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【inv30】『ダークエッジ』
『ダークエッジ』
(2013/08/29)
「話は集まってから。まぁ、その前に振るいに掛けるそうだが、あんたなら問題無いだろ」
 オークがパイプを吹かしつつ口の端をあげる。
「……内容は、知らないの?」
「知らねえし、知ろうとも思わねえ。
 なにしろこの件はシーフギルドの仕切りだ。寄せた耳が切り取られちまう」
 茶化し気味だが、嘘の無い言葉にアインはほんの小さく唸ってため息を吐く。
 彼女が聞いた話。それは「シーフギルドが人を集めている」と言う事。
詳しく聞けば「戦力を求めている」という言葉までは引き出せた。しかし更にいくつかの情報筋を追っても得られた情報はそこまでだった。
「みんな、おんなじスタンス?」
「真っ当なヤツはな。クロスロードのシーフギルドをナメてる連中も少なくないが。鼠やってりゃそんな真似はしないさ」
 無法都市とも揶揄されるクロスロードで何を指してシーフと言うのか。
例え殺人をしても賞金を掛けられなければその事実すら広く知られることは無い。そんな都市で闇に隠れシーフギルドを名乗るなどガキの遊びにも劣る……というのは大きな間違いだ。多少なりにケイオスタウンの内情に通じれば、その結論は早々に得られるだろう。
「町一番の情報源は間違いなく管理組合だ。それは最早誰も疑っていねえ。だが、町一番の情報屋はシーフギルドだ」
「……売るか、売らないか?」
「そういうこった」
 男はコツと灰を捨てて目を細める。
「『クロスロードでは派手に動かねえ』を信条としたシーフギルドが大きく動くんだ。
 関わるなら、それなりに覚悟するこったな」
 忠告の言葉にとりあえず頷き、アインはふらり歩き始める。
 「盗賊」。彼らが盗みを行う対象はこのクロスロードにはほぼ皆無。
 彼らが狙うのは異世界。それ故に『クロスロードでは大人しい』シーフども。
「何をしようとしてるのかしら……」
 興味を向けなければ「あるとは知っていた」程度の組織。
 それが今さら、今になって、何のために?

◆◇◆◇◆◇

「ねぇ、マスター。なんか最近慌ただしくない?」
 深夜───それはケイオスタウンにとって最も賑わう時間である。
 が、街の片隅にある小さなBARは夜の静けさを保ちながら、様々な酔客に酒を提供していた。
「慌ただしい、と言いますと?」
 魔族の老紳士は出来あがったカクテルをテーブルに置きつつ応じる。
「ケイオスタウン側が物騒、と言う感じがするんだよ」
「ああ、シーフギルドの件ですか」
 いきなり当たりかと内心で思いつつ、ヨンは素知らぬふりで視線を挙げた。
「シーフギルド?」
「御存じ無いですか? あそこが人手を求めていると言う話を」
「どうして? なにかあったのかい?」
「そこまでは情報開示していないようですね。
 あくまでシーフギルドが戦力を求めている。その情報だけが広まっているようです」
 もっと数カ所巡って調べねばと思っていたのだが、拍子抜けである。
 が、同時に詳細が分からぬままという事態にほんの少し眉根を寄せた。
「みんな知ってる話?」
「ケイオスタウンの連中なら大体知っているのでは?」
「へぇ……戦争でもやるのかな」
「ありえない話ではありませんね」
 誤魔化し気分での言葉を肯定され、ヨンは目を細める。
「どこと?」
「さぁ? ただ、管理組合や律法の翼に喧嘩を売るほど無謀ではないと思いますがね」
「どこか対立してる組織でもあったっけ?」
「山ほどあるんじゃないですかね。外の世界に」
「外?」
 言われてしばし考え、それがこのターミナルと繋がる別世界を指していると思い到る。
「……外との、戦争?」
 どうしてそんな事が起きるのか?
 そこに思い至らぬのは、まだ自分がこのクロスロードを理解しきれぬからなのだろうか。
 どうやらこれ以上の情報はどうやら統制されているようだ。
 どうしたものか。

