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【inv30】『ダークエッジ』
『ダークエッジ』
(2013/10/05)

「なんというか、懐かしい感じですねぇ」
 ヨンは音にせずに呟いて通路を往く。
 故郷となる世界。選ばれし者の特権たる魔法や加護から普遍的な銃火器へと移りつつあった時代。文化の様相こそ違えど、どこか似通った時代の空気がある。
 彼はシーフギルドが対立する世界に足を踏み入れていた。ザザに依頼されたからというのがもっぱらの理由だが特殊な事態に興味が魅かれた……のかもしれない。
「しかし、つい監視カメラを探してしまいますね。なんというか、かぶれたものです」
 蒸気機関にようやく達したこの世界にコンピュータ制御の機械など当然存在しない。
注意すべきは人の気配のみだ。
「とはいえ、何と言いますか」
 もっとも警戒した「扉から出る瞬間」も霧化することで難なくクリアしてしまった。当然のように数人の見張りは居たのだが、できるだけ拡散させた霧を不審がる様子は無かったのである。その扉こそが不可思議な存在故に、「そう言う事もあるのだろう」と納得してしまったらしい。生物、少なくとも明確に目に写る物であれば銃を向けたかもしれないが、白い靄では敵愾心を向けるには不十分だったようだ
 というわけで堂々と敵のアジトに踏み込んだヨンは頃合いを見計らってある部屋に入り込む。
 ターミナルの制限はもはや彼に無い。霧化を使いこなし、鍵など気にする事も無く滑り込んだ先には一人の男が銃の手入れをしていた。
「動かないでください」
「ひぃっ!?」
 小さく悲鳴を挙げる彼の喉元にすっと爪の先を当てる。長く伸ばしたそれは見えぬ男にとってはナイフに感じるだろう。実際それ以上の殺傷能力があるのだが。
「大声を出したら殺します。質問以外の事を喋ったら殺します。肯定ならば頷きなさい。否定ならば死になさい」
 慌てふためき銃を投げ捨てる。それを恭順と見てヨンは言葉を続けた。
「本部の見取り図はありますか?」
「;@@・@lp@・pp:。lpkkplp@;@;」
 え? 止めを丸くして、それから困ったように天井を見上げる。
「そうでした。世界の制限も無くなりましたが、扉の加護も無くなっているのですね……」
 単一言語の加護。クロスロードに訪れる全ての者は意志疎通が可能になる。それを失えば、ヨンの言葉は彼に届かない。単に脅されたと悟っての行動だったわけだ。
『翻訳しましょうか?』
 不意に脳裏に響く声。PBの念波ガイドに頷きを返す。
『ここで殺しをして、アジトから脱出できると思うな。ここには千人を超える兵隊が詰めているんだぞ』
「……千人、ねぇ。PBから翻訳言語を彼に伝えられないのですか?」
『仕様外です』
「迂闊でした。トーマさんあたりにバイリンガルロボットとか作って貰えば良かったですね。
 或いは扉の加護と同じ効果を持つ魔法を封じたアイテムは最低限必要だった。
「仕方ありません。私の言いたい事の発音を教えてください」
『了解』
 非常にたどたどしい言い方になるだろうが、この際仕方ない。
 ヨンが地図のありかを聞くと、ここには無いという回答。未だに紙の存在は珍しく、コピー機などは当然無い。地図ともなれば手書きとなり、しかもかなりの高級品だ。ボスの部屋かそれなりの地位の人間の部屋にあるだろうと言うのが彼の言だ。
 結構な時間を掛けて、大体何がどこにあるかの目星だけは付けると、ヨンは男を締め落としてふんじばった。
「周辺都市に出てここの評判を聞こうと思ったのですが……一度帰った方が得策ですかね?」
 恐らくはシーフギルドに集まったと言う数十名が一気にこちらに乗り込めばあっさり制圧は可能だろう。
 思った以上の手ごたえの無さに逆に不信感を寄せつつヨンは次の行動を考えるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 巨躯の大男。その丸太のような腕が唸り、男を吹き飛ばす。
 その傍らで処刑鎌を手にする少女もまた、幾人もの敵を打ち倒していた。
「……弱い」
「仕方ないと言えば仕方ないのだろうが」
 それがこの世界のルール。例え元の世界でどうであったとしても、ターミナルに来たばかりの者は十全の力が振るえないのは、来訪者であれば誰もが通った道である。
「……つまらなそう」
「面白いとは言わんさ」
 これでは弱い者いじめと言われても反論し辛い。そんな戦いとも呼ぶに相応しくない立ち会いであった。
「……この人達、一般人に毛が生えた程度」
「ああ。喧嘩にゃ慣れているが戦闘には全く慣れてない。そんな感じだな」
 力は十全に使えなくとも、培った戦闘センスが減衰するわけではない。言うなれば旧式の兵器を持たされたようなものだ。それとは違う意味で地に伏せてうめき声を挙げる男たちは全く『ダメ』だ。恐らく圧倒的優位な立場からの殺人や恐喝は経験があるのだろう。そしてそこまでだ。
「解せんな」
「うん……私達の助力が本当に必要なの?」
 敵の規模が語られた通りであれば確かに脅威だが……大襲撃すらも経験のある二人からすればたかだかマスケット銃が関の山の武装で1000人程度が攻め込んできたとしても恐ろしいという感覚は到底発生しないだろうという確信があった。
 かつての大事、ウェールゴンドの大征の場合、兵士は彼ら以下であったが万を超える軍勢と、魔法技術。そして竜などの魔獣使いの存在がその戦力を押し上げていたと聞く。
 確かに1000人が銃を構えるならば脅威だろう。だが、ここまで状況が整ったクロスロードがそれだけに怯える事は無い。
 特殊な能力がある……? ならば別に隠しておく必要はあるまい。特に窮鼠の彼らが隠しておく意味が無い。
「自分達の基準から脱しきれてないだけ……とか?」
「それならば……良いんだがな」
 クロスロードへの被害と言う点では気にする必要すら無くなるだろう。となれば逆にシーフギルドの目的に対しての疑念が浮かぶ。
「基本はシーフギルドの言う通り。でも上の方の考えだけが違うのかもな」
「……だとしても、排除は終わらせる」
「その通りだ」
 ザザは頷いて次の目標地点へと向かうのだった。
 果たして、あちらへの斥候を依頼したヨンはどうなっている事やら。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「クロスロードへの侵入者の掃討はほぼ完了しました」
「一部部隊を残党狩りに残し、進撃準備に移行しろ」
「捕虜はどうしますか?」
「捕虜など居ない」
「……了解しました」

 ・・・
  ・・・

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というわけで大変お待たせして申し訳ないその2
次回は現地襲撃編その1となる予定、かな。
ではリアクションよろしゅう。
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