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【inv33】『不毛の地に』
『不毛の地に』
(2014/08/02)
「あー、うん。なるほどね」
 クロスロード建設当初のメンバーは相当数居ると言われているが、強いて指すならば『門前会談』と呼ばれる最初の大襲撃後に開催された会議の参加者を指すべきだろうか。しかし現時点でもそのメンバーは明確になっていない。だが、確実に参加しているだろう人物は四人ほど分かっている。
 即ち管理組合副管理組合長にして『救世主』とも称される四人だ。
「クロスロードの拡張、ねぇ」
 そのうちの一人、ケルドウム・アルカは彫金をしつつ言葉を漏らす。
「実験という形で構わない。何とかできないか?」
 話に聞く限り、国王かはたまた大統領かという身分の彼女らだが、ここ、サンロードリバー沿いにある魔法鍛冶屋『とらいあんぐる・かーぺんたーず』で結構気楽に会えたりする事は、一年もクロスロードに住んでいるならば誰でも知っている。まぁ、知ったからと顔を出すかどうかはまた別の話だろうが。
「ザザちんはさ、どうやったら『拡張された』って思うの?」
「……壁を広げる、とかか?」
「壁の高さは20m。しかもほぼ真円状に町を囲む壁を純粋に広げるとなると、現在の壁を建設した時の数倍の労力が必要にゃね」
 ちなみにクロスロードの半径は約30km。単純計算しても180Km以上の防壁が存在しており、それを広げるとなると、以下略。
「ではコブを付けるような形で一部分広げるというのはできないのか?」
「二元論で言うとできるけどさ。いったいどれくらいの広さを確保したら拡張したように感じる?
 小さいと単なる見張り塔でも建った程度じゃない?」
 確かにその通りで、そして充分なサイズを確保するとなると
「最低でも壁が日を遮らない程度、って感じかにゃ?
 それだと随分な広さになるにゃよ?」
「作業の手間や費用は一旦脇に置いて、そんな場所を作る事は可能か?」
「できない、かな。
技術、労力的にはぶっちゃけ問題は無いけどね、管理組合としてはやりたくないにゃ」
「それはどうして?」
「できると思われたくないし、やったって言う実績を作りたくないにゃ」
 思った事の外の回答にザザは訝しげに眉を上げる。
「どうしてだ? 来訪者の暮らせる範囲の確保という意味では間違った方策ではあるまい」
「ここがクロスロードだから、にゃよ。
 拡張するって事は防衛すべき個所が増えるって事にゃ。現在クロスロードが保有する戦力を踏まえると、現状が限界にゃよ」
 管理組合の発表ではこのクロスロードには約三十万の来訪者が居住可能だと言う。これは地球世界ではちょっとした都市レベルである。
「他の都市ならもう少し気楽にやれるけど、ここは扉の塔と扉の園を死守しなきゃいけない義務があるにゃ。それをないがしろにして拡張なんて選択肢に入らないにゃよ」
「実験でも、か?」
「じゃあ、ザザちん。クロスロードの土地が拡張可能だとしたらみんな何て言うと思う?」
 クロスロードの人口は約15万人から20万人。まだまだ余裕はあるがそれは住居に限った事だ。
 様々な施設の建設許可願は絶え間なく管理組合に寄せられているが、管理組合はその尽くを退けていた。全員の要求を満たすほど空き地に余裕は無いし、決め方云々よりも誰かが特別に土地を得た形は採りたくないと言う事か。
 それがもし、土地の拡張が可能だとすれば話は変わる。拡張した土地に好き勝手建物を建てれば良いのだ。そうして広がった防衛戦はクロスロードの弱体化に直結する。
「もしもクロスロードが定員いっぱいになったならその案はありえるんだけどね。現時点では実験であれ承認するわけにはいかないにゃよ。
 まー、ここがいっぱいになるにしたって別の拠点を建てる方向がベターなんにゃけど」
 ザザが考えたのは「ここはクロスロードである」という共通認識が土地を変質させているのではないか、という事。その為には秘密裏に拡張しても意味が無い。そして公表するならば、アルカの言う問題が降って掛かるということだ。
「……この案はダメか」
「提案としては面白いと思うけどねぇ」
「……アンタはクロスロード内じゃ植物は育つのに、外じゃ育たない理由に心当たりは無いのか?」
 次の案を検討しつつ、ついでと尋ねた言葉にアルカは笑う。
「心当たりはあるにゃよ。『森』では植物が育ってる。それが答えじゃないかなぁ?」
 ……ザザは眉根を寄せて猫娘を見る。
