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【inv32】『フォールンナイトメア』
『フォールンナイトメア』
(2014/01/24)
 かつて───
 
 大襲撃とはこのターミナル最大にして最悪の災害であった。
 当時この世界の覇権を賭けて戦っていた三つの世界の軍を壊滅にまで陥れ、ようやく退けた災厄。
 クロスロードにはその時に亡くなった者を弔う慰霊碑があり、毎年2の月には鎮魂祭がおこなわれている。
 だが、それは最早過去の脅威である。
 そう認識する者は増えていた。

◇◆◇◆◇◆

「随分と物々しくなった物ですね」
 クロスロードから南へ約100kmの所にある『衛星都市』
 一度は大襲撃に襲われ壊滅したこの町だが、今は『要塞都市』と改名すべきだと声が上がるほどに武装化している。
都市を囲む二重の壁。昨年一年掛けて作成された外壁は厚さ5mほど、高さ20mで、その上に、数多の機関砲がしつらえられている。
 これの弾丸は三種類あり、1つは水、1つは電気、そしてもう1つは光という特殊仕様だ。別途実弾を撃てる機関銃も備えられてはいるが、それはあくまで補助として存在していた。というのも衛星都市はいつ孤立してもおかしくない立地のため、例え孤立しても戦えることを念頭に置いた防衛設備がコンセプトにあるのだ。光や電気も太陽から得られるし、魔道による発電施設も完備している。
二重壁の間にあるのは水を湛えた堀で、機関砲の弾薬庫の代わりになると同時に万が一突破された際の第二の防衛施設となっている。
内壁とも言える第二の壁はかつて管理組合の幹部であり『英雄』の二つ名で知られるアースが築いた防壁がベースとして使われている。記念的な意味合いも強いが、ここには主に対空兵装が用意されており、空からの敵を迎撃するべく天へと砲身を向けている。観測機器に寄る自動射撃も可能だが、100mの壁の制約から本当に近接されない限りは射手が必要なのが難点だろう。
町の中に入るとやはり目立つのはこの町が出来た理由でもあり、象徴でもあるオアシスだ。この世界第二の水場であり、南方への探索範囲を伸ばすための重要な足掛かりである。
その脇には給水設備と管理組合の事務所があり、その周りに商店が並んでいる。
そこから少し北に行けば大きな建物が見えるだろう。これは武装列車の駅と貨物集積場で、ライフラインを支える重要な施設だ。
まさにその場所、武装列車から降りたヨンはそのホームで周囲を眺めつつ呟く。
「民家は減りましたか」
「そうなのか?」
と、藪から棒にパーカーにスニーカーという、いでたちの青年がヨンの言葉に疑問をぶつけてくる。
「ええ。かつてはもう少しあったと思います」
 それに気を悪くすることも無くヨンは応じる。
「へぇ。どう見ても要塞なんだが、物好きも居るもんだな」
「いえ、こうなったのはここ一年の事……一度ここが壊滅した後の話ですよ」
「ああ、その話は聞いた。なのにここが防衛の要になるんだろ?」
 一度やられたところを信用する、ということに疑問を浮かべるのは当然だろう。
「管理組合はそういう方針のようですね」
「落ち着いてるな。あんた、ここ長いのか?」
「ええ、もう何年になりますかね」
 ヨンは眼を細め、クロスロードに行くために乗車する者達を眺め見る。
「じゃあ大襲撃も初めてじゃねえのか?」
「ええ。数度」
「へぇ。埋め尽くすほどの化け物の群れって聞いたが、本当か?」
「ええ。本当です。管理組合の発表では五十万弱だとか」
「……」
 青年の矢継ぎ早の質問が止まる。
 視線を向ければ眉つば、ではない事はPBに知っているが、いざ他人の口から語られれば信用するに数字が大きすぎるため、どう判断したらいいのかという複雑な顔をしている青年がいた。
「マヂ?」
「今回もそうとは限りませんが、万を超えない事は無いかと」
「おれ、面白い怪物が見れると思って見物に来たんだけど」
「一度あれの先鋒が近付いたなら武装列車も出発不可能になります。
 物見遊山ならクロスロードの方が良いかもしれませんね」
「ふーん……でもよ。前の大襲撃じゃクロスロードまでまともに至らなかったって聞いたぜ?」
「今回もそうとは断言できませんね」
「ふーん……。あんたは戦いに来たのか?」
「まぁ、そうとも言えますかね。今回はいつも通りか気になりまして」
「いつも通りか?」
「ええ。ここ数回の大襲撃には妙な兆候が見られますから。
 大抵の皆さんは楽観視しているようですが」
「って言うと?」
「言葉にできる程分かっているわけではありません。だから確かめに来たんです」
「確かめるったって……ここで待つ位だし、いざ襲ってきたら調べるどころじゃないんだろ?」
「だから自分で確認に行くんですよ」
 言っている意味が分からずきょとんとする青年にヨンは小さく笑みを見せる。
「既に大襲撃の状況を確認するために斥候部隊が派遣されているはずです。
 そこに混ざるだけですよ」
「……数万とかいう数がいつ襲ってくるかもわからねえのに?」
「ええ。まぁ、無理をするつもりはありませんから大丈夫でしょう。
 貴方も無理をなさらぬように」
 そう言って立ち去ろうとする背に青年は声を掛ける。
「あ、おれは七瀬だ。七瀬桜」
「ヨンです。また御縁があれば」
 武装列車が煙を上げて動き始める。
 その音に驚いて視線を外した間にヨンと名乗った男はどこにも居なくなっていた。
「うーん。気楽に考え過ぎなのかね?」
 応じる声はもはや無い、列車も出てしまい閑散としたホームにこれ以上居ても仕方ないと、七瀬は足を進めるのだった。

◇◆◇◆◇◆◇

「……土煙が見えるね」
「あれだとざっと6km先ってところか」
 同行する斥候隊の一人が双眼鏡越しに遠くを眺めて言う。
「敵の影は見えない。が、規模は半端なさそうだね」
「……どうする?」
「撤収だね。怪物には100mの壁が存在しないって説もあるし、こっちを目視された瞬間どうしようもなくなる可能性もあるし」
「そいつはちょっと怖気過ぎじゃねえか?」
 リザードマンの言葉に双眼鏡を持つ獣人が鼻がしらに皺を寄せる。
「普段ならそこまで警戒はせん。が、下手をすれば数百の怪物に囲まれる可能性もあるんだ。臆病なくらいで丁度いい」
 衛星都市の間近ならばまだしもここは衛星都市から20キロ程度離れている。こんなところで囲まれたら、脱出を試みている間に増援に押しつぶされるだろう。
 六キロと言えば地平線の向こう。かなりの距離があると言えるが、飛竜や風霊、一部の幻獣はあっという間に踏破する可能性もある。獣人の意見は決して腰の引けた判断とは言い難かった。
「……私も賛成」
 アインの言葉に頷くのを見て、リザードマンはバツが悪そうに尾をくゆらす。
「……本当は敵の映像を撮っておきたかったけど」
「足の速いのが先に来るんだから結局映せて小規模だろうに。空からってのも安全じゃないからな」
「……それもそう」
 レーダーや電子望遠鏡、遠視の魔術などはいずれも100mの壁に阻害される。故に敵の映像を撮るためには最低でも4km以内に近づく必要がある。無論巨人種などであればもう少し離れることができるが、大差は無い。
「せめて傾向は掴みたかった」
「威力偵察するならもう少し衛星都市に近いところじゃねえとな」
 とはいえ、とアインはもうもうと上がる土煙を見据える。
「……」
 何かとてつもなく嫌な予感がする。
 通常であれば、そう、足の速い連中の1つや2つと遭遇戦を繰り広げてもおかしくないのではないだろうか?
 無論自分達がたまたま遭遇しなかっただけと言う可能性もあるのだが。

 大襲撃は確かに来る。
 だが、今度は一体何が起こるのだろうか。
 その疑問の解はまだ彼女にもない。

◇◆◇◆◇◆◇

 待ち合わせの時間まであと少々。
 今まで回った2カ所について、彼女は思いを馳せていた。
 列車砲については管理組合の管理下の元に運用するとの事だった。どちらかと言うとあれを出している間は線路を封鎖してしまう。優先防衛拠点とした衛星都市への物資運送を妨げることにもなりかねないため、暫くは使われないだろうとの事だった。
 また次に訪れたドゥゲストの店。そこで気化爆弾の事を切りだした所「わしは駆動機屋だ!」と怒鳴られてしまった。前回列車砲に携わったのはあくまで『列車』の部分があったからで、言われて見ればその通りである。
「よう。張り切っているようだな」
 筋肉が近づいて来る。
 スキンヘッドにてかてかの薄く焼けた肌。張り付いたような笑顔に白い歯。
 ヒャッハーズのリーダーはその巨躯がまるで幻であるかのように鈍重さを見せることなくクセニアへ近づく。
「こんな大戦、滅多に無いからな」
「まぁ、気持ちは分からんではないがな。だが、戦場規模がでかくなればでかくなるほど、個人がやることなんて小さくなるもんだ」
 豪快な体とは裏腹に、極めて冷静沈着な言葉を放ちながら、カフェテリアの店員にプロテインを注文する。置いてあるのかプロテイン。
「分かっているさ。オーソドックスに遠距離攻撃で削っていく。それが基本戦術だろ?」
「そうなる。近付きでもすればあっという間に囲まれているからな」
「でもよ。色々やれることはあると思うんだよ。前はクラスター爆弾使おうぜ!って提案したら却下されたけど」
「不発弾頭が残って、探索者が踏んだ日には目もあてられんからな」
「埋め尽くすほどの敵が来るんだから、杞憂過ぎると思うんだがなぁ」
「『大襲撃』や『再来』の時なら賛同は得られただろう。が、防衛網に一定以上の能力を得られた今、管理組合としても手段を選ぶ必要が出て来ているということだ。選ぶ贅沢があるともいえるな」
「政治屋の考えだな。なんともまぁ」
「管理組合は元より平和組織だ。まぁ、一番の軍事組織である事も事実ではあるがな」
 なにしろ最初の大襲撃を退けた『救世主』の全てを有し、その時に名を馳せた者達を多く抱えている。それは個人の才能だけでなく「長くこの世界に居る者」を多く抱えていると言う事でもあった。
「で、話はなんだ?」
「共闘だよ。火力についちゃあんたらは際立ってるからな」
「また人集めか? 前に吸血鬼を追いまわした時に随分とやらかしたと聞いたが?」
「モノが分かるヤツらとは仲良くしてるんだぜ?
 口が悪いのは頭の弱い連中だけさ」
「俺達もどちらかと言えば頭の悪い方なんだがな」
 リーダーの言葉にクセニアは小さく笑う。
「謙遜にも程がある」
「馬鹿には馬鹿の理屈があるのさ」
「体育会系ってやつかい?」
「契約と金のスマートな仕組みを否定するつもりは無い」
 テーブルに置かれたプロテインのジョッキを手に男は言う。
「だが、俺は同じ釜の飯を食う者を第一に考える」
 かなりの量のそれを一息に飲み干し、男はクセニアを見据えた。
「仲間と認めた者と笑い、その者のために戦い、その者と命を張る。
 最後の一瞬まで後悔せぬようにな」
 ぐいと口元をぬぐい、無駄に白い歯を見せて男は言い放ち、席を立つ。
「理解できぬでも良いし、もしそうならば理解しないままの方が良い」
「そいつは皮肉かい?」
「いいや、違う」
 少々むっとした声音に、男はまっすぐに答える。
「それを分からぬ者が理解する時が来るとするならば、それはその者と、その者が大切と思った者に不幸があるという事だからな」
 スマート(知的)な考えからは遠く離れ、ただまっすぐに仲間と行く者達の言葉にクセニアは浮かびそうになった表情を殺し、どうしたものかと思案にふけるのだった。

◇◆◇◆◇◆

「最近大事があると顔を見せるな。ぬしは」
「それだけ買っていると言う事だ」
 その気になれば手のひらに乗せられそうなほど小柄な少女を前にして、ザザは南砦の防壁に背を預ける。
「あんたの判断は大凡正しいからな」
「管理組合にはもっと頭の良い連中が集まっておるよ。
 小娘に何を期待しておるか」
「敵の動きに変化は?」
 嘆息交じりの言葉を流して問えば、少女はジト目でザザを睨み上げ
「ない」
 と、短く応じた。
 最早誰も疑問に思わないターミナルの日常ではあるのだが、クロスロードには怪物が接近してくる。恐らくは扉の塔を目指していると推測されているそれを迎撃するためにクロスロードの四方には東西南北の名を冠した出城があり、そこには遊撃部隊が常駐している。
 それ以外にも管理組合は巡回防衛の依頼を常に出しており、近付いて来る怪物たちを対峙していると言う事を知らぬ者はクロスロードにまず居ないだろう。
 そして大襲撃とはつまるところそれの超拡大版である。
「いつもであれば密度も数も増えるんじゃがな」
「……増えていない、か。何故かわかるか?」
「前回も同じじゃったがな」
「前回っていうと……サンロードリバーがせき止められた時か?」
「あの時は大襲撃の軍勢が東に迂回したためにこちらへ漏れ来る者が少なかった。というのが管理組合の分析じゃったな」
「また水位が下がってるって事は?」
「ないの。あったら管理組合がとっとと手を打っておるじゃろうし、聞けば東砦は早々に上流の調査に動いていると聞く」
「……やはり、敵は知性を持って動いていると思うか?」
「考慮せぬわけには行くまいな」
 怪物は会話も出来ぬ知性無き者、というのが以前の通説だった。
 捉えてもあらゆる手段を講じても意志疎通ができない。かろうじて喜怒哀楽はわかるが、まるで目の前の存在が揺らぐかのように深くその意志を読み取ることができないのである。
 これは100mの壁の亜種か、或いは来訪者に等しく与えられる共通言語の加護の反対ではないかと考えられている。
 つまり怪物とはいかなる手段を以てしても意志疎通は不可能であるという何かしらの世界原理だと。
「最早怪物は知性なく襲ってくるだけの有象無象ではない。途方も無い数の化け物が戦略を持つとなればわしらは途端に不利に陥る」
「……あれだけ防備を固めてもか?」
「大襲撃に限って言えば、怪物どもはただ北を目指して進軍する。恐らく今までの大襲撃はその30%程度の敵しかわしらは交戦しておらん」
「……あれで、か?」
「うむ。こちらを目視できんくらいに離れた怪物はおおよそまっすぐ北へ向かう。事実大襲撃の時も再来の時も、かなりの数の怪物がサンロードリバーに流れて来ていると聞く」
「……じゃあ実質百万を越えるってのか?」
「仮に、それが襲いかかってきたとすれば。
 しかも戦術を有するとするならば。安易な戦いになるとは決して言えぬ」
「そいつは管理組合は認識しているのか?」
「無論じゃろ? だが、あれは災害じゃ。台風や地震と同じで可能な限り備えた後は後手に回る他無い」
「……」
「斥候が指揮官でも見つければ戦手も打てようがの。
 そんな簡単な話ではあるまい」
 少女は言い放ち、南砦に掲げられた時計を見遣る。
「あんたは相変わらず南砦に居るのかい?」
「そのつもりじゃよ」
「そうか」
 来訪者側の戦力は間違いなく増大している。
 だが、ここ二回の被害の少なさに慢心が全くないとも言えない。
「何かが起きる気がするな」
「死にたくなければクロスロードに居るのが一番じゃろうて。
 なにしろ身分を明かした救世主殿がおるんじゃから」
 少女は自分の言葉に肩を竦め、飛竜から声を掛けてくる彼女の相棒へと視線を向けた。
「邪魔したな」
「うむ。情報の礼は騒ぎが終わってからの」
 生き残れと言っているのか、要らんフラグを立てられたのか。
 ザザは妙な「お約束」が咄嗟に脳裏に浮かぶことそれ自体に珍しく苦笑をし、自分が次に行うべき行動を思考した。

 *-*-*-*-*-*-
 というわけで大襲撃です!
 ヒャッハーズのリーダーさんが言っておりましたが、大襲撃のさなかでは個人の行動は些細なことです。
 が、皆さんの行動は全体の傾向に反映されます。
 例えば全員が衛星都市でアクションをした場合、他の来訪者もその戦力の大半を衛星都市に移してしまうという状況が発生するのです。
 この傾向次第では……うひひ。
 ともあれ、皆さま。次のリアクションを宜しくお願いします。
『フォールンナイトメア』
(2014/02/04)
「またまたまたまたまたまたまた…!

この時!ああ、この時がやってきてしまったっス!
去年のあたしの武功は、このウルトラ美少女的造形ぷるるん唇から語らずともクロスロード四方五十六億七千万kmまで轟いてコダマしてるッス!

さあさあさあ!今回もぶっ放すっスよ!あーぶっ放すッスッスッススッス!
何をかって?よくぞ聞いてくれました!
この美少女天才あたしが先の襲撃の際、大迷宮都市でまさに…」


 うるさかった。ただひたすらに煩かった。
 ただ、残念なことにこの場に措いては彼女の奇行を知らぬ者は居ないらしく、咎める者もない。
 さて、そんなこの場所はどこかと言えばは大迷宮都市の傍に建てられた特別工房である。
御存じの通り大迷宮都市とはクロスロードから南に約50kmの所で発見された大迷宮だ。「大」の言葉が示す通りの広大な迷宮で広さは四方一キロ程度。地下は現在第四層まで確認されているが、そこが果てでは無いと考えられている。
大迷宮都市とはその一階層を制圧し、作り上げた町だ。故に大迷宮都市のすべての建物は地下一階層にある。
「いやぁ、腕が鳴るっスねぇ」
「……触っても良いと言う許可を出してはいないのですが」
 腕まくりをするトーマの後ろから、感情の乏しい、しかしどこか呆れたように聞こえる声が掛けられる。
「おや、エスディオーネ。出迎え御苦労っス」
「本当に人の話を聞き流す人なのですね。それで、何のご用でしょうか?」
「ふふ。このロボットをいくらでも使えるようにしに来たっスよ!」
 彼女は見上げる。
 雲ひとつない空の下、体長10mはあろうかという巨大なロボットがその威容を誇っている。
 その名も『ユグドシラル』。神話の大樹の名を冠したそれは、救世主の一人、ユイ・レータムの主兵装である。
「あの大砲が何発でも撃てるようになれば安泰っスよ」
「……なるほど。確かにそうなれば防衛戦力は格段に跳ね上がるでしょう」
 見目麗しくも感情を一切表に出さない女性───エスディオーネは静かにその巨躯を見上げる。
 さて、先ほど大迷宮都市の建物はすべて地下一階層にあると言った。が、大迷宮都市の近くにあって地下にないシロモノが3つある。
 1つは巨大ロボットユグドシラル。そしてそれを管理するために作られた特別工房。最後に武装列車の駅だ。
 この三つを「すべて」から除外したのは大迷宮都市の管轄外だからである。
 クロスロードや衛星都市と違い、大迷宮都市は管理組合の管轄ではない。ラビリンス商工組合という組織が先導して作り上げた都市である。従って大迷宮都市には大迷宮都市独自のルールが存在し、運営されているのだが……それは今説明する必要はあるまい。
 除外された3つのシロモノだけが管理組合の管轄である。
 その場所を任された女性は、自由な少女にひとつの答えを示す。
「ですが、不可能かと」
「この天才に不可能は無いっス!」
 びしりと言ってのける不退転のトーマ。だが、女性は戸惑いの欠片も見せずに言葉を続けた。
「いえ、技術的な話ではありません。あれはそのありようからしてイレギュラーなのです」
「……というと?」
「それぞれの世界での強さを10に段階付けするとするならば、あの機体と、そして装備している砲は11や12という段階の存在なのです」
「それ、前提がおかしいっスよ?」
「その通りです。神が前提にしなかったイレギュラーがあれなのです。
 そのイレギュラーはこの世界に至っても影響を残しました」
「……不可能、不可能。つまりはイレギュラーな存在だから、この世界で考えうる手段では対応ができない、と?」
 理解は早いと女性は目を細め「その通りです」と告げた。
「ふふ。そんな言葉には騙されないっスよ?」
「……?」
 この世界のルール。それを告げられてなお自信を無くさぬトーマにエスディオーネは珍しく小さく首をかしげる。
「イレギュラーがある。その事実がある以上、新たなイレギュラーな手段を作り出せば良いだけの話っス!」
 どどんと言い張るトーマに女性は暫く無表情を貫き、それから小さく頷いた。
「正解だと判断します。
 しかし、残念ながら『唯一のイレギュラーな手段』はすでに創生され、それは失われています」
「……どういう事っスか?」
「そのままの意味です。ユグドシラルの動力源となる存在は『唯一無二』。故にいかなる手段を用いても今後創生することは不可能だと決められているのです」
「……この世界に、っスか?」
「はい」
「でも、なんでそんな事を知っているっスか?」
 トーマのもっともな問いに彼女は沈黙する。それは誤魔化しの言葉を考えているようでもなく、ただ彼女は口を閉ざした。
「教える気は無い、って事っスか?
 いや、教えられない、っスかね。ならば自分で解き明かすまでっスよ。それに」
 トーマは衰える事の無い意志で宣言する。
「神様だか何だか知らないっスけど、誰かが作れたんならあたしだって作れるっス。そしてこの天才はそれ以上の物を作って見せるっスよ。
 あーはっはっは!」
 能天気な笑いを工房に響かせる。
 その姿を人の形をしたその女性は静かに、しかしどこか懐かしげに見るのだった。

