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【inv32】『フォールンナイトメア』
『フォールンナイトメア』
(2014/02/27)
「……超落ち付くっスねぇ……」
 町に染み付いているのは機械油の香りだった。
そこらの露店ではその半分以上が機械部品や武器が並べている。町のいたるところにある工房では巨大な鉄板がクレーンで運ばれ、職人たちが怒号を飛ばしている姿を見る事ができた。
 トーマは一人とある世界に来ていた。ユイの居た世界でありながらも違う、リセットされた後も同じ歴史を繰り返し、存在する世界だった。
────ただ、エスディオーネの言葉が正しければ、この世界にはユイの存在は無く、どうやってもユグドシラルは生まれないのだろう。
「でかい工房にでも行くべきっスかねぇ」
 一人そんな事を呟きつつ、大きめの工場を覗きこむ。そこには6〜7m程の人型機械が数台、メンテを受けていた。
「……」
 その光景をマジマジと見て、それからトーマは盛大にため息を吐いた。
「このレベルっスか……? こんなんじゃ機動性もたかが知れてるっスよ」
「おう、嬢ちゃん。でかい口叩くじゃねえか」
 ぬと現れた影。振り返ればスパナを持ったごつい親父がトーマを見降ろしていた。
「喧嘩でも売りに来たのか? ああ?」
「そんなつもりは無いっスよ。でもあの機構だと足首への負担が大きすぎるっス。まともな立ち回りなんてできないっスよ」
「ああ? 何言ってんだ? 当然だろうが」
 訝しげな顔をする男にトーマは眉根を寄せ返す。
「あれは中量級砲撃支援型だ。膝をついて、砲撃姿勢で射撃するに決まってるだろうが」
「そんな無駄な動作を前提にしてるっスか?」
「無駄だと?」
「無駄っスよ。相手が旋回移動したら追えないじゃないっスか」
「そうさせねえために前衛の小型近接機と組むんじゃねえか」
 男の主張から言えば役割分担が出来ているとも言うべきか。
「そもてめぇは何処の人間だ。少しは機械齧ってるんだろうがよ、王都から島流しにでもされたか」
「少しはとは失礼な!」
「砂の事も考えない時点で素人よりタチが悪いんだよ!」
 『砂』というワードにトーマは眉根を寄せ、それから通路に風吹けば舞う砂埃を、遥かかなたまで砂塵ですすけて見える空を見た。
「……なるほどっス。駆動部を極力減らしたいって設計っスか」
「何を当たり前のことを言ってやがる」
 そう、それがこの世界の当たり前。この星の大部分は砂に覆われ、限られた水源に齧りつくように町がある。
「乾ききってる事を除けば、ホント、ターミナルに似てるっスね」
「ターミナル? 聞いた事ねえ町の名前だな」
「いや、悪かったっス。確かに考えが浅かったっス」
「……なんでぇ。素直じゃねえか」
 職人気質なのだろう。素直に謝罪すれば途端に怒気を収めた。
「ついでで悪いっスけど、タイタンってロボットを見たいっスけど、この町にあるっスか?」
「タイタンだ? あんなの持ってるのは、ごく一部の金持ちか、軍だよ。こんな町にあるもんか」
「知ってはいるっスね。じゃあ、その動力なら手に入らないっスかねぇ」
「本気で言ってるのか?」
 男は怒気よりも呆れを全面に出して腕組をする。
「それに用があってここまで来たっス」
「だったら王都に行けよ。まぁ、行った所で手に入るとも思えんが」
「どういう事っスか?」
どんどん疑わしげな表情になる職人。だがトーマはいつも通りの空気を読まない感じで問いを重ねる。
「テメェは常識ってもんがまるで無いようだな。
コアは機獣(キジュウ)から得るんだ。
タイタンを動かすようなシロモンはSクラスの化け物を動力が無事なままに倒して初めて手に入るんだよ。ンなのを手に入れられるのはランカークラスの傭兵か、軍くらいなもんだ」
 この世界の常識中の常識。それを知らないトーマにいよいよ不審な目を向ける。
「買おうとするとどれくらい掛かるっスか?」
「知るか」
 つまりそんなレベルのシロモノだと言う事だ。
「でも、ユイっちはそれを改造したって言ってたっスから……実は大金持ち?」
