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【inv32】『フォールンナイトメア』
『フォールンナイトメア』
(2014/01/24)
 かつて───
 
 大襲撃とはこのターミナル最大にして最悪の災害であった。
 当時この世界の覇権を賭けて戦っていた三つの世界の軍を壊滅にまで陥れ、ようやく退けた災厄。
 クロスロードにはその時に亡くなった者を弔う慰霊碑があり、毎年2の月には鎮魂祭がおこなわれている。
 だが、それは最早過去の脅威である。
 そう認識する者は増えていた。

◇◆◇◆◇◆

「随分と物々しくなった物ですね」
 クロスロードから南へ約100kmの所にある『衛星都市』
 一度は大襲撃に襲われ壊滅したこの町だが、今は『要塞都市』と改名すべきだと声が上がるほどに武装化している。
都市を囲む二重の壁。昨年一年掛けて作成された外壁は厚さ5mほど、高さ20mで、その上に、数多の機関砲がしつらえられている。
 これの弾丸は三種類あり、1つは水、1つは電気、そしてもう1つは光という特殊仕様だ。別途実弾を撃てる機関銃も備えられてはいるが、それはあくまで補助として存在していた。というのも衛星都市はいつ孤立してもおかしくない立地のため、例え孤立しても戦えることを念頭に置いた防衛設備がコンセプトにあるのだ。光や電気も太陽から得られるし、魔道による発電施設も完備している。
二重壁の間にあるのは水を湛えた堀で、機関砲の弾薬庫の代わりになると同時に万が一突破された際の第二の防衛施設となっている。
内壁とも言える第二の壁はかつて管理組合の幹部であり『英雄』の二つ名で知られるアースが築いた防壁がベースとして使われている。記念的な意味合いも強いが、ここには主に対空兵装が用意されており、空からの敵を迎撃するべく天へと砲身を向けている。観測機器に寄る自動射撃も可能だが、100mの壁の制約から本当に近接されない限りは射手が必要なのが難点だろう。
町の中に入るとやはり目立つのはこの町が出来た理由でもあり、象徴でもあるオアシスだ。この世界第二の水場であり、南方への探索範囲を伸ばすための重要な足掛かりである。
その脇には給水設備と管理組合の事務所があり、その周りに商店が並んでいる。
そこから少し北に行けば大きな建物が見えるだろう。これは武装列車の駅と貨物集積場で、ライフラインを支える重要な施設だ。
まさにその場所、武装列車から降りたヨンはそのホームで周囲を眺めつつ呟く。
「民家は減りましたか」
「そうなのか?」
と、藪から棒にパーカーにスニーカーという、いでたちの青年がヨンの言葉に疑問をぶつけてくる。
「ええ。かつてはもう少しあったと思います」
 それに気を悪くすることも無くヨンは応じる。
「へぇ。どう見ても要塞なんだが、物好きも居るもんだな」
「いえ、こうなったのはここ一年の事……一度ここが壊滅した後の話ですよ」
「ああ、その話は聞いた。なのにここが防衛の要になるんだろ?」
 一度やられたところを信用する、ということに疑問を浮かべるのは当然だろう。
「管理組合はそういう方針のようですね」
「落ち着いてるな。あんた、ここ長いのか?」
「ええ、もう何年になりますかね」
 ヨンは眼を細め、クロスロードに行くために乗車する者達を眺め見る。
「じゃあ大襲撃も初めてじゃねえのか?」
「ええ。数度」
「へぇ。埋め尽くすほどの化け物の群れって聞いたが、本当か?」
「ええ。本当です。管理組合の発表では五十万弱だとか」
「……」
 青年の矢継ぎ早の質問が止まる。
 視線を向ければ眉つば、ではない事はPBに知っているが、いざ他人の口から語られれば信用するに数字が大きすぎるため、どう判断したらいいのかという複雑な顔をしている青年がいた。
「マヂ?」
「今回もそうとは限りませんが、万を超えない事は無いかと」
「おれ、面白い怪物が見れると思って見物に来たんだけど」
「一度あれの先鋒が近付いたなら武装列車も出発不可能になります。
 物見遊山ならクロスロードの方が良いかもしれませんね」
「ふーん……でもよ。前の大襲撃じゃクロスロードまでまともに至らなかったって聞いたぜ?」
「今回もそうとは断言できませんね」
「ふーん……。あんたは戦いに来たのか?」
「まぁ、そうとも言えますかね。今回はいつも通りか気になりまして」
「いつも通りか?」
「ええ。ここ数回の大襲撃には妙な兆候が見られますから。
 大抵の皆さんは楽観視しているようですが」
「って言うと?」
「言葉にできる程分かっているわけではありません。だから確かめに来たんです」
「確かめるったって……ここで待つ位だし、いざ襲ってきたら調べるどころじゃないんだろ?」
「だから自分で確認に行くんですよ」
 言っている意味が分からずきょとんとする青年にヨンは小さく笑みを見せる。
「既に大襲撃の状況を確認するために斥候部隊が派遣されているはずです。
 そこに混ざるだけですよ」
「……数万とかいう数がいつ襲ってくるかもわからねえのに?」
「ええ。まぁ、無理をするつもりはありませんから大丈夫でしょう。
 貴方も無理をなさらぬように」
 そう言って立ち去ろうとする背に青年は声を掛ける。
「あ、おれは七瀬だ。七瀬桜」
「ヨンです。また御縁があれば」
 武装列車が煙を上げて動き始める。
 その音に驚いて視線を外した間にヨンと名乗った男はどこにも居なくなっていた。
「うーん。気楽に考え過ぎなのかね?」
 応じる声はもはや無い、列車も出てしまい閑散としたホームにこれ以上居ても仕方ないと、七瀬は足を進めるのだった。

