<< BACK
【inv29】『彷徨える山』
『彷徨える山』
(2013/05/08)
「山が動いたと言っても、移動している様を見たわけじゃないんだ。
 というか、よほど高速移動しない限り、そのサイズの物が動いても分からないからなぁ」
「……じゃあどうして分かったの?」
「どうしてもこうしても、そもそもこの世界で「山」という存在が珍しい上に、自動更新される地図を持って居るんだからな。
 一度や二度であれば100mの壁もある事だし、測量ミスなんかも疑いもするが、複数人の証言があるならばまず「そうである」と考えるべきだろ?」
「その周辺の地図……あるの?」
「もうとっくに管理組合に売ったからPBの地図が更新されてるんじゃないかな。
 ただ、山が動く以上、それの記載がどうなっているかは確認していないが」
 アインは首をかしげて、PBにデータ問いあわせをするが、確かに「山」で検索できる場所は無いようだ。
「実のところ山そのものは随分前から見つかってたし、北方未探索地域巡ってる連中なら当たり前のように知ってる事なんだが、報告例がばらばらで、蜃気楼とかそういう説もあったから地図にはずっと載って居なかったんだよ。動くとあっては書くのも難しいだろうからな」
「それがどうして今頃?」
「目撃例が見間違いにしては安定して増える事と、南側が一旦落ち着いたからじゃねえかな」
 クロスロードの視点は大襲撃、大迷宮、そしてオアシスの発見と常に南側へと向けられていた。西と東はサンロードリバー周辺の恐怖もあり、水があるにもかかわらず調査はあまり進展していない。
「北で見つかった物と言えばナニカくらいなものだしなぁ」
 北の門、ヘルズゲートの前にどんと鎮座する巨大な白まんじゅうを思い出す。
「現時点でこれ以上南に版図を伸ばすと大襲撃のときにクロスロードからの救援が非常に難しいってのもあるしな。現に第三次の大襲撃では一度衛星都市を見捨てたわけだし」
「なるほど……」
 確かに言う通りだ。武装鉄道まで用意したが、怪物の群れが津波のように押し寄せてくる状況ではまず道が塞がれる。大迷宮都市のように地下に立て篭もる事ができるならば話も違うが、竜種や巨人種、飛行する幻獣種を前にしては厚い壁も為す術が無い。
「……でも、山が動くってどうして?」
「わからん。なにしろ山なら俺も見た事はあるが、その麓にまでたどり着いたって話は1度たりとも聞いた事が無い。
 それこそ蜃気楼じゃねえかって言われたのも頷けるってもんだ」
「……山のような巨人とか、そんな物と思ってた」
「まぁ、今までの事を考えればフィールドモンスターってやつの可能性が高いよなぁ。巨人かどうかは知らねえけど」
「うん。教えてくれてありがとう」
「良いって事よ」
 アインは男に礼を行って去る。
 さて、帰り道に魔法探知のアイテムでも買って帰るとしよう。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 バイクの調整を一通り終えたクセニアは周囲を見渡す。慣れぬ未探索地域への遠出に一人というのもどうかと考え、同行者を募集してみたのだが、
「閑古鳥だねぇ」
 こうも反応が無いのは予想外だった。が、よくよく考えてみれば今回の件は目標のある特定の場所の調査でなく、どこにあるかもしれぬ場所の探索。慣れぬ者は当然の事、最低限移動や物資搬送手段が無い者は渋るというものだ。
 今回の依頼については管理組合が数カ所、補給点を用意する手はずになっているそうだが、それにしたってあてどない捜索に徒歩は無いだろう。
「こりゃ困ったな……知り合いにでも声を掛けようか」
 自信のありなしでなく、休憩時間に交替で見張りをするなどを考えれば最低3人組位にはしておきたい。そして腕も不確かな者を同行させるのも色々と面倒になりかねない。聞いた話をまとめれば、最初の発見からかなりの時間が経過しているが、誰ひとりその麓にたどり着けていないというのだから、そこそこの長丁場は覚悟せざるを得ない。
「元々組んでるような連中は来るわけもねぇし。どっかに混ぜてもらうべきか」
 腕には自信がある。どこかに混ぜてもらう事は不可能ではないだろう。
「さて、来ない物を待っても仕方ねえしな。行動するとしますか」
 仕上げとばかりに新兵器をバイクに搭載し終えたクセニアは何処を巡るべきかと考えながら町へと繰り出すのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 と言うわけで大人しい出だしとなりました。
 次回は一応北に作られた調査用キャンプ地からスタートの予定です。
 ではリアクションよろしゅう。
『彷徨える山』
(2013/05/22)

