
「そいつはどうも」
 彼らなりのテンションの挙げ方なのだろう。確かに通夜の行進のごとく、無言で往くのは精神的に良くない。
「しかし、見つからなきゃ余り意味はねえんだがな」
 ザザはひとりごちて周囲を見る。
 くどいほどの荒野。山なんてものがあって見逃すなどどう考えてもありえない光景。
「……ふむ」
 今まで見つからなかったものが見つかる可能性は何処にあるのか。
「いや、管理組合が本腰を上げたからと、見つかる確証ではないのだよな」
 特に今回は情報に乏しく、他の参加者の足取りも重い。
 とはいえ、一度出た以上果たすべき事は果たさねばならない。
 再度、ザザは中空へと地面を蹴る。
「む?」
 不意に、何も無い荒野に何かが見えた気がした。
 が、何も無い。周囲へ視線を走らせるが、自分が一瞬目にした異物は見当たらない。
「どうした?」
「いや……」
 見間違い、と言って良い物か。なにしろ対象は幻のような存在だ。
「……ふむ」
 ザザは一旦言葉を飲みこみ、より詳細に周囲を見渡すのだった。

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というわけで、そろそろ『山』に近づいて貰おうかなと思っています。
さて、山を発見する条件とは?
ではリアクションよろしゅう。
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