「この町のためになる事なのに、そんなヒントだけか?」
「うん」
 即答。そしてそれ以上は口を開かない。この人物は確かに「猫」の性質を持ち、人をもてあそぶような言動をする事も多いが、「クロスロードのため」に動かない人物では無い。
 ならば、
「……答え合わせはしてくれるのだろうか?」
「100点満点の回答なら、かな?」
 彼女の立場上答えられない理由がある、という事か。
 思わぬヒントと壁に直面したザザは一礼すると、その答えを求め、店を後にするのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「なるほど。その結果はこちらでも確認しています」
 機械生命体の女性(?)がアインの説明に頷きながら資料を見る。
 ここは施療院の本部。クロスロードの医療施設の元締めのような組織である。といっても医師免許を発行したりしているわけでなく、クロスロードの独特な法則に基づき、謝った治療をしないように講習を開いたり、様々な世界の技術を掛け合わせ、新たな薬や医療技術の開発を主な活動にしている。
 世界によっては「パナケア」や「エリクサー」など万能薬と言うに等しい薬品が存在する。が、クロスロードでそれが十全の役割を果たすかと言えばそうではない。
 来訪者の身体に直接影響を及ぼす物はその所持者(或いは制作者)の技量に伴い効果の増減が発生するのである。これは体内で毒物を生成する能力を持った者が、本来の毒の性質を無視し、クロスロード特有の力の制限を受けて毒も弱体化する、という現象に近いと考えられている。
 つまり有能な薬剤師と三流の薬剤師が同じ製法で同じ薬を作っても、その効果に差が出るのだ。一方で包帯を巻いておけばどんな怪我でも治癒速度が高まるというレポートもある。
こういう特異な現象により、ターミナルにおける医療行為は複雑になればなるほど安易に行ってはいけないものとなっている。ちなみに治癒魔法も不死者に対し「回復」として作用する事が多い。そういう様々な治験を収集管理、公開しているのである。そしてそれは動物に限らない。植物や機械生命など、治癒、修理に関する一通りを押さえている。
「肥料がちゃんと混ざれば育つと思う……。違う?」
「同見解です。恐らく貴方の記録した植物が育ったのはプランターで育てからでしょう」
 プランターで? と小さく首をかしげる。
「それは……中の土と混ぜなくても、プランターに入れて肥料を混ぜれば育った……?」
「特に保水性が欠けているため、少しの時間は必要と思われますが。外のように足した端から肥料の成分や水が抜けて消えると言う事は無いと推測しています」
「……じゃあ、外に大きなプールを作って……その中に土を詰めれば問題なし?」
「理論的にはそうなるかと。その土に埋めた枠が永続的に無事かどうかという問題はありますが」
 そこまでの話を聞いてアインはしばし黙考。それから気付いたように顔を上げる。
「……ああ、そうか。『森』って」
「はい。あれは根と下草により貴方の言う「プールの底」を形成している状態です。
 故にあの上では植物の繁茂が可能なのでしょう」
「それは、あの人に教えたの?」
「はい、連絡済みです。しかし、クロスロードではなぜ「プランターに入った状態」と同等になっているのか。この謎の解には至っていない、と」
 確かにその謎が解ければ外での農作業は安全はさておきかなり現実味を帯びて来るだろう。
「施療院としてはどう考えているの?」
「まだ公表できるほどの仮説も立てられていない状況です」
 ん、とアインは鼻を鳴らし、天井を見上げる。
 何故肥料が混ざらないのか。恐らくその解は「町の外はざるの上に水を流すような状態になっているから」で大凡間違いないだろう。ざるの上にコップをおけば、コップの中には水は溜まる。
 ではクロスロードのコップとは何か。或いはクロスロードのざるの目を埋めている物は何か。
「……」
 施療院のロボ子に礼を言い、アインは新たなヒントを頭に、次の手掛かりを求めて炎天下の町へと歩を進めるのだった。

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さて、今回のこのシナリオ。過去に何度かあったある話にリンクします。
が、そこまで来訪者は辿りつけるでしょうか。
うひひ。リアクションよろしゅう。
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