「勿論知っているとも」
 冬の寒さを脱した今日この頃。
 なんかやたら暑苦しいのはきっと筋肉率のせいだろうか。なにしろ余り広くない居酒屋に筋肉が集っているのだ。視覚的にも暑苦しいったらありゃしない。
 そんな中に一人、一見優男が居るのだから、これはもう……そっち系の人ならば妄想だけで半年はいきていけるお腹いいっぱいに違いない。
 そんな事はさておき、一際素晴らしい筋肉の対面に座るヨンは、ヒャッハーズの首領から酒瓶を突き出されながらその言葉を聞いた。
「北をうろついているなら知らん方がおかしい。
 元々は凶兆のように扱われていたからな」
「凶兆?」
 コップに並々と注がれる酒を見つつ吸血鬼は問い返す。
「ああ、見たら死ぬってな。無理して山を追い掛けた連中が、帰れなくなって消えたってのがその実態だろうがな」
「なるほど。皆さんは見た事あるのですか?」
「あるさ。北へ大体50kmくらい進めばたまに見る」
「追いかけた事は?」
「数度あるが、諦めた。なにしろ蜃気楼のように決して追いつけんからな。
 何かトリックがあるんだろうが、解明できん」
「蜃気楼……」
「蜃気楼ってのは熱により屈折した光が見せる遠くの光景だ。歩きならばともかく、駆動機を使って実物に辿りつけんとはなかなかに考えづらい。それにオアシスのようなサイズならまだしも、目測でだいたい標高500mはある山だ。蜃気楼って事はあるまいな」
 巷で「考える筋肉」とも呼ばれる男は、ぐいと清酒を飲み干して呟く。
「貴方がたも参加されるのですか?」
「当然だとも。縄張り意識があるわけではないが、ぽっと出に持っていかれるには惜しい手柄だ」
「しかし、何故近づけないか、が問題ですね」
「まったくだ。『逃げ』方は蜃気楼に近いのだがなぁ」
「そういえば、どんな山なのですか?」
「岩山と称するべきかな。荒野が隆起して山になった。そんな感じだ」
「なるほど……」
「で、お前は参加しないのか?」
 問いを返されてヨンは微苦笑を浮かべる。
「暫くは静かにしておこうかと」
「殊勝が美徳とは限らんぞ?」
「日常もまた愛すべき時間です」
「時を捨てた種らしからぬ感想だ」
 不死種である事を上手く言われて、ヨンは杯を少しだけ呷る。
「捨てたわけではありませんよ。そうですね。愛おしくて手放せなくなったと言えば聞こえが良いでしょうか?」
「そんな事を言うから女の目を惹くのだろうな。
 どうやったって変わらんさ」
 これにはヨンは参ったと苦笑いをする。
「まぁ、どうするかは勝手に決める。それがこの街の流儀に違いない。
 俺達の祝勝会には呼んでやるさ」
「楽しみにしています」
 ヨンはそう応じて杯を合わせたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「それだけの情報で何と答えろと?」
 言い放つような手厳しい言葉ではあるが、これは彼女のスタンダードで、決して不機嫌と言うわけではない。
「それで想像がつくなら、とっくに解決している、か」
「じゃろうな。詰まる所、その『簡単に思いつく事の外側か、内側』じゃろ」
「内側?」
「灯台下暗し」
 灯台の足元がどうしたと首をかしげるが、PBの訳を聞いてなるほどと顎をさする。
「ありきたりすぎて逆に考えていないことか」
「見えぬ、分からぬという点においてはそう変わらんがな」
「ありそうな話ってのは?」
「いくつ唱えれば気が済むかえ?」
 肩を竦める。聞いたザザとて可能性だけなら軽く10は言える。
「ここがターミナルでなければある程度推測もできようがな。わしらの常識の範囲外で起きておる現象かもしれぬ。頭で考えても正解かどうかなぞ、分かりようもない」
「山がびゅんびゅん転移していてもおかしくないわけか」
「大気が存在する以上、そんな事をやれば突風が生じるじゃろうがな。果たして大気制御までできればそれもない。難儀な話じゃ」
「ならば、だ。ティアロット、お前、この話に参加するつもりはないか?」
「む?」
 今の今まで小難しそうな本に視線を落としていた少女が、訝しげに翡翠色の視線を上げる。
「空から探すのが手っ取り早いが、空を一人で行くわけにも行かないだろう?」
「さりとて、2人でも変わらぬ。要するに『目撃者が確実に存在しない空』で消失は起きておるのじゃから」
「そうなのか?」
「消え方が分からぬ以上確実ではないがの。二人乗りの航空機が消失した事例はあった。
 大襲撃前の記述故、信憑性は知らんがな。ガイアスの連中はあの頃は色々とやっておったからのぅ」
 『ガイアス』という言葉に若干眉根を寄せるのはその言葉を聞いた事があるからだ。どこでと記憶を探れば
「ああ、最初に対立していた三大組織か」
