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【inv32】『フォールンナイトメア』
『フォールンナイトメア』
(2014/03/15)
 頭がおかしくなりそうだという呟きは、いつ聞いたか。
「ほんと、きりがない」
 ルベニアは弾丸を吐き出し続ける銃を適当に扱いながら、周囲を見渡す。
 変わらない───数時間前と余りにも、変わらない光景がそこにある。
 或いは神々であれば、永劫同じ相手と戦うという馬鹿げた事もあるのだろうが、神ならざる身にとって『同じ』状態が続き過ぎるというのは毒である。筋肉は凝り固まり、思考は単純化され、音は遠くなり、まるで目の前の光景がスクリーンの向こうの映像のような錯覚を覚えるのだ。
 生きたまま死んでいくような奇怪な感覚。幽霊という立場のルベニアは他者よりは幾分その傾向からは遠いがために一人冷静にその状態を危険と感じる。
 本当に何事も無く、このままの光景が最後まで続くのであればそれでも良いだろう。だが、もし何か特異な不意打ちでも起きれば、錆付き凍った精神では対処はままならないだろう。
 そんな懸念を胸にさらに視線を巡らせると、なにやら小さな銅鑼を持った数名が壁の方に近づいて来るのが見えた。彼らは銃座や壁の上に行くが誰も気にしない。それをしり目に銅鑼が盛大に音を響かせる。

「うぉっ!?」
「なぁっ!?」

 いたるところで居眠りを邪魔されたかのような驚きの声が上がり、怪物への弾幕が薄れる。まさにルベニアが懸念した現象が起きていた。
 幸いなのは、同じ危惧を踏まえて致命傷になる前にそれを自主的に起こした、という点に尽きる。
「交代の時間です! 交代要員が来次第、休憩に移ってください!」
「防衛設備に異常を発見した人はすぐに連絡を!」
 中には怒る者も居たが、続くその言葉にキョトンとし、それから身に襲いかかる疲れによろめいた。中にはまるで腰が抜けたかのように立てなくなる者も居て、そういう人を管理組合の制服を着た者達が手際よく運んでいく。
「お姉さんも休憩どうぞ」
 数名の妖精が近くを飛び、そんな声を掛けてくる。
「ええ。ありがと。そう言えば銃に冷却魔法とか掛けてくれる人、心当たりない?」
「指定休憩所で整備や補給が出来るようになっていますので、そこで相談してみては?」
「至れり尽くせりね」
「それくらいして貰わないとやってられないのです」
 右を見ても左を見ても怪物の海。ここは非常識な地獄なのだ。
「その通りだわ。ありがとう。頑張ってね」
「頑張り過ぎないのがコツなのです」
 妖精らしい言葉にルベニアは微笑みを返し、指定休憩所へと向かう。
 中央のオアシス。その周囲に数多のテントやテーブルが並び、ところどころに山積みの備品が見える。食糧を配給する者も居れば、鍛冶のハンマーを高く掲げる者も居た。
 弾丸類は防壁へ運ばれるため補充は必要ない。目的は撃ち過ぎた銃のバレル確認と、できれば冷却効果のあるエンチャントをしてもらう事だ。
「あら?」
 鍛冶屋が居並ぶ場所へ向かおうとする彼女は物資の山の間を何かを探すように歩く黒の少女の姿を見咎める。
「何をしているの?」
「異常点検」
 特に驚く様子も無く返された言葉にルベニアは首をかしげる。
「敵はまだ壁の外よ?」
「そうとも限らない」
「スパイでも居るって言うの?」
「そんな生易しい物だったら、苦労はしない」
 物騒な返事にいくつかの噂を思い出す。
「猫、とか言うヤツ?」
「そう」
 とりわけめんどくさいのがその「猫」と呼ばれる問題の種が、管理組合のトップの一人、アルカと瓜二つであるという点である。
「というか、どうして瓜二つなわけ? 双子とか?」
「知らない。けど……」
 気にならないわけではないが、そもこの世界で個人の素性を推し量るのは非常に難しい。なにしろ世界と言うのは数多あり、場合によっては『類似世界』と呼ばれる、間違い探しのような『ごくわずかな違いしかない2つの世界』も存在する。ただ、その二つの世界から類似する──ドッペルゲンガーのような者が来る例はない。早い者勝ちなのか、他に理由があるかは不明だが類似する存在はこの世界に入れないらしいのだ。分かりやすい例は地球世界の神々で、地球世界は万単位で接続が確認されているが、同名の神族が二人このターミナルで確認された事は無い。例外としてはシヴァとナタラージャのように神の側面、別の姿とされる存在については別個の存在として扱われるようだ。
「で、何か異常はあったの?」
「……ない。良い事だけど」
 アインは興が削がれたとばかりに捜索をやめ、空を見上げる。
「……」
「どうかした?」
 何故か凍りついたように空を凝視するアインを不思議に思い、視線を追えば
「……は?」
 空から竜がにじみ出てくる様を目撃してしまった。
「え? 何、転移!? でも100mの壁があるんじゃ……!」
「……ないかもしれない」
「え?」
 アインの言葉はこの世界の常識を否定する。ここに来て浅いルベニアだが、100mの壁の厄介さはとっくに理解していた。
「怪物には、それが無い可能性がある」
「どういう事?」
「さっき、怪物の様子を確認してた時に、周囲に指揮個体が無くても作戦行動と思われる動きをする集団を見た」
「音とか鳴き声とかじゃないの?」
「分からない。確証は無かった」
 話している間にもそれはまるで空から湧き出たかのように実体を伴って行く。そのサイズは古竜級。十メートルは軽く超える巨体で、気付いた幾人かが攻撃を仕掛けるも、痛痒を与えているとは思えない。
「あれ……確か……『空帝の先駆け』って言われてるヤツ……?」
「そんな事よりも、あれが暴れても、タダ落ちて来ても大問題だわ!」
 咄嗟に銃口を向けたルベニアがその動きを凝固させる。
「……は?」
 1体では無い。
 2体、3体と竜が空から滲みだす。
「ウソでしょ。あんなデカブツがたくさん……?」
 遅ればせながら響き渡る非常警戒音を背に、幽霊の少女は青白い顔を更に蒼くするのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 その光景は衛星都市に限ったものでは無かった。

