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【inv31】『無貌の怪物』
『無貌の怪物』
(20136/09/06)
「あ、もうね、あれっスね。こういうの、得意中の得意っスよ。」
 やけに自信ありげに語るトーマの声に、同席した二人の男は何とも言い得ぬ顔をする。

 ここはヴェルクと言う名の商人が有するの店、その応接室である。
儲かっているのか、傍目にも高価であろう調度品が壁際に並ぶ部屋だ、装飾は度を過ぎた感じはしない。いわゆる成り金の性根の曲がった自慢で無く、客へのアピールとして飾っているのだろうことが伺える。
「動物の捕獲……だよな、これ?」
依頼人が来るまでの間。アンドロイドであるヒュームが独り言という種族にしては珍しい行動を見せていた。それを聞きつけた雷次がふむと呻き、
「まぁ、報酬が報酬だからなぁ。
一頭20万Cって……。まさかベヒーモスとかフェンリルとかそんなおぞましいモンスターじゃねーよな…?」
と、考えていた不安を口にする。
「ふふ。そんなのが逃げていたら既に町は大騒ぎっスよ」
 雷次の不安にドヤァという顔で応じるトーマ。それもそうかと苦笑いをするが、ならばこの破格の報酬はどう説明すべきか。
 そも今この場に居るのは3人だけだ。そんな安易な仕事なのだろうか?
「いや、待たせて済まないね」
 と、回答を得ぬ疑問を繰り返す室内に入ってきたのはドワーフの男だった。特有の樽体型に商人風の衣服を纏うのはやや道化じみているか。更には金持ち特有の、宝石があしらわれた指輪が目を引いた。
「さて、早速だが依頼をする前に約束してもらいたい事がある」
 どかりとソファーに座りつつヴェルクは言う。
「……聞こう」
 ヒュームが応じると、商人は頷き
「守秘契約だ。この依頼に関わる以上、君たちは今から私の告げる逃げた動物の情報を他者に洩らしてはならない」
「そうする理由は何スか?」
「高価な書品を横取りされては敵わんだろ?
 わし独自の販売ルートがあるからこその価値だが、横取りを考える不逞の輩は考慮せざるを得ない」
 一応納得できる理由だと雷次は鼻を鳴らすが
「でもだからって、荒事の四〜五倍っていわれりゃ気にするなってのが無理だがな」
「それだけ価値があるんじゃないっスか?」
 お気楽なトーマの言葉に「無論だ」とドワーフが首肯する。
「……まあ、受けるために来たんだから、その契約飲むよ」
「俺も、構わない」
「無論っス」
 ここで断る意味はないと三人が応じると、ヴェルクは何事も無いように頷きを返す。
「よろしい。では本題に入ろう。
 逃げた動物はフェイスレス・ラットと名付けた」
「顔無しネズミ? 名付けたって言うのは?」
 ヒュームの問いに「私の雇っている探索者が発見したのだよ」とドワーフは応じる。
「発見って……『怪物』って事っスか?」
「いや、『この世界で』ではない。別の世界だ」
「つまり、異世界から持ち込んだ動物ってことか」
 雷次がほんの少し眉根を寄せる。
 このターミナルの最大の特性は「ありとあらゆる世界に繋がっている」とする数多の扉である。何故か開かぬ物、一定期間しか開かぬ物、特別な条件時にのみ開く物など、いくつかのパターンはあるが、数多のセンタ君を用いてもなお計測不能とされる数多の扉はそれと同等数の異世界に繋がっている。
 そしてそこからさまざまな物を輸入し、別の世界へ輸出し、利益を得るというのは確立された商法の1つであった。
 その基本スタイルは大航海時代のように特定地方でしか取れない品物を扉と言う運搬方法で高く売れる特定地域と繋がる世界へ売り込むと言う物だ。
 それとは一線を画す商売をする者も居る。
 それはその世界特有の特殊かつ有用な物質を探し出し、他世界へ売るという商売だ。
 が、実際のこれは石油掘りに近い。ある世界での有用かつ希少物質は、同じような大気成分故か、他の世界でも希少素材である事が多い。いくつかの例外はあるが、鉱物系では割に合わないというのが共通見解である。
そこで注目されるのは動植物だった。
「フェイスレス・ラットの特性は接触した対象の身体能力を完全に模倣することにある」
……
 ……
「は?」
 雷次の疑問符にトーマが言葉を続ける。
「それは……変身能力と言う事っスか?」
「その通り。精神、知能レベル、記憶以外の全能力を完全に再現する。素晴らしいだろう?」
 確かにそれは非常にレアな能力であり、20万Cという相場を越えた依頼報酬も頷けるのだろうが
「このクロスロードじゃ、冗談じゃ済まない能力じゃないか?」
 ヒュームの言は他の二人も即座に到った問題。
 数多の異形が当たり前のように闊歩するクロスロード。その中には竜種や神種といった常識の一歩上の種も紛れ、その種の垣根すら無視して暴虐を果たす異能者が交じっている。
「……俺、すげえ嫌な予感して来たんだが」
 思い浮かんだ「コピーして欲しくない対象リスト」。その模倣能力は恐らく自衛のためだと推測できるとすると、果たして組しやすい対象を模倣しているのであろうか。
 答えはどう考えてもNOである。
「そ、そう言えば一匹あたりと言ってたっスね。何匹逃げたっスか?」
「全部で5匹だ。つまり全部捕獲すれば100万C支払う準備がある」
「一応聞いておくが、殺しちまった場合は?」
「……能力上やむを得ないケースも想定できる。その際は死体1つにつき2万Cは払おう。
 傷ぐらいならいくらでも治療できるからながな」
 その辺り寛容なのはありがたいが、全く以て気休めにならない。
「場合に寄っちゃ、俺達3人が共闘したって無理かもしれねえんだが?」
「それぞれ協力者3人までなら情報の公開を赦そう。無論それ以上の拡散禁止は当然で、あくまでこの仕事に携わる事前提だ。それに報酬はあくまで捕獲一頭につき、だからな」
 ドワーフの言葉に視線を交わす三人。
 これは少々どころでない。厄介な話だと、内心ため息を吐くのだった。
 なにしろ────すでに取り返しのつかない大騒ぎが発生していたとしても、おかしくないのだから。

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というわけで、模倣能力を持つ鼠の捜索となります。
まぁ、どんな事になるかはもう想像がつくことでしょう。
知能レベルは猿程度ですので、見分けを付ける事は難しくありません。
ええ、見分けをつけるだけなら。
ではリアクションをよろしくおねがいしますね☆
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