「うむ。科学技術に秀でた世界で、当初は戦車や戦闘機、大量の重火器を持ちこんでおった」
「それじゃあ、二人なら何とかなるってわけじゃねえのか」
「いや、一人が地面を、一人が空を往き、地上から目視可能な範囲に居れば消失は免れると思われる。現にクロスロードから大体10km範囲での消失は起きておらん。これは扉の塔からの目視可能距離並びに、登頂者同盟や塔から周囲警戒している者のおかげと思われておるな」
「なるほどねえ。
 ……現地で駆動機持ってるやつと連動して空と陸を往く方が良いか」
「じゃろうな」
「それを抜きにして、来る気はないか?」
「興味はあるが、仕事もあるし、長く空けると面倒もあるしのぅ」
 言いながらティアロットは本を閉じる。それから視線をザザの後ろへ。
「え、ええと……ティアさん、お知り合いですか?」
 振り返れば綺麗なブロンドの少女がおっかなびっくりザザを見上げている。見るからに弱気な少女の陰には小さな女の子の姿もある。
「うむ。あのでかい獣じゃよ」
「……ええ?」
 そう言う覚えられ方をしているのかと眉根を寄せるが、確かにあの姿をさらせば覚えられるのも無理はない。
「こ奴らの面倒を見らねばならぬからな」
「め、面倒ってどういう意味ですか!
 ティアさんの方がよっぽど……!」
 姿だけ見れば気弱そうなブロンドの少女とティアロットでは4つほど年が離れているように見える。が、落ち着き払った雰囲気は若さを排除してあり余っていた。
「というわけじゃ。まぁ、気ぃ付けよ。
 場合によっては相当タチの悪い怪物やもしれぬ」
「心しておくよ」
 ベンチから立ち上がり、少女たちと共に大通りへと歩き去る甘ロリファッションの少女を眺めつつ、ザザはさてどうしたもんかと空を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……知り合い発見」
「ん? よぅ」
 声に振り返ったクセニアが、その姿を見止めて軽く手を挙げる。
「お前も来てたんだな」
「……うん。あっちにザザさんらしき人も居た」
「そうか。で、お前はどうするんだ?」
「……チーム募集中。一人で歩くのは危険」
「確かにな。北側だからって怪物が居ないわけでもないし」
「怪物もだけど、野良ナニカが一番危険」
 北門傍に鎮座するナニカが作り出す自立歩行型爆弾まんじゅうのナニカは、本体から100m以上離れると、やっぱり制御を失って野良化して彷徨ってしまう。そういうのに来訪者が遭遇すると、色々と大惨事が発生するのである。
そして、北側に巨大ナニカが居た事もあり、北側の野良ナニカは非常に多い。
「こっちはちっとは人集めてきたが、どうなることやら。
お前もこっちに来るか?」
「……まだアテもないから加わる」
「とはいえ、未探索地域探索に慣れてるのがちったぁ欲しいもんだな」
「……そう言う人は今さら募集しない?」
 そりゃそうだと嘆息。
「フィールドモンスターがいると確定すりゃ人集めもするんだろうがな」
「不用意に遭遇したら逃げるべき」
 何を弱気な、とはさしものクセニアにも言えない。なにしろこれまで確認されたフィールドモンスターはどれもこれも一軍に匹敵する。しかも自分の周囲の物理法則を書き変える能力を持っており、戦況予測をあっさり覆される事も充分にありえた。
「多すぎても物資の問題や足の問題があり、少なすぎると不慮の事故でアウトか。
 そら、未探索地域探索に専門家ができるわけだ」
「今回は管理組合がベースキャンプ作るから、物資の心配は少ない」
「そうでもなきゃ門前払いか。厳しい話だねぇ」
 折角バイクを買ったが、未探索地域短借者への鞍替えは随分と難しそうだ。
「でも、ちょっと聞いた事がある」
「何を?」
「クロスロード成立直後くらい、一人でかなりの地域を探索した人が居るって」
「へぇ。まだ居るのかい?」
「もう居ない、と聞いた。どうなったかは知らないけど」
 ダメだったのか、それとも別の何かを見つけたのか。
 クロスロードの黎明期ならば、今ではそれほど警戒せず活動している区域内の話であろうが、それでも蛮勇だけでなんとかなる話ではないはずだ。
「要はやりようってことかね。さて、そろそろこっちも準備終わらせて出発しようかね。
 ここでグダっても何か見つかるわけでもねぇし。
 まずは実物見ねえ事にはね」
「……謎、解明しないと」
 そして、探索者達の未知の山を探す活動が始まった。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 次回くらいに山が登場しますかねぇ(=ω=)
 果たして山の正体とは。
 リアクションよろしゅう。
 
