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【inv31】『無貌の怪物』
『無貌の怪物』
(20136/09/06)
「あ、もうね、あれっスね。こういうの、得意中の得意っスよ。」
 やけに自信ありげに語るトーマの声に、同席した二人の男は何とも言い得ぬ顔をする。

 ここはヴェルクと言う名の商人が有するの店、その応接室である。
儲かっているのか、傍目にも高価であろう調度品が壁際に並ぶ部屋だ、装飾は度を過ぎた感じはしない。いわゆる成り金の性根の曲がった自慢で無く、客へのアピールとして飾っているのだろうことが伺える。
「動物の捕獲……だよな、これ?」
依頼人が来るまでの間。アンドロイドであるヒュームが独り言という種族にしては珍しい行動を見せていた。それを聞きつけた雷次がふむと呻き、
「まぁ、報酬が報酬だからなぁ。
一頭20万Cって……。まさかベヒーモスとかフェンリルとかそんなおぞましいモンスターじゃねーよな…?」
と、考えていた不安を口にする。
「ふふ。そんなのが逃げていたら既に町は大騒ぎっスよ」
 雷次の不安にドヤァという顔で応じるトーマ。それもそうかと苦笑いをするが、ならばこの破格の報酬はどう説明すべきか。
 そも今この場に居るのは3人だけだ。そんな安易な仕事なのだろうか?
「いや、待たせて済まないね」
 と、回答を得ぬ疑問を繰り返す室内に入ってきたのはドワーフの男だった。特有の樽体型に商人風の衣服を纏うのはやや道化じみているか。更には金持ち特有の、宝石があしらわれた指輪が目を引いた。
「さて、早速だが依頼をする前に約束してもらいたい事がある」
 どかりとソファーに座りつつヴェルクは言う。
「……聞こう」
 ヒュームが応じると、商人は頷き
「守秘契約だ。この依頼に関わる以上、君たちは今から私の告げる逃げた動物の情報を他者に洩らしてはならない」
「そうする理由は何スか?」
「高価な書品を横取りされては敵わんだろ?
 わし独自の販売ルートがあるからこその価値だが、横取りを考える不逞の輩は考慮せざるを得ない」
 一応納得できる理由だと雷次は鼻を鳴らすが
「でもだからって、荒事の四〜五倍っていわれりゃ気にするなってのが無理だがな」
「それだけ価値があるんじゃないっスか?」
 お気楽なトーマの言葉に「無論だ」とドワーフが首肯する。
「……まあ、受けるために来たんだから、その契約飲むよ」
「俺も、構わない」
「無論っス」
 ここで断る意味はないと三人が応じると、ヴェルクは何事も無いように頷きを返す。
「よろしい。では本題に入ろう。
 逃げた動物はフェイスレス・ラットと名付けた」
「顔無しネズミ? 名付けたって言うのは?」
 ヒュームの問いに「私の雇っている探索者が発見したのだよ」とドワーフは応じる。
「発見って……『怪物』って事っスか?」
「いや、『この世界で』ではない。別の世界だ」
「つまり、異世界から持ち込んだ動物ってことか」
 雷次がほんの少し眉根を寄せる。
 このターミナルの最大の特性は「ありとあらゆる世界に繋がっている」とする数多の扉である。何故か開かぬ物、一定期間しか開かぬ物、特別な条件時にのみ開く物など、いくつかのパターンはあるが、数多のセンタ君を用いてもなお計測不能とされる数多の扉はそれと同等数の異世界に繋がっている。
 そしてそこからさまざまな物を輸入し、別の世界へ輸出し、利益を得るというのは確立された商法の1つであった。
 その基本スタイルは大航海時代のように特定地方でしか取れない品物を扉と言う運搬方法で高く売れる特定地域と繋がる世界へ売り込むと言う物だ。
 それとは一線を画す商売をする者も居る。
 それはその世界特有の特殊かつ有用な物質を探し出し、他世界へ売るという商売だ。
 が、実際のこれは石油掘りに近い。ある世界での有用かつ希少物質は、同じような大気成分故か、他の世界でも希少素材である事が多い。いくつかの例外はあるが、鉱物系では割に合わないというのが共通見解である。
そこで注目されるのは動植物だった。
「フェイスレス・ラットの特性は接触した対象の身体能力を完全に模倣することにある」
……
 ……
「は?」
 雷次の疑問符にトーマが言葉を続ける。
「それは……変身能力と言う事っスか?」
「その通り。精神、知能レベル、記憶以外の全能力を完全に再現する。素晴らしいだろう?」
 確かにそれは非常にレアな能力であり、20万Cという相場を越えた依頼報酬も頷けるのだろうが
「このクロスロードじゃ、冗談じゃ済まない能力じゃないか?」
 ヒュームの言は他の二人も即座に到った問題。
 数多の異形が当たり前のように闊歩するクロスロード。その中には竜種や神種といった常識の一歩上の種も紛れ、その種の垣根すら無視して暴虐を果たす異能者が交じっている。
「……俺、すげえ嫌な予感して来たんだが」
 思い浮かんだ「コピーして欲しくない対象リスト」。その模倣能力は恐らく自衛のためだと推測できるとすると、果たして組しやすい対象を模倣しているのであろうか。
 答えはどう考えてもNOである。
「そ、そう言えば一匹あたりと言ってたっスね。何匹逃げたっスか?」
「全部で5匹だ。つまり全部捕獲すれば100万C支払う準備がある」
「一応聞いておくが、殺しちまった場合は?」
「……能力上やむを得ないケースも想定できる。その際は死体1つにつき2万Cは払おう。
 傷ぐらいならいくらでも治療できるからながな」
 その辺り寛容なのはありがたいが、全く以て気休めにならない。
「場合に寄っちゃ、俺達3人が共闘したって無理かもしれねえんだが?」
「それぞれ協力者3人までなら情報の公開を赦そう。無論それ以上の拡散禁止は当然で、あくまでこの仕事に携わる事前提だ。それに報酬はあくまで捕獲一頭につき、だからな」
 ドワーフの言葉に視線を交わす三人。
 これは少々どころでない。厄介な話だと、内心ため息を吐くのだった。
 なにしろ────すでに取り返しのつかない大騒ぎが発生していたとしても、おかしくないのだから。

