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【inv34】『ミュージックフェスタ!』
『ミュージックフェスタ』
(2014/09/21)

「あれ? アルカさん?」
 ケイオスタウン側のニュートラルロード合流地点に設けられた特設会場で、観客としてやってきていたチコリは意外な人物を発見する。
「にゃ? やほー」
「アルカさんが決勝に出られなかったのですか?」
 町をぶらぶらしている間にチコリは彼女の歌を聞いているが、彼女の歌は圧倒的に何かが違った。あとから考えるとまるで複数のアルカの歌声を合唱しているような、そしてそれが完ぺきに唱和したことによる圧倒感があった。
周囲で聞いていた観客も、まるで時を止められたかのように一分ほど硬直し、それから夢から覚めたかのように、何が凄かったのか、感覚と記憶が曖昧なままに拍手を送っていたと思う。
「あちしはそもエントリーしてないし、呼ばれても辞退するにゃよ。あちしはバードでもシンガーでもないし」
「でも、完ぺきな歌声でしたよ?」
「そりゃーねぇ。完ぺきじゃなきゃ死ねるし」
 会話がかみ合ってないのかと眉根を寄せる。
「あれ? あちしの魔術見た事無かったっけ? ってまぁ、見てもわかるもんじゃないか」
「えーっと、詠唱の事を言っているのですか?」
「うん。あちしのはそういう詠唱プロセスの魔術なのよ」
 後で聞いた話によれば、アルカの魔術は圧縮言語による同時多重展開という特殊な技法らしい。即ち、たった一つの口と喉で数多の音の『和』を放つ事で『複数の詠唱を同時に行った』として結果を顕現させるという離れ業である。そしてそれはたった一音でも外せば全ての魔術が失敗すると言う事でもあり、それだけの魔術に失敗すれば即死しかねないフィードバックが術者を襲うだろう。そりゃ確かに『完ぺきでなきゃ死ねる』わけだ。
「ま、歌うのは好きだから、ちょっと飛び入りしただけって感じにゃよ」
「ちょっとであれは……」
 他の参加者が可哀想だとも思うが、言っても仕方ないか。
「んー、何考えてるのかわかるけど、決勝の面子見て思う事無い?」
 言われてチコリは舞台の上を見る。現在決勝に選ばれた参加者を紹介している最中だが、彼女が確実に決勝に残るだろうと思っていたうちの数人が見当たらない。
「決勝って人気とかで選ばれるのでしたっけ?」
「うん。確かそういうルールだったねぇ。
で、居ない連中は多分辞退したんだと思うにゃよ」
「どうしてです? アルカさんは色々ありそうですけど、他の方は吟遊詩人とか、そういう人たちだったと思いますけど」
「歌う理由と噛み合わないから、じゃないかな」
 『歌』や『音楽』は手段であり、その手段を用いる者の目的が皆等しいとは限らない。アルカのようにただ歌うのが好きだからちょっと参加してみた者も居れば、神聖な物だからと人前で歌う事を良しとしなかった者も居るのだろう。前に立つ者は自己表現の一環として、あるいは生活の糧として「聞いてもらい、評価されること」を望んだ者と言う事か。
 そこに善し悪しは無い。ただこの場に限るならば「人に聞いてもらう事」を主にした者の音楽は、それ故に聴衆には好ましいのかもしれない。
「以上が決勝に残った─────」
 司会が紹介を終えたらしい。いよいよ最終審査に入るのだろうというところで

「まぁてぇぇええええええええいいいいい!!!」

 それは現れた。

 その声音を聞いた事のある者はこのクロスロードには比較的多かろう。
 いろんなところに現れては悪目立ちする存在。ある意味ダイアクトーとスタンスが被ってるとさえ囁かれる彼女はいつの間にかステージの、それを照らす照明の上に立っていた。
「この大天才 トーマ様がプロデュースする存在を欠いて、このステージが成り立つと思って貰っては困るっス!!
 とぉっ!」
 ステージの枠組みからの華麗なジャンプ。
 だが、チコリは「あ」とやや呆れた声を漏らす。なにしろ彼女は、そんな高いところから飛び降りて五体満足に着地できるほど体術が達者でない。
 ごきゃり、と非常に痛い音を「音楽祭」用に設置されたマイクがしっかりと広い、観客のボルテージを一気に奪い取った。
「い、痛くない……っス」
 思いっきり涙目だったが、それくらいで済んだのなら幸運だったのかもしれない。
「え、えー、あー、トーマさん、飛び入りされるのは予選までにしていただきたいのですが……」
 静まりかえった開場の中、真っ先にプロ根性で我に返った司会がそう突っ込む。
「時代は常に変化するっスよ。今完成した傑作は今この時に最高であると証明されるべきっス!」
 大仰にポーズを決めるが、相当足首が痛いらしく、声が震えて涙目になっているのがシュールである。とりあえず舞台袖からスタッフとして参加していたらしいプリーストがやってきて簡単に治癒魔法を掛けた。もうグダグダである。
「ふふ、御苦労っス!」
「あー、委員長、どうします?」
「はっはっは、ロックじゃねえか。良いだろう。じゃあ決勝のオープニング張らせてやらぁ。観客はそれはあくまで欄外として見ろ! それでも評価したいなら票を入れな!」
 双角のデーモン、ダーランドの言葉にトーマはにやりと笑みを返す。
「それでは改めてお披露目っス! クク! 歌うっスよ!!」
『はぁーい』
 そして、突発のオープニングが始まったのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「良くも悪くも『オープニングセレモニー』って感じだったなぁ……」
 桜の言葉を耳に止めたウンディーネのスタッフが首をかしげる。
「あの飛び入りのヤツ? 派手で騒げる曲だったけど、なんていうか、極端な一ジャンルで好き嫌い激しそうだったわねぇ」
 あまり高評価でないコメントに桜は肩を竦める。
 トーマの作った『作品』はもはや『音楽』というより『映像作品』となっていた。
 加減と言う言葉を知らないユイにプロジェクターの製作を依頼した結果、彼女が設計した『空間に映像を投影する』装置は周囲百メートルを塗り替えたのだ。
そうして生みだされた世界で立体映像の少女が黄色い声を全力に歌い抜ける。そういうのが好きな人には好ましく、一瞬でも不快感を得てしまうと悪評価しか生まない、アイドルソング的な何かが展開されたのである。
ついでに言えば常時発動していた『萌え属性』にも問題があった。それを演出として気持ちよく受け入れるなら気にもしないが、良くも悪くも戦闘に従事する者の多い町。そういう精神系の効果に対し、反射的にレジストしてしまう者も少なくないし、そういう効果であると気付けばやはり不快感を得てしまう。
 そんなこんなで数カ月に渡る話題を提供した舞台は「一部の熱狂的なファン」を生みだす事には成功したが、大会の優勝という目標に対しては大失敗という結果に終わったのだった。
「でも、ああいうのに『飛び入り』ってのをやられると、結構キツいな」
 パンク風のスタッフからの言葉に桜は苦笑いをひとつ。
「だからって俺達が遠慮する必要はねーだろ?」
「勿論だとも。ま、最終決戦前の前座ってことで、好きなだけ盛り上がろうぜ」
 周囲からの「おう!」や「ヤー」などの楽しげな賛同の声。
 夕暮れ前、それはケイオスタウン側の活気に火が入れられる時間でもある。進行スタッフの合図の元、桜は己の楽器を手に、舞台へと向かう