◇◆◇◆◇◆◇

「……土煙が見えるね」
「あれだとざっと6km先ってところか」
 同行する斥候隊の一人が双眼鏡越しに遠くを眺めて言う。
「敵の影は見えない。が、規模は半端なさそうだね」
「……どうする?」
「撤収だね。怪物には100mの壁が存在しないって説もあるし、こっちを目視された瞬間どうしようもなくなる可能性もあるし」
「そいつはちょっと怖気過ぎじゃねえか?」
 リザードマンの言葉に双眼鏡を持つ獣人が鼻がしらに皺を寄せる。
「普段ならそこまで警戒はせん。が、下手をすれば数百の怪物に囲まれる可能性もあるんだ。臆病なくらいで丁度いい」
 衛星都市の間近ならばまだしもここは衛星都市から20キロ程度離れている。こんなところで囲まれたら、脱出を試みている間に増援に押しつぶされるだろう。
 六キロと言えば地平線の向こう。かなりの距離があると言えるが、飛竜や風霊、一部の幻獣はあっという間に踏破する可能性もある。獣人の意見は決して腰の引けた判断とは言い難かった。
「……私も賛成」
 アインの言葉に頷くのを見て、リザードマンはバツが悪そうに尾をくゆらす。
「……本当は敵の映像を撮っておきたかったけど」
「足の速いのが先に来るんだから結局映せて小規模だろうに。空からってのも安全じゃないからな」
「……それもそう」
 レーダーや電子望遠鏡、遠視の魔術などはいずれも100mの壁に阻害される。故に敵の映像を撮るためには最低でも4km以内に近づく必要がある。無論巨人種などであればもう少し離れることができるが、大差は無い。
「せめて傾向は掴みたかった」
「威力偵察するならもう少し衛星都市に近いところじゃねえとな」
 とはいえ、とアインはもうもうと上がる土煙を見据える。
「……」
 何かとてつもなく嫌な予感がする。
 通常であれば、そう、足の速い連中の1つや2つと遭遇戦を繰り広げてもおかしくないのではないだろうか?
 無論自分達がたまたま遭遇しなかっただけと言う可能性もあるのだが。

