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【inv33】『不毛の地に』
『不毛の大地に』
(2014/06/27)
「やはりダメか……」
 その声には落胆はある。しかし、どこか「当然」という響きもあった。
「どうしてだめか、分からないの?」
 護衛と言う名目で依頼人である脇坂に同行していたアインが問うと、彼は地面を触り、土を握る。それからそれを持ちあげてパラパラと落として見せた。
「この土はほぼケイ素で構成されている」
「ケイ素?」
「簡単に言えば、この土には植物が育つための水や栄養素が全くと言っていいほど存在していない」
 なるほどとアインは頷き、しかし首をかしげて
「でもそれなら水や肥料を撒けばいいだけでは?」
「無論試した。それがこの場所だ」
 眉根を寄せてこの場の土と、それから少し離れた場所の土を見比べるが彼女には違いが全く分からない。
彼女とて自分の世界で農地を見た事はある。少なくとも農地の土はこんなぱらぱらと乾いたモノではないし、色も淡い黄土色ではないはずだ。
「理屈はわからないが、この土は肥料や水を受け付けない。地表に残ってそれが雨や風に飛ばされて消えて行くようだ。
 無論耕して混ぜてもみたが、一週間もすればこのありさまになっている」
「この世界の特性……ということ?」
「ただそれだけの話ならば諦めも付くのだがな」
 脇坂は振り返り、クロスロードの防壁を見る。
「あの向こう側、クロスロードには木々が生えているだろ?」
 特に立派なのは大図書館周辺だろうか。春には桜が満開となり、夏には芝生が青々としている。
「クロスロードで土壌改良をしたという話は無かった。しかしあの壁を隔てただけで土の質がこうも変わる理由が分からないのだ」
「なるほど……」
 確かにそれは不可解だ。単純に扉の塔の周辺では、と言う可能性もあるが、それならどこかに明確な境界線があるのだろうか。
「……その原因究明がお仕事?」
「そうだ。このクロスロードは常に飢餓という危機をはらんでいる。それを取り払う事が出来たならば、この世界の探求もきっと進むだろう」
 すぐさまそこに直結するかは分からないが、万が一扉が閉ざされるような事態になれば、この世界は飢えという最悪の事態に直面する事は間違いない。
「……あそこはまだ危ないし……」
 アインは視線を彼方へと向ける。そこには荒野の真ん中にぽつんと緑が浮かんでいる姿があった。
 『森』とだけ呼ばれるそこは知性ある植物が二極に分かれて争い続ける土地になっている。一応来訪者に友好的なグループが優勢を保ってはいるようだが、最悪の場合敵になるかもしれないと言う困った存在だ。当初は数カ月で友好側が制御権を掌握すると考えられていたが、来訪者の協力が薄かったせいか、今でも均衡状態を維持しているらしい。
 最早知らない者も多いだろうが、『森』の当初の目的は大襲撃の果てにクロスロード周辺に埋没した怪物の死体、その複合物が生み出した「毒」を浄化するための存在だ。どうやらその役目はすでに終えているらしい。果たして同時に必要な成分まで抜けてしまったのだろうか?
 否、彼が肥料を撒いた後に『森』が通過したならばまだしも、彼の言いようではそういう事では無いらしい。
「確かに大事な事」
 さて、今回は何が原因なのだろうか。