◇◆◇◆◇◆

「……ふぅ」
 日の光がまぶしい。
 彼女の背後にあるのは大図書館。ありとあらゆる世界の文献を収集し続ける無限図書館である。
 先ほどまでそこで本を読み漁っていた彼女はその場所から離れながら、得た知識を整理していく。
 兵法。何冊かの本を流し読みしたアインは自分が至った一つの結論をため息と共に解き放つ。
「基本的な条件が合わない……」
 決して悪書を掴まされたわけではない。むしろ良書で、彼女の知識を高めたが故に『兵法』はこの局面で半分の意味しか為さないと悟らせていた。
十分ほど歩きながら更に思考を進める。
「これは……『戦争』なんかじゃない」
 敵は意志無き無謀なる破壊者。ただまっすぐクロスロードへと向かい、破壊の限りを尽くして通り過ぎて行く存在。
 最後に読んだ本の途中に書かれていた一文を思い浮かべる。
『万軍を相手にするよりも、イナゴの群れの方が恐ろしい』
 クロスロードの状況を表現するならば、この言葉こそが本質ではなかろうかとぼんやり思う。
 乱暴に兵法を語れば「戦争する前に勝利する」「戦争をするときに有利な条件を作り出す」の二つを為すための学問だ。そこに付属して「不利な状況を特殊な方法でひっくり返す」と言うのがあるが、これは先の二つを成し遂げられなかった者の、まさに『苦肉の策』である。
 だがイナゴの群れにはその論法は通じない。
 一方向に進みながらも隣でどれだけ仲間が焼かれ、潰されようともその進軍を止める事は無い。ただ己が喰らうために集団となり進むだけの存在にどんな精強な兵士も一般市民となんら変わらず慌てふためいて棒を振り回すくらいしかできやしないのだ。
 更に問題はクロスロード側にもある。
 ────そも来訪者は軍隊ではない。
 管理組合は『要請』はしても、『命令』はしない組織だ。その場の問題に対する協力関係以上を求めない。大襲撃に対し、避難訓練的な意味合いでも行うべきだと言う提案はいくらでもあったが、管理組合は基本原則に則り、その一切を受け付けなかった。
 故に大襲撃でも来訪者達は好き勝手に戦う。
 大方針に対して従う従わないは個々の自由。それは各町に用意された防御設備に誰ひとり人が入らなかった場合、一発の弾も吐き出さないままにゴミになる可能性すら許容していると言えよう。
「……どちらも軍じゃない」
 だから『兵法』は働かない。
 全てが無駄とは言わないが、参考程度にしかならない。どんな天才軍略家がこの地に居ようとも、命令権が無いのであれば雑音となんら変わりは無い。
「でも、怪物が組織的行動を行ったら?」
 その結果は前回の大襲撃にも出ていた。その時は怪物の特性をすべて殺した水攻めという特異な動きではあったが、あやうくクロスロードの都市機能を破壊されつくされるところだった。
「……難しい」
 ため息一つ零してアインは思考を打ち切る。この思いを多くの者が共有し始めたなら、クロスロードは新たな制度へと動きだすのだろうか。
「っ?」
 不意に。目の前に巨大な気配を感じて顔を上げれば、見知った男が意外そうにこちらを見ていた。
「……ザザさん?」
「なんだ、衛星都市に行っていると聞いていたが」
「一回戻ってきた。もう戻るつもり」
「……そうか。だが、そのつもりなら急いだ方が良い」
「もう、来たの?」
「そういう話が出ているな。まだ武装列車が動いているから本隊が取りついた、と言う事ではないと思うが」
「時間の問題……か」
 そう呟いて、アインは不意に空を見上げた。
「ザザさんは何をしているの?」
「ある程度組織的に動ける連中を集め居ている。対空主体でな」
 管理組合は軍を作らない。だが各組織がそうしているように、またクセニアがかつてそうしたように、同じ目的を持った集団を作り上げることは可能であり、有効な手段には違いない。手段とは力なのだ。
「本丸を落とされたら終わりだからな」
「……そっか。そういえばクセニアさん見ないね。いつもだったら集まり作って動いて居そうなのに」
「ちょっと前まではそんな動きをしていると聞いたんだがな。
 不意に聞かなくなった」
「あの人の人集めの才能は凄いと思う。こう言う時に必要」
「まぁ、異論は無いが、ヨンの一件の時に最後放りだしちまったのが悪い噂になっているようでな。特にあの時は目先の欲にとらわれた有象無象を抱え込んでたから尾ひれ背びれが付いているらしい」
「なるほど、そういう事か」
 不意に割り込んできた第三者の言葉に二人が視線を向ければ、赤髪の一見大人しそうな少女が、目つきを凶悪に細めて舌うちをしている。
「……誰?」
「ああ? あー、通りすがりの善良な一般市民です。ええ」
「いや、その誤魔化しには無理があると思うが」
 ザザの冷静な突っ込みに暫く視線を逸らしていた少女は、わざとらしいため息をひとつ洩らして「俺だよ。クセニアだ」と白状する。
「その格好、なに?」
「ダンナが今言った通りの状態でな。人が集まらねえから、ちょっと変装してな」
「ばれたら大変だぞ」
「俺に同意してくれる連中にはばらして周りは固めているから平気、とは言わんが、まぁ、なんとかなるだろ。これでも反省してるんだぜ?」
「……これでも、の時点でお察し」
「アインはたまに厳しいよな」
 冷淡な指摘にクセニアは肩を竦める。
「ダンナ、飛行系の傭兵候補なら面白い連中を知ってるけど、紹介しようか?」
「……ああ。しかしお前は最後までそれで通すつもりか?」
「実質的な指揮官はそれなりのヤツにお願いしてるよ。俺は裏方仕事。誤魔化す必要も無くなったら『裏でせっせと頑張ってました』的にアピールして戦線に加わるさ」
 茶化して話しているが、なんだかんだ気にしているんだねとアインが小さく呟くと、聞き付けたクセニアがジト目を向けて来たので視線を逸らす。
「なんにせよ。そろそろ衛星都市が戦闘に入るだろうから、悠長に話できる時間も僅かだろうな。クロスロードならもうちっとは時間もあるだろうが」
「だろうな。出来ることをするまでだ」
「うん」
 三者三様に決意を以て頷く。
 傍目には変わらない、しかし僅かな緊張感をはらみつつ、クロスロードの一日は過ぎて行く。

◇◆◇◆◇◆

「ふーむ」
 衛星都市に来て数時間。桜はいろんなところをうろついていた。
 衛星都市はそれほど大きな町ではない。四方はせいぜい一キロ程度であり、その気になれば十分かそこらで端から端まで踏破可能である。
 そんな中で物資が慌ただしく移動し、防壁の上では砲の遣い方のレクチャを受けている人々の姿が見える。
 魔法使い等の遠距離射程攻撃方法を持っている者はそれを奮えば良いが、近接専門だからと外で迎撃するわけにはいかない。そういう人たちが砲の担当になり、打てば当たる怪物の海に弾丸を叩き込み続けることになる。そして仮にも壁が突破された時、彼らは最後の防壁として侵入してくる怪物と剣を交わらせることになるだろう。
 もっとも、そこまで押し込まれる事態はご免こうむりたいというのが共通見解だろうが。
「今のところ大した収穫は無し、か。電車が止まる前に引き返す事も考えねえとな」
 PBから配信される最新情報としては衛星都市への怪物本隊の到達予想時間は23時間後。目視可能距離まで接近するのは数時間後という予想だ。
 それに伴い、武装列車の最終出発は4時間後だと言う。その後も状況を見て随時行き来するらしいのだが、経験者の話を聞く限り、武装列車を出すために門を開けるなんて無謀な事ができるとは思えなかった。
「あと数時間で引き上げるかどうか決めねえとな」
「あ、居ました! お届け物ですー!」
 明るく、どこかあか抜けない声に振り返ると、小柄な少女が自分の脇を抜けて行く。そのまま背を追えば鮮やかな若草色の髪の少女に駆け寄っていく姿が見えた。
 共に獣人らしく声を掛けた方は犬耳、掛けられた方は真っ赤な猫耳がついていた。
「にゅ? 事務所に置いておいてよかったのに」
「こう言う時ですし、急ぎだと困りますから」
「真面目だねぇ」
「私にはこう言う事しかできませんからね」
「こう言う事の方が案外大事と思うにゃよ」
 犬耳娘の言葉に手紙を読みつつ応じ、さっと目を通したそれを再び畳んでポケットにねじ込んだ。
「返事はありますか?」
「んー。特にないかな。まだ始まって無いし」
「わかりました。……ここも戦場になってしまうのですね」
「まー、今度はむざむざと渡したりしない、って言えると良いんだけどねぇ」
 気弱なのか、楽観視していないだけなのか。しかしニヘラと緩く笑っての発言なのだから、後者であろうと推測される。
「大丈夫ですよ。なんたってアルカさんですもの」
「それ、フラグに聞こえるからやめて?」
 アルカ、と言う言葉になし崩しに立ち聞きをしていた桜は「ん?」と記憶をまさぐる。
 そろそろ慣れてきたPBに思考で問い合わせると即座にひとつの情報が戻ってくる。
 ケルドウム・D・アルカ。管理組合副組合長の一人。つまり『救世主』と称される人だ。
「てっきりクロスロードでふんぞり返っていると思ったぜ」
この世界の支配者の一人、と言う認識はあながち間違っては居ない。そこから来る感想を舌の上で転がしていると、猫娘が桜の方を見た。
「あちしに何か御用?」
「あ、いや。悪い。有名人が居たんでつい、な?」
「にふ。有名人、ねぇ」
 苦笑じみた言葉を桜は少しだけ訝しく思う。少し前までは副管理組合長の名は伏せられていたらしいのだが、公開された今となってはクロスロードに住む以上、知らない方がおかしい名前である。
「クロスロードに有名人は色々居ますけど、アルカさん以上の有名人なんて居ませんよ。強いて言えばアースさんくらいじゃないですか?」
 アースというのはクロスロードの四方にある砦の一つ、東砦の管理官の名だ。それと同時に地面を操る強力な力を有しているため、いくつもの大きな作戦に従事しており、今では『英雄』の二つ名の方が広まっている人である。
「いっそアースちんに副組合長変わって貰おうかなー」
「絶対に断ると思います」
「デスヨネー」
 国で例えるならば大臣か宰相か、という人物に配達の少女が気安く話しているのはなんとも不思議な光景である。
「あー、難しく考えなくて良いにゃよ。副組合長とか兼業で、本業は魔法鍛冶と酒場のバイトだから」
「……はぁ?」
 どこまで真に受けて良いのか。しかもバイトの方が本職と言い張るのは如何なものか。
「にふふ。ま、そんなもんにゃよ。
 チコはもう戻るにゃ?」
「はい。流石に戦闘になれば足手まといですし」
「そっか。気を付けて帰るにゃよ」
「アルカさんも御武運を」 
 桜の方にも律儀にお辞儀をして、去っていく犬耳少女。それを見送って猫耳は「さて」と呟いた。
「君、新しい子?」
「え? ああ。そうだが」
「そっか。んじゃ、無理しない程度にね。多分クロスロードの方が安全だから。いざとなったら扉から逃げれるしね」
「……ああ」
 んじゃね、と言葉を残して立ち去る少女。どう見ても15を超えているようには見えないが、神すらも闊歩するこの世界で見た目など当てにできない事を思い出す。
「……どうしたもんかね」
 そんなとき、南側の壁から鐘を連打する音が響き渡る。

『怪物の集団を補足。数、おおよそ200。先行隊と推測されます!』

 ついに、始まりが来たようだ。

◇◆◇◆◇◆

「ふう」
 おおよそ五十匹からなる集団を蹴散らしたヨンは周囲を見渡す。
「流石は、ってところだな」
 岩石人の戦士が感心したように声を掛ける。
「いえ、この程度であれば」
「謙遜を。君とザザのコンビの事は聞いている。最近大迷宮都市に来ていただろ? 酒場で色々と話題に上がっていた。君たちが新たな更新者になるのではないか、と」
「はは。それなら最低でももう一人加えたいところですね」
「ちょっとー。そろそろマジでやばくない? かえろーよー」
 ふわりと二人の間に現れた妖精が周囲をきょろきょろと見回しながら焦った声を掛けてくる。
「もう他の部隊は残って無いって」
「そうですね。そろそろ限界ですか」
 ヨンが頷くと待ってましたとばかりに妖精は駆動機の魔道エンジンをふかした。
「それで、どうだい? 感触は?」
 既に駆動機に乗り込んでいた弓使いが声を掛けてくる。
「……そうですね。違和感と言う程のものは感じませんでした……」
 怪物は数こそ増えたが極めて短腸にヨン達へと襲いかかってきた。しかも一度戦闘中に新たな怪物の姿を目撃した事もあったのだが、こちらに見向きもせず北上をしていった。
 いつも通りの光景、そう論じるに無理のない事象を前にしてヨンは考える。
 狂人と、猫娘が何もしないとは到底思えない。
 だが、ここで仕掛けてくるかどうかは別である。
「うわ。次のが近づいてきてるよ! 飛ばすよ!!」
 妖精の慌てた声。唸るエンジン。急加速に体を躍らせながらヨンは外の光景を眺める。
 明日にはここは怪物の姿で埋め尽くされるのだろう。また、あの戦いが始まるのだ。
「……しかし、どう思うよ? このまま衛星都市に居るべきと思うかい?」
「どうだろうな。倒した数で報酬が出るわけではない。が、来訪者の一人として戦いに従事したいとは思う」
「郷土愛でも出てきたかい?」
「そうかもしれぬな。元の世界に帰れぬ身でもあるのだし」
 もう『開かれた日』から5年以上が経過していた。この世界を第二の故郷と任じる者も少なくあるまい。また、この世界で生まれた者も少なからず居る。
「だが、戦士職が一番活躍できるのは大迷宮都市であろうな。あそこは随時敵を取り込んで殲滅戦を行う。そこならば存分にインファイトが可能だ」
「弓使いとしちゃ、乱戦に矢を放るのは勘弁してもらいたいところだね」
 軽薄な物言いにヨンも頬を緩ませ

 きぃいいいい!?

 突然の急ブレーキと横滑りに三人は咄嗟に手すりを掴んだ。
「おい、何やってんだ!?」
「前! 前!」
 妖精の慌てた声に三人が視線をやれば、百は越える数の怪物が、明らかにこちらを見ていた。
「おい、どういうこった!?」
「わからん……。こっちはあいつらから見て南側だぞ……!」
 怪物は北へ進む。無論敵対行動中はその限りではないが、それを除けばその大原則に従わぬ事例はクロスロードへ向けて進路変更をするとき位だろうか。
 そんな怪物が明らかに彼らを見ている。
「……まるで、待ち伏せじゃないですか」
 ヨンの言葉に二人の戦士は目をむく。
「どうする!? 突っ切るにしても数が多いよ。こっちは装甲車でもなんでもないんだから!」
 妖精の焦った声。
「迂回はできねえのか?」
「出来るとは思うけど、四足獣系が見えるから、かなりやばいよ」
「なら、ぐちゃぐちゃ言わずに走らせろ! 止まってたら今度は後ろから襲われるぞ!」
 弓使いの言葉に妖精は慌ててエンジンを再始動させる。迂回コースをとる車に対し、前方で待ち構えていた怪物たちが明らかに反応した。
「やっぱりこっち狙ってる!」
「行ける所まで行きましょう。相手も伸びきれば突破できる道があります!」
 ヨンの言葉に妖精は縋るように頷いて駆動機の出力を上げた。
「嫌な形で的中したな」
 岩石人の言葉にヨンは硬い面持ちで頷く。
「今回の大襲撃、簡単に終わりそうにはありませんね」
 いざとなれば討って出るために、彼は腰をあげ、動き出すタイミングを見計らうのだった。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで、以降衛星都市に移動する場合、強行突入になります。
列車砲の護衛任務なんてのも出ておりますので気が向いたらどうぞ。
クロスロード、大迷宮都市には衛星都市「開戦」の一報が流れます。
さてはて、どうなることでしょうかね。
うひひ
『フォールンナイトメア』
(2014/02/14)

「無茶を言わないでくださいよ!」
 ひときわ大きな声に周囲の視線が集まる。そしてそこに居るのがかの有名な吸血鬼とわかると野次馬の環は次第に厚くなっていた。
「数時間もすれば敵の先駆けが衛星都市に到着するんですよ!?
 そんな状況で外に出るなんて!」
「危険は承知です。でも私達が遭遇したような怪物が当たり前のように戦列に居るのならば……我々はあれを詳しく知らなければならないんです!」
 そんな野次馬を全く異にも解さず、ただ自身が抱いた危機感を以てヨンは力説する。そんな言葉に管理組合員は返す言葉に窮していた。
「なんのさわぎ?」
 誰もが遠巻きに見守る中、人垣をするすると抜けて黒い少女がヨンの傍らに立った。
「また痴情のもつれ?」
「やめてください。お願いします!」
 なにしろ目の前に居るのは男である。ただでさえ女性関係であらぬうわさが絶えないというのに、男色疑惑まで付いたら目も当てられない。
「英雄色を好むっていうの、どの世界でも変わらないらしいよ?」
「話題を変えましょう! 話題を!
 と言いますか、時間が無いからこそ、早く駆動機を見つけて行動したいのです!」
 と、焦って言葉を重ねるが、アインの言葉に多少頭が冷えた。確かに管理組合員としてはヨンの言葉に安易に賛同できかねるだろう。
 だからヨンは振り返り、周囲の野次馬を見た。
「私は待機し、我々を待ち伏せする特殊な動きをする怪物を見ました。
その個体がどうして北進以外の行動を取ったのか、確認しなければ手遅れになりかねません。
誰か私に足を提供してくれませんか?」
ヨンの言葉に人々はざわめき、視線を交わす。
色々噂は絶えずとも、彼がクロスロードでも名の知れた闘士であることもまた知られた事実だ。なにしろ数多くのヒーローを束ねる男であり、なによりもクロスロードの朗らかな破壊神ことダイアクトー三世と正面切って対峙できる稀な存在である。
だがそうだとしても安易に応じられる要求では無い。それほどに危険なことを彼は要求していた。
「……別に特殊な行動をするのがいても不思議じゃないと思うけど? あんなに居るんだし」
 アインのそっけない言葉にヨンは思わず反駁しようとして、その言葉をぐと呑み込む。
 ヨンの語るのは可能性。そしてアインの言葉もまた可能性だ。
「……仮にヨンさんの言う通りなら、多分狙われて帰ってこれない。
 ……ヨンさんなら帰って来れるかもだけど、他の人は、どう?」
 自惚れるわけではないが、自分でさえかなりの危険を覚悟しなければならない。そんな中、どれほどの人物が同行できるだろうか。
「ザザさんとかが居るなら別だけど、私が同行するくらいじゃ多分しんどい」
「……そうですね。少々気がはやりすぎたのかもしれません」
 最悪でも範囲攻撃を得意とする高位の魔術師あたりが居れば生存率は上がるのかもしれないが、それでも足を壊された瞬間待つのは死である。
 と、その時カンカンカンカンと警鐘の音が鳴り響いた。
「もうきやがったのか?」
 誰かの声にざわめきが広がる。幾人かは壁へと走り、翼ある者は宙に舞って遥か南へ目を凝らす。
「緊急連絡!」
 そんな動きの中、一人の管理組合員が拡声器を使って叫ぶ。
「怪物の行軍停止を確認!」
「……」
 ヨンが険しい顔をするのをアインは横目で盗み見る。その場に残った者達が、先ほどのヨンの主張を思い出して口々に不安交じりの予測をさえずり始めていた。
「第二報! 怪物は約3キロ南で停止。その背後の群れが左右に移動を開始!」
「……衛星都市を避けた? いや、しかし……」
 ヨンがいくつかの球体を宙に放ち、その上を駆け抜け塀の上を目指すのを見て、アインは慌てて後を追った。
 すぐに二人は南の壁に辿りつくと、確かに蠢く群れが一定の距離をあけて停止しており、その背後に広がる動きがあることを見てとる。
「もしかして……砲台の射程距離外ですか?」
「全く届かないと言う事は無いが……攻撃しても良いもんか?」
 ヨンの声のと説く範囲で砲台に収まっていたドワーフが困惑した表情で聞き返す。変に刺激をして取り返しのつかないことになったらというのは過剰な妄想だろうか。
「光の弾丸なら有効範囲だ。相手がどうであれこっちは削り殺すしかない。射撃を開始する!」
 誰かがそう叫び、一撃を放つ。
 それを呼び水として、幾条かの光が怪物へと放たれたが、怪物側の行動に変化は見られない。恐らく傷付き倒れた怪物は居るだろうが、前進してくる様子が無いのだ。
「ヨンさん、これ……?」
 怪物の動きを凝視していたアインがほんの少し震える声で呟く。
「もしかして、ここ、包囲しようとしている?」
「……」
 相手は食事要らずの怪物。こちらにあるのは湧き続ける水のみ。
「……そうでない事を祈りたいですがね」
 まるで広がる不安と象徴するように、遥かかなたの蠢く影はゆっくりと不気味に左右に広がっていた。