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というわけで、模倣能力を持つ鼠の捜索となります。
まぁ、どんな事になるかはもう想像がつくことでしょう。
知能レベルは猿程度ですので、見分けを付ける事は難しくありません。
ええ、見分けをつけるだけなら。
ではリアクションをよろしくおねがいしますね☆
『無貌の怪物』
(2013/09/28)
「……」
 クロスロードの片隅で、一人の男がカフェテラスの一席にどかりと座り、空を見上げていた。
「あー……」
 何をすべきか、朝出かける時には明確にあったそれだが、現実と突き合わせるにつれ、重大な問題が浮き彫りになって行くのを感じていた。
「この街、異常だ」
 今日半日の事を振り返ったまとめを呟いて雷次はレモネードを飲み干す。
 彼がまずやろうとしたのは「コピーされると怖い人のリストアップ」だったのだが。
 これがまたキリが無い。
 思いつくだけでも数十人。実力が判断付きかねる者も多数。更にはその実力を囁かれながらも確証のない者なら星の数だ。
 そもそも町の大半が戦闘能力を有しているのだから、甘く見て良いものではない。
 ならばと挙動が怪しいものを探しに出たのだが。
 まず、広い。
 なにしろクロスロードは直径30km、サンロードリバーに掛かる橋で全長4kmもある巨大都市だ。更には数え切れぬほどの種が犇めいている。
 では、彼らの、それぞれどんな行動を指して「奇行」と称すれば良いか。
 例えば人間種が毛づくろいと称して自分の肌を舐めていれば確かにおかしい。が、獣人族ならばありえぬ事でなく、その名残を文化として持っている者も居るかもしれない。
 知り合いならば奇行も分別できるが、それだって限度がある。なのに会った事も無い者がどう判断すればいいやら。
「挙動が怪しいやつなんて俺基準ならいくらでも居るんだけどなぁ」
 鼻を振って歩くとだけ言えば奇行だが、象ならばそれも仕方あるまい。どんな優秀な生物学者でもこの種族の坩堝で雷次の狙いを果たす事は不可能と言えるだろう。
「しかし、こうなると……大人しくされたらどうしようもないんじゃないか?」
 そもそも変身していない可能性すらあるのだから、個人でどうこうするには手に余る。
「当初の目的通り、強い奴らをダメ元でめぐって見るかねぇ」
 一応は作った自分が知っている限りの強いヤツリストに視線を落とす。知能はそのままと言うのだから魔法使い系は除外できるのかもしれないし、生物なのだからアンドロイドや幽霊系はやはり範疇の外にある気がする。
「ヨンの旦那は……ありゃ一応不死種だが、どうなのかね?」
 食事もすれば疲れもするヴァンパイアを思い出し、やはり面倒だとため息一つ。
「他の連中はどうやって探してるのかねぇ」

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「奇行、ですか?」
「そうっス!」
 きょとんとした神楽坂・文はややあってコンパクトを取り出すと、そっとトーマに向ける。
「なんスか? 相変わらずの美少女っぷりっスけど」
「手ごわいですね」
「天才っスから」
 何か諦めた顔をした文は「ン」と思考を巡らし
「まぁ、そんな人、山ほどいますからねぇ」
 と、雷次が同時期に到った結論を口にする。
「じゃ、じゃあドッペルゲンガー事件は発生してないっスか?」
「ドッペルゲンガーならケイオスタウンに数名いますけど?」
「なん……だと……!?」
 言われて見れば居てもおかしくない。では彼らが妖怪種特有の「本能に基づいた行動」を日々おこなっていたら、ドッペルゲンガーを追い掛けると言う手段もついえてしまう。
「こ、この天才が躓くなどあってはならないっス!
 いやしかし失敗は成功の母! なればこそ、これも成功の一端と言えるのでは!?」
「そう言うところは見事ですよねぇ」
「褒めてもサインくらいしか出ないっスよ?」
「それはまた今度にして。
 で、何があったのですか?」
「……ふ。ドッペルゲンガーの生態について調べたくなったっスよ」
「だったらドッペルゲンガー『事件』とは、聞きませんよねぇ?」
「いや、ドッペルゲンガーに合う事自体事件っスよ! 一年後に死ぬっス!」
「それはデュラハンの方ですよ?」
「世にも珍しいデュラペンゲンガーっス!」
「顔が無いと、自分の二重存在と気付けないような……」
 ・・・・・・
 互いにこれ以上は無駄と踏んだらしい。沈黙が場を一旦リセットする。
「まぁ、情報は等価交換、でしょうかね」
「なら、また寄らせてもらうっス」
「ええ、お待ちしています」
 思った以上に手ごわい案件のようだ。だがこの天才が行き詰るなんて展開は無い。確証のない自信を胸にトーマは行動を再開する。

◆◇◆◇◆◇

「さる猿っと」
 裏路地をうろつきつつ、クセニアは適当な言葉を口ずさむ。
 変身する怪物も元の姿が無いわけではない。例え変身したとしても永遠に戻らないわけでもない。ならば元の姿と言う猿を探すのも手ではなかろうか。
 そこまで考えたかはさておき、クセニアの目的は猿そのものだった。
「しっかし、広い町だなぁ」
 人口密度の割に広く、しかし管理は行きとどいている。昼と夜の境界である川を境に調和を誰もが受け入れている。ノイズが多すぎて調和した音楽に錯覚してしまうような。そんな偶然の上に立つ町。
 異形が目立たず、異常が目立たず、或いは、すぐ真横にある死を誰もが素通りしてしまう町。
「さて、と」
 そんな中で掴んだ子猿の目撃情報。
「変身するまえにとっ捕まえれば最高ってね」
 餌を数カ所に仕掛けてある。センサー系は100mの範囲なら充分に活用可能だ。反応があったところに急行するため、その中央に陣取る。
「さて、と」
 座して待つ事3分。最初の反応に膝を立て、近くまで移動する。クロスロードには原生種が居ない。鼠などの生物が罹った可能性は低い。無論来訪者やその荷物に紛れて入りこんだ種は少なからず存在するが、それも「自然環境」と言うにはやや離れたこの都市で幅を利かせる程ではない。
「ビンゴ」
 きょろきょろと周囲を警戒しながら餌に近づく猿の姿。見た目はメガネザルに近いだろうか。顔の比率的に巨大な目がぎょろぎょろと周囲を見渡している。
「さて、捕獲しますかね」
 触れると面倒だ。ならば投網などがベター。武器に戦闘力を頼む自身であればマネされたところで武器までコピーできないのだからそれほどの脅威とはなりえないだろうが、念には念を入れるべきである。
 そこまで思考を走らせて、後は捕獲へと集中する。