「違うわよ?」
 突然の声に振り返れば
「ゆ、ユイ!?」
「ふぅん。やっぱりユイの事知ってるのね」
「それがどう……」
 どうかしている。なぜならこの世界の人間はユイ・レータムという存在を知っているはずが無いのだから。
 そこに気付いたトーマにユイにそっくりな少女は笑顔を向ける。
「あんた、何者っスか?」
「ふふ。で、これが欲しいんじゃないの?」
 トーマの問いを無視して少女が見せたのは赤い光をゆっくりと明滅させるハンドボールサイズの石だった。
「……それが、コアってヤツっスか?」
「それもSクラス機獣のね」
 そんな物を都合よく、この場に持ちだすユイそっくりの少女に不信感を抱かない方がおかしい。
「あんた、ユイなんすか?」
「違うわ。でも……まぁ、親戚みたいなものね」
「おかしいっスよ。この世界にユイは現れていないはずっス!」
 その言葉に少女は微笑み、それからその石をあっさりとトーマに投げてよこした。
「っとっと?!」
「YI-003に伝えなさい。
 『私達は刻み付けてる』って」
 すっと横を通り過ぎる少女。振り返ろうとして、トーマは足が全く動かないことに気付く。
「これは……!?」
 はっとして、少女が現れるまで話していた男が静かすぎることに気付き視線を上げると、男もまるで立ったまま時を止められたかのように固まっていた。
「マヒ、みたいなもんスか?」
 腰から下の感覚が無い。まるで消えうせたようなそれが不意に無くなり、トーマは危うくつんのめりそうになった。
「戻った?」
「なんでぇ。それ……わぁ!?!?」
 同じく戻ったらしい男がトーマの手にした物を見て目を丸くする。
「お、おめぇ、それ……!」
「し、失礼するっス!」
 値のつけられない程のシロモノをか弱い女の子が堂々と持っていられる程この町の治安は良くはあるまい。
 トーマは様々な疑問を脳裏に掛け巡らせながらも『扉』へと走るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「あと少しだ! 死ぬ気で振りきれ!!!」
 誰かの、何度目かも知れない励ましの号が響く。
 数百からなる怪物が悪夢のように列車に追いすがってくる。それを乗客たちはあらゆる手段を持って迎撃し続けていた。
 武装列車は各都市間を大凡一時間で結ぶ。速度を落としていないのだから長くとも数十分の戦いのはずだが、もう何日もこうしているような錯覚を誰もが覚えていた。
「もっと持久力があると思ったんだがなぁ」
 軽口を叩きつつも桜は震える足に活を入れ、刀を握り直して鬼火のようなそれを撃ちはなつと、空から突撃を仕掛けてくる巨大蜂を撃墜する。
「くっそ、揺らしたら腹がたぷんたぷん鳴りそうだぜ!」
 もはやポーションを何本飲んだかもわからない。まだ体は動く。しかしランナーズハイに達した体はどこかふわふわしていて、まるで夢の中でのたうっているかのように実感が無い。それは彼の実力が及ばないから、というわけではない。すでにへたり込んで、戦況を見守るしかできない者も居た。
 一寸先は闇という戦場において、何かが切れてしまうと途端に足腰が立たなくなるものだ。それでも何とかしようともがき、それでも立つことがままならない者達が迫りくる敵を睨みつける。
「来たっ!!」
 誰かの声。そしてそれは敵を指しての事では無かった。
『GYAGUBUUUU!?』
間近まで迫っていたキマイラが上からの圧に引きつぶされ地面に血肉をまき散らす。
「大迷宮都市からの砲撃だ! 防衛圏内に入ったぜ!!」
 それを皮切り雨あられと降り注いだ砲弾が次々と追いすがる怪物を貫き轢き潰す光景が広がるのを見た桜は、自分の意志を待たずしてどかりと腰を落とした。
「まだ気を抜くな。武装列車は大迷宮都市内には入らん。迎撃態勢を維持しろ!」
 そうは言われてもがくがくと震える足に力が入らん。線が切れたと桜は苦笑いを洩らす。
「まだ体は元気なんだがなぁ」
「気力ってもんはまた別のパラメータだ。今は倒れてろ」
 近くに居た老人がニヤリと笑って仁王立ちする。
