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【inv29】『彷徨える山』
『彷徨える山』
(2013/08/05)

「そろそろ潮時か」
 二度目の補給。ベースキャンプに戻ったザザは呟き、周囲を見た。
 集う者達は随分と減っている。もっと早く撤退を決意した者も少なくないのだろう。ヒャッハーズはあくまで「山」の件をおまけとして扱っているからモチベーションを保っているが、それでも弾薬の補給が出来ないとあっては限界がある。
「かつて塩湖が存在していたとするならば、当時蜃気楼はあったのかもしれない」
 それは想像に過ぎない。しかしかき集めた言葉を紡ぎ合わせるように、ザザは言葉を紡ぐ。
「……この世界には不思議な法則がある。例えば信仰や、大勢の人間の思い込みなどで
事象や存在が変化したり、定義づけられたりするといったものだ。あまり詳しくはわからないが」
「残留思念が山を見せてるってか?」
 クセニアの横槍にザザはほんの少し眉根を寄せ、そのような意味だと頷く。
「でもよ。それならどうして同時に複数人それを見ない?」
 様々な憶測に突きつけられる1つの問題。同時に複数人が「山」を見ないという妙な法則にザザは呻きを洩らす。
「とはいえ、俺達も明確な答えに到って無いわけだけどな」
 こくりと隣のアインも頷く。
「ザザさんやクセニアさんが見たという状況を再現してみたけど……さっぱりだった」
「そもそもあれが本当に『蜃気楼』なら、遥か先に山は無いとおかしいんだよな」
「らしいな。だが、影も形も無い」
「俺が考えたのはナニカの爆発とかで生じた熱で作られた光の屈折現象で、普通の蜃気楼よりも遥かに遠くの光景を見せている、って事だったんだが……」
 それにしたって限度があるし、やはり先ほど自分が突っ込んだ「複数人が同時に見た事例が無い」事を説明できない。
「そもそも俺とザザさんが『山』を見た状況ってそれほど共通点ねーんだよなぁ」
「……他の目撃証言も、今回はやたらとヒャッハーズの傍で目撃例が多い、って事くらい」
「爆風のせいとも思ったんだが、それと一致しねーケースが多くてなぁ。
 方向もバラバラだ。何個山があるって話になる」
「……本当に蜃気楼?
 別の物のような気もする。幻影とか」
「……幻影ねぇ。確かにその可能性はあるかもしれねえけど」
「苦慮しておるようじゃな」
 不意に、四人目の声が飛び込んでくる。
「ん? ……おまえ、どうしてここに」
 子供特有の高めの声と特徴的な口ぶりに聞き覚えのあるザザが目を見開く。
「管理組合のほうから依頼されての。塩湖の可能性があると聞いて是が非でも欲しいようじゃ」
 言葉の意味を測りかねて三人が一様に不思議そうな顔をする。
「……ぬしら、『塩』の重要性くらい理解しておいた方が良いぞ?」
 塩はその他の食料よりも重要な戦略物質とさえ言われるシロモノだ。
「いや、だってよ。扉があるんだし、世界に依ったらアホみたいに安い値段で買えるんだろ?
 目くじら立てて確保するようなモノでもないだろ」
「常に他の世界と貿易が出来るならばの」
 今の安定はあくまで貿易の結果であり、それはつまり相手次第ではどう転ぶかわからない。
 平時こそ数多の世界に繋がっているが故、1つの世界がどうこう言おうと大きな影響は無いが、
「或いは、全ての扉が機能不全になる可能性を誰も否定できぬのじゃぞ?」
 そうなれば食糧自給率がようやく数パーセントというクロスロードはたちまち危機に瀕する。
「まー良いけどさ。お前、何かできるの?」
「わからん。それを確認に来たような物じゃしな」
「……むぅ」
 クセニアが面白くなさそうに口を尖らす。有力な結論に到れていないとは言え、自分達が動いて得た情報には違いない。それを後からのこのこ出てきた小娘に託すというのは頂けない。
「管理組合からの依頼と言うたよの。情報には対価を払う」
「……まぁ、それなら」
 クセニアがアインへ視線を送ると、特に何が得た様子も無くアインは頷きを返す。
 そんなやりとりを横目で見て、ザザは現状を話す。
 するとすぐに少女───ティアロットは「蜃気楼、のぅ」と呟く。
「いや、だからさ。蜃気楼なら理屈が合わねえの」
「まぁ、地球世界の話故、他の系統世界の者にはピンと来ぬかもしれぬが。
 『蜃気楼』と言う現象でなく、『蜃気楼』という怪物を知らぬかえ?」
 少女は言う。「正確には『蜃』じゃが」と。
「蛤の別名。幻を見せる妖怪種じゃ」
「……蛤? ……塩湖、幻影……」
