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【inv34】『ミュージックフェスタ!』
『ミュージックフェスタ』
(2014/07/24)
 この祭りがどんなものか、来訪者がだいたい把握してきた三日目。
 一週間続く祭りと把握したからか、初日二日目と打って変わり、気抜けしたような閑散とした印象を受ける。
 街角にはいつもより多くの吟遊詩人やミュージシャンが居るものの、どこか盛り上がりに欠けるといったところか。
 運営側としてもこの三、四日目は最初の二日間の振り返りと最終日へ向けた前準備と見ているらしい。本部主催のイベントも緩やかな物が多かった。
 だがその一方で、こんな状態でも人を集める者が居る。大体はこの地で奇特にも音楽活動を続け、多くのファンを獲得している者だったりするのだが、特筆すべきは「そうでない者」だろう。それはたった一度の機会で多くの聴衆の心を掴むだけの力を持った者という事であり、無論奇異な才能と言える。特にこの数多の文化が混ざりあった混沌の地ではある世界ではフォーマルな楽曲も、別の世界の、別の種族の者にとって「ありえない」可能性は非常に高い。長きに渡り音楽活動を続けていた者にとって、まるで見た事のない材料を使い、料理の世界大会に挑むような心境だろうか。
「ふふふふふ」
 その領域に傲慢にも無理やり入り込もうとする者が居た。
「さぁ、真珠ククのお披露目っス!」
 相変わらず勢いだけのポーズを決めるトーマ。無論周囲がどんな奇異の目を向けていても、それが期待と称賛の視線として変換し認識されている。
「……何をしているのですか?」
 というわけで惜しみなく怪しい雰囲気を放つ彼女を周りは遠巻きに見ているのだが、いたたまれなくなったチコリが冷や汗混じりに問いかける。
「自分が天才である事をかみしめていたっス」
「……迷いなくそう言うセリフが言えるのって確かに凄いと思います」
 いつも通りだなぁと呟きつつ、そろそろ厄介事が起きそうなので「それじゃ」と頭を下げたところ、がしりと肩を掴まれた。
「えっ、えっ……」
「幸運っスねぇ。この伝説の一瞬に立ち会えるとは!」
「……」
 あ、何か始まったと半分諦め気味に思う。胸に抱きかかえてた使い魔がくぅと慰めるように鼻を鳴らしたが、残念ながら何の慰めにもならない。
「この真珠クク、このクロスロードにセンセーショナルを起こすっスよ!」
「このって……その機械がですか?」
 確かパソコン、ノートパソコンとか言う携帯用の演算装置だったはずだ。
「ふふ。ただの機械ではないっス! これこそ科学の力が生み出した完ぺきな歌姫っス!!」
「歌姫……? えっと、機械ですから蓄音器とかラジオとか、そういうのですか?」
「ノンノン! これにはAIが搭載されているっス!
 そしてそれが完ぺきな歌を歌いあげるっスよ! さぁ、機動っ!!!!」
 言い放ち、それから画面を見て地味にカタカタとキーボードを鍵打。最後に勢いよくッターンとエンターキーを打つ。
「……」
「……」
 だが何も起きない。
「あ、あるぇ?」
『えっとー、マスター?』
 やや電子音染みた、しかしかわいらしい声がノーパソから響く。
「どうしたっスか? 早く歌うっスよ!」
『何をですか?』
「何をって歌をっス」
『じゃぁー楽曲を指定してください』
「……そこはぱぱっと作って、ほら、ハリーハリー」
『マスター。学習していない事を機械にやらせようとしないでくださいよー? データがぜーんぜん無いんですからぁ』
 喋り方こそなんか可愛らしい(女性視点からするとちょっとイラっと来るところもある)が、どこか角ばった感じのある声が呆れを表現するように返答する。
「えーっと、今のはトーマさんが悪いと思います」
「ええ!?」
『ネットワーク環境も存在しないクロスロードでは既存楽曲を収集する事もできませんよー?
 最低でも既存楽曲のデータをください』
「でもそれはただ再生してるだけっスよね?」
『あったりまえじゃないですか☆』
 果たしてそれを『歌う』と言うのか。
『クリエイティブな事をしろーって言ってると推測しますけどー、今の私にできるのはランダムで音を並べる程度ですよぉ?
できた物が良いかどうかも私には判断できませーん』
「……oh……」
 天を仰ぐトーマ。
「つまり、この機械は歌えるけど、歌うための情報が無い、という事ですよね?」
『そーでーす。でも規定された音を規定通りに再生する事を『歌う』と定義できるなら、ですけどね〜』
「そこは気分の問題っス! ノープロブレムっス!」
『その「気分」についてもデータがありませんので評価できませって』
 もう一回orzるトーマ。
「くっ……折角最適なノラAIを見つけたと言うのに、なんという落とし穴……っ!