◇◆◇◆◇◆

「私が何故大迷宮にとらわれていたか、ですか?」
「そうっス! 何かヒントになるかもしれないっス!」
「……申し訳ありませんが、理由については不明です」
 手繰ろうとした糸をばっさり刈られてトーマは「ぐ」と呻きを上げる。
「推測となりますが、ユグドシラルがフィールドモンスター化された時に、異物として排斥され、巨大アリ地獄としてフィールドモンスター化していた大迷宮に飲まれた結果かと。
 普通の人間であればきっと餓死していたのでしょうね」
「……ユグドシラルはどうしてフィールドモンスターになってたっスか?」
「巨大アリ地獄に飲まれたからです。大半の機能が不全に陥っている中での不意打ちでした」
「じゃあ、同じように大迷宮内に失ったそのエネルギーユニットがあるって事っスね?」
「いいえ。それを失ったのはここではありません」
「なん……だと……!」
 驚愕に震えるトーマにはノーリアクションでエスディオーネはユグドシラルを見上げた。
「どこに、何故、についてはお答えできません。
 管理組合の許可が必要です」
「むむ? 非常時だって言うのにっスか?」
「はい」
 こちらの有利になるかもしれない情報に対し規制を張る理由は何か?
 その疑問を頭に刻みつつ、トーマは次の問いを放つ。
「ならばそっちの元々の世界に行く事は可能っスか?」
「……」
 珍しくエスディオーネは言葉を選び、ややあって短く応じる。
「不可能です」
「定時開放型とかっスか?」
 世界と世界を繋ぐ扉の中には常時繋がりを保たないものも存在する。場合によっては一度開いたきり、二度目が未だに無い世界もあると言う。
「いえ。単純に私達の世界はもう滅んでいます」
「それは……でも、なんで言い淀んだっスか?」
「ある観点からすれば、『我々の世界』は未だ存在するからです」
 矛盾する言葉にトーマが眉根を寄せると、彼女はあっさりと答えを出す。
「我々の世界は創造神によりリセットされたのです。その前に脱出し、別の世界へ移った我々からすれば、世界は滅んだと称するべきでしょう」
「……でもその世界のエネルギーなら使えるのでは?」
「世界をリセットした理由こそがユグドシラルです。それにまつわるモノの多くは改変されている事でしょう」
「むむむむむ」
 彼女の口ぶりからすれば確定事項ではないだろう。ならばワンチャンある可能性は否定できない。が、その可能性は限りなく低いと感じたのも確かだ。
「でもまぁ、国ごとの規格というか、全く別のものとも思えないっスよ。だったら参考になるかもしれないっス」
「……同じメーカーの商品は機構を継承すると言う事ですか。確かにそれは否定できません」
「ふふ。ならば急ぐっス。そろそろ衛星都市が戦闘に入るっスから今日中に行かないと!」
 エスディオーネから聞いた世界コードを頭に叩き込んだトーマは、ただただ己の目的のために驀進する。
「その素直さはどこに行きつくのでしょうね」
 行きすぎて神の手から世界を奪った主を思い、機械仕掛けの女性はほんの少し微笑んだ。

◇◆◇◆◇◆

「まるで遠い事のようです……」
 クロスロードに戻ってきて早数時間。人通りこそいつもより少ないが、街並みに大した変化は無いように思える。
 店は普通に開いているし、住民が朗らかに会話している光景もある。
 唯一目立つのは大型駆動機が南───武装鉄道駅へひっきりなしに向かっては塔に引き返す光景が目に付くくらいか。
 予報が正しければそろそろ衛星都市が戦闘状態に入る。そうなると武装鉄道は衛星都市に近づく事も難しくなっていくだろう。
「私に出来る事なんて、そんなに無いですしね……」
 非戦闘員を自認するチコリは自嘲ではなくただ事実として呟き、遠く南の空を見て、皆の無事を祈る。
「さて、私もやるべきことはやっておきましょうか」
 避難経路の確認や炊き出し、何て事を考えていたのだが、今のクロスロードでそれをやるのはちょっと気がはやりすぎるように思える。なにしろそこらの飲食店は今日も普通に開店中だ。
「え、ええとでは避難経路の確認はしておかないと?」
 とはいえ、実はクロスロードに『避難場所』と言うものは無い。というのも管理組合が製作、貸与している家の強度は見た目よりも遥かに頑丈であるからだ。成竜クラスならば家の屋根に着地可能というのだから推して知るべしである。
「……うーん」
 困った。特にやることが無い。不意に視界を巡らせれば、稀に大荷物を担いで歩く人を見かける。どうやら逃げているのではなく、万が一に備えて食料を買い込んだりしているのだろうが、あれは見てて滑稽だ。同調するにはやや抵抗がある。
「何かあれば管理組合から連絡があるでしょうし……今は普通にしておくべきでしょうか?」
 そんな自問をしつつ歩いていると、やたら目立つ巨体に遭遇した。
「あれ? えっと……確かザザさん?」
 クロスロードでもかなり名の知れるようになった巨漢の戦士は何人かに囲まれながら、何事か指示を飛ばしているようだった。
 不意に興味が湧いて、彼女は巨漢へと近づいてみる。
「交代は4時間ごと。報告は十三地区の酒屋を根城に借りることができたから、そこに頼む」
 どうやら何人かを率いて行動をしているらしい。珍しいなと思いつつ眺めていると、巨躯の男と目があった。
「何か用か?」
「あ、いえ……その……何をしているのかなって」
 焦りながらも問うと、ザザは特段気を悪くする様子も無く
「クロスロード周辺の監視体制を作っただけだ」
 とぶっきらぼうに応じる。
「クロスロードの、ですか? 衛星都市や大迷宮都市でなく?」
「ああ。どうにも今回は厄介なことになりそうだからな」
 『厄介』と言う言葉がどうにも耳に引っかかった。そして少し前にあった出来事を脳裏に浮かべる。
「だからアルカさん、衛星都市に居たのかな?」
「む……? 副組合長がか?」
「え? あ、はい。お手紙届けて来たばかりです」
 チコリの答えにザザはしばし黙し
「今までは砦の管理官を派遣するまでだったはずだ。
 いくら身バレしたとは言え、そう安易にここを空けるとは」
「何かおかしいのですか?」
 意味が理解できないチコリの問いにザザは少しの時間考え。
「おかしい、と言うわけでもないがな。
 管理組合は事実上俺達の親玉。副管理組合長は実質大将だ。それが安易に前線に居るというのは些か道理に伴わないのではないかと思っただけだ」
「でも強い人が前線に居れば安心じゃないです?」
 その意見にも一理ある。ザザは眉根に皺を刻み、ややあって「そういう判断なのかもな」と呟いた。
「ともあれ、俺は俺だ。状況が変わってから考えれば良い」
「はぁ……変わらないと良いですね」
 チコリの言葉にザザは僅かに相好を崩して口元を小さく歪める。
 だが、そうはいかないだろう。
 その言葉を互いに口にはしなかったが、同時に胸に抱いていたのだった。

◇◆◇◆◇◆

「大襲撃、ねぇ」
 最早影も見えなくなった衛星都市の方を眺めながら桜は呟く。
 色々と見聞きして分かった事は自分のような接近職は今回の戦いには余り仕事は無い。と言うことだった。いや、仕事が無い方が幸せだと言うべきか。衛星都市にとってそれは要の壁を越えられたと言う事なのだから。
 無論管理組合が設置している砲台を扱うという仕事もあるため、決して役立たずと言う事は無いのだが、武器を扱う者としての矜持がある者は防衛戦の始まる衛星都市から離脱しているようだ。
「ま、大襲撃以外なら接近職にもしっかり仕事はあるようだし、今回は気楽に立ち回るとするか」
 観光気分を抱きつつ、次の目的地である大迷宮都市を思う。
 巨大な迷宮の一階層を町に改造したという特異な場所。その足元には更に深く迷宮が続いており、どこからか分からないが怪物が湧き出続けているという。多くの来訪者が日々挑み、今は六階層への道を探しているそうだ。
 大迷宮都市での大襲撃の対処法は設置した砲台による射撃攻撃と言う事は大差ない。特筆すべきは周囲にいくつかの地下道が作られており、そこに入り込んだ怪物を戦士職でタコ殴りにするという仕組みが用意されていることか。
「さて、誰かとお近づきになれると良いんだけどな。コネクションは大事だし」
 呟いて車内に戻ろうとした彼は視界の端に違和感を感じ、足を止める。
「……ん?」
 目を凝らせば東の空になにやら黒い靄のような物が見える。
「雲、じゃねえよな。煙かなにか……いや」
 それは物凄い速度でこちらに近づいてきている。
「お、おい。なんかこっち着てるぞ!」
 桜の言葉に声の届く範囲に居た来訪者が訝しげな顔をし、桜の指差す方向を眺めた。
「ん、なんだありゃ……」
「……怪物、か? 羽ばたいているように見えるな」
「いや、しかしなんで東からこっちに向かってくるんだ?」
 『大襲撃』では怪物はひたすら愚直に北を目指す。そんなターミナルのでの常識を無視し、東西をまたぐような移動をしているような怪物の集団に誰もが訝しげ無表情を見せた。
「ん? んん? それだけじゃねえぞ?」
 桜が次に見つけたのは地上の蠢き。十や二十では利かない数の何かが空を舞う何かの下をやはり同じ方向に疾走している。
「……お、おい。迎撃しねえとやばいんじゃねえのか?」
 刀袋に手を掛け、どっちかと言うとわくわくした顔で問う桜に他の乗客は顔を見合わせ、彼我の距離を改めて確認する。
「その気があったら追いつかれる距離だな……」
「だが、無理に攻撃したらこっちに引き寄せかねん……!」
「とにかく列車がやられては全滅必死です!
大迷宮都市近傍まで行けば援軍が期待できますわ!」
 そんな声を聞きながら桜は周囲の来訪者の獲物を確認する。
「あらあら、見事に接近職ばかりだな」
 皆、自分と同じ考えで戦火の近い衛星都市から移動しているのだろう。今になって遠距離職が衛星都市を離れる理由なんて早々無い。
「おい、こっちに気付いたらしい! 来るぞ!」
 黒い靄の一部が急速にそのサイズを拡大し、こちらへ迫ってくるのが見える。武装列車に備え付けられたいくつかの機銃が動き、東側へ銃口を向けた。
「とにかく取りつかせない事を考えろ! 銃撃は空を狙え! 下は乗客で何とかするぞ!」
 獣人の男が低く腹に響く声で叫ぶ。皆は頷いてそれぞれの獲物を抜き始める。
「ある程度距離をとれ、味方を斬るんじゃねえぞ!」
「あと、落ちないでよ! 助ける余裕なんてないんだから!」
 その声を打ち消すように機銃が弾丸を吐き出す。
「なぁ!」
 桜は刀を手にしながら指示を飛ばしていた精霊族らしい女性に声を掛ける。
「なに?」
「あいつら、衛星都市を狙うんじゃないのかよ?」
「知らないわよ。こんな動きをするなんてあたしも聞いたことが無い!」
 あの怪物は明らかに衛星都市を大きく迂回し、しかし北上せずにこの武装鉄道のラインへと移動している。
 愚痴交じりの言葉を吐きながら女性は手に槍を生みだして構えるとすでに四足獣系の怪物がそのディテールが分かるほどに接近していた。
「あいつらの狙い、何だと思う?」
「だから『狙い』がある事がそもそも想定外って言ってるの!」
 まさしく『闇雲に』というのが大襲撃時の怪物の行動だ。
迎撃されようとも、或いは味方に踏みつぶされようとも愚直に北へ、クロスロードへと押し寄せる暴力。それが大襲撃のはずなのだ。
「でも、嫌なことを考えるなら、補給、連絡線の遮断……かしらねっ!」
 飛びかかってきた狼のような怪物に槍を突き出すのに合わせ、桜は下から狼の喉へ刃を当て、一気に斬り上げる。首が飛び、同体はぐしゃりと線路の上に転がった。
「お話は終わりよ! 今は集中なさい!」
「ごもっともで!」
 機銃の掃射でぼとぼととハーピーらしき集団が落ちて行く。それでもかいくぐって列車に近づいた一匹に桜はまだ距離があるにも拘らず刃を奮う。
 放たれたのは桜色の炎。突如目の前に現れた炎弾を避けきれずハーピーは撃墜された。
「遠距離攻撃持ちなら空を優先的にやってくれ!」
「これ、連発すると疲れるんだけど!?」
 獣人の言葉に桜はしまらない顔で応じる。
「列車に回復アイテムはいくらか積んであるはずだ! 無理やりにでも絞り出せ!」
「嫌だ、なんて言ってる場合じゃねえな!」
 大迷宮都市が見えるまであと数十分。巨大列車の上での戦闘という、アクション映画ばりの状態を得て、桜は笑みを浮かべ愛刀を握りしめるのだった。

 大襲撃────その言葉の定義が揺らぐことになる新たな局面の一日目。
 来訪者達は衛星都市と大迷宮都市を結ぶラインを怪物の一団に占拠、遮断されることとなった。
 この状況に対し、どう動くべきか。
 時間は刻一刻と過ぎて行く。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで始まりました大襲撃。
 そして次回は衛星都市から大迷宮都市間の武装列車での移動は不可能となっています。
 路線を占拠した怪物の総数は予測で三万ほど。
 今まで防壁と防御兵器を頼りに凌いできた来訪者達は新たな選択を迫られることになるでしょう。
 うひひ。
 ではリアクションをお願いします。
 なお、現状3都市の戦力(戦闘能力者の配置人数)はほぼ均等状態のようです。
『フォールンナイトメア』
(2014/02/27)
「……超落ち付くっスねぇ……」
 町に染み付いているのは機械油の香りだった。
そこらの露店ではその半分以上が機械部品や武器が並べている。町のいたるところにある工房では巨大な鉄板がクレーンで運ばれ、職人たちが怒号を飛ばしている姿を見る事ができた。
 トーマは一人とある世界に来ていた。ユイの居た世界でありながらも違う、リセットされた後も同じ歴史を繰り返し、存在する世界だった。
────ただ、エスディオーネの言葉が正しければ、この世界にはユイの存在は無く、どうやってもユグドシラルは生まれないのだろう。
「でかい工房にでも行くべきっスかねぇ」
 一人そんな事を呟きつつ、大きめの工場を覗きこむ。そこには6〜7m程の人型機械が数台、メンテを受けていた。
「……」
 その光景をマジマジと見て、それからトーマは盛大にため息を吐いた。
「このレベルっスか……? こんなんじゃ機動性もたかが知れてるっスよ」
「おう、嬢ちゃん。でかい口叩くじゃねえか」
 ぬと現れた影。振り返ればスパナを持ったごつい親父がトーマを見降ろしていた。
「喧嘩でも売りに来たのか? ああ?」
「そんなつもりは無いっスよ。でもあの機構だと足首への負担が大きすぎるっス。まともな立ち回りなんてできないっスよ」
「ああ? 何言ってんだ? 当然だろうが」
 訝しげな顔をする男にトーマは眉根を寄せ返す。
「あれは中量級砲撃支援型だ。膝をついて、砲撃姿勢で射撃するに決まってるだろうが」
「そんな無駄な動作を前提にしてるっスか?」
「無駄だと?」
「無駄っスよ。相手が旋回移動したら追えないじゃないっスか」
「そうさせねえために前衛の小型近接機と組むんじゃねえか」
 男の主張から言えば役割分担が出来ているとも言うべきか。
「そもてめぇは何処の人間だ。少しは機械齧ってるんだろうがよ、王都から島流しにでもされたか」
「少しはとは失礼な!」
「砂の事も考えない時点で素人よりタチが悪いんだよ!」
 『砂』というワードにトーマは眉根を寄せ、それから通路に風吹けば舞う砂埃を、遥かかなたまで砂塵ですすけて見える空を見た。
「……なるほどっス。駆動部を極力減らしたいって設計っスか」
「何を当たり前のことを言ってやがる」
 そう、それがこの世界の当たり前。この星の大部分は砂に覆われ、限られた水源に齧りつくように町がある。
「乾ききってる事を除けば、ホント、ターミナルに似てるっスね」
「ターミナル? 聞いた事ねえ町の名前だな」
「いや、悪かったっス。確かに考えが浅かったっス」
「……なんでぇ。素直じゃねえか」
 職人気質なのだろう。素直に謝罪すれば途端に怒気を収めた。
「ついでで悪いっスけど、タイタンってロボットを見たいっスけど、この町にあるっスか?」
「タイタンだ? あんなの持ってるのは、ごく一部の金持ちか、軍だよ。こんな町にあるもんか」
「知ってはいるっスね。じゃあ、その動力なら手に入らないっスかねぇ」
「本気で言ってるのか?」
 男は怒気よりも呆れを全面に出して腕組をする。
「それに用があってここまで来たっス」
「だったら王都に行けよ。まぁ、行った所で手に入るとも思えんが」
「どういう事っスか?」
どんどん疑わしげな表情になる職人。だがトーマはいつも通りの空気を読まない感じで問いを重ねる。
「テメェは常識ってもんがまるで無いようだな。
コアは機獣(キジュウ)から得るんだ。
タイタンを動かすようなシロモンはSクラスの化け物を動力が無事なままに倒して初めて手に入るんだよ。ンなのを手に入れられるのはランカークラスの傭兵か、軍くらいなもんだ」
 この世界の常識中の常識。それを知らないトーマにいよいよ不審な目を向ける。
「買おうとするとどれくらい掛かるっスか?」
「知るか」
 つまりそんなレベルのシロモノだと言う事だ。
「でも、ユイっちはそれを改造したって言ってたっスから……実は大金持ち?」
「違うわよ?」
 突然の声に振り返れば
「ゆ、ユイ!?」
「ふぅん。やっぱりユイの事知ってるのね」
「それがどう……」
 どうかしている。なぜならこの世界の人間はユイ・レータムという存在を知っているはずが無いのだから。
 そこに気付いたトーマにユイにそっくりな少女は笑顔を向ける。
「あんた、何者っスか?」
「ふふ。で、これが欲しいんじゃないの?」
 トーマの問いを無視して少女が見せたのは赤い光をゆっくりと明滅させるハンドボールサイズの石だった。
「……それが、コアってヤツっスか?」
「それもSクラス機獣のね」
 そんな物を都合よく、この場に持ちだすユイそっくりの少女に不信感を抱かない方がおかしい。
「あんた、ユイなんすか?」
「違うわ。でも……まぁ、親戚みたいなものね」
「おかしいっスよ。この世界にユイは現れていないはずっス!」
 その言葉に少女は微笑み、それからその石をあっさりとトーマに投げてよこした。
「っとっと?!」
「YI-003に伝えなさい。
 『私達は刻み付けてる』って」
 すっと横を通り過ぎる少女。振り返ろうとして、トーマは足が全く動かないことに気付く。
「これは……!?」
 はっとして、少女が現れるまで話していた男が静かすぎることに気付き視線を上げると、男もまるで立ったまま時を止められたかのように固まっていた。
「マヒ、みたいなもんスか?」
 腰から下の感覚が無い。まるで消えうせたようなそれが不意に無くなり、トーマは危うくつんのめりそうになった。
「戻った?」
「なんでぇ。それ……わぁ!?!?」
 同じく戻ったらしい男がトーマの手にした物を見て目を丸くする。
「お、おめぇ、それ……!」
「し、失礼するっス!」
 値のつけられない程のシロモノをか弱い女の子が堂々と持っていられる程この町の治安は良くはあるまい。
 トーマは様々な疑問を脳裏に掛け巡らせながらも『扉』へと走るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「あと少しだ! 死ぬ気で振りきれ!!!」
 誰かの、何度目かも知れない励ましの号が響く。
 数百からなる怪物が悪夢のように列車に追いすがってくる。それを乗客たちはあらゆる手段を持って迎撃し続けていた。
 武装列車は各都市間を大凡一時間で結ぶ。速度を落としていないのだから長くとも数十分の戦いのはずだが、もう何日もこうしているような錯覚を誰もが覚えていた。
「もっと持久力があると思ったんだがなぁ」
 軽口を叩きつつも桜は震える足に活を入れ、刀を握り直して鬼火のようなそれを撃ちはなつと、空から突撃を仕掛けてくる巨大蜂を撃墜する。
「くっそ、揺らしたら腹がたぷんたぷん鳴りそうだぜ!」
 もはやポーションを何本飲んだかもわからない。まだ体は動く。しかしランナーズハイに達した体はどこかふわふわしていて、まるで夢の中でのたうっているかのように実感が無い。それは彼の実力が及ばないから、というわけではない。すでにへたり込んで、戦況を見守るしかできない者も居た。
 一寸先は闇という戦場において、何かが切れてしまうと途端に足腰が立たなくなるものだ。それでも何とかしようともがき、それでも立つことがままならない者達が迫りくる敵を睨みつける。
「来たっ!!」
 誰かの声。そしてそれは敵を指しての事では無かった。
『GYAGUBUUUU!?』
間近まで迫っていたキマイラが上からの圧に引きつぶされ地面に血肉をまき散らす。
「大迷宮都市からの砲撃だ! 防衛圏内に入ったぜ!!」
 それを皮切り雨あられと降り注いだ砲弾が次々と追いすがる怪物を貫き轢き潰す光景が広がるのを見た桜は、自分の意志を待たずしてどかりと腰を落とした。
「まだ気を抜くな。武装列車は大迷宮都市内には入らん。迎撃態勢を維持しろ!」
 そうは言われてもがくがくと震える足に力が入らん。線が切れたと桜は苦笑いを洩らす。
「まだ体は元気なんだがなぁ」
「気力ってもんはまた別のパラメータだ。今は倒れてろ」
 近くに居た老人がニヤリと笑って仁王立ちする。
「大迷宮都市の防衛圏内に入った以上、百程度の怪物じゃこちらをどうともできん」
「うっわ、フラグ臭っ」
「そんなつもりはないのじゃがな」
 まだ充分に軽口を叩ける桜に老人も笑い、それから迫る鳥型の怪物を杖で叩き伏せ羽毛を散らさせた。
「おい、大迷宮都市駅には止まるのか!?」
「多分大丈夫だ。迎撃部隊が出てくるらしい」
 そのやり取りを聞いてなお一層の安堵が広がる。
「ったく、たった数百匹でこのありさまかよ。気が遠くなりそうだねぇ」
 大襲撃の総数は下手をすると十万を超すと言う。
 遥かかなたとなってしまった衛星都市は今どうなっているのだろうか。
 知るすべのないまま桜はやけに蒼い空を見上げるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 生まれて初めての経験かもしれない。
「いえ、まぁ、一度死んでますけど」
 自分の感想に自分で突っ込みを入れるが誰も聞いては居ない。
 というか、聞こえない。なぜなら構えたガトリングガンが休むことなく弾と爆音を吐き出し続けているからだ。
 釣瓶打ちと言うべきか、いや、そんな言葉では生ぬるい砲火の雨。その一端を担いながらルベニアはこの銃が昨日までに吐き出した弾丸の数を今日だけで軽く越してしまったのではないかと人ごとのように思う。
 目の前は敵しか居ない。地面すらもそろそろ見えなくなってきた。
 撃てば当たる。目を閉じてもきっと外す事は無いだろう。そんな光景が目の前にある。
「撃て! 近づけさせるな! 壁際で死ねば道になるぞ!!」
 かろうじて耳に届いた怒鳴り声は正に真理だろう。死体は後続にすりつぶされ、それでも積もっていく。目の前に広がる怪物の山が死体になった時、どれだけの肉片が山となるのだろうか。
「そろそろ危ない」
 ふと、真横で声がしてルベニアは我に返る。
「砲身、赤い」
 確かに重厚な黒いボディに赤味が走り、冬の空気に湯気を立てている。このまま撃ち続ければ銃身の歪みを誘発するかもしれない所まで来ていた。
「御親切にどうも」
「……うん。
 ……?」
「どうかしました?」
 表情の薄い少女がどこか訝しげに自分を見るのでそう問うと。
「……クセニアに似てる?」
 という疑問符が投げかけられた。
「あら、姉を知っているのですか?」
 双子の姉の名前が出て来てルベニアが目を丸くすると、声を掛けた女性───アインも「なるほど」と納得したかのように頷いた。
「クセニアは?」
「姉は今回、謹慎しているとかそんな事を言っていましたけど。裏でこっそり何かをしていると思います」
「そう」
「で、そちらは何をしているのですか?」
 ルベニアの視線はアインの後ろ、壁に乗り、レンズの組み合わせ出てきた単純な双眼鏡を手に周囲を見渡している男へ向けられていた。
「不審な敵探し。今回の動きはやっぱり変」
「あー、そう言えば線路が襲われたそうですね」
「救援に行きたかったけど、無理だった」
「そりゃそうですよ。そこらの駆動機なんて集団に襲われたら一瞬ですから」
 双眼鏡を外して応じるヨンにアインはジト目を向けて
「無理やり威力偵察に出ようとした人の言葉とは思えない」と言い放つと、ヨンはそっと目線を逸らした。
「と、とにかく衛星都市の堅持って事になったんですから、前衛職としては今のうちに可能な限りの情報収集をするべきですよ!」
「話題逸らした……」
 やれやれとアインは表情を動かさずに肩を竦める。
「でも行動がおかしいのは事実。解明は急務」
 そうとだけ言って周囲に視線を走らせる。
「でも、地面を覆い尽くすような怪物からそんなの見つかるのでしょうか?」
 その上雨あられと攻撃が飛んでいるのだ。まともな視界さえも確保するのに精いっぱいである。
「攻めて来ている以上、動かないのが居れば分かりやすいのですが」
 だが、彼の言う通り動かない敵がいたとして、このひき肉工場のレベルを最大にしたような悪夢の光景でどう見つけられようか。それに「居る」と確定しているならばまだ救いもあるだろうが、確証は無いのだ。
「壁を登ってくるのも居ますからね。そういうのを迎撃しながら地道にやりますよ」
 どうせもう町から出る事も叶わないのだから。
 その言葉を飲み込み、ヨンは周囲を見渡す。
 予想以上に敵の猛攻は衛星都市を追いこんでいる。そんな感想は今は捨てておくのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「アルカさんは衛星都市に出ています」
 ルティアの言葉にザザは眉根を寄せる。
「戻っていないのか?」
「はい。元よりこの大襲撃の間は衛星都市を担当しますので」
「……そうか。
 じゃああんたは『猫』の事について、どれくらい知っているんだ?」
 ザザの問いにルティアはしばし沈黙し
「正直良く分かっていません。我々が当初警戒していた相手とも違いますから」
 と、応じた。
「当初?」
 意味ありげな言葉に問いを向けるが、翼の女性は小さくかぶりをふる。
「それについては、今はお答えできません。
 ただ言える事とすると『猫』……アルルムさんはこの世界のルールを逸脱した存在だと思われます」
「ダイアクトーのような、か?」
「種類は違いますが、意味は同じです。
 この世界が定める来訪者のルール。それをあの人は何らかの方法で逸脱し、存在しています」
「……それはあんたらもそうじゃないのか?」
 ザザの問いにルティアは迷うそぶりも無く頷く。
「はい。ただ我々は来訪者のルールからは逸脱していますが、この世界のルールは逸脱していません。なぜなら我々の『特別』はこの世界の管理者に付与された物だからです」
「この世界の、管理者? この世界の神って事か?」
 初耳の情報に眉根を跳ねあげる。
「詳細は何とも、ただ意志ある何かが『開かれた日』の前に我々をこの世界に招き、特別な役目を与えた事は事実です」
「そいつは?」
「公開できません」
 その公開できないという基準は何なのだろうか。ザザは思考を巡らすが答えには至らず頭を切り替える。
「あれが今クロスロードに現れたら対処できるのか?」
「……断定はできませんが不可能ではないでしょう」
「随分と危うい回答だな」
「我々は与えられた『特別』を今は保持していませんので」
 さらりと放たれた言葉はかなり重い。そして深い。
「……どういうことだ?」
「そのままの意味です。我々はこの世界のルールに基づく『最古参故の力』はありますが、あくまでそこまでの存在です」
「そいつは……ダイアクトーの本気の方が怖い、って事か?」
 未だに見せた事のないダイアクトーの本気を指して問うが、「何とも言えません」という、またも要領を得ない回答だけが返された。
「私達とて『来訪者』……知らない事の方が多いのです」
 申し訳ないとばかりの、嘘偽りを感じさせない静謐な声音にザザは押し黙る。
「ともあれザザさんの懸念は分かりました。それ故に貴方には期待しています」
「俺に、か?」
「貴方は既にクロスロードでも有数の実力者です」
 この町の最高峰の一角にそう言われて悪い気はしないが、嬉しいという感情からは酷く遠い。それはきっと自分が知る限りでも『上』が幾人も居るからだろう。
「我々も有事には備えています。だがそれではきっと足りないのでしょう」
「足りない、か」
「はい。だから、その時はよろしくお願いします」
 この町の実質的な最高権力者の一人が躊躇なく、何の計算も無く、ただこの町の安寧を願い、希う様を見せつけられてザザは「分かった」とだけ応じた。
 どうにせよ、自分は戦うためにここに居る。それに代わりは無いと内心で呟いて。

