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【inv35】『水魔討伐戦』
『水魔討伐戦』
(2014/11/07)
フィールドモンスターとは、開かれた日よりもずっと前にこの世界にあった物質、概念が変化した『怪物』であるというのが通説です

 管理組合の発行した大規模作戦に先だってPBに更新された情報。その内容にそれぞれ聞き入っていた。

 フィールドモンスターの最たる特徴はその名にある通り、固有の法則を持つ空間(フィールド)を形成することで、その内容は個々の性質により変化しますが、共通して自身以外の弱体化が確認されています。従って現状フィールドモンスターの単独、少人数による撃破は推奨していません。
 また、フィールドの範囲から外に出ない特性が仮説として有力視されています。これはその地点にあった事象を核にしていることに起因すると見られています。

クロスロードの東側、サンロードリバーにフィールドモンスターが確認されており、『水魔』と呼称されています。この個体の特性は水中を利用した高速移動(転移の可能性もあり)と数トンから数十トン規模の水流操作です。
出現範囲は東砦から更に東に10km〜50kmの範囲と予測されています。このことから先ほどの「自身のフィールドから出ない」説の否定要因でしたが、この範囲内で微小の力の減少が発生している事が判明。このことから『水魔』はサンロードリバーに関係する事象から変異した広大なフィールドを持つ怪物と推測されています。

「つまり、この世界のボスモンスターって事か?」
 PBの情報を頭の中で反芻しながら桜は隣で寝そべる使い魔の小太郎を撫でる。
 自身を乗せてなお、かなりの速度で走り、飛ぶ事ができるこの狐は妖怪の一種───即ち妖狐であった。
 妖狐などの動物妖怪は会話する者も多く、クロスロードではイチ人格、来訪者として扱われることが多い。同時に彼らや精霊系は協力者や使役者を求める習性もあり、誰かの遣い魔になっている事がまれにある。これもその一例だろう。
 なお、妖怪コミュニティの(自称)影のトップ、ツクモも妖狐である。普段の見た目は幼女だが、その実力は言うだけの事はあるらしい。
思考を一旦区切り、周囲を見渡せば数名の探索者が同じくPBの情報を確認したり、仲間と話合ったりしている姿がある。彼らは皆今回の討伐作戦の説明を聞きに来た者だ。
「諸君、注目するっス!」
 不意の声。視線を向ければ壇上に少女が立っていた。薄い胸をいつも通り偉そうに張って参加者を睥睨する。
「……つーか、あいつ、なんであそこに立ってるわけ?」
 いまやクロスロードの有名人の一角であるコメディアン……もとい発明家のトーマは少なくとも管理組合内会議室の壇上に立つような人物では無いはずだ。立場として。
「この大天才トーマ様が指揮を執れば、水魔だかスイマーだかは完封摩擦っス!」
 多分あれ、別にギャグを言ってる感覚無いんだろうなぁと桜は他の探索者同様に、どこか生温かい目で壇上の少女を見遣る。
「あの……」
 そんな彼女に向けられる声。控えめで、しかし良く通る澄んだそれに自然と視線が吸い寄せられると、そこには美しい翼を背に負った女性が困り顔で立っていた。
 律法の翼などを差し置いて「クロスロードの良心」とも呼ばれる副管理組合長の一人、アーティルフェイム・ルティアだ。
「ああ、ルティアさん。ここはまかせて欲しいっス!」
「困ります」
「大丈夫っス。全ての御困りごとを……」
 トーマのマシンガントークがストップする。何事かと見れば
「……見事なアイアンクロー」
 完璧な笑顔を浮かべたまま、資料を右手に、そして空いた左手がガシリとトーマの顔面を捉えていた。背中の翼と相まって鷹が獲物を捕まえた姿を幻視する。
 美人で気立て良く、その上良心の塊とも言われるほど穏やかな女性だが忘れてはいけない。彼女は副管理組合長で、つまりは最初の大襲撃を僅か四人で退けた『救世主』の一人に相違ないのだ。白魚のような指がトーマの顔面をかっちり捉えたまま水平移動。最前列の椅子に優しく置いて壇上に戻る。
 トーマは何が起きたのかを理解するのをやめたのか固まったままである。笑顔であれをやられるのは確かに怖い。
「っと、アインさんでしたっけ?」
 アイアンクローのくだりを呟いた声にはっとなり横を向けは黒づくめで表情に乏しい娘が壁に背を預けて立っていた。
「ん」
「貴方も水魔の討伐に?」
 ここに居ると言う事はほぼそうなのだろうが、聞きに来ただけ、という可能性もある。
「……うん。戦闘の方が得意だから」
 黒づくめの装備はレザーで統一されている。機動力重視の軽戦士、或いは盗賊系のスタイルだろうかと考えるが、傍らに立てかけられている大鎌が色々と想像を粉砕する。
 大鎌、デスザイズとも呼ばれるそれは本来武器では無い。稲穂を刈り取るそれを「命を刈り取る」と連想し、死神という存在に影響を与えた事から武器として持つ者が現れたというシロモノだ。そも大きく弧を描く獲物の、しかも内側にのみある刃は敵に当てる事から難しい。槍のように突く事にも使えず、単に振り回しても柄や歯の無い部分が当たるだけで、刃の意味がほとんど無くなる。特殊な踏み込み、鎌の内側に捉えこみ切り割く旋回運動を身につけて初めて意味を生むシロモノだ。完全なロマン武器。果たしてこれを使う者は戦士と呼べるのか。
 そんな余計な思考をしている間に、何事も無かったような柔らかい微笑みのルティアが壇上で小さく咳払いをした。この瞬間だけを見れば掛け値なしに聖女ともてはやすような姿だが、直前の行動並びに最前列で撃沈しているトーマの姿を合わせて考えると……うん、やめておこう。他の探索者もその事実から目を逸らしているようだし。
「お集まりいただきありがとうございます。今回の水魔討伐作戦について説明します。
 今回の主目的は水魔の討伐。かのフィールドモンスターはこれまで公式にも2回戦闘記録があり、ともに大した有効打撃を与えられませんでした。
 いえ、それ以上に莫大な水に隠れ、その姿を確認できていないのが現状です」
 どんな姿形をしているかすら不明とは……もっとも、この場に集う者はその辺りの事情は押さえているだろう。
「……でも、あの水を越えることがまず困難」
 アインの言葉に周囲の者が小さく頷く。初級の水使いで扱える水はだいたい数リットル。上級者になればトンの単位に届くかもしれないが、水魔から見れば「その程度」に過ぎる。
ちなみにタイダルウェーブなどの津波を起こす魔術は動いている水だけを見ると同等かもしれないが、あれはあくまで「波を発生させる魔術(能力)」であり、操作している水量はそれほどではないらしい。
「今回の作戦の第一目標として、あの水を何とか排除し、水魔の姿を正しく捉える事。
 第二目標として、その特性を解析し、討伐の目途を着ける事。
 そして第三に水魔の討伐となります」
 水の排除と聞いて誰もが眉根を寄せ、視線を交わす。
 なにしろかの怪物が棲む場所は毎秒数百トンの水が流れるサンロードリバーだ。かつて大襲撃規模のおびただしい数の怪物で川の水を減らすと言う珍事があったが、数十万の怪物の体積を以てしても水量を減らす程度が限界というシロモノである。いざこれを何とかしろと言われても、難題に過ぎる。
「管理組合で何か良い案があるから人を集めた、ってわけじゃないのか?」
 桜の問いかけにルティアが苦笑いをする。
「残念ながら。
 今回の作戦は水魔の存在が有力視されて数年。全くその対処法が見当たらない上に、数度クロスロードが危険に晒された事を踏まえ、皆さんに智恵と力を積極的に貸して頂きたいというお願いです。このような事が無ければ水魔はきっと永遠に『避けて通るべき物』になってしまうだろうという危惧があります」
 そしてそれはいつしか取り返しのつかない惨事を巻き起こすだろう。その言葉が参加者の誰もが思い描く。フィールドモンスターの特性故か、今まで範囲外での活動は観測されていないが、決してできないわけではない。それはフィールドモンスター化していた「大ナニカ」が子機である「ちびナニカ」を放出し、周辺並びにクロスロードへ損害を出し続けたことから推測できる。それに水魔があるサンロードリバーは直接クロスロードに繋がっているのだ。津波を絶え間なく放つだけでクロスロードの被害は計り知れないものとなるだろう。
「これより秋から冬にかけて未探索地域調査数の減少期にはいります。そこに合わせて調査を行う事になりました」
 クロスロード周辺には四季があり、現在探索されている範囲は別の気候帯にまでは至っていない。故に気温が下がり、雪も懸念しなければならない冬場は燃料代がかさむ。それは余計な荷物が増えると言う事でもあり、よほど特殊な探索者で無い限りは晩秋から早春までは未探索地域探索を休止する者が多い。また大襲撃の発生が冬場に偏っていることもあり、不意にその先駆けに遭遇して全滅などという可能性もありえなくないもの一因か。
「今回は討伐を謳ってはいますが、暫くは調査が中心になります。
 それに伴い学者系の募集と共に威力偵察として戦闘系の方の参加も要請します」
「いきなり討伐はできない。気長にやろうって事……か」
「はい。二週に一度程集合を掛けて大規模な調査、実験を予定しています。こちらに参加される場合には日当を支払う予定です。また個々に新たな発見があった場合には別途情報量をお支払いしますので、安全マージンを確保して積極的な調査をおねがいします」
「この天才 トーマ様に任せておけば、水魔など一瞬で叩きのめしてくれようぞ! あーはっはっはっす!!」
 いつの間にか復活したトーマの宣言に弛緩する会場。
 とはいえ、水魔は今まで確認された℃のフィールドモンスターよりも厄介なのは間違いない。
 探索者たちは様々な思いを浮かべながら会場を後にするのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで、長年の目の上のたんこぶ 対水魔戦です。
果たして探索者の未来は!
まずは試行錯誤になると思いますので色々提案していただければと。