 アインの詠唱のような呟き。それを聞きながらザザは背を、ヒャッハーズを見遣った。
「でも、仮に幻影を生む妖怪種が居るとして、そいつが幻影を作ればみんな見るだろうよ。特にヒャッハーズの連中はどれだけ見たか分からないような話だぜ?」
「一人しかその光景を見ぬ、か。
 加減が難しいが、できん事ではないぞ? 一瞬しか見ぬ理由とも一致するしのぅ」
 皆が引っかかっていた難題に少女はあっさり解があると言い放つ。
「もっとも、それはわしの相方が『光使い』じゃから想像が付く事であるのじゃが」
 ティアが地面一本の立て線を引く。
「幻影にはいくつか種類がある。大きく分類すると、精神系と光学系じゃな。
 精神系は『幻覚』、光学系は『幻影』と区分すべきかもしれぬが」
 次に点を1つ書き、そこから縦線に向けて2つの線を引っ張る。底辺のはみ出した二等辺三角形が描かれた。
「幻影にも色々あるが、基本的な原理はこうじゃ。光源から対象に光を投射し、そこに像を結ぶ。魔術の場合、空間の魔力に投射し、像を結ぶ場合が多いの。
 これがぬしの言う「1人だけが見るのはおかしい幻影」じゃな」
 結ばれた像は同じ感覚系を持つならば誰でも見えるはずだ。
「じゃあ、幻覚だったってことか?」
「その可能性も否定はできぬが、おそらくこう言う理屈じゃろ」
 少女は立て線を荒く消し、簡単な絵を描く。それは「>」に曲線を足した「目」の意匠。
 そして光源とする点からの線を目へ向ける。
「……目に、幻影を向ける?」
「これならば一人しか見ぬな。うちの光使いが機械相手に稀に使う手段なのじゃが」
「幻灯機の光を横から見ても、良く分からんって言う理屈か」
「然様」
「ならば……」
 一つの情報が脳裏を過ぎる。それは「ヒャッハーズの傍でのみ目撃情報が多い」
「もしかして、ヒャッハーズの車かなんかに?」
 ザザは立ち上がると彼らの元へと走る。
「灯台下暗しじゃな」
「つーか、フィールドモンスターってでかいヤツじゃねえのかよ?」
「誰もそんな事確認しておらぬよ」
 そう言われれば返す言葉も無い。単に経験則でそう思っていただけなのだから。
 ヒャッハーズを遠巻きに、何があっても対応できるようにと身構えて眺める事数分。
「おい、なんかここ、妙な傷があるぞ」
 輸送トラックの下を覗き込んでいた隊員の一人がそんな声を上げる。
「どうやらここに何か張り付いていたみたいだな」
「って事は、もう逃げた後か」
 肩をすくめたクセニアが近づき、その場所を見ると、確かに不自然な、何かで引っ掛けたような傷を確認した。
「蜃っていうのは鍵爪でも持っているのか?」
「さぁのぅ。文献ではまんま、あるいはでかい貝そのものなのじゃが……
 中には鍵爪やら特殊な器官を持った蜃もおるやもしれぬな」
「今回はまんまと取り逃がした、というか、良いように使われてしまったということか」
「まぁ、ここまでの生態を暴きだしたのは大きいと思うぞ。
 包囲戦も敷きやすかろ」
「……見つけるのは、出来るかもしれない。でも……」
 戦闘系である三人はティアが言葉にしなかった続きをしっかりと認識していた。
「どういう手段で抵抗してくるかはさっぱり分からねえな」
 クセニアがやれやれと座り込みつつ呟く。
「少なくとも、人の目にピンポイントで映像を送りつけるほどの精度を持った光学発振器官を持っているとすれば、レーザー兵器として使ってきてもおかしくねえよな?」
 『光』を武器にされる恐怖はファンタジー世界の住人にはいまいち認識し辛いが、わずかなりにも気にして調べれば天を仰ぎたくなるだろう。
「蜃が人を害した例は聞いた事が無いがの。
 さて、どう動くかのぅ」
 ともあれ、半分以上が諦めて撤退した今で追い込みを掛けるのは愚策だ。今手に入れた結論を引っ提げてまずは管理組合に売り渡すのが正しい判断だろう。

 決して成功とは言えないが、次への一手には手を掛けつつ、来訪者達の時間は流れて行く。

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というわけで今回のシナリオはこれにて終了となります。
既に名前が出ている、と言うヒントに対し、やはり純粋に知っているか知らないかのお話になったようで。
ともあれ少し時間を措いて『蜃』討伐作戦が発動する事になるでしょう。
ではお疲れさまでした。
賞金首話もぐだぐだっとしてましたので次回はシンプルなシナリオでもやりますかねー。
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