*-*-*-*--*--*--*--*--*--*--*--*-

 というわけで衛星都市はこのまま放置しているとどうなるかわかったものじゃありませんね☆
 大迷宮都市にも大襲撃の一端を補足したという情報があります。
 さて、この戦いの行方は如何に。
 リアクションを宜しくお願いします。
『フォールンナイトメア』
(2014/03/15)
 頭がおかしくなりそうだという呟きは、いつ聞いたか。
「ほんと、きりがない」
 ルベニアは弾丸を吐き出し続ける銃を適当に扱いながら、周囲を見渡す。
 変わらない───数時間前と余りにも、変わらない光景がそこにある。
 或いは神々であれば、永劫同じ相手と戦うという馬鹿げた事もあるのだろうが、神ならざる身にとって『同じ』状態が続き過ぎるというのは毒である。筋肉は凝り固まり、思考は単純化され、音は遠くなり、まるで目の前の光景がスクリーンの向こうの映像のような錯覚を覚えるのだ。
 生きたまま死んでいくような奇怪な感覚。幽霊という立場のルベニアは他者よりは幾分その傾向からは遠いがために一人冷静にその状態を危険と感じる。
 本当に何事も無く、このままの光景が最後まで続くのであればそれでも良いだろう。だが、もし何か特異な不意打ちでも起きれば、錆付き凍った精神では対処はままならないだろう。
 そんな懸念を胸にさらに視線を巡らせると、なにやら小さな銅鑼を持った数名が壁の方に近づいて来るのが見えた。彼らは銃座や壁の上に行くが誰も気にしない。それをしり目に銅鑼が盛大に音を響かせる。

「うぉっ!?」
「なぁっ!?」

 いたるところで居眠りを邪魔されたかのような驚きの声が上がり、怪物への弾幕が薄れる。まさにルベニアが懸念した現象が起きていた。
 幸いなのは、同じ危惧を踏まえて致命傷になる前にそれを自主的に起こした、という点に尽きる。
「交代の時間です! 交代要員が来次第、休憩に移ってください!」
「防衛設備に異常を発見した人はすぐに連絡を!」
 中には怒る者も居たが、続くその言葉にキョトンとし、それから身に襲いかかる疲れによろめいた。中にはまるで腰が抜けたかのように立てなくなる者も居て、そういう人を管理組合の制服を着た者達が手際よく運んでいく。
「お姉さんも休憩どうぞ」
 数名の妖精が近くを飛び、そんな声を掛けてくる。
「ええ。ありがと。そう言えば銃に冷却魔法とか掛けてくれる人、心当たりない?」
「指定休憩所で整備や補給が出来るようになっていますので、そこで相談してみては?」
「至れり尽くせりね」
「それくらいして貰わないとやってられないのです」
 右を見ても左を見ても怪物の海。ここは非常識な地獄なのだ。
「その通りだわ。ありがとう。頑張ってね」
「頑張り過ぎないのがコツなのです」
 妖精らしい言葉にルベニアは微笑みを返し、指定休憩所へと向かう。
 中央のオアシス。その周囲に数多のテントやテーブルが並び、ところどころに山積みの備品が見える。食糧を配給する者も居れば、鍛冶のハンマーを高く掲げる者も居た。
 弾丸類は防壁へ運ばれるため補充は必要ない。目的は撃ち過ぎた銃のバレル確認と、できれば冷却効果のあるエンチャントをしてもらう事だ。
「あら?」
 鍛冶屋が居並ぶ場所へ向かおうとする彼女は物資の山の間を何かを探すように歩く黒の少女の姿を見咎める。
「何をしているの?」
「異常点検」
 特に驚く様子も無く返された言葉にルベニアは首をかしげる。
「敵はまだ壁の外よ?」
「そうとも限らない」
「スパイでも居るって言うの?」
「そんな生易しい物だったら、苦労はしない」
 物騒な返事にいくつかの噂を思い出す。
「猫、とか言うヤツ?」
「そう」
 とりわけめんどくさいのがその「猫」と呼ばれる問題の種が、管理組合のトップの一人、アルカと瓜二つであるという点である。
「というか、どうして瓜二つなわけ? 双子とか?」
「知らない。けど……」
 気にならないわけではないが、そもこの世界で個人の素性を推し量るのは非常に難しい。なにしろ世界と言うのは数多あり、場合によっては『類似世界』と呼ばれる、間違い探しのような『ごくわずかな違いしかない2つの世界』も存在する。ただ、その二つの世界から類似する──ドッペルゲンガーのような者が来る例はない。早い者勝ちなのか、他に理由があるかは不明だが類似する存在はこの世界に入れないらしいのだ。分かりやすい例は地球世界の神々で、地球世界は万単位で接続が確認されているが、同名の神族が二人このターミナルで確認された事は無い。例外としてはシヴァとナタラージャのように神の側面、別の姿とされる存在については別個の存在として扱われるようだ。
「で、何か異常はあったの?」
「……ない。良い事だけど」
 アインは興が削がれたとばかりに捜索をやめ、空を見上げる。
「……」
「どうかした?」
 何故か凍りついたように空を凝視するアインを不思議に思い、視線を追えば
「……は?」
 空から竜がにじみ出てくる様を目撃してしまった。
「え? 何、転移!? でも100mの壁があるんじゃ……!」
「……ないかもしれない」
「え?」
 アインの言葉はこの世界の常識を否定する。ここに来て浅いルベニアだが、100mの壁の厄介さはとっくに理解していた。
「怪物には、それが無い可能性がある」
「どういう事?」
「さっき、怪物の様子を確認してた時に、周囲に指揮個体が無くても作戦行動と思われる動きをする集団を見た」
「音とか鳴き声とかじゃないの?」
「分からない。確証は無かった」
 話している間にもそれはまるで空から湧き出たかのように実体を伴って行く。そのサイズは古竜級。十メートルは軽く超える巨体で、気付いた幾人かが攻撃を仕掛けるも、痛痒を与えているとは思えない。
「あれ……確か……『空帝の先駆け』って言われてるヤツ……?」
「そんな事よりも、あれが暴れても、タダ落ちて来ても大問題だわ!」
 咄嗟に銃口を向けたルベニアがその動きを凝固させる。
「……は?」
 1体では無い。
 2体、3体と竜が空から滲みだす。
「ウソでしょ。あんなデカブツがたくさん……?」
 遅ればせながら響き渡る非常警戒音を背に、幽霊の少女は青白い顔を更に蒼くするのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 その光景は衛星都市に限ったものでは無かった。

「マジかよ……」
 何かあると踏んでクロスロードに残っていたザザは、町の上空ににじみ出る竜の姿を見ていた。
 しかも軽く30は越えている。
「なんだよあれは……!」
 非常警戒音が鳴り響く中、ザザの元には幾人かの来訪者が集まってくる。
「飛行能力持ちで迎撃をしますか?」
「いや、今飛べば射撃攻撃を阻害することになる。一旦様子見だ。
降下する者があれば叩く」
「っていうか、敵なんすかね、あれ。竜族のいたずらって事はないっす?」
 獣人が訝しげに言うが、それが纏う禍々しさを見れば否定の言葉しか浮かばない。あれは間違いなく災いだ。
『管理組合よりお知らせします。
 クロスロード上空に発生した竜『空帝の先駆け』への迎撃行動を行います。
飛行にはご注意ください」
 その単語には聞き覚えがあった。確かかつての大襲撃で現れ、大迷宮都市にあるロボットの砲撃でようやく撃墜した敵だ。
 宣言通りに防衛設備からの攻撃が始まるが────
「生半可な銃や弓じゃかすり傷も付かんか……」
「あれ、少なく見積もってもエルダー(古竜)級ですね」
 雪女が目を細め呟けば、誰しもが不安に視線を交わし合う。
「エルダー級ともなれば、鱗を抜くのにも一苦労だぜ。あれをどうこうできるのって名の知れた連中位じゃねえのか……?」
「しかも町の真上だぜ……」
 今のところ『空帝の先駆け』はクロスロード上空に停滞しているが、それに向かって放たれたであろう攻撃が届かず、町に降り注ぐさまが見てとれた。
「一旦中央部に向かうぞ。集団行動を取らんと自滅しかねん」
 流石にこの事態とあっては勝手な行動は自傷行為になりかねない。決断したザザに従い一行が動きだそうとしたところで異変は起こった。
『管理……よ……』 
放送の異常。そう言えば管理組合は100mの壁のある世界でどうやって町の中全体にある放送設備から音を流せるのか。
そんな疑問も湧いては消える中、ザザはそれが放送の異常で無い事を悟る。
「いや、放送でなく音が……」
「あれ?」
 ザザの声を遮って、訝しげな声ひとつ
「後ろが……いや、それだけじゃ……」
 風では無い。なにか圧のような物を感じた瞬間、ザザは天も地も分からぬ場所に居た。
「なっ!?」
 目が聞こえない。耳が臭いを嗅げない。何を言っているのだ? 言う? 足が言葉を発し、腹が思考する。
 衝撃。
 空にある地面が笑い、壁が踊って光が香る。
 赤は痛く、@はryで、qutはbyuytで%%‘は

「しっかりせぬか」
 風の音。衝撃で周囲の霧が薙ぎ払われ、ザザは己が倒れている事をようやく理解する。
「な、何が起きた!?」
 薄く白い周囲。それに触れた瞬間に先ほどの理解しがたい状態に陥ったと悟る。それを打ち払った主は身にまとう装飾過多な衣服の裾を風に暴れさせながらザザを見降ろす。
「あの霧が原因か!?」
「そんな事よりそこらに逃げ込むぞ」
 行動が決まれば動きは早い。ザザは手近な数人を持ちあげると少女が切り開いた道を疾走。近くの店に飛び込み戸を閉める。
 他の仲間も助けるべきであろうが、少しでも迷えば先ほどの状況に逆戻りし、今度は抜け出せるかもわからない。
「何が起きてやがる……!?」
 幸いクロスロードの家屋は先の常識外れの大雪でも水漏れ一つしなかった作りになっている。あの霧もどうやら防げるようだ。
「奇襲どころの騒ぎじゃないぞこれは……!」
 ザザは歯噛みして言葉を漏らす。こんな状況であの竜が暴れたら対処のしようも無い。
「一体何が起きている? そもあの竜はどうやってここに現れた!?
 あの霧は竜の仕業なのか?」
 問いを重ねても解に至る材料が足りない。
「あんた、何か分からないのか?」
「わしは触れておらぬからな。ぬしの方が分かるのではないかえ?」
 焦りの一端も見せぬ少女の言葉にザザは先ほどの状況を思い出そうとして顔をしかめた。普通じゃない。いや、正常と言う言葉をあざ笑うかのような混沌は記憶すらも家汚し、吐き気を催させるに充分だった。
「あの霧、吸えばああなるのか、触れただけでもダメなのか……」
 そもそもあの症状は何なのか。何をどう間違えば目や耳の機能を狂わせられるのか。
「……狂う?」
「なるほど『狂人』かえ」
 少女の言葉にザザはますます持って顔をしかめた。確かヨンが何かの折に口にしていた名だ。その詳細は一切分からない。
「知っているのか?」
「わしのおった世界で同じ忌名をもったのがおってな……ヨンが知っておったのもそのせいじゃろ」
「お前、ヨンと同じ世界出身だったか」
「まぁ、の」
「で、そいつはどんな奴なんだ?」
「その名の通りじゃ。まさに狂っておったと言われておる」
 少女の言はかつての人物を語る物であった。
「あれは魔術具を作る天才であった。しかしあれの何もかもが狂っていた。あれの作った道具に触れた者は誰しもがその狂気に当てられ、そしてその魔術具の絶大な力を以て、周囲を巻き込み、死をまき散らし続けた」
淡々と語られるが、思うにその被害は計り知れないものだったと容易に想像がついた。
「あれに殺された者よりあれが残した物に殺された者は圧倒的に多かろう。それこそ千で利かぬ程に」
「……この霧もそいつの仕業なのか?」
「確証は無い。わしが知るのは事件や事故の記録のみじゃからな。しかしあれそのものがこのようなことをできたという記録に覚えは無い」
「霧に触れない方法はあるか?」
「わし一人であれば、わしの飛行術は風を纏うからの」
 触れなければ何とかなるという予想は正しいのか。
「……気密服でも用意しろと言う事か」
「まぁ、恐らくは歩いて抜ける事も可能じゃよ」
 さらりと少女が放った言葉にザザは今日一番の訝しげな顔をする。
「簡単なことじゃ。狂ったならば狂った通りに合わせれば良い。手が足になったならば足を手の役に前に進めば良い。前が後ろになれば後ろを前にして進めば良い」
「言わんとするところは分かるが……無理だろ」
「なれば、霧をなんとか払う方法を考えるしかないのぅ」
 見た目10かそこらの少女の言こそ奇怪だとザザは口に出さず呟き、窓の外を見る。
 竜が落ちて来て暴れたら町は壊滅的な被害を受ける。なんとか現状を打破しなければ……

