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【inv36】『衛星都市拡大作戦』
『衛星都市拡張作戦』
(2015/02/28)
「このように、衛星都市での迎撃率が、クロスロードに対する被害を大きく抑えることは明らかです。
従って、衛星都市の防衛設備拡張を提案します」
 管理組合本部にある会議室のひとつで、一人の女性が参加者に最後の一言を告げた。
 美男美女を語れば文化風習によりけりとなってしまうが、人族の場合左右の均整が取れていることが『美しい』と思わせるひとつの条件だという。そういう意味でも、また多くの人族の男性が好意的に思える美貌を持つ女性は沈黙する会議室で参加者の顔を見渡した。
「理屈の上では正しいと思う」
 視線を受けたからか、重厚な声音が発せられる。
「しかし衛星都市はあくまでオアシスを中心にした都市。
 水は無限に湧き出すと推測されるが、消費した分が即時戻るわけではない」
 背に翼を負う偉丈夫の言葉に女性は同意を示すようにうなずく。
「収容人数に限界がある、ですね?」
「運送や貯蔵により、ある程度の拡張は可能だろう。しかし一回り大きくなれば、防衛すべき範囲は数倍にも膨れ上がる。拡張する利点は認めるが、維持と運用の面で現実的とは思えない」
 運輸の長とも言われる彼の言葉には別の意味でも重みがあった。だが、その重圧を彼女はいともしない。
「自動迎撃システムは操作系や混乱系の特殊能力を持つ怪物にひどく弱い。故に多様はできず、現状でも迎撃用機銃は探索者の手に委ね、運用している。
 一斉管理をするにも100mの壁が邪魔をする。人工知能の類は一部を除き、命令者から離れると運用システムから離脱してしまうことがある。
 このあたりが人手をかけずに拡張できない主な要因でしょうか」
「そのほかにも弾薬の問題があるにゃね。魔法系にしたって周囲のマナには限度があるにゃ。あの数の砲撃をしたら一時間も持たないにゃよ」
 マナ、魔法のモトとなるエネルギーの動きは基本的には酸素のようなものと考えてもかまわないだろう。一気に消費してしまえば元の濃度に戻るまで、規模に応じた時間を要してしまうし、酸素濃度が減ったときのような影響を人体に与えることもある。
「おっしゃる通りと思います。そこで今回、こちらから提案させていただくシステムが有効的と思い、参じた次第です」
 言って彼女は占い師の使うような水晶玉をひとつ取り出す。それは一見透明な水晶だが、見ていると目が霞んだかのような錯覚を与える。
「大襲撃を前提にするならば、敵が消えるまで枯渇しない資源を使えば良いと思いませんか?」
「枯渇しない資源……?」
 偉丈夫の訝しげな声音に美しい笑顔を向けた女性は頷く。
「これは─────」

◆◇◆◇◆◇◆◇

「雲ひとつない晴天、か」
 クロスロード周辺は温帯と言っていい。四季による気温変化はあるが、適切な対応をすれば命に関わるような気候ではない。
「この場合は冷え込みを助長するだけなんだがな」
 ただ、ひとつ特異な傾向がある。それは「あいまいな天気があまりない」ということだ。晴れるなら晴れるし、曇りなら見渡す限りの雲が広がる。真夏日はカラカラになるまで熱せられるし、雪も降るときにはどかんと降る。
 潔いというか、勢いが良いというか、そんなスイッチを切り替えるような天気が多いのだ。これは単なる物理現象でなく、おそらくはフィールドモンスターと似た、この世界の法則が関与していると考えられているが、現状証明のしようがない。
 新年明けての冬晴れのこの日、放射冷却により大地の熱はしっかりと奪い去られており、金属鎧やチェインメイルあたりをうっかり着てきた者が悲鳴を上げたりしている。
 あらゆる世界と接続するターミナルでは金属鎧などロートルにもほどがあるというのが一般的な意見だろう。何しろ同じ価格で同等以上の防御性能で、軽く強靭な素材が山ほどある。だが慣れはなかなかに変えがたく、その重さを利用した戦術を取る者も少なくない。金属鎧にコーティングなどを施して愛用し続ける者も一定数存在していた。
