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【inv34】『ミュージックフェスタ!』
『ミュージックフェスタ』
(2014/07/11)
「ここには閣下じゃない本物のデーモンも居そうだしなぁ」
 そんな事を呟きつつ指定された集合場所に足を踏み入れる。
 ケイオスタウンにあるスタジオ『デスロード』は、いわゆるライブハウスだ。いつもは薄暗くして、色とりどりの照明を躍らせるそこも、今日は説明会場として使うために通常照明が灯されている。
「よぉ、よく集まってくれたな」
 一段高くなっている舞台の袖から現れた男に視線を向ければ
「閣下だぁ!?!」
 ここ、スタジオ『デスロード』のオーナー、ダーランド・ノヴィアは間違う事無く、デーモン───魔族であった。
「アアン? 地球系世界の出身者にたまに言われるが、なんだそりゃ?」
「あ、ああ。お気になさらず」
 慌てて手を振る桜に訝しげにしながらも、しかし今日は目的が違うと視線を外し、集まった面々を見渡す。
「さて、早速だが今日は簡単な説明と、希望を聞く。
 屋台の希望者は管理組合への届け出票を後で配るからそのつもりで居てくれ」
 双角と厳つい面、赤褐色の肌はデーモンと言うより赤鬼を連想させるかもしれない。そんな彼が指をパチンと鳴らすと、プロジェクターの映像が彼の背後に移った。
「今回の祭り、その地図にある16のポイントに野外舞台を、あとコロッセオと大図書館の公園に舞台を用意させてもらう。16の舞台については半分を予約制。もう半分を当日の飛び入りで演奏者を決める仕組みだ」
 地図を見る限りクロスロード中に分散して舞台が用意されるようだ。
「無論街頭での演奏もOkだ。だが一部特区法に基づく禁止区域もあるから、運営スタッフは把握しておいてくれ。
「舞台の警備とかはするのか?」
「舞台の方は放っておいて良い。どっちかと言うと町中でHeatし過ぎちまった連中が起こすもめごとの対応や、さっき言った禁止区域の確認がメインになる」
「清掃とかは?」
「それはセンタ君が常時やってくれているからな」 
 確かに何百体居るか分からないセンタ君を押しのけて町の清掃に繰り出す必要はなさそうだ。
「案内関係もPBがやってくれるから、大した話にはならん。
 なのでスタッフの主な仕事は会場設営、交代時のセッティング、あと交通整理がメインになると思ってくれ」
「交通整理?」
「客が集まり過ぎて道を埋め尽くしたら困るだろ?」
 なるほどと桜は頷く。
「ま、スタッフだからって縛りつけるつもりはねえ。要請がある時に迅速に対応さえしてくれれば文句は言わねえ。
 なんならうたう歌う方に殴りこんだって構わねえ。そういう感じで宜しく」
 なるほど話が分かる、というか、ロックだな、と言うべきだろうか。
「これは楽しむための祭りだ」
 つまりそういうことらしい。楽しい仕事だと桜は頬を小さくつりあげるのだった。