◆◇◆◇◆◇

「到着っス! って、起きるっスよ!」
 ガンガン揺らすが一向に起きそうにない。あろう事か前のめりに倒れて来て慌てて抱きとめると、緩い部屋着のような服の下から以外と豊満な胸の感触を察し、ポイ捨てしそうになる感傷と戦う。
武装列車はフル回転で運転中のため、もたもたしていたらクロスロードに引き戻されかねない。諦めて引きずり出そうとしたところで助けが入る。
「すみません」
 エスディオーネは慣れた手つきで抱きかかえると、すたすたと列車を降りてしまった。
「間もなく、クロスロードへ向けて発車いたします」
「わわわ!? 降りるっスよ!」
 かばんに入れた動力源を確かめ、彼女は列車を飛び出す。
「それで、ユイをここまで連れて来た理由は?」
「これっス」
 えへんと胸を張って、さっきのを思い出してもめげると負けなのでめげずに張り続けたままバッグを差し出す。
「これは……どこからこんなものを」
「ユイの世界っスよ。これで充分っスよね?」
 トーマの言葉にエスディオーネはしばし沈黙し
「充分ではありませんが不十分でもありません。今の状況よりかなりマシになるでしょう」と応じる。
「でもこれ、あの世界で一番の動力源って話っスよね!?」
「ユグドシラルはそれを5つ搭載していましたので。それとは別にフェンリルハウルにも」
「……これ、なんか入手条件滅茶苦茶難しいみたいなことを聞いたんスけど」
「でしょうね。でもユイはあの世界でトップランカーの一人でしたから」
 えええ!?と言う顔でだらしなく眠るユイを見る。
「無論一人で、と言うわけではありません。ユイは電子戦と開発が専門。優秀な前衛と射手が居たからこそです」
「その人達は?」
「残りました」
「どうして?」
「私にはわかりかねます。が、ユイはあの世界ではどうせ存在できませんでしたから」
 軍とも比肩される力を持つ仲間と分かれ世界すらも違う場所に居る。
 それは彼女にとってどういう事なのだろうか。
「って、そうだ。これをくれたのがユイの事知ってたっスけど?」
「……まさか」
「本当っスよ。ユイにそっくりな子だったっス。それが仲間ってヤツっスか?」
「ユイに……」
「るぅ」
 薄眼を開き、唇が名を紡ぐ。
「そう。ルゥが」
「やっと起きたっスか、鼻ちょうちん。仲間でなきゃ兄弟か何かっスか?」
「……うん」
 ユイの言葉にエスディオーネが何かを言いかけたが、主人がそう答えた以上何も言うまいと思ったのだろう。
「御主人、これはどうしますか?」
「フェンリルハウルに搭載する。そっちの方が必要だろうし」
 エスディオーネがゆっくりとユイを下ろすと、ユイはふらふらしながら無造作にトーマのバッグから赤く脈打つ石を取りだした。
「世界に刻んだ、って言ってたっスよ」
「そう」
「どういう意味っスか?」
「ルゥはグレムリンだから」
 グレムリンと言われて思い浮かぶのは機械を故障させる精霊だ。クロスロードにもいくらか住んでおり、たまに自分の邪魔をする。そういう性分だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、邪魔であることには変わりない。
「ユイも精霊系だったんスか?」
「職業の中の専科のようなものです」
「炎の魔術師をサラマンダーと呼んだりするようなあれっスか」
 エスディオーネの肯定を見て、それからグレムリンの意味するところを考える。
 そう、確か自分の足が動かなくなった。あのおっさんについては時間を止めたかのように凍りついていた。機械でなく人間を故障させる? いや違う。
「……もしかして、電気使い?」
「……その通りです」
 人の体は電気信号で動く。コンセントに電線突っ込んで感電すれば意識が合っても体への電気信号が阻害され、手を離したくても離せない状況になり、感電死するまでその状況が続いてしまう。
「じゃあユイは何っスか?」
「ブレインアクセラレータ」
「……」
 これは非常に分かりやすい。分かりやすい上で、
「無茶苦茶っスね」
 そう、言葉が漏れた。
「つまり何スか。自分の脳を自分の電流で加速させてるっスか?」
 その代償が脳の過剰な疲労による長い睡眠であると言うならばつじつまが合う。
「そんな事してたら死ぬっスよ」
「知ってる。でも私はそういうモノだから」
 ユグドシラルの滅茶苦茶な思考リンクの仕様は常人が脳を焼き切らせかねないほどの処理を前提にしているのだ。
 それでユイがルゥと呼んだ少女の事もなんとなく察しが付いた。ユイをYI-03という記号名で読んだ事も。
「……外部演算で負荷軽減できないっスか?」
「どうだろ」
「……ユイは今からフェンリルハウルの調整をするっスよね?」
「うん」
「……」
 早速と動き始めたユイの背を見てトーマは考える。
 とにかくまずは目標を達成した。
 では次にやる事は?
 自称天才は考える。己が為すべき事を

◆◇◆◇◆◇

「列車にバリアとか砲台とかつけて強行突破できねえかな」
「いや、あの列車最初っから砲台付いてるだろ? だから武装列車って言うんだし」
 つっこまれた桜は確かにそうだったと思いだす。どうも目の前の戦いに集中しすぎてイマイチ列車の記憶が薄れていたらしい。
 彼が居るのは大迷宮都市。彼が逃げ込んだ時に追い掛けて来ていた怪物は討伐され、ひと段落付いたところだ。
「だったら衛星都市の救援に行く事も可能か?」
「不可能とは言わねえけどなぁ……」
「いやいや無理でしょ。十重二十重に囲まれている上に列車は所詮列車。レールを塞がれたらどんなひどい脱線をするか分かった物じゃないわ」
 女エルフがあきれ顔で言うと、魔人族の男は「それもそうか」と腕組をする。
「ただ、囲いの外から支援砲撃をするのはアリだと思うわね。敵が列車の方に来たら逃げる感じで」
「だが初速に問題があるんじゃないのか? 速度が出る前に追いつかれたらコトだぞ?」
「そんなの救援に行くとすればどんな手段でも同じだわ」
「ここのラビリンス商業組合とやらに掛け合って高火力の兵器を詰んでもらうとか?」
 桜の言葉に二人は言葉を止め、ややあって「いや、無いな」と異口同音に結論付ける。
「なんでだ?」
「だって、ねぇ?」
「あいつらどこまでも拝金主義なんだよ。いくら大襲撃でも損得抜きで衛星都市の救援に手を出すとは思えねえな」
「でも怪物の死体って金になるんだろ? その辺り踏まえて手を出さないのかな?」
「それこそ無理に出て行かなくても相手から来る。つまりは無駄な労力って事だ」
「管理組合に恩を売るってのも変な話だしね。あっちはほぼボランティア組織みたいなものだから、そこに恩を売るなんてイメージ悪過ぎるし」
 色々難しいんだなぁと桜が眉根を寄せていると「ちょい、お前ら聞きや」と甲高い声を上げるモノがいた。
「ん? ……ダチョウ?」
 見れば確かにダチョウではあるのだが、
「あれはラビリンス商業組合の代表の1人だな」
「随分とせこいって噂のね」
「セコイと言うよりは守銭奴と聞いたがな」
「同じじゃないの?」
「出す金は渋らないって話だぜ?」
 エセ関西弁のダチョウが何やら自己紹介をしているのを半端に聞きつつ、二人の会話で大体を掴む。
「で、本題や。クロスロードが謎の霧に包まれて状況不明っちゅう報告が来た」
 その言葉に場は静まり返る。無理も無い。来訪者にとっての生命線はどう転んでもクロスロードである。そこと音信不通ということは命運を握られたにも等しい。
「空に、以前『空帝の先駆け』ちゅう呼称を発表しとった竜が観測されとる。
 あれが原因かは分からんがな」
「大迷宮都市はどうするんだ?」
 誰かの問いにダチョウはやや考えるそぶりを見せると「静観やな」と、残念そうに言い放つ。
「大迷宮都市は守りには秀でちょるが、攻勢には向かん。人数も半端や。ここで出て行っても囲まれて終わりっちゅう可能性の方が高い。クロスロードに入れんのやからな」
「だが、このままではじり貧じゃないか」
「せや。せやかて手が無い。手があるんならどんどん言ってき? ええ案は採用するで」
 そう言われて場が静まり返る。
「こっちも色々考えちょる。けどみんなで考えた方がええ。やけ、状況を伝えた。
 何でもいい。無茶でも良い。何か案があったら言ってき。うちからは以上や」
 ダチョウはひょいと羽を挙げてその場から立ち去った。
 周囲は今聞いた事、これからの事を話合うためにざわめき始める。
「武装列車で突撃しかけても町に入れないじゃなぁ……」
「風で吹き飛ばせる量、とも思えないな」
「そもそもクロスロードは何も抵抗をしていないのか?」
「いや、衛星都市の方だって放っておけば落ちかねないぞ?」
 そんなざわめきを耳にしながら桜は思う。
 恐らく『良案』が無ければ大迷宮都市は守りに徹するだろう。それはこの世界にある大凡1/3の戦力を無為に留めておくに等しい。
「案外商業組合の狙いはそこかもしれねえけど……不毛だよなぁ」
 周囲の話の通り、クロスロードが無ければ来訪者の明日は無い。遅かれ早かれ開放する必要があるのならば、まだクロスロードからの戦力が見込める時に動くべきだろう。
「さて、何か良い案は無いものかね」
 とにかく、そろそろこちらから攻めに出ないとなぶり殺しに合う。という危機感は既にあった。それをどっちに誘導すべきか。

◆◇◆◇◆◇

 ヨンは空を見上げぽかんとしていた。
「あちゃ……」
 隣に居たアルカの声。
「アルカさん?」
「うん。あれ、落とさないとね」
「いやいや。落とすったって……」
 相手が強大であるということ以上に空にある敵だ。格闘家の身である自身も然ることながら、直上にあれば多くの砲台はその銃口をそこまで向けられない。
 対空兵装は既に火を吹いているが、痛痒を与えているようには見えなかった。
「でも参ったねぇ……メインは大迷宮都市かクロスロードかぁ」
「メイン?」
「あれは余剰だろうね。多分あれの数倍の数がどっちかに現れてるにゃ。
 大迷宮都市は空から干渉し辛いから、多分クロスロードだと思うけど」
「あれは何なのですか? まるで転移してきたように見えますけど」
「空帝の先駆け。名前の通り空帝の手先にゃね」
「……空帝、とは?」
 続くヨンの問いにアルカはしばし沈黙する。
「言えない事なのですか?」
「んにゃ。すっごく説明し辛いから『空帝』って名前を付けたんだけどね」
 言いながら降下してきた『空帝の先駆け』の一体を見据え、猫娘は言葉を続ける。
「この世界の、来訪者に対するラスボスの1体が超バグったヤツって感じかなぁ」
「全く意味がわかりませんよ!?」
 そも「来訪者に対するラスボス」という言葉が不気味だ。まるで誰かの差し金のようではないか。
「とにかく空帝を何とかする手段は多分誰にもないから、あちしらとしては先駆けを削って力を弱めるくらいしか出来ないにゃ。
 と言っても、あれはあれで結構洒落にならないんだけどねぇ」
 言うなりアルカは近くの建物の上に飛び乗ると、「にゃ」と一声挙げる。すると三つの立体魔法陣が展開し、そこから雨あられと火弾、雷撃、風刃が放たれる。
 その嵐にも臆することなく突撃を仕掛ける『先駆け』であったが、ついに耐えきれずに体をよろめかせ、衛星都市の横に墜落した。
「あーしんどい!」
 三つの魔法陣を追撃の如く落ちた先駆けへと叩きつければ、三つの魔法陣に食われるようにして先駆けの体が削られ、やがて消滅した。
「一人であれを……」
「良い事じゃないにゃよ。あちしがこれだけできるって事は、封じるために使ってた力の結構な部分が不要になってるって事にゃからね。
 あと全力出せないから、今ので限界。残りはみんなで何とかして」
「なんとかって!?」
 とりあえず空に見えるのは残り4体。そのうち2体が降下を開始していた。
「あれ、殴って何とかなりますかね!?」
「なるなる。多分うちの管理官か、ヨン君レベルじゃないとどうにもなんないだろうから、よろしく」
「と、言われましても……」
「じゃ、これ、貸したげるから」
 言って放り投げたのは透明の、水晶のような石だった。サイズは握りこぶし程度だろうか。
「『風』のマジックアイテムって認識で良いにゃよ。空飛ぶとか突風起こすくらいならそこそこ自由効くにゃ」
「わかりました」
「回復したらもう一体くらいは相手するけど、今は休むー」
 家の上で大の字で寝転がるアルカを尻目にヨンは次なる先駆けの接近地点へと走り、それから今渡された物を見て、飛行を試す。
「うぉ!?」
 空気が自分を包み、かつて吸血鬼として持っていた飛行能力を遥かに超える速度で目的地に到着してしまった。
「……すっげ」
 感心している場合ではない。振り返れば巨竜がどんどん迫ってきている。
「多少の無茶ならやりますよ、と言うつもりではありましたが」
 伝説の勇者じゃあるまいし、巨竜退治をさせられるとは思わなかったと苦笑いしてヨンは周囲への指示を考えつつ構えを取るのだった。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
はい、というわけで大混乱なう。
霧の発生はクロスロードのみですが、衛星都市では空帝の先駆けが次回からハッスルします。
 クロスロードでもぼやぼやしてると大損害発生します。扉の園に落ちたら大変ですよね……☆
というわけで次からの行動は今後に大きく影響するかもしれませんので楽しく参りましょう。
『フォールンナイトメア』
(2014/04/05)
「あわわわわわわわ」
 犬娘が倒れていた。
その姿はハッキリ言ってヤバイ。麻薬を大量に投与してもこうはなるまいという、人には見せられない顔をしていた。
 無理も無い。この霧に触れた者は全てを狂わされる。彼女は今、自分がどうなっているのかすらも理解できていないのだ。そしてこのまま放置すればやがて心臓も肺も、その機能を狂わせて死に到るのだろう。
『何やってんだ』
 くぐもった声はガスマスク越しだから。彼女は犬娘を拾い上げると近くの家に転がり込む。
「はっ!?」
 それでようやく感覚を取り戻したチコリは周囲をきょろきょろと見渡して、そして完全武装の怪しい存在にぎょっとする。
「あ、あわわわわ!?」
「落ち付いてください。遭った事ありませんでした?」
 チコリの様子を見て室内なら安全だと彼女はガスマスクを取った。そうして晒し出された顔を見て
「あ、ああ……」
 チコリは目をパチクリとさせ、それから言葉を止めて数秒。やおら小首を傾げ
「誰?」
「面倒くせえなお前らっ!?」
 変身を解いて腰に手を当てやぶにらみする女性を見て「ああっ!? クセニアさん!?」と声を挙げる。
「ったく。自殺行為だぜ、あの霧の中を何の準備も無しに歩くなんざ」
「はぁ、すみません……気付いたらもう何が何だか」
「まぁ、仕方ねえっちゃ仕方ねえんだが。こっちもガスマスクだけじゃヤバいっぽかったしな」
 吸い込まないならある程度の外出は可能だが、本格的に活動するなら防護服くらい用意しなければならなそうだ。
「この霧、何なのですか?」
「わからねえ。ただ、下手に触れたら命に関わり兼ねないシロモンってのは手前で体験した通りさ」
「そんな……」
 そんな物が町中に広がっている。町の連携は完全に断たれ、何も知らない者は不用意に霧に触れて倒れている。
「このままじゃ……!」
「数時間もすりゃ死者がわんさかだろうな」
 椅子にどかりと座ってクセニアが窓の外を睨む。
「管理組合からも音沙汰がありゃしない。普段はそこらへんに転がってるセンタまで居ない始末だ」
「どうしたら……?」
「わからん。とりあえず俺達だけじゃどうしようもねえから人集めをしたいところなんだが、外もまともに歩けやしねえ。
 地下を通る事も考えたんだけどな。PBに止められちまった」
 確かに「霧」が問題ならば触れないように地下道を通るというのは良案だろう。だが止められたとはどういう事か。
「地下にインフラがわんさか埋まっているから、らしいんだがな」
「ああ、上下水道とかですか」
「そんな事言ってる場合じゃねえはずなんだが」
 多少壊した所で霧さえ解決すれば数時間で修復してしまう力が管理組合にはある。だが、その緊急措置すらPBはNGとした。
「ほ、ほら、何か対策を打っているから無茶するなとか、そんな感じでは?」
「んなわけあるか。多分町中寸断されてっぞ」
 ここがいくら冒険者の町とはいえ、気密性のある装備を持ってる者などどれだけ居るか。
「防護服だってどれだけ効果が続くか分かったもんじゃない。短期決戦をすべきなのに連携がとれねえ。最悪の状況だ」
「は、はうぅぅ」
 耳をペタンとしてしまったチコリを見てクセニアは舌うち一つ。彼女にではなく憤りを押しとどめなかった自分に対して。
「……って、別に地上にトンネル作っても良いのか」
「あ、それもそうですけど……地面掘っちゃだめなのに、どこから土を持ってくるんですか?」
「うぉ……」
 超高位の精霊術師は何も無い空間から生み出す事もできると聞くが、あいにくこの二人にそんな技能は無い。
「土魔法使えるやつ探すしかねえか」
「そうですけど……私、外、歩けないですよ?」
 コロン
 不意におきた小さな物音。この家の住人でも居たのかと振り返るが誰も居ない。
 代わりにあったのは小さな機械。
「……何でしょうこれ?」
「それ、桜前線の時にトーマが作ってばら撒いてた装置じゃねえか?」
「え? そうなんですか?」
「……そうか。状況はアレと同じ、か」
 桜前線。クロスロードに年に一度訪れる『桜』に良く似た歩く樹木の大襲撃である。『桜』その物には大した攻撃能力が無いため、クロスロードへの物理的な被害は少ない物の、桜の花びらに触れると機械でもなんでも酔ってしまうという珍妙な特性がある事で知られている。
 その上前の年は『スギ』とのちに呼称された移動植物が大量の『花粉』を飛ばした事でかゆみやくしゃみが止まらなくなるという大惨事が発生した。
 これに対抗するために作られた簡易バリア装置がそれであった。
「どこのどいつだ?」
 問うても反応は無い。気配もどこにもない。
「あ、クセニアさん、これ」
 同じくきょろきょろと周囲を見渡して居たチコリが見つけた物。
 それは「5/4」と読める引っかき傷。
「……チ。ともあれ、こいつを使えばある程度は歩きまわれるだろ。何とかする手段探すぞ」
「えっ? あ、えっと。は、はい!」
 慌てていくつかある装置を抱えたチコリは外に出るクセニアを追い掛けるのだった。

◆◇◆◇◆◇

「エスディオーネとリンクさせて外部演算、負荷軽減
 ……流石に生体と繋げるのは変換の点で効率悪過ぎるっスかね」
 大迷宮都市傍の研究棟で作業を続けるトーマはガシガシと頭をかいて書き並べた案を眺め見る。よくよく考えれば更にそこからユグドシラルへと繋ぐのだから、逆に負荷を増大させる可能性すらあると思い到り盛大にため息を吐く。
 色々なアイディアを思い浮かべては破棄。それからふと天井を仰ぎ、そして眠そうな顔で、しかし猛烈な勢いでキーボードに打ちこみ続けるユイを見た。
 それからふと気になり視線をちょい上へ。そこにはサルーキ等に見られるぺたんと垂れ下がった系の犬耳が付いている。
「……あのルゥとか言うのにはついて無かったっスが……胸ちょうちんは人間なんスかね……?」
 このクロスロードでは人型の種族であれば効く薬などが大体均一化されるとは言え、今考えているのは個人用のしかも超微細な調整を必要とするシステムだ。
「でも、今胸ちょうちんを身体検査するわけにもいかんっスよね」
 そんな悠長なことが出来るなら、そもそも無茶をさせる必要すらない。
「ねえ、エスディオーネ」
「はい?」
「ユイは人間種っスか? それとも獣人種スか? あのルゥとか言うのにはその耳無かったと思うんスが」
「ああ……」
 エスディオーネは珍しく考えるようなそぶりを見せると
「ウェアウルフを知っていますか?」
「変身能力を持った人狼だったっスかね?」
「はい。その特性に感染があることは?」
「世界によってはそんな特性があったっスかね。吸血種……吸血鬼の変身形態の一つに狼があって、吸血鬼の配下作成能力と混合している間違った認識の世界も多かったと思うっスけど……って、感染したんスか?」
「故意に、ですが」
 その意味を計りかねたトーマだが、ふとある事を思い出す。
「……感染源はアルカっスか?」
「ええ。彼女、随分と破天荒な存在ですので」
「破天荒っスねぇ」
 エスディオーネの言わんとする所ではないだろうが、間違いなく破天荒だと言う確信はある。
「で、何がっスか?」
「彼女の種族、分かりますか?」
「今の話からするとウェアウ……ウェアキャットっスかね?」
「30点です」
 むと眉根を寄せる。点数が低いのは天才として看過できない。
「元の種族まで言えって事っスか?」
「それもありますが……彼女は妖怪種兼獣人種の元ホムンクルスです」
 あっさりと提示された回答に文句を付けようにも意味がわからない。
「妖怪種? そう言えばしっぽが二本あったっスが」
「猫又という妖怪種ですね。彼女もまた元々あんな耳や尻尾は無かったそうですが、大層力を持った妖怪狐から感染させられたそうで」
「じゃあ、ユイもある意味妖怪になってるっスか?」
「詳しくは分かりませんが、獣人の持つ生命力、妖怪種が持つ不滅性が崩壊するはずだったユイの脳を持たせているのは事実です」
 彼女の話を脳内で整理。それから眉間を強くもんで、やおら天井を見上げ、

