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【inv35】『水魔討伐戦』
『水魔討伐戦』
(2015/06/12)

『作戦開始』
 無線機なんて洒落た物はこのターミナルでは使いづらい。拡声器による大音声が作戦担当者に意思を伝える。
「さぁああて、いよいよあたしのウルトラグレートなアイテムが火を吹くっスよ!」
「いや、火を吹いちゃいかんだろうよ」
 冷静に突っ込む桜であるが、完全に徹夜明けのテンションに陥っているトーマには届かないらしい。やれやれと深く息を吐いて作戦の舞台となる大河へと視線を投げた。
 作戦は至ってシンプル。音を発生させる装置を上流からばらまき、定期的に音を発生させることによって追い込み漁的なことを行うのだ。
『観測班は津波の発生にくれぐれも注意するように。予兆があれば迷わず退避を!』
 返事は届かない。だが各々が緊張とともに頷いていることだろう。
 クロスロードに最も近い位置にありながらもその姿さえ確認させることの無かった、そしておそらくは最も被害者を出したであろうフィールドモンスター。その真実の一端を掴むことは未来を切り開く一歩に違いない。
 
 開始から二十分ほど経過しただろうか。
 何も起こらないコトにテンションを落ち着かせたついでに寝落ちかけてたトーマがガンと机に頭をぶつけたタイミングで三つの光が天に上がった。
「水魔の反応を確認!」
「ぬぉっ!?」
「ぬぉじゃねえよ。行くぞ!」
「わ、わ、わかってるっスよ! 寝てないし!」
 誰も寝てたことを責めていないと内心で突っ込みつつも桜は近くに控えていた狐太郎にまたがる。ついでに口元を袖でごしごしやってるトーマの首根っこを引っつかんで後ろに乗せる。まぁ小さいし戦闘しない限りは大丈夫だろう。
「ちょ、まっ!」
「掴まって、舌噛むなよっ!」
 意を得たりと狐太郎が立ち上がり急加速。中空を蹴って光が上がった元へ駆ける。
 高い位置から見ればサンロードリバーが広い範囲で妙な波を発生させていた。その中心になにかが蠢いていることは一目瞭然だ。
『計測斑より速報! 対象のサイズ、最低でも60m以上!』
 咄嗟に理解できない。60mといえば……軽く10階建ての建物より高くないか?
『形状は不明! 比較的細長く、さまざまな突起物? がある模様』
 言われてイメージしたのは泳いでいる最中のタコだが……そういえば海魔というのはタコの通称だった気もする。海に見紛うような大きさのサンロードリバーだが、河には違いあるまい。水魔とと呼ばれた理由は『海魔』にあやかってのことか??
 ・・・・・・いや、未だに姿が確認されていないのだから、サンロードリバーを海と看做して名づけられたのだろう。
 そんなさまざまな思いを胸裏に描くその正面で明らかに何かが水面に近づいてきている。
「ついにお目見えってか」
「らしいっスね」
 ようやく狐太郎の飛行に慣れたらしいトーマが桜のわきの下から顔を出して覗き込む。
 二人の、いや多くの来訪者が緊張とともに見守る前で、まるでフィルムを押し上げるように水がある一点から起き上がり─────


『─────か! 状況報告を!』

 切羽詰った声がやけに遠い。
 いや、自分は今、何をしているのか? 何をしていたのか?
『状況報告を! 何が起きたんですか! 誰か反応を!』
「っ!?」
 がばっと起き上がる。手が握ったのは泥。いや、水を吸った土。視界を巡らせれば大河が波打つ姿。
 そこはサンロードリバーのほとりだと判断する。何故? いや、それよりもここは水魔の危険区域ではないか? 横にはびしょぬれで倒れるトーマと狐太郎の姿。その向こう側にも数名の探索者が同じような状態で倒れている。そうだ。自分は、自分たちは─────
「狐太郎っ、起きれるか!?」
 主の問いかけにゆっくり目を開ける霊獣だが、どうにも動きは緩慢で消耗が激しいように見える。
「ちぃ……」
 ぐっと膝に力を入れようとするが、入らない。
「なんだこれ……」
 それだけではない。手が、足が、小刻みに震えている。それは疲労から来るものとは違っていた。
「……なんだ……なにが起きた……?」
 自分たちは、そう、トーマの音響兵器で水魔を追い立てていたはずだ。
 そしていよいよ水魔が観念したかその姿を─────

