<< BACK
【inv30】『ダークエッジ』
『ダークエッジ』
(2014/01/05)

「よぅ、邪魔するぜ?」
 厳重な警備の先にあった一室。それなりの広さを持った会議室という風体の場所に何人もの男が集まっていた。
 しかし、おおよそ強面が揃っていると言って良い面々の顔色は一様に蒼白だ。
 無理もない。この世界では恐れる者なしのはずだった彼らはこの数日、恐怖にさいなまれる日々を過ごして居たのだ。
「死にたくなければ妙な真似はするな。ちょいと話しに来たんだ」
「こ、降伏勧告ということか」
「違う違う。こっちと依頼人にちょっと疑問があってね」
 幹部───彼らの言うところの枢機卿、だろうか。ともあれ彼らは顔を見合わせ、しかし対抗するすべがないと頷いた。
「何が聞きたい?」
「この喧嘩、先に手を出したのはどっちだ?
 ああ、いや。どっちが悪いか決めようってわけじゃねえから、正直にな?」
「……さ、先に干渉したのは恐らく我々だ」
「ほう。扉を見つけたからか?」
「扉……あの異世界に繋がる門の事だな。それならばそうだ」
「どうしてシーフギルドと対立した?」
「……正直に言う。わからない」
 他の者の顔を見ても嘘、という風には見えない。
「あっちで何かやらかしたとか、そういうことじゃないのか?」
「……我々もあちらの流儀を完ぺきに理解しているわけではない。その過程で何かあったかもしれない事は否定できない。
 しかし、特定の団体と抗争になるような行為については報告が無い」
「……シーフギルドに対しては一方的に喧嘩を売られた、って感覚なのか?」
「そうだ」
 ふむ、とザザは顎をさする。
 すでにシーフギルドが突入してきているのか、喧騒は次第に大きくなってきている。
「質問を変える。あの地下の神はお前らにとってどういう存在だ?」
「わ、我らが血族の守り神だ」
「守り神……? 邪神ではないのか?」
「不敬な……。あ、いや、だが、他の血族からはそう呼ばれる事はあるが……」
 まぁ、これについては珍しい話でもない。自分の神は守護神、敵の神は邪神だ。
 しかしこれでますます分からなくなった。どうしてシーフギルドは神族なんていうリスキーな物に手を出す?
「……もし、あの神が死んだら、どうなる?」
 その言葉に幹部達はまず意味を理解するのに数秒の時間を要した。
 正気に返したのは盛大な爆発音。それで「無い話ではない」と感じたのかもしれない。
「……我々は加護を失う」
「加護とは?」
「怨敵に疾病を齎すものだ」
「疫病の神かよ……! いや、待て、ならどうして俺達に使わなかった!?」
「使わなかったのではない。使えなかったのだ。お前たちの事が理解できなかった」
「なるほど、対象をある程度選定する必要があるってことか」
 つまり、時間を掛けていれば、全員寝込んでいた可能性も、それではすまなかった可能性もあるのだ。
「……この世界でお前達と対立している組織とかは無いのか? その神を倒して欲しいヤツは?」
「……居るだろうが最早「組織」として活動できる者はいないはずだ」
 そっちの線はありえるかと内心で呟き、どうしたものかと天井を見上げる。
「つーか、お前ら。震えるだけなら、もういっそ降参した方が良いんじゃねえのか?」
『ならぬ』
 声は、突然襲いかかってきた。
 確かに、今の今まで居なかった存在がそこにある。見た目は年端の行かぬ少女。だが
「こいつ、ヨンの言っていた……!」
 恐らくは神官か、それに類する存在……!