「マジかよ……」
 何かあると踏んでクロスロードに残っていたザザは、町の上空ににじみ出る竜の姿を見ていた。
 しかも軽く30は越えている。
「なんだよあれは……!」
 非常警戒音が鳴り響く中、ザザの元には幾人かの来訪者が集まってくる。
「飛行能力持ちで迎撃をしますか?」
「いや、今飛べば射撃攻撃を阻害することになる。一旦様子見だ。
降下する者があれば叩く」
「っていうか、敵なんすかね、あれ。竜族のいたずらって事はないっす?」
 獣人が訝しげに言うが、それが纏う禍々しさを見れば否定の言葉しか浮かばない。あれは間違いなく災いだ。
『管理組合よりお知らせします。
 クロスロード上空に発生した竜『空帝の先駆け』への迎撃行動を行います。
飛行にはご注意ください」
 その単語には聞き覚えがあった。確かかつての大襲撃で現れ、大迷宮都市にあるロボットの砲撃でようやく撃墜した敵だ。
 宣言通りに防衛設備からの攻撃が始まるが────
「生半可な銃や弓じゃかすり傷も付かんか……」
「あれ、少なく見積もってもエルダー(古竜)級ですね」
 雪女が目を細め呟けば、誰しもが不安に視線を交わし合う。
「エルダー級ともなれば、鱗を抜くのにも一苦労だぜ。あれをどうこうできるのって名の知れた連中位じゃねえのか……?」
「しかも町の真上だぜ……」
 今のところ『空帝の先駆け』はクロスロード上空に停滞しているが、それに向かって放たれたであろう攻撃が届かず、町に降り注ぐさまが見てとれた。
「一旦中央部に向かうぞ。集団行動を取らんと自滅しかねん」
 流石にこの事態とあっては勝手な行動は自傷行為になりかねない。決断したザザに従い一行が動きだそうとしたところで異変は起こった。
『管理……よ……』 
放送の異常。そう言えば管理組合は100mの壁のある世界でどうやって町の中全体にある放送設備から音を流せるのか。
そんな疑問も湧いては消える中、ザザはそれが放送の異常で無い事を悟る。
「いや、放送でなく音が……」
「あれ?」
 ザザの声を遮って、訝しげな声ひとつ
「後ろが……いや、それだけじゃ……」
 風では無い。なにか圧のような物を感じた瞬間、ザザは天も地も分からぬ場所に居た。
「なっ!?」
 目が聞こえない。耳が臭いを嗅げない。何を言っているのだ? 言う? 足が言葉を発し、腹が思考する。
 衝撃。
 空にある地面が笑い、壁が踊って光が香る。
 赤は痛く、@はryで、qutはbyuytで%%‘は