 大襲撃は確かに来る。
 だが、今度は一体何が起こるのだろうか。
 その疑問の解はまだ彼女にもない。

◇◆◇◆◇◆◇

 待ち合わせの時間まであと少々。
 今まで回った2カ所について、彼女は思いを馳せていた。
 列車砲については管理組合の管理下の元に運用するとの事だった。どちらかと言うとあれを出している間は線路を封鎖してしまう。優先防衛拠点とした衛星都市への物資運送を妨げることにもなりかねないため、暫くは使われないだろうとの事だった。
 また次に訪れたドゥゲストの店。そこで気化爆弾の事を切りだした所「わしは駆動機屋だ!」と怒鳴られてしまった。前回列車砲に携わったのはあくまで『列車』の部分があったからで、言われて見ればその通りである。
「よう。張り切っているようだな」
 筋肉が近づいて来る。
 スキンヘッドにてかてかの薄く焼けた肌。張り付いたような笑顔に白い歯。
 ヒャッハーズのリーダーはその巨躯がまるで幻であるかのように鈍重さを見せることなくクセニアへ近づく。
「こんな大戦、滅多に無いからな」
「まぁ、気持ちは分からんではないがな。だが、戦場規模がでかくなればでかくなるほど、個人がやることなんて小さくなるもんだ」
 豪快な体とは裏腹に、極めて冷静沈着な言葉を放ちながら、カフェテリアの店員にプロテインを注文する。置いてあるのかプロテイン。
「分かっているさ。オーソドックスに遠距離攻撃で削っていく。それが基本戦術だろ?」
「そうなる。近付きでもすればあっという間に囲まれているからな」
「でもよ。色々やれることはあると思うんだよ。前はクラスター爆弾使おうぜ!って提案したら却下されたけど」
「不発弾頭が残って、探索者が踏んだ日には目もあてられんからな」
「埋め尽くすほどの敵が来るんだから、杞憂過ぎると思うんだがなぁ」
「『大襲撃』や『再来』の時なら賛同は得られただろう。が、防衛網に一定以上の能力を得られた今、管理組合としても手段を選ぶ必要が出て来ているということだ。選ぶ贅沢があるともいえるな」
「政治屋の考えだな。なんともまぁ」
「管理組合は元より平和組織だ。まぁ、一番の軍事組織である事も事実ではあるがな」
 なにしろ最初の大襲撃を退けた『救世主』の全てを有し、その時に名を馳せた者達を多く抱えている。それは個人の才能だけでなく「長くこの世界に居る者」を多く抱えていると言う事でもあった。
「で、話はなんだ?」
「共闘だよ。火力についちゃあんたらは際立ってるからな」
「また人集めか? 前に吸血鬼を追いまわした時に随分とやらかしたと聞いたが?」
「モノが分かるヤツらとは仲良くしてるんだぜ?
 口が悪いのは頭の弱い連中だけさ」
「俺達もどちらかと言えば頭の悪い方なんだがな」
 リーダーの言葉にクセニアは小さく笑う。
「謙遜にも程がある」
「馬鹿には馬鹿の理屈があるのさ」
「体育会系ってやつかい?」
「契約と金のスマートな仕組みを否定するつもりは無い」
 テーブルに置かれたプロテインのジョッキを手に男は言う。
「だが、俺は同じ釜の飯を食う者を第一に考える」
 かなりの量のそれを一息に飲み干し、男はクセニアを見据えた。
「仲間と認めた者と笑い、その者のために戦い、その者と命を張る。
 最後の一瞬まで後悔せぬようにな」
 ぐいと口元をぬぐい、無駄に白い歯を見せて男は言い放ち、席を立つ。
「理解できぬでも良いし、もしそうならば理解しないままの方が良い」
「そいつは皮肉かい?」
「いいや、違う」
 少々むっとした声音に、男はまっすぐに答える。
「それを分からぬ者が理解する時が来るとするならば、それはその者と、その者が大切と思った者に不幸があるという事だからな」
 スマート(知的)な考えからは遠く離れ、ただまっすぐに仲間と行く者達の言葉にクセニアは浮かびそうになった表情を殺し、どうしたものかと思案にふけるのだった。