『彷徨える山』
(2013/06/08)
「簡単な算数じゃの」
 『簡単な』という言葉がぐさりと刺さりつつも、折角のチャンスとばかりにヨンは会話を続ける。
「すみません。どうもそういうのは苦手で」
「ヨン位の吸血種なら、体面重視で無駄に教養人ぶるものと思っておったが、いやはや変わり種と言うのは何処にもおるもんじゃ」
 生粋の変わり種。彼を知る者に聞けば口を揃えて認めるだろうその言葉も、彼が最近気にする言葉だ。なにしろ変わり者だらけのクロスロードで、知名度故の部分もあるだろうが、特異な存在として認知されすぎている。
「で、500m級の山というと、大体の世界でそれほど特異でもない高さじゃろ。ぬし程の健脚なら走って登れるでないかえ?」
 そも、と妖姫は窓の外に視線を向ける。
「扉の塔の高さが約6km。あれの10分の1以下じゃ」
 見上げれば天上が霞む塔。それを頭の中で二分し、さらに適当に5等分してみる。
「なるほど」
 ヘブンズゲート辺りから見上げれば、顎を挙げるほどでもない高さであろうと結論付けて、ヨンは少し考え込む。
「確か、ヘブンズゲートから扉の塔まで15km程でしたっけ?」
「うむ。で、500m級の山じゃと、空気の加減もあるが、だいたい50km範囲から見えぬ事はないじゃろ」
 50kmとは随分なものだ。
「それが今まで目撃情報のみとなると……確かに実在しているかは非常に怪しいですね」
「誰でも見つけられるような物が数年も見つけられぬ程、クロスロードの連中は愚鈍にあるまい。何かしら理由があるのじゃろう」
「手品と分かっていても、早々分かる物ではない、ってことですかね」
「タネが割れれば一発なのじゃろうがの。
 少なくとも扉の塔に飽きもせず登っておる『登頂者同盟』の連中が見つけておらんのが不可思議な話よの」
「なるほど、彼らならば毎日見ててもおかしく無いわけですね」
 詰まる所、そうでないならば、光学的に何かしらの謎があるということだろう。
「どういう仕掛けなのでしょうね」
「可能性を上げればきりがあるまい。手掛かりの一端でも掴めれば、自ずと全容も見えてこようよ」
 違いないとヨンは頷きを返す。何に増しても無事に帰ってくれば良いのだが。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふぅ」
 久方ぶりに地面に足を降ろして息を吐く。
「どうだい?」
「……眠たくなる」
「そいつは同意だ」
 見渡す限りの荒野。それが延々と続くのだから次第に自分がどこに居るのか分からなくなる。最初はそんな感覚に不安を覚えるが、それも過ぎてしまうと、今度は余りの『何も無さ』に意識が散漫になってしまう。
「少なくとも、お前から目を離さないようにはしてるつもりだが」
「気を付ける」
 気を付けて、ではないのは交替するためだ。
「にしても、もうちっと人が集まればなぁ」
「……確かに」
 あれから少し粘って人を集めようとしたが、いくら管理組合の呼び掛けとはいえ、無策で参加した者は少なく、増員は見込めなかった。幸いなのはクロスロードで合流していた面子のうち、四輪の駆動機を持つ者が居た事か。そのおかげで上空の監視に専念する者があと2人居る。
「しかし、ほんとにあるのかね」
「わからない。でも、無いとは思わない」
「相変わらずハッキリ言うねぇ」
「……無いと思うならもう少し手を抜いても良い」
「それはハッキリ言いすぎだ」
 だが、正論でもある。どうせ探索に出ているだけで金は貰えるのだから、判断としては間違っていない。
 そして、あるかどうかわからないという現状に置いて、真面目側に身を置いている理由は自分たちが探索者であり、未知を自らの手で掴み取る一瞬を少なからず求めているからである。
「でもまぁ、そう言う時に限って、サボってる連中が見つけたりするものだな」
「努力は報われない?」
「違う違う。」
 クセニアはパタパタと手を振る。
「今回の獲物、何だと思う?」
「……わからない。でも、多分」
 そこまで呟いたアインにクセニアは頷きを見せる。
「そう、多分フィールドモンスターだろうよ。ならば、見つけたやつはどうなる? それも油断しきった阿呆が遭遇しちまったら」
「……なるほど」
 十中八九全滅だろう。フィールドモンスターの強さは他の怪物とは比べ物にならない。怪物の中には巨大な、それこそ竜種や巨人種と呼ばれる者達も少なからず確認されている。が、それらが赤子のように思えるほど、フィールドモンスターの脅威は凄まじい。
「ま、うっかり全滅して、残骸でも残してくれるとありがたいんだがね」
「でも、発見の手柄だけ取られるのはうれしくない」
「じゃあ、先に見つけるとしますか」
 クセニアは地を蹴って宙に舞う。それを見てアインもまた、同行者に合図を送って行動を開始するのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「空、か」
 休憩のタイミングで地上に降り立ったザザにヒャッハーズのリーダーが感慨深そうに視線を向けていた。
「どうした?」
「いや、俺たちも焼きが回ったもんだなと思ってな」
 意味が分からず首をかしげるザザに男は天を指差す。
「空は禁忌だ」
 クロスロードに一月以上居て、その言葉の意味をわざわざ問い返す者も少なかろう。
 それはこの破天荒な世界で「常識」と呼べる事項である。
「だが、お前らは臆さない」
「……」
 それが無謀かと言えばそうではない。地上から目視可能の範囲内ならば、突如消えると言う事は滅多に無いと知っているのだから。