◆◇◆◇◆◇

「「ヨンだぁ〜」」
 二体の緑の少女に飛び付かれ、ヨンは後頭部を壁に叩きつけられた。

「やぁ、久しぶりだねぇ」
 大図書館地下三階。困った研究者の巣窟である閲覧室の一つ。そこに陣取るニギヤマは、椅子に背を預けたまま薄い笑みを浮かべる。
「急にお邪魔してすみません」
「むしろもっと来てくれても良い。未だによくわからんが、この子たちは君を大変気にいっている」
 ヨンの両脇に張り付いている緑の少女たちは『森』の核たる存在、コアユニットと呼ばれる少女の上位コピーである。
「会話が随分と流暢になりましたね」
「ああ。組織がどんどん複雑化していると同時に自我を強固にしている。
 この二人は最早『森』のユニットとは全くの別存在だよ」
「それで、土壌改良の件はどうなんですか?」
「例の脇坂ってヤツの依頼かい?」
 ご存知で、とヨンが笑みを見せるとニギヤマは目を細める。
「土壌の汚染についてはかなりの範囲で完了している。無論川を越えられないから南側だけの話だけどね」
「ならば、その土地では農業が可能だと?」
「そうなら彼は依頼を出していないさ」
 ザザの問いに男は苦笑を見せる。
「私のもくろみは一様の結果を見た。が、出てきたあの土は砂漠よりもタチが悪い。水を保持しない、栄養を保持しない。どんなに手を尽くしてもあの『土』で存在するんだ」
「だが、『毒』は存在していたんだろう?」
「それも疑問の一つなんだがね。
仮説としてはその『毒』の源が「怪物」だからではないかと考えている。怪物はこの世界を壊し、変質させる力がある。その副次効果ではないだろうか」
 今までの事件を考えるとありえる話だとザザは小さく頷く。
「だが、『森』は何故あんなに生い茂る事が出来る?」
「あれは地面の上に足の生えたカーペットを敷いているようなものだ。『森』の植物はあくまでそのカーペットの上に生えている」
「じゃあ森を広げれば?」
「事実上畑とできる土地が広がる事になるね。まぁ、一年以上経過してまだ今の『森』を掌握できていないのだから、広げたらどうなるかは火を見るより明らかだが」
「そこは何とかならないのですか?」
「なんともなぁ。この前の大襲撃を見る限り、あの『空帝』とやら影響だと推測される。コアユニットから離れれば離れるほど100mの壁による繋がりの断絶は当然として、存在も歪みを発生するのではないかと考えているよ」
 ザザは自分が前後不覚になった瞬間を思い出す。自分と言う存在を掴むことすらできず全てが狂っていく。それが『100mの壁』の正体ではないかというのが巷で囁かれている話だ。
「まぁ、何もしていないわけじゃない。その一環がこの子たちだからね。
 要は自我のしっかりした「来訪者」足りえる存在ならば良いわけだ」
「なるほどな」
「ただ、自我が強くなるほど孤独というものに耐性が薄くなってなぁ。
 この子らは充分にコアユニットとして運用可能なのだが、それを承諾してくれん」
「……ダメじゃん」
「難しい話だよ」
 楽しそうに笑うニギヤマにヨンは何とも言えない顔をする。
「結局のところ、土壌改善は中途半端に停滞中。地面を何とかする方法は今のところ無し、ということか?」
「いや、ヒントはある」
 ザザのまとめにニギヤマが指を一つ立てる。
「このクロスロードには緑が茂っている」
「……確かにそうですね」
「管理組合が何かしたんじゃないのか?」
「ならばその技術は公開してもおかしくないとは思わないかい?
 食料自給率が上がる事を忌む理由があるならともかく」
 確かにその通りだとして先を促す。
「クロスロード設立当時からこの町に居た者にも話を聞いたが、そのような土壌工事については目撃証言も記録も無い」
「昔からこの土地だけは別扱いということでしょうか?」
「だが、最初の大襲撃前、三世界が争っていた時代のことだ。
扉から逃げる事もできなかった者達が直面したのは食糧問題だった。彼らは当然自給を試みたが、誰ひとりとして農業に成功した者は居なかったらしい」
「……じゃあ、クロスロードができてから、変わった、と?」
「そう考えるのが妥当だろう。
 私もこの件には興味がある。何か分かったら教えてくれると嬉しい」
 ザザとヨンは顔を見合わせる。なにやらきな臭いにおいがしてきたのは気のせいだろうか?

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というわけで新シリーズです。
果たしてこの地に実りをもたらす事は可能なのか。
ではリアクションをよろしくおねがいします。
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