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【inv35】『水魔討伐戦』
『水魔討伐戦』
(2014/11/07)
フィールドモンスターとは、開かれた日よりもずっと前にこの世界にあった物質、概念が変化した『怪物』であるというのが通説です

 管理組合の発行した大規模作戦に先だってPBに更新された情報。その内容にそれぞれ聞き入っていた。

 フィールドモンスターの最たる特徴はその名にある通り、固有の法則を持つ空間(フィールド)を形成することで、その内容は個々の性質により変化しますが、共通して自身以外の弱体化が確認されています。従って現状フィールドモンスターの単独、少人数による撃破は推奨していません。
 また、フィールドの範囲から外に出ない特性が仮説として有力視されています。これはその地点にあった事象を核にしていることに起因すると見られています。

クロスロードの東側、サンロードリバーにフィールドモンスターが確認されており、『水魔』と呼称されています。この個体の特性は水中を利用した高速移動(転移の可能性もあり)と数トンから数十トン規模の水流操作です。
出現範囲は東砦から更に東に10km〜50kmの範囲と予測されています。このことから先ほどの「自身のフィールドから出ない」説の否定要因でしたが、この範囲内で微小の力の減少が発生している事が判明。このことから『水魔』はサンロードリバーに関係する事象から変異した広大なフィールドを持つ怪物と推測されています。