「そんな超特異体の調整を一日でできるかぁあああああああああ!!!!」

 心の底から叫んだ。
 いくら天才を自称する超自信過剰存在でもできない事はある。わりかし一杯。
「随分と騒がしいな」
 と、不意に割り込んできた声に視線を向けると、興味深そうにユグドシラルを見上げたままの青年が居た。
「なんスか?」
「いや、ここにすげえ兵器があるって聞いたからよ。どっちも大騒ぎで早く動かせるんなら動かしてくれって言いに来た」
「できるならやってるっスよ」
「なんだ。ここもダメかよ」
 僅かな落胆を込めた言葉にトーマが眉をピクリと跳ねさせる。
「どういう意味っスか?」
「商業組合のダチョウが案を持ってくれば採用するとか言ってた癖に、全部却下しやがってよ」
 問うた意味とは若干ずれた回答。
「どんな提案をしたんスか?」
「クロスロードが霧に覆われたって聞いたからよ。駆動機に高性能爆弾つけて乗り捨て爆撃したらどうかって言ったんだが」
「……クロスロードのサイズ、知ってるっスか?」
「……サイズ? でけえ町とは思ってたが」
「直径30kmっス。その町を覆う霧を吹き飛ばすって戦術核でも搭載するつもりっスか?」
 無論そんな事をすれば町の住民がどうなるかは御察しである。
「う、で、でもよ。入口周辺だけでも吹き飛ばせれば橋頭保も作れるだろ?」
「多分そうはならないっス。霧と言ってたっスけど、本当にただの霧なら数時間で晴れるはずっスから」
「どうしてだ?」
「クロスロード上空は常に東から西への気流があるっス。なのにクロスロードを包んだままと言うならそれは霧に似た別の何かっスよ」
 桜は体験していないが、以前その気流を使ってクロスロード全体を未曾有の豪雪に見舞ったという事件があったのだ。
「つまり爆風で吹き飛ばしても、すぐに元通りになる可能性が高いってことか」
「勿論霧その物を吹き飛ばす意味はあると思うっスけどね。住人の事を考えるとその手段は採用されなくて当然と思うっスよ」
 特にその作戦が管理組合のものならまだしも、独立したラビリンス商業組合が独断で行うのは色々と後で問題となりかねない。
「なるほどな。で、あんたらはどっちに向けてそれを使うつもりなんだ?」
「考えて無いっス!」
 堂々と言い張るトーマにきょとんとした顔を向ける桜。
「まだまともに動いていない物をどっちに使えば効果的とか、判断のしようが無いっスよ。
 先に衛星都市の安全を確保すべきとは思うっスけど、クロスロードの陥落は来訪者全員の敗北という考え方もあるっス」
「でも、そんな悠長に品定めしてる場合でも無いと思うんだけどな」
「かもしれないっスけどね。胸ちょうちん、進捗どうっスか?」
 ゆっくり振り返ったユイが「自分の事?」と首をかしげるので頷いて見せると「演算砲撃は難しい」と小さく呟く。恐らく以前見せたこの場所から50km先の目標への砲撃を指しているのだろう。
「どっちかに接近させるっスか?」
「……それも難しい」
「随伴歩兵が居ませんからね」
 エスディオーネの補足。そう言えばあんな巨体を誇りながら電子戦専門という意味不明な機械だったと思いだす。確かにあの砲以外に固定兵装が見当たらない。
「それで何発撃てるっスか?」
「連射できるのは5発。その後1時間程度のインターバルが必要……
 一定以上の命中精度を求めるなら、射程は2km以内」
「ここから撃つなら?」
「……命中率は4割程度。1発撃ったら次はちょっと時間掛かる、と思う」
 届かせる事も考えれば出力は余計に必要と言う事か。
「で、その機械はどれくらいの速度で動けるんだ?」
「巡航速度で時速約20km程度」
 どっちに行くにしても二時間半というところだが、問題はそれよりも
「撤退無理じゃねえか?」
 時速50kmの武装列車でさえ絶え間ない戦闘を強いられたのだ。その速度では接近を許してしまえば撤退は困難、と言うよりほぼ不可能だろう。
「それで随伴歩兵、か。武装列車で引きずるにしてもデケエしなぁ……」
 単純重量で行くとユグドシラルの方が武装列車数両よりも重いかもしれない。
「とりあえず運用できる所までなら……あと2時間でなんとかする」
「その間に運用方法を考えろ、っスか?」
「人手が必要なら大迷宮都市で集めてくるけど?」
「ただ方針も示さずに集まるかどうか、ですね」
 エスディオーネの言葉に桜はむと小さく呻く。
 この力は来訪者側の切り札の一枚だろう。
これをどう使うか。それは重大な問題だった。

◆◇◆◇◆◇

 特異な存在が周囲に多いせいか。
 ヨンには自覚が薄いが、彼は来訪者の中でも最上位の実力を持った存在だ。
 ついでに言えば彼は「特異」となる条件をもいくつか満たしている。
「ハァアアアっ!」
 魔王の種明かしを足場に加速。風の加護を全力で受けた吸血鬼は空帝の先駆けの遥か上に掛け登ると、その巨大な頭蓋に向け、一撃を叩き込む。
 これでこちらを注視してくれれば地上への被害は……
「あ、ちょ!?」
 ぐらりと巨竜の体が不自然に揺らめき、浮力を失って墜落。
 幸いにして防壁には当たらなかったが数件の建物を引き潰してそれは停止する。
「え? ええ? こいつ、こんなに弱いのですか……?」
『「通し」で脳みそ全力で叩いたら、生物である以上ああなるに決まってるにゃよ……』
 アルカの珍しく呆れたような声が届く。眼下をもう一度見下ろせば確かに竜は死んではいない。バズーカを直接喰らったような一撃で脳が破損すらしていない竜に驚愕すべきところだが、光景が派手だったためにヨンは理解が追い付いていなかった。
「ヨンさん……やり過ぎ」
 中空を蹴って近付いてきたアインがぽつり。ヨンは「う」と呻くが、先駆けは1体では無いのだ。気を取り直す。
「……私が誘導する。ヨンさんは落として」
「いえ、誘導なら私の方が……!」
「攻撃力はヨンさんの方が上。それに落とせば」
 アインが下を指差せばガトリングガンを担いだ幽霊が落ちた先駆けに突撃し、その眼球へ向けて容赦なく銃弾を叩き込んでいた。彼女だけでは無い。多くの来訪者が我に返り、落ちた先駆けの始末に掛かる。
「1体ずつならいっそ町の中に落とした方が良いかも。外に追い打ちに行けない」
『あの数だったらなんとかなるかもね。組合の子に落下ポイント算出させるから、時間稼ぎヨロ』
 アルカからの言葉に頷きヨンとアインは行動を開始する。
 下の方でも同じ要請を受けた来訪者達が誘導を目的とした砲撃を開始。十数分後に最初のポイントが指定され、若干のずれはあったが先駆けを落とす事に成功するとルベニア等が嬉々として弾丸を叩き込み、倒しきる。
「こっちはなんとかなりそう、かしらね」
 とはいえ空ばかりに掛かりきりにはなれない。地上からも呆れるほどの数の敵が押し寄せているのだ。すでに外壁の1/3程度まで死体が積もり、巨人族ならばもしかすると外壁に手が届くかもしれない。
「幽霊になって疲労とは無縁と思っていましたが、精神的疲労というのも馬鹿にできませんわね」
 むしろ消滅に直結するそちらの方がまずいのだが、ぐだぐだ言ってる暇があるなら銃弾をばら撒くとばかりにルベニアは天へ銃口を向けたのだった。

◆◇◆◇◆◇

 冬も明けていない空は酷く冷える。
 獣化し、体毛で全身を覆ったザザが感じる底冷えは果たして気温か、それとも眼下の光景からか。
 直系30kmという巨大都市クロスロード。その全域が白く閉ざされ、唯一扉の塔だけがその存在を示すかのように頭を出している。
 その上に舞うのは二十を超える巨竜だった。
 ティアロットの助力で何とか霧の上に出たザザは、ぐと拳を握りしめ、それから豪奢なドレスを纏う少女を横目に見る。
「霧の無効化、何か手段はありそうか?」
「……ひとつ見当違いは分かったのぅ」
 なんだとザザが眉根を寄せると、ティアはある地点に白い指先を向けた。
 そこにあったのは空帝の先駆けがまるで大気から溶け出たかのように発生する光景。
「転移、なのか?」
「否。空間の揺らぎが無い。恐らくは……ほんに嫌な予想じゃが、あれは霧から生まれ出ておる」
 ザザは素早く周囲へ視線を走らせる。あった、新たにもう一匹先駆けが発生しようとしている。その地点では確かに霧がやたらと濃くなっており、まるで綿菓子をより集めるようにして空帝の先駆けが形作られ、固形化していく。
「じゃあ、霧を払わない限り、無限に湧くって事か?!」
「それ以上に、霧が『怪物』であるなら、全ての扉が危険にさらされておると言う方がまずいがの」
 いかなる手段を以てしても破壊不可能と言われるこの世界の象徴でもある異世界とを繋ぐ『扉』
 その唯一の破損例は怪物によるものだった。
「ち……霧を払う手段を早く見つけねえと」
「……霧、霧のう……」
 ゆっくりと巡らせられる視界。見た目は10歳程度の少女の瞳は、ある一点で止まる。
「これは霧かや?」
「……お前の頭の良さは認めるが、毎度回りくどい」
「魔術使いの性分じゃ。
……あの竜が『空帝の先駆け』であるならば、あの霧こそが『空帝』ではないのかえ?」
「……」
 ただの霧では無い事は先刻承知だ。だが『何らかの存在により発生した霧のようなもの』と『霧その物が怪物』とでは話が大きく違う。
「町は怪物の腹の中、か」
「風で吹き飛ばすくらいでは意味が無かろうよ。
 そもこの町の上空は常に風が流れておる。町から霧が流れておらん時点であの霧が目的を以て動く事は明白じゃな」
「なら霧を叩く方法を見つけろって事か?」
「それで解決するかは分からん。じゃが、確実に霧を削る方法はひとつわかったの」
「何だ?」
「先駆けとなった個体を潰す」
 確かに先ほど目の前で起きた現象。それは『霧が空帝の先駆けに変化した』というものだ。その分霧は消えている。
「想像で動くのは危険じゃろうが、恐らく霧その物に物理的な被害を与える能力は無いのじゃろう。あれば『空帝の先駆け』を作る必要性が無い。
 なれば、あの竜はその手段であり、同時に弱点と言う事になるのかの」
 だが、それは霧の中で動けてからの話だ。如何に凶悪な力を持った来訪者が多く残るクロスロードであっても、触れた瞬間全てを狂わされる霧の中で何が出来ると言うのか。
「いや、前にトーマが珍妙な物を配っていたな」
「ふむ?」
「桜前線に花粉とか言うのを飛ばすのが交じってた時の話だ。
 小型のバリア発生装置を相当数管理組合に納めていたはずだ。霧に攻撃能力が無いのなら、あのバリアでも充分に霧を押しのけられるはずだ」
「なるほど。なれば目的地は管理組合かの」
「ティアはそっちに行ってくれ」
 む? と小首をかしげる少女にザザは眼下の竜を睨みながら宣言する。
「どうせ霧の中や町中じゃ大した機動力を出せないからな。俺はあれを出来るだけ止める」
 たった一体でも身動きの封じられた町に空帝の先駆けが落ちて暴れれば対処ができない。
「なに、足止めくらいならなんとかなる」
「蛮勇かえ?」
「死ぬつもりは無い」
 揶揄のような言葉に淀みない答えを返すと少女は肩を竦め、口早にいくつかの呪文を唱える。
 ザザにまとわりついたいくつかの術は高度な防御、付与魔術だろう。
「一度くらいなら即死ダメージでも防いでやるがの。過信はするな」
「充分だ。他の連中が動くまでは粘って見せるさ」
 そうかと頷いた少女が霧の中へと落ちて行くのを見送り、ザザは数多の竜を睨み据える。
 動きだした一体。それに向かい巨獣は孤独な戦いを開始するのだった。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 衛星都市側は壊滅は免れた模様ですが、未だに数多の怪物に包囲されています。
 時間的にそろそろ大襲撃の本隊が衛星都市に当たる頃合い。上空の事もあり、超カオスな泥仕合が予想されます。
 一番余裕のあるのは大迷宮都市ですが、こちらにも千単位の怪物が到来しつつあります。
 クロスロードは機能不全状態。
 場合によっては扉の全損もありえますのでみんな、ふぁいと☆

 そろそろクライマックスに突入します。
 皆さんの奮闘に期待しております
『フォールンナイトメア』
(2014/04/26)
『『共通認識による能力の拡大』については、あくまで推論です。
また、それに基づくならば、『救世主』と認識されている該当個体は最大級の恩恵を受けていることになります』
そう言えば『救世主』なんていうおとぎ話にも近い情報があったなぁと思い出しながら、考えをまとめるために桜は問いを重ねる。
「確か怪物は扉に集まる習性があるんだよな?
じゃあ扉のダミーを作っておびき寄せたりできねえのか?」
『扉の材質についてはいまだ未だ解明されていません。また、怪物の接触以外の手段で損傷させた記録もありません。
 更に「扉の園」に怪物を故意に侵入させる行為は管理組合を含む全ての組織から禁忌行為に指定されています』
つまりわからないものはコピーすら作りようがないし、他の世界との接点である『扉』に余計なアプローチをするなと言う事か。研究ならば仕方ない、という考えもあるだろうが、何か間違って複数の扉が破損した日には責任の取りようも無い。
「大迷宮都市の戦況はどうなんだ?」
 その問いにPBからの回答は無い。当然だ。この世界には100mの壁があり、通信手段は限られている。僅か数百メートル先と言えど、遠い場所の情報を自動更新する術など無い。
「ここが平穏なのでまだ余裕があるでしょう」
代わりにエスディオーネの返答が涼やかに響く。そうしてここが地下ではなく地上にあることを思い出した。なるほど、大迷宮都市が切羽詰まるようなら、真っ先にここが襲われているはずだろう。
「どれだけここの探索者は引っこ抜いても良いもんスかね」
不意にトーマがそんなつぶやきを漏らす。他の二都市が危険な状態とはいえ、大襲撃はやがてこの都市の上も通過していくものだ。仮に来訪者全てを衛星都市に集めたとしても、一匹たりとも撃ち漏らさないというのは不可能だろう。
しかし、大迷宮都市に限っては大襲撃のターゲットではないため、衛星都市での撃破状況がダイレクトに響くと言う事も考慮すべき内容だ。
「このロボット、どうするんだ?」
「大迷宮都市の露払いをしたら衛星都市の応援っスかね」
「衛星都市? クロスロードの方が先じゃねえのか?」
 本丸を落とされたら話にならない。そう桜が反論すると、トーマは相変わらずの「やれやれ」顔で言葉を返す。
「クロスロードに残っている戦力は他の都市の比じゃないっスよ。今がどうであれ、多少の応援を出してもダメなら焼け石に水ってもんス」
 単純な戦力比で言うならばその通りだろう。しかし今は外からのアプローチだけが打開策である可能性も考えるべきではないのか?
 そんな考えをよそにトーマはユイへと視線を移す。
「ちなみにフェンリルハウルって装弾数どんなもんなんスか?」
「エネルギー供給さえ間に合えば、何発でも。
弾丸の核となる物は各都市の迎撃砲に用いられている物ですので」
作業に没頭するユイに代わり、やはりエスディオーネが淡々と応じる。
「なるほどっス。そう言えばあのあたしが持ってきたのってどれくらい使えるっスか?」
「あれは魔道エンジンの強化版と思って貰えば良いかと」
 魔道エンジン、あるいはマナリアクターと呼ばれるそれはクロスロードで販売される駆動機に搭載されている動力源だ。周囲の魔力を吸収し、ほぼ永続的に駆動し続けるというシロモノである。これがあるから、莫大な燃料を抱えずに広域探索が可能となっていた。
 しかし周囲の魔力を集める装置である以上、そのサイズが出力にダイレクトに影響する。駆動機に搭載するレベルのリアクターでは、精々時速100km程度の速度が出せれば恩の字だろう。だがフェンリルハウルは当然そんなレベルのシロモノではない。凶悪無比出力を考慮すれば、あの石がどれほどののものか、冷や汗が出てくる。
「……っていうか、かなり凄いもんじゃないっスか!?」
「恐らく各世界を見渡しても高位のエネルギー供給物質と思われます」
 そんな物を5個も6個も使わないとまともに動かないとは何事かとトーマは巨躯の機械人形を見上げる。
「なら、やっぱり衛星都市を先に楽にすべきじゃないっスかね。のちのちの大迷宮都市も楽になるっス」
「だったら、最悪一発でもクロスロードに威嚇射撃とかしねえか? そうすればこっちにいくらか流れてくるかもしれねえし」
「……それはない」
 ぽつり、ユイが言葉を零す。
「やって見ねえと分からねえじゃねえか」
「あれは、そういうもの……」
「そういう……? そういえば管理組合は元々あれを知ってたんだよな?
 あれって一体何なんだ?」
「空帝」
 いや、それは知っているって。と言い返そうとした桜だったが、その言葉を止めて一瞬考え。
「空帝の先駆け、じゃなくて?」
「クロスロードを覆っているのは空帝の大部分」
「大部分ってどういう意味っスか? いや、待つっス。この天才、何でも聞いてるばかりじゃないっス! つまりあの」
「あの霧が空帝ってヤツか?」
「こら、人のセリフ取るんじゃないっスよ!?」
 遮られたトーマが目を剥くが、桜はやれやれとジト目を返す
「ここまでくれば誰でもわかるだろうが! 勿体ぶんな!」
 ぐぬぬと呻く少女横目に答えを求めれば、ユイは小さく首肯する。
「空帝が何か、と問われれば堪えられる人はいない。あえて言うならイレギュラー。本来のあり方から間違いすぎて存在の定義すらできなくなったバグ……」
「どういう意味だ? いや、それよりもどうやったら倒せるんだ?」
「知らない」
 何の迷いも無い、そして救いも無い答えに桜はガクリとずっこける。
「知らないって!?」
「言った通り。あれはバグ。
 強いんじゃない。硬いんじゃない。どこまでも狂って世界からはみ出した存在」
「でもクロスロードにちょっかいを掛けてるっスよね。アプローチができないわけじゃないんじゃないっスか?」
「うん。だから『分からない』。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。今日ダメかもしれないし、明日なら倒せるかもしれない。それは私達にも、あれにも分からない」
「ちょ、そんなのどうすりゃいいんだよ!?」
「だから、分からない。……クロスロードに居れば解析できるかもだけど」
 むむむと唸った桜はやがて小さくため息を吐くと
「下手に時間食うよりかは衛星都市に力を注いだ方がマシって事か」
 ふふんと偉そうに無い胸張るトーマをジト目で睨み、呟くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ええっと。どうですか?」
「う、お、おお。お嬢ちゃん助かったよ」
「いえ。近くの家に避難しますから付いてきてください」
 魔族の男にびくつきながらもチコリが提言するが
「いや、そんな悠長なことしてられん。そいつを貸してくれないか」
 と、チコリの持つ結界を指さす。
「あの、他にも救助しないといけない人が居ますので」
「だったら君よりも力のある俺の方がゲブア!?」
 いきなりつんのめった魔族はバリア装置の外に飛び出し、再び霧の呪縛で動けなくなった。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ」
「あ、あの、クセニアさん、落ち着いて」
 げしりと気絶した魔族を踏みにじるクセニアの手を慌てて引く。
「落ち着いているさ。でもよ、むしろ落ち着いてなんて悠長なことをしてたら死人が増えちまう」
 乱暴だが判断は正しい。チコリはおずおずと頷き、男を近くの家まで運ぶと、扉を閉めて一息。
「だいぶ管理組合に近づいてきましたね。あそこに行けば何とかなるでしょうか」
「わからねえ」
 身も蓋も無いが正しい。こんな事態、誰が想定していたと言うのか。
 それにしても、とチコリは後ろを振り返る。
 十数人を保護してきたが、先にも後にもあの「5/4」というサインはあの一度きりだった。
「あのサイン、何だったんでしょうか?」
「ああ? あの『5/4』ってやつか?
 ……昔にどっかで聞いたことある気もするんだがな」
「昔? 管理組合で聞けば分かるのでしょうか?」
「かもな」
 と、話している間に二人は管理組合に辿りつく。戸を開ければぎょっとした職員の顔が並んでいる。
「君たち、どうやってここまで?」
 すぐに数人の職員が近づいてきてそんな事を聞いて来たので事情を説明すると、職員は得心が言ったように頷き、各所に指示を飛ばす。この辺りは流石である。そうしてその男は改めてチコリ達の方へ向き直った。
「有益な情報感謝する。バリア発生装置については在庫の確保と追加生産できないかの確認を取ろう。
 ……制作者が居れば良いのだけどね」
「確かトーマさんは大迷宮都市に行ったと思いますけど」
「なん・・・・・だと・・・・・・!」
 驚愕に身を震わす職員だが、すぐに気を取り直してマジックアイテムの専門家のリストを出すように追加の指示を飛ばす。
「これで一安心でしょうか?」
「何一つ解決してねえけどな」
 言われて見ればその通りである。あくまでまだ反撃のための足掛かりを得たにすぎない。
「あ、そう言えば誰か『5/4』って知っています?」
 不意のチコリの問いに慌ただしかった管理組合員がシンと静まりかえる。
「え? ええ?」
 一体何を言ってしまったのかと焦る彼女だが、周りの職員は視線を彷徨わせ、そそくさと仕事に向かってしまった。
「5/4は昔噂になった5人目の副理組合長を指すと言われる記号じゃよ」
 言葉は背後から。振り返れば新たな人物がそこにあった。
「五人目?」
「都市伝説のようなものじゃ。あやつらには答えにくかろう」
 言って甘ロリを着た少女は周囲に視線を走らせる。
「副管理組合長は誰ぞ残っておるか? それから以前にトーマという者が作ったバリア発生装置を探してもらいたい」
「それなら私がお願いしたところです」
「ふむ。それは僥倖」
「ルティア様が居らっしゃいます」
 上役らしいエルフの女性が特徴的な言葉遣いの少女へ声を掛ける。
「空を見て来た。状況を伝えたい。どこに行けばよい?」
「……では案内します」
 立ち去る二人を眺めつつチコリはいろんな意味で首をかしげ
「副管理組合長ってそんなに簡単に会えるのですか?」
「どうだろうな。もっとも普段はあいつらがやってる店に行けば会えると思うんだが」
 言われて見れば一人は食堂兼酒場の女将で、残る三人もマジックアイテム屋の店員である。普通に面会可能だ。
「そして五人目ですか」
 誰かのいたずらか、それとも別の意味か。或いは……
 その答えはさておき、管理組合が動き出せば救助の手は一気に広がるだろう。だが、何一つ解決していないのもまた事実だ。
「どうしましょうか」

◆◇◆◇◆◇◆◇

「くっ!」
 焦りが口を吐く。
 竜のあぎとがガチリと噛み合わさり、一瞬前まで自分が居た空間をすり潰す。
 砲火の音が絶える事の無い衛星都市の上空でアインは竜を背に虚空を走り回っていた。
「厳しい……かもっ」
 スピードに自信が無いわけではない。が、相手はそもそも巨体でそして空に特化した形を得ていた。地上からの支援があるにせよ、これを誘導するのは精神をどんどんとすり減らして行く。
 そんな焦りを余所にぼひゅんとやや抜けた音と共に白の煙が上がる。それを見てアインは縋る思いで方向転換。
「はぁあああっ!」
 背に先駆けの圧を感じながら富んだ先、薄く消えゆく白煙の向こうに黒の吸血鬼の姿があった。彼は中空を蹴り、速度を最大限に乗せて渾身の一撃を先駆けの眉間に叩きつける、
 果たしてたった一撃であの巨竜をよろめかせるなど、どれほどの威力があるのだろうか。
「……今は集中」
 考えたって答えは出ない。落ちた竜は地上で待機していた近接戦部隊が的確に処理している姿を確認し、傍らで上がった三つ目の煙幕を確認。 振り返って、彼女は移動を開始する。
「うわ……」
 そこで南の光景が一気に視界へと飛び込んできた。
 最早ここの識別などできやしない。目を凝らせば可能だろうが、満員電車もかくやという怪物の群れがひしめき合う様がそこにあった。眩暈すら覚える光景。一体何千、何万の銃弾をばら撒き、魔術を放ち、何日戦えばこのおぞましい地獄から脱出できるのだろうか。
 そんな問いが脳裏を駆け抜け、それが隙となった。
 巨竜の爪が右腕を薙ぐ。それだけでは無い。間近を不意に掠めた風圧があっさりとアインの体勢を崩し、痛みと相まって前後不覚に陥らせる。
 必死に立て直そうとするが、空は地上と違う。そして空を飛び回る力がるとしても、人の形を得た者の性、あるいは宿命か。その制御は一度混乱に陥った身には如何ともしがたい。
 そして、まるで逆上がりをしたかのような浮遊感の後に自分が建物の上に立っている事を知る。
「え?」
「大丈夫?」
 声に振り返ればアルカが立っていた。
「……魔法?」
「んにゃ? 単に力の向きを変えただけだけど?」
 体術で力の向きを変えた。叩きつけられる勢いで空から落ちてきた者に易々とできる事とは到底考えられないが、この少女がこの世界でも最高位の存在であろう事を思い返す。
「……助かった。感謝」
「ういうい。ま、この調子ならなんとかなりそうかなって感じはするけど……ちょっち地上掃討が追いつかなくなりそうだねぇ」
 アルカの視線の先、衛星都市の北側には多くの怪物が都市の横を抜け、北進する姿が見てとれる。その数は百や二百では到底きくまい。
「しかも、先駆けしか居ないし、クロスロード、酷い事になってなきゃ良いけど」
「……不吉」
「ごめんごめん。さて、もうひと踏ん張りしよっか。空片づければもう少し処理能力も上がるっしょ」
 と、二人は大気の奮えに振り返る。

ごっ!!!