◆◇◆◇◆◇

「おや? ザザの旦那。あんたもかい?」
「クセニア、か」
 ケイオスタウンの暗い裏路地。店など見当たらない、建売住宅が並ぶ整然とした都市のはずなのにどこか薄汚れた通り。
 そこでばたりと遭った二人は、互いの目的が同じと察する。
「この辺りか?」
「そう聞いているんだがな」
 誰も居ないはずの路地。しかし二人の視線が向けられた場所に一人のうす汚い男が座り込んでいた。
「テメェがそうか?」
「……荒々しい客なこった。そう目立つな」
 存在感を極力殺した影のような男がヘラリと笑みを見せる。
「クセニアにザザ、共に文句の無い腕だ。あんたらにはぜひ手を貸してもらいたい」
「内容を聞きたい」
 当然の申し出だが、果たして男は沈黙する。
「どうした?」
 ザザの問いかけにもしばし無反応を示し、ややあって「余計な頭は要らん。ただ兵隊になって欲しいんだがね」と嘯いて、透かし見るような視線を向ける。
「おいおい、理由も無しかよ」
 クセニアの茶化すような言葉には無言。
「……ま、シーフギルドを名乗ってるような連中の依頼だ。真っ当なもんとは思わねえが。
 人身売買の手助けをしろとか、そう言う依頼じゃないのか?」
「戦力だ」
 今度は答えがあった。クセニアはふむと鼻を鳴らし、気を抜けば見失いそうな男に視線を合わせる。
「戦えるのか?」
 ぼそりと、単調なザザの問い。
男は口の端を挙げ「ああ、そう言う話だ」とようやく興味を持ったかのように声を弾ませた。
「どうする?」
 それがここから一歩先へ進むための手形が発行されるか否かの問い。
 二人は余りにも限られた情報を前に、己の答えを口にするのだった。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 というわけで、典型的な「受けるなら話す」というお話です。
 果たしてシーフギルドの目的とは?
 そして探索者達は何を以て闇の中に片足を突っ込むか。
 リアクションをよろしゅう。
『ダークエッジ』
(2013/09/13)
「簡潔に述べれば敵はある世界の犯罪組織。ただ面倒なのは一国家に相当するって事か」
 シーフギルドの男の言葉に依頼を受けるべく集まった者達は顔を見合わせる。
「シンジケートとか、そう言う類の相手ってことか?」
 クセニアの問いにシーフギルドの男は頷く。
「敵対する組織の名はヴェールゴニュリスオ。あちらの邪神か何かの名前らしい。
 所属人数はおおよそ5万人程度。戦闘に運用できるのは三千人程度か」
「おいおい、マジで戦争かよ? この人数で?」
 『抗争』の事を『戦争』と称しているだけだと思っていたのは声を挙げた男だけではあるまい。何しろこの部屋に居るのは30人程度。三千人と戦うなど冗談が過ぎる。
 だが、その言葉を無視して男は説明を続ける。
「あちらが所属する世界は科学系技術体系かつ、蒸気機関技術レベルだ。
 主な武器は刀剣およびフリントロック式の銃火器だ」
 そこまで聞いて先ほど批難めいた声を挙げた男はがしりを頭を掻いて嘆息する。唇は音を伴わずに「そう言う事かよ」と形を作る。
「襲撃するのか? 迎撃するのか?」
「襲撃する。その前に此方に入り込んできた手下を全て始末するが」
「あちらは魔法は使えるのか?」
「魔術の行使は可能だ」
 なるほどと言葉に出さずにザザは頷く。
 このターミナルの重要な性質である「あらゆる世界で個の力を段階評価した結果を多重交錯世界の段階評価に投射している」は神も小人も、初めてこのターミナルに到った時点では同じ物差しの範囲、つまり力の上限値、下限値範囲内で性能を設定してしまう。
仮に元の世界では世界最低の能力を1、世界最強の能力を100とし、Aの能力を10、Bの能力を100と仮定する。
 この場合AとBの能力の開きは90である。しかしターミナルに二人が到った場合、最初の能力はターミナルの1〜10の基準に再設定され、Aが1、Bが10となってしまい、差は9になってしまう。無論その後のターミナルの活動でこの数字は如何様にも伸びて行くのだが、ターミナルに到った直後に限定すれば億に一つも勝ち目のない相手にも届く可能性があるのだ。
 では逆にターミナルから別世界に渡った場合はどうなるか。
 この場合、渡った世界の『設定』に左右されるものの、概ね『元の世界の性能をほぼすべて発揮できる』事になる。例えば神族、魔族など、元々強大な力を有している種はターミナルではその性能のほとんどを一旦封じられてしまうが、別世界、或いは自分の元の世界に戻ればその実力を如何なく発揮できるのである。(※ただし大抵の世界において神が動けばその世界の神が干渉をしてくるだろうが)
 更に、魔法の存在しない世界であってもおおよそ魔法や超能力などの行使は可能である。仮に標準的地球世界を相手にするならば管理組合のアルカなど戦略兵器相当の化け物に相違ない。そしてそれには及ばないとしても、ターミナルで中位以上の実力者達は、大抵の世界で『化け物』と称して良い性能を発揮する。対象世界の者がザザを相手にするとすれば、迫撃砲を使うか、四方八方から雨あられのように銃弾を叩き込むかしない限り、ロクにダメージも与えられないだろう。
「戦争じゃなくて虐殺だな。あっちの世界に特殊な環境とか無いのか?」
「基本的には無い。邪神の名を冠しているが、実際に神が世界に干渉しておらず、魔術は幻想として語られている。無論幻想の元となる何かが存在する可能性は考慮すべきだが、おおよそ今回の件でそれに出くわす事はないと思われる」
 クセニアの言葉に男は淡々と応じる。
「あちらの目的はターミナルの制圧。こちらの目的はヴェールゴニュリスオの壊滅。あちらの扉はかの組織の本部にあり、その組織を壊滅させ、扉を隠す事も目的の一つだ」
「こっちに三千人雪崩れ込まれれば、それなりにおおごとだな」
「だからその準備ができる前に叩く」
 ザザの言葉に説明員は感情を伴わずに応じる。故に応酬の続きとしてザザは問う。
「その組織と敵対した理由は、あちらの侵略が原因なのか?
 だったら管理組合に任せれば良いだろうに」
今回の一件の中核となる問いに説明員はほんの僅か、言葉を選ぶ。
「いや、元々はこちらの問題だ。
その結果、あちらがクロスロードに野心を向ける結果になった」
「詳細は?」
「必要あるまい?」
 確かに理由などどうでも良い。元より相手はそれらの裏を隠して依頼してきているのだ。直接聞いて教えてもらえるとも思っていない。
「今から24時間、まずはこちらに入り込んできた手下の掃討を行う。
 対象の情報は渡すので確認してくれ。
 その後、カウンターアタックを決行する。以上だ」
 質問を受け付けようともせずさっと消えてしまう説明員への質問をせき止めるかのように、侵入したと言う手下の情報がPB経由で送りこまれる。
「楽な仕事っぽいな」
「楽、か」
 戦闘を望んで参加したのに、一方的な虐殺になるのは好むところでは無いとザザは嘆息。
 クロスロードにとって放って良い話ではないのは間違いない。シーフギルドが何をしでかしたかが気になるところだが、あちらの征服欲への対処であり、あちらの世界の侵略するという話でないならば大きく道理にはずれた話でもなさそうだ。
「つまらなそうな顔だな」
「……」
 クセニアの、どこかからかうような言に返す言葉も無くザザは歩を踏み出す。
 すでに掃討のための24時間は始まっていると言う事だろう。
 依頼を受けた身として、戦いを望む身として、どう動こうか。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「うちとしては本格的な破壊活動とか始めない限りは放置かなー」
 昼下がりの『とらいあんぐる☆かーぺんたーず』でアルカはのんびり細工をあしらいながらヨンの問いに応じる。
「事情はご存知で?」
「てきとーな範囲では。でもまぁ、クロスロード侵略を狙って諜報員送りこませてる世界なんてそれこそ数百じゃ利かないくらいあるしね」
「そうなんですか?」
「うん。短絡的にテロとか起こそうとするのは潰してるけどね」
 内緒にゃよ?と可愛らしく微笑むが、その実力を知っている上に、実行部隊におおよそ見当が付いているから笑えない。
「かつてヴェールゴンドやガイアスがこの世界を統治しようとしたのは、この世界があらゆる面において「おいしい」からにゃ」
「つまり……管理組合が儲けていると?」
「その分は還元してるにゃよ?」
 否定せずに、その行いを正当化する猫娘。
「今となっては大襲撃にも備えられるようになったし、欲望に歯止めが効かない指導者も多いだろうねぇ」
「しかし、問題の芽ならば早目に対処すべきでは?」
「シーフギルドが動いてるんだから良いじゃん」
「そう言うもんですか」
「そう言う物にゃよ」
「しかし……どうしてシーフギルドは余所の世界ともめ事になったのでしょうかね」
「そりゃ、あそこが大体の世界における『禁制品』を輸出入しているからにゃよ。
 別に初めての事じゃないにゃ。余所に手を借りる事態って意味では初めてだろうけど」
 事もなげに放たれた、HOC代表としては少々聞き捨てならない事に視線をやる。
「技術、薬、兵器。世界を渡ってそう言う物を扱う闇ブローカーがシーフギルドにゃよ。『扉』を知らない異世界人からすれば『悪魔』扱いしてるのも居るんじゃないかなぁ」
 突然現れて契約を結び、その世界にない物を提供する。確かに異様な存在だ。
「異世界への干渉なんて許されるのでしょうか?」
「誰が赦さないって言えるのかって事にゃね。そもそんなの今に始まった事じゃない、クロスロード開放前からあらゆる世界であった出来事にゃよ?」
「そうなんですか?」
「いくつかの世界における『神』は彼らみたく異世界の技術を持ち込んだ何者かだったりするしね。行ける世界は限られてるけど『扉』を必要とせずに世界を行き来する『界渡り』ってのも存在するし」
 確かにヨンが居た世界もここで言う「地球世界」からの来訪者が居た事を思い出す。そして彼らの齎した文化や技術は大なり小なり取り込まれていた。
「仮に赦さない者がいるとすれば、あっちの世界の『管理者』か、世界法則そのものにゃよ」
「管理組合のスタンスは分かりました。ありがとうございます」
「にゃ。まあ、あくまであちしの見解ってコトにしといて。管理組合としては町に被害が出ない限り不干渉だから」
「はい」
 応じて天井を見上げる。さて、シーフギルドに赴いたザザさん達はどう動くのだろうか。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで第二話をお送りします。
次回は掃討戦です。正直PCの実力ならば苦戦すらしないはずなのですが……
というわけでリアクションよろしく♪
なお、今回登場していなくても集まった面子の中に居たよー。は問題なしです。
『ダークエッジ』
(2013/10/05)