「しっかりせぬか」
 風の音。衝撃で周囲の霧が薙ぎ払われ、ザザは己が倒れている事をようやく理解する。
「な、何が起きた!?」
 薄く白い周囲。それに触れた瞬間に先ほどの理解しがたい状態に陥ったと悟る。それを打ち払った主は身にまとう装飾過多な衣服の裾を風に暴れさせながらザザを見降ろす。
「あの霧が原因か!?」
「そんな事よりそこらに逃げ込むぞ」
 行動が決まれば動きは早い。ザザは手近な数人を持ちあげると少女が切り開いた道を疾走。近くの店に飛び込み戸を閉める。
 他の仲間も助けるべきであろうが、少しでも迷えば先ほどの状況に逆戻りし、今度は抜け出せるかもわからない。
「何が起きてやがる……!?」
 幸いクロスロードの家屋は先の常識外れの大雪でも水漏れ一つしなかった作りになっている。あの霧もどうやら防げるようだ。
「奇襲どころの騒ぎじゃないぞこれは……!」
 ザザは歯噛みして言葉を漏らす。こんな状況であの竜が暴れたら対処のしようも無い。
「一体何が起きている? そもあの竜はどうやってここに現れた!?
 あの霧は竜の仕業なのか?」
 問いを重ねても解に至る材料が足りない。
「あんた、何か分からないのか?」
「わしは触れておらぬからな。ぬしの方が分かるのではないかえ?」
 焦りの一端も見せぬ少女の言葉にザザは先ほどの状況を思い出そうとして顔をしかめた。普通じゃない。いや、正常と言う言葉をあざ笑うかのような混沌は記憶すらも家汚し、吐き気を催させるに充分だった。
「あの霧、吸えばああなるのか、触れただけでもダメなのか……」
 そもそもあの症状は何なのか。何をどう間違えば目や耳の機能を狂わせられるのか。
「……狂う?」
「なるほど『狂人』かえ」
 少女の言葉にザザはますます持って顔をしかめた。確かヨンが何かの折に口にしていた名だ。その詳細は一切分からない。
「知っているのか?」
「わしのおった世界で同じ忌名をもったのがおってな……ヨンが知っておったのもそのせいじゃろ」
「お前、ヨンと同じ世界出身だったか」
「まぁ、の」
「で、そいつはどんな奴なんだ?」
「その名の通りじゃ。まさに狂っておったと言われておる」
 少女の言はかつての人物を語る物であった。
「あれは魔術具を作る天才であった。しかしあれの何もかもが狂っていた。あれの作った道具に触れた者は誰しもがその狂気に当てられ、そしてその魔術具の絶大な力を以て、周囲を巻き込み、死をまき散らし続けた」
淡々と語られるが、思うにその被害は計り知れないものだったと容易に想像がついた。
「あれに殺された者よりあれが残した物に殺された者は圧倒的に多かろう。それこそ千で利かぬ程に」
「……この霧もそいつの仕業なのか?」
「確証は無い。わしが知るのは事件や事故の記録のみじゃからな。しかしあれそのものがこのようなことをできたという記録に覚えは無い」
「霧に触れない方法はあるか?」
「わし一人であれば、わしの飛行術は風を纏うからの」
 触れなければ何とかなるという予想は正しいのか。
「……気密服でも用意しろと言う事か」
「まぁ、恐らくは歩いて抜ける事も可能じゃよ」
 さらりと少女が放った言葉にザザは今日一番の訝しげな顔をする。
「簡単なことじゃ。狂ったならば狂った通りに合わせれば良い。手が足になったならば足を手の役に前に進めば良い。前が後ろになれば後ろを前にして進めば良い」
「言わんとするところは分かるが……無理だろ」
「なれば、霧をなんとか払う方法を考えるしかないのぅ」
 見た目10かそこらの少女の言こそ奇怪だとザザは口に出さず呟き、窓の外を見る。
 竜が落ちて来て暴れたら町は壊滅的な被害を受ける。なんとか現状を打破しなければ……