 光が外壁の向こうを走り抜け、彼方へと消えて行く。その経路にあった怪物を全て呑み込んで。

「……?」
「……あー、ユグドシラル、かな」
 当然アインもその名前は知っている。ここに来る際にもその巨体は車窓から眺めた。
「あれ、使えたの?」
「使えるようにしたんじゃないかな。って言うか」

ごっ!!

 彼方が輝いたと思うや二発目が反対側の壁の向こうを走り抜け、同じく怪物を削り取っていく。
「まさかあれを解放したわけじゃあるまいし……なんか別の方法でも見つけたのかねぇ。
 なんにせよ、これでかなり楽が出来そうにゃ」
「楽……」
 空の敵の対処法は見えた。陸も削りとれると言うのであれば確かに負荷はぐっと減る。
 しかし彼方からは呆れるほどの怪物が迫り続けているのも事実だ。
「あと何時間戦えば良いのかな」
「まー、三日くらいでなんとかなると思うけどねぇ。流石に七日は勘弁にゃ」
 死を待つような七日間。それを思い返すような言葉にアインは思う。
 かつてはこんな壁も防衛施設も無いままに、あんな途方の無い数の怪物と戦い続けた悪夢があったのだと。
「戻る」
「うい。疲れたら無理しないでね。こっちのは多分あれ以上増えないから」
「分かった」

 ユグドシラルの支援を受けた今、衛星都市の趨勢は大凡決まったように思える。
 ならば、次は何をすべきか。
 或いは─────

◆◇◆◇◆◇◆◇

 『全ての世界と繋がる地』ターミナル
 この不思議な世界にはいくつかの特殊な法則が発見されている。
 それは新しき来訪者を混乱に招く事もしばしば。その筆頭が『100mの壁』であろう。魔法はおろか、通信やテレパシー、未来予知なども使用不能となるこれを忘れた事故は日に数件発生しているとさえ言われる。
 ターミナルの特殊な法則。その言葉からは『100mの壁』か『共通言語の加護』が真っ先に連想されるだろうが、もう一つ忘れてはならない重要な法則がある。
 それは────

 巨体が風を撃ち抜く速度で巨竜へと迫り、渾身の一撃がその背を強かに打つ。それを堪えて反撃を狙う巨獣の姿がそこにあった。
彼は失念していた。なぜならいつも通りであればそこは常に「安全地帯」のはずだからだ。十万……外に出ている来訪者を考慮しても5万人以上がこのクロスロードを闊歩している。更には管理組合とエンジェルウィングスによる上空観測網のお陰で「その法則」は適用されない場所である。
 だが、今は違う。厚い霧が全ての条件を無に帰している。
「ぐっ!?」
 追撃の一打を放とうとしたザザが不意に空中でつんのめる。ありえない状況と足首に感じる圧。振り返った視線の先、後ろ足と化した己の足を掴むのは空から生えた竜の手だった。
「これ……は!?」

 ターミナルでの重要な法則。
 その中でも最も多くの行方不明者……恐らくは死者を出したであろう事象。
 それは「空を一人、或いは少数人数で飛んではならない」だ
 黎明期。この地へと多くの軍事力を送り込んできた『ガイアス』は、この世界を調べるために数多くの探査機を飛ばした。しかしその大半は『100mの壁』に阻まれ用を為さなかったのである。それならばと有人飛行機による調査を開始し、それは起きた。
 出発した有人探査機の全てがロスト。その痕跡すら見つける事はできなかった。その後数度同じ事が起き、また飛行能力を持つ数名がやはり人の目の届かないところで消失したことから、「単独、或いは少人数での飛行をした者は消失する」という怪談めいた法則が知れ渡る事となった。
 そして今、霧に阻まれ視界を得られないこの地でザザは一人空にあった。

「これが、空で消えた理由……っ!?」
 その手は鱗に包まれた───そう、今打倒しようとした「空帝の先駆け」の腕だ。

 がしり、がしり

 振りほどく間もなく第二、第三の手がザザを掴み、恐ろしい力で引っ張り始める。
「くっそ!?」
 次いで腹に衝撃。
 頭も掴まれろくに動かない中でなんとか眼球を動かせば竜の牙が空に舞い、ガチガチとその歯を合わせているのが見えた。
「噛まれた、いや、食おうとしているのか!?」
 気付けばいくつもの竜の口が彷徨い、そしてザザに狙いを定めている。最初の一撃はティアロットの残した防御壁に阻まれたのだろうが、あの牙に一斉に食いつかれればあっという間にそれも消失する。
 中空で、しかも全身の至る所を掴まれては力の入れ様が無い。今までに消失した全ての者と同じように、ザザもまた全て食いつくされ、消えて行く未来がおぞましくも明確に彼の脳裏に描かれた。
 なにしろ今まで誰も、高速で飛ぶ戦闘機でも竜族ですらこれを振りはらえず、この事実を伝える事を許されなかった。恐らくは条件下────目撃者無く飛翔する者に対する特別な強化があるのだろう。
 目まぐるしく彷徨う思考は牙に届かない。ただ、品定めが済んだとばかりにそれらはザザへと向けられた。
「くっ……!」
 せめて一矢。その意識も空しく、その牙はザザに突きたてられ

 一瞬で消失した。

「なっ!?」
 急に放りだされたザザは間一髪霧に触れる前に体勢を立て直して滑空する。
「どういうことだ!?」
 腕や体の各所には物凄い力で抑えつけられた時の痛みがまだ残るし、周囲の「先駆け」は消えては居ない。何故か不意に現れ、ザザを拘束した中途半端な「部分」のみが消え去っていた。

 チッ

 その頬を目に見えぬ速度で何かが擦過する。
 混乱のまま傷の痛みから察した方向に視線を向ければ、霧を突きぬける荘厳な塔の姿。そしてその窓から身をのりだす何者かが微かに見えた。
「あれは……?」
 確か、先にあったヨンを追いかけまわす騒ぎの時に、物凄い遠距離から狙撃をしていた者が居たと聞いた事を思い出す。律法の翼の過激派、その隊長格の一人であったか。
「……目撃者が増えたから、助かった、ということか」
 休息に全身が冷え、どっと脂汗が浮かぶ。それは遅ればせながらの恐怖と安堵。
 否───まだそんな悠長な時間ではないと気を改める。
 そう、今まで悠々と空を舞うだけだった先駆け。その全てが自分を見ている。秘密を知ってしまった者を許さぬとばかりに。

「ハッ、上等!」
 町を守るために、そして、この事実を持ちかえるために。
 ザザは闘志を新たに巨竜へと向かうのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
お待たせしました。
さて大襲撃も終盤戦に入ります。今だクロスロードはかなり危険な状況です。とりあえずの対処方法は見えたようですが、霧に対するアプローチは見えていません。
管理組合の手でバリア発生装置や風の魔術師による救援活動が展開されます。戦力になる人には優先的にバリア発生装置が頒布されるでしょう。
 一方で大迷宮都市と衛星都市は今のところかなり余裕が見えたようです。今であれば大迷宮都市、衛星都市間の行き来も可能でしょう。
 
 というわけでリアクション宜しくお願いします。
『フォールンナイトメア』
(2014/05/14)
 律法の翼はクロスロードでも最古参の組織である。最古参は管理組合では無いのか? という者も少なくないが、大襲撃前からその前身が存在していた。
だが、それも今では二つに分かれている。即ち穏健派と過激派。無論自分達はそんな名前を名乗ってはいないものの、町の住民の共通認識としてそう呼ばれている。そして現時点で詳細不明の管理組合を除けば、恐らく最大の戦力を有する組織こそ、律法の翼の過激派であった。
個人の戦闘力で言えば救世主こと管理組合副組合長の4人やダイアクトー三世、妖怪集団のシュテンなどの名が上がるだろうが、過激派の有する10の自警部隊。その部隊長は皆その化け物に比肩すると言われ、それを力でねじ伏せたと言う過激派のトップ、ルマデア・ナイトハウンドの名は最強の一角と認知されていた。
「恐ろしいな」
 心の底からの、しかしやや苦みを帯びた呟きを洩らしつつ、ザザは先駆けを打撃する。
 援護を受けている手前、塔の方へ行く個体があれば優先的に落とそうと考えていたのだが、それは杞憂に過ぎた。その一発は吸い込まれるように先駆けの目玉や口腔に飛び込み、風穴を空けて行く。撃墜数では軽く二倍以上差を開けられている状態だ。
 どんなヤツなのか興味は膨らむばかりだが、今は目の前の事だ。
「おう、まだ生きておるかえ?」
 体を光が包み、傷を負った部分が熱を持つ。治癒魔法と防御魔法と気付いたザザは声の方へと視線を向けた。
「なんとか、な」
「それは何よりじゃ」
 杖の先から三条の力の塊が放たれ、接近していた先駆けに喰らいつく。
「なぁ、ティアロット」
「なんじゃ?」
 甘ロリを纏う少女は小さく首をかしげる。
「あそこに居る、狙撃の主について何か知っているか?」
「ああ、律法の翼五番隊隊長のエルフェローニュじゃな」
 本当に物知りな娘だと感心しつつ「どんな奴だ?」と問う。
「わしも直には見ておらんから聞いた話じゃが、シルフらしいの」
 シルフと言われて暫く黙考。襲いかかる先駆けの手を打ち払い、顎に反対の腕で一発を叩き付けつつ
「シルフというのは、精霊だったか?」
「然様」
「……さっきから飛んでくるのは弾丸だと思っていたが、魔法か?」
「いや、まごう事無くライフルの弾と思うがの」
 何をどう間違えば精霊が、しかも実体を明確に持たないと言われる風乙女がライフルを持つに至ったのだろうか。というか、多くの世界で精霊というものは人工物を、特に機械関係を嫌うのではなかっただろうか。理解に苦しむが今は解を求められる状況では無い。
「まぁいい。下はどうなっている?」
「バリアの発生装置の回収中じゃ。救助活動が進めば巻き返しも期待できよう」
「それまでは持たせないとな」
「うむ」
 色々思う事はあるが、まずは活路を見いだせた事を……
「そういえば、この空帝、どうすりゃいいんだ?」
「……その辺りも下に期待かのぅ」
 正体不明で普通に触る事すら許されない相手ではこの少女も妙案を出せずに居るらしい。
 一抹の不安を十倍にしつつも、ザザはまず自分が為すべき事だけを想い、巨大化した拳を握るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「これで、最後ですっ!」
 飛翔の加速がそのまま拳に乗る。もはや十数体目。速度を欠片も無駄にする事無く渾身の一撃へと転化し、竜の頭蓋に叩き込んだヨンは、ついでとばかりに壁の外へと吹き飛ばし、多くの怪物を下敷きにした。
「これでひと段落、ですかね」
 壁を隔てた外側は未だ眩暈がするほどの数の怪物が迫っており、空で戦う彼らにも射撃攻撃が飛んでくることもある。が、所詮は壁にしつらえられた銃座の射程よりも遠くからの攻撃。当たれば事故と思うしかない程度だ。
「なんとかなりそう……?」
「あの砲撃がとんでもない威力ですからねぇ」
 最初の数発からはかなり間隔が空くようになったものの、その一撃は余りにも強烈だった。光が走った後には何も残らない。埋め尽くすほどの数の怪物の群れに密度の差が出ている事が全てを物語っている。
「上が終わったなら降りて来ては?」
 二人に声を掛けたのはガトリングガンを背後に漂わせたままのルベニアだった。どうやら給弾が追いつかないために、催促に行く途中のようだ。
「下もかなり順調ですわね。このままならば特に問題無く迎撃できそうです」
「そうですか。だったら……ここは任せても良いかもしれませんね」
 厄介な空帝の先駆けは落としきった。この後がいつも通りの防衛戦ならば、恐らく衛星都市が陥落する事は無いだろう。しかしそれは同時に接近職である自分の立ちまわる場所が無いと言う意味でもある。
「正直貴方が去ると士気が落ちそうですが」
「そう言って貰えると光栄ですけどね。荷物運びで終わるのはちょっと」
「……私も、あの砲撃が気になる」
 ルベニアとしては絶賛活躍中の戦場だが、起きるかもわからない次の有事まで二人を遊ばしておくのが適切か?と言われると言葉に困る。
「じゃあ今のうちに一本出そうと思ってたし、そっちの護衛頼めない?」
 ひょこりと現れた猫娘の言葉にアインは首を傾げる。
「武装列車の事?」
「うん。ここで遊ばせても何の得も無いし、衛星都市が余裕ならこっちに人とか物資を回してもらいたいからね」
「この戦場は大丈夫でしょうか?」
「先駆けはもう出てこないと思うから、後は多分だけど凌げると思うにゃよ。観測数的には過去の大襲撃よりも多いとか少ないとか言う感じでもないみたいだし」
「わかりました。お引き受けします」
 大丈夫となれば迷いも薄れる。ヨンは頷きを返した、。
「うい。で、ついでで悪いんだけど、ヨン君に預けてるそれ、るーちゃんに渡して来てくんない?」
 言われて、預かった水晶をポケットの中で撫でる。
「るーちゃん、と言うと……ルティアさんですか?」
「そそ。空帝があっちに居るなら、それ、あった方が良いだろうし」
「わかりました」
「私はここの方が役に立ちそうですので、戦闘を続行します」
 ここを離れる決意をした二人に背を向け、ルベニアは物資貯蔵庫の方へとその身を躍らせる。
「まだ途中に過ぎませんわ。お気を付けて」
「そちらも」
 ヨンとアイン、それから数名の近接職が武装列車で脱出したのはその三十分後だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 はた目からは、荒野に無駄弾をばら撒いているようにしか見えないのだが……
 ユグドシラルの巨体がチャージ時間を経て放つその一撃一撃は遥か彼方へと消えて行く。が、それが恐ろしい程の計算の上で射出されていることは、ユイのPCを見れば察せられると言う物だった。狂ったように莫大な数の数字が流れ続けている。
 その光景を眺めながらトーマは思考する。
 恐らくは荷電粒子砲の類だろうが、粒子砲というのは地磁気の影響を受けやすく、従って長距離の射撃精度は非常に悪いとされている。
しかしこのフェンリルハウルはそれをぶっ飛んだ方法で克服していた。正直考えた方がおかしい。
「仮想砲身」と称される本来の砲身の先に展開される電流で作られたバレルが、砲弾の発射に合わせ弾丸の外郭となって同時射出。ある一定時間を経て、それはやはり砲として内側に秘めた荷電粒子を射出しているようだ。つまり粒子砲と電気という不安定な要素で二段ロケットに似た結果を作り出しているのである。
 これはブラッグピークと言われる粒子砲のエネルギー減衰対策でもあるそうだが、天才を自称するトーマだからこそ、どうやったら制御機もなにも付いていない、ただの電気がそんな正確な二段階射撃を行うのかさっぱり分からない。恐らく理解するためには今までに培ってきた全ての常識を投げ打たねばなるまい。馬鹿と天才は紙一重と言うが、その最上級がそこにある様な気がする。
「まぁ、加速させている粒子その物が特殊、って事も考えられるっスけど……」
 神も魔法もありの世界だ。そんな未知の物質があったとしてもおかしくは無い。だが、やはりそれが莫大な計算の元で展開している事には変わりなく、いつぼーっとしているようにしか見えない少女が盛大に鼻血吹いて倒れるのか恐ろしくあった。
「さてと」
 そんな思考の海をたゆたうトーマの横で、桜が小さく呟き、歩を進める。
「どこに行くっスか?」
「ここはもう大丈夫だろうし、衛星都市に行ってみるよ」
「行くって、足はどうするっスか?」
「先ほど、武装列車を一便出すとのアナウンスがありました」
 エスディオーネの言葉に「都合が良い」と呟く。
「あんたはどうするんだい?」
「このままここに残るっスよ。胸ちょうちんも結構無茶してるはずっスし、フォロー要因は必要っス」
「そっちのねえちゃんで良いんじゃねえのか?」
 エスディオーネを視線で指し示すも、トーマは「ちっちっち」と舌を鳴らす。
「胸ちょうちんよりも天才のアタシがここに居る事が重要っスよ!」
 数秒の間。桜は目まぐるしく文字を流すパソコンを見てからトーマに視線を移し、
「……空しくねえ?」
「煩いっスねえ!? 早く行くっスよ!」
 トーマの怒鳴り声を肩一つ竦めて受け流す。それからひらりと手を振って外部工房を後にした。
「とはいえ、まぁ、認めざるは得ないっスけどねぇ。あくまでロボットの分野に限るっスけど」
 『自分はマルチに才能を発揮する天才だ』と自己暗示のように呟いて、フェンリルハウルの射撃が生じる轟音に耳を塞ぐ。
 恐らく戦況はこちらに傾いているだろう。
 兵器を思う存分振りまわせる環境も楽しいが、そろそろ一旦整理をしたい頃合いでもある。
「そろそろ終わらせたい所っスね」
 漏らす言葉を流し、トーマは己の作業に戻るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「すみませーん。誰か居ますかー?」
 チコリが開いたのはヒーロー達が集まるHOCの事務所だ。
「なんだい、お嬢ちゃん?
 というか、どうしてここに来れたんだ?」
 やっぱり足止めを喰らってたんだと思いながら、彼女は背負っていた荷を降ろす。
「いえ、ここも困っているんじゃないかなと思いまして」
 荷はもちろんバリア発生装置だ。大体が身体強化系の能力を持つヒーローはレスキュー要因には適切であるとして管理組合から一定数預かってきた。
「これを使えばとりあえず町中を移動する事は可能です。ただ、バリアの強度はそれほど強くないため、これを使ったままの戦闘や高速の移動はダメだそうです」
 がしり、と。目の前に居たヒーローがチコリの手を掴む。
「ひぁああっ!?」
「ありがとう! そしてありがとう!」
「いや、おまえ。それパクリだからな? だが、感謝する。これで我々も正義を執行できる」
「いえ。それよりも町中で倒れている人も多いですので、救助をお願いします。私では引きずるのが精いっぱいですので」
「任せておけ」
「それから管理組合で補充分を作成していると言う事なので、しばらくすれば一定数のバリアは貰えると思います」
 どこか弛緩した空気であったヒーロー達の目に力が戻るのを見ながら、チコリは一通りの状況説明を行う。
「おい、空を飛べるヤツを優先して集めて来い。それからパワー系のファイターもだ。
 それから気密を保持したスーパーカーを持ってるヤツは居たか?」
「ここには居ないんで、回収してきます。っていうか、気密性があれば大丈夫ならスーツ系のヒーローは野外行動できないのか?」
「ダメだった。どうも俺たちの場合はスーツもコミで固体として扱われているらしい」
「その点も管理組合に伝えておけ」
「あ、じゃあその辺りのお使いは私がやりますよ?
 それくらいしか出来ませんし」
 チコリがぴょこっと手を挙げる。
「だがお嬢さん。空に空帝の先駆けが居る以上、町のどこも安全ではない。極力外出は控えるべきだ」
「こういう事態ですから、そんなことは言っていられませんよ。
 私が出来そうな事はやります」
 場が静まり返る。
 おこがましい事を言って怒らせただろうかと不安になったチコリだが

「「「「「うぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

 なんかヒーロー達が咽び泣いていた。
「俺は、俺は感動した!」
「なんという、なんという素晴らしい心意気!」
「こうしてはおれん、一刻も早く、その献身に応えねば今後恥ずかしくてお日様の下を歩けないと言う物だ!!」
 やたらテンションの上がりまくったヒーローをやや引き気味にチコリは眺めて、暫くしてもなんか収まらないのでそそくさとその場を後にするのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

