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【inv31】『無貌の怪物』
『無貌の怪物』
(2013/10/12)
「なるほどねぇ。あれはそういうことだったかぁ」
 とらいあんぐる・かーぺんたーずにのんびりとした声が緩く響く。
「でも良かったの? 秘密厳守の依頼だったんじゃない?」
「流石にあれはそんな事言ってられないっスよ。こっちとHOCなんで」
「それは殊勝にゃね。で、あちしになにをしろと?」
「って言うか、興味なさげっスね」
「いや、興味あるにゃよ? でもまぁ、今のところ大した被害も出てないし、言語の加護を受けるレベルでない動物の行動だから賞金掛けるわけにもいかないしね」
「むしろ依頼人が賞金掛けられそうっスね」
「まー、可能性はあるにゃね」
「というわけで解呪の弾丸とか作れないっスか?」
 んー? とアルカは目を細め
「なるほど、良い着眼点にゃね。できるにゃよ」
「おお、では早速よろしく頼むっス!」
「ういうい」
 そこらに転がっていたインゴットを手に取るとそれをぽいと軽く中に投げる。同時に左の手で首輪を触ると、それは見る間にハンマーの形となる。

『にゃぁっ!』

 いくつもの音が重なったような不思議な声。
 同時にぶっ叩かれるインゴット。
 
 もしもトーマが科学では無く、同等レベルの魔術の専門家であれば理解できたかもしれない。いや、理解した上で自信過剰な彼女ですら自らが得た答えを疑ったかもしれない。
 だが、この場に措いてはただ答えがあるのみ。
 ばらばらと降り注ぐ弾丸には複雑な模様が描かれている。それが数十発転がった。
「これでいいかにゃ?」
「感謝するっス」
「ういうい。お代はツケておくにゃ。どうせこの調子じゃ、いずれこの件に賞金かけなきゃいけなくなるだろうし」
「そうなる事を祈るっスよ。この調子じゃ依頼人がトンズラこいてもおかしくないっスからね」
 応じて外に飛び出すトーマ。
 この弾丸の効果は疑っていない。なにしろアルカは「良い着眼点」と迷わず言ったのだ。
「さて、捕まえてやるっスよ!」
 猫娘の視線を背に受けて、少女は意気揚々とと繰り出したのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「アホかっての!」
 顔には笑みが張り付いているが、口の端はあきらかに引きつっていた。
 「確か逃げたのは1、2……5匹だっけな。
 本当に万が一、全部があんなのになったら、それこそ町が壊滅してもおかしくないぞ……?」
 神族と同等、あるいは神族殺しとも言われる竜族はその能力も然ることながら自前の巨体がまず脅威だ。うっかりニュートラルロードにでも落ちようものならどれだけの犠牲者が出るかわかったものではない。
「依頼人には悪いが場合によっちゃ2〜3体位潰しちまった方が良さそうだな。下手に捕獲しようとして死人が出るよりマシだ」
 呟きながら巨竜が消えた辺りに到着する。町はざわめきに満ちているが、異常らしい異常は目に付かない。
「っと」
 不意に風圧を感じて身を屈ませれば竜族が上空を往くのが見えた。ファフニールではなく二回りほど小さな、それでも建物の3階くらいは背丈のある竜だ。おそらくファフニールが市街部へ現れた事を受けてやってきたのだろう。
「おーい。お前、話分かるか?」
「何だ?」
 竜がクセニアの声に応じ首を向ける。
「ファフニールを追って来たのか?」
「追ってはいない。居留地にあれが居る事は確認している」
「でもここに現れたわけを探りに来たわけだな」
「その通りだ。何か知っているのか?」
「あれがファフニールでない事だけは知っている。
 俺からも質問だ、ここ2〜3日以内で、あいつ、何か妙な事を言っていなかったか?」
「あれの言が奇怪なのはいつもの事だ」
 酷い言われようである。が、事実なので仕方ない。
「ただ、見張りの言だと、夜中に文句を垂れて、やたらうるさかったらしい」
「……ふーん」
 無関係、とは思いづらい。恐らく寝床に忍びこまれたのだろう。しかし竜族の寝どこに忍びこむとは、豪胆な生き物である。
「ちなみにあんたらって小さな動物が近づいてきたらどうするんだ?」
「知らん」
 ダイレクトすぎる回答に眉根を寄せるが
「そのような事はまず無いからな」
 まぁ、確かにその通りである。誰が好き好んで竜の住処に潜り込む物か。
……つまりは堂々と近づく小動物は見逃される可能性が非常に高いと言うわけだ。
「……連中の隠れ家になっていたりしないよな?」
 もしそうなら笑いごとじゃない。
 それに、ヤツらが普通の動物なら本能的に恐れる相手の懐にも潜り込む事は良く分かった。
「行動原理も習性も分からないのはちょっと骨か」
 とはいえ、依頼人も見つけたばかりの動物だという口ぶりだった。大した事は知らないだろう。
 ともあれ
「まずは依頼人の所に戻るかね。間引きの許可は貰っておいた方がいいだろ。難癖付けられるのもヤだからな」
 身を翻すクセニア。

 案の定と言うべきか。
 数匹の間引きという言葉に対し、依頼人は難色を示したが、すでにファフニールの一件は耳に入っているのだろう。仕方ないという体で了解した。
 ついでに、彼がその生態のほとんどを理解していない事も確認する事になり、思わず天井を見上げてしまう事にもなるのだが……