リアクションよろしゅう。
『水魔討伐戦』

「前も引っかかってたんですけど、アレですよね」
 昼下がりの純白の酒場でヨンが不意にそんな事を言う。

クロスロードに数多ある『飲食店』の中で有名な所はと問えば、この「純白の酒場」を挙げる者は多いだろう。理由は二つ。ひとつはよほど奇特な(周囲に被害を及ぼしたり、入手困難なシロモノ)料理以外はなんでも再現してくれるというレパートリーの広さ。もうひとつは店長が副管理組合長の1人、フェルシア・フィルファフォーリウであることだ。知名度は主に後者のせい。日々の満員御礼は故郷の味をたまには食べたいと定期的に訪れる客が多いからだ。
ついでなので現在のクロスロードの食事事情を軽く話しておこう。
まず自炊率は非常に高い。特に住民となるとほぼ自炊をしない事はない。あるとすれば外出先で食事時になり、食べるとか、たまに外食にしようと思い立つくらいだ。なぜなら住民に提供されている家には高性能なキッチンが備わっており、食材の購入も容易く、それなりの品質の物が問題の無い価格で入手ができる。PBにはこっそりレシピ集も入っており、献立に困る事が少ないのも理由の一つだろうか。
一方で探索者が自炊する率は住民よりは低い。特に依頼や探索に出るのであるならば朝市の屋台、夕は南北の門周辺に多くある飲食店、或いは行き付けの店を利用するのがお決まりのパターンだ。特に南北の門の周辺にひしめく店はパーティ単位で食事する事を前提にした席や大皿メニューを取りそろえており、毎夜賑やかな声が尽きない。しかしオフになると野外で調理する事も多い探索者はそのスキルを軽く活用して料理する事も少なくは無い。
 これでは飲食店がやっていけないようにも思えるが、クロスロードには第三の客層がある。即ち『行者』だ。呑みやたまの外食、そして『行者』を迎える事でクロスロードの飲食店は稼ぎを得ているようである。

話を戻そう。
純白の酒場の昼は女性客が多い。昼はやたら気合いの入デザートメニューがあり、「酒場」と名前が付いているくせに、お勧めの「カフェテリア」として雑誌に取り上げられたりするほどだからだ。今日もちらほらと女性客がデザートメニューを挟んで姦しいやりとりをしている。
そんな店で吸血鬼がコーヒーの香りを鼻孔に感じながら店長を見上げていた。
「水神とか水魔って、地球世界でいうところの古き神々……ですよね?」
「確証は無いけどそう推測されてるわね。
というか、良く知ってるわね。地球世界出身でも無いのに」
 食器を洗い終えたフィルことフェルシア・フィルファフォーリウが小さく肩を竦める。
「地球世界関連なんだから、調査ならそっちの出身者に聞いた方が良いと思うわよ?」
「誰か詳しい方、知りませんか?」
「貴方だったら館長に聞くのが一番じゃないかしら?」
 言われてキョトンとし、それから「ああ、そういえば」とヨンは苦笑いを浮かべる。
 大図書館館長スガワラは地球世界の菅原道真公由来の存在である。ただし彼はヒト族でも神族でもない、妖怪種だ。菅原道真という存在への様々な噂、想像、思い……それらが形を持ったモノである。
「では詳しい事は館長に聞くとして、今回の作戦、例の「ダゴン」の力を借りる事はできないのでしょうか?」
「無理ね」
 考えるそぶりも無くフィルは断言した。
「無理、ですか?」
「あれは神族よ。そしてクロスロードに居る、アバターを使わない神族の多くがどういう状態にあるかは知ってるわよね?」
 話には聞くが見た事は無い、というのが正直な答えだ。
 この世界には「神」と称される絶対的な存在も来訪する。しかし『扉』にも限度があり、余りにも大きな存在はそれをくぐる事ができないらしい。
 そこで『扉』が提供する(?)のがアバターという依代で、神族はそこに自分の存在を移し、ターミナルへと降り立つ事ができる。
 しかしその選択を好まない者も居る。その場合、強大な力を維持しながらクロスロードに降り立つ事もまた可能であるが、自分が場と定めた所から大きく動けない制約を得ると言う。
「じゃあやはり水の底から動けない存在なのですか?」
「もう少し自由はあるけど、精々クロスロードの中、しかもサンロードリバー限定っぽいわね。無理すればもう少し動けるみたいだけど、その結果力を弱めて、水神や水魔がクロスロードに乗り込むきっかけになったら笑えないわ」
 ろくに動けない状態でこの地に来る事に意味があるのかと思う者もいるだろうが、存在の誇示は神にとって食事に等しい。尊厳を保ちつつ、力ある存在がここに在ると示す事、即ち信仰を得る事は神族にとって存在意義であり、消滅しないための絶対条件である。本来あるべき世界でその立場を失った神族は己の存在の維持のために不自由でもクロスロードに座を求めてやってくるのである。
「なるほど……とするとどうしたものですかね」
 相手は今までのフィールドモンスターとは比べ物にならないほど厄介であるとヨンは思っている。そしてそれは間違いないだろう。
現地調査は間もなく始まる。さてそれまでに何をしておくべきか。