 明確な志向のない考えを適当に脳内でまわしながら、ザザは平穏な周囲を見渡す。
 彼は歩哨だ。振り返れば技師たちがいろいろと計測したり、図面を前に話し合ったりしている。そのさらに先にはオアシスを中心とする町、それを守る壁が見えた。彼らの安全を守るのが役目である。
「拡張工事、ねぇ」
 衛星都市は彼にとっても感慨深い場所だ。この世界での三つ目の都市にして、一番脆い場所。拠点として防御を固めてきたクロスロードはもはや大襲撃で陥落することはないと豪語する者が居るし、第二都市の大迷宮都市は地下にあることもあり、防衛能力はかなり高い。
 だがクロスロードから南方に約百キロのこの町を守るのは二重の防壁と、その上に作られた迎撃施設が主となる。また、水はあれど食料についてはその大よそをクロスロードに依存しなければならず、防衛線に向いているとは言いがたい。
 だが第二の水場であるこの場所は来訪者にとっては得がたく、守るべき足掛かりであり、探索者にとっては明確な『結果』である。
 この世界に人々が至ってからすでに五年以上が経過しているが、東西南北に約200キロ前後が知りえた範囲である。それも不正確に。
 駆動機を使えば数時間で至れる位置。そこは未だ彼らにとっての危険区域であり、そしてその努力に反し、結果を得られていないという証左でもあった。
「そのためにも、前線基地を確実なものにしたい。ってのは分かるんだがな」
 視線を正面、地図上の南側へと向ける。
 衛星都市を拡張し、足掛かりとするならば必然として南へその版図は伸びることだろう。そしてそれは大襲撃の発生地点と目されている方角でもある。
「まぁ、行くのは自己判断。そういってしまえばそれまでなんだが」
 この計画が正しく遂行されれば、多くの者の背を押すことになるだろう。停滞を良しとは言わないが、他にすべきことがあるのではないか。そう思うのはこの地に馴染んできたからか。
「あら」
 ザザは即座に声の方向から距離をとる。
「いい反応ですが、失礼かと」
 その姿を確認しようとして、ほんの僅かに眉根を、いや、目を凝らす。
 そこにはまず銃が浮いていた。1m以上の長さを持つ、ボルトアクションタイプのライフルだ。そこから揺らめきを見たザザはそれが人の形をしていることに気づく。
「……精霊種……?」
 風の精霊シルフ。明確に姿がある存在も居るが、このような『風の塊が人の形を取った者』も少なからず居ると言う。それを目の前にしてザザはひとつの連想に至った。
「……過激派の」
「そう呼ばれていることは承知していますが、直接言う言葉ではないと思いますが?」
 否定ではない。つまり彼女(?)は律法の翼の過激派。その中でも実力者とされる番隊長……
「『塔の主』がどうしてこんなところに」
「あなたと同じ目的です。団長からの命令ですので」
 四六時中「扉の塔」の上階に居座り、クロスロード内ならばいつでも誰でも狙撃可能とさえ言われる畏怖の一つ。それが目の前に居る。
「この計画は我々も賛同している、というだけです。
 本来は脳筋の仕事と思うのですが、北の調査に逃げてしまいまして」
 脳筋とはおそらくドイルフーラなる鬼族だろう。
「しかし、こんな機会でもなければ会えない人に会えたのは行幸です」
「そんな大層なモノじゃない」
「あなたほどに有名な人物などそうは居ません。そういう場所に足を踏み入れているのですよ」
 後にクロスロードの歴史書がつづられるのならば、その要所として記されるであろう事件の多くに関わり、戦果を挙げてきた彼に対しての評価。大よその者が持つ印象は彼女の言から外れていない。
「それならお前も同じ、いや、それ以上だ」
「悪い意味で、ですかね」
「良い意味にもできるはずなのに、どうして過激派に属する?」
 ザザの問いに彼女は透明な唇をほんの少しゆがめる。
「我々の行動は『過激』でしょうか?」
「手段を選ばないからそう言われているのではないか?」
「コロッセオの件を言っていますか?」
