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【inv32】『フォールンナイトメア』
『フォールンナイトメア』
(2014/05/14)
 律法の翼はクロスロードでも最古参の組織である。最古参は管理組合では無いのか? という者も少なくないが、大襲撃前からその前身が存在していた。
だが、それも今では二つに分かれている。即ち穏健派と過激派。無論自分達はそんな名前を名乗ってはいないものの、町の住民の共通認識としてそう呼ばれている。そして現時点で詳細不明の管理組合を除けば、恐らく最大の戦力を有する組織こそ、律法の翼の過激派であった。
個人の戦闘力で言えば救世主こと管理組合副組合長の4人やダイアクトー三世、妖怪集団のシュテンなどの名が上がるだろうが、過激派の有する10の自警部隊。その部隊長は皆その化け物に比肩すると言われ、それを力でねじ伏せたと言う過激派のトップ、ルマデア・ナイトハウンドの名は最強の一角と認知されていた。
「恐ろしいな」
 心の底からの、しかしやや苦みを帯びた呟きを洩らしつつ、ザザは先駆けを打撃する。
 援護を受けている手前、塔の方へ行く個体があれば優先的に落とそうと考えていたのだが、それは杞憂に過ぎた。その一発は吸い込まれるように先駆けの目玉や口腔に飛び込み、風穴を空けて行く。撃墜数では軽く二倍以上差を開けられている状態だ。
 どんなヤツなのか興味は膨らむばかりだが、今は目の前の事だ。
「おう、まだ生きておるかえ?」
 体を光が包み、傷を負った部分が熱を持つ。治癒魔法と防御魔法と気付いたザザは声の方へと視線を向けた。
「なんとか、な」
「それは何よりじゃ」
 杖の先から三条の力の塊が放たれ、接近していた先駆けに喰らいつく。
「なぁ、ティアロット」
「なんじゃ?」
 甘ロリを纏う少女は小さく首をかしげる。
「あそこに居る、狙撃の主について何か知っているか?」
「ああ、律法の翼五番隊隊長のエルフェローニュじゃな」
 本当に物知りな娘だと感心しつつ「どんな奴だ?」と問う。
「わしも直には見ておらんから聞いた話じゃが、シルフらしいの」
 シルフと言われて暫く黙考。襲いかかる先駆けの手を打ち払い、顎に反対の腕で一発を叩き付けつつ
「シルフというのは、精霊だったか?」
「然様」
「……さっきから飛んでくるのは弾丸だと思っていたが、魔法か?」
「いや、まごう事無くライフルの弾と思うがの」
 何をどう間違えば精霊が、しかも実体を明確に持たないと言われる風乙女がライフルを持つに至ったのだろうか。というか、多くの世界で精霊というものは人工物を、特に機械関係を嫌うのではなかっただろうか。理解に苦しむが今は解を求められる状況では無い。
「まぁいい。下はどうなっている?」
「バリアの発生装置の回収中じゃ。救助活動が進めば巻き返しも期待できよう」
「それまでは持たせないとな」
「うむ」
 色々思う事はあるが、まずは活路を見いだせた事を……
「そういえば、この空帝、どうすりゃいいんだ?」
「……その辺りも下に期待かのぅ」
 正体不明で普通に触る事すら許されない相手ではこの少女も妙案を出せずに居るらしい。
 一抹の不安を十倍にしつつも、ザザはまず自分が為すべき事だけを想い、巨大化した拳を握るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「これで、最後ですっ!」
 飛翔の加速がそのまま拳に乗る。もはや十数体目。速度を欠片も無駄にする事無く渾身の一撃へと転化し、竜の頭蓋に叩き込んだヨンは、ついでとばかりに壁の外へと吹き飛ばし、多くの怪物を下敷きにした。
「これでひと段落、ですかね」
 壁を隔てた外側は未だ眩暈がするほどの数の怪物が迫っており、空で戦う彼らにも射撃攻撃が飛んでくることもある。が、所詮は壁にしつらえられた銃座の射程よりも遠くからの攻撃。当たれば事故と思うしかない程度だ。
「なんとかなりそう……?」
「あの砲撃がとんでもない威力ですからねぇ」
 最初の数発からはかなり間隔が空くようになったものの、その一撃は余りにも強烈だった。光が走った後には何も残らない。埋め尽くすほどの数の怪物の群れに密度の差が出ている事が全てを物語っている。
「上が終わったなら降りて来ては?」
 二人に声を掛けたのはガトリングガンを背後に漂わせたままのルベニアだった。どうやら給弾が追いつかないために、催促に行く途中のようだ。