「なんというか、懐かしい感じですねぇ」
 ヨンは音にせずに呟いて通路を往く。
 故郷となる世界。選ばれし者の特権たる魔法や加護から普遍的な銃火器へと移りつつあった時代。文化の様相こそ違えど、どこか似通った時代の空気がある。
 彼はシーフギルドが対立する世界に足を踏み入れていた。ザザに依頼されたからというのがもっぱらの理由だが特殊な事態に興味が魅かれた……のかもしれない。
「しかし、つい監視カメラを探してしまいますね。なんというか、かぶれたものです」
 蒸気機関にようやく達したこの世界にコンピュータ制御の機械など当然存在しない。
注意すべきは人の気配のみだ。
「とはいえ、何と言いますか」
 もっとも警戒した「扉から出る瞬間」も霧化することで難なくクリアしてしまった。当然のように数人の見張りは居たのだが、できるだけ拡散させた霧を不審がる様子は無かったのである。その扉こそが不可思議な存在故に、「そう言う事もあるのだろう」と納得してしまったらしい。生物、少なくとも明確に目に写る物であれば銃を向けたかもしれないが、白い靄では敵愾心を向けるには不十分だったようだ
 というわけで堂々と敵のアジトに踏み込んだヨンは頃合いを見計らってある部屋に入り込む。
 ターミナルの制限はもはや彼に無い。霧化を使いこなし、鍵など気にする事も無く滑り込んだ先には一人の男が銃の手入れをしていた。
「動かないでください」
「ひぃっ!?」
 小さく悲鳴を挙げる彼の喉元にすっと爪の先を当てる。長く伸ばしたそれは見えぬ男にとってはナイフに感じるだろう。実際それ以上の殺傷能力があるのだが。
「大声を出したら殺します。質問以外の事を喋ったら殺します。肯定ならば頷きなさい。否定ならば死になさい」
 慌てふためき銃を投げ捨てる。それを恭順と見てヨンは言葉を続けた。
「本部の見取り図はありますか?」
「;@@・@lp@・pp:。lpkkplp@;@;」
 え? 止めを丸くして、それから困ったように天井を見上げる。
「そうでした。世界の制限も無くなりましたが、扉の加護も無くなっているのですね……」
 単一言語の加護。クロスロードに訪れる全ての者は意志疎通が可能になる。それを失えば、ヨンの言葉は彼に届かない。単に脅されたと悟っての行動だったわけだ。
『翻訳しましょうか?』
 不意に脳裏に響く声。PBの念波ガイドに頷きを返す。
『ここで殺しをして、アジトから脱出できると思うな。ここには千人を超える兵隊が詰めているんだぞ』
「……千人、ねぇ。PBから翻訳言語を彼に伝えられないのですか?」
『仕様外です』
「迂闊でした。トーマさんあたりにバイリンガルロボットとか作って貰えば良かったですね。
 或いは扉の加護と同じ効果を持つ魔法を封じたアイテムは最低限必要だった。
「仕方ありません。私の言いたい事の発音を教えてください」
『了解』
 非常にたどたどしい言い方になるだろうが、この際仕方ない。
 ヨンが地図のありかを聞くと、ここには無いという回答。未だに紙の存在は珍しく、コピー機などは当然無い。地図ともなれば手書きとなり、しかもかなりの高級品だ。ボスの部屋かそれなりの地位の人間の部屋にあるだろうと言うのが彼の言だ。
 結構な時間を掛けて、大体何がどこにあるかの目星だけは付けると、ヨンは男を締め落としてふんじばった。
「周辺都市に出てここの評判を聞こうと思ったのですが……一度帰った方が得策ですかね?」
 恐らくはシーフギルドに集まったと言う数十名が一気にこちらに乗り込めばあっさり制圧は可能だろう。
 思った以上の手ごたえの無さに逆に不信感を寄せつつヨンは次の行動を考えるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 巨躯の大男。その丸太のような腕が唸り、男を吹き飛ばす。
 その傍らで処刑鎌を手にする少女もまた、幾人もの敵を打ち倒していた。
「……弱い」
「仕方ないと言えば仕方ないのだろうが」
 それがこの世界のルール。例え元の世界でどうであったとしても、ターミナルに来たばかりの者は十全の力が振るえないのは、来訪者であれば誰もが通った道である。
「……つまらなそう」
「面白いとは言わんさ」
 これでは弱い者いじめと言われても反論し辛い。そんな戦いとも呼ぶに相応しくない立ち会いであった。
「……この人達、一般人に毛が生えた程度」
「ああ。喧嘩にゃ慣れているが戦闘には全く慣れてない。そんな感じだな」
 力は十全に使えなくとも、培った戦闘センスが減衰するわけではない。言うなれば旧式の兵器を持たされたようなものだ。それとは違う意味で地に伏せてうめき声を挙げる男たちは全く『ダメ』だ。恐らく圧倒的優位な立場からの殺人や恐喝は経験があるのだろう。そしてそこまでだ。
「解せんな」
「うん……私達の助力が本当に必要なの?」
 敵の規模が語られた通りであれば確かに脅威だが……大襲撃すらも経験のある二人からすればたかだかマスケット銃が関の山の武装で1000人程度が攻め込んできたとしても恐ろしいという感覚は到底発生しないだろうという確信があった。
 かつての大事、ウェールゴンドの大征の場合、兵士は彼ら以下であったが万を超える軍勢と、魔法技術。そして竜などの魔獣使いの存在がその戦力を押し上げていたと聞く。
 確かに1000人が銃を構えるならば脅威だろう。だが、ここまで状況が整ったクロスロードがそれだけに怯える事は無い。
 特殊な能力がある……? ならば別に隠しておく必要はあるまい。特に窮鼠の彼らが隠しておく意味が無い。
「自分達の基準から脱しきれてないだけ……とか?」
「それならば……良いんだがな」
 クロスロードへの被害と言う点では気にする必要すら無くなるだろう。となれば逆にシーフギルドの目的に対しての疑念が浮かぶ。
「基本はシーフギルドの言う通り。でも上の方の考えだけが違うのかもな」
「……だとしても、排除は終わらせる」
「その通りだ」
 ザザは頷いて次の目標地点へと向かうのだった。
 果たして、あちらへの斥候を依頼したヨンはどうなっている事やら。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「クロスロードへの侵入者の掃討はほぼ完了しました」
「一部部隊を残党狩りに残し、進撃準備に移行しろ」
「捕虜はどうしますか?」
「捕虜など居ない」
「……了解しました」