◆◇◆◇◆◇◆◇

「クッソ、何が起こってるんだ!?」
 突然の避難勧告に中には大襲撃の再来を叫ぶ者すら居た。常時騒ぎの絶えないクロスロードで管理組合が勧告を出すような事態はよっぽどである。
 それでも一時間くらい駆け廻れば大体の状況は掴めてくる。
「間抜けな竜がデータ取られたって事か……!」
 それも解除されてしまえば後の祭りだ。だが、被害が出なかった事を喜ぶべきか。
「ああ、雷次さん?」
 不意に声を掛けられ振り返ればヨンの姿がそこにあった。
「もしかして雷次さんもあの竜を追って?」
「……ああ、そんなところだ」
 こうなっては守秘義務の意味がどこまであるかという考えが脳裏を過ぎり、隠す努力だけはしておくべきかと言葉を濁す。
「何か知っていますか?」
「いや、泡食って何事か調べているだけさ。管理組合が警告出すなんざ大襲撃でも起こったかと思ってな」
「ああ。あれはもっと前に分かりますから。こんな突発的な警報は……ないと言えないのがこの世界ですけど」
 流石は古参の域に居る来訪者だ。状況は自分より分かっている。
「ファフニールに見えた竜が突然現れ、消えた。
 管理組合は幻影に踊らされるほど頭の悪い組織ではない。
 『消えた』が無ければファフニールが暴走しただけなのですが……」
「いや、それを『だけ』で済ましちゃいかんだろ」
 どんな世界に投げ込んでもおとぎ話や神話の一角を我が物顔で占めるであろう巨竜の襲撃モドキを日常の一部のように言うのは……まぁ、クロスロードなので仕方が無い事、なのだろうか?
 しかしヨンは明らかに「消えた」と言った。ならばアレがファフニールとなり、後に変身を解除したと言うのが経緯なのだろう。
 変身したフェイスレス・ラットの知力は変わらないと言われていたが、元からスカスカの体力馬鹿に変身されては意味が無い。
 仮に、もう一度ファフニールとなって現れた場合、自分一人で何とかできるだろうか?
 ここは事実を話し、協力を仰ぐべきだろうか。
 そんな葛藤を断ち切るかのように、小さな生き物が視界の端を駆け抜ける。
「あれ、は!?」
 幸運だ。まさかあちらが視界を霞めるとは思いもしなかった。
「雷次さん?」
「ちょっとすみません!」
 逃がすわけにはいかない。雷次は足に力を入れて一気に駆け抜けると、路地に入り込むそれに迫る。
「逃がさねえ!」
 小さく呟いたその声が届いたわけではあるまい。しかし鼠は振り返り、確かに雷次の姿を捉えびくりと震えた。
「変身、するのか?!」
 路地でファフニールのような巨体になったらどうなるか。管理組合の提供する家屋の強度はちょっとした要塞並みだが、莫大な質量を持つ竜の肉体を支えられる程かどうかは謎である。圧死してくれるなら、今はアリかもしれないと思う。
 が、その予想は最悪の形で裏切られる。
「っ!」
 変化。確かに鼠は変化した。しかしそれは思い描いた巨体でなく、もっと小さな存在。
 だが、雷次の喉は引きつり、「ゲっ」という濁った音を無意識に放ってしまった。
「雷次さん、いきなりどうしたのですか? って、おや?」
 追い掛けてきたヨンが眉を挙げる。

「こんな路地で何をしているのですか? ダイアクトー三世……?」

 この街の有名人の一角にして、雷次がまとめた「なられてはまずい人」リストに真っ先に挙げられた人物の一人。
 それがどこか焦点の合わぬ視線を仮面の奥からこちらに向けている。
「迂闊過ぎるだろ、この街の上位連中は……!」
 ぎり、と『彼女』の足に力が籠り、それが床石に亀裂を走らせたのを見て雷次は構える。
「ヨンさん。あれはダイアクトーではありません。が、性能は同じだ」
「……後で事情を教えてくださいね。
 さて、性能は同じとは言いますが……」
 何の縁かダイアクトーにやたらと縁があるヨンは思う。
 彼女の力は制限されている。
 完全制限状態の『彼女』であれば、何一つ苦労せずねじ伏せる事は可能であろう。
 だが。
「どう見ても、というか、この感じ。そんなレベルじゃないですよね?」
 ヨンが知っている限り、『彼女』が見せた事があるのはフォースリミットリリースまで。つまり4段階解除で、その時点でこの街でも単体で止められる者が数人しか思いつかない脅威だ。
 そして今、眼前にあるそれは
「雷次さん。一時撤退とか考えませんか?」
 ヨンの申し出は雷次を戦慄させるに充分だ。だが、同時に悟っていた。

『アレはシャレにならない』

 力が抜けるのだ。
 まるで知らぬうちに毒ガスでも撒かれたかのように。思うように体に力が入らない。
「これ、ダイアクトーの能力か?」
「そうだと思います」
 いや、と古い記憶が脳裏を過ぎる。
 あれは、そう。コロッセオでダイアクトーが暴れた時に開放した力だ。確か黒服は『飽食の業罪』とか言っていた。周囲の力を喰らい、自分の物とする能力。あの時は黒服が「抑えているが」と称していたが、それがダダ漏れだとすると……
「食われかねない、ですかね」
 不吉な言葉に雷次は頬を引きつらせ、ヨンは不死者の身に冷や汗を感じる
 この急場をしのぐにはどうすればいいかを二人は思考する。

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 馬鹿筆頭に引き続き脳筋二号が登場です。フェイスレス・ラットさんパねぇっす(ぉい
 さて、この広い町で逃げた鼠を探す方法はあるのか。
 そして厄介なモノに変身する鼠を止める手段はあるのか。

 そして、今以上にヤバい存在は居るのか。

 というわけで町はレッドゾーン突入です。早い解決に向けてよろしくお願いします☆
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