「下もかなり順調ですわね。このままならば特に問題無く迎撃できそうです」
「そうですか。だったら……ここは任せても良いかもしれませんね」
 厄介な空帝の先駆けは落としきった。この後がいつも通りの防衛戦ならば、恐らく衛星都市が陥落する事は無いだろう。しかしそれは同時に接近職である自分の立ちまわる場所が無いと言う意味でもある。
「正直貴方が去ると士気が落ちそうですが」
「そう言って貰えると光栄ですけどね。荷物運びで終わるのはちょっと」
「……私も、あの砲撃が気になる」
 ルベニアとしては絶賛活躍中の戦場だが、起きるかもわからない次の有事まで二人を遊ばしておくのが適切か?と言われると言葉に困る。
「じゃあ今のうちに一本出そうと思ってたし、そっちの護衛頼めない?」
 ひょこりと現れた猫娘の言葉にアインは首を傾げる。
「武装列車の事?」
「うん。ここで遊ばせても何の得も無いし、衛星都市が余裕ならこっちに人とか物資を回してもらいたいからね」
「この戦場は大丈夫でしょうか?」
「先駆けはもう出てこないと思うから、後は多分だけど凌げると思うにゃよ。観測数的には過去の大襲撃よりも多いとか少ないとか言う感じでもないみたいだし」
「わかりました。お引き受けします」
 大丈夫となれば迷いも薄れる。ヨンは頷きを返した、。
「うい。で、ついでで悪いんだけど、ヨン君に預けてるそれ、るーちゃんに渡して来てくんない?」
 言われて、預かった水晶をポケットの中で撫でる。
「るーちゃん、と言うと……ルティアさんですか?」
「そそ。空帝があっちに居るなら、それ、あった方が良いだろうし」
「わかりました」
「私はここの方が役に立ちそうですので、戦闘を続行します」
 ここを離れる決意をした二人に背を向け、ルベニアは物資貯蔵庫の方へとその身を躍らせる。
「まだ途中に過ぎませんわ。お気を付けて」
「そちらも」
 ヨンとアイン、それから数名の近接職が武装列車で脱出したのはその三十分後だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 はた目からは、荒野に無駄弾をばら撒いているようにしか見えないのだが……
 ユグドシラルの巨体がチャージ時間を経て放つその一撃一撃は遥か彼方へと消えて行く。が、それが恐ろしい程の計算の上で射出されていることは、ユイのPCを見れば察せられると言う物だった。狂ったように莫大な数の数字が流れ続けている。
 その光景を眺めながらトーマは思考する。
 恐らくは荷電粒子砲の類だろうが、粒子砲というのは地磁気の影響を受けやすく、従って長距離の射撃精度は非常に悪いとされている。
しかしこのフェンリルハウルはそれをぶっ飛んだ方法で克服していた。正直考えた方がおかしい。
「仮想砲身」と称される本来の砲身の先に展開される電流で作られたバレルが、砲弾の発射に合わせ弾丸の外郭となって同時射出。ある一定時間を経て、それはやはり砲として内側に秘めた荷電粒子を射出しているようだ。つまり粒子砲と電気という不安定な要素で二段ロケットに似た結果を作り出しているのである。
 これはブラッグピークと言われる粒子砲のエネルギー減衰対策でもあるそうだが、天才を自称するトーマだからこそ、どうやったら制御機もなにも付いていない、ただの電気がそんな正確な二段階射撃を行うのかさっぱり分からない。恐らく理解するためには今までに培ってきた全ての常識を投げ打たねばなるまい。馬鹿と天才は紙一重と言うが、その最上級がそこにある様な気がする。
「まぁ、加速させている粒子その物が特殊、って事も考えられるっスけど……」
 神も魔法もありの世界だ。そんな未知の物質があったとしてもおかしくは無い。だが、やはりそれが莫大な計算の元で展開している事には変わりなく、いつぼーっとしているようにしか見えない少女が盛大に鼻血吹いて倒れるのか恐ろしくあった。
「さてと」
 そんな思考の海をたゆたうトーマの横で、桜が小さく呟き、歩を進める。
「どこに行くっスか?」
「ここはもう大丈夫だろうし、衛星都市に行ってみるよ」
「行くって、足はどうするっスか?」
「先ほど、武装列車を一便出すとのアナウンスがありました」
 エスディオーネの言葉に「都合が良い」と呟く。
「あんたはどうするんだい?」
「このままここに残るっスよ。胸ちょうちんも結構無茶してるはずっスし、フォロー要因は必要っス」
「そっちのねえちゃんで良いんじゃねえのか?」
