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【inv35】『水魔討伐戦』
『水魔討伐戦』
(2015/03/21)

「つまり、自分をルアーにした釣りですね」
「その例えは何か嫌だが、そういうことだ」
 やりたいことを伝えた桜に対し、参加していた探索者の一人が返した言葉に顔を引きつらせる。
「だが餌に食いつかれたらアウトじゃないか?」
「食いつかれるなら行幸かもしれませんが」
 管理組合員の男が苦笑いと共に告げると、例えをした女魔術師が川を見やりながら即応した。
 相手────水魔は魚のように食いついてくるわけではない。かの存在は「津波」と言う腕を伸ばし、姿を見せることなく引きずり込むのだ。その速度は恐ろしいほどに速い。そして莫大な水量はさまざまな防御策をあざ笑う圧倒的な力だ。
「防御魔法をガン掛けしてなんとかならねえかな?」
「絶対防壁を展開することで直接的な被害を避けることは可能だと思いますが、結局それごと引きずり込まれれば詰みですよ」
 魔術師の言葉はおそらく数多考察された対処法のひとつを消し去った結論だろう。
「今のところ唯一抗ったといわれるのが英雄・・・・・・・アース氏が展開できる土の大防壁です。
 それだって時間稼ぎ程度にしかならなかったと聞きますが」
 クロスロード最高の土系魔術師の名は『守り』の手段を常に求めるクロスロードには深く刻まれている。そんな彼女でさえ逃げるための時間稼ぎしかできなかったことも、この作戦に参加している者は基礎知識として承知していた。
「時間停止系の防御魔法であれば抵抗しうる可能性はありますが、ご存知の通りこのターミナルでは時間に関する異能や魔術は効果を表しません。となれば、この莫大な水量を自在に操る水魔に力づくで抗う手段というのはどうしても限られてしまう」
「だからよ。速度でなんとかならねえか?」
 防げないなら回避する。わかりやすい理屈だ。
「速度重視のバフをかけて全力で逃げ、他が防御魔法で逃げる時間をさらに稼ぐ。これなら釣れると思うんだが」
「速度重視は良いでしょう。しかし、防御魔法は無理です」
 女魔術師の即断に桜はぎゅっと眉根を寄せる。
「ん? どうしてだ?」
「忘れたのですか? 100mの壁を」
 どうしてその単語が出てくるのかと眉根を寄せ、それからしばらくして「あ」と声を漏らす。
「あなたを守るための魔法の行使をするために、術者はあなたの100m以内に居なければならない。そんな距離に居たら我々はあっという間に全滅でしょうね。
 あらかじめかけておくタイプはさきほどの話の通り焼け石に水でしょうし」
 桜だけ逃げ切れても、地上の魔術支援部隊が全滅では笑い話にもならない。魔術師がやられればすぐに桜も同じ運命をたどるだろう。
「大量の水を操作した瞬間ならあっちの姿を見ることもできるかと思ったんだけどなぁ……」
「どうでしょうかね……なにしろサンロードリバーは水深で数百メートルあるといわれてますから、我々を飲み込む程度の水量では片鱗も見えないのではないでしょうか」
「……マジか……」
 津波が発生する場合、その海岸線は大きく数百メートルも後退することがあると言うが、水魔が操る津波はあくまで攻撃であり、その範囲も限定的だ。サンロードリバーの水量からすれば些細なものとなってしまう。
「その作戦を実行するならば、クロスロードで一流以上と言われている術師が必要でしょう。速度の加護を他者から受けるとして、防御魔法は自身で行使できることが大前提かと」
「ってぇと?」
「アルカさんや四方砦の長、でしょうか。武技に優れた方は結構居ますけど、純粋に魔術に秀でている方はそう何名も名が挙がりませんね」
 ちなみに西砦管理官のセイは魔法は使えない。あと神聖魔法に限ればルティアの名前が挙がるだろうか。
「反射神経、状況把握能力、決断力も必要でしょうから、候補はほとんど居ません」
「もっと居そうな気がしたんだが」
「この世界の特性、作戦に対する親和性がありますから。地の精霊魔法に秀でたアースさんでは今のあなたの要求に応じられませんし、『砲台』としての魔術師では以下に優れていてもやはり成立しません」
「ともあれ、俺の案を実現するのは難しい、と」
「そう断じる他ないかと。 
 ターミナルにおいて空は原則危険区域ですからね。空に特化した術者を我々が知らないだけかも知れませんが」
 例えば音速を超える戦闘機を運用できれば、防御能力など考慮せずに挑戦できるかもしれないが、その姿が地上の視界から抜けたとき、別の脅威───すなわち消失する危険に晒される。
 空を単独で往ってはならない。これは探索者の基本知識だ。
「ふぁっはっはー。諸君、聞きたまえー!」
 別の手段か、と頭を切り替えようとした彼らはやたらと偉そうな、しかしどうしてか笑いと脱力感を誘う声を聞いた。
「これから水魔をおびき出す偉大なる実験を始めるっスよ!」
 小柄な少女がノートパソコンと妙な装置を掲げてドヤ顔を見せる。
「何をするんだ?」
「水魔を攻撃するっス!」
「攻撃ったって、相手がどこに居るかもわからねえのが問題だろうよ?」
 だから釣りという手段を講じようとしていたのだと桜は呆れたように告げるが、トーマの自信は揺らぎもしない。
「わからないなら、絨毯爆撃っス。当たり前の戦略っスよ!」
