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【inv35】『水魔討伐戦』
『水魔討伐戦』
(2015/02/04)
「古き神々、のぉ……」
 ヨンの言葉を反芻したスガワラ翁の声音はひどく重い。
「対応策とかありませんかね?」
 それでも知識面においてはこの町で間違いなく上位に存在するこの人物への期待は大きい。縋るように問いを向けるが、スガワラは渋面を濃くする。
「……あの神群は厄介すぎるのじゃよ」
 やがて、口から漏れ出たのは回答ではなかった。まるで牽制のような言葉にヨンは喉の奥をグと鳴らす。
「厄介、とは?」
「『触れるな』。それがかの神群への正しい対応じゃ」
 ……対策を聴こうとする意図の全てを打ち砕くような「否定」の言葉にヨンは次の句に困る。
「えっと、そう言われましても、水魔を相手にすると決めた以上、考えざるを得ませんよ」
「……ふむ、そうかもしれぬがのぅ……。
 まぁ、仕方あるまい」
 心の底から不本意そうに、彼は言葉を作る。
「かの神群の最たる特徴は超常であること」
「神って大体そうじゃないのですか?」
「確かにそうじゃが、神族の基本原則として『信仰』を得なければならないというものがある。
 故にたとえ側面だとしても、それは強大であれど認識の範囲内にある。
 だが、あの神群はその外にある。つまり『理解できない』」
「……基本原則はどこに行ったのでしょうか?」
「あれは余りにも超常すぎるが故に、最大級の畏怖を伴う意味として神と呼ばれているに過ぎぬ。
 その本質は妖怪種に近い」
「……恐怖や認識を食う、ということですか?」
 妖怪種には「知られることで存在を確たるものとし力を伸ばす」という特性がある。その側面として新たな怪談があたらな特性や弱点をつけてしまうのだ。
「うむ。しかも接触即死系の妖怪種に近い」
 妖怪種の中にはある手順を(強制的に)踏ませることで、相手を拉致したり殺したりする能力を持つ者がいる。
「あれらは『理解できない』が故に、見る者を狂死させる。そういう存在じゃ。
 今まで水魔の姿を正しく見た者がおらぬというのは幸運であるかもしれぬな。
 或いは、見たが故に狂い、見たと証言することすらままならなかったのかも知れぬが」
 メデューサやバシリスクのように「見られたら被害に遭う」ならまだわかるが、こちらが知覚すれば、知覚仕切れない故に狂い死ぬというのはなかなかに終わっている。
「見たらって……打つ手無し、ということですか?」
「あくまでわしの知る『水魔』の話じゃがな」
 仮にその通りの存在ならば、万難を廃し、目にした瞬間に全滅の可能性もあるわけだ。
「……でもアクアタウンの守り神も同じ神群なのでは?」
「同じ系譜でも同じ世界からとは神楽ぬ。それにあれは扉の加護下にある。結果その特性が抑えられている可能性が非常に高い」
 数多の世界を繋ぐ扉の最たる権能は「統一言語の加護」、つまり「相互理解の加護」だ。今スガワラ翁が語った脅威と真っ向から反発する力だ。
「……正直、今の話の通りなら、何が何でも管理組合を止めるべきじゃないですか?」
「かもしれぬ。が、同時にそんな爆弾をいつまでもこんな間近に置いておけぬとも言えるのぅ」
 そのための犠牲になれ、はいくらなんでもいただけない。
「良くも悪くも自己責任、ということじゃろうな」
「……とはいえ、何か手はないのですか? さすがに救いがなさ過ぎますよ……」
「かの存在はタチが悪すぎる。勝利する方法すら単純に「それよりも上位の固体で対抗する」以外の記述がない」
「……」
「ただ、この世界に来ておる以上、この世界のルールも適用されるはずじゃ。相対するのであればそこを狙う他あるまいな」
「この世界のルール、ですか?」
「うむ。例えば属性。かの存在が水にまつわることは間違いないだろう。
 それに、別の理由で『理解できない』という特性が軽減されている可能性もある。これについては明言できぬがな」
 もしそうなら朗報……か。かの存在の最大にして最悪の優位性が薄れることは喜ぶべきことだが。
「それは、この前の霧の件ですか?」
「うむ。この世界の『無理解』はあれが支配している可能性があると思っておる」
 とはいえ、どこまでも希望的観測だ。ヨンは今の話を頭の中で整理しつつ、難しい顔をしたままの老人に向き直る。
「……引き続き情報提供を希望します」
 彼の言葉に館長は頬をわずかに動かすと、流石に役にたたな過ぎたと思ったか、重々しく頷いたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さぁ、歴史的作戦の一歩を踏み出すとするっス!!」

