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【inv35】『水魔討伐戦』
『水魔討伐戦』

「前も引っかかってたんですけど、アレですよね」
 昼下がりの純白の酒場でヨンが不意にそんな事を言う。

クロスロードに数多ある『飲食店』の中で有名な所はと問えば、この「純白の酒場」を挙げる者は多いだろう。理由は二つ。ひとつはよほど奇特な(周囲に被害を及ぼしたり、入手困難なシロモノ)料理以外はなんでも再現してくれるというレパートリーの広さ。もうひとつは店長が副管理組合長の1人、フェルシア・フィルファフォーリウであることだ。知名度は主に後者のせい。日々の満員御礼は故郷の味をたまには食べたいと定期的に訪れる客が多いからだ。
ついでなので現在のクロスロードの食事事情を軽く話しておこう。
まず自炊率は非常に高い。特に住民となるとほぼ自炊をしない事はない。あるとすれば外出先で食事時になり、食べるとか、たまに外食にしようと思い立つくらいだ。なぜなら住民に提供されている家には高性能なキッチンが備わっており、食材の購入も容易く、それなりの品質の物が問題の無い価格で入手ができる。PBにはこっそりレシピ集も入っており、献立に困る事が少ないのも理由の一つだろうか。
一方で探索者が自炊する率は住民よりは低い。特に依頼や探索に出るのであるならば朝市の屋台、夕は南北の門周辺に多くある飲食店、或いは行き付けの店を利用するのがお決まりのパターンだ。特に南北の門の周辺にひしめく店はパーティ単位で食事する事を前提にした席や大皿メニューを取りそろえており、毎夜賑やかな声が尽きない。しかしオフになると野外で調理する事も多い探索者はそのスキルを軽く活用して料理する事も少なくは無い。
 これでは飲食店がやっていけないようにも思えるが、クロスロードには第三の客層がある。即ち『行者』だ。呑みやたまの外食、そして『行者』を迎える事でクロスロードの飲食店は稼ぎを得ているようである。

話を戻そう。
純白の酒場の昼は女性客が多い。昼はやたら気合いの入デザートメニューがあり、「酒場」と名前が付いているくせに、お勧めの「カフェテリア」として雑誌に取り上げられたりするほどだからだ。今日もちらほらと女性客がデザートメニューを挟んで姦しいやりとりをしている。
そんな店で吸血鬼がコーヒーの香りを鼻孔に感じながら店長を見上げていた。
「水神とか水魔って、地球世界でいうところの古き神々……ですよね?」
「確証は無いけどそう推測されてるわね。
というか、良く知ってるわね。地球世界出身でも無いのに」
 食器を洗い終えたフィルことフェルシア・フィルファフォーリウが小さく肩を竦める。
「地球世界関連なんだから、調査ならそっちの出身者に聞いた方が良いと思うわよ?」
「誰か詳しい方、知りませんか?」
「貴方だったら館長に聞くのが一番じゃないかしら?」
 言われてキョトンとし、それから「ああ、そういえば」とヨンは苦笑いを浮かべる。
 大図書館館長スガワラは地球世界の菅原道真公由来の存在である。ただし彼はヒト族でも神族でもない、妖怪種だ。菅原道真という存在への様々な噂、想像、思い……それらが形を持ったモノである。
「では詳しい事は館長に聞くとして、今回の作戦、例の「ダゴン」の力を借りる事はできないのでしょうか?」
「無理ね」
 考えるそぶりも無くフィルは断言した。
「無理、ですか?」
「あれは神族よ。そしてクロスロードに居る、アバターを使わない神族の多くがどういう状態にあるかは知ってるわよね?」
 話には聞くが見た事は無い、というのが正直な答えだ。
 この世界には「神」と称される絶対的な存在も来訪する。しかし『扉』にも限度があり、余りにも大きな存在はそれをくぐる事ができないらしい。
 そこで『扉』が提供する(?)のがアバターという依代で、神族はそこに自分の存在を移し、ターミナルへと降り立つ事ができる。
 しかしその選択を好まない者も居る。その場合、強大な力を維持しながらクロスロードに降り立つ事もまた可能であるが、自分が場と定めた所から大きく動けない制約を得ると言う。
「じゃあやはり水の底から動けない存在なのですか?」
「もう少し自由はあるけど、精々クロスロードの中、しかもサンロードリバー限定っぽいわね。無理すればもう少し動けるみたいだけど、その結果力を弱めて、水神や水魔がクロスロードに乗り込むきっかけになったら笑えないわ」
 ろくに動けない状態でこの地に来る事に意味があるのかと思う者もいるだろうが、存在の誇示は神にとって食事に等しい。尊厳を保ちつつ、力ある存在がここに在ると示す事、即ち信仰を得る事は神族にとって存在意義であり、消滅しないための絶対条件である。本来あるべき世界でその立場を失った神族は己の存在の維持のために不自由でもクロスロードに座を求めてやってくるのである。
「なるほど……とするとどうしたものですかね」
 相手は今までのフィールドモンスターとは比べ物にならないほど厄介であるとヨンは思っている。そしてそれは間違いないだろう。
現地調査は間もなく始まる。さてそれまでに何をしておくべきか。