◆◇◆◇◆◇

「津波、かぁ……」
過去の戦闘履歴を眺めつつ、ため息のように桜は呟く。
水魔のその最たる能力である津波。数十トンと言う莫大な水はそこらの兵器を鼻で笑う恐ろしい力だ。並大抵の防御は潮干狩りでもするかのように地面ごと水で巻き込み、呑み込み沈める。水の中に捕らわれれば最早為す術など無いだろう。それに抗したという「英雄」アースが操る土魔法は異常としか言いようが無い。
かつて、サンロードリバーは東西の探索のために有用な水源と見做されていた。しかしふたを開ければ東西方向への探索へ向かった者の多くが行方不明となった。原因不明の行方不明者の話はすぐに広まり、結果、東西へ向かう探索者はその数を激減させることとなる。現に現在の地図は南北に長い砂時計のような形で広がっている。
 行方不明の話が認知されてからしばらくして、命からがら逃げ帰った者の口から莫大な水が探索者を呑み込む光景が報告された。それはまるで意志を持つかのように水辺に近づいた探索者に襲い掛かり、退く波で全てをかっさらっていったのだと言う。
 今では水魔と呼ばれるモノ。その最初の報告がそれだった。
「水は厄介」
 アインがポツリ呟く。大質量の液体は防ぐ事すら難しい。仮に完全な結界で防御したとしても地面ごと抉り抜かれて水底へ引きずり込まれてしまう。
「でも川で津波って起きる物なのか?」
波が数メートルの壁が連続して押し寄せるのに対し、津波というのは数キロに及ぶ水でできた巨大なブロックが一気に押し寄せて来ると表現すべき現象である。故に最大でも4km程度の幅しかないサンロードリバーで大津波は物理的には起きえないはずだ。
「普通の津波じゃない。魔術的、或いはそういう特殊技能と思うべき。
 そもそもフィールド内での現象は固定観念が通らない」
フィールドモンスターの名の由来。その領域内での物理法則は都合良く描き変えられる。
「そうだっけか……ってことは今回も下手を打てば調査隊全滅もありえるのか……
 未探索地域探索を行うのはある一定以上の実力を有した者である。なにしろいつ大襲撃の先触れや、そうでなくとも莫大な数のMOB、或いはフィールドモンスターに遭遇するかわかったものではない。生半可な実力ではちょっとした不運で全滅しかねないのだ。故にそれらと遭遇しても脱して生還する程度の実力者が挑むクエストである。
 だが、そんな実力者を水魔呑み込んだ。百を超える探索者が消え、それでもその姿を正しく確認できていないという結果だけがある。
「西と東のどっちでも行方不明が発生してるのになんで東側ばっかり話題に上がるんだ?」
「……上流だから。それから洪水未遂と大雪事件があったからだと思う」
「危険度は西側も変わらないが、上流の方が別の意味で厄介だから早く処置したいってことか」
「多分」
「ちなみに川の水の変化とかあるのかな」
「それは分からないけど、もしあるとしたらフィールドの効果かもしれない。
 ……でもそれを知るためにはフィールドの中で調べるしかないと思う」
「帰って来れる確証は無いわけな。でも水魔と直接対決をした連中が居るんだろ?」
「アースさん、だったと思う。でも水を抑えただけで戦ったとは違ったと思う」
「その人とは話が出来ないのか?」
「多分この作戦には出て来ると思う……。でも管理官だから忙しい人」
 副管理組合長よりもよっぽど仕事をしていると言われる(西を除く)砦管理官。その上「英雄」と称される彼女は。その常識的な態度もあり、非常に頼りにされている。その結果忙しい日々を送っているのだそうだ。
「なるほどねぇ……で、アインは何を調べてるわけ?」
「水を減らす方法が無いか。でも有効な物が見当たらない」
 川の水位を減らす方法なら山ほどある。だが初めて見た者が海と勘違いしかねないほどの巨大な大河が相手となれば途端にその手段が限られて行った。かつての大雪事件では蒸気を逸した熱を生み出す事で川の水を蒸気化させ水位を下げたらしいが、果たしてそれを再現できる者は居るのだろうか。
「アルカさんあたりが出来そうな気がするけど……」
 この世界でも恐らく最強の一角。そこらへんが出て来なければ無理な方法を、いつ襲われるかもしれない状態で試す事が可能かと考えればため息しか出ない。しかしそれが解法ならばなるべく現実的な方法にまとめ上げる事も必要なことかもしれない。
「川の水を減らす方法ねぇ……ダム、を作るにはでかすぎるか」
 できない事は無いだろうがと続け掛けて、やはり『水魔』という障害が脳裏を掠め、肩を竦める。
「そもあの水はどこから来てるんだろうな。あんな水量なら大山脈がいくつもあってもおかしくないはずだが」
 大河を生むには数多くの山からの支流が合流するのが一般的だ。だが見渡す限りの荒野が続くこの大地で山が確認された事は無い。観測された事はあるが幻であったとされている。
「まさか星を一周してるなんてことはないよな……」
 言って眉根を寄せ、しかし本当にあり得ないのだろうかと唸るが、ここで唸ったところで答えが出るはずもない。100mの壁がある以上、確かめるためにはそれこそ星を一周するしかあるまい。
「貯水池を作るにしても生半可な大きさじゃ一瞬でパンクするだろうし」
「貯水池なら一応はある。けど、あくまで洪水対策の一時避難先だから、水位を下げ続けるのはちょっと無理かも」
「それを拡大する?」
「……管理組合がそれを有用と考えるかどうか、かな」
 なさそうだなぁという答えを二人は声に出さずに導く。
「サンロードリバーの大きさは普通じゃない……突飛な方法が必要……」
「それ、トーマの仕事じゃね?」
 桜の言葉にアインは頷きかけて、しかしその結果とんでもない事になる可能性も高いなぁと天井を見上げる。
 間もなく一回目の集合調査だ。いきなり大惨事とならないためにも、あと調べておくべき事はあるだろうか?
 大図書館の本独特の香りを鼻孔に感じながらアインは静かに思考を巡らせるのだった。

