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【inv31】『無貌の怪物』
『無貌の怪物』
(2013/11/01)
「さてと」
 その報告に耳を傾けていたアルカは中空に作り出したクロスロードの地図を眺める。
「流石にルマデアとかイルフィナっちとか、ある程度真っ当な連中は問題無いと思うんだけどねぇ」
「私が何か?」
 資料を持ってやってきた青髪の青年が問いを投げかける。
「ちょっと厄介事発生中。ファフニールの件は聞いた?」
「ええ。本人でないという確認は取れたが、彼と同型の来訪者に目途が立って居ない。と言うところまでは」
「どーも、コピー能力持った動物の仕業らしいにゃよ」
「コピー? ……そんな問題になるほどの強力な能力持ちなら耳にして居そうですが」
「どうも『来訪者』ではないっぽいんにゃよね」
「……もしかして、『扉の加護』を得られない程度の生物ですか?」
「そそ」
「厄介ですね」
 余り知られていないというか、気にされていない現象の一つとして、『扉の加護を受けられる者』 『受けられない者』 の差が存在する。
 大まかには知性の差と言われているが、簡単に言えばペットの犬が扉の加護を受けて喋り始めるかどうかと言う話だ。
 大抵元々の世界で言語を操れぬ存在はこちらの世界でも扉の加護を受けられない可能性が高い。だがそれも絶対でなく、『来訪者』として喋る事もある。
 その分水嶺は未だに明確ではない。
だが、今回の問題の1つは同時に確認されているもう一つのルールについてだ。
『来訪者』がこの世界に訪れた時に力が制限されることが多い事は周知の事実だが、『それ以外』の場合、そのルールが適用されないケースが見受けられるのである。
「更に悪い事に、この世界の法則。『概念特性』でコピー能力が強化されてる可能性にゃね」
 『概念特性』とはアルカ特有の称し方ではあるが。
 例えば『水』と言えば誰もが想像する物があるだろう。しかし世界が変わればその存在も微妙に変化する。例えば沸点が違ったり、味があったり色が付いている世界も存在するし、仙術世界における『弱水』のように浮力を与えない水なども存在する。
 だがクロスロードにおいての『水』は1つであり、しかし『来訪者』達はそれを等しく『水』として扱う事が出来る。これは化学式がどうだ、成分がどうだと言う以前に『概念』としての『水』の共有化という扉の加護の一つであると考えられている。それを総じて『概念属性』と猫娘は言っているのだ。
「つまり『模倣』というスキルが質量保存法則などの物理法則をガン無視した、と」
「案外重量量ったら同じかもね。ま、ともあれそう言う事」
「……どれだけの数が?」
「五匹って言ってたかな。まー、追っかけてるのも居るし、じきに何とかなると思うけど」
「一つ懸念があります」
「なーに?」
「あの馬鹿が今、クロスロードをぶらついています」
 イルフィナが『馬鹿』と称するならば対象はおおよそ一人である。
 即ち西砦の管理官『セイ・アレイ』。
「……うわぁ、あの子の特性なら、まずかちあってる気がするにゃ」
「同感です。如何しますか?」
「……まー、なるようになるんじゃないかな」
「……一応準備はしておきます」
 クロスロードの危険度は徐々に上がり続けるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「厄介な能力だな、おい」
 一旦逃げに徹した二人。ヨンの説明に雷次は眉をひそめて毒付いた。
「何の方策も無しに相対するのは自殺行為です。とは言え……」
 放置して良い存在でない事も事実だ。自分は雷次から事情を聞いたが、何も知らぬ者からすれば暴れているのは『ダイアクトー三世』である。彼女の評判が一方的に悪くなるのは余り宜しくない。
「って、追いかけて来てなくね?」
「っと、確かに」
 足を止めて振り返ればこちらを見ている様子の偽ダイアクトーの姿。戦闘に秀でた二人は振り返った事により彼女がびくりと震えた事を確かに見た。
 次の瞬間、ダイアクトーは反対方向に走り出す。
「って、あっちが逃げるのかよ?!」
「お、追いかけます! 放っておいたら危険が危ないですから!」
 慌てて踵を返すヨンに雷次もまずは突き従う。
「そうか、あくまで自衛用の能力だから、逃げられるのなら逃げを打つのか、ヤツら!」
「凶悪な自衛ですね!」
「まったくだ!」