◆◇◆◇◆◇

「津波、かぁ……」
過去の戦闘履歴を眺めつつ、ため息のように桜は呟く。
水魔のその最たる能力である津波。数十トンと言う莫大な水はそこらの兵器を鼻で笑う恐ろしい力だ。並大抵の防御は潮干狩りでもするかのように地面ごと水で巻き込み、呑み込み沈める。水の中に捕らわれれば最早為す術など無いだろう。それに抗したという「英雄」アースが操る土魔法は異常としか言いようが無い。
かつて、サンロードリバーは東西の探索のために有用な水源と見做されていた。しかしふたを開ければ東西方向への探索へ向かった者の多くが行方不明となった。原因不明の行方不明者の話はすぐに広まり、結果、東西へ向かう探索者はその数を激減させることとなる。現に現在の地図は南北に長い砂時計のような形で広がっている。
 行方不明の話が認知されてからしばらくして、命からがら逃げ帰った者の口から莫大な水が探索者を呑み込む光景が報告された。それはまるで意志を持つかのように水辺に近づいた探索者に襲い掛かり、退く波で全てをかっさらっていったのだと言う。
 今では水魔と呼ばれるモノ。その最初の報告がそれだった。
「水は厄介」
 アインがポツリ呟く。大質量の液体は防ぐ事すら難しい。仮に完全な結界で防御したとしても地面ごと抉り抜かれて水底へ引きずり込まれてしまう。
「でも川で津波って起きる物なのか?」
波が数メートルの壁が連続して押し寄せるのに対し、津波というのは数キロに及ぶ水でできた巨大なブロックが一気に押し寄せて来ると表現すべき現象である。故に最大でも4km程度の幅しかないサンロードリバーで大津波は物理的には起きえないはずだ。
「普通の津波じゃない。魔術的、或いはそういう特殊技能と思うべき。
 そもそもフィールド内での現象は固定観念が通らない」
フィールドモンスターの名の由来。その領域内での物理法則は都合良く描き変えられる。
「そうだっけか……ってことは今回も下手を打てば調査隊全滅もありえるのか……
 未探索地域探索を行うのはある一定以上の実力を有した者である。なにしろいつ大襲撃の先触れや、そうでなくとも莫大な数のMOB、或いはフィールドモンスターに遭遇するかわかったものではない。生半可な実力ではちょっとした不運で全滅しかねないのだ。故にそれらと遭遇しても脱して生還する程度の実力者が挑むクエストである。
 だが、そんな実力者を水魔呑み込んだ。百を超える探索者が消え、それでもその姿を正しく確認できていないという結果だけがある。
「西と東のどっちでも行方不明が発生してるのになんで東側ばっかり話題に上がるんだ?」
「……上流だから。それから洪水未遂と大雪事件があったからだと思う」
「危険度は西側も変わらないが、上流の方が別の意味で厄介だから早く処置したいってことか」
「多分」
「ちなみに川の水の変化とかあるのかな」
「それは分からないけど、もしあるとしたらフィールドの効果かもしれない。
 ……でもそれを知るためにはフィールドの中で調べるしかないと思う」
「帰って来れる確証は無いわけな。でも水魔と直接対決をした連中が居るんだろ?」
「アースさん、だったと思う。でも水を抑えただけで戦ったとは違ったと思う」
「その人とは話が出来ないのか?」
「多分この作戦には出て来ると思う……。でも管理官だから忙しい人」
 副管理組合長よりもよっぽど仕事をしていると言われる(西を除く)砦管理官。その上「英雄」と称される彼女は。その常識的な態度もあり、非常に頼りにされている。その結果忙しい日々を送っているのだそうだ。
「なるほどねぇ……で、アインは何を調べてるわけ?」
「水を減らす方法が無いか。でも有効な物が見当たらない」
 川の水位を減らす方法なら山ほどある。だが初めて見た者が海と勘違いしかねないほどの巨大な大河が相手となれば途端にその手段が限られて行った。かつての大雪事件では蒸気を逸した熱を生み出す事で川の水を蒸気化させ水位を下げたらしいが、果たしてそれを再現できる者は居るのだろうか。
「アルカさんあたりが出来そうな気がするけど……」
 この世界でも恐らく最強の一角。そこらへんが出て来なければ無理な方法を、いつ襲われるかもしれない状態で試す事が可能かと考えればため息しか出ない。しかしそれが解法ならばなるべく現実的な方法にまとめ上げる事も必要なことかもしれない。
「川の水を減らす方法ねぇ……ダム、を作るにはでかすぎるか」
 できない事は無いだろうがと続け掛けて、やはり『水魔』という障害が脳裏を掠め、肩を竦める。
「そもあの水はどこから来てるんだろうな。あんな水量なら大山脈がいくつもあってもおかしくないはずだが」
 大河を生むには数多くの山からの支流が合流するのが一般的だ。だが見渡す限りの荒野が続くこの大地で山が確認された事は無い。観測された事はあるが幻であったとされている。
「まさか星を一周してるなんてことはないよな……」
 言って眉根を寄せ、しかし本当にあり得ないのだろうかと唸るが、ここで唸ったところで答えが出るはずもない。100mの壁がある以上、確かめるためにはそれこそ星を一周するしかあるまい。
「貯水池を作るにしても生半可な大きさじゃ一瞬でパンクするだろうし」
「貯水池なら一応はある。けど、あくまで洪水対策の一時避難先だから、水位を下げ続けるのはちょっと無理かも」
「それを拡大する?」
「……管理組合がそれを有用と考えるかどうか、かな」
 なさそうだなぁという答えを二人は声に出さずに導く。
「サンロードリバーの大きさは普通じゃない……突飛な方法が必要……」
「それ、トーマの仕事じゃね?」
 桜の言葉にアインは頷きかけて、しかしその結果とんでもない事になる可能性も高いなぁと天井を見上げる。
 間もなく一回目の集合調査だ。いきなり大惨事とならないためにも、あと調べておくべき事はあるだろうか?
 大図書館の本独特の香りを鼻孔に感じながらアインは静かに思考を巡らせるのだった。

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こうしんがんばります(_。。)_
りあくしょんよろしゅう
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