「常識と言うのは厄介だ。言葉づらに反して揺れ動くものだからな。だが個人の観点からすれば、常識はなかなか変化し辛い」
 筋骨隆々のスキンヘッドマッチョはどっかの世紀末覇王のように天を指差したまま言葉を続ける。
「我々はこの数年間で未探索地域探索のセオリー……『常識』を作り上げてきた。それは自分たちの安全を高めたと自負できよう」
 だが、その結果空からの探索と言う手段は彼らの『常識』から消え去ってしまっていた。
「無知で無謀な行為と笑われるかと思ったが」
「空からの方が視界は広い。そんな事言われるまでも無く理解している。そしてお前の考えている通り、空からの探索でも安全を確保する方法は我々の『セオリー』と同じく、確立されているのだ」
 異なる分野での『常識』は事なる。しかしいざ付き合わせてみると、意外と互いに『思い違い』をしている部分が見えてくる。それは知識や技術が常に進化しているからであり、そもそも畑が違いすぎて(違いすぎると決めつけて)発想が到らないからであったりするのだ。
「だが私も、仲間たちも、『使おう』と提案する者は居なかった。
 今回君を迎えられた事を幸運に思う」
 考える筋肉。その二つ名の通りに冷静に、しかし静かな意を込めて男はザザを見た。
「何よりも、良い筋肉だ」
「なんか、色々台無しだぞ、お前?」
 男は悪びれることなくフッと笑う。
「筋肉、そして筋肉だ。如何に最良の手段を考え出す頭があろうとも、それをなしうる筋肉があればこそ、我らは達成者となるのだから!」
 いつから聞いていたのか、周りのヒャッハーズが「Yeah!!」と応じる。
「ともあれ、君には期待するよ」
「そいつはどうも」
 彼らなりのテンションの挙げ方なのだろう。確かに通夜の行進のごとく、無言で往くのは精神的に良くない。
「しかし、見つからなきゃ余り意味はねえんだがな」
 ザザはひとりごちて周囲を見る。
 くどいほどの荒野。山なんてものがあって見逃すなどどう考えてもありえない光景。
「……ふむ」
 今まで見つからなかったものが見つかる可能性は何処にあるのか。
「いや、管理組合が本腰を上げたからと、見つかる確証ではないのだよな」
 特に今回は情報に乏しく、他の参加者の足取りも重い。
 とはいえ、一度出た以上果たすべき事は果たさねばならない。
 再度、ザザは中空へと地面を蹴る。
「む?」
 不意に、何も無い荒野に何かが見えた気がした。
 が、何も無い。周囲へ視線を走らせるが、自分が一瞬目にした異物は見当たらない。
「どうした?」
「いや……」
 見間違い、と言って良い物か。なにしろ対象は幻のような存在だ。
「……ふむ」
 ザザは一旦言葉を飲みこみ、より詳細に周囲を見渡すのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけで、そろそろ『山』に近づいて貰おうかなと思っています。
さて、山を発見する条件とは?
ではリアクションよろしゅう。
『彷徨える山』
(2013/06/23)
「俺の予想では」
 何故かさかさまの状態で空を飛びながら、クセニアは呟く。
「山でなく山の様な怪物だとは思うんだよな
 勘まで含めると古っぽい物語の"山場"にでも出てきそうなデケぇドラゴンと見た」
「……もしそうだったらもっと目撃情報があって良いと思う」
 アインの返答に「それもそうか」と肩を竦める。ちなみにアインは地上。二人を繋ぐのは無線機だ。厄介極り無い「100mの壁」だが、100m圏内なら無線機器も支障なく使えるのである。
「いつもよりも多い人数が巡っているのは確か。……それならきっともう誰か見つけてる」
「だなぁ。ステルス能力でも持ってるのかねぇ」
「……でもそんな巨大な物が動いたら分かると思う」
 巨大質量が動けば地響きが起きる。飛行しているにしても大気の流れが発生する。それが起きない程度にゆっくり動いているのならば、その姿を見た者が駆けつけた際、見えないそれに激突してもおかしくないが、そんな報告は無い。
「それもそうか」
 おおよそ気合いの見られない会話。だが、それを咎めようとする者は居ない。
 対象の正体が不明の今、闇雲に探しまわっても疲労するだけだ。第一に発見したいのは当然だが、結局集中力を切らしてしまっては意味が無い。
「ん? 随分と大集団な連中がいるな」
 視界の端に写った土煙。に視線を合わせる。
 数は30程度か、駆動機もかなりの数を有しており、その全てに大掛かりな装備が見える。
「何だあの武装集団」
「……武装集団?
 ……ヒャッハーズ?」
 言われて思い出す。確かそんな名前のイロモノ集団が居たはずだ。全員マッチョで重火器信望者とか言ったか。
「あそこまで装備固めねえと未探索地域探索にゃ行けないってことなのかねぇ」
「必ずしもそうとは限らない……とは思う」
 それは彼らのスタイルに過ぎない。隠れる、逃げ回るを主軸にする者も少なからず居るだろう。
「っと、客だ」
 ヒャッハーズから視線を斜めにそらせば、白い絨毯がこちらに迫ってくる様子が見えた。
「客?」
「ナニカだよ。迎撃するぞ!」
 用意しておいた「とっておき」を装填してニタりと笑う。
「取りこぼしは任せるぜ。まぁ、全部食っちまうけどよ!」
 標準定め、撃ち放つ。
 ぽんと遅い弾速で放たれたやや大きめの弾丸は射出後にその身を崩す。不発でも失敗でもない。そうして散った弾丸が面の攻撃として迫りくるナニカを真っ向から迎え撃った。