その瞬間だった。

「ンなt!?」
 突如の暗闇────否。突然巨大な影が落ちてきたため資格が混乱した。すぐに周囲を把握するが、その前に彼女に襲いかかったのは猛烈な突風だった。
「なんだってんだ!?」
 姿勢を低くして見上げればそこには鱗。
「竜種……! こいつは……!」
 見覚えがある。ただでさえ目立つ竜種だが、大抵は町の隅に作られた竜種の町から出る事は無い。その理由は単純明快で、人化もせずに人間サイズを基準に作られた町に訪れられても破壊するだけだからだ。
 そんな当たり前のことを理解せずに町に訪れる『能天気竜王』はダイアクトーとは真逆の意味で迷惑な象徴。
「ファフニール!」
 神話級の能力を持ちながら、細かい制御ができない故に災いと迷惑をまき散らす『呪い竜』。他の竜種が自分達の立場保持のために順番に見張っているはずのこの竜がどうして……
「どうして、じゃねえな。って言うか、何してんだよあの竜は!?」
 タイミングが良すぎる。なればこそ、それは
 視線を下へ滑らせば、猿の姿がもうない。餌もそのままと言う事は逃げたのだろう。この竜の姿をとった同族の警告により。
「冗談じゃねえぞ……!」
 頭は足りないが腐っても竜。手持ちの武器でどうこうできる相手でもなければ、間違って勝利しても町に甚大な被害が発生する。

「避難警告。避難警告」

 PBの音声案内が脳裏に響く。周囲が騒がしくなり、戦闘能力の乏しい住民は泡を食って逃げ出している。
 遠くからは慌てて駆けつけたであろう竜種の姿まである。
「くっそ、こいつが撃墜されたらどうなるんだ……!?」
 最悪死体は持ってこいと言うことだったが、ならば下で待機すべきか?
 その葛藤を浮かべている間にファフニール(もどき?)は身を翻してその場から大きく離れ始める。
「畜生!」
 咄嗟にそれを追い掛け始めるが竜種の飛行速度に敵うはずもない。それははるか遠くへと飛翔し、不意に高度を下げて消失する。恐らく変身を解いたのだろう。
「……や、やってらんねぇ」
 報酬額20万。その意味を改めて感じ、クセニアは大きくため息を吐くのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 大変お待たせして申し訳ありません。
 ちょっと地獄の進行を風邪っぴきでこなしてきたので体力を回復させつつの現状です。なんとかペース戻します。
 というわけで今回はクロスロードで探すの大変だね☆って感じの流れになりました。
 何かしら良い方法を用いらないと非常に大変ですよーって事で。
 リアクションよろしくお願いしますね☆
『無貌の怪物』
(2013/10/12)
「なるほどねぇ。あれはそういうことだったかぁ」
 とらいあんぐる・かーぺんたーずにのんびりとした声が緩く響く。
「でも良かったの? 秘密厳守の依頼だったんじゃない?」
「流石にあれはそんな事言ってられないっスよ。こっちとHOCなんで」
「それは殊勝にゃね。で、あちしになにをしろと?」
「って言うか、興味なさげっスね」
「いや、興味あるにゃよ? でもまぁ、今のところ大した被害も出てないし、言語の加護を受けるレベルでない動物の行動だから賞金掛けるわけにもいかないしね」
「むしろ依頼人が賞金掛けられそうっスね」
「まー、可能性はあるにゃね」
「というわけで解呪の弾丸とか作れないっスか?」
 んー? とアルカは目を細め
「なるほど、良い着眼点にゃね。できるにゃよ」
「おお、では早速よろしく頼むっス!」
「ういうい」
 そこらに転がっていたインゴットを手に取るとそれをぽいと軽く中に投げる。同時に左の手で首輪を触ると、それは見る間にハンマーの形となる。