◆◇◆◇◆◇

「と、言うわけっス!!!」

 ぐっと身を乗り出して自信満々に言い放つトーマを見て、アルカは目を細めるのであった。

「で、いきなりその言葉から始まるのはどーかと思うにゃよ?」
「おっと、天才過ぎて過程を吹き飛ばして結果だけを残してしまったようっスね」
「ええと、落ち着いてくださいね?」
 苦笑と共に現れたルティアがお茶を置く。
「んで? 何をするの?」
「チャーム系の魔術を音響に乗せて放つとかできるっスかね?」
「できるにゃよ」
 アルカの即答にトーマは目をきゅぴんと輝かせる。
「っていうか、それ、科学分野でもできるじゃん」
「え?」
「音楽ってのは元々精神に対する作用があるモノにゃよ?
 不安にさせる音、心を落ち着かせる音、そういう研究知らない?」
「し、し、し、し、知ってるし!?」
 実際言われて思い出したのだが、目線を逸らしてひゅーひゅーと口笛を失敗する。
「魔術にしても種類があるけど、例えば『音』に意味のある魔術であるなら録音再生でも発動させる事は可能にゃよ。
 ただ大抵の録音機材は音の変化を生じるからそのあたりを計算した上で録音させるなら、って事になるけど」
「つまりそこらのカセットテープでセイレーンの歌声を録音しても、再生した音じゃチャームの効果は発揮しない可能性が高いと言うわけっスね?」
「うん。一方で言霊、つまり言葉の並びによる術に関しては、陳腐な録音環境でも正しく相手に言葉を伝える事ができれば機械越しに術を成立させる事ができるにゃ」
「……それは魅了の力を持つ言霊、言葉の羅列で歌詞を作れば、音響に乗せても充分に効果があるって考えて良いっスか?」
「うん。で、最後は『音』を媒介に魔力を乗せるタイプ。これについては録音じゃ全然ダメ。ただし音響による拡散は効果があるにゃ。
 ハーピィやセイレーンの歌声はだいたいこのタイプにゃね」
「魔力の伝導体として音を使うわけっスか」
「言葉その物に魅力の魔力が乗るっていう能力者も居るらしいにゃね。この場合は音程や歌詞なんてのはどうでもよくて、自分と相手が音によって繋がれば術を掛ける事ができるにゃ」
 なるほど色々あるなとトーマは頷きを返す。
「ちなみに今回の祭り、そういうのは規制しないっスか?」
「別に魅了した後に取って食うとか言うなら止めるけど、魅了されるまでだったら本人心地良いんだからほっといて良いんじゃない?」
「実力で勝負する人には不利じゃないんスか?」
「そういうお祭りじゃないでしょ?
 まー、不当な評価って言うならそうかもだけど、この世界では「そこまでが才能」にゃよ。それにあたしだったら『歌で負けた』わけじゃないし、それ以上の歌を作ればいいんじゃないかなぁって思うけど」
 人を魔力で魅了するチート能力に随分と寛容な考えである。
「……って言うか、アルカさん、歌うんスか?」
「アルカさんは歌、上手ですよ」
 ルティアの言葉にそこはかとなく嫌な予感がする。
「もしかしてアルカさんも出るっスか?」
「んー、空いた舞台で適当に歌うくらいはするかもねー」
 こういう人間の「適当」は「ガチ」と同意である。
 ここに大敵を見出したトーマは、今聞いた事を踏まえ、自分の取るべき策をじっくりと練るのだった。

◆◇◆◇◆◇

 というわけで、あっという間にやってきた祭り当日である。
「ん〜♪」
 町の至る所で音楽が鳴り響き、人々の熱狂と混ざり合って特殊な高揚感を生み出している。まだまだ始まったばかりか、比較的緩やかな、明るい曲が多いように思える。もしかするとロウタウン側だからだろうか。
 チコリはのんびりと町を行きながら視線を彷徨わせる。知り合いが参加していると言う話は今のところ聞いては居ないが、飛び込み位やらかしそうなのは多い。
「迷子になっている人とかも居なさそうですかね」
 ちなみに密入国じみたやり方でクロスロードに侵入していない限り、PBのサポートがあるので、少なくともクロスロード内で迷子になる事はほぼ無い。仮に親と離れても近くの無人サポートセンターに案内し、親もその地点へ誘導する事が可能だ。
 そんな事をすっかり頭の外ではあるが、別にそれが主目的では無いので特に問題はあるまい。
「それにしても、不思議な物ですね」
 一言で言えば『音楽』。しかし数多の音の組合せがそれと呼べる物へと化けてしまう。その組み合わせは無限であろうが、なじみが無くとも心に響く音の組合せが至る所から耳を擽る。きっと参加者の誰もが今日の音を胸に秘め、或いは新たな音を生み出すのかもしれない。
 と、チコリはある獣人族の歌手を見た。
 彼女の前には客は居ない。なにしろ彼女は謳っているように見えて、何一つ音を発していない。エアギターとかそういう物かと眺めている者も居るが、遠巻きに見るチコリには道往く者の奇妙な差異に気付く。
「……これも、独特の歌なんでしょうかね」
 耳を澄ませば、同じく獣の属性を持つ彼女の耳には確かに『歌』が聞こえた。
 可聴域。詰まる所音を感知する器官が捉えられる音には範囲が存在し、それを越える音は知覚できない。彼女の歌う歌は一般的な人間型来訪者の可聴域を超えた所で歌われているのだ。
「こういうのもあるんですね」
 チコリの視線に気付いたのか、彼女はにこりと笑みを見せ、高らかにサビを歌いきる。可聴域ぎりぎりの者が不意にその音を捉え、不思議そうにするのが面白い。彼女を見て、理解し、足を止めるのだ。特に人間型のツレが居る場合、その戸惑いっぷりについ吹き出してしまった。
「色々な音に出会えそうです」
 彼女は呟いて次の音を探しに足を進めるのだった。

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今回は平和なシナリオですよー。
ええ。平和ですとも。うひひ。
では次回はお祭り2〜3日目位をお送りします。
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