(×ω×)!

 刃の嵐が白の絨毯に見える大量のナニカを蹂躙する。その瞬間

 どどどどどどどおおおおおおおおおん!

 ナニカの持つ自爆能力が発動し、その数に比例した大爆発を生みだす。まだかなりの距離を確保していたクセニアだが、その累積された爆発に逆さまのままの姿勢を維持できず、咄嗟に飛行制御に集中する。

「一丁上がり!」
「まだ……っ!」
 アインの警戒の言葉にクセニアは「は?」と首をかしげる。流石にあの爆発の嵐の中で生きているとは思えないのだ────

 ぽすりと何かが、いや、ナニカがクセニアの胸に激突した。

「な……?」
 それは確かに煤汚れているが明らかに生きている。爆風で飛んで来たらしいそれは一瞬クセニアに視線を合わせ、

(☆ω☆)カッ!

「危ない」
 体が不意に光を放ちだした瞬間、黒の疾風がそれをなぎ払い、遠くへと飛ばした。

 そして響く爆発。

「おい、たしかにやったはずだぞ。なんで残ってやがる!」
「ナニカは復活能力を持ってる。1回自爆した後、もう一回起きて爆発してくる」
 それこそがナニカの一番嫌らしい能力である。しかも一度目の爆発で吹き飛ばされたそれは、壁やら距離やらを飛び越えて懐に入り込む可能性があるのだ。
 防衛任務で良く見るナニカであるが、南側に現れるナニカはそのほとんどが1度自爆を経験している、つまり復活を消費済みである傾向にある。川の北側で発生したナニカが無事に南側に渡る事は困難ということなのだろう。しかし北側のナニカは違う。万全の、二度自爆できるナニカである事が多いのだ。
 そして、
「防御姿勢」
「ぬっ!?」
 もう一つの恐ろしい特性がこの「二次連鎖爆発」である。一度目はたった1発の攻撃で大集団を全滅させられる。それに酔っていると爆風で舞い上がり、そして絨毯爆撃よろしく降り注いだ復活ナニカに取り囲まれることになる。そして1つが爆発した瞬間、

 どどどどどどどどど!!!

 まるで機雷の海にでも叩き込まれたかのような爆発が四方八方から襲いかかってくるのだ。
 アインはクセニアの腰に手を回しつつ、一番近かった爆発に背を向ける。
すぐさま爆発。
それを加速力に変えて一気に離脱を狙うが、周囲にいくつもの白い物が舞っていた。
「こなくそっ!」
 目に映るナニカへひたすら連射。
 めり込んだ弾丸がそれを死に到らしめる前に多少なりと距離を作る。そして増える連鎖爆発。
 一瞬で天地も分からなくなる中で、ただ幸運を祈ってとにかく前へ。
「ぐぇっ!?」
 不意の地面。叩きつけられてクセニアは悲鳴を上げた。その間にも絶え間なく爆発は続き、背を爆風と熱気が叩く。
「おい、大丈夫かよ!?」
 腰に抱きついたままのアインは最初の数発の爆発をまともに浴びたはずだ。
 熱気のせいで感覚が狂う中、クセニアはなんとか上を見ようとして
 ───なっ!?
 その白煙の奥に一瞬巨大な山が見えた気がして、
『無茶をする』
 その直後に巨大な影が天を覆った。
 巨獣。まさにそう言うべき存在がいびつな声でそう呟く。継いで放たれる爆音はガトリングガンのものだろうか。未だ空中を舞うナニカがその鉛の豪雨に横から貫かれ爆発を繰り返す。
「Hey、お嬢ちゃんたち、生きてるか?」
 無駄に白い歯を見せて、マッチョがクセニアを引き起こす。ぱっつんぱっつんの白衣は何の冗談かと訝しむが、セットで持っている白の救急箱を見て、大真面目であると悟る。
 指先であっさりとキャップを飛ばし、クセニアに渡す。それからアインの背を見て焼けたマントを取ると、無造作にシャツをめくり上げる。
そこに迷いがあればクセニアも止めたかもしれないが、迷いの無い医療行為に何も言えない。
そんな混乱も知った事ではないと、的確な動きでスプレーを取りだし、背に一気に吹きかけると黒の少女は小さく呻きを上げた。
「おい、ザザの旦那。もう大丈夫だぜ」
『ああ』
 爆風に対する傘の役目を担っていたザザが応じ、その身を人の物へと戻す。
「無事のようだな」
「ああ、まぁ、礼を言うぜ。アインはどうだ?」
「……なんとか平気。思ったよりは痛かった」
 起きあがったアインは背中を気にするように擦るが、どうやらもう行動に支障はないらしい。
「レベル2の火傷だったんだから女の子ならもう少し気にするべきだZE
 折角綺麗な肌してるんだからNA! 魔法技術に感謝NE」
 セクハラと言われてもおかしくないセリフだが、このマッチョが笑顔で言うと、健康的というか、それ以上の何かに埋め尽くされる気がしてなんとも答えづらい。
「それにしても派手にやったものだな」
「いや、見慣れてるナニカと思ったら、とんだ隠し玉だったぜ」
 バツの悪そうなクセニアにザザはひとつ肩をすくめて見せる。
「あれはたまに地面から生えたりする。油断しない方が良い」
 余り知られていない事例だが、ナニカは地面に潜る事もある。まるで地雷のように埋まり、踏まれて爆発するのだ。これは行動限界に達したナニカの行動らしく、クロスロードより遠い場所で稀に発見される。南側は大襲撃の影響からかそれを見る事も少ないが、北側ではたまに『ナニカ地雷原』が発見されることもあった。
「……そういやぁ、ザザはもう山を見たのか?」
 人心地ついたところで先ほどの光景がフラッシュバックする。
「……妙な聞き方をするな?」
 その反応を見てクセニアは目を細める。
「見間違いかもしれないと、そう思うような見方をしたってことか?」
 ザザは瞑目し、わずかに背後を見る。
 まだ後ろの連中には何も伝えていない。それほどに一瞬の、光景だった。
 が、クセニアの言葉はその一瞬を補強する言葉と捉えるべきだろうか。
 情報をどう取り扱うか、二人は視線を交わすのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