◆◇◆◇◆◇

「到着っス! って、起きるっスよ!」
 ガンガン揺らすが一向に起きそうにない。あろう事か前のめりに倒れて来て慌てて抱きとめると、緩い部屋着のような服の下から以外と豊満な胸の感触を察し、ポイ捨てしそうになる感傷と戦う。
武装列車はフル回転で運転中のため、もたもたしていたらクロスロードに引き戻されかねない。諦めて引きずり出そうとしたところで助けが入る。
「すみません」
 エスディオーネは慣れた手つきで抱きかかえると、すたすたと列車を降りてしまった。
「間もなく、クロスロードへ向けて発車いたします」
「わわわ!? 降りるっスよ!」
 かばんに入れた動力源を確かめ、彼女は列車を飛び出す。
「それで、ユイをここまで連れて来た理由は?」
「これっス」
 えへんと胸を張って、さっきのを思い出してもめげると負けなのでめげずに張り続けたままバッグを差し出す。
「これは……どこからこんなものを」
「ユイの世界っスよ。これで充分っスよね?」
 トーマの言葉にエスディオーネはしばし沈黙し
「充分ではありませんが不十分でもありません。今の状況よりかなりマシになるでしょう」と応じる。
「でもこれ、あの世界で一番の動力源って話っスよね!?」
「ユグドシラルはそれを5つ搭載していましたので。それとは別にフェンリルハウルにも」
「……これ、なんか入手条件滅茶苦茶難しいみたいなことを聞いたんスけど」
「でしょうね。でもユイはあの世界でトップランカーの一人でしたから」
 えええ!?と言う顔でだらしなく眠るユイを見る。
「無論一人で、と言うわけではありません。ユイは電子戦と開発が専門。優秀な前衛と射手が居たからこそです」
「その人達は?」
「残りました」
「どうして?」
「私にはわかりかねます。が、ユイはあの世界ではどうせ存在できませんでしたから」
 軍とも比肩される力を持つ仲間と分かれ世界すらも違う場所に居る。
 それは彼女にとってどういう事なのだろうか。
「って、そうだ。これをくれたのがユイの事知ってたっスけど?」
「……まさか」
「本当っスよ。ユイにそっくりな子だったっス。それが仲間ってヤツっスか?」
「ユイに……」
「るぅ」
 薄眼を開き、唇が名を紡ぐ。
「そう。ルゥが」
「やっと起きたっスか、鼻ちょうちん。仲間でなきゃ兄弟か何かっスか?」
「……うん」
 ユイの言葉にエスディオーネが何かを言いかけたが、主人がそう答えた以上何も言うまいと思ったのだろう。
「御主人、これはどうしますか?」
「フェンリルハウルに搭載する。そっちの方が必要だろうし」
 エスディオーネがゆっくりとユイを下ろすと、ユイはふらふらしながら無造作にトーマのバッグから赤く脈打つ石を取りだした。
「世界に刻んだ、って言ってたっスよ」
「そう」
「どういう意味っスか?」
「ルゥはグレムリンだから」
 グレムリンと言われて思い浮かぶのは機械を故障させる精霊だ。クロスロードにもいくらか住んでおり、たまに自分の邪魔をする。そういう性分だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、邪魔であることには変わりない。
「ユイも精霊系だったんスか?」
「職業の中の専科のようなものです」
「炎の魔術師をサラマンダーと呼んだりするようなあれっスか」
 エスディオーネの肯定を見て、それからグレムリンの意味するところを考える。
 そう、確か自分の足が動かなくなった。あのおっさんについては時間を止めたかのように凍りついていた。機械でなく人間を故障させる? いや違う。
「……もしかして、電気使い?」
「……その通りです」
 人の体は電気信号で動く。コンセントに電線突っ込んで感電すれば意識が合っても体への電気信号が阻害され、手を離したくても離せない状況になり、感電死するまでその状況が続いてしまう。
「じゃあユイは何っスか?」
「ブレインアクセラレータ」
「……」
 これは非常に分かりやすい。分かりやすい上で、
「無茶苦茶っスね」
 そう、言葉が漏れた。
「つまり何スか。自分の脳を自分の電流で加速させてるっスか?」
 その代償が脳の過剰な疲労による長い睡眠であると言うならばつじつまが合う。
「そんな事してたら死ぬっスよ」
「知ってる。でも私はそういうモノだから」
 ユグドシラルの滅茶苦茶な思考リンクの仕様は常人が脳を焼き切らせかねないほどの処理を前提にしているのだ。
 それでユイがルゥと呼んだ少女の事もなんとなく察しが付いた。ユイをYI-03という記号名で読んだ事も。
「……外部演算で負荷軽減できないっスか?」
「どうだろ」
「……ユイは今からフェンリルハウルの調整をするっスよね?」
「うん」
「……」
 早速と動き始めたユイの背を見てトーマは考える。
 とにかくまずは目標を達成した。
 では次にやる事は?
 自称天才は考える。己が為すべき事を