『にゃぁっ!』

 いくつもの音が重なったような不思議な声。
 同時にぶっ叩かれるインゴット。
 
 もしもトーマが科学では無く、同等レベルの魔術の専門家であれば理解できたかもしれない。いや、理解した上で自信過剰な彼女ですら自らが得た答えを疑ったかもしれない。
 だが、この場に措いてはただ答えがあるのみ。
 ばらばらと降り注ぐ弾丸には複雑な模様が描かれている。それが数十発転がった。
「これでいいかにゃ?」
「感謝するっス」
「ういうい。お代はツケておくにゃ。どうせこの調子じゃ、いずれこの件に賞金かけなきゃいけなくなるだろうし」
「そうなる事を祈るっスよ。この調子じゃ依頼人がトンズラこいてもおかしくないっスからね」
 応じて外に飛び出すトーマ。
 この弾丸の効果は疑っていない。なにしろアルカは「良い着眼点」と迷わず言ったのだ。
「さて、捕まえてやるっスよ!」
 猫娘の視線を背に受けて、少女は意気揚々とと繰り出したのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「アホかっての!」
 顔には笑みが張り付いているが、口の端はあきらかに引きつっていた。
 「確か逃げたのは1、2……5匹だっけな。
 本当に万が一、全部があんなのになったら、それこそ町が壊滅してもおかしくないぞ……?」
 神族と同等、あるいは神族殺しとも言われる竜族はその能力も然ることながら自前の巨体がまず脅威だ。うっかりニュートラルロードにでも落ちようものならどれだけの犠牲者が出るかわかったものではない。
「依頼人には悪いが場合によっちゃ2〜3体位潰しちまった方が良さそうだな。下手に捕獲しようとして死人が出るよりマシだ」
 呟きながら巨竜が消えた辺りに到着する。町はざわめきに満ちているが、異常らしい異常は目に付かない。
「っと」
 不意に風圧を感じて身を屈ませれば竜族が上空を往くのが見えた。ファフニールではなく二回りほど小さな、それでも建物の3階くらいは背丈のある竜だ。おそらくファフニールが市街部へ現れた事を受けてやってきたのだろう。
「おーい。お前、話分かるか?」
「何だ?」
 竜がクセニアの声に応じ首を向ける。
「ファフニールを追って来たのか?」
「追ってはいない。居留地にあれが居る事は確認している」
「でもここに現れたわけを探りに来たわけだな」
「その通りだ。何か知っているのか?」
「あれがファフニールでない事だけは知っている。
 俺からも質問だ、ここ2〜3日以内で、あいつ、何か妙な事を言っていなかったか?」
「あれの言が奇怪なのはいつもの事だ」
 酷い言われようである。が、事実なので仕方ない。
「ただ、見張りの言だと、夜中に文句を垂れて、やたらうるさかったらしい」
「……ふーん」
 無関係、とは思いづらい。恐らく寝床に忍びこまれたのだろう。しかし竜族の寝どこに忍びこむとは、豪胆な生き物である。
「ちなみにあんたらって小さな動物が近づいてきたらどうするんだ?」
「知らん」
 ダイレクトすぎる回答に眉根を寄せるが
「そのような事はまず無いからな」
 まぁ、確かにその通りである。誰が好き好んで竜の住処に潜り込む物か。
……つまりは堂々と近づく小動物は見逃される可能性が非常に高いと言うわけだ。
「……連中の隠れ家になっていたりしないよな?」
 もしそうなら笑いごとじゃない。
 それに、ヤツらが普通の動物なら本能的に恐れる相手の懐にも潜り込む事は良く分かった。
「行動原理も習性も分からないのはちょっと骨か」
 とはいえ、依頼人も見つけたばかりの動物だという口ぶりだった。大した事は知らないだろう。
 ともあれ
「まずは依頼人の所に戻るかね。間引きの許可は貰っておいた方がいいだろ。難癖付けられるのもヤだからな」
 身を翻すクセニア。

 案の定と言うべきか。
 数匹の間引きという言葉に対し、依頼人は難色を示したが、すでにファフニールの一件は耳に入っているのだろう。仕方ないという体で了解した。
 ついでに、彼がその生態のほとんどを理解していない事も確認する事になり、思わず天井を見上げてしまう事にもなるのだが……

◆◇◆◇◆◇◆◇

「クッソ、何が起こってるんだ!?」
 突然の避難勧告に中には大襲撃の再来を叫ぶ者すら居た。常時騒ぎの絶えないクロスロードで管理組合が勧告を出すような事態はよっぽどである。
 それでも一時間くらい駆け廻れば大体の状況は掴めてくる。
「間抜けな竜がデータ取られたって事か……!」
 それも解除されてしまえば後の祭りだ。だが、被害が出なかった事を喜ぶべきか。
「ああ、雷次さん?」
 不意に声を掛けられ振り返ればヨンの姿がそこにあった。
「もしかして雷次さんもあの竜を追って?」
「……ああ、そんなところだ」
 こうなっては守秘義務の意味がどこまであるかという考えが脳裏を過ぎり、隠す努力だけはしておくべきかと言葉を濁す。
「何か知っていますか?」
「いや、泡食って何事か調べているだけさ。管理組合が警告出すなんざ大襲撃でも起こったかと思ってな」
「ああ。あれはもっと前に分かりますから。こんな突発的な警報は……ないと言えないのがこの世界ですけど」
 流石は古参の域に居る来訪者だ。状況は自分より分かっている。
「ファフニールに見えた竜が突然現れ、消えた。
 管理組合は幻影に踊らされるほど頭の悪い組織ではない。
 『消えた』が無ければファフニールが暴走しただけなのですが……」
「いや、それを『だけ』で済ましちゃいかんだろ」
 どんな世界に投げ込んでもおとぎ話や神話の一角を我が物顔で占めるであろう巨竜の襲撃モドキを日常の一部のように言うのは……まぁ、クロスロードなので仕方が無い事、なのだろうか?
 しかしヨンは明らかに「消えた」と言った。ならばアレがファフニールとなり、後に変身を解除したと言うのが経緯なのだろう。
 変身したフェイスレス・ラットの知力は変わらないと言われていたが、元からスカスカの体力馬鹿に変身されては意味が無い。
 仮に、もう一度ファフニールとなって現れた場合、自分一人で何とかできるだろうか?
 ここは事実を話し、協力を仰ぐべきだろうか。
 そんな葛藤を断ち切るかのように、小さな生き物が視界の端を駆け抜ける。
「あれ、は!?」
 幸運だ。まさかあちらが視界を霞めるとは思いもしなかった。
「雷次さん?」
「ちょっとすみません!」
 逃がすわけにはいかない。雷次は足に力を入れて一気に駆け抜けると、路地に入り込むそれに迫る。
「逃がさねえ!」
 小さく呟いたその声が届いたわけではあるまい。しかし鼠は振り返り、確かに雷次の姿を捉えびくりと震えた。
「変身、するのか?!」
 路地でファフニールのような巨体になったらどうなるか。管理組合の提供する家屋の強度はちょっとした要塞並みだが、莫大な質量を持つ竜の肉体を支えられる程かどうかは謎である。圧死してくれるなら、今はアリかもしれないと思う。
 が、その予想は最悪の形で裏切られる。
「っ!」
 変化。確かに鼠は変化した。しかしそれは思い描いた巨体でなく、もっと小さな存在。
 だが、雷次の喉は引きつり、「ゲっ」という濁った音を無意識に放ってしまった。
「雷次さん、いきなりどうしたのですか? って、おや?」
 追い掛けてきたヨンが眉を挙げる。