『いっぱいあったよ』
 ナニカ文字が巨大ナニカの表面に描かれる。
『昔々はいっぱいあった』
『山もまちも』
「……一杯、ですか」
 ナニカを生みだす巨大ナニカはこの地にかつて存在していたらしい文明の痕跡の一つだった。北方方面から来る敵の迎撃用兵器製造移動要塞(?)がその正体である。どうしてそれにこんなふざけた知能を与えたのかは不明極り無いのだが。
『そう。いっぱいあった』
『おぼえきれなくて』
『忘れてしまうほど』
「忘れたんかい?!」
 思わず素でつっこんで、ヨンはため息一つ。
「何も覚えていないのですか?」
『そもそも内ぶメモリに地ずのこしてない』
『いつでも自どうこうしんだったから』
『不ようだった』
 PBの地図データのようなものかとヨンは理解する。
「めぼしい物も覚えていないのですか?」
『うみがあったよ』
「海?」
 少なくともこの先百キロ以上何も無い荒野が広がっているはずだ。その更に先に海があると言うのだろうか。
『たしかないかい』
「確かな異界……?」
 海で異界とはなんぞやと眉根を寄せ、それからしばらく考え
「句読点打ってください」
『えー』
「お菓子あげませんよ?」
『たしか、ないかい』
 内海、と理解してヨンは再び眉根を寄せ、PBに確認する。
「湖とは違うのですね。というか、海に繋がっているから内海では?」
『昔はつながってた』
『でもちかくへんどうでみずうみ化した』
『えんこだよ』
「えんこ、海の水のような湖ですか」
 それがオアシスや大迷宮都市のようにフィールドモンスター化したのが今回の騒ぎの主体なのだろうか。とすれば何故山なのか?
「山ではないのですね?」
『山もあったけど』
『そんなにおっきくないよ』
「ふむ……」
 別にこれが嘘を吐く理由はないだろう。とすれば北に塩湖があった事はまず間違いない。
「何故山が見えているのか、ですか」
 光学的な仕掛けがある事を考慮すれば、それは本当に見せかけなのかもしれない。
「どんなフィールドモンスターになっているのでしょうね」
 持ってきたお菓子をどさりと置いて、ヨンはその一つを口に放り込みつつ北の地を眺め見るのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
まぁ、簡単には想像突かないかもしれませんが。
実のところ、「それ」の名前は今までの文章中に出て来ていたりします。
うひひ。
ではリアクションよろしゅう。
『彷徨える山』
(2013/07/12)
「進路変更!」
 号令が響く。そうして撮られた方向は
「戻るのか?」
「ああ、今回はベースキャンプ頼みに結構な無理をしているしな」
 ザザの問いにヒャッハーズのリーダーは頷き、応じる。
「だが、お陰で随分と範囲を稼げた」
「……山を探していたわけではないのか?」
「探すあても無いのに拘ってられん」
 確かに正論だ。参加するだけで報償が出るとは言え、それだけで満足していては稼げるものも稼げない。
「それに全く成果が無いわけでもない」
「……真っ当な方法で辿りつく事はまず不可能、と言う事か」
「それもある。いつもの数倍の探索者が彷徨ってなお、『目撃情報』のみが上がっているのだからな」
「『見る』方法はある。逆に言えば見る事しか出来ていない。
 それも恐らく条件付きだ」
 それが一体何を意味するのかまでは至っていない。ザザは視線を遠くに投げる。
「キャンプに戻れば他の連中と話す事もできるだろう」
「そろそろ他の、特に今回限りの連中は焦れている頃だからな。口も軽かろうからな」
 リーダーの言葉に頷き、進路を変え終わった車体の上、ザザはしばしの休息をするのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ナニカ山?」
 不意の言葉にザザは面食らっていた。
「……ざーっと集まって山になる」
「ああ、そう言う意味か、だが、その案には大きな問題がある」
「……同時タイミングに山を見ている人が居ない」
 キャンプに戻って情報収集をしたザザは同じく情報を求めてふらついていたアインと合流し、情報を交換していた。
「クセニアも見たと言っていたが、俺と同じタイミングではない」
「……実在する『山』だったら同時に複数の目撃が無いとおかしい?」
 仮にそのナニカ、或いは何らかの小型生物により作られる山があるとすれば、複数人が同時に目撃して良いはずだ。特に今回ザザが同行しているヒャッハーズのような集団ならなおさらだが、あのタイミングで山を見たのはザザ一人であったし、クセニアの時も他の同行者の誰も見ては居なかった。
「そういえば一つ曖昧な情報あった」
「何だ?」
「今回山を見たという人、ヒャッハーズを見た前後なの」
「……はぁ?」
 しかしクセニアも自分達の姿を見たタイミングでの事だ。自分とて彼らの傍で見たという条件からは離れていない。
「いや、しかし、どういう事だ?」
ヒャッハーズが何かを仕掛けている? という当然の疑問が浮かぶが、少し考えて捨てた。それはあくまで「今回は」そうであるだけで、今までもそうだったわけでない。むしろそうならば開始前にもっとヒャッハーズに注目されるべきだ。
「しかし『今回は』そう、というのもまた事実、か?」
 無論休息している彼らにもこの『噂』は耳に入っているだろう。
「あのー、すみません」
 眉根を寄せるザザの元に一人の青年が近づいて来る。
 見る限りに貧弱でとても探索者には見えない彼が身にまとう制服は「エンジェルウィングス」の物だ。
「何か用か?」
「ザザさんですよね? これ、手紙です」
「こんなところに手紙?」
「はい」
 受け取って差出人を見ればヨンの名前。
「宜しければサインを」
「ああ」
 今回あの吸血鬼は参加していないはずだが、一体何用だと訝しがりながらも、差し出された受取証にPBを近づける。受取証に文字が浮かんだのを確認して青年は「ありがとうございます」と頭を下げ、近くに止めてあったバイクへと掛け戻って行った。
「……随分と立派なバイク」
「ん? クセニアのヤツが随分と高い買い物だとか言っていたが、会社の備品じゃねえのか?」
 使いこまれてはいるそれを見てザザも良い物であるというのはなんとなくわかった。
「そうかも。で、ヨンさんから?」
「ああ」
 持っていて分かる物でも無い。封を開き中の手紙へ視線を落とす。
「……何やってんだか」
「なに?」
「あっちで調べ物をしていたらしい。興味があるなら来ればいい物を」
「……たまにヨンさん、妙なこだわりを見せる」
 違いないと応じて文面へ視線を走らせる。
「クロスロードから50km範囲内に山が実在するならば、登頂者同盟がその存在を認識しているはずだが、目撃情報は無い、ねぇ」
 計算は苦手だが、わざわざしたためてきたならば誰かの入れ知恵なのだろう。
「それから、『塩湖』ねぇ」
「えんこ? 塩の湖?」
「確かにそれが存在したと言うならば、南のオアシスと同じくそれがフィールドモンスター化することは充分に考えられるが」
 今までのフィールドモンスターはどれもこれも巨体を誇ってきた。つい最近対峙した『水魔』など思い出すだけで眉根が寄ってしまう。
「でも、山なのに、湖?」
「しかも海モドキのときたもんだ。わけがわからんな」
「今までのフィールドモンスターは変化した元と関係していたのに。
 今回は例外?」
 本当に例外なのか? 手紙を読む限り『内海』とも称すべき巨大な湖があったという。それが山の属性を持つ何かに変貌している?
 いや、そもそもその山すらも蜃気楼のように実態のない、あくまで目撃情報に留まっているのだ。
「……見落としているというより、気付けてない気がする」
「同感だ。どういう事なんだ……?」
 二人は共に眉根を寄せて、この謎に思考を巡らせるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで、それの正体に到れれば次回最終回でしょうか。
至れなくても一旦捜索中断ってタイミングではあると思いますが。
さて、ヒントどころかそれそのものの名が挙がってるわけですが……w
では、リアクションよろしゅう。
『彷徨える山』
(2013/08/05)