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こうしんがんばります(_。。)_
りあくしょんよろしゅう
『水魔討伐戦』
(2015/02/04)
「古き神々、のぉ……」
 ヨンの言葉を反芻したスガワラ翁の声音はひどく重い。
「対応策とかありませんかね?」
 それでも知識面においてはこの町で間違いなく上位に存在するこの人物への期待は大きい。縋るように問いを向けるが、スガワラは渋面を濃くする。
「……あの神群は厄介すぎるのじゃよ」
 やがて、口から漏れ出たのは回答ではなかった。まるで牽制のような言葉にヨンは喉の奥をグと鳴らす。
「厄介、とは?」
「『触れるな』。それがかの神群への正しい対応じゃ」
 ……対策を聴こうとする意図の全てを打ち砕くような「否定」の言葉にヨンは次の句に困る。
「えっと、そう言われましても、水魔を相手にすると決めた以上、考えざるを得ませんよ」
「……ふむ、そうかもしれぬがのぅ……。
 まぁ、仕方あるまい」
 心の底から不本意そうに、彼は言葉を作る。
「かの神群の最たる特徴は超常であること」
「神って大体そうじゃないのですか?」
「確かにそうじゃが、神族の基本原則として『信仰』を得なければならないというものがある。
 故にたとえ側面だとしても、それは強大であれど認識の範囲内にある。
 だが、あの神群はその外にある。つまり『理解できない』」
「……基本原則はどこに行ったのでしょうか?」
「あれは余りにも超常すぎるが故に、最大級の畏怖を伴う意味として神と呼ばれているに過ぎぬ。
 その本質は妖怪種に近い」
「……恐怖や認識を食う、ということですか?」
 妖怪種には「知られることで存在を確たるものとし力を伸ばす」という特性がある。その側面として新たな怪談があたらな特性や弱点をつけてしまうのだ。
「うむ。しかも接触即死系の妖怪種に近い」
 妖怪種の中にはある手順を(強制的に)踏ませることで、相手を拉致したり殺したりする能力を持つ者がいる。
「あれらは『理解できない』が故に、見る者を狂死させる。そういう存在じゃ。
 今まで水魔の姿を正しく見た者がおらぬというのは幸運であるかもしれぬな。
 或いは、見たが故に狂い、見たと証言することすらままならなかったのかも知れぬが」
 メデューサやバシリスクのように「見られたら被害に遭う」ならまだわかるが、こちらが知覚すれば、知覚仕切れない故に狂い死ぬというのはなかなかに終わっている。
「見たらって……打つ手無し、ということですか?」
「あくまでわしの知る『水魔』の話じゃがな」
 仮にその通りの存在ならば、万難を廃し、目にした瞬間に全滅の可能性もあるわけだ。
「……でもアクアタウンの守り神も同じ神群なのでは?」
「同じ系譜でも同じ世界からとは神楽ぬ。それにあれは扉の加護下にある。結果その特性が抑えられている可能性が非常に高い」
 数多の世界を繋ぐ扉の最たる権能は「統一言語の加護」、つまり「相互理解の加護」だ。今スガワラ翁が語った脅威と真っ向から反発する力だ。
「……正直、今の話の通りなら、何が何でも管理組合を止めるべきじゃないですか?」
「かもしれぬ。が、同時にそんな爆弾をいつまでもこんな間近に置いておけぬとも言えるのぅ」
 そのための犠牲になれ、はいくらなんでもいただけない。
「良くも悪くも自己責任、ということじゃろうな」
「……とはいえ、何か手はないのですか? さすがに救いがなさ過ぎますよ……」
「かの存在はタチが悪すぎる。勝利する方法すら単純に「それよりも上位の固体で対抗する」以外の記述がない」
「……」
「ただ、この世界に来ておる以上、この世界のルールも適用されるはずじゃ。相対するのであればそこを狙う他あるまいな」
「この世界のルール、ですか?」
「うむ。例えば属性。かの存在が水にまつわることは間違いないだろう。
 それに、別の理由で『理解できない』という特性が軽減されている可能性もある。これについては明言できぬがな」
 もしそうなら朗報……か。かの存在の最大にして最悪の優位性が薄れることは喜ぶべきことだが。
「それは、この前の霧の件ですか?」
「うむ。この世界の『無理解』はあれが支配している可能性があると思っておる」
 とはいえ、どこまでも希望的観測だ。ヨンは今の話を頭の中で整理しつつ、難しい顔をしたままの老人に向き直る。
「……引き続き情報提供を希望します」
 彼の言葉に館長は頬をわずかに動かすと、流石に役にたたな過ぎたと思ったか、重々しく頷いたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さぁ、歴史的作戦の一歩を踏み出すとするっス!!」

 彼女は当たり前のようにいつも通りだった。

「で、何をどうするんだ?」
「……川の水を凍らせるって」
「……この対岸も見えない川の?」
 アインの回答に桜はきゅっと眉根を寄せ、大笑いするトーマへと視線を送る。
「一応今回は実験って言ってた」
「表面が凍れば御の字と思うけどなぁ……」
 流水は凍りづらい。そもそも液体から固体に変わるというのは運動エネルギーを奪われた状態なのだ。常に運動エネルギーを与え続けられているこの大河では一部分ならまだしも表層すら凍らせることは至難の業だと察せられる。
「水位を下げる努力をしたほうがいいんじゃないのか?」
「一応クロスロード直前に洪水対策の水路があるけど、継続的に水を流すのは難しいって」
 何故? と聞くには目の前の海とも見紛う大河は壮大すぎる。
「それよりも電気流したほうが効果的じゃねえか?」
「かもしれないけど、氷と似たり寄ったりになると思う」
 そもそも規模が大きすぎる。それにそもそもビリ漁は水よりも魚のほうが通電しやすいことが前提だ。そしてその保証は一切ない。それにこの莫大な川ではたとえ落雷があったとしても水底深くに潜んでいるとも言われるそれまで達するかどうか。
「まぁ、それは凍らせるもの同じなんだがな」
「嫌がらせの見た目としては氷のほうが上?」
「かもしれないが……どっちにしても規模がでかすぎて困るな」
 砂漠で砂山を作っても、隣の砂丘の前にどれだけの価値があるか、という話だろうか。もはやたとえ話すらしっくりこない。
「で、トーマ。どうするつもりなんだ?」
 ようやく満足したらしく、そそくさとこちらに戻ってきていたトーマに話を振ると、彼女は無い胸を張って応じる。
「水の属性を変えるっス!」
「それも結局規模が足りねえんじゃねえの?」
 桜の突っ込みにトーマは怯むことなく
「まぁ、今日は実験っスよ。いきなり結果を求めるもんじゃないっス」
 と、言い張るが日ごろの行いを振り返ってもらいたいものである。どうせ突っ込んでも暖簾に腕押しなので黙っておく。方法のひとつとしては否定するべきものでもないし。
「とりあえず正攻法っス!」
 と、彼女が手を上げれば術式を編んでいた複数の魔術師が一斉にサンロードリバーへ魔法を放つ。その全ては水を氷に変えるための物だ。中には液体窒素を投射している者も居る。
「……そもそも」
 その結果は、川の上に大きな氷塊を生み出し、どんぶらこと流すだけに終わったのだが。
「南砦の管理官が必須と思う」
 そんな光景を眺めながらアインがぽつりとつぶやくと、トーマはがっと振り返り
「来てくれなかったから仕方ないじゃないっスか!」
 と叫んだ。彼女も正直そう思っていたのだから声も強くなる。氷魔術の名手と知れ渡る彼がこの作戦にいないというのはどうにも大きい。この世界では名が知れれば知れるほど強くなるという未確認の法則もあり、かつ能力は確かなものなのだから本気でこの案を採用するならば是が非でも連れてこなければならない人材だ。
「すみません。流石にアース殿とイルフィナ殿を保険からはずす訳には……」
 と、近くに居た管理組合の職員が申し訳なさそうに頭を下げる。
「本番であるならなんとかしますが、今日のところは」
「むむむ……」
 どう見ても「成功」とは言いがたい結果が目の前にある以上、トーマとしても次の句に困る。例え彼が参加したところでどれだけの変化があると言うのか。
「でも……あの雪は一人の仕業」
「記録にあったやつか? って一人ってとんでもねえな。そんなやつが居るならそいつこそ連れてくるべきじゃねえか」
「そうもいかない」
 何しろかの存在は明確ではないがクロスロードと反目する行動を行っている。面会すら難しいし、協力してくれる道理が見つからない。
 詳しい事情を知らない桜だが、複雑な事情だらけのクロスロードでは珍しいことではないとばかりに鼻を鳴らし、「ままならねえもんだな」と呟く。
「手段としては間違ってないはずっス! なにか、何か決定的な手段を!」
 天に拳を掲げ、アイディアが舞い降りることを願うかのようなトーマの行動を眺めつつ、水魔の討伐に望む面々は次なる手段を模索するのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
お待たせして申し訳ありません。
環境が超激変しておりますが、なんとかやっていきますのでよろしくお願いします。