「こんな路地で何をしているのですか? ダイアクトー三世……?」

 この街の有名人の一角にして、雷次がまとめた「なられてはまずい人」リストに真っ先に挙げられた人物の一人。
 それがどこか焦点の合わぬ視線を仮面の奥からこちらに向けている。
「迂闊過ぎるだろ、この街の上位連中は……!」
 ぎり、と『彼女』の足に力が籠り、それが床石に亀裂を走らせたのを見て雷次は構える。
「ヨンさん。あれはダイアクトーではありません。が、性能は同じだ」
「……後で事情を教えてくださいね。
 さて、性能は同じとは言いますが……」
 何の縁かダイアクトーにやたらと縁があるヨンは思う。
 彼女の力は制限されている。
 完全制限状態の『彼女』であれば、何一つ苦労せずねじ伏せる事は可能であろう。
 だが。
「どう見ても、というか、この感じ。そんなレベルじゃないですよね?」
 ヨンが知っている限り、『彼女』が見せた事があるのはフォースリミットリリースまで。つまり4段階解除で、その時点でこの街でも単体で止められる者が数人しか思いつかない脅威だ。
 そして今、眼前にあるそれは
「雷次さん。一時撤退とか考えませんか?」
 ヨンの申し出は雷次を戦慄させるに充分だ。だが、同時に悟っていた。

『アレはシャレにならない』

 力が抜けるのだ。
 まるで知らぬうちに毒ガスでも撒かれたかのように。思うように体に力が入らない。
「これ、ダイアクトーの能力か?」
「そうだと思います」
 いや、と古い記憶が脳裏を過ぎる。
 あれは、そう。コロッセオでダイアクトーが暴れた時に開放した力だ。確か黒服は『飽食の業罪』とか言っていた。周囲の力を喰らい、自分の物とする能力。あの時は黒服が「抑えているが」と称していたが、それがダダ漏れだとすると……
「食われかねない、ですかね」
 不吉な言葉に雷次は頬を引きつらせ、ヨンは不死者の身に冷や汗を感じる
 この急場をしのぐにはどうすればいいかを二人は思考する。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 馬鹿筆頭に引き続き脳筋二号が登場です。フェイスレス・ラットさんパねぇっす(ぉい
 さて、この広い町で逃げた鼠を探す方法はあるのか。
 そして厄介なモノに変身する鼠を止める手段はあるのか。