 エスディオーネを視線で指し示すも、トーマは「ちっちっち」と舌を鳴らす。
「胸ちょうちんよりも天才のアタシがここに居る事が重要っスよ!」
 数秒の間。桜は目まぐるしく文字を流すパソコンを見てからトーマに視線を移し、
「……空しくねえ?」
「煩いっスねえ!? 早く行くっスよ!」
 トーマの怒鳴り声を肩一つ竦めて受け流す。それからひらりと手を振って外部工房を後にした。
「とはいえ、まぁ、認めざるは得ないっスけどねぇ。あくまでロボットの分野に限るっスけど」
 『自分はマルチに才能を発揮する天才だ』と自己暗示のように呟いて、フェンリルハウルの射撃が生じる轟音に耳を塞ぐ。
 恐らく戦況はこちらに傾いているだろう。
 兵器を思う存分振りまわせる環境も楽しいが、そろそろ一旦整理をしたい頃合いでもある。
「そろそろ終わらせたい所っスね」
 漏らす言葉を流し、トーマは己の作業に戻るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「すみませーん。誰か居ますかー?」
 チコリが開いたのはヒーロー達が集まるHOCの事務所だ。
「なんだい、お嬢ちゃん?
 というか、どうしてここに来れたんだ?」
 やっぱり足止めを喰らってたんだと思いながら、彼女は背負っていた荷を降ろす。
「いえ、ここも困っているんじゃないかなと思いまして」
 荷はもちろんバリア発生装置だ。大体が身体強化系の能力を持つヒーローはレスキュー要因には適切であるとして管理組合から一定数預かってきた。
「これを使えばとりあえず町中を移動する事は可能です。ただ、バリアの強度はそれほど強くないため、これを使ったままの戦闘や高速の移動はダメだそうです」
 がしり、と。目の前に居たヒーローがチコリの手を掴む。
「ひぁああっ!?」
「ありがとう! そしてありがとう!」
「いや、おまえ。それパクリだからな? だが、感謝する。これで我々も正義を執行できる」
「いえ。それよりも町中で倒れている人も多いですので、救助をお願いします。私では引きずるのが精いっぱいですので」
「任せておけ」
「それから管理組合で補充分を作成していると言う事なので、しばらくすれば一定数のバリアは貰えると思います」
 どこか弛緩した空気であったヒーロー達の目に力が戻るのを見ながら、チコリは一通りの状況説明を行う。
「おい、空を飛べるヤツを優先して集めて来い。それからパワー系のファイターもだ。
 それから気密を保持したスーパーカーを持ってるヤツは居たか?」
「ここには居ないんで、回収してきます。っていうか、気密性があれば大丈夫ならスーツ系のヒーローは野外行動できないのか?」
「ダメだった。どうも俺たちの場合はスーツもコミで固体として扱われているらしい」
「その点も管理組合に伝えておけ」
「あ、じゃあその辺りのお使いは私がやりますよ?
 それくらいしか出来ませんし」
 チコリがぴょこっと手を挙げる。
「だがお嬢さん。空に空帝の先駆けが居る以上、町のどこも安全ではない。極力外出は控えるべきだ」
「こういう事態ですから、そんなことは言っていられませんよ。
 私が出来そうな事はやります」
 場が静まり返る。
 おこがましい事を言って怒らせただろうかと不安になったチコリだが

「「「「「うぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

 なんかヒーロー達が咽び泣いていた。
「俺は、俺は感動した!」
「なんという、なんという素晴らしい心意気!」
「こうしてはおれん、一刻も早く、その献身に応えねば今後恥ずかしくてお日様の下を歩けないと言う物だ!!」
 やたらテンションの上がりまくったヒーローをやや引き気味にチコリは眺めて、暫くしてもなんか収まらないのでそそくさとその場を後にするのだった。

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はい。というわけで恐らく次回が最終回となる見込みです。
衛星都市はほぼ安定。大迷宮都市も被害らしい被害を出さぬまま乗りきれそうです。
クロスロードに鎮座(?)した空帝の対処が最後の課題となりますが、無論衛星都市から一斉に手を引いて良いと言う状況でもありません。
そんな事を踏まえつつ、皆さまのリアクションをお待ちしております。
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