 ・・・
  ・・・

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで大変お待たせして申し訳ないその2
次回は現地襲撃編その1となる予定、かな。
ではリアクションよろしゅう。
『ダークエッジ』
(2013/10/20)
 おかしい。

 それはこの依頼に参加した誰もが共通して感じている事だった。
 数千人からなる、一世界を支配する組織との抗争に戦力が必要なのは当然だろう。しかしどんな手段でも用意できるこのクロスロードで、詳細は不明とはいえ一組織として存在する彼らが助けを必要としているとは到底思えなかった。
 最初の仕事、即ちクロスロードに侵入してきたヴェールゴニュリスオのメンバーの掃討はあっさり完了した。あとはあちら側に対する処置だけだ。
 しかもヨンから齎された情報から、かの組織のメンバーは特殊な力も持たず、ヨンの侵入に気付きすらしなかったと言う。正直ザザが乗り込んで暴れれば終わるのではないかとさえ思う。

「……どうして私達に依頼したの?」
「必要だからさ」
 アインの問いにシーフギルドの説明役は事もなげに応じる。
「仮にも組織としての勢力を持つあなた達なら充分じゃない?」
「そう感じるのも無理は無い。だが、忘れていないかね?」
「……忘れる? 何を?」
「この世界の法則の一つを」
「……?」
 ターミナル特有の特殊ルールが脳裏を駆け巡るが、彼が言わんとしている事がどれを指しているのか分からなかった。
「この世界に来た時点を指して、Aの世界の10段階目の力の者とBの世界の10段階目の力の者は一部の例外的条件を除き互角である」
 ……
「……それって」
 僅かな思考の先にある答えにアインは息を飲む。
「君たちは侵入者を弱いと言ったね。なるほどこの世界で修羅場を潜った君たちよりも強い新規来訪者はまず居ないだろう。
 だが」
「……他の新規来訪者と比べても、弱い」
「となれば、一つの事実が浮かび上がる」
「……! あっちの世界には行っていいの?」
「計画としては戦力を結集させて乗り込むつもりだが?」
 アインはその言葉を背に受けるように『扉』へと走る。
 再びあちら側に乗り込んで見ると言ったヨンを止めるために。

 ◆◇◆◇◆◇ 

「よう、ダンナ。お疲れ」
「……クセニアか」
「詰まらなそうだな」
 理由は分かるが、と呟いて缶を投げる。炭酸酒の入ったそれはザザの手には小さく見えた。
「これは戦闘では無い」
 隣に座るクセニアには視線も向けず、ただ独り言のように言う。
「虐殺は嫌いかい?」
「好むような嗜好ではない」
「そうかね? でも誰かがやらんといかん虐殺もあるだろ?」
 それをザザは否定しない。例えばこの世界最大の災害たる『大襲撃』。その先鋒たる小型の怪物は市壁に辿りつくことなく万単位が吹き飛んでいく。これを虐殺と言い換えても間違いではないだろう。
「では、言い方を変えよう。遣り甲斐が無い」
 だがそれをせねば町が被害を受ける。その理由こそが行動原理、つまり遣り甲斐となる。
 だが今回の掃討戦はそれを一切感じる事が無かった。
「だがまぁ、依頼として受けちまった事には変わりない。契約ってのはそういうもんだろ?」
「あちらが不履行をしたわけではない。こちらの期待過剰だと?」
「あっちの目線からすりゃそうじゃねえのか?」
 自分の分の缶を開け、液体を喉に流し込んで星空を見上げる。
「手ごたえが無さ過ぎるのは罪悪感があるけどな。こっちに乗り込んできた連中だって害意あっての事だし、俺達と同じく『こんなはずじゃなかった』だったに過ぎんだろうよ」
「良い割り切りだな」
「褒めても御代わりは無いぜ?」
 手にある缶を思い出し、プルタブを開ける。
「だが解せん」
「まぁな」
 一息に缶の中身を空にして、ザザは呟き、クセニアは応じる。
「やっこさんら、わざわざ選抜試験までやって兵隊を選んだんだ。それでこの相手は正直おかしい。まだ何かあるはずだ」
「そいつを暴く」
「聞けば教えてくれるかもよ?」
「どうだろうな。もしそうならばアインが答えを持ってくるはずだが」
「アイン? なんだあいつ、直接聞きに行ったのか? なんつーか。豪胆というか素直と言うか」
 肩を竦めるクセニアを横目に、その言葉に心の中で頷きを返す。
 自身は不器用な方なのだろう。生き方一つにしても。しかし同時に言葉では無い何かをこの世界で感じて来た。
 それはこの仕事の先にあるのだろうか?
「……で、ダンナ?」
「何だ?」
「あの血相変えて飛んでくる嬢ちゃんは、ダンナの期待に添える物を持ってきたと思うかい?」
 クセニアが指し示す先、漆黒の夜に溶け込むような黒の装束を纏う少女がこちらへと近づいて来るのを鎌の鈍い輝きで察し、ザザはゆっくりと腰を挙げたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇
 