 彼女は当たり前のようにいつも通りだった。

「で、何をどうするんだ?」
「……川の水を凍らせるって」
「……この対岸も見えない川の?」
 アインの回答に桜はきゅっと眉根を寄せ、大笑いするトーマへと視線を送る。
「一応今回は実験って言ってた」
「表面が凍れば御の字と思うけどなぁ……」
 流水は凍りづらい。そもそも液体から固体に変わるというのは運動エネルギーを奪われた状態なのだ。常に運動エネルギーを与え続けられているこの大河では一部分ならまだしも表層すら凍らせることは至難の業だと察せられる。
「水位を下げる努力をしたほうがいいんじゃないのか?」
「一応クロスロード直前に洪水対策の水路があるけど、継続的に水を流すのは難しいって」
 何故? と聞くには目の前の海とも見紛う大河は壮大すぎる。
「それよりも電気流したほうが効果的じゃねえか?」
「かもしれないけど、氷と似たり寄ったりになると思う」
 そもそも規模が大きすぎる。それにそもそもビリ漁は水よりも魚のほうが通電しやすいことが前提だ。そしてその保証は一切ない。それにこの莫大な川ではたとえ落雷があったとしても水底深くに潜んでいるとも言われるそれまで達するかどうか。
「まぁ、それは凍らせるもの同じなんだがな」
「嫌がらせの見た目としては氷のほうが上?」
「かもしれないが……どっちにしても規模がでかすぎて困るな」
 砂漠で砂山を作っても、隣の砂丘の前にどれだけの価値があるか、という話だろうか。もはやたとえ話すらしっくりこない。
「で、トーマ。どうするつもりなんだ?」
 ようやく満足したらしく、そそくさとこちらに戻ってきていたトーマに話を振ると、彼女は無い胸を張って応じる。
「水の属性を変えるっス!」
「それも結局規模が足りねえんじゃねえの?」
 桜の突っ込みにトーマは怯むことなく
「まぁ、今日は実験っスよ。いきなり結果を求めるもんじゃないっス」
 と、言い張るが日ごろの行いを振り返ってもらいたいものである。どうせ突っ込んでも暖簾に腕押しなので黙っておく。方法のひとつとしては否定するべきものでもないし。
「とりあえず正攻法っス!」
 と、彼女が手を上げれば術式を編んでいた複数の魔術師が一斉にサンロードリバーへ魔法を放つ。その全ては水を氷に変えるための物だ。中には液体窒素を投射している者も居る。
「……そもそも」
 その結果は、川の上に大きな氷塊を生み出し、どんぶらこと流すだけに終わったのだが。
「南砦の管理官が必須と思う」
 そんな光景を眺めながらアインがぽつりとつぶやくと、トーマはがっと振り返り
「来てくれなかったから仕方ないじゃないっスか!」
 と叫んだ。彼女も正直そう思っていたのだから声も強くなる。氷魔術の名手と知れ渡る彼がこの作戦にいないというのはどうにも大きい。この世界では名が知れれば知れるほど強くなるという未確認の法則もあり、かつ能力は確かなものなのだから本気でこの案を採用するならば是が非でも連れてこなければならない人材だ。
「すみません。流石にアース殿とイルフィナ殿を保険からはずす訳には……」
 と、近くに居た管理組合の職員が申し訳なさそうに頭を下げる。
「本番であるならなんとかしますが、今日のところは」
「むむむ……」
 どう見ても「成功」とは言いがたい結果が目の前にある以上、トーマとしても次の句に困る。例え彼が参加したところでどれだけの変化があると言うのか。
「でも……あの雪は一人の仕業」
「記録にあったやつか? って一人ってとんでもねえな。そんなやつが居るならそいつこそ連れてくるべきじゃねえか」
「そうもいかない」
 何しろかの存在は明確ではないがクロスロードと反目する行動を行っている。面会すら難しいし、協力してくれる道理が見つからない。
 詳しい事情を知らない桜だが、複雑な事情だらけのクロスロードでは珍しいことではないとばかりに鼻を鳴らし、「ままならねえもんだな」と呟く。
「手段としては間違ってないはずっス! なにか、何か決定的な手段を!」
 天に拳を掲げ、アイディアが舞い降りることを願うかのようなトーマの行動を眺めつつ、水魔の討伐に望む面々は次なる手段を模索するのだった。

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お待たせして申し訳ありません。
環境が超激変しておりますが、なんとかやっていきますのでよろしくお願いします。

うん!
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