 先陣を切るのはあのトロールだ。大型のドラムセットを肩に担いで舞台に上がり、派手にどしんと設置。シンバルが鳴り響き、幕間の弛緩した空気を集める。
 それを逃すまいと始まる力強い打音、そのリズムを中心として次々とスタッフが音を引っ提げて乗り込んで行く。
「それじゃあ決勝の準備をしている間に、スタッフ有志による飛び入りを演らしてもらおう! 楽器ってのは決められた物だけじゃない! なんでも楽器になるのさ!
 叩いてリズムをとって、乗れりゃ、そこに音楽はある!
 種族を越えて、世界を越えても、お前ら、分かっている事だよな?」
 司会のノリのいい言葉に次々と音が加わって行く。
 力強いリズムに数多の音が飛び込んでは去っていく。誰もが足で、体でリズムをとりたくなるような、『振動』が観客を駆け抜け、揺さぶって行く。
 リズムは一定間隔ごとに早くなっていく。その切り替えごとにメインを切り替え、音を作る。バケツを並べて叩いてみたり、タップダンスで音を作ったり、ゴーレムをフェアリーが叩きまくって音楽にしたり──────
 ゆっくりと『終幕』へ向かってボルテージを上げるように加速していく。
打音が観客と共振し、笑顔を作り、ニヤリとした笑みを作り、ぐっと握る拳を作り、揺れる体を作って行く。
(うわ、高揚感半端ねぇな、おい!)
 どこかふわふわして自分がちゃんとやれているのか不安になるが、トロールの叩き付けるようなリズムに間違いは無い。デッキブラシとバケツという変わり種でも音が紡がれ唱和していく。
 心臓の音が、血脈の音が、更に自分を高揚させる。
 そこから引きずり出したのは突如入り込んできたバスドラムの加速する音。クライマックスである事が急に物哀しくなるが、終わりは必要だ。なに、気にいったならばまたやれば良い。それだけの話だ。音楽に制限なんて要らない。
 意識を戻して、最後の最後でケッ躓くなんて格好の悪い事はできない。
 参加者が無意識に、しかししっかりと目配せして笑顔を零し、そして最後の一音を叩き付けたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「あ、桜さん、おはようございます」
「ん? よぅ」
 一夜明けて。祭りの終わった開場の片づけまでがスタッフの仕事である。朝、職場に向かうチコリはそんなさなか、片づけをする桜とばったり遭遇した。
「片づけですか。気を付けてくださいね」
「おう、そんなヘマはしねぇさ。……そういえばトーマのやつ、あれからどこに行ったんだ? 相当拗ねてたみてえだが」
「あー、えーっとですね……」
 帰り路、チコリはトーマにも遭遇していたのだが、何と言うか……
「多分フィギュア作成に取り掛かってるんじゃないですかね……」
「は?」
 一定数以上のファンを獲得する事は確かにできていたのである。そこでノリで作ったフィギュアを紹介したところ、壮絶な反響があったらしく、必要数の確保のためきっと朝から走りまわっているのだろう。もしくはユイの所に押し掛けているに違いない。
「……なんつーか、タフな嬢ちゃんだな」
「同感ですね」
 祭りは終わった。けれどもきっと来年もまた祭りは開かれるだろう。
 残念な結果に終わった者も、何かを得た者も、そして栄光を得た者も居ただろう。
 様々な音に触れ、不快に思う事もあれば喜びを得た者も居るだろう。
 そんな様々な物を生みだしたそれは、この町の歴史の一つとして確かに刻まれた。
 そして、今日もクロスロードは目覚めて行く。

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 というわけでこれにて『ミュージックフェスタ』終了となります。
 桜さんには報酬として2万を差し上げます。
 また参加者全員に経験値4点を計上します。

 お疲れさまでした。次回のイベントもよろしくお願いします。
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