 やり取りをしながらも雷次はばちりと体内の電気を躍らせる。地を走らせ狙った一点に雷の地雷のような物を配置し、足止めを狙ったのだが。
「って、それも食うのかよ!?」
 偽ダイアクトーが持つドレイン能力にあっさり食われて消えてしまった。
「逃げを打つなら回り込んで止めます。牽制を続けてください!
 止める事ができたら黒服さんかアルカさんに連絡を!」
 見事な体術で壁を蹴り屋根の上にあっという間に登ってしまったヨンを横目に雷次はやぶれかぶれの雷撃を連発する。しかし連射優先の牽制程度ではそのどれもこれも彼女に届く前に威力を失い、消えてしまった。
「バケモン過ぎるだろうに。なんであんなのが居て大襲撃で苦戦するんだよ!」
 現実はそこまで長時間の解放が出来ないのだが、そんな事を知らない雷次は苛立ち半分、高揚半分と言う感じで仮面の少女を追い掛ける。
「こりゃ、確かに守秘義務なんか無視して本気で相対できる誰かを呼ぶべきか?」
 とはいえ、行きがけにヨンが言った二人に面識は無い。そも黒服とは名前なのか。
「黒服さん?アルカさん?特に面識ない人にどうやって会えと?」
 そのぼやきはもうヨンには届かない。今は雷撃を続けるしかないと足と手を動かす。
「行きます!」
 屋根から飛び降りながら壁を蹴って加速したヨンがダイアクトーに襲いかかる。自殺行為にも見えるそれを偽ダイアクトーは慌てて避ける。
「っと、だが力に振りまわされてやがるな」
 一般人がF1に乗ったような物か、余りにも機体性能が高過ぎて操作が追い付いていないという空気を感じる。知識を継承できないのだから戦闘経験などもコピーできていないのだろう。
「だからと、迂闊に近付けねえし」
 例え力に振りまわされているにしても、その一撃を貰えば軽く死が見える。
 ともあれヨンが肉薄したことで移動の速度は極端に落ち、雷次に余裕が生まれる。
 本気の雷撃を練ってぶつければ減衰する前に届くだろう。だが、どれだけの効果があるか。或いは尻に火を付ける事になり、こちらへ襲いかかってくる可能性すらあり得る。
 思考している間にダイアクトーに肉薄したヨンは数回の打撃を叩き込んで大きく距離を取る。大したダメージは無かったらしい偽ダイアクトーは不意に雷次をちらり見て困ったように視線を彷徨わせる。二人がかりでも勝てる気がしない雷次とヨンの葛藤を前にしながら逃げる事しか考えていないようだ。
「このまま時間稼ぎをする……か?」
 千日手は無いだろうが、好転の兆しもない。自分が誰かを呼びに行けばこちらの道が穴となりまた逃げ出すかもしれない。
 状況が膠着しつつある戦場。それを見る影が遠くにあった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「お困りのようっスね諸君!」
 狙撃銃を構えながら少女は呟く。
「トーマ・ザ・ジャイアント・リピンスキー、孤高の智多星、紅の女豹
北の最終兵器、ウルトラ天才美少女、喪門神、セーラー服美少女戦士。
ザ・グレート・トーマ。このクロスロードで通っているあたしの助けは必要っスか!?」
 ブツブツと呟くのを間近で見ると、見なかった事にしたかろうが、幸い周囲に人影は無い。
「この対策を得たトーマ様に敵は無いっス。ドラゴンスレイヤーの名声が取れないのは残念っスが、あのダイアクトーをやっつけたとなれば……!」
 仕込んだのは麻酔弾。魔法的なエネルギーは吸収されるが弾丸ならば通るというのは、今しがたのヨンの突撃速度が減衰しなかった事で確信が持てた。
「目標をセンターに納めてシュー」
 引き金を引き絞ろうとしたまさにその瞬間、ぞくりと、背筋を走る恐怖に顔を上げる。
 それと同時に銃身を何かが横から貫いた。
「なっ!?」
 体勢を立て直す事もできず転がるトーマが視界に捉えたのは青年の姿。そしてまるで弓引くように引き絞られた右腕と、そこに握られた槍、そして穂先の放つ鈍い輝き。
「邪魔をするなっス!」
 それをまともに確認する間も持たずに、咄嗟に懐から抜いたのは解呪弾を込めたハンドガン。転がった直後の不格好な姿でも当たれば勝ちとばかりに引き金を引いた。
見えるのは青年の背。だが射撃のタイミングを知っていたかのようなタイミングで見えるはずのない銃口へと穂先が解き放たれたのを見た。
 銃弾よりもなお早く、大気を突き破る勢いで放たれた一撃。それは銃口から飛び出したばかりの弾丸をミリのずれも無く捉える。
「────」
 声を出す事すら許されぬ刹那の間にトーマは悟る。その輝きはそのまま銃と、トーマの腕、そしてその先にある頭を貫くのだと。