「大迷宮都市の防衛圏内に入った以上、百程度の怪物じゃこちらをどうともできん」
「うっわ、フラグ臭っ」
「そんなつもりはないのじゃがな」
 まだ充分に軽口を叩ける桜に老人も笑い、それから迫る鳥型の怪物を杖で叩き伏せ羽毛を散らさせた。
「おい、大迷宮都市駅には止まるのか!?」
「多分大丈夫だ。迎撃部隊が出てくるらしい」
 そのやり取りを聞いてなお一層の安堵が広がる。
「ったく、たった数百匹でこのありさまかよ。気が遠くなりそうだねぇ」
 大襲撃の総数は下手をすると十万を超すと言う。
 遥かかなたとなってしまった衛星都市は今どうなっているのだろうか。
 知るすべのないまま桜はやけに蒼い空を見上げるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 生まれて初めての経験かもしれない。
「いえ、まぁ、一度死んでますけど」
 自分の感想に自分で突っ込みを入れるが誰も聞いては居ない。
 というか、聞こえない。なぜなら構えたガトリングガンが休むことなく弾と爆音を吐き出し続けているからだ。
 釣瓶打ちと言うべきか、いや、そんな言葉では生ぬるい砲火の雨。その一端を担いながらルベニアはこの銃が昨日までに吐き出した弾丸の数を今日だけで軽く越してしまったのではないかと人ごとのように思う。
 目の前は敵しか居ない。地面すらもそろそろ見えなくなってきた。
 撃てば当たる。目を閉じてもきっと外す事は無いだろう。そんな光景が目の前にある。
「撃て! 近づけさせるな! 壁際で死ねば道になるぞ!!」
 かろうじて耳に届いた怒鳴り声は正に真理だろう。死体は後続にすりつぶされ、それでも積もっていく。目の前に広がる怪物の山が死体になった時、どれだけの肉片が山となるのだろうか。
「そろそろ危ない」
 ふと、真横で声がしてルベニアは我に返る。
「砲身、赤い」
 確かに重厚な黒いボディに赤味が走り、冬の空気に湯気を立てている。このまま撃ち続ければ銃身の歪みを誘発するかもしれない所まで来ていた。
「御親切にどうも」
「……うん。
 ……?」
「どうかしました?」
 表情の薄い少女がどこか訝しげに自分を見るのでそう問うと。
「……クセニアに似てる?」
 という疑問符が投げかけられた。
「あら、姉を知っているのですか?」
 双子の姉の名前が出て来てルベニアが目を丸くすると、声を掛けた女性───アインも「なるほど」と納得したかのように頷いた。
「クセニアは?」
「姉は今回、謹慎しているとかそんな事を言っていましたけど。裏でこっそり何かをしていると思います」
「そう」
「で、そちらは何をしているのですか?」
 ルベニアの視線はアインの後ろ、壁に乗り、レンズの組み合わせ出てきた単純な双眼鏡を手に周囲を見渡している男へ向けられていた。
「不審な敵探し。今回の動きはやっぱり変」
「あー、そう言えば線路が襲われたそうですね」
「救援に行きたかったけど、無理だった」
「そりゃそうですよ。そこらの駆動機なんて集団に襲われたら一瞬ですから」
 双眼鏡を外して応じるヨンにアインはジト目を向けて
「無理やり威力偵察に出ようとした人の言葉とは思えない」と言い放つと、ヨンはそっと目線を逸らした。
「と、とにかく衛星都市の堅持って事になったんですから、前衛職としては今のうちに可能な限りの情報収集をするべきですよ!」
「話題逸らした……」
 やれやれとアインは表情を動かさずに肩を竦める。
「でも行動がおかしいのは事実。解明は急務」
 そうとだけ言って周囲に視線を走らせる。
「でも、地面を覆い尽くすような怪物からそんなの見つかるのでしょうか?」
 その上雨あられと攻撃が飛んでいるのだ。まともな視界さえも確保するのに精いっぱいである。
「攻めて来ている以上、動かないのが居れば分かりやすいのですが」
 だが、彼の言う通り動かない敵がいたとして、このひき肉工場のレベルを最大にしたような悪夢の光景でどう見つけられようか。それに「居る」と確定しているならばまだ救いもあるだろうが、確証は無いのだ。