『そは契約なり』
 身構えたザザは不意の眩暈に揺らぐ体をなんとか保つ。
「なんだ、これは……」
 攻撃を受けた? その疑問が先ほどのやり取りを喚起する。
「病気……!」
 病というのだから即死するようなものではないだろうが、眩暈ひとつでも戦闘には多大な支障を来す。
『従うべし』
 幹部の男たちは怯えたまま銃を構える。
「ちい……!」
 全ての銃口がザザを向く。そして複数の射撃音が部屋に響いた。
「あれ? ザザもこっちに居たのかよ」
 その全ては容赦なく幹部達を貫いていた。そしてひょこりと顔を出すクセニア。
「なんだ、あんたともあろう人がやられちまったのか?」
「引け。相手は病気を使う」
「は? あの女か?」
 異様な雰囲気を放っている事。それにもましてヨンがあっさり撤退を決めた相手だとクセニアは油断なく銃口を向けた。
「っと、テメエらはほんと、いろいろ動いてやがるな」
 一瞬触発。まさにそんな空気を引き裂いて一人の男が現れる。
「この場は俺に任せて下の援護をしてやくれんかね」
「誰……だ?」
「お前らの雇い主だよ」
 その男は戦士としては余りにも細く、盗賊にしても纏う空気が余りにも一般人だった。背広なんかを着せて東京の人ごみにでも放り込めば目立たなくなるだろう事が間違いないという感じだ。
「雇い主……? シーフギルドの?」
「そういうこと。そっちのは扉の所に神官連れて来てるから、早く治療受けた方が良いよ」
「……わかった」
「おい、ザザ。こいつに全部やらせんのかよ?」
「少なくともこいつは相手が疾病を司る神だと知っている。こう言う手合いは対策を持っていないと為す術が無い」
「良い判断だね」
「……わーったよ」
 こうして一人男を置いて、二人は一時撤退を決めたのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「おいおい、こりゃどういう事だ」
 シーフギルドに雇われた面々は予想だにしていなかった『門番』に唖然としていた。
「なんであんたがここに陣取っている?」
「侵攻をやめてもらうためです」
 ヨンは静かに言い放つ。
「はぁ? どういう意味だ」
「この世界の人は別にクロスロードへ侵攻しようとしているわけではない。つまりこれはタダの侵略です。しかも、それでなぜ世界を司る神の一柱を殺さねばならない?」
 神という言葉に全員が顔を見合わせる。
「ここに居たんだ」
 困惑の集団の中から出てきた黒の少女。アインにヨンは苦笑を向ける。
「すみません。私なりの判断でして」
「倒せるかどうかって問題もあるけど、確かに神に挑むのはリスキーと思う」
「おい、嬢ちゃん。
 あんた確か黒幕にとんでもない者が居るって言ってたな?」
 アインはこくりと頷く。出発前にそういう話を喧伝しておいたのだ。
「それが神って知っていたのか?」
「確証は無かった。でもこのルートを迷いなく来た以上、シーフギルドが狙っているのはこの世界の神」
 『神殺し』なんてことはどの世界であっても異様で特別な事だ。クロスロードでそこらへんに神族を見る故に感覚がおかしくなりつつあるが、望んで出来るような事ではない。
「まったく。貴方が裏で動いているとは聞いていましたが、こんなところで出てきますか」
「貴方は?」
 アインの後ろから現れた男は「シーフギルドの者です」と応じる。
「我々の標的は『神』。それは事実です。
 しかしそれは倒されるべき神であり、この世界の者は望んだ事です」
「この世界の……?
 じゃあシーフギルドはこの世界の者に依頼されて神殺しをやろうとしていると言う事ですか?」
「はい。言わずもがな神にも色々あります。唯一にして世界を司る神であったり、万象の具現であったり、そして元々人であったりと。
 そしてその成り立ちや存在から『殺されるべき神』というのも少なからず存在します。
 貴方も縁深い神が居ると聞いていますが?」
 考えるまでもない。子供に殺された地母神である彼女の事だろう。
「だったらどうして先に言わなかった?」
「先に言って納得しますか?」
 繰り返しになるが『神殺し』など普通にない事だ。やれと言われて頷ける者などどれほど居るものか。
「少なくとも我々はできる環境を構築しました。あとは皆さんのやる気だけ。そういう状況下において倒すべき相手が何であっても変わらない。そういった各種配慮の元で今があると思っています」
 問うたアインは眉根を寄せて、しかし大きく間違っては無いと沈黙を決め込んだ。
「神を殺した悪影響とかも考えていると?」
「我々は全能ではない。しかしこの神が存続する悪影響があるからやるのです。
 倒せる。それは保証しましょう。そこまでのお膳立てはできている」
「あとは、やるかどうか……?」
「倒せるってのに嘘はねえんだな?」
 事の成り行きを見守っていた者達の一人が問う。
「はい。我々とて集めた探索者を捨て駒にした、なんて悪評は御免です。あくまで一般の依頼と同じレベルでの被害はあるかもしれませんが、大襲撃よりも楽な仕事と思いますよ」
 それは冗談か。
 しかし問うた男は「分かった」と応じてヨンの脇を抜けようとする。
「……この世界の者が望んでいる、というのは?」
 それを止めることすらできずヨンは最後の疑問を投げかけた。
「言葉の通りです。だから我々は動いている」
「貴方達は一体何なのですか?」
「シーフギルド、ですよ。
 ただし我々が奪うモノにはあるルールが存在している。それ以外の活動はあくまでその準備に過ぎない」
「……それは?」
「奪われた物を奪い返す」
 どこかのらりくらりした表情の男の眼光が僅かに鋭くなる。
「奪われた……?」
「そう、その為に作られた互助会が我々です。この世界の神に奪われた物を取り返すために神を殺す。今回はその目的のために動いている」