「さて、と」
 ここがこの組織のボスの部屋ということになるだろう。
 が、それにしても
「地下、ですか」
 踏み入れたそこは巨大な建物の中央にありながら、何故か地下にしつらえられていた。
 しかも木製でなければ煉瓦製でもない、石造りの神殿のような場所が僅かな油の光に照らされて続いている。
「……非常に嫌な予感がするのですけどね」
 警備の者も居ない。それどころか入口となる一階のドアの付近すら誰も居なかった。
「この世界、魔法は使えるが魔法の使い手は居ない、と言う話でしたが……」
 このぞくりとする感触、一歩一歩進むごとに増す圧迫感が疑念を膨らませて行く。
 そして
「あ、これは無理」
 不意に口を突いてでた言葉に足が止まる。
 言葉こそ軽いが、それは確信だった。この先にある「何か」に一人で挑む事は出来ない。
「おや、お戻りになるので?」
 そのタイミングを狙ったかのように、一人の少女が彼の前に現れていた。
「この世界に魔法は存在しないと聞いていましたが?」
「なるほど優秀な方のようですね」
 情報を取りに行った事がばれてヨンは本格的に逃げの体勢に入る。
 そもこんな場所に居る、一見無力な存在ほどやばい相手は居ない。大体死ぬ。
「ならば質問を変えて、そちらはターミナルを狙う意志はありますか?」
 気を逸らすつもりで投げた問い。
「枢機院はそのつもりでしょうが、主は無関心です」
 それに少女は律儀に応じた。主というのがこの奥に居る存在だろう。とすれば、枢機院なるものはこの組織の評議会のようなものか。
「貴女はこちらの世界とのいさかいの理由はご存知で?」
「興味ありません」
「なるほど」
 彼女はまず間違いなく『神官』だと悟る。詰まるところ、その奥に居るのは
「聞きたい事は聞きました。そろそろお暇しても宜しいでしょうか」
「構いません。珍しき礼節を持つ死者よ」
「ありがとうございます」
 神族────!
 ヨンは許可を得て一気に来た道を戻ると一階の入り口を抜け、大きめのフロアまで脱する。そこまで来るとあの圧倒的な威圧感から解放された。
「なるほど、これが理由ですか。しかし……」
 シーフギルドの最終ターゲットがアレとするならば、些か無茶があり過ぎないだろうか?
 最弱の相手と思いきや裏に隠れていたのがあんなのとは予想の斜め上すぎる。
「枢機院という連中もその眷属か、神官ってことでしょうかね。
 しかしそれなら……魔法の存在くらい確認できそうな気がしますが」
 呟いて扉を目指す。すると僅かに聞こえてきた喧騒。そして発砲音と豪快な破砕音にヨンはその速度を上げる。
 迎え、でしょうかね。
 或いは、今感じたラスボスを別の方法で察して止めに来たのかもしれない。
 少し首を突っ込んで見た物の、とんだ厄介事だと苦言を零しつつ彼はどうするべきか、頭を悩ますのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「宜しいので?」
「取り巻きが防御を固めたところで変わりはしない。
 それに数を減らしてくれるならば同じ事」
「然様で」
「さて、彼らはどう反応するかね」

 翌日。シーフギルドは組織の壊滅のための行動を開始すると参加者に告げたのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
絶不調真っ盛りの神衣舞です。
遅れまくってスマヌのぅ(=ω=;
というわけで展開がごろごろのダークエッジ。
さて皆さんどう出るか。楽しみです。
リアクションよろしゅー
『ダークエッジ』
(2013/11/10)

「なるほどな」
「ちょっと……大変そう……」
「いや、ちょっとどころではないと思いますが」
 ヨンはあのプレッシャーを思い返しつつアインに突っ込みを入れた。
「でもまぁ、あれを相手にする必要が無いとするなら、まだ救いもありますか」
 神官らしき少女の言葉を真に受けるのであれば、この世界での最大の脅威であろう神族は直接的な敵では無い。だが、どう転んで敵になるかは分からない不確定要素だ。
「ちょっと体動かしてみたけど、問題は無さげ。多分その神族以外ならなんとでもなる」
「問題は、俺達を集めた理由があの神族狩りのためかどうか、だな」
「いや、何と言いますか……
 暫くクロスロードに居たのでなんかマヒしていますけど、基本神様って不可侵な物では?」
 神族の中には物理現象や星辰の動きを司っている者も少なくない。日本神話のように、岩戸に隠れるだけで太陽を失い、まき散らした血を浴びた者に「燃える」という属性を強制するなどの超常の例は数多の神話に見られる。
 返せば万象の一部を司る神族というのは安易に倒してはならない存在である。故に世界を支える柱として1柱、2柱と数えられるのだ。
「……でも、あれを相手にしないとなると、この三人だけでも充分」
 合流の前に、この世界で自分の戦力がどの程度の物かを確認してきたアインは、迷うことなくそう断じる。
「確かに。獣化したザザさんにあの銃じゃロクなダメージ与えられそうにありませんからね」
「それに、シーフギルドお連絡役は多分あの神族を知っている。
 その上で『戦力を集結させて』と言った」
 即ち、相手にするのは───── 
「……しかし、そうするとシーフギルドは何故神族なんてのを相手にするのでしょうか?
 神官なんていう代行役を使わねばならないほど、この世界の神も不自由しているようですし」
 その答えは誰の口からも出てこない。それを確認するかのようにして、アインは二人を見た。
「……結局、どうする?」
 その言葉に二人は黙り込む。それからしばしの時間が過ぎた頃
「俺は一度外に出て見る。何か見える物があるかもしれん」
「ならば私はここに潜伏しますかね。兎にも角にもあの神官と神の動向次第でしょうし」
「なら、私は一旦戻る。シーフギルドの行動も分かって無いと」
 三者三様の答えを出し、頷きあって行動を開始する。
 一体、何が起きているのだろうか。その問いの答えはまだ彼らに無い。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……普通の町、だな」
 科学技術相応の街並み。人々は普通に日々を暮らしている。
 圧政や弾圧という雰囲気は無いが、例の邪教の支配力はそこそこに強いらしく、聖印を下げている者は稀に見る事が出来る。
そして誰もかもが不安そうに本部となる建物を見て訝しげな顔で語り合っている。
 話を統合すると、この街はある大きな国に所属はしているが、実質的には「組織」の支配下にあるようだ。ここだけでなく他にも数カ所、同じように支配している町があるらしい。
 彼らは宗教を基軸としているがいわゆるマフィアのような集団で、国としては目の上のたんこぶ。しかし国は政情不安で彼らをどうにかする力は無い。という感じか。
「どこかで間違えば国をかすめ取る可能性すらある組織、か」
 しかし、そんな彼らが何故異世界に興味を向けるのか。欲があるのならばまず相対すべきは国だろう。
「その為の戦力を求めている、にしてはお粗末すぎる」
 どう考えてもこの国を相手にするよりもクロスロードを相手にする方が厄介だというのは、偵察隊を送り込んでいるのだから分かっていることだろう。更にはヨンの言っていた「神」を抱えているのだから、この世界に措いてはかなりの無茶もできると思われる。
「となれば。やはりシーフギルドから喧嘩を売ったのか?」
 だとすればこちら側に何かしらの利権があるはずだ。
 しかし町を見る限り、酒やたばこの類はあるが、麻薬のような物は見受けられない。またこの街の特産品というのも曖昧で良く分からない
「交易都市という感じか? しかし……ならばなおさらこの街を手に入れる意味がわからん」
 交易だけならば無限の商売相手を持つクロスロードに勝る物はそうない。
「こちらに拠点を移したい? それも理解不能だな」
 来訪者の中には故郷を失い、新天地を求める者も居る。が、そんな殊勝な心を持った集団とも考えづらいし、それならこっそりどこかに定住すれば良いだけだ。
「やはり目立つ異様は「神」だけか。……それに挑むのも一興ではあるが」
 一旦思考を止めてPBに時間を問う。
 アインが伝えてくれた集合時間まであと6時間。それまでにシーフギルドへ一旦戻る必要がある。
 そこから総攻撃が始まる……ここまでくれば狙いはやはり「神」なのだろう。
「ヤツらは標的を隠したまま突撃させる気なのか?」
 契約違反とは言い難いが、さりとて許容できるやり方でも無い。
「他の連中はどういう結論を出したのだろうな」
 ひとつ呟き、ザザも己の進むべき道へと足を踏み出した。
 