 絨毯爆撃、という言葉を理解しようとして、海と見紛う川を見る。
「そんな無茶な。どんだけ爆弾を投げ込むつもりだよ」
「爆弾はこれっス」
 彼女が変わらずに掲げたままにしているパソコン、それから伸びたケーブルにつながれたボールのような機械に視線が集まる。
「そいつが?」
「音響爆弾、と言うべきっスかね。水の中でも音は響くっスよ!」
 正確には振動は伝播する。故に爆弾や衝撃を使った漁というのは古来より存在していた。手当たり次第に水生生物に被害を出すため、普通の漁場では使わない手段でもあるが。
「防水パソコンを利用して断続してククの伝播ソングを流すっス。これで相手を燻りだすっスよ!」
『ちょっとマスター?! あたしの歌が伝播ってどういうことよ!?』
「ギャッ!?」
 ボールから響いた馬鹿でかいキンキン声に、その場に居た全員が思わず耳を塞ぐ。しかし両手を塞がれていて、さらに一番近くに居たトーマは防御すらできずにパタンと倒れてしまった。
「お、おい、鼓膜やぶれてねえか?」
「水中に響かせるために音量を凄まじいことにした装置ですか……普通に兵器ですねこれ」
 慌ててトーマを介抱。幸い大事には至らなかったらしく、やがてふらふらと頭を左右に揺らしつつ、彼女は復帰する。
「み、みたかこの威力……!」
「ある意味お前凄いよな……」
「天才っスから……」
 ダメージは深刻のようである。
「パソコンのソフトで自動的に音を流し続ければ100mの壁も関係ないっス。
 こっちはぎりぎりの距離を維持しながら、追従し、反応があればこれに仕込んだ爆弾で追撃を仕掛けるっスよ」
「……お前、爆弾仕込んだスピーカー取り落としてたのかよ……」
 聞いていた者がずざぁと距離を取る中、桜の呆れ声をトーマはスルー。
「ふふ、また歴史の一ページに偉大なる天才の名を刻むべく、作戦を開始するっスよ!」
 めげない懲りない、反省は最小限のトーマは不屈の精神で行動を開始する。
「しっかし俺の考えた作戦でも問題になったけどさ、いくら音量増大したからって幅四キロもある川にこれ一台で何とかなるのかよ?」
「なるわけないっスね」
 ずばっとダメ発言をするトーマに桜は訝しげな視線を向ける。
「ただ、足りないなら数を増やせばいいだけの話っス。どうせ爆弾だってこれひとつじゃフィールドモンスター相手に微々たるもんっスよ」
「その割り切りはある意味すげえな」
「トライエラーは発明の基本っス」
 フフンと薄い胸を張って言い放つトーマにある意味尊敬を抱きつつ、桜は大運河を視界に納める。
「となると、さっきの考察も無駄じゃねえって事になるか?」
「む?」
「いや、ひとつで足りないならばら撒く必要があるってことだろ? だったらもっと安全圏から飛行でばら撒くのは悪い手じゃない。
 防御がある程度できれば安全は増す」
「射出することも考えてたっスが、的確な位置に落とすならそちらのほうがいいかもしれないっスね。ラジコンヘリじゃ100mの壁に阻まれるし」
  空は危険領域だが、地上からその姿を観測できている限りは免れる。
「ともかくまずは第一投っス」
 適当に作った射出機で川辺から数百メートルのところに着水させる。それは見る間に流れに飲まれ、沈んでいった。
「にしても、あれ、AIみたいなもんなんだろ? 良いのか?」
「流石にクク本体は投げ込んでないっスよ。あれは簡略コピーみたいなもんっス」
「……会話できる相手だと人じゃねえが人権云々が問題になりそうだよなぁ」
 実際機械生命体や精神生命体、幽霊などが存在しているためどこからどこまでが個の人格として尊重すべきかと言う問題はクロスロードで時折議論される。
 特にペットや従者としての獣とまったく同じ姿をした会話可能な固体はややこしい。
 一応は「共通言語の加護」を受けられるかどうかが基準にすべきだというのがひとつの解として認知されている。
「何もなければアクアタウンあたりの知り合いに回収してもらうっスよ。インスマ’sとか清掃活動やってるらしいっスから、見失っても発信機の電波便りに探すっス」
 と、

「総員、退避っ!!!!!!」

 悲鳴じみた言葉と共に どばぁあああと凄まじい水音が上がったと思うと、下流数百メートルのところで盛大な水柱が上がった。
「っ!? あれ、爆弾か?!」
「違うと思うっス!!
 爆弾は衝撃系にしておいたはずだから、あんなに水柱は上がらないっス!」
 次いで襲い来るかもしれない津波に飲まれないために、全力で走る。
「ってことは……効いたってことか?」
「当然っス! 天才の行動に間違いはないっス!」
「トライエラーじゃなかったのかよ。それよりも……」
 少し振り返りながら桜はつぶやく。
「あれ、『音楽用のAI』だよな? なんで音響兵器になってるんだよ……?」
「音は異星人を倒す兵器と古来より」
「何の話だよ!?」
 まるで怒りを表現するような水音を背に、二人は全力疾走するのだった。

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 長期出張でいろいろだめになっている神衣舞です。
 なるべく早く更新できればと思いますので音沙汰ないときはトップの簡易掲示板とかで急かすと慌てます。よろしくお願いします(ぉい
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