 そして、今以上にヤバい存在は居るのか。

 というわけで町はレッドゾーン突入です。早い解決に向けてよろしくお願いします☆
『無貌の怪物』
(2013/11/01)
「さてと」
 その報告に耳を傾けていたアルカは中空に作り出したクロスロードの地図を眺める。
「流石にルマデアとかイルフィナっちとか、ある程度真っ当な連中は問題無いと思うんだけどねぇ」
「私が何か?」
 資料を持ってやってきた青髪の青年が問いを投げかける。
「ちょっと厄介事発生中。ファフニールの件は聞いた?」
「ええ。本人でないという確認は取れたが、彼と同型の来訪者に目途が立って居ない。と言うところまでは」
「どーも、コピー能力持った動物の仕業らしいにゃよ」
「コピー? ……そんな問題になるほどの強力な能力持ちなら耳にして居そうですが」
「どうも『来訪者』ではないっぽいんにゃよね」
「……もしかして、『扉の加護』を得られない程度の生物ですか?」
「そそ」
「厄介ですね」
 余り知られていないというか、気にされていない現象の一つとして、『扉の加護を受けられる者』 『受けられない者』 の差が存在する。
 大まかには知性の差と言われているが、簡単に言えばペットの犬が扉の加護を受けて喋り始めるかどうかと言う話だ。
 大抵元々の世界で言語を操れぬ存在はこちらの世界でも扉の加護を受けられない可能性が高い。だがそれも絶対でなく、『来訪者』として喋る事もある。
 その分水嶺は未だに明確ではない。
だが、今回の問題の1つは同時に確認されているもう一つのルールについてだ。
『来訪者』がこの世界に訪れた時に力が制限されることが多い事は周知の事実だが、『それ以外』の場合、そのルールが適用されないケースが見受けられるのである。
「更に悪い事に、この世界の法則。『概念特性』でコピー能力が強化されてる可能性にゃね」
 『概念特性』とはアルカ特有の称し方ではあるが。
 例えば『水』と言えば誰もが想像する物があるだろう。しかし世界が変わればその存在も微妙に変化する。例えば沸点が違ったり、味があったり色が付いている世界も存在するし、仙術世界における『弱水』のように浮力を与えない水なども存在する。
 だがクロスロードにおいての『水』は1つであり、しかし『来訪者』達はそれを等しく『水』として扱う事が出来る。これは化学式がどうだ、成分がどうだと言う以前に『概念』としての『水』の共有化という扉の加護の一つであると考えられている。それを総じて『概念属性』と猫娘は言っているのだ。
「つまり『模倣』というスキルが質量保存法則などの物理法則をガン無視した、と」
「案外重量量ったら同じかもね。ま、ともあれそう言う事」
「……どれだけの数が?」
「五匹って言ってたかな。まー、追っかけてるのも居るし、じきに何とかなると思うけど」
「一つ懸念があります」
「なーに?」
「あの馬鹿が今、クロスロードをぶらついています」
 イルフィナが『馬鹿』と称するならば対象はおおよそ一人である。
 即ち西砦の管理官『セイ・アレイ』。
「……うわぁ、あの子の特性なら、まずかちあってる気がするにゃ」
「同感です。如何しますか?」
「……まー、なるようになるんじゃないかな」
「……一応準備はしておきます」
 クロスロードの危険度は徐々に上がり続けるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「厄介な能力だな、おい」
 一旦逃げに徹した二人。ヨンの説明に雷次は眉をひそめて毒付いた。
「何の方策も無しに相対するのは自殺行為です。とは言え……」
 放置して良い存在でない事も事実だ。自分は雷次から事情を聞いたが、何も知らぬ者からすれば暴れているのは『ダイアクトー三世』である。彼女の評判が一方的に悪くなるのは余り宜しくない。
「って、追いかけて来てなくね?」
「っと、確かに」
 足を止めて振り返ればこちらを見ている様子の偽ダイアクトーの姿。戦闘に秀でた二人は振り返った事により彼女がびくりと震えた事を確かに見た。
 次の瞬間、ダイアクトーは反対方向に走り出す。
「って、あっちが逃げるのかよ?!」
「お、追いかけます! 放っておいたら危険が危ないですから!」
 慌てて踵を返すヨンに雷次もまずは突き従う。
「そうか、あくまで自衛用の能力だから、逃げられるのなら逃げを打つのか、ヤツら!」
「凶悪な自衛ですね!」
「まったくだ!」
 やり取りをしながらも雷次はばちりと体内の電気を躍らせる。地を走らせ狙った一点に雷の地雷のような物を配置し、足止めを狙ったのだが。
「って、それも食うのかよ!?」
 偽ダイアクトーが持つドレイン能力にあっさり食われて消えてしまった。
「逃げを打つなら回り込んで止めます。牽制を続けてください!
 止める事ができたら黒服さんかアルカさんに連絡を!」
 見事な体術で壁を蹴り屋根の上にあっという間に登ってしまったヨンを横目に雷次はやぶれかぶれの雷撃を連発する。しかし連射優先の牽制程度ではそのどれもこれも彼女に届く前に威力を失い、消えてしまった。
「バケモン過ぎるだろうに。なんであんなのが居て大襲撃で苦戦するんだよ!」
 現実はそこまで長時間の解放が出来ないのだが、そんな事を知らない雷次は苛立ち半分、高揚半分と言う感じで仮面の少女を追い掛ける。
「こりゃ、確かに守秘義務なんか無視して本気で相対できる誰かを呼ぶべきか?」
 とはいえ、行きがけにヨンが言った二人に面識は無い。そも黒服とは名前なのか。
「黒服さん?アルカさん?特に面識ない人にどうやって会えと?」
 そのぼやきはもうヨンには届かない。今は雷撃を続けるしかないと足と手を動かす。
「行きます!」
 屋根から飛び降りながら壁を蹴って加速したヨンがダイアクトーに襲いかかる。自殺行為にも見えるそれを偽ダイアクトーは慌てて避ける。
「っと、だが力に振りまわされてやがるな」
 一般人がF1に乗ったような物か、余りにも機体性能が高過ぎて操作が追い付いていないという空気を感じる。知識を継承できないのだから戦闘経験などもコピーできていないのだろう。
「だからと、迂闊に近付けねえし」
 例え力に振りまわされているにしても、その一撃を貰えば軽く死が見える。
 ともあれヨンが肉薄したことで移動の速度は極端に落ち、雷次に余裕が生まれる。
 本気の雷撃を練ってぶつければ減衰する前に届くだろう。だが、どれだけの効果があるか。或いは尻に火を付ける事になり、こちらへ襲いかかってくる可能性すらあり得る。
 思考している間にダイアクトーに肉薄したヨンは数回の打撃を叩き込んで大きく距離を取る。大したダメージは無かったらしい偽ダイアクトーは不意に雷次をちらり見て困ったように視線を彷徨わせる。二人がかりでも勝てる気がしない雷次とヨンの葛藤を前にしながら逃げる事しか考えていないようだ。
「このまま時間稼ぎをする……か?」
 千日手は無いだろうが、好転の兆しもない。自分が誰かを呼びに行けばこちらの道が穴となりまた逃げ出すかもしれない。
 状況が膠着しつつある戦場。それを見る影が遠くにあった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「お困りのようっスね諸君!」
 狙撃銃を構えながら少女は呟く。
「トーマ・ザ・ジャイアント・リピンスキー、孤高の智多星、紅の女豹
北の最終兵器、ウルトラ天才美少女、喪門神、セーラー服美少女戦士。
ザ・グレート・トーマ。このクロスロードで通っているあたしの助けは必要っスか!?」
 ブツブツと呟くのを間近で見ると、見なかった事にしたかろうが、幸い周囲に人影は無い。
「この対策を得たトーマ様に敵は無いっス。ドラゴンスレイヤーの名声が取れないのは残念っスが、あのダイアクトーをやっつけたとなれば……!」
 仕込んだのは麻酔弾。魔法的なエネルギーは吸収されるが弾丸ならば通るというのは、今しがたのヨンの突撃速度が減衰しなかった事で確信が持てた。
「目標をセンターに納めてシュー」
 引き金を引き絞ろうとしたまさにその瞬間、ぞくりと、背筋を走る恐怖に顔を上げる。
 それと同時に銃身を何かが横から貫いた。
「なっ!?」
 体勢を立て直す事もできず転がるトーマが視界に捉えたのは青年の姿。そしてまるで弓引くように引き絞られた右腕と、そこに握られた槍、そして穂先の放つ鈍い輝き。
「邪魔をするなっス!」
 それをまともに確認する間も持たずに、咄嗟に懐から抜いたのは解呪弾を込めたハンドガン。転がった直後の不格好な姿でも当たれば勝ちとばかりに引き金を引いた。
見えるのは青年の背。だが射撃のタイミングを知っていたかのようなタイミングで見えるはずのない銃口へと穂先が解き放たれたのを見た。
 銃弾よりもなお早く、大気を突き破る勢いで放たれた一撃。それは銃口から飛び出したばかりの弾丸をミリのずれも無く捉える。
「────」
 声を出す事すら許されぬ刹那の間にトーマは悟る。その輝きはそのまま銃と、トーマの腕、そしてその先にある頭を貫くのだと。

 ぱぁん

 その予想を裏切ったのは風船の割れるような音。
 何が起きたかと目を瞬かせるトーマを襲ったのは衝撃。恐ろしき凶器のはずの槍が膨らみ弾けたのだ。
「ましゃかっ!?」
 ごろんごろんと転がりながらも今起きた現象を自称するに充分な明晰さで考察する。
「槍も変化の一端だから、解けて消えたっスか?!」
 体中痛いが泣きごとを言っていたら死ぬ。トーマはなんとか体勢を整えて体を起こせば、青年の手がぐにゃりと変化して槍になるのを見る。
「なるほどっス。一部なら本体ごと解呪できないのは解せないっスけど、少なくともこの銃弾を槍で弾けるのは一発のみっスね!」
 言いながら放てば青年は人間離れした動きで回避。当たらなければその推察も意味を為さない。
 カートリッジには12発仕込まれており、残りは11発。銃弾を軽く見切る身体能力持ちに近づかれたアウトなトーマは寄せつけないために数発を連射するが、青年はその全てを何事もないように避けて間合いを詰める。
 そして槍の間合いとなる個所へと足を踏み込んだ瞬間─────

 バチン!!