 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 ……
 ……
 三時間ほど経過した。
 彼が居るのは地下へと降りる通路の直前。
 誰かが通れば有益な話も聞けるかと思ったのだが
「誰も来ませんね……」
 それどころか近くまで来る者すらいない。彼らが祭っている神ではないのか?
「こうなれば、シーフギルドの連中が乗り込んでくるのを待ちますかね……」
 アインの情報からすればあと数時間もすれば集合し、こちらへ乗り込んでくるはずだ。
 ……
 ……
「ひ、暇ですね。っていうか、本気でここの人達、神様として祭るとかそういう事しないんですかね……
 或いは彼らもここに何があるのか知らない、とか?」
 邪教を名乗る以上神の存在を信じていない、というわけではないと思うのだが、魔法や奇跡が一般的でない世界では存在すら不確かで何の利益もない神への信仰もあると言うから、それに近い扱いをされているのだろうか。
「分かりませんね。本当に」
 こうなれば仕方ないと腹をくくり、地下へと伸びる階段の方を眺め見た。
 
 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 アインがそこに戻った時、すでに数人の参加者が集まっていた。
 時間はあと30分程。適当にそこらへんに座り込み、装備の確認や雑談をしている。
 先の掃討戦が余りにも楽だったからか、気負っている者は見当たらない。
 しかし、ヨンの話からすればこれから戦う相手は恐らくあの世界で格別に強い存在である。安易な気持ちで挑んで良い相手では無い。
 伝えるべきなのだろうか?
 アインは部屋の隅に居るシーフギルドの連絡役を見た。彼は視線に気付きこちらを見返すが、何も言わずにまた瞑目する。
 彼は自分があちらの世界に先行した事を知っている。
 しかし咎めることもなく、口止めする様子もない。
「……状況は不明過ぎる」
 聞けども答えは無く、調べども手掛かりは掴めない。それは一体どうしてだろうか?
「上手に隠匿しているから……?」
 一番ありそうな答えを唇に乗せるが、どことなくしっくりこない。
 それ以外に情報が出ない理由は?
「……実は裏が無い。或いは。情報源が限りなく少ない?」
 あちら側の侵攻ならば、ヨンがその答えを既に掴んでいる事だろう。
 ならば情報源が少ない……個人的な目標の結果?
 そもそも────
 シーフギルドとは何なのだろうか。
 人が集まり始めた部屋でアインはコンクリの冷たい天井を見上げる。
 二人は、どういう行動を取っているのだろうか。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 情報ダダ漏れのシーフギルドってのも面白くありませんし(何
 というわけで分からない事の多いまま決戦に踏み込もうとしております。
 どうするかはもちろん皆さんの自由です。撤退も勇気です。
 次回決戦に入ります。リアクションよろしゅう。
『ダークエッジ』
(2014/01/05)