うん!
『水魔討伐戦』
(2015/03/21)

「つまり、自分をルアーにした釣りですね」
「その例えは何か嫌だが、そういうことだ」
 やりたいことを伝えた桜に対し、参加していた探索者の一人が返した言葉に顔を引きつらせる。
「だが餌に食いつかれたらアウトじゃないか?」
「食いつかれるなら行幸かもしれませんが」
 管理組合員の男が苦笑いと共に告げると、例えをした女魔術師が川を見やりながら即応した。
 相手────水魔は魚のように食いついてくるわけではない。かの存在は「津波」と言う腕を伸ばし、姿を見せることなく引きずり込むのだ。その速度は恐ろしいほどに速い。そして莫大な水量はさまざまな防御策をあざ笑う圧倒的な力だ。
「防御魔法をガン掛けしてなんとかならねえかな?」
「絶対防壁を展開することで直接的な被害を避けることは可能だと思いますが、結局それごと引きずり込まれれば詰みですよ」
 魔術師の言葉はおそらく数多考察された対処法のひとつを消し去った結論だろう。
「今のところ唯一抗ったといわれるのが英雄・・・・・・・アース氏が展開できる土の大防壁です。
 それだって時間稼ぎ程度にしかならなかったと聞きますが」
 クロスロード最高の土系魔術師の名は『守り』の手段を常に求めるクロスロードには深く刻まれている。そんな彼女でさえ逃げるための時間稼ぎしかできなかったことも、この作戦に参加している者は基礎知識として承知していた。
「時間停止系の防御魔法であれば抵抗しうる可能性はありますが、ご存知の通りこのターミナルでは時間に関する異能や魔術は効果を表しません。となれば、この莫大な水量を自在に操る水魔に力づくで抗う手段というのはどうしても限られてしまう」
「だからよ。速度でなんとかならねえか?」
 防げないなら回避する。わかりやすい理屈だ。
「速度重視のバフをかけて全力で逃げ、他が防御魔法で逃げる時間をさらに稼ぐ。これなら釣れると思うんだが」
「速度重視は良いでしょう。しかし、防御魔法は無理です」
 女魔術師の即断に桜はぎゅっと眉根を寄せる。
「ん? どうしてだ?」
「忘れたのですか? 100mの壁を」
 どうしてその単語が出てくるのかと眉根を寄せ、それからしばらくして「あ」と声を漏らす。
「あなたを守るための魔法の行使をするために、術者はあなたの100m以内に居なければならない。そんな距離に居たら我々はあっという間に全滅でしょうね。
 あらかじめかけておくタイプはさきほどの話の通り焼け石に水でしょうし」
 桜だけ逃げ切れても、地上の魔術支援部隊が全滅では笑い話にもならない。魔術師がやられればすぐに桜も同じ運命をたどるだろう。
「大量の水を操作した瞬間ならあっちの姿を見ることもできるかと思ったんだけどなぁ……」
「どうでしょうかね……なにしろサンロードリバーは水深で数百メートルあるといわれてますから、我々を飲み込む程度の水量では片鱗も見えないのではないでしょうか」
「……マジか……」
 津波が発生する場合、その海岸線は大きく数百メートルも後退することがあると言うが、水魔が操る津波はあくまで攻撃であり、その範囲も限定的だ。サンロードリバーの水量からすれば些細なものとなってしまう。
「その作戦を実行するならば、クロスロードで一流以上と言われている術師が必要でしょう。速度の加護を他者から受けるとして、防御魔法は自身で行使できることが大前提かと」
「ってぇと?」
「アルカさんや四方砦の長、でしょうか。武技に優れた方は結構居ますけど、純粋に魔術に秀でている方はそう何名も名が挙がりませんね」
 ちなみに西砦管理官のセイは魔法は使えない。あと神聖魔法に限ればルティアの名前が挙がるだろうか。
「反射神経、状況把握能力、決断力も必要でしょうから、候補はほとんど居ません」
「もっと居そうな気がしたんだが」
「この世界の特性、作戦に対する親和性がありますから。地の精霊魔法に秀でたアースさんでは今のあなたの要求に応じられませんし、『砲台』としての魔術師では以下に優れていてもやはり成立しません」
「ともあれ、俺の案を実現するのは難しい、と」
「そう断じる他ないかと。 
 ターミナルにおいて空は原則危険区域ですからね。空に特化した術者を我々が知らないだけかも知れませんが」
 例えば音速を超える戦闘機を運用できれば、防御能力など考慮せずに挑戦できるかもしれないが、その姿が地上の視界から抜けたとき、別の脅威───すなわち消失する危険に晒される。
 空を単独で往ってはならない。これは探索者の基本知識だ。
「ふぁっはっはー。諸君、聞きたまえー!」
 別の手段か、と頭を切り替えようとした彼らはやたらと偉そうな、しかしどうしてか笑いと脱力感を誘う声を聞いた。
「これから水魔をおびき出す偉大なる実験を始めるっスよ!」
 小柄な少女がノートパソコンと妙な装置を掲げてドヤ顔を見せる。
「何をするんだ?」
「水魔を攻撃するっス!」
「攻撃ったって、相手がどこに居るかもわからねえのが問題だろうよ?」
 だから釣りという手段を講じようとしていたのだと桜は呆れたように告げるが、トーマの自信は揺らぎもしない。
「わからないなら、絨毯爆撃っス。当たり前の戦略っスよ!」
 絨毯爆撃、という言葉を理解しようとして、海と見紛う川を見る。
「そんな無茶な。どんだけ爆弾を投げ込むつもりだよ」
「爆弾はこれっス」
 彼女が変わらずに掲げたままにしているパソコン、それから伸びたケーブルにつながれたボールのような機械に視線が集まる。
「そいつが?」
「音響爆弾、と言うべきっスかね。水の中でも音は響くっスよ!」
 正確には振動は伝播する。故に爆弾や衝撃を使った漁というのは古来より存在していた。手当たり次第に水生生物に被害を出すため、普通の漁場では使わない手段でもあるが。
「防水パソコンを利用して断続してククの伝播ソングを流すっス。これで相手を燻りだすっスよ!」
『ちょっとマスター?! あたしの歌が伝播ってどういうことよ!?』
「ギャッ!?」
 ボールから響いた馬鹿でかいキンキン声に、その場に居た全員が思わず耳を塞ぐ。しかし両手を塞がれていて、さらに一番近くに居たトーマは防御すらできずにパタンと倒れてしまった。
「お、おい、鼓膜やぶれてねえか?」
「水中に響かせるために音量を凄まじいことにした装置ですか……普通に兵器ですねこれ」
 慌ててトーマを介抱。幸い大事には至らなかったらしく、やがてふらふらと頭を左右に揺らしつつ、彼女は復帰する。
「み、みたかこの威力……!」
「ある意味お前凄いよな……」
「天才っスから……」
 ダメージは深刻のようである。
「パソコンのソフトで自動的に音を流し続ければ100mの壁も関係ないっス。
 こっちはぎりぎりの距離を維持しながら、追従し、反応があればこれに仕込んだ爆弾で追撃を仕掛けるっスよ」
「……お前、爆弾仕込んだスピーカー取り落としてたのかよ……」
 聞いていた者がずざぁと距離を取る中、桜の呆れ声をトーマはスルー。
「ふふ、また歴史の一ページに偉大なる天才の名を刻むべく、作戦を開始するっスよ!」
 めげない懲りない、反省は最小限のトーマは不屈の精神で行動を開始する。
「しっかし俺の考えた作戦でも問題になったけどさ、いくら音量増大したからって幅四キロもある川にこれ一台で何とかなるのかよ?」
「なるわけないっスね」
 ずばっとダメ発言をするトーマに桜は訝しげな視線を向ける。
「ただ、足りないなら数を増やせばいいだけの話っス。どうせ爆弾だってこれひとつじゃフィールドモンスター相手に微々たるもんっスよ」
「その割り切りはある意味すげえな」
「トライエラーは発明の基本っス」
 フフンと薄い胸を張って言い放つトーマにある意味尊敬を抱きつつ、桜は大運河を視界に納める。
「となると、さっきの考察も無駄じゃねえって事になるか?」
「む?」
「いや、ひとつで足りないならばら撒く必要があるってことだろ? だったらもっと安全圏から飛行でばら撒くのは悪い手じゃない。
 防御がある程度できれば安全は増す」
「射出することも考えてたっスが、的確な位置に落とすならそちらのほうがいいかもしれないっスね。ラジコンヘリじゃ100mの壁に阻まれるし」
  空は危険領域だが、地上からその姿を観測できている限りは免れる。
「ともかくまずは第一投っス」
 適当に作った射出機で川辺から数百メートルのところに着水させる。それは見る間に流れに飲まれ、沈んでいった。
「にしても、あれ、AIみたいなもんなんだろ? 良いのか?」
「流石にクク本体は投げ込んでないっスよ。あれは簡略コピーみたいなもんっス」
「……会話できる相手だと人じゃねえが人権云々が問題になりそうだよなぁ」
 実際機械生命体や精神生命体、幽霊などが存在しているためどこからどこまでが個の人格として尊重すべきかと言う問題はクロスロードで時折議論される。
 特にペットや従者としての獣とまったく同じ姿をした会話可能な固体はややこしい。
 一応は「共通言語の加護」を受けられるかどうかが基準にすべきだというのがひとつの解として認知されている。
「何もなければアクアタウンあたりの知り合いに回収してもらうっスよ。インスマ’sとか清掃活動やってるらしいっスから、見失っても発信機の電波便りに探すっス」
 と、