「っがぁっ?!」

 意識が飛んだ。
 そして後ろ向けに倒れて後頭部を強打したらしい。それで再び覚醒した意識。痛みと眩暈に混乱する脳裏に拡声器越しの声が響く。
『控えのメンバーは至急救助に向かってください! このままでは危険です!』
 どうやら救援が来るらしい。
 桜は仰向けのまま、一旦頭を真っ白にした。
 それから恐る恐るエンジンの回転速度を上げるように思考を動かしていく。

 何が起きたか。
 考えたくない。自分の奥深いところで発生する拒絶。
 だが、考えないわけにはいかない。
 手の震えが、いや全身の小刻みな震えが何を意味するのか、目を向けなければならない。

 これは間違いなく『恐怖』だ。
 外傷は無い。今しがた打った頭の方がよっぽど痛い。
 おそらくは戦闘を行ってはいないだろう。
 ぶっつりと途切れた意識。そして狐太郎とともに河に墜落し、津波か何かで陸に持ち上げられた、というところだろうか。
 水魔がわざわざ助けた?
 違う。あれが出現するときに生じた波が一気に押し流したに過ぎないのだろう。
 つまり、

「あれを、見たから」
 結論を口にした瞬間ぐらりと視界が揺らいだ。それは正解と称しているようであり、そして深刻な問題を示している。
 見ただけで恐怖した。
 思い出そうとするだけで意識が飛んだ。
 到底信じがたい現象だが、そうとしか考えられない。
 同じような現象に覚えはあった。
 手を伸ばし、伏せをして尻尾をぺたりと付けたままの狐太郎を撫でる。

