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【inv33】『不毛の地に』
『不毛の大地に』
(2014/07/17)

 クロスロードと言う場所は特異である。
 特に科学者にとっては夢のような、そして悪夢のような場所であろう。
 時間にまつわる魔術、異能こそ使えないが、植物の急速成長などは木に親和性のある精霊使いや、豊穣の神に仕える神官が居ればいともたやすくやってのける。今までやってた事はなんだったのだろうかと頭を抱える者も居るかもしれない。
 一方でそれを生命への冒涜と言う物も居るかもしれない。だが、この町ではごく日常的な風景の、誰も気にしないひと欠片である。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「……芽、出てる……」
 朝。
自宅の庭ということで、家着のままのアインは庭に置いたプランタに視線を落としていた。
そこには緑の目がいくつか見てとれる。成長の早い、しかし何の意味も無い雑草だが結果にこそ意味がある。
というのもこのプランタ、壁の外と壁の内側の土を混ぜて、雑草の根を埋めてみたものである。
「……土壌汚染、というわけではない?」
 一応それについては依頼人も調査をした事なので確認程度の行為ではある。しかし「外の土が毒」というのはこれで考え難くなった。
 依頼主の言葉からすれば「外の土は植物の栄養を保持しない」だ。クロスロード内の土を混ぜた事で、或いはクロスロード内にあることで、この土は「栄養を保持した」と考えるのが妥当だろうか。或いは中の土を混ぜたから? 少なくとも肥料などは撒いた事があると言っていたのでタダ土を混ぜるだけでは効果は薄そうなものだが。
「やっぱり場所の問題?」
 三つほど違う場所でとってきた土で同じようにテストしているプランタはあるが、同じような結果だ。それでもたかだか三カ所。依頼人が農作業を試した地域がピンポイントで悪かったのかもしれない。
「……ん」
 ……というのは試してダメだった時点で調査していることだろう。と肩を竦める。この件、施療院も協力しているという事で、科学的調査や魔法的調査もいくらか行われているそうだ。
「……クロスロード近辺、南側は毒はほぼ無い?
 ……とすれば、ますます謎」
 顔を上げる。遥か先にそびえる「壁」
 このクロスロードを守る壮大な建築物は、塔や園とは違い、この地へ訪れた者達が築き上げた物だ。或いはその時に何か仕掛けを施したのだろうか?
「確かそれはザザさんが調べるとか言ってたっけ……後で話を聞こ……」
 朝も早いと言うのに日はすでにまぶしい位だ。視線を巡らせれば庭に植えられた植物が青々と葉を茂らせ、光合成を全力で行っている。
「何が原因? 何が問題?」
 否、何に目を向けるべきか。
 今日も暑い日になりそうと呟いて、彼女は今日のスケジュールを考え始めるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふむ」
 壁周りは舗装されている。元々は地面を潜ってくる敵を警戒しての事だが、壁に設置された砲台への物資供給路としても利用されている。
「流石に壊して地面を見るわけにはいかんか」
 周囲を見渡す。壁から約10mほど離れて初めて地面が見えるところがあり、そこに触れて見るが、残念ながら他とどれだけの違いがあるかは彼には分らない。
「PBにも壁のデータは詳しくは無い、か。登るための通用路は記載されているんだがな」
 となれば、管理組合に聞くべきか。
 と、足元を通る影に視線を向ける。
「なぁ」
『御用で?』
 町中を歩き回る保全ロボセンタ君の1体がザザの巨体を見上げる。
「この壁、どのくらい地下にもぐっているか分かるか?」
『正確には地下に壁はありません』
「正確には、って言うと?」
『三度目の改修工事時に壁の下を中心に土系魔術や硬化系魔術による付与を地下10mに渡り実施。そのため疑似的な壁は地下10mに達していると表現できます』
 なるほど、と頷く。だが同時に手を入れてはいるものの、少なくとも地下の素材は同じ土だと言う事だ。
「この壁の素材は何だ?」
