『ダークエッジ』
(2013/10/20)
おかしい。
それはこの依頼に参加した誰もが共通して感じている事だった。
数千人からなる、一世界を支配する組織との抗争に戦力が必要なのは当然だろう。しかしどんな手段でも用意できるこのクロスロードで、詳細は不明とはいえ一組織として存在する彼らが助けを必要としているとは到底思えなかった。
最初の仕事、即ちクロスロードに侵入してきたヴェールゴニュリスオのメンバーの掃討はあっさり完了した。あとはあちら側に対する処置だけだ。
しかもヨンから齎された情報から、かの組織のメンバーは特殊な力も持たず、ヨンの侵入に気付きすらしなかったと言う。正直ザザが乗り込んで暴れれば終わるのではないかとさえ思う。
「……どうして私達に依頼したの?」
「必要だからさ」
アインの問いにシーフギルドの説明役は事もなげに応じる。
「仮にも組織としての勢力を持つあなた達なら充分じゃない?」
「そう感じるのも無理は無い。だが、忘れていないかね?」
「……忘れる? 何を?」
「この世界の法則の一つを」
「……?」
ターミナル特有の特殊ルールが脳裏を駆け巡るが、彼が言わんとしている事がどれを指しているのか分からなかった。
「この世界に来た時点を指して、Aの世界の10段階目の力の者とBの世界の10段階目の力の者は一部の例外的条件を除き互角である」
……
「……それって」
僅かな思考の先にある答えにアインは息を飲む。
「君たちは侵入者を弱いと言ったね。なるほどこの世界で修羅場を潜った君たちよりも強い新規来訪者はまず居ないだろう。
だが」
「……他の新規来訪者と比べても、弱い」
「となれば、一つの事実が浮かび上がる」
「……! あっちの世界には行っていいの?」
「計画としては戦力を結集させて乗り込むつもりだが?」
アインはその言葉を背に受けるように『扉』へと走る。
再びあちら側に乗り込んで見ると言ったヨンを止めるために。
◆◇◆◇◆◇
「よう、ダンナ。お疲れ」
「……クセニアか」
「詰まらなそうだな」
理由は分かるが、と呟いて缶を投げる。炭酸酒の入ったそれはザザの手には小さく見えた。
「これは戦闘では無い」
隣に座るクセニアには視線も向けず、ただ独り言のように言う。
「虐殺は嫌いかい?」
「好むような嗜好ではない」
「そうかね? でも誰かがやらんといかん虐殺もあるだろ?」
それをザザは否定しない。例えばこの世界最大の災害たる『大襲撃』。その先鋒たる小型の怪物は市壁に辿りつくことなく万単位が吹き飛んでいく。これを虐殺と言い換えても間違いではないだろう。
「では、言い方を変えよう。遣り甲斐が無い」
だがそれをせねば町が被害を受ける。その理由こそが行動原理、つまり遣り甲斐となる。
だが今回の掃討戦はそれを一切感じる事が無かった。
「だがまぁ、依頼として受けちまった事には変わりない。契約ってのはそういうもんだろ?」
「あちらが不履行をしたわけではない。こちらの期待過剰だと?」
「あっちの目線からすりゃそうじゃねえのか?」
自分の分の缶を開け、液体を喉に流し込んで星空を見上げる。
「手ごたえが無さ過ぎるのは罪悪感があるけどな。こっちに乗り込んできた連中だって害意あっての事だし、俺達と同じく『こんなはずじゃなかった』だったに過ぎんだろうよ」
「良い割り切りだな」
「褒めても御代わりは無いぜ?」
手にある缶を思い出し、プルタブを開ける。
「だが解せん」
「まぁな」
一息に缶の中身を空にして、ザザは呟き、クセニアは応じる。
「やっこさんら、わざわざ選抜試験までやって兵隊を選んだんだ。それでこの相手は正直おかしい。まだ何かあるはずだ」
「そいつを暴く」
「聞けば教えてくれるかもよ?」
「どうだろうな。もしそうならばアインが答えを持ってくるはずだが」
「アイン? なんだあいつ、直接聞きに行ったのか? なんつーか。豪胆というか素直と言うか」
肩を竦めるクセニアを横目に、その言葉に心の中で頷きを返す。
自身は不器用な方なのだろう。生き方一つにしても。しかし同時に言葉では無い何かをこの世界で感じて来た。
それはこの仕事の先にあるのだろうか?