「よぅ、邪魔するぜ?」
 厳重な警備の先にあった一室。それなりの広さを持った会議室という風体の場所に何人もの男が集まっていた。
 しかし、おおよそ強面が揃っていると言って良い面々の顔色は一様に蒼白だ。
 無理もない。この世界では恐れる者なしのはずだった彼らはこの数日、恐怖にさいなまれる日々を過ごして居たのだ。
「死にたくなければ妙な真似はするな。ちょいと話しに来たんだ」
「こ、降伏勧告ということか」
「違う違う。こっちと依頼人にちょっと疑問があってね」
 幹部───彼らの言うところの枢機卿、だろうか。ともあれ彼らは顔を見合わせ、しかし対抗するすべがないと頷いた。
「何が聞きたい?」
「この喧嘩、先に手を出したのはどっちだ?
 ああ、いや。どっちが悪いか決めようってわけじゃねえから、正直にな?」
「……さ、先に干渉したのは恐らく我々だ」
「ほう。扉を見つけたからか?」
「扉……あの異世界に繋がる門の事だな。それならばそうだ」
「どうしてシーフギルドと対立した?」
「……正直に言う。わからない」
 他の者の顔を見ても嘘、という風には見えない。
「あっちで何かやらかしたとか、そういうことじゃないのか?」
「……我々もあちらの流儀を完ぺきに理解しているわけではない。その過程で何かあったかもしれない事は否定できない。
 しかし、特定の団体と抗争になるような行為については報告が無い」
「……シーフギルドに対しては一方的に喧嘩を売られた、って感覚なのか?」
「そうだ」
 ふむ、とザザは顎をさする。
 すでにシーフギルドが突入してきているのか、喧騒は次第に大きくなってきている。
「質問を変える。あの地下の神はお前らにとってどういう存在だ?」
「わ、我らが血族の守り神だ」
「守り神……? 邪神ではないのか?」
「不敬な……。あ、いや、だが、他の血族からはそう呼ばれる事はあるが……」
 まぁ、これについては珍しい話でもない。自分の神は守護神、敵の神は邪神だ。
 しかしこれでますます分からなくなった。どうしてシーフギルドは神族なんていうリスキーな物に手を出す?
「……もし、あの神が死んだら、どうなる?」
 その言葉に幹部達はまず意味を理解するのに数秒の時間を要した。
 正気に返したのは盛大な爆発音。それで「無い話ではない」と感じたのかもしれない。
「……我々は加護を失う」
「加護とは?」
「怨敵に疾病を齎すものだ」
「疫病の神かよ……! いや、待て、ならどうして俺達に使わなかった!?」
「使わなかったのではない。使えなかったのだ。お前たちの事が理解できなかった」
「なるほど、対象をある程度選定する必要があるってことか」
 つまり、時間を掛けていれば、全員寝込んでいた可能性も、それではすまなかった可能性もあるのだ。
「……この世界でお前達と対立している組織とかは無いのか? その神を倒して欲しいヤツは?」
「……居るだろうが最早「組織」として活動できる者はいないはずだ」
 そっちの線はありえるかと内心で呟き、どうしたものかと天井を見上げる。
「つーか、お前ら。震えるだけなら、もういっそ降参した方が良いんじゃねえのか?」
『ならぬ』
 声は、突然襲いかかってきた。
 確かに、今の今まで居なかった存在がそこにある。見た目は年端の行かぬ少女。だが
「こいつ、ヨンの言っていた……!」
 恐らくは神官か、それに類する存在……!
『そは契約なり』
 身構えたザザは不意の眩暈に揺らぐ体をなんとか保つ。
「なんだ、これは……」
 攻撃を受けた? その疑問が先ほどのやり取りを喚起する。
「病気……!」
 病というのだから即死するようなものではないだろうが、眩暈ひとつでも戦闘には多大な支障を来す。
『従うべし』
 幹部の男たちは怯えたまま銃を構える。
「ちい……!」
 全ての銃口がザザを向く。そして複数の射撃音が部屋に響いた。
「あれ? ザザもこっちに居たのかよ」
 その全ては容赦なく幹部達を貫いていた。そしてひょこりと顔を出すクセニア。
「なんだ、あんたともあろう人がやられちまったのか?」
「引け。相手は病気を使う」
「は? あの女か?」
 異様な雰囲気を放っている事。それにもましてヨンがあっさり撤退を決めた相手だとクセニアは油断なく銃口を向けた。
「っと、テメエらはほんと、いろいろ動いてやがるな」
 一瞬触発。まさにそんな空気を引き裂いて一人の男が現れる。
「この場は俺に任せて下の援護をしてやくれんかね」
「誰……だ?」
「お前らの雇い主だよ」
 その男は戦士としては余りにも細く、盗賊にしても纏う空気が余りにも一般人だった。背広なんかを着せて東京の人ごみにでも放り込めば目立たなくなるだろう事が間違いないという感じだ。
「雇い主……? シーフギルドの?」
「そういうこと。そっちのは扉の所に神官連れて来てるから、早く治療受けた方が良いよ」
「……わかった」
「おい、ザザ。こいつに全部やらせんのかよ?」
「少なくともこいつは相手が疾病を司る神だと知っている。こう言う手合いは対策を持っていないと為す術が無い」
「良い判断だね」
「……わーったよ」
 こうして一人男を置いて、二人は一時撤退を決めたのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「おいおい、こりゃどういう事だ」
 シーフギルドに雇われた面々は予想だにしていなかった『門番』に唖然としていた。
「なんであんたがここに陣取っている?」
「侵攻をやめてもらうためです」
 ヨンは静かに言い放つ。
「はぁ? どういう意味だ」
「この世界の人は別にクロスロードへ侵攻しようとしているわけではない。つまりこれはタダの侵略です。しかも、それでなぜ世界を司る神の一柱を殺さねばならない?」
 神という言葉に全員が顔を見合わせる。
「ここに居たんだ」
 困惑の集団の中から出てきた黒の少女。アインにヨンは苦笑を向ける。
「すみません。私なりの判断でして」
「倒せるかどうかって問題もあるけど、確かに神に挑むのはリスキーと思う」
「おい、嬢ちゃん。
 あんた確か黒幕にとんでもない者が居るって言ってたな?」
 アインはこくりと頷く。出発前にそういう話を喧伝しておいたのだ。
「それが神って知っていたのか?」
「確証は無かった。でもこのルートを迷いなく来た以上、シーフギルドが狙っているのはこの世界の神」
 『神殺し』なんてことはどの世界であっても異様で特別な事だ。クロスロードでそこらへんに神族を見る故に感覚がおかしくなりつつあるが、望んで出来るような事ではない。
「まったく。貴方が裏で動いているとは聞いていましたが、こんなところで出てきますか」
「貴方は?」
 アインの後ろから現れた男は「シーフギルドの者です」と応じる。
「我々の標的は『神』。それは事実です。
 しかしそれは倒されるべき神であり、この世界の者は望んだ事です」
「この世界の……?
 じゃあシーフギルドはこの世界の者に依頼されて神殺しをやろうとしていると言う事ですか?」
「はい。言わずもがな神にも色々あります。唯一にして世界を司る神であったり、万象の具現であったり、そして元々人であったりと。
 そしてその成り立ちや存在から『殺されるべき神』というのも少なからず存在します。
 貴方も縁深い神が居ると聞いていますが?」
 考えるまでもない。子供に殺された地母神である彼女の事だろう。
「だったらどうして先に言わなかった?」
「先に言って納得しますか?」