 ぱぁん

 その予想を裏切ったのは風船の割れるような音。
 何が起きたかと目を瞬かせるトーマを襲ったのは衝撃。恐ろしき凶器のはずの槍が膨らみ弾けたのだ。
「ましゃかっ!?」
 ごろんごろんと転がりながらも今起きた現象を自称するに充分な明晰さで考察する。
「槍も変化の一端だから、解けて消えたっスか?!」
 体中痛いが泣きごとを言っていたら死ぬ。トーマはなんとか体勢を整えて体を起こせば、青年の手がぐにゃりと変化して槍になるのを見る。
「なるほどっス。一部なら本体ごと解呪できないのは解せないっスけど、少なくともこの銃弾を槍で弾けるのは一発のみっスね!」
 言いながら放てば青年は人間離れした動きで回避。当たらなければその推察も意味を為さない。
 カートリッジには12発仕込まれており、残りは11発。銃弾を軽く見切る身体能力持ちに近づかれたアウトなトーマは寄せつけないために数発を連射するが、青年はその全てを何事もないように避けて間合いを詰める。
 そして槍の間合いとなる個所へと足を踏み込んだ瞬間─────

 バチン!!

 紫電が放つ音が青年の体を貫く。
「そこっス!」
 残りの弾丸全てを撃ち尽くすつもりで連射した弾丸。そのうち三つを雷撃にやられ、しびれているであろう体で、槍が解け消えるまでに弾くという恐ろしい技を見せながらも、しかし抵抗はそこまでとなった。
一発が腹に当たった瞬間、小爆発を巻き起こし、それは拳よりも大きなサイズの鼠となって地面に落ちた。
「雷次さん、後ろ!」
「見てるっての! トーマ、そいつ逃がすなよ!」
 トーマ達の起こした音に気付き、咄嗟にフォローに回った雷次が偽ダイアクトーへ雷撃を放つ。先ほどまで逃げたがっていたのが嘘のように迫ってくる小柄な体をは雷撃を腕で打ち払いながら一気に間合いを詰める。
「仲間が大事ってか。そいつは微笑ましいがよ!」
 がちんと、おおよそ肉体と接触したとは思えない音。錫杖で受けてもなおまるでダンプカーに突っ込まれたような衝撃に、雷次は堪え切れずに後ろへと吹き飛ばされる。
「いい加減こちらと一歩を踏み出させてくれや!」
 ありったけの力で設置したもう一つの雷地雷。それを踏み抜いた偽ダイアクトーがガクガクと体を震わせる。
「よっしゃ! トーマ! そこだ!」
「はっはっは。リロードタイム!」
「オイコラ!?」
 そんな事を言われても死ぬか生きるかの瀬戸際だったのだ。少しでも生存率を上げるために全弾撃ち放って何が悪いと言うっスか!
 と、内心で呟きつつ一発だけカートリッジに詰めて銃口を向ければ、雷のダメージから恐ろしい速度で回復した偽ダイアクトーは背後に迫ったヨンをカウンターで殴り飛ばし、近くの壁を掛け登って家の屋上へと着地する。
 ほんの少しだけ名残惜しそうにしながらも逃げを打った偽ダイアクトーを追うにも、ヨンは体勢を崩され、雷次は先ほどの雷撃の疲労でとても壁昇りなんてマネができる状態ではなかった
「まぁ、まずは一匹、捕まえられたと思うべきかね」
 気絶しているらしい鼠を見遣って雷次は呟く。
「あと4匹だっけか。最後まで体が持つもんかね……」
 その呟きに応じてくれる者は残念ながら居なかった

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 というわけでようやく1匹確保のようです。
 この調子で頑張っていきましょー(ぉ
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