 言っている事は分かる。しかしその果てが神を殺すとは余りにも突飛だ。
 だが、できないとはどうしても思えなかった。なにしろ『神を殺した実績のある世界』ならいくらでも見聞きして来た。
「正義とか悪とか語らないで頂きたい。そんな物は我々には無い。
 ただ奪い返す。それだけなんです。逆恨みだろうが一方的な勘違いだろうが、突き詰めてその目的のためだけに動いているんです」
「……」
「さて、そろそろ行きましょう。うちの親方が厄介な番人を引きつけています。
 今のうちですから」
「……ちなみに、神殺しが可能な理由、聞いてない」
「神なんてダイヤモンドのようなものです。硬いが燃える。傷を入れればあっさり砕ける。そんなシロモノです。
 お任せください。権能を封じてしまえば殴り合いです」
 アインの言葉にセールスマンのような応答をする男。
 聞いていた面々はしばし逡巡し、一人、また一人と奥へと進む決断をする。
「……私も、行く」
「……ええ、お気を付けて」
 彼らを止める事に義はあるのか。その自問に答えを出せなかったヨンは先へと進むアインにただそうとだけ返した。
「世界に対する過干渉。それはきっと間違った認識では無いと思いますが」
 それと同時に思う。
 世界は繋がってしまっているのだ。であるならば、
「いずれ干渉は起こる、それが早いか遅いか、影響が大きいか小さいか、それだけの差だと言うのでしょうか?」
 ある学者が言うには『神』と呼ばれる存在の一部は扉が現れる前から存在していた『世界渡り』と括られている存在も含まれていると言う。
 扉を使わなくても、範囲こそ限られているが世界を渡り、文化を混在させてきた存在が居たのだと言う。
 ヨンは頭を掻いて天井を見上げる。
「難しいですねぇ。世界は」
 自分も一つの組織を預かる長だ。
 もっと学ぶべきこと、考えるべき事はあるようだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「……形相は怖い」
 戦闘開始から数分。アインはそんな事を呟く。
 地下神殿の最奥にあったのは昆虫の特徴を詰め合わせたような怪物だった。とても一見して『神』とは思うまいというそれは黒い風を操り一同へと攻撃を仕掛けてきた。
 が、その黒い風はすぐさま雲散霧消してしまう。
 ほんの僅か後ろを見れば、先ほどヨンと話をしていた男がなにやら緑色の環っかを持って立っている。
 それ以外にも数人の男女が異様な物を手に控えていた。どれもこれも見覚えのないシロモノだが、相対する神への対策であろうことは推測できた。
 知識があれば、男の持っているのが『茅の輪』であることに気付いただろう。本来は人が潜るほどの大きさなのだが、それを小さくしたものだ。
 アインの予測通り、それら全ては色々な世界の『病災祓い』の力を持つアイテムなのだ。 『神』と称されるモノには大きく三つに分類できる。「全能神」「象徴神」、そして「英雄神」だ。
 全能神は全知全能であるとする唯一神であり、象徴神が分割して持つ全ての権能を一人で持っている。象徴神はあらゆる物質、現象、天災厄災をそれぞれ分割し、それぞれが権能を有する。英雄神は功績を立てて神の位まで達した者の事だ。その分類からこの神は象徴神となる。
 象徴神はヒトの目からすれば「何かの見立て」であり、その属性、行動は大きく限られる。この病魔の神とすれば人を疾病に追いやることがその権能の大半であり、逆に病を払う力が弱点となってしまう。
 それでも『神』と称せられるだけの力があるのだから、生半可な対策ではどうしようもないだろうが……
「クロスロードなら、世界に一つしかないような物もかき集める事ができる……」
 つまり、だからこそ「シーフギルド」なのだろうか。
 そんな考えごとをする余裕すら持ちながらアインの大鎌も邪神に傷を与えて行く。
 これでは神殺しでなく、ただの魔物討伐だ。
途中からザザやクセニアも加わり、戦いは十五分ほど続いた。
その世界の最高存在の一角。sれが蹂躙とも称して問題無い戦いの果てに、塵となり消えて行くのをアインは確かに見た。
そしてこれがもどかしい謎だらけの依頼の、終わりの瞬間でもあった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「以上、今回のシーフギルドの活動に関する報告です」
「そう。お疲れ様」
「……良いので?」
「何が?」
 問い返されて報告者の女性はやや言葉に困り
「他世界への多大な干渉は、その他の世界の反感を呼びかねません」
「だとしてもさ、あちしらがそもそも『この』世界に干渉している『来訪者』なんだから、大きなこと言えないって」
 猫娘の答えに女性は問いをはぐらかされたという顔をして、しかし続く言葉の全てを呑み込み、一礼して去っていく。
「まぁ、そこまでの知識と力を手にしているって事だよね」
 ならば、と彼女は呟く。
「そろそろ考えないとね」
 どこかの酒場でしょぼくれた吸血鬼を銃使いが弄っているかもしれない。
 そんな光景でも眺めにいくかと彼女はデスクを立ち、部屋を後にした。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけでこれにて『ダークエッジ』は完了となります。
まずは更新が盛大に遅れて申し訳ありません。
諸所の事情はありますが、うん。がんばります。

今回はちょっとお試し的に情報の公開をなるべくしない形を取って見ました。
が、動きにくいだけかなーって印象でしたね。反省点です。
ともあれお疲れさまでした。次のシナリオも宜しくお願いします。
niconico.php
ADMIN