 神、大妖、大精霊───ある一定以上の存在には『畏敬』が伴う。
 圧倒的な存在を前にして畏れが精神を食いつぶす。

「大丈夫ですか! 何があったんですか!?」
 気が付けば、周囲で救助作業が始まっていた。また少し意識が飛んでいたらしい。
「すまん。わからねえ。
 だけど……多分だが、俺は、いや、俺たちはアレを見たんだと思う」
「見た……ですか?」
「ああ……だが、思い出せない。いや、思い出すことを拒否してる」
 救助に来た職員は少しだけ考え込むそぶりを見せるが「まずはここからの撤退を優先しましょう」と言って桜を引き起こす。
 今津波が起これば全滅は必至だろう。
 破滅を背にした緊張感の中、追い立てられるような撤収作業が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あたしも同じっス。多分何かが出てきた瞬間に気を失ったっスよ」
 睡眠不足も相まって、長く起きなかったトーマはベッドで上半身だけ起こし、自分が口にした言葉で眉間に皺を寄せる。
「クク、何か記録していないっスか?」
『─────』
「あれ? クク? どうしたっスか? 防水加工はしてあったっスよね?!」
「もしかして、そいつにも影響があったってのか?」
 隣のベッドからの言葉は桜のものだ。施療員に運び込まれた気絶者たちはいくつかの病室に割り振られ、検査と経過観察を受けていた。
「……ククは我が最高傑作のひとつ、かなり高度なAIを搭載しているっス。
 人間に影響のある事なら、同じく影響を受ける可能性は高いっスね。
 ログデータを見てみるっスよ」
 ノートパソコンをいじり始めるトーマだが、その手を見守っていた職員が抑える。
「ここで確認するのはやめましょう。
 他の方の証言も合わせ、十中八九水魔を目視したことが気絶の理由でしょう。
 映像と言えど安全とは言いがたい。特にかなりのダメージを受けているあなた方は避けるべきだ」
 職員の強い口調にトーマも反論はできなかった。ごまかすように肩をすくめて苦笑いを一つ。
「……それもそうっスね。管理組合のほうで確認方法はあるっスか?」
「上との相談になりますが、精神耐性がある種族を選抜して確認するしかないかと」
「まるで呪いのビデオっスね」
 確認しなくて良いということに安堵するかのようにノートパソコンを職員に手渡す。
「ククが再起動して、様子がおかしかったら緊急停止してほしいっス。最悪はバックアップがあるんで」
「承知しました。
 ともあれ、今はゆっくり休んでください」
 一礼して去る管理組合員を見送った所で桜はベッドに身を預ける。
「どういうことだと思う?」
「恐怖を与える魔術があるっスよね?
 凶悪なそれを食らったと思えば説明はつくっス」
 精神に干渉する魔術は時にそのまま死に至らしめることもある。特に今回はフィールドの中での出来事となる。探索者一同はフィールドが基本能力として有している弱体化を少なからず受けていたはずだ。
「問題は水魔が魔術や特殊能力を『使ったか』っスよ」
「どういうことだ? 使ったからこうなったんじゃないのか?」
「メデューサの顔と一緒っス。
 特性として『あれを見たから発動した』なら、ちょっとしゃれにならないっスね。
 フィールドモンスターの固有能力……つまり常時発動の恐怖空間である可能性はかなり高いと思うっスよ」
 フィールドモンスターと呼ばれる所以。一定範囲内に独自の法則を生み出す能力。
 それがフィールド内に致命的な恐怖をばら撒くことだとするならば、討伐どころの話ではない。この世界での遠距離攻撃には100mの壁故の不確実さが常に付きまとうのだ。
「いや、フィールド能力ならまだマシっスよ。ユグドシラルの砲撃って手段もあるっスから。
 最悪なのはあの怪物がもともと持っている固有能力だった場合っス」
「……水魔を見るだけで精神に異常を来たすってことか」 
 決して無いとは言い切れない。だからこそ「最悪ってレベルじゃねえだろ」と言葉が漏れる。
 今まで誰一人として水魔の姿を確認できていない本当の理由がそれだとするならば、どう対応すればいいというのか。
「まぁ、何とかするしかないっスよ」
 気安い感じで言い放つトーマに桜は怪訝な顔を向ける。
「何とかなるのかよ」
「『何とかする』っスよ。出来ないって言って諦めるんなら天才の看板は掲げてないっス」
 前向きなことでと、胸中で呟きながらも頬に浮かんだのは笑み。
 出来ないやれないで逃げ帰ったならば目の前のお宝にも手は届かない。確かにそれじゃ探索者じゃない。
「まずは管理組合に譲るっスよ。手数が多いのはあっちなのは間違いないっス。
 管理組合がねを上げたときに天才は颯爽と現れるっスよ。
 というわけでお休み!」
「寝るのかよ!?」
 思わず起き上がって突っ込みを入れるも、くーと小さく寝息を立て始めたトーマを見て嘆息。
「……だぁ、もう。
 そうだな。今はどうにもなんねぇ」
 でも、と、胸中で言葉を繋げる。
 窓の外、それがどの方向かはわからないが、サンロードリバーを幻視して桜は吐き捨てる。
「今は、だ。必ず吠え面かかせてやる」
 トーマに習ってベッドに身を預けた彼もまた、削られた精神を癒すべく再び眠りに付くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

『管理組合の報告書より抜粋』

 以上の事から、『水魔』は『恐怖』という記号の集合体であるとの仮説が提唱されている。
 ただ『万物に等しく与えられる恐怖とは何か』という問題に対し、結論は出ていない。
 
 意見としては2つある。
 『存在ある故に抱く恐怖』……消滅(死)
 『知性あるが故に抱く恐怖』……無理解
 
 本日の議論の結果、仮説として有力視されているのは『無理解』を象徴する怪物であると言うことである。
 これは今回作戦を担当し、気絶した探索者の多くが精神へのダメージはあった物の、死者がほとんどでなかったことにより、『消滅』という仮定は適さないという消去法からである。
 しかし、同時にかの存在が『無理解』を象徴する怪物の場合、一つの懸念が挙げられている。

 副監理組合長の説明にあった世界の敵の1人。『狂気』の象徴であるそれは、自らの存在も『狂わせ』変質させていると推測されている。
 その結果として100mの壁という『無理解の空間(壁)』が生じているという説は有識者の中では根強い。
 そしてかの水魔が『無理解』の象徴たる怪物とするならば

 その存在はこの世界有数の災厄になっている可能性は非常に高く、また『100mの壁』を形成する要の一つとなっているのではないか。

 もしこの仮説が正しいのならば、ターミナルの総力を挙げても討伐を進めるべきである。というのが一致した意見である。


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 というわけで、今回のシナリオはここで終わりです。
 すぐ真横の恐怖。さて、これを妥当する手段は果たしてあるのか。
 案があればトップのボードなんかでお話してもらうのもアリですね。
 ともあれお疲れ様でした。
 規定の報酬に加え3万Gと経験値5点を参加者にお渡しします。
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