「壁を登ってくるのも居ますからね。そういうのを迎撃しながら地道にやりますよ」
 どうせもう町から出る事も叶わないのだから。
 その言葉を飲み込み、ヨンは周囲を見渡す。
 予想以上に敵の猛攻は衛星都市を追いこんでいる。そんな感想は今は捨てておくのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「アルカさんは衛星都市に出ています」
 ルティアの言葉にザザは眉根を寄せる。
「戻っていないのか?」
「はい。元よりこの大襲撃の間は衛星都市を担当しますので」
「……そうか。
 じゃああんたは『猫』の事について、どれくらい知っているんだ?」
 ザザの問いにルティアはしばし沈黙し
「正直良く分かっていません。我々が当初警戒していた相手とも違いますから」
 と、応じた。
「当初?」
 意味ありげな言葉に問いを向けるが、翼の女性は小さくかぶりをふる。
「それについては、今はお答えできません。
 ただ言える事とすると『猫』……アルルムさんはこの世界のルールを逸脱した存在だと思われます」
「ダイアクトーのような、か?」
「種類は違いますが、意味は同じです。
 この世界が定める来訪者のルール。それをあの人は何らかの方法で逸脱し、存在しています」
「……それはあんたらもそうじゃないのか?」
 ザザの問いにルティアは迷うそぶりも無く頷く。
「はい。ただ我々は来訪者のルールからは逸脱していますが、この世界のルールは逸脱していません。なぜなら我々の『特別』はこの世界の管理者に付与された物だからです」
「この世界の、管理者? この世界の神って事か?」
 初耳の情報に眉根を跳ねあげる。
「詳細は何とも、ただ意志ある何かが『開かれた日』の前に我々をこの世界に招き、特別な役目を与えた事は事実です」
「そいつは?」
「公開できません」
 その公開できないという基準は何なのだろうか。ザザは思考を巡らすが答えには至らず頭を切り替える。
「あれが今クロスロードに現れたら対処できるのか?」
「……断定はできませんが不可能ではないでしょう」
「随分と危うい回答だな」
「我々は与えられた『特別』を今は保持していませんので」
 さらりと放たれた言葉はかなり重い。そして深い。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味です。我々はこの世界のルールに基づく『最古参故の力』はありますが、あくまでそこまでの存在です」
「そいつは……ダイアクトーの本気の方が怖い、って事か?」
 未だに見せた事のないダイアクトーの本気を指して問うが、「何とも言えません」という、またも要領を得ない回答だけが返された。
「私達とて『来訪者』……知らない事の方が多いのです」
 申し訳ないとばかりの、嘘偽りを感じさせない静謐な声音にザザは押し黙る。
「ともあれザザさんの懸念は分かりました。それ故に貴方には期待しています」
「俺に、か?」
「貴方は既にクロスロードでも有数の実力者です」
 この町の最高峰の一角にそう言われて悪い気はしないが、嬉しいという感情からは酷く遠い。それはきっと自分が知る限りでも『上』が幾人も居るからだろう。
「我々も有事には備えています。だがそれではきっと足りないのでしょう」
「足りない、か」
「はい。だから、その時はよろしくお願いします」
 この町の実質的な最高権力者の一人が躊躇なく、何の計算も無く、ただこの町の安寧を願い、希う様を見せつけられてザザは「分かった」とだけ応じた。
 どうにせよ、自分は戦うためにここに居る。それに代わりは無いと内心で呟いて。

*-*-*-*--*--*--*--*--*--*--*--*-

 というわけで衛星都市はこのまま放置しているとどうなるかわかったものじゃありませんね☆
 大迷宮都市にも大襲撃の一端を補足したという情報があります。
 さて、この戦いの行方は如何に。
 リアクションを宜しくお願いします。
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