 天才には常に障害が付き纏うっスね……!」
「単なる準備不足のような……」 
 ワンと使い魔が同意の声を上げるが、主人の声と共に届いていない。
 仕方ないなぁとチコリは少し考え
「えっと、とりあえずテストしたいのであれば、大図書館とかに音楽関係のデータブックとかあったと思いますから、渡してあげれば良いのでは?」
 と提案してみる。
「ふ、ふふ。そ、それぐらいプランにあったっスよ!?」
『……なんか、大変な人をマスターにしちゃったみたい?』
「えっと、頑張ってください」
 慰めの言葉も空しい。
「ふふふふ。とりあえずデータっス! こうなったらありったけのデータブチ込んでやるっスから最高の楽曲を作り上げるっスよぉおおおお!!!!」
 ノータイムで猛ダッシュに入ったトーマの背を見送り、それからチコリは使い魔の頭をひと撫で。
「えっと、どこに行きましょうかね」
 出鼻をくじかれたなぁと苦笑いをして、行くあても無く歩き始めるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ってのはどうだ?」
 桜の言葉に同じ開場での設営をしていたウンディーネは小さく首をかしげる。
「面白いと思うんだけどなぁ」
「面白いは面白いが、面子集めて曲決めて音合わせするとなると、かなりキツくね?」
 人間種の男性が「なぁ」と隣の獣人に問いかけると
「世界をまたぐと嗜好も変わるがらな。同じ文化圏の仲間を探すべきだと思う」
 という現実じみた回答が返ってくる。
 確かにこの三日間、いろんなところをめぐっているが、種族をまたいだグループというのは余り見た覚えが無い。また、中には騒音にしか聞こえなかったり、素っ頓狂としか思えない構成の曲もあった。下手なだけならそこまでだが「そういう物らしい」ともなれば、自分の演奏もまた、他の異世界人には同じように捉えられる可能性があると言う事だ。
「人間種は比率的にも多いし、人間種で集めたら幅広く受け入れられて良いんじゃないかな?」
 ウンディーネの助言は多分正しいのだろうが、思いついた趣旨とは違うなぁと口をとがらせる。
「なんかこう、だからみんなでやれるようなのって無いのかな」
「数多の種族に通じそうな演目はあるぞ」
 ぬと現れた鬼は百キロは軽くあるドラムセットをずんと置いてから指を二つ立てる。
「ドラムパーカッションとハウルだ」
「ハウルって、ラウドとは違うのか?」
「あくまで生物の特徴としての『遠吠え』だ。音を感知できる種ならば感覚的に心に触れる物ではある」
「それって歌とはまた別じゃね?」
「そうでもない。獣人の歌声などは結構クるものがあるぞ?」
 威嚇や共感という意味で遠吠えを使う獣人族は多い。実際ライオンに吼えられればじんと体に響く物がある。本能に叩き付けると言う意味ではひとつの選択肢、なのだろうが、果たしてそれは「音楽」なのだろうかと眉根を寄せる。
「ドラムパーカッションも言わずもがなだな。
 リズムの基本は心音に共通する」
「理屈は分かるけどなぁ……」
「楽しそうだからやりたいというのは理解できる。
 が、馴染まぬ音楽を短い期間で何とか取り繕っても残るのは悔恨だけという結果もありえる。それは決して楽しい物ではあるまい」
 一理ある。ともなれば最初に言われた同じ種族の者を探すというのは正しい提案なのだろうか。
「ただ提案としては好感が持てる。その提案に適切な良い曲があるのなら乗るかもしれねえな」
 獣人がばんと背を叩いて過ぎゆき、アンプの接続を開始するのを見て、桜は考える。
「どんな奴と、何をするか、か」
 デスロードや大図書館に行けばスコアはいくらでも見つかるだろう。 
 しかし大量に並べて「さぁどれだ?」というのは誘う側としては間違っているという指摘でもある。
「どうすっかなぁ」
 自分がやれる楽器、三味線の音色を想い浮かべる。その独特の響きは『興味』こそ与えるかもしれないが、それは果たして『共感』だろうか。
桜は自分も作業に戻りながら、彼らにすべき『提案』を考えるのだった。

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というわけで次回後半戦です。
多分あと2話で終わりかな。このお話はあくまでお祭りをのほほんと楽しむ感じですのでどうぞ自由によろしく。
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