「総員、退避っ!!!!!!」

 悲鳴じみた言葉と共に どばぁあああと凄まじい水音が上がったと思うと、下流数百メートルのところで盛大な水柱が上がった。
「っ!? あれ、爆弾か?!」
「違うと思うっス!!
 爆弾は衝撃系にしておいたはずだから、あんなに水柱は上がらないっス!」
 次いで襲い来るかもしれない津波に飲まれないために、全力で走る。
「ってことは……効いたってことか?」
「当然っス! 天才の行動に間違いはないっス!」
「トライエラーじゃなかったのかよ。それよりも……」
 少し振り返りながら桜はつぶやく。
「あれ、『音楽用のAI』だよな? なんで音響兵器になってるんだよ……?」
「音は異星人を倒す兵器と古来より」
「何の話だよ!?」
 まるで怒りを表現するような水音を背に、二人は全力疾走するのだった。

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 長期出張でいろいろだめになっている神衣舞です。
 なるべく早く更新できればと思いますので音沙汰ないときはトップの簡易掲示板とかで急かすと慌てます。よろしくお願いします(ぉい
『水魔討伐戦』
(2015/05/02)
 音による調査。
 一つの解にたどり着いた面々はその方法を軸にさまざまな案を検討していた。
 
「が、やはり問題は……」
「100mの壁……距離ですね」
 ソナーによる位置把握は有効な手段ではあるが、それなりの速度で流れ続ける川では精度が著しく下がるのは当然だ。精度を上げるために近付くなどすれば、津波の一回で探査機器が全滅しかねないのも悩ましい。
「形や大きさを知るのも難しいのか?」
「サイズはいけるかもしれませんが形は難しいでしょうね。運次第というところもありますが」
 川は場所によって流れの速さが極端に異なる。ある程度計算し、補正をかけたとしても形を知るのはかなり難しいだろう。
「もう一つの問題は生息域ですね。水魔と思われる報告例は数十キロメートルにわたって分布しています」
「機器をばら撒いて当たるかどうかも問題っスけど、当たったところでまた移動されたら意味がないっスね」
「猫に鈴を付けろってか?」
 光明が見えたにしては難題の多い状況に桜が皮肉を漏らす。
 と、そんな軽口がもたらしたのは静寂だ。そして集う視線に桜はつい息を呑む。
「悪い、ふざけ過ぎた」
 とっさに出た謝罪の言葉だが、
「いや、アリっスね」
「絨毯爆撃になりますが、音で位置を確認しつつ、発見次第ビーコンなどを打ち込めば、位置を把握とは行きませんが、近づいたときに知る手段になるかもしれません」
 よもや乗り気の会話に桜はきょとんとし、それから
「いや、例え打ち込んでもはずされたらそれまでじゃねえか」
 と、ついつい突っ込みを入れてしまった。
「いえ、今までの調査から水魔はドラゴン級のサイズがあると目されています。
 とすれば、猫の鈴に気づかれない可能性もある……今までは位置すら掴めなかったのですが、その手段があるならば検討の余地はあると思います」
「音系の技能もちを集めるっスよ。流石に機械のばら撒きじゃコストがバカにならないっス。確実性にも欠けるし」
「『猫の鈴』はどうする?」
「発信機系は100mの壁に引っかかる。光を発するか音を発するか、そういうものが良いのではないでしょうか?」
「しかし音ではすぐにはずされてしまう可能性が跳ね上がらないか?」
「可聴域を同時に調べるっス! 可聴域外の音を発するモノならば気づかれない可能性が上がるし。こちらはその音を捉える機械を用意するだけで済むっス!」
 矢継ぎ早に繰り出される意見を右から左に聞き流しつつ、桜は思う。
「なんか、俺、いい事したっぽいな」
 自嘲気味の言葉は頭をフル回転させる一同には届かなかったらしい。結局この作戦は僅か半日で実行直前まで進められることになった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「作戦第一段階は捜索ならびに調査っス!」
 そして翌日。妙にハイテンションなトーマが壇上に立ち、居並ぶ者たちへ声を放つ。
 ハイテンションな理由は目の下の隈が物語っている。
「音で居場所を確認。反応を探るっス。同時にセンサーや聴覚による探知能力もちが水魔の位置、サイズを調査するっス」
「これには常に津波の危険がありますので、飛行状態での調査、ならびに土系、障壁系技能者が補助に入ります」
 隣に立つ管理組合員が補足をするのを満足げに聞き、トーマが話を続ける。
「発見後にさまざまな音階のククの歌をぶつけるっス! 反応がない領域を確認し、まずは第一段階終了となるっス!」
『異議アリ!!!』
 意気揚々なトーマの言葉をよく通る女性の声が遮り響き渡らせる。
『どうして私の歌が音響兵器扱いされてるのよ! 納得がいかないわ!!!!』
 それは壇上にあるテーブル。そこにぽつんと置かれたノートパソコンからがなり立てているのはトーマの作成した歌唱プログラムだ。
「クク……」
「笑ってるように聞こえるな」
「変な突っ込みはなしっス。
 クク、これはあれっスよ。音楽で悪しき敵が苦しむやつっス。ヤック・デ────」
「ハイそこまで。話を続けますよ」
 何かしら危機を感じたらしい管理組合員が先を促すと、トーマはコホンと咳払いしてホワイトボードを叩いた。ちなみにホワイトボードには「作戦会議」としか書かれていなかったりする。
「第二段階は『猫の鈴』を埋め込むっス。
 再び絨毯爆撃で水魔の位置を確認。見つけ次第水魔の可聴外に設定したスピーカー付銃弾を叩き込むっスよ」
 彼女の説明と同時に他の管理組合員がいくつかの銃弾や銛をトーマの前に並べる。
「これは魔力駆動式と熱駆動式、それから水流駆動式の三式用意したっス。仮に水魔がドラゴンとするならば、相手の魔力を少し吸い上げる魔力駆動式や活動エネルギーたる体温での熱駆動が可能っス。
 小型の水車を配置して、ボディの表面を行く水流で発電する水流駆動式は銛のようなヤツに組み込んだっス」
 良くもまぁ半日でここまで作り上げたものである。
 とはいえ、設計図と材料があれば一瞬でその形にしてしまう魔法使いも居るし、電子基板関係は結構市場に置いてあったりする。魔術回路についてもインクを魔術触媒で作った印刷機で量産できてしまう。なお、これを見た中世文化圏の魔術師が自分の人生に措ける苦労を振り返って落ち込んだのはまた別の話である。
「さぁ、水魔に釣り針を引っ掛けるっスよ!」