「つまり、この世界のボスモンスターって事か?」
 PBの情報を頭の中で反芻しながら桜は隣で寝そべる使い魔の小太郎を撫でる。
 自身を乗せてなお、かなりの速度で走り、飛ぶ事ができるこの狐は妖怪の一種───即ち妖狐であった。
 妖狐などの動物妖怪は会話する者も多く、クロスロードではイチ人格、来訪者として扱われることが多い。同時に彼らや精霊系は協力者や使役者を求める習性もあり、誰かの遣い魔になっている事がまれにある。これもその一例だろう。
 なお、妖怪コミュニティの(自称)影のトップ、ツクモも妖狐である。普段の見た目は幼女だが、その実力は言うだけの事はあるらしい。
思考を一旦区切り、周囲を見渡せば数名の探索者が同じくPBの情報を確認したり、仲間と話合ったりしている姿がある。彼らは皆今回の討伐作戦の説明を聞きに来た者だ。
「諸君、注目するっス!」
 不意の声。視線を向ければ壇上に少女が立っていた。薄い胸をいつも通り偉そうに張って参加者を睥睨する。
「……つーか、あいつ、なんであそこに立ってるわけ?」
 いまやクロスロードの有名人の一角であるコメディアン……もとい発明家のトーマは少なくとも管理組合内会議室の壇上に立つような人物では無いはずだ。立場として。
「この大天才トーマ様が指揮を執れば、水魔だかスイマーだかは完封摩擦っス!」
 多分あれ、別にギャグを言ってる感覚無いんだろうなぁと桜は他の探索者同様に、どこか生温かい目で壇上の少女を見遣る。
「あの……」
 そんな彼女に向けられる声。控えめで、しかし良く通る澄んだそれに自然と視線が吸い寄せられると、そこには美しい翼を背に負った女性が困り顔で立っていた。
 律法の翼などを差し置いて「クロスロードの良心」とも呼ばれる副管理組合長の一人、アーティルフェイム・ルティアだ。
「ああ、ルティアさん。ここはまかせて欲しいっス!」
「困ります」
「大丈夫っス。全ての御困りごとを……」
 トーマのマシンガントークがストップする。何事かと見れば
「……見事なアイアンクロー」
 完璧な笑顔を浮かべたまま、資料を右手に、そして空いた左手がガシリとトーマの顔面を捉えていた。背中の翼と相まって鷹が獲物を捕まえた姿を幻視する。
 美人で気立て良く、その上良心の塊とも言われるほど穏やかな女性だが忘れてはいけない。彼女は副管理組合長で、つまりは最初の大襲撃を僅か四人で退けた『救世主』の一人に相違ないのだ。白魚のような指がトーマの顔面をかっちり捉えたまま水平移動。最前列の椅子に優しく置いて壇上に戻る。
 トーマは何が起きたのかを理解するのをやめたのか固まったままである。笑顔であれをやられるのは確かに怖い。
「っと、アインさんでしたっけ?」
 アイアンクローのくだりを呟いた声にはっとなり横を向けは黒づくめで表情に乏しい娘が壁に背を預けて立っていた。
「ん」
「貴方も水魔の討伐に?」
 ここに居ると言う事はほぼそうなのだろうが、聞きに来ただけ、という可能性もある。
「……うん。戦闘の方が得意だから」
 黒づくめの装備はレザーで統一されている。機動力重視の軽戦士、或いは盗賊系のスタイルだろうかと考えるが、傍らに立てかけられている大鎌が色々と想像を粉砕する。
 大鎌、デスザイズとも呼ばれるそれは本来武器では無い。稲穂を刈り取るそれを「命を刈り取る」と連想し、死神という存在に影響を与えた事から武器として持つ者が現れたというシロモノだ。そも大きく弧を描く獲物の、しかも内側にのみある刃は敵に当てる事から難しい。槍のように突く事にも使えず、単に振り回しても柄や歯の無い部分が当たるだけで、刃の意味がほとんど無くなる。特殊な踏み込み、鎌の内側に捉えこみ切り割く旋回運動を身につけて初めて意味を生むシロモノだ。完全なロマン武器。果たしてこれを使う者は戦士と呼べるのか。
 そんな余計な思考をしている間に、何事も無かったような柔らかい微笑みのルティアが壇上で小さく咳払いをした。この瞬間だけを見れば掛け値なしに聖女ともてはやすような姿だが、直前の行動並びに最前列で撃沈しているトーマの姿を合わせて考えると……うん、やめておこう。他の探索者もその事実から目を逸らしているようだし。
「お集まりいただきありがとうございます。今回の水魔討伐作戦について説明します。
 今回の主目的は水魔の討伐。かのフィールドモンスターはこれまで公式にも2回戦闘記録があり、ともに大した有効打撃を与えられませんでした。
 いえ、それ以上に莫大な水に隠れ、その姿を確認できていないのが現状です」
 どんな姿形をしているかすら不明とは……もっとも、この場に集う者はその辺りの事情は押さえているだろう。
「……でも、あの水を越えることがまず困難」
 アインの言葉に周囲の者が小さく頷く。初級の水使いで扱える水はだいたい数リットル。上級者になればトンの単位に届くかもしれないが、水魔から見れば「その程度」に過ぎる。
ちなみにタイダルウェーブなどの津波を起こす魔術は動いている水だけを見ると同等かもしれないが、あれはあくまで「波を発生させる魔術(能力)」であり、操作している水量はそれほどではないらしい。
「今回の作戦の第一目標として、あの水を何とか排除し、水魔の姿を正しく捉える事。
 第二目標として、その特性を解析し、討伐の目途を着ける事。
 そして第三に水魔の討伐となります」
 水の排除と聞いて誰もが眉根を寄せ、視線を交わす。
 なにしろかの怪物が棲む場所は毎秒数百トンの水が流れるサンロードリバーだ。かつて大襲撃規模のおびただしい数の怪物で川の水を減らすと言う珍事があったが、数十万の怪物の体積を以てしても水量を減らす程度が限界というシロモノである。いざこれを何とかしろと言われても、難題に過ぎる。
「管理組合で何か良い案があるから人を集めた、ってわけじゃないのか?」
 桜の問いかけにルティアが苦笑いをする。
「残念ながら。
 今回の作戦は水魔の存在が有力視されて数年。全くその対処法が見当たらない上に、数度クロスロードが危険に晒された事を踏まえ、皆さんに智恵と力を積極的に貸して頂きたいというお願いです。このような事が無ければ水魔はきっと永遠に『避けて通るべき物』になってしまうだろうという危惧があります」
 そしてそれはいつしか取り返しのつかない惨事を巻き起こすだろう。その言葉が参加者の誰もが思い描く。フィールドモンスターの特性故か、今まで範囲外での活動は観測されていないが、決してできないわけではない。それはフィールドモンスター化していた「大ナニカ」が子機である「ちびナニカ」を放出し、周辺並びにクロスロードへ損害を出し続けたことから推測できる。それに水魔があるサンロードリバーは直接クロスロードに繋がっているのだ。津波を絶え間なく放つだけでクロスロードの被害は計り知れないものとなるだろう。
「これより秋から冬にかけて未探索地域調査数の減少期にはいります。そこに合わせて調査を行う事になりました」
 クロスロード周辺には四季があり、現在探索されている範囲は別の気候帯にまでは至っていない。故に気温が下がり、雪も懸念しなければならない冬場は燃料代がかさむ。それは余計な荷物が増えると言う事でもあり、よほど特殊な探索者で無い限りは晩秋から早春までは未探索地域探索を休止する者が多い。また大襲撃の発生が冬場に偏っていることもあり、不意にその先駆けに遭遇して全滅などという可能性もありえなくないもの一因か。
「今回は討伐を謳ってはいますが、暫くは調査が中心になります。
 それに伴い学者系の募集と共に威力偵察として戦闘系の方の参加も要請します」
「いきなり討伐はできない。気長にやろうって事……か」
「はい。二週に一度程集合を掛けて大規模な調査、実験を予定しています。こちらに参加される場合には日当を支払う予定です。また個々に新たな発見があった場合には別途情報量をお支払いしますので、安全マージンを確保して積極的な調査をおねがいします」
「この天才 トーマ様に任せておけば、水魔など一瞬で叩きのめしてくれようぞ! あーはっはっはっす!!」
 いつの間にか復活したトーマの宣言に弛緩する会場。
 とはいえ、水魔は今まで確認された℃のフィールドモンスターよりも厄介なのは間違いない。
 探索者たちは様々な思いを浮かべながら会場を後にするのだった。

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というわけで、長年の目の上のたんこぶ 対水魔戦です。
果たして探索者の未来は!
まずは試行錯誤になると思いますので色々提案していただければと。

リアクションよろしゅう。
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