 かつてコロッセオで陰側の属性を持つ者全てを巻き込んでダイアクトーを誅殺しようとした一件は過激派を語る上で必ず上げられる話題だ。
「ですが、それ以外では……そうですね。『攻撃的』と称されることは否定しませんが、少なくとも『過激』と悪評を得るような真似は思い当たりません。彼女らと比較すればどんな行動も『過激』で『急進的』でしょうが」
 穏健派とも呼ばれるもうひとつの律法の翼。そちらは『守る』事を主軸にしており、確かにそれとの比較を踏まえてもいるだろう。
「私たちは、自らが関する『律法』の二文字からは外れる行いを禁じています。
 故にコロッセオの一件は我々の手で後始末したのです」
「あれだけがイレギュラーだと?」
「我々はそう認識していますが、汚名とは中々に雪げないものです」
「だから慈善活動か」
「これが慈善活動かどうかはさておき、衛星都市も守るべき対象には違いありません。
 我々が動くには十分です。とはいえ、そのイメージが先行しすぎているので、動員メンバーは限定していますが」
「……しかし、あの鬼を出そうとしていたのだろ?」
「あれは敵さえ明確であれば慕われる存在です。あなたと同じですね」
 同じ、と言われてほんの少し眉間に皺を刻むも、かつての己がいかな存在かを思い出し口を噤む。
「俺も変わったと言うことか」
「?」
「なんでもない。ともあれ、背中を撃たれることはないということだな」
「私が狙うのは頭ですから」
 心臓が凍りつくような冗談を文字通り透き通る笑顔で発し、彼女はふわりとその場を去る。
 取り残されたザザは盛大にため息をひとつ。
 作戦指揮を行う管理組合員の本部へと足を向けるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ザザが本部に足を踏み入れたのはひとつの提案をするためだった。
 それは以前に受けた農業のための土地調査の続き。前回思い至るも、巨大なクロスロードの外枠拡張は現実的ではなかった。が、今回であればそれが目的なのだからついでに調査ができる。
「……なるほど。興味深いテーマですが」
 「が」の一言がザザの眉を動かす。
「実はすでに施療院の方がこのあたりの調査をしていまして、植物の発育状況等の分布図があります」
 言って彼は机の上に映像を投射する。PBに増設できるプロジェクター機能だ。
 そこに映し出された映像はオアシスの形状をふた周りほど広くした円があり、そこが境界線とばかりに区切られている。
 注目すべきはそのラインが壁の内側にあることだろうか。
「……拡張するも何も、今の段階で壁の内側に植物が育たない場所があるのか……」
「オアシスをほぼ拡張する形でエリアが区切られていることから、ここが「オアシス」と「その他」の境界線ではないか、というのが推論です」
 つまりオアシスには「水」があり、「オアシス由来の植物」がある。そのオアシスの境界線を越えた場所はまったく違う性質を持つ「荒野」でしかない。
「……つまり、拡張しても『オアシス』というエリアが拡張しない限り、無意味、か」
「確証はありませんが、そう考えるのが妥当かと」
 そうするとクロスロードは一体なんだろうか。
 扉の園ならば理解もできる。だが記録によればその外側はクロスロード成立前は荒野だったと聞いている。なら「今」はどうなっているのか。
「オアシスが拡大するというならまだ理解できるが……ゼロから生じたというのならば拠点が増やせるということになるのか……?」
 とはいえ、方法が皆目検討つかないとなれば雲をつかむ話だ。
「さて、どうするかね」
 無論仕事は果たすべきだ。
 穏やかなうちに何かすることはあるだろうか。

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長期出張なう。
なかなか生活が安定せずに苦心しておりますが、なんとかペースを戻したいものです。
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