 クロスロードのそれほど長くない歴史の中で、多くの犠牲者を飲み込み続けた正体不明の怪物に、ついに反撃の刃が突きつけられようとしていた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 次回ラストの予定です。
 果たして猫の鈴はうまくつくのでしょうか。
 リアクションよろしゅうおねがいします。
『水魔討伐戦』
(2015/06/12)

『作戦開始』
 無線機なんて洒落た物はこのターミナルでは使いづらい。拡声器による大音声が作戦担当者に意思を伝える。
「さぁああて、いよいよあたしのウルトラグレートなアイテムが火を吹くっスよ!」
「いや、火を吹いちゃいかんだろうよ」
 冷静に突っ込む桜であるが、完全に徹夜明けのテンションに陥っているトーマには届かないらしい。やれやれと深く息を吐いて作戦の舞台となる大河へと視線を投げた。
 作戦は至ってシンプル。音を発生させる装置を上流からばらまき、定期的に音を発生させることによって追い込み漁的なことを行うのだ。
『観測班は津波の発生にくれぐれも注意するように。予兆があれば迷わず退避を!』
 返事は届かない。だが各々が緊張とともに頷いていることだろう。
 クロスロードに最も近い位置にありながらもその姿さえ確認させることの無かった、そしておそらくは最も被害者を出したであろうフィールドモンスター。その真実の一端を掴むことは未来を切り開く一歩に違いない。
 
 開始から二十分ほど経過しただろうか。
 何も起こらないコトにテンションを落ち着かせたついでに寝落ちかけてたトーマがガンと机に頭をぶつけたタイミングで三つの光が天に上がった。
「水魔の反応を確認!」
「ぬぉっ!?」
「ぬぉじゃねえよ。行くぞ!」
「わ、わ、わかってるっスよ! 寝てないし!」
 誰も寝てたことを責めていないと内心で突っ込みつつも桜は近くに控えていた狐太郎にまたがる。ついでに口元を袖でごしごしやってるトーマの首根っこを引っつかんで後ろに乗せる。まぁ小さいし戦闘しない限りは大丈夫だろう。
「ちょ、まっ!」
「掴まって、舌噛むなよっ!」
 意を得たりと狐太郎が立ち上がり急加速。中空を蹴って光が上がった元へ駆ける。
 高い位置から見ればサンロードリバーが広い範囲で妙な波を発生させていた。その中心になにかが蠢いていることは一目瞭然だ。
『計測斑より速報! 対象のサイズ、最低でも60m以上!』
 咄嗟に理解できない。60mといえば……軽く10階建ての建物より高くないか?
『形状は不明! 比較的細長く、さまざまな突起物? がある模様』
 言われてイメージしたのは泳いでいる最中のタコだが……そういえば海魔というのはタコの通称だった気もする。海に見紛うような大きさのサンロードリバーだが、河には違いあるまい。水魔とと呼ばれた理由は『海魔』にあやかってのことか??
 ・・・・・・いや、未だに姿が確認されていないのだから、サンロードリバーを海と看做して名づけられたのだろう。
 そんなさまざまな思いを胸裏に描くその正面で明らかに何かが水面に近づいてきている。
「ついにお目見えってか」
「らしいっスね」
 ようやく狐太郎の飛行に慣れたらしいトーマが桜のわきの下から顔を出して覗き込む。
 二人の、いや多くの来訪者が緊張とともに見守る前で、まるでフィルムを押し上げるように水がある一点から起き上がり─────


『─────か! 状況報告を!』

 切羽詰った声がやけに遠い。
 いや、自分は今、何をしているのか? 何をしていたのか?
『状況報告を! 何が起きたんですか! 誰か反応を!』
「っ!?」
 がばっと起き上がる。手が握ったのは泥。いや、水を吸った土。視界を巡らせれば大河が波打つ姿。
 そこはサンロードリバーのほとりだと判断する。何故? いや、それよりもここは水魔の危険区域ではないか? 横にはびしょぬれで倒れるトーマと狐太郎の姿。その向こう側にも数名の探索者が同じような状態で倒れている。そうだ。自分は、自分たちは─────
「狐太郎っ、起きれるか!?」
 主の問いかけにゆっくり目を開ける霊獣だが、どうにも動きは緩慢で消耗が激しいように見える。
「ちぃ……」
 ぐっと膝に力を入れようとするが、入らない。
「なんだこれ……」
 それだけではない。手が、足が、小刻みに震えている。それは疲労から来るものとは違っていた。
「……なんだ……なにが起きた……?」
 自分たちは、そう、トーマの音響兵器で水魔を追い立てていたはずだ。
 そしていよいよ水魔が観念したかその姿を─────

「っがぁっ?!」

 意識が飛んだ。
 そして後ろ向けに倒れて後頭部を強打したらしい。それで再び覚醒した意識。痛みと眩暈に混乱する脳裏に拡声器越しの声が響く。
『控えのメンバーは至急救助に向かってください! このままでは危険です!』
 どうやら救援が来るらしい。
 桜は仰向けのまま、一旦頭を真っ白にした。
 それから恐る恐るエンジンの回転速度を上げるように思考を動かしていく。

 何が起きたか。
 考えたくない。自分の奥深いところで発生する拒絶。
 だが、考えないわけにはいかない。
 手の震えが、いや全身の小刻みな震えが何を意味するのか、目を向けなければならない。

 これは間違いなく『恐怖』だ。
 外傷は無い。今しがた打った頭の方がよっぽど痛い。
 おそらくは戦闘を行ってはいないだろう。
 ぶっつりと途切れた意識。そして狐太郎とともに河に墜落し、津波か何かで陸に持ち上げられた、というところだろうか。
 水魔がわざわざ助けた?
 違う。あれが出現するときに生じた波が一気に押し流したに過ぎないのだろう。
 つまり、