 紫電が放つ音が青年の体を貫く。
「そこっス!」
 残りの弾丸全てを撃ち尽くすつもりで連射した弾丸。そのうち三つを雷撃にやられ、しびれているであろう体で、槍が解け消えるまでに弾くという恐ろしい技を見せながらも、しかし抵抗はそこまでとなった。
一発が腹に当たった瞬間、小爆発を巻き起こし、それは拳よりも大きなサイズの鼠となって地面に落ちた。
「雷次さん、後ろ!」
「見てるっての! トーマ、そいつ逃がすなよ!」
 トーマ達の起こした音に気付き、咄嗟にフォローに回った雷次が偽ダイアクトーへ雷撃を放つ。先ほどまで逃げたがっていたのが嘘のように迫ってくる小柄な体をは雷撃を腕で打ち払いながら一気に間合いを詰める。
「仲間が大事ってか。そいつは微笑ましいがよ!」
 がちんと、おおよそ肉体と接触したとは思えない音。錫杖で受けてもなおまるでダンプカーに突っ込まれたような衝撃に、雷次は堪え切れずに後ろへと吹き飛ばされる。
「いい加減こちらと一歩を踏み出させてくれや!」
 ありったけの力で設置したもう一つの雷地雷。それを踏み抜いた偽ダイアクトーがガクガクと体を震わせる。
「よっしゃ! トーマ! そこだ!」
「はっはっは。リロードタイム!」
「オイコラ!?」
 そんな事を言われても死ぬか生きるかの瀬戸際だったのだ。少しでも生存率を上げるために全弾撃ち放って何が悪いと言うっスか!
 と、内心で呟きつつ一発だけカートリッジに詰めて銃口を向ければ、雷のダメージから恐ろしい速度で回復した偽ダイアクトーは背後に迫ったヨンをカウンターで殴り飛ばし、近くの壁を掛け登って家の屋上へと着地する。
 ほんの少しだけ名残惜しそうにしながらも逃げを打った偽ダイアクトーを追うにも、ヨンは体勢を崩され、雷次は先ほどの雷撃の疲労でとても壁昇りなんてマネができる状態ではなかった
「まぁ、まずは一匹、捕まえられたと思うべきかね」
 気絶しているらしい鼠を見遣って雷次は呟く。
「あと4匹だっけか。最後まで体が持つもんかね……」
 その呟きに応じてくれる者は残念ながら居なかった

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 というわけでようやく1匹確保のようです。
 この調子で頑張っていきましょー(ぉ
『無貌の怪物』
(2013/11/30)

「事情は分かりました。しかし……恐ろしいですね。四段階目までの性能を発揮して見せたのですか……」
 路地裏。呼び出されヨン達と合流した黒服が神妙な声を洩らす
「ダイアクトーもあんな力発揮するのか?」
 ヨンについてきた雷次の言葉に暫く沈黙を続けた黒服は
「……今のお嬢様がかろうじて制御可能な限界値ですね」
 と、静かに応じた。
「つまり制御しなければもっと上がある、と」
 ダイアクトーに付き従う黒服の数は6人。彼らが忽然と消え、ダイアクトーが強くなるという様を何度か見たヨンはつまりそういう事なのだろうと察し口にするが、それには答えは返ってこない。
「聞くのもどうかと思うが、あれの弱点とか無いのか?」
「何一つ違わずお嬢様であれば、精神攻撃が一番有効ではあるのだろうが」
 あの偽物に知性が無い事が逆に彼女の弱点を消している、というのは何とも皮肉に過ぎる。外付け知性の黒服が不要になったダイアクトーはシャレにならない脅威という事か。馬鹿の代名詞のようなままでは困るが、それはそれで難ありである。
「あの能力を持った挙句逃げに徹せられるとタチが悪いですね」
「素直に変身される前に薬で眠らせますかね」
「クセニアさんが罠は失敗してたようだが?」
「食いつかなかったのですか?」
「どうだろうな。食いつくまで行ったなら薬仕込むのはアリか」
「後は何処まで知性的か、ですね。クセニアさんの罠を覚えられていると厄介です。
 まぁ、施療院によって都合してきますか」
「トーマが持っていた銃は中々に使えそうだし、被害がでかくなる前に連携してなんとかしたほうが良いだろうな」
「同意です」
「力になれなくて済まんな。少なくともお嬢様にはむやみに小動物へ手を伸ばさないように注意しておこう」
「四匹のダイアクトーとか、洒落にならねーから、くれぐれもよろしく」
「……もしそうなったら大襲撃よりもピンチですね、クロスロード……」
 相変わらずわけのわからないところで大ピンチのこの町である。

◇◆◇◆◇◆

「というわけで協力するっスよ」
「まぁ、異論はねえな。時間を掛けると横取りしてくるヤツも出かねないし」
「ヨンさんにも連絡は入れておいたッス。そっちは遠距離で牽制。こっちはもし返信したらそれのディスペル。実行部隊はヨンと雷次さんの二人っスね」
「こうなるとファフニールみたいなデケエやつになってくれれば楽なんだがな」
 調達してきた長身のライフルを撫でて獰猛に笑う。
「狙撃ポイントはヨンさんが罠を設置したところっス。あいつら見張りを立ててるような雰囲気もあるから、不用意に撃ったらダメっスよ?」
「ケースバイケースってやつだ。こっちと報酬は欲しいからな。最善を尽くすさ。
 しっかし。次は食いついて来るのかね?」
「ダメだったら他の手を考えるまでっスよ」
「ンな悠長な真似が出来ればいいんだがなぁ」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

結果から言えば、ターゲットの特性をある程度押さえた四人の行動で、もう1匹の捕獲には成功した。
が、これ以降餌に食いついてくるターゲットは無し。
思った以上に知性があると踏んだ四人はまた別の手を考える事を強いられたわけだが……