◆◇◆◇◆◇

「列車にバリアとか砲台とかつけて強行突破できねえかな」
「いや、あの列車最初っから砲台付いてるだろ? だから武装列車って言うんだし」
 つっこまれた桜は確かにそうだったと思いだす。どうも目の前の戦いに集中しすぎてイマイチ列車の記憶が薄れていたらしい。
 彼が居るのは大迷宮都市。彼が逃げ込んだ時に追い掛けて来ていた怪物は討伐され、ひと段落付いたところだ。
「だったら衛星都市の救援に行く事も可能か?」
「不可能とは言わねえけどなぁ……」
「いやいや無理でしょ。十重二十重に囲まれている上に列車は所詮列車。レールを塞がれたらどんなひどい脱線をするか分かった物じゃないわ」
 女エルフがあきれ顔で言うと、魔人族の男は「それもそうか」と腕組をする。
「ただ、囲いの外から支援砲撃をするのはアリだと思うわね。敵が列車の方に来たら逃げる感じで」
「だが初速に問題があるんじゃないのか? 速度が出る前に追いつかれたらコトだぞ?」
「そんなの救援に行くとすればどんな手段でも同じだわ」
「ここのラビリンス商業組合とやらに掛け合って高火力の兵器を詰んでもらうとか?」
 桜の言葉に二人は言葉を止め、ややあって「いや、無いな」と異口同音に結論付ける。
「なんでだ?」
「だって、ねぇ?」
「あいつらどこまでも拝金主義なんだよ。いくら大襲撃でも損得抜きで衛星都市の救援に手を出すとは思えねえな」
「でも怪物の死体って金になるんだろ? その辺り踏まえて手を出さないのかな?」
「それこそ無理に出て行かなくても相手から来る。つまりは無駄な労力って事だ」
「管理組合に恩を売るってのも変な話だしね。あっちはほぼボランティア組織みたいなものだから、そこに恩を売るなんてイメージ悪過ぎるし」
 色々難しいんだなぁと桜が眉根を寄せていると「ちょい、お前ら聞きや」と甲高い声を上げるモノがいた。
「ん? ……ダチョウ?」
 見れば確かにダチョウではあるのだが、
「あれはラビリンス商業組合の代表の1人だな」
「随分とせこいって噂のね」
「セコイと言うよりは守銭奴と聞いたがな」
「同じじゃないの?」
「出す金は渋らないって話だぜ?」
 エセ関西弁のダチョウが何やら自己紹介をしているのを半端に聞きつつ、二人の会話で大体を掴む。
「で、本題や。クロスロードが謎の霧に包まれて状況不明っちゅう報告が来た」
 その言葉に場は静まり返る。無理も無い。来訪者にとっての生命線はどう転んでもクロスロードである。そこと音信不通ということは命運を握られたにも等しい。
「空に、以前『空帝の先駆け』ちゅう呼称を発表しとった竜が観測されとる。
 あれが原因かは分からんがな」
「大迷宮都市はどうするんだ?」
 誰かの問いにダチョウはやや考えるそぶりを見せると「静観やな」と、残念そうに言い放つ。
「大迷宮都市は守りには秀でちょるが、攻勢には向かん。人数も半端や。ここで出て行っても囲まれて終わりっちゅう可能性の方が高い。クロスロードに入れんのやからな」
「だが、このままではじり貧じゃないか」
「せや。せやかて手が無い。手があるんならどんどん言ってき? ええ案は採用するで」
 そう言われて場が静まり返る。
「こっちも色々考えちょる。けどみんなで考えた方がええ。やけ、状況を伝えた。
 何でもいい。無茶でも良い。何か案があったら言ってき。うちからは以上や」
 ダチョウはひょいと羽を挙げてその場から立ち去った。
 周囲は今聞いた事、これからの事を話合うためにざわめき始める。
「武装列車で突撃しかけても町に入れないじゃなぁ……」
「風で吹き飛ばせる量、とも思えないな」
「そもそもクロスロードは何も抵抗をしていないのか?」
「いや、衛星都市の方だって放っておけば落ちかねないぞ?」
 そんなざわめきを耳にしながら桜は思う。
 恐らく『良案』が無ければ大迷宮都市は守りに徹するだろう。それはこの世界にある大凡1/3の戦力を無為に留めておくに等しい。
「案外商業組合の狙いはそこかもしれねえけど……不毛だよなぁ」
 周囲の話の通り、クロスロードが無ければ来訪者の明日は無い。遅かれ早かれ開放する必要があるのならば、まだクロスロードからの戦力が見込める時に動くべきだろう。
「さて、何か良い案は無いものかね」
 とにかく、そろそろこちらから攻めに出ないとなぶり殺しに合う。という危機感は既にあった。それをどっちに誘導すべきか。