◇◆◇◆◇◆

「最近大事があると顔を見せるな。ぬしは」
「それだけ買っていると言う事だ」
 その気になれば手のひらに乗せられそうなほど小柄な少女を前にして、ザザは南砦の防壁に背を預ける。
「あんたの判断は大凡正しいからな」
「管理組合にはもっと頭の良い連中が集まっておるよ。
 小娘に何を期待しておるか」
「敵の動きに変化は?」
 嘆息交じりの言葉を流して問えば、少女はジト目でザザを睨み上げ
「ない」
 と、短く応じた。
 最早誰も疑問に思わないターミナルの日常ではあるのだが、クロスロードには怪物が接近してくる。恐らくは扉の塔を目指していると推測されているそれを迎撃するためにクロスロードの四方には東西南北の名を冠した出城があり、そこには遊撃部隊が常駐している。
 それ以外にも管理組合は巡回防衛の依頼を常に出しており、近付いて来る怪物たちを対峙していると言う事を知らぬ者はクロスロードにまず居ないだろう。
 そして大襲撃とはつまるところそれの超拡大版である。
「いつもであれば密度も数も増えるんじゃがな」
「……増えていない、か。何故かわかるか?」
「前回も同じじゃったがな」
「前回っていうと……サンロードリバーがせき止められた時か?」
「あの時は大襲撃の軍勢が東に迂回したためにこちらへ漏れ来る者が少なかった。というのが管理組合の分析じゃったな」
「また水位が下がってるって事は?」
「ないの。あったら管理組合がとっとと手を打っておるじゃろうし、聞けば東砦は早々に上流の調査に動いていると聞く」
「……やはり、敵は知性を持って動いていると思うか?」
「考慮せぬわけには行くまいな」
 怪物は会話も出来ぬ知性無き者、というのが以前の通説だった。
 捉えてもあらゆる手段を講じても意志疎通ができない。かろうじて喜怒哀楽はわかるが、まるで目の前の存在が揺らぐかのように深くその意志を読み取ることができないのである。
 これは100mの壁の亜種か、或いは来訪者に等しく与えられる共通言語の加護の反対ではないかと考えられている。
 つまり怪物とはいかなる手段を以てしても意志疎通は不可能であるという何かしらの世界原理だと。
「最早怪物は知性なく襲ってくるだけの有象無象ではない。途方も無い数の化け物が戦略を持つとなればわしらは途端に不利に陥る」
「……あれだけ防備を固めてもか?」
「大襲撃に限って言えば、怪物どもはただ北を目指して進軍する。恐らく今までの大襲撃はその30%程度の敵しかわしらは交戦しておらん」
「……あれで、か?」
「うむ。こちらを目視できんくらいに離れた怪物はおおよそまっすぐ北へ向かう。事実大襲撃の時も再来の時も、かなりの数の怪物がサンロードリバーに流れて来ていると聞く」
「……じゃあ実質百万を越えるってのか?」
「仮に、それが襲いかかってきたとすれば。
 しかも戦術を有するとするならば。安易な戦いになるとは決して言えぬ」
「そいつは管理組合は認識しているのか?」
「無論じゃろ? だが、あれは災害じゃ。台風や地震と同じで可能な限り備えた後は後手に回る他無い」
「……」
「斥候が指揮官でも見つければ戦手も打てようがの。
 そんな簡単な話ではあるまい」
 少女は言い放ち、南砦に掲げられた時計を見遣る。
「あんたは相変わらず南砦に居るのかい?」
「そのつもりじゃよ」
「そうか」
 来訪者側の戦力は間違いなく増大している。
 だが、ここ二回の被害の少なさに慢心が全くないとも言えない。
「何かが起きる気がするな」
「死にたくなければクロスロードに居るのが一番じゃろうて。
 なにしろ身分を明かした救世主殿がおるんじゃから」
 少女は自分の言葉に肩を竦め、飛竜から声を掛けてくる彼女の相棒へと視線を向けた。
「邪魔したな」
「うむ。情報の礼は騒ぎが終わってからの」
 生き残れと言っているのか、要らんフラグを立てられたのか。
 ザザは妙な「お約束」が咄嗟に脳裏に浮かぶことそれ自体に珍しく苦笑をし、自分が次に行うべき行動を思考した。

 *-*-*-*-*-*-
 というわけで大襲撃です!
 ヒャッハーズのリーダーさんが言っておりましたが、大襲撃のさなかでは個人の行動は些細なことです。
 が、皆さんの行動は全体の傾向に反映されます。
 例えば全員が衛星都市でアクションをした場合、他の来訪者もその戦力の大半を衛星都市に移してしまうという状況が発生するのです。
 この傾向次第では……うひひ。
 ともあれ、皆さま。次のリアクションを宜しくお願いします。
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