 繰り返しになるが『神殺し』など普通にない事だ。やれと言われて頷ける者などどれほど居るものか。
「少なくとも我々はできる環境を構築しました。あとは皆さんのやる気だけ。そういう状況下において倒すべき相手が何であっても変わらない。そういった各種配慮の元で今があると思っています」
 問うたアインは眉根を寄せて、しかし大きく間違っては無いと沈黙を決め込んだ。
「神を殺した悪影響とかも考えていると?」
「我々は全能ではない。しかしこの神が存続する悪影響があるからやるのです。
 倒せる。それは保証しましょう。そこまでのお膳立てはできている」
「あとは、やるかどうか……?」
「倒せるってのに嘘はねえんだな?」
 事の成り行きを見守っていた者達の一人が問う。
「はい。我々とて集めた探索者を捨て駒にした、なんて悪評は御免です。あくまで一般の依頼と同じレベルでの被害はあるかもしれませんが、大襲撃よりも楽な仕事と思いますよ」
 それは冗談か。
 しかし問うた男は「分かった」と応じてヨンの脇を抜けようとする。
「……この世界の者が望んでいる、というのは?」
 それを止めることすらできずヨンは最後の疑問を投げかけた。
「言葉の通りです。だから我々は動いている」
「貴方達は一体何なのですか?」
「シーフギルド、ですよ。
 ただし我々が奪うモノにはあるルールが存在している。それ以外の活動はあくまでその準備に過ぎない」
「……それは?」
「奪われた物を奪い返す」
 どこかのらりくらりした表情の男の眼光が僅かに鋭くなる。
「奪われた……?」
「そう、その為に作られた互助会が我々です。この世界の神に奪われた物を取り返すために神を殺す。今回はその目的のために動いている」
 言っている事は分かる。しかしその果てが神を殺すとは余りにも突飛だ。
 だが、できないとはどうしても思えなかった。なにしろ『神を殺した実績のある世界』ならいくらでも見聞きして来た。
「正義とか悪とか語らないで頂きたい。そんな物は我々には無い。
 ただ奪い返す。それだけなんです。逆恨みだろうが一方的な勘違いだろうが、突き詰めてその目的のためだけに動いているんです」
「……」
「さて、そろそろ行きましょう。うちの親方が厄介な番人を引きつけています。
 今のうちですから」
「……ちなみに、神殺しが可能な理由、聞いてない」
「神なんてダイヤモンドのようなものです。硬いが燃える。傷を入れればあっさり砕ける。そんなシロモノです。
 お任せください。権能を封じてしまえば殴り合いです」
 アインの言葉にセールスマンのような応答をする男。
 聞いていた面々はしばし逡巡し、一人、また一人と奥へと進む決断をする。
「……私も、行く」
「……ええ、お気を付けて」
 彼らを止める事に義はあるのか。その自問に答えを出せなかったヨンは先へと進むアインにただそうとだけ返した。
「世界に対する過干渉。それはきっと間違った認識では無いと思いますが」
 それと同時に思う。
 世界は繋がってしまっているのだ。であるならば、
「いずれ干渉は起こる、それが早いか遅いか、影響が大きいか小さいか、それだけの差だと言うのでしょうか?」
 ある学者が言うには『神』と呼ばれる存在の一部は扉が現れる前から存在していた『世界渡り』と括られている存在も含まれていると言う。
 扉を使わなくても、範囲こそ限られているが世界を渡り、文化を混在させてきた存在が居たのだと言う。
 ヨンは頭を掻いて天井を見上げる。
「難しいですねぇ。世界は」
 自分も一つの組織を預かる長だ。
 もっと学ぶべきこと、考えるべき事はあるようだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「……形相は怖い」
 戦闘開始から数分。アインはそんな事を呟く。
 地下神殿の最奥にあったのは昆虫の特徴を詰め合わせたような怪物だった。とても一見して『神』とは思うまいというそれは黒い風を操り一同へと攻撃を仕掛けてきた。
 が、その黒い風はすぐさま雲散霧消してしまう。
 ほんの僅か後ろを見れば、先ほどヨンと話をしていた男がなにやら緑色の環っかを持って立っている。
 それ以外にも数人の男女が異様な物を手に控えていた。どれもこれも見覚えのないシロモノだが、相対する神への対策であろうことは推測できた。
 知識があれば、男の持っているのが『茅の輪』であることに気付いただろう。本来は人が潜るほどの大きさなのだが、それを小さくしたものだ。
 アインの予測通り、それら全ては色々な世界の『病災祓い』の力を持つアイテムなのだ。 『神』と称されるモノには大きく三つに分類できる。「全能神」「象徴神」、そして「英雄神」だ。
 全能神は全知全能であるとする唯一神であり、象徴神が分割して持つ全ての権能を一人で持っている。象徴神はあらゆる物質、現象、天災厄災をそれぞれ分割し、それぞれが権能を有する。英雄神は功績を立てて神の位まで達した者の事だ。その分類からこの神は象徴神となる。
 象徴神はヒトの目からすれば「何かの見立て」であり、その属性、行動は大きく限られる。この病魔の神とすれば人を疾病に追いやることがその権能の大半であり、逆に病を払う力が弱点となってしまう。
 それでも『神』と称せられるだけの力があるのだから、生半可な対策ではどうしようもないだろうが……
「クロスロードなら、世界に一つしかないような物もかき集める事ができる……」
 つまり、だからこそ「シーフギルド」なのだろうか。
 そんな考えごとをする余裕すら持ちながらアインの大鎌も邪神に傷を与えて行く。
 これでは神殺しでなく、ただの魔物討伐だ。
途中からザザやクセニアも加わり、戦いは十五分ほど続いた。
その世界の最高存在の一角。sれが蹂躙とも称して問題無い戦いの果てに、塵となり消えて行くのをアインは確かに見た。
そしてこれがもどかしい謎だらけの依頼の、終わりの瞬間でもあった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「以上、今回のシーフギルドの活動に関する報告です」
「そう。お疲れ様」
「……良いので?」
「何が?」
 問い返されて報告者の女性はやや言葉に困り
「他世界への多大な干渉は、その他の世界の反感を呼びかねません」
「だとしてもさ、あちしらがそもそも『この』世界に干渉している『来訪者』なんだから、大きなこと言えないって」
 猫娘の答えに女性は問いをはぐらかされたという顔をして、しかし続く言葉の全てを呑み込み、一礼して去っていく。
「まぁ、そこまでの知識と力を手にしているって事だよね」
 ならば、と彼女は呟く。
「そろそろ考えないとね」
 どこかの酒場でしょぼくれた吸血鬼を銃使いが弄っているかもしれない。
 そんな光景でも眺めにいくかと彼女はデスクを立ち、部屋を後にした。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけでこれにて『ダークエッジ』は完了となります。
まずは更新が盛大に遅れて申し訳ありません。
諸所の事情はありますが、うん。がんばります。

今回はちょっとお試し的に情報の公開をなるべくしない形を取って見ました。
が、動きにくいだけかなーって印象でしたね。反省点です。
ともあれお疲れさまでした。次のシナリオも宜しくお願いします。
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