「あれを、見たから」
 結論を口にした瞬間ぐらりと視界が揺らいだ。それは正解と称しているようであり、そして深刻な問題を示している。
 見ただけで恐怖した。
 思い出そうとするだけで意識が飛んだ。
 到底信じがたい現象だが、そうとしか考えられない。
 同じような現象に覚えはあった。
 手を伸ばし、伏せをして尻尾をぺたりと付けたままの狐太郎を撫でる。

 神、大妖、大精霊───ある一定以上の存在には『畏敬』が伴う。
 圧倒的な存在を前にして畏れが精神を食いつぶす。

「大丈夫ですか! 何があったんですか!?」
 気が付けば、周囲で救助作業が始まっていた。また少し意識が飛んでいたらしい。
「すまん。わからねえ。
 だけど……多分だが、俺は、いや、俺たちはアレを見たんだと思う」
「見た……ですか?」
「ああ……だが、思い出せない。いや、思い出すことを拒否してる」
 救助に来た職員は少しだけ考え込むそぶりを見せるが「まずはここからの撤退を優先しましょう」と言って桜を引き起こす。
 今津波が起これば全滅は必至だろう。
 破滅を背にした緊張感の中、追い立てられるような撤収作業が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あたしも同じっス。多分何かが出てきた瞬間に気を失ったっスよ」
 睡眠不足も相まって、長く起きなかったトーマはベッドで上半身だけ起こし、自分が口にした言葉で眉間に皺を寄せる。
「クク、何か記録していないっスか?」
『─────』
「あれ? クク? どうしたっスか? 防水加工はしてあったっスよね?!」
「もしかして、そいつにも影響があったってのか?」
 隣のベッドからの言葉は桜のものだ。施療員に運び込まれた気絶者たちはいくつかの病室に割り振られ、検査と経過観察を受けていた。
「……ククは我が最高傑作のひとつ、かなり高度なAIを搭載しているっス。
 人間に影響のある事なら、同じく影響を受ける可能性は高いっスね。
 ログデータを見てみるっスよ」
 ノートパソコンをいじり始めるトーマだが、その手を見守っていた職員が抑える。
「ここで確認するのはやめましょう。
 他の方の証言も合わせ、十中八九水魔を目視したことが気絶の理由でしょう。
 映像と言えど安全とは言いがたい。特にかなりのダメージを受けているあなた方は避けるべきだ」
 職員の強い口調にトーマも反論はできなかった。ごまかすように肩をすくめて苦笑いを一つ。
「……それもそうっスね。管理組合のほうで確認方法はあるっスか?」
「上との相談になりますが、精神耐性がある種族を選抜して確認するしかないかと」
「まるで呪いのビデオっスね」
 確認しなくて良いということに安堵するかのようにノートパソコンを職員に手渡す。
「ククが再起動して、様子がおかしかったら緊急停止してほしいっス。最悪はバックアップがあるんで」
「承知しました。
 ともあれ、今はゆっくり休んでください」
 一礼して去る管理組合員を見送った所で桜はベッドに身を預ける。
「どういうことだと思う?」
「恐怖を与える魔術があるっスよね?
 凶悪なそれを食らったと思えば説明はつくっス」
 精神に干渉する魔術は時にそのまま死に至らしめることもある。特に今回はフィールドの中での出来事となる。探索者一同はフィールドが基本能力として有している弱体化を少なからず受けていたはずだ。
「問題は水魔が魔術や特殊能力を『使ったか』っスよ」
「どういうことだ? 使ったからこうなったんじゃないのか?」
「メデューサの顔と一緒っス。
 特性として『あれを見たから発動した』なら、ちょっとしゃれにならないっスね。
 フィールドモンスターの固有能力……つまり常時発動の恐怖空間である可能性はかなり高いと思うっスよ」
 フィールドモンスターと呼ばれる所以。一定範囲内に独自の法則を生み出す能力。
 それがフィールド内に致命的な恐怖をばら撒くことだとするならば、討伐どころの話ではない。この世界での遠距離攻撃には100mの壁故の不確実さが常に付きまとうのだ。
「いや、フィールド能力ならまだマシっスよ。ユグドシラルの砲撃って手段もあるっスから。
 最悪なのはあの怪物がもともと持っている固有能力だった場合っス」
「……水魔を見るだけで精神に異常を来たすってことか」 
 決して無いとは言い切れない。だからこそ「最悪ってレベルじゃねえだろ」と言葉が漏れる。
 今まで誰一人として水魔の姿を確認できていない本当の理由がそれだとするならば、どう対応すればいいというのか。
「まぁ、何とかするしかないっスよ」
 気安い感じで言い放つトーマに桜は怪訝な顔を向ける。
「何とかなるのかよ」
「『何とかする』っスよ。出来ないって言って諦めるんなら天才の看板は掲げてないっス」
 前向きなことでと、胸中で呟きながらも頬に浮かんだのは笑み。
 出来ないやれないで逃げ帰ったならば目の前のお宝にも手は届かない。確かにそれじゃ探索者じゃない。
「まずは管理組合に譲るっスよ。手数が多いのはあっちなのは間違いないっス。
 管理組合がねを上げたときに天才は颯爽と現れるっスよ。
 というわけでお休み!」
「寝るのかよ!?」
 思わず起き上がって突っ込みを入れるも、くーと小さく寝息を立て始めたトーマを見て嘆息。
「……だぁ、もう。
 そうだな。今はどうにもなんねぇ」
 でも、と、胸中で言葉を繋げる。
 窓の外、それがどの方向かはわからないが、サンロードリバーを幻視して桜は吐き捨てる。
「今は、だ。必ず吠え面かかせてやる」
 トーマに習ってベッドに身を預けた彼もまた、削られた精神を癒すべく再び眠りに付くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

『管理組合の報告書より抜粋』

 以上の事から、『水魔』は『恐怖』という記号の集合体であるとの仮説が提唱されている。
 ただ『万物に等しく与えられる恐怖とは何か』という問題に対し、結論は出ていない。
 
 意見としては2つある。
 『存在ある故に抱く恐怖』……消滅(死)
 『知性あるが故に抱く恐怖』……無理解
 
 本日の議論の結果、仮説として有力視されているのは『無理解』を象徴する怪物であると言うことである。
 これは今回作戦を担当し、気絶した探索者の多くが精神へのダメージはあった物の、死者がほとんどでなかったことにより、『消滅』という仮定は適さないという消去法からである。
 しかし、同時にかの存在が『無理解』を象徴する怪物の場合、一つの懸念が挙げられている。

 副監理組合長の説明にあった世界の敵の1人。『狂気』の象徴であるそれは、自らの存在も『狂わせ』変質させていると推測されている。
 その結果として100mの壁という『無理解の空間(壁)』が生じているという説は有識者の中では根強い。
 そしてかの水魔が『無理解』の象徴たる怪物とするならば

 その存在はこの世界有数の災厄になっている可能性は非常に高く、また『100mの壁』を形成する要の一つとなっているのではないか。

 もしこの仮説が正しいのならば、ターミナルの総力を挙げても討伐を進めるべきである。というのが一致した意見である。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけで、今回のシナリオはここで終わりです。
 すぐ真横の恐怖。さて、これを妥当する手段は果たしてあるのか。
 案があればトップのボードなんかでお話してもらうのもアリですね。
 ともあれお疲れ様でした。
 規定の報酬に加え3万Gと経験値5点を参加者にお渡しします。
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