はい。というわけで恐らく次回が最終回となる見込みです。
衛星都市はほぼ安定。大迷宮都市も被害らしい被害を出さぬまま乗りきれそうです。
クロスロードに鎮座(?)した空帝の対処が最後の課題となりますが、無論衛星都市から一斉に手を引いて良いと言う状況でもありません。
そんな事を踏まえつつ、皆さまのリアクションをお待ちしております。
『フォールンナイトメア』
(2014/06/07)
 立ちまわりは上々と言えるだろう。
 周囲には数多の竜。しかし目に見えてその数は減っている。一時は絶望すら見えた戦況。それがどうだとザザは笑みを口の端に乗せた。
 きっと霧の下では多くの者が状況打開のために動き出しているのだろう、同じ種でも殺し合う知的生命。しかし同じ敵を見据えたこの世界ではその個々の特性は相乗し合い、途方も無い絶望すら超える力になる。
 個の最強がそこに必要なわけではない。
 全としての最善があれば何とでもなる。
「試してみるか」
 多少の隙、ミスは他が補ってくれる。ならばあとを気にせず全力を尽くそう。

 それはイメージだ。
 ただ己をひとつの動作に集約させる。
 心臓の動きも、呼吸も、血の流れも細胞の一つ一つも、ただ愚直なるひとつの装置として、その動作を行うための存在と任じる。
 拳が引かれる。
 足は当然のように空を踏みしめ、全ての筋肉が、その拳を前へ送り出すためだけに動作する。
 当たるのか? 通用するのか? そんな思考は無い。
 「絶の一技」とは全てを絶ち、ただその技ひとつに己を昇華する、余りにも単純で、しかし如何な高名な僧であっても至るに遠い頂きの境地。
 これを教えるのは不可能だろう。いかなる言葉を尽くしても伝わる事はあるまい。
 ただ一つ。その全てを見て、共振できた者がそこに至る権利を持つ。
 彼が見たのは一本の槍だった。
 ありとあらゆる言葉を排し、そこにあるのは槍。人の形をしていたとしても、それは槍で穿つための一つの形でしかなかった。
 彼に人としての思考は失せる。
 『敵を穿つ拳』としての当然。方程式、そこに感想など不要。放つと決めたならば約束された結果があるのみ。
 故に、全てを為し終えて、人ごとのように背後を省みる。
───巨竜がその腹に冗談のような大穴を開け、地に落ちて行くという結果を。
「……ふむ」
 驚くというのは妙な話か。しかし彼は自分が想像したより遥かに大きな威力にまず驚いた。そして頷く。全身をむしばむ倦怠感は技の反動だろう。だがそれもこの世界であればいくらでも誤魔化し様がある。
「ほれ」
 滑るように近づいてきたティアがポーションの瓶を投げ渡す。彼女もまた、魔術でこの技を使う者だ。自分の状態を分かっての行動だろう。
「それを多用するなら、回復は充分に用意しておく事じゃな」
「心しておこう」
 敵はまだ多い。霧は晴れない。そして霧が晴れぬ限り、先駆けは生まれる。
「暫く付きあって貰うぞ」
 ザザは新たな標的を睨み、ポーションを飲み干した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 定期的に放たれる圧倒的な火砲。
 その轟音に引かれ、大迷宮都市に駐屯していた探索者が相当数地上まで上がってきていた。
 悠長に、と思うかもしれないが、今現在大迷宮都市に備え付けられた迎撃砲はほぼ稼働を中断している。その主な原因が頭上で砲撃を繰り返す「救世主」ともなれば、目にしておきたいと思うのが人情というものだろうか。
「当面はこれで大丈夫と思いますわ」
 そんな中、計算を得意とする一部の来訪者が集まり、分からない物には一文すら読み解けぬ式をどこからか持って来たホワイトボードにびっしりと書き、議論をしていた。
「ユイ、これを使えますか?」
「入力する」
 頷いてユイが手元のパソコンを操作するのを見守りながら、ドワーフの学者があごひげをしごく。
「いやはや、とんでもない人ですな」
 その評価は今さらだが、その事実が判明した今、誰もが驚愕とそれ以上の興味を持って彼女の後姿を見る。
「まさか微細な大気の揺らぎを基準とするあらゆるデータをもとに、衛星都市の現状を想定していたとは」
 ラプラスの悪魔という理論がある。この世のすべての原子の位置とベクトルを知る事が可能ならば完全な未来予測が可能である。と言う物だ。これは不確定性理論や現実にそのような事ができるシステムが存在しえないということからまさに空論として扱われているが、限定的に多少の誤差を容認しての予測はできうる。
「確かに延々と荒野の続き、原産の生物が皆無のターミナルでは雑音は少ないでしょう。が、そんな事が出来る人は誰も居ない。知の神ですら困難ではないかと思うほどです」
「むしろそっちの方が興味あるね」
 機械生命体の学者がガンレンズを光らせる。
 二人の会話を聞きながらトーマは胸中で否定をする。彼女が観測を元に50km先の状態を予測しているのは事実だろう。しかしそれは大気の揺らぎからではない。彼女の特性を考えれば、それはきっと電気、電磁波、地磁気といった類の物からだろう。彼女は計算で成立するレーダーのようなものだ。
「あ、トーマ」
 そんな会話を横に聞いていたトーマに抑揚のない声がかけられる。
「……アインさんっスか?」
「うん」
 黒を装う少女は緩く頷き、彼女へと歩を寄せる。
「衛星都市の方がひと段落したから来てみた。砲撃気になったし」
「届いていたっスか?」
「綺麗に薙ぎ払ってた」
 ほんの僅かではあるが、味方に当たっていないか心配だったトーマは表に出さずに安堵する。いくらなんでも寝覚めが悪い。
「……あの砲台、どれだけ撃てるの?」
「聞いた限りだと半永久的に、っスかねぇ……チャージ時間は必要らしいっスけど」
 その言葉にアインはぽかんとし、それから丁度撃ち放たれた一撃を見送る。遥か彼方、見えぬ先に光が走り、きっと衛星都市にまとわりつく怪物を薙ぎ掃うのだろう。
「それ、インチキ」
「確かに、何か弊害があっても不思議じゃないっスね」
 二人が知る限り、あの一撃を防ぎきれる手段は無い。この世界の上位陣ならば何かしら手段を用意できるかもしれないが、間違ってクロスロードにその砲門が向けば、万単位の来訪者が為すすべなくあっさりと消滅するだろう。
「胸ちょうちん、あれ、本当に無限に撃てるっスか?」
「……ん?」
 学者連中の組み上げた公式でだいぶ楽ができるようになったからか、気の抜けた感じでうつらうつらしているユイが顔をあげる。
「わから、ない」
「分からないって……」
「複数電池が必要なものを1つの電池で無理やり動かしてるようなものだから……
 いつ電池に異常を来してもおかしくない」
「……爆発オチとか無いっスよね?」
「ない。電池が壊れるだけ」
 それはそれで非常に回避したいのだが、衛星都市での戦いは「大襲撃」という災害からすればまだまだ序盤である。止めるなんて発言はできない。いや、もう充分に優勢を保てそうだからやめて良くないだろうか? 元々無かった火力なんだし。
「トーマ、大丈夫?」
「はっ!? な、何も考えてないっスよ!?」
 ああ、何か考えてたんだなぁという顔をしつつ、アインはユイへと視線を移す。
「でも、今は充分に対処できているから、連射の必要は無いかも。また大事が起きたら、必要になる……」
 その時になって「撃てません」は流石に笑えない。
「あっちとの連絡が密に取れれば良いんスけどね」
「エンジェルウィングスが居ればもう少し連絡が密に取れるのだけど」
 話を横で聞いていた学者の一人が呟く。だが彼らの大部分は霧の中に閉じ込められている。
「ともあれ、武装列車の運行を開始するそうですから、暫く待機して、状況のやり取りをするのも手かと。
 この調子だと大迷宮都市の防備は備え付けの兵器で充分に可能でしょうから」
「クロスロード側はどうなっているかさっぱりっスからね。ユイも少し休んだらどうっスか?」
「くぅ……」
「……もう、寝てる」
 計ったようにやってきたエスディオーネがユイの体を支えるのを呆れながら見つつ、アインへ視線を送る。
「そうなると、衛星都市を開放する方が優先っスかね?」
「……駐屯兵力での迎撃は可能だと思う。でも、敵は次から次に来る。
 応援は送るべきと思うけど、それですぐに解決とはならないと思う」
「……そうっスねぇ」
 トーマは周囲を見渡し、それから排熱の煙を上げるユグドシラルを見上げる。
「ともあれ、これの運用は最後までやるっスよ。これさえあれば、今のところ衛星都市は落ちる事は無いっス。クロスロードはクロスロードの連中に任せるっスよ」
「……うん」
 アインもまた周囲へと視線を走らせている。
 だがそれはトーマのとは意味が違った。
 興味、好奇、様々な「欲」を孕む視線が野次馬の中に混じっている。
 それは当然かもしれない。
 でも、妙に気になる。
「……私もここに残る。防衛、必要」
「そうっスか。じゃ、こっちもちょっと休むっスよ、流石に疲れたっス」
 ふらふらっと歩き去る少女を見送りながら、アインはその場にたたずむのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「どうも」
 不意に現れた青年にロビーに居た者は皆、動きを止める。
 それから囁きが一気に巻き起こった。
「え、ええとですね。アルカさんに頼まれてルティアさんにお届け物なんですが」
 それをかき消すためにも、やや大きめの声で言い放つと、やや上役っぽい男が顔を向けて来た。
「副管理組合長に?」
 気難しそうな有翼人種にヨンは頷きを返す。
「ええ。それから回りたいんでバリアを貸していただければと思います」
「……いや、霧を避ける方法があったからここに来れたんじゃないのか?」
「その方法がルティアさんへのお届け物なんですよ」
 言って手のひらに乗せたのはアルカに預かった小さな宝石。
「それをここに寄越せるということは、衛星都市の状況は随分と良いようですね」
 奥から現れた女性は微笑みと戸惑いを混在させながら、ヨンの手のひらを見つめる。
「とりあえずの山は越したと思います。それよりもこの霧があり続ければ、結果的に衛星都市に悪影響が出るのでは?」
 この霧が何なのかはまだ理解していないが、少なくとも触れて大丈夫な物とは思えなかった。それ故の発言にルティアは首肯を返す。
「今後の趨勢を踏まえ、ここは多少無茶でも解決に向かうべきでしょう。
 それをこちらに」
 ヨンは頷きアルカから預かった石を渡す。
「……今日を境に、この世界はひとつの災厄を迎えるでしょう」
 涼やかな声音がロビーの誰もの音を制止し、響いた。
「でも、私は信じます。この世界に到り、この世界を少なからず愛してくれる者が、かつて封じるしかなかった災厄にも立ち向かえる事を」
 その言葉が何を意味するのか、この場の誰にもわからなかった。

 しかし、その言葉と同時に彼女の前に現れた一本の杖。

 それが『異常』であることは、誰もが知識でなく、感覚で理解した。

「『不理解』を『理解』に。触れ得ぬ『そうでないもの』を『そうである』ものに」

 そして、クロスロードに居る全ての者は、霧を薙ぎ祓う、輝く風を見た。

「創世神の杖を以て、我は我が意志を謳いましょう。
 契約陣がひと欠片、風の全権支配を介し、そを彼方までに伝えましょう」


 クロスロードで救助活動をしていた者達は、等しく空を見上げる。
 濃霧と言うのもおこがましく、霧にあらざる混沌と害意のそれが一陣の風に薙ぎ払われる様を。
「……これは……」
 その中の一人、チコリはまぶしさに目を細める。
 約一日の間、クロスロードから視界を、何よりも陽光を奪っていた霧が薄れ、晴れて行く。
 その風に纏う光が余りにも幻想的で、彼女だけなく、全ての者が動きを止め、そして追いかけるように差し込んだ陽光を見上げた。
「なんとか。なったのでしょうか?」
 それと同時に、ここではないどこかからまるで染み込んで来たかのような不安が胸中を擽るのを感じ、小さく身を奮わせる。
 それでも、この困難な状況は打開されたという事実だけをまずは捉え、彼女らは活動を再開する。

 そうして、ロビーに集う者達もまた窓を塗りつぶした「白」が薄れ消えて行く事に気付く。
「霧は解決した、ということでしょうか?」
「一時凌ぎに過ぎません。そして不完全で混沌化したあれを排除するために、より大きな災厄を解放したのかもしれません」
 予言者の放つ言葉が持つ、未来に対する底冷えするような戸惑い。それが彼女の言にある。
「しかしかつて四人しか居なかった我々では為し得なかった事も、皆が共にあるのであれば、超える手段も必ず得るでしょう。
 この世界が、安寧の場であると定めるためにも」
 問いただしたい言葉は数多ある。しかしその全てより先んじて彼女は告げる。
「これより上空に残る『空帝の先駆け』の排除を優先。同時に衛星都市への支援活動を再開します。また『センタ君』さんには大至急町の状況確認並びに要救助者の捜索活動を開始させてください」
 数秒の戸惑い。しかし、誰かがその指示に足を動かし始め、次第に周囲は同調する。
 そうして再び慌ただしく動き始めた世界の中で、ルティアはヨンを見遣った。
「ありがとうございます」
「い、いえ。お遣いしただけですし」
「いえ、貴方はこれを預けるに足る人物だと、アルカさんが認めていると言う事です。
 これは、おいそれ他人の手にゆだねるわけにはいかない物ですから。」
 彼女の手にする石。それが尋常でない力を有している事は、使用した自分自身が分かっている。かつて、大いなる吸血鬼としての力を持っていた自分は空を舞う事もまた容易かった。しかし格闘家として地に足を着け、立ちまわる程の自由を得る事は難しい。しかしその石を手にしての先駆けとの戦いに、その不便さは微塵も無かった。
「それは……」
「今は公開できません。ただこの世界にとって重要で、そしていずれ不要で無くてはならない物と、言っておきます」
 彼女は確か『創世神の杖』と称した。額面通りであるならば、確かにこの世界にとって重要な物であるだろう。
「アルカさんの言葉を借りるならば、我々はブラックジャックにおけるエース札だそうです。でもエース札だけでブラックジャックは作れない」
「手役を作るために必要な要素が来訪者、と言う事ですか」
「はい。しかしブラックジャック故にバーストもありえます。
 例えば、貴方とゆかりのある存在など」
 この後会いに行こうとした存在だからすぐに頭に浮かんだ。あのはた迷惑な自称神様の事だろう。確かに札としての数字は大きいだろう。或いは、ルールを無視して12や13という数字を主張しかねない。そして言葉を借りるならば、彼女の干渉は「バースト」の条件足りうる。
「貴方と、貴方にまつわる者は多くの鬼札に関わっているように見受けられます。
 ……私は貴方達に期待します。どうか良い未来を」
 その言葉と共に彼女はややおぼつかない足取りでロビーを去る。
「……」
 クロスロードの大事は目途が付いた。衛星都市にとんぼ返りするのも手だが、まだ霧の残した先駆けが空を舞っている。良く見れば見慣れた知り合いの姿もそこにあった。
「ヒーローの皆さんの事もありますし、少しこちらで活動していきますか」
 ヨンはそう嘯いてロビーを後にするのだった。

 余談ではあるのだが、ヒーローに合流したヨンは彼らからやたらと熱心にチコリの事を聞かされるのだが。
 とりあえずそれは聞き流しておく事にしたと言う。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「う、うぉ?!」
 交代を告げられた桜だが、その手が機関砲から自分の意思に反して離れない事に驚愕の声を上げる。まさか気付かぬうちにマヒか何かを喰らったの────
「よっと」
「ぐふ」
 襟首を容赦なく掴まれて無理やり機関砲から外されると、自分の両腕がじんとしびれてまともに動かない事を強く認識する。
「機関砲の振動って案外シャレにならない……でしたねぇ」
 懐かしむようにルベニアは頬に手を当て呟く。余りにも激しく、そして長く継続した振動が手の感覚を狂わせてしまっていたということだろう。起き上がろうとするのだが、腕が上手く動かない。
「それでもかなり振動が少なくなるように設計されたものなんですよ?」
「マジかよ」
「まぁ、慣れですわね。剣だこみたいなものです」
 何か違う上に、念力で砲を扱っている幽霊にたこも何も無いだろうと胸中で呟く。
「十分もすれば治りますよ」
「それまでここに居るさ。状況はどうなんだ?」
「相変わらず気持ち悪い位に敵だらけですわね。空が三、敵が七、でしたっけ?
 こちらだと敵が十で地面なんて見えやしませんけど」
 今の今まで彼が砲の先に見ていた光景はこの周囲どこでも変わらないらしい。見えた地面は敵の死骸で、ただ耳朶を打ち続ける機銃の音と共に現実感がどんどん薄れて行った。
「もう、こんなの自動で撃たせればいいんじゃないのか? それくらいできるんだろ?」
「できるそうですが、やらないそうですね。
 狂わされたら目も当てられないとかで」
 魔術や超常的な手段で混乱を仕掛けてくる怪物はいろんな世界に存在する。電子の世界であってもバグやウィルスが機械類を狂わせる。確かにそういう物への対策は必要かもしれない。
 だが、この戦いが終わってクロスロードであった話を聞けば別の意味で強く理解するだろう。自動なんてとんでもない、と。
「大迷宮都市行きの列車は出せたんだろ?」
「ええ、もう数時間前に。そして帰って来たそうですよ」
「って事は、向こう側は安泰ってことか。そりゃそうだよな、あんな常識外れの砲があるんだし」
「聞いた話ですけど、クロスロードは謎の霧に覆われているそうです。ある意味補給線を断たれている状態、というわけですが」
「……はぁ? ちょ、それ、のんびり話す事じゃなくね?」
「ええ、でもここで慌てて帰ったところで何も始まりませんし、怪物を多く通せば混乱に拍車をかけるだけです。
 ここはクロスロードに居る人達を信じるに越した事は無いかと」
 極めて正論だが、どこか落ち着かない桜はしびれて動かない両腕を忌々しく見ながら、やがて深く息を吐く。
「ま、そりゃそうだな」
「大丈夫ですよ。姉さんに聞いた限りだと、クロスロードにはちょっと理解不能な化け物が相当数居るとの事ですし」
「50km先から光線撃ってる時点で理解不能だよ」
 PBから流し聞きした歴史の一端を思い起こす。
 死を待つような七日間。その最後に現れ、目の前に広がる悪夢をたった四人で蹴散らしたという「救世主」の存在。それもまたクロスロードにあると言うのなら、確かに自分が心配するだけ余計なお世話かもしれない。
「そういや、空帝の先駆けだっけ? あれの調査とか誰かしてるのかな?」
「来訪者の中には研究者も多く居るとの事ですけどね。ただ、死体は消えたそうです」
「消えた?」
「ええ、死亡して暫く立つと溶けて消えるそうです。他の怪物はそんな事無いのですけど、精霊種やアンデッドではよくある話ですね」
「アンデッドがそれ語るなよ」
 分類幽霊のルベニアは小さく笑みを零す。
「じゃあ、組織行動した怪物のサンプルとかは?」
「取りに行ってみます?」
 今は腰をついているため見えないが、砲の先にある数多の死体とそれを踏みしめ、馴らしている後続の怪物軍団が大地を覆い隠している。もはやどれがどれとも知れぬ状態だろう。
「……もう組織行動をしているのはいないのか?」
「居るかもしれませんけど他のに紛れて、って感じでしょうかね。
 あの砲撃のせいでざっくり削られて行っていますし」
 ままならないなぁと肩を竦め、ようやく利いてきた感覚を掴み直すように手を握り締める。
「その調査をしたいのであれば、大襲撃の最後までここに居るべきですね。
 引ければそこは宝の山、というには醜悪ですが、価値的にはそんな場所ですよ?」
 総じて言えば「怪物」だが、見方を変えれば一生出会う事のない種がごろごろ転がっているということだし、中にはその体内でしか生成されない希少な物質も山積している。
「相手の妙な動きには興味なし、ってか?」
「興味がある人も居る、と言う事です。その結果が全体に伝わればそれで十分では?
 頼まれもしないのに隅から隅まで調べたがる変人は随分と多いですし」
 その筆頭が図書館地下の連中だろうか。
「それよりも、休める時に休んだ方が良いですよ。今さらでしょうけどね」
「おう」
 この後、大襲撃は五日間に渡り続く事になり、衛星都市周辺には怪物の死体が山積する事になる。
 が、クロスロードの封鎖を解除し、大迷宮都市にもかなりの余裕を生んだこの戦いは二日目にして決着を見たと言えよう。現に怪物は衛星都市の二重防壁。その一つ目すら超える事は叶わなかった。
 文句の無い大勝利。その結果に誰もが笑みを零す。
 しかし……史学や政治などに詳しい者は一抹の不安を胸に、妄想を脳裏に描く。

 平和とは混乱のプロローグ。
 数多世界に措いて繰り返された呪いのような不文律。

 かつて最悪の災害であった大襲撃。
 それを御せるまでになった今、果たして出身世界も、主義主張も、存在そのものも違う生命が同調し続ける事が出来るだろうか、と。

 その答えは来訪者達が、己の身で示す他無い。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけで(主に更新ペースのせいで)長い事続きました大襲撃、これにて完了となります。
今回については1話参加(リアクション)を返した数×20000Gの追加ボーナス。
また、最終回参加キャラに10点の経験値
更に衛星都市に最後まで居た人には魅力×5万Gのボーナスをお渡しします。
(TRPGデータの無い方は魅力5として計算してください)

また、今回の結果、
ヨンさん、ザザさんには『名声』
トーマさんには『クリエイター』の特別スキルをお渡しします。
詳細は常時能力参照です。

お疲れさまでした。次回のシナリオもよろしくおねがいします。
 
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