「……で、ダンナ?」
「何だ?」
「あの血相変えて飛んでくる嬢ちゃんは、ダンナの期待に添える物を持ってきたと思うかい?」
クセニアが指し示す先、漆黒の夜に溶け込むような黒の装束を纏う少女がこちらへと近づいて来るのを鎌の鈍い輝きで察し、ザザはゆっくりと腰を挙げたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、と」
ここがこの組織のボスの部屋ということになるだろう。
が、それにしても
「地下、ですか」
踏み入れたそこは巨大な建物の中央にありながら、何故か地下にしつらえられていた。
しかも木製でなければ煉瓦製でもない、石造りの神殿のような場所が僅かな油の光に照らされて続いている。
「……非常に嫌な予感がするのですけどね」
警備の者も居ない。それどころか入口となる一階のドアの付近すら誰も居なかった。
「この世界、魔法は使えるが魔法の使い手は居ない、と言う話でしたが……」
このぞくりとする感触、一歩一歩進むごとに増す圧迫感が疑念を膨らませて行く。
そして
「あ、これは無理」
不意に口を突いてでた言葉に足が止まる。
言葉こそ軽いが、それは確信だった。この先にある「何か」に一人で挑む事は出来ない。
「おや、お戻りになるので?」
そのタイミングを狙ったかのように、一人の少女が彼の前に現れていた。
「この世界に魔法は存在しないと聞いていましたが?」
「なるほど優秀な方のようですね」
情報を取りに行った事がばれてヨンは本格的に逃げの体勢に入る。
そもこんな場所に居る、一見無力な存在ほどやばい相手は居ない。大体死ぬ。
「ならば質問を変えて、そちらはターミナルを狙う意志はありますか?」
気を逸らすつもりで投げた問い。
「枢機院はそのつもりでしょうが、主は無関心です」
それに少女は律儀に応じた。主というのがこの奥に居る存在だろう。とすれば、枢機院なるものはこの組織の評議会のようなものか。
「貴女はこちらの世界とのいさかいの理由はご存知で?」
「興味ありません」
「なるほど」
彼女はまず間違いなく『神官』だと悟る。詰まるところ、その奥に居るのは
「聞きたい事は聞きました。そろそろお暇しても宜しいでしょうか」
「構いません。珍しき礼節を持つ死者よ」
「ありがとうございます」
神族────!
ヨンは許可を得て一気に来た道を戻ると一階の入り口を抜け、大きめのフロアまで脱する。そこまで来るとあの圧倒的な威圧感から解放された。
「なるほど、これが理由ですか。しかし……」
シーフギルドの最終ターゲットがアレとするならば、些か無茶があり過ぎないだろうか?
最弱の相手と思いきや裏に隠れていたのがあんなのとは予想の斜め上すぎる。
「枢機院という連中もその眷属か、神官ってことでしょうかね。
しかしそれなら……魔法の存在くらい確認できそうな気がしますが」
呟いて扉を目指す。すると僅かに聞こえてきた喧騒。そして発砲音と豪快な破砕音にヨンはその速度を上げる。
迎え、でしょうかね。
或いは、今感じたラスボスを別の方法で察して止めに来たのかもしれない。
少し首を突っ込んで見た物の、とんだ厄介事だと苦言を零しつつ彼はどうするべきか、頭を悩ますのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「宜しいので?」
「取り巻きが防御を固めたところで変わりはしない。
それに数を減らしてくれるならば同じ事」
「然様で」
「さて、彼らはどう反応するかね」
翌日。シーフギルドは組織の壊滅のための行動を開始すると参加者に告げたのだった。
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絶不調真っ盛りの神衣舞です。
遅れまくってスマヌのぅ(=ω=;
というわけで展開がごろごろのダークエッジ。
さて皆さんどう出るか。楽しみです。
リアクションよろしゅー