 そう。そこまでは色々厄介な問題はあったものの「捕縛作戦」で済んでいた。
 だが、ここに一つ厄介な要素が紛れ込む。

「……」
 彼女の眼前に居るそれは己の最大の特徴にして、身を守る唯一の手段を忘れたかのように、ただただ恐怖に縮こまっていた。
 彼女が手を伸ばしても身じろぎひとつできない。狩猟の際に、犬に睨まれ動けなくなった鳥と同じ現象だった。
「……ふふ」
 彼女は可愛らしい表情で笑う。しかしその笑みはどこまでも空虚で、そしてどこか邪悪さを孕んでいた。
「面白い物、みーつけた……」
 そして、小さな依頼だったはずの物語は、災いへと発展する。

「三体のファフニールが突如出現し、町の一部を破壊。その後忽然と消えました」
「同じタイミングで?」
「報告にはそうあります」
「……何かが介入した……か」

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おめでとうございます。2匹目の確保です。
 残り三匹、張り切って捕まえに行きましょう。
 ……うひひ。うひひひひ。
 あ、次回は最初っから何か暴れてますので頑張って捕獲してくださいね☆
『無貌の怪物』
(2013/12/18)

「おっけおっけ。タダで良いにゃよ」
「え?」
「いや、流石にあれは放っておけないけど、流石に情報公開すると要らない関心買いそうでね。これは管理組合としての提供って事で捉えて欲しいにゃ」
 そういう事なら話は分かる。
 突如現れた三体のファフニール。ただでさえ神話級竜種が同時に同じ場所で暴れたのだから町は一時パニックに陥った。早とちりした一部の者が竜種に抗議を行う事態までに発展して、管理組合は色々と手を焼いているらしい。
「今関わってる君たちで終わらせてくれた方がありがたいってことにゃ。
 とりあえず馬鹿。もといセイしか今空いて無いけど、あれを投入するのは怖すぎるしね」
 掛け値なしの槍術馬鹿はすでにこの災害を助長する一因になっている。場に投入すれば混乱の元になりかねない。
「ならついでにユイにも手伝って欲しいっス。
 この天才ならば自分で開発する事も可能っスけど、今は時間が足りないので」
「おっけ。多分そろそろ起きてくるから話を付けるけど、何を作るの?」
「いわゆる誘導弾っスね」
「んー、解呪弾でなければ式神で代用もできるんだけどねぇ」
「術と解呪が干渉するっスか?」
「他の世界なら解呪能力を持つ追尾する式神なんてものも作れるけど。ターミナルの場合『解呪』と言ったらなんでも『解呪』しちゃうからね」
 この世界特有の法則の一つ。似ている物は大体同じ扱いになると言う効果だ。
「時間を掛けて組めば可能だけど、今はそんな余裕無いっしょ?」
「そうっスね。じゃあお願いするっス」
「おっけ。できたら届けさせるにゃ」
「頼むっスよ」
 そう言葉を残して去って行ったトーマの背を見送りつつアルカは呟く。
「さて、どうしたものかなぁ」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「ちょっと前まで防衛行動でしか変身してなかったヤツが急に揃って暴れるだ?」
 しかも示し合わせたかのように消えて、また消息不明。あまりにも行動パターンが違い過ぎる。
 だがやる事は変わらない。こちらとプロだ。プロらしく動くのみ。
 トーマに預けられた弾丸をざらりと指で弄んで町中を移動する。
 町はにわかに騒がしくなっていた。無理もない。突如三体のドラゴンが暴れて、幻のように消えたのだ。
「足跡の一つでも残って居れば良いんだが」
 タチが悪いのは、対象の本来の姿が小さ過ぎること。しかも探知魔法全般に制限を受けるこのターミナルではその捜索に大きく運の要素が関わってくる。
「今までは運だった。これからはどうだ?」
 様々な要素も足して二匹は捕獲した。同じ事を試すべきか?
 そうこう思考している間にクセニアは竜が暴れた地点へと到達する。
「こりゃひでえな」
 クロスロードの建築物はほぼ管理組合製の特殊な建材で作られている。窓ガラスひとつとってもミサイルくらいならひび割れて済むようなシロモノである。
 だがそんな街並みの一角がごそりと崩れているのを見て彼女は眉根を寄せる。
 部材一つ一つは堅牢でも組み合わせている以上想定以上の力が掛かればその接合部から崩れて行く。巨大質量を保持できなかった建物は無残な姿を晒していた。
 すでにかなりの数のセンタ君が集合して片付けを開始しているのを来訪者達は遠巻きに眺めている。
「流石にこの辺りには留まっていそうにねえな」
 痕跡もこうなっては掴みようがあるまい。
 クセニアはさっさと割り切ってその場を離れようとする。
「ん?」
 と、妙なところに人影を見た。
 いや、このクロスロードなら平気な顔して壁に立っていたりする者も少なくは無いのだが、それでも妙と思ったのはそれが見知った顔だったからだろう。
「何やってんだあいつ?」
 近くの屋根の上に座り、足をぶらぶらさせながら、その視線は事件現場でなく、それを不審げに眺める野次馬の方にのみ向けられている。
 その視線が不意に、クセニアを見た。
「っ!?」
 気圧された。彼女は特に目立った行動はしていない。なのにその視線はクセニアの全身に怖気を走らせる。
「あれは────」
「あ、クセニアさん、どうっスか、状況は?」
 そのタイミングでやってきたトーマに反瞬意識を奪われたかと思った時にはその姿は何処にもない。
 クセニアは数秒息をとめ、そして大きく吐き出してから応じる。
「おおよそ最悪の状況だと思うぜ」
 彼女の見た物。
 それは先ほどトーマが出会い、依頼してきた少女にそっくりだった。

 ◇◆◇◆◇◆

 これ以降、どこを探してもフェイスレスラットの姿を見つける事は出来なかった。
 それもそのはず────

 次に来訪者達がその姿を見る時。
 それはおおよそ最悪の姿を纏って現れるのだった。

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 少々思う事があり、この話はここで完了とします。
 最後の文章の通り、このお話は別の話へと移る形で続きます。

 報酬としては関係者全員で40万C+管理組合から+20万Cが渡されます。
 これの分配については適宜会話をしていただければと思います。

 さて一カ月くらい開いてしまい誠申し訳ない。
 いろいろと詰まってしまい、上手く更新できませんでした。
 最近1シナリオが冗長になり過ぎている傾向も問題と思っており、更新の方法なども改めたいと思いますので今後ともよろしくお願いします。
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