「そろそろ潮時か」
 二度目の補給。ベースキャンプに戻ったザザは呟き、周囲を見た。
 集う者達は随分と減っている。もっと早く撤退を決意した者も少なくないのだろう。ヒャッハーズはあくまで「山」の件をおまけとして扱っているからモチベーションを保っているが、それでも弾薬の補給が出来ないとあっては限界がある。
「かつて塩湖が存在していたとするならば、当時蜃気楼はあったのかもしれない」
 それは想像に過ぎない。しかしかき集めた言葉を紡ぎ合わせるように、ザザは言葉を紡ぐ。
「……この世界には不思議な法則がある。例えば信仰や、大勢の人間の思い込みなどで
事象や存在が変化したり、定義づけられたりするといったものだ。あまり詳しくはわからないが」
「残留思念が山を見せてるってか?」
 クセニアの横槍にザザはほんの少し眉根を寄せ、そのような意味だと頷く。
「でもよ。それならどうして同時に複数人それを見ない?」
 様々な憶測に突きつけられる1つの問題。同時に複数人が「山」を見ないという妙な法則にザザは呻きを洩らす。
「とはいえ、俺達も明確な答えに到って無いわけだけどな」
 こくりと隣のアインも頷く。
「ザザさんやクセニアさんが見たという状況を再現してみたけど……さっぱりだった」
「そもそもあれが本当に『蜃気楼』なら、遥か先に山は無いとおかしいんだよな」
「らしいな。だが、影も形も無い」
「俺が考えたのはナニカの爆発とかで生じた熱で作られた光の屈折現象で、普通の蜃気楼よりも遥かに遠くの光景を見せている、って事だったんだが……」
 それにしたって限度があるし、やはり先ほど自分が突っ込んだ「複数人が同時に見た事例が無い」事を説明できない。
「そもそも俺とザザさんが『山』を見た状況ってそれほど共通点ねーんだよなぁ」
「……他の目撃証言も、今回はやたらとヒャッハーズの傍で目撃例が多い、って事くらい」
「爆風のせいとも思ったんだが、それと一致しねーケースが多くてなぁ。
 方向もバラバラだ。何個山があるって話になる」
「……本当に蜃気楼?
 別の物のような気もする。幻影とか」
「……幻影ねぇ。確かにその可能性はあるかもしれねえけど」
「苦慮しておるようじゃな」
 不意に、四人目の声が飛び込んでくる。
「ん? ……おまえ、どうしてここに」
 子供特有の高めの声と特徴的な口ぶりに聞き覚えのあるザザが目を見開く。
「管理組合のほうから依頼されての。塩湖の可能性があると聞いて是が非でも欲しいようじゃ」
 言葉の意味を測りかねて三人が一様に不思議そうな顔をする。
「……ぬしら、『塩』の重要性くらい理解しておいた方が良いぞ?」
 塩はその他の食料よりも重要な戦略物質とさえ言われるシロモノだ。
「いや、だってよ。扉があるんだし、世界に依ったらアホみたいに安い値段で買えるんだろ?
 目くじら立てて確保するようなモノでもないだろ」
「常に他の世界と貿易が出来るならばの」
 今の安定はあくまで貿易の結果であり、それはつまり相手次第ではどう転ぶかわからない。
 平時こそ数多の世界に繋がっているが故、1つの世界がどうこう言おうと大きな影響は無いが、
「或いは、全ての扉が機能不全になる可能性を誰も否定できぬのじゃぞ?」
 そうなれば食糧自給率がようやく数パーセントというクロスロードはたちまち危機に瀕する。
「まー良いけどさ。お前、何かできるの?」
「わからん。それを確認に来たような物じゃしな」
「……むぅ」
 クセニアが面白くなさそうに口を尖らす。有力な結論に到れていないとは言え、自分達が動いて得た情報には違いない。それを後からのこのこ出てきた小娘に託すというのは頂けない。
「管理組合からの依頼と言うたよの。情報には対価を払う」
「……まぁ、それなら」
 クセニアがアインへ視線を送ると、特に何が得た様子も無くアインは頷きを返す。
 そんなやりとりを横目で見て、ザザは現状を話す。
 するとすぐに少女───ティアロットは「蜃気楼、のぅ」と呟く。
「いや、だからさ。蜃気楼なら理屈が合わねえの」
「まぁ、地球世界の話故、他の系統世界の者にはピンと来ぬかもしれぬが。
 『蜃気楼』と言う現象でなく、『蜃気楼』という怪物を知らぬかえ?」
 少女は言う。「正確には『蜃』じゃが」と。
「蛤の別名。幻を見せる妖怪種じゃ」
「……蛤? ……塩湖、幻影……」
 アインの詠唱のような呟き。それを聞きながらザザは背を、ヒャッハーズを見遣った。
「でも、仮に幻影を生む妖怪種が居るとして、そいつが幻影を作ればみんな見るだろうよ。特にヒャッハーズの連中はどれだけ見たか分からないような話だぜ?」
「一人しかその光景を見ぬ、か。
 加減が難しいが、できん事ではないぞ? 一瞬しか見ぬ理由とも一致するしのぅ」
 皆が引っかかっていた難題に少女はあっさり解があると言い放つ。
「もっとも、それはわしの相方が『光使い』じゃから想像が付く事であるのじゃが」
 ティアが地面一本の立て線を引く。
「幻影にはいくつか種類がある。大きく分類すると、精神系と光学系じゃな。
 精神系は『幻覚』、光学系は『幻影』と区分すべきかもしれぬが」
 次に点を1つ書き、そこから縦線に向けて2つの線を引っ張る。底辺のはみ出した二等辺三角形が描かれた。
「幻影にも色々あるが、基本的な原理はこうじゃ。光源から対象に光を投射し、そこに像を結ぶ。魔術の場合、空間の魔力に投射し、像を結ぶ場合が多いの。
 これがぬしの言う「1人だけが見るのはおかしい幻影」じゃな」
 結ばれた像は同じ感覚系を持つならば誰でも見えるはずだ。
「じゃあ、幻覚だったってことか?」
「その可能性も否定はできぬが、おそらくこう言う理屈じゃろ」
 少女は立て線を荒く消し、簡単な絵を描く。それは「>」に曲線を足した「目」の意匠。
 そして光源とする点からの線を目へ向ける。
「……目に、幻影を向ける?」
「これならば一人しか見ぬな。うちの光使いが機械相手に稀に使う手段なのじゃが」
「幻灯機の光を横から見ても、良く分からんって言う理屈か」
「然様」
「ならば……」
 一つの情報が脳裏を過ぎる。それは「ヒャッハーズの傍でのみ目撃情報が多い」
「もしかして、ヒャッハーズの車かなんかに?」
 ザザは立ち上がると彼らの元へと走る。
「灯台下暗しじゃな」
「つーか、フィールドモンスターってでかいヤツじゃねえのかよ?」
「誰もそんな事確認しておらぬよ」
 そう言われれば返す言葉も無い。単に経験則でそう思っていただけなのだから。
 ヒャッハーズを遠巻きに、何があっても対応できるようにと身構えて眺める事数分。
「おい、なんかここ、妙な傷があるぞ」
 輸送トラックの下を覗き込んでいた隊員の一人がそんな声を上げる。
「どうやらここに何か張り付いていたみたいだな」
「って事は、もう逃げた後か」
 肩をすくめたクセニアが近づき、その場所を見ると、確かに不自然な、何かで引っ掛けたような傷を確認した。
「蜃っていうのは鍵爪でも持っているのか?」
「さぁのぅ。文献ではまんま、あるいはでかい貝そのものなのじゃが……
 中には鍵爪やら特殊な器官を持った蜃もおるやもしれぬな」
「今回はまんまと取り逃がした、というか、良いように使われてしまったということか」
「まぁ、ここまでの生態を暴きだしたのは大きいと思うぞ。
 包囲戦も敷きやすかろ」
「……見つけるのは、出来るかもしれない。でも……」
 戦闘系である三人はティアが言葉にしなかった続きをしっかりと認識していた。
「どういう手段で抵抗してくるかはさっぱり分からねえな」
 クセニアがやれやれと座り込みつつ呟く。
「少なくとも、人の目にピンポイントで映像を送りつけるほどの精度を持った光学発振器官を持っているとすれば、レーザー兵器として使ってきてもおかしくねえよな?」
 『光』を武器にされる恐怖はファンタジー世界の住人にはいまいち認識し辛いが、わずかなりにも気にして調べれば天を仰ぎたくなるだろう。
「蜃が人を害した例は聞いた事が無いがの。
 さて、どう動くかのぅ」
 ともあれ、半分以上が諦めて撤退した今で追い込みを掛けるのは愚策だ。今手に入れた結論を引っ提げてまずは管理組合に売り渡すのが正しい判断だろう。

 決して成功とは言えないが、次への一手には手を掛けつつ、来訪者達の時間は流れて行く。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけで今回のシナリオはこれにて終了となります。
既に名前が出ている、と言うヒントに対し、やはり純粋に知っているか知らないかのお話になったようで。
ともあれ少し時間を措いて『蜃』討伐作戦が発動する事になるでしょう。
ではお疲れさまでした。
賞金首話もぐだぐだっとしてましたので次回はシンプルなシナリオでもやりますかねー。
niconico.php
ADMIN