◆◇◆◇◆◇

 ヨンは空を見上げぽかんとしていた。
「あちゃ……」
 隣に居たアルカの声。
「アルカさん?」
「うん。あれ、落とさないとね」
「いやいや。落とすったって……」
 相手が強大であるということ以上に空にある敵だ。格闘家の身である自身も然ることながら、直上にあれば多くの砲台はその銃口をそこまで向けられない。
 対空兵装は既に火を吹いているが、痛痒を与えているようには見えなかった。
「でも参ったねぇ……メインは大迷宮都市かクロスロードかぁ」
「メイン?」
「あれは余剰だろうね。多分あれの数倍の数がどっちかに現れてるにゃ。
 大迷宮都市は空から干渉し辛いから、多分クロスロードだと思うけど」
「あれは何なのですか? まるで転移してきたように見えますけど」
「空帝の先駆け。名前の通り空帝の手先にゃね」
「……空帝、とは?」
 続くヨンの問いにアルカはしばし沈黙する。
「言えない事なのですか?」
「んにゃ。すっごく説明し辛いから『空帝』って名前を付けたんだけどね」
 言いながら降下してきた『空帝の先駆け』の一体を見据え、猫娘は言葉を続ける。
「この世界の、来訪者に対するラスボスの1体が超バグったヤツって感じかなぁ」
「全く意味がわかりませんよ!?」
 そも「来訪者に対するラスボス」という言葉が不気味だ。まるで誰かの差し金のようではないか。
「とにかく空帝を何とかする手段は多分誰にもないから、あちしらとしては先駆けを削って力を弱めるくらいしか出来ないにゃ。
 と言っても、あれはあれで結構洒落にならないんだけどねぇ」
 言うなりアルカは近くの建物の上に飛び乗ると、「にゃ」と一声挙げる。すると三つの立体魔法陣が展開し、そこから雨あられと火弾、雷撃、風刃が放たれる。
 その嵐にも臆することなく突撃を仕掛ける『先駆け』であったが、ついに耐えきれずに体をよろめかせ、衛星都市の横に墜落した。
「あーしんどい!」
 三つの魔法陣を追撃の如く落ちた先駆けへと叩きつければ、三つの魔法陣に食われるようにして先駆けの体が削られ、やがて消滅した。
「一人であれを……」
「良い事じゃないにゃよ。あちしがこれだけできるって事は、封じるために使ってた力の結構な部分が不要になってるって事にゃからね。
 あと全力出せないから、今ので限界。残りはみんなで何とかして」
「なんとかって!?」
 とりあえず空に見えるのは残り4体。そのうち2体が降下を開始していた。
「あれ、殴って何とかなりますかね!?」
「なるなる。多分うちの管理官か、ヨン君レベルじゃないとどうにもなんないだろうから、よろしく」
「と、言われましても……」
「じゃ、これ、貸したげるから」
 言って放り投げたのは透明の、水晶のような石だった。サイズは握りこぶし程度だろうか。
「『風』のマジックアイテムって認識で良いにゃよ。空飛ぶとか突風起こすくらいならそこそこ自由効くにゃ」
「わかりました」
「回復したらもう一体くらいは相手するけど、今は休むー」
 家の上で大の字で寝転がるアルカを尻目にヨンは次なる先駆けの接近地点へと走り、それから今渡された物を見て、飛行を試す。
「うぉ!?」
 空気が自分を包み、かつて吸血鬼として持っていた飛行能力を遥かに超える速度で目的地に到着してしまった。
「……すっげ」
 感心している場合ではない。振り返れば巨竜がどんどん迫ってきている。
「多少の無茶ならやりますよ、と言うつもりではありましたが」
 伝説の勇者じゃあるまいし、巨竜退治をさせられるとは思わなかったと苦笑いしてヨンは周囲への指示を考えつつ構えを取るのだった。

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はい、というわけで大混乱なう。
霧の発生はクロスロードのみですが、衛星都市では空帝の先駆けが次回からハッスルします。
 クロスロードでもぼやぼやしてると大損害発生します。扉の園に落ちたら大変ですよね……☆
というわけで次からの行動は今後に大きく影響するかもしれませんので楽しく参りましょう。
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