『様々な物資の複合材をコーティングや魔術付与で強化した物です。今では露出していない第一次工事部分はその辺りの地面を精霊魔術で壁としました』
「硬化魔術意外に何か処置はしているのか?」
『記録にはありません。壁からは有害、無害に関わらず周囲に影響を及ぼすような物質、波長の検出もありません』
 センタ君がどこまで真実を述べているかという問題はあれど、言葉を信じるならばこの壁はシロだ。
「じゃあよ。なんでクロスロードの中だけ植物が生えてるのか分からないか?
管理組合が何かしているとか?」
『管理組合管理継続区域では定期的な植物の手入れ、維持管理を行っています』
「そりゃ、どういうもんだ?」
『各植物に合わせたメンテナンスです』
「……普通の園芸レベルってことか?」
『肯定』
 特別な事はしていない。しかし差はある。
「呼びとめて悪かったな」
『いえ。良い一日を』
 ぺこりと器用に体を傾けて歩き去るセンタ君を見送りつつ、ザザは顎をしごく。
「目の付けどころが間違っているのか。それとも、秘密なのか。
 ……やれやれ、どこに目を向けるべきかね」
 ニギヤマの話ではクロスロード成立前のこの地は外と同じだった。
 壁で無いとすれば何が変わったのだろうか。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「っと。しかし、ここに来るのは久々ですね」
 ホウセンカの熱い歓迎を何とかいなしてヨンは目的地を見定める。
 ここ『森』は管理組合からも重要管理区域として来訪者へのアプローチが奨励されているものの、環境の厄介さから参加する者が少ない状況が続いている。
 現に毒を持つ者やマヒをさせる者も多く、生半可な実力ではうっかり全滅しかねない土地だ。
 そこに一人で乗り込むというのは本来無謀である。が、ヨンがある一点を目指すならば話は別である。
「っ!?」
 背後での動きに慌てて振り返ろうとするが襲い。緑の手がぎゅとヨンの腰を抱き、顔が背中に押しつけられる
「ヨン、久しぶり」
 以前よりもずっと流暢な言葉が彼の耳朶に届く。
「ああ、すみません。随分と久し振りで」
「良いの。来てくれたから。このまま監禁する」
「……いやいや待ってください!? ちょっと過激すぎやしませんかね!?」
 自我が強くなれば孤独を強く感じる。
 ニギヤマの言葉は正し過ぎる程に正しかったらしい。
 十分少々を掛けてなんとか説得したヨンは、楽しげにこっちを見ているコアに罪悪感を感じつつ、しかし引きのばしても仕方ないと言葉を繰り出す。
「土地の浄化は進んでいるのですか?」
「うん。お父さんに言われた範囲はほとんど終わり」
 彼女が振り返った先には、本当の彼女の本体たる木と、その周りに毒々しい色の大量のキノコが見えた。あれひとつが化学兵器に等しく、以前、酷く綱渡りな戦いを強いられたと思いだす。
 で、だ。本来ならば彼女の仕事はひと段落ついていると言えるのだろう。しかし敵対するコアが存在する以上、クロスロードサイドのコアの元締めである彼女をこの「森」から欠けさせるわけにはいかない。本当は「一人でさみしくないのか」と問うつもりだったヨンだが、それはさっさと呑み込んでしまった。愚問にも程がある。
 そこにあるキノコをすべて回収しても、森が有する戦力は案外馬鹿にならない。鋼鉄の弾丸に等しい種子を飛ばすホウセンカ(砲閃花と当て字する者も居る)や、人食い植物が繁茂し、それがヘヴンズゲートにでもまとわりついたら目も当てられないことになるだろう。
 彼女に自由を与えるには、『森』の勢力図を一新し、敵対するコアを排除する必要があるのだ。
「ここに来る人が増える方法は無い物ですかね」
 今日一日位はここに居る事を覚悟しつつ、ヨンは真夏間近でも涼しい風の吹き込む緑のじゅうたんの上でぽつり、呟くのだった。

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古来より、ドライアードは男性を取り込みます故。

ヨンさんが無事森を脱出できたかどうかはさておき、第二回目でございます。
果たして注目すべきはどこか。
リアクション宜しゅうお願いします。
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