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【inv36】『衛星都市拡大作戦』
『衛星都市拡張作戦』
(2015/04/07)

 衛星都市の拡張工事は順調に進んでいた。
 いや、順調という言葉では生ぬるい。魔法技術と科学技術を駆使した建築は異常な速度で進んでいる。管理組合の誇る「数の暴力」、センタ君による一斉工事に加え、大迷宮都市を管理するラビリンス商業組合が資材を即時調達したため、昼夜問わない突貫工事が行われていた。普通なら夜間は騒音や作業用の光が問題になるのだが、光を必要としないセンタ君と吸音素材、大気制御によりそのあたりの問題は一切発生していない。
「しかし、商業組合がどうして出資するんだ?
 あそこは大迷宮都市が縄張りだろ?」
「普通に考えれば市場の拡大が狙いだろうな」
 僅か数日で半分以上が完成した新たな防壁。巡回を終えて休憩をしていたザザがそれを見上げていると、探索者の会話が耳に入ってきた。
「市場の? それがなんで衛星都市なんだ?」
「大迷宮都市の商人は基本後発組なんだよ。
 で、先発組はクロスロード内、それから異世界との公益ルートをがっちり掴んでいるわけだ」
「後発組に入り込む隙はなかったと?」
「無論うまくやったヤツも居るだろうけどな」
 しかしその比率は極端に低いと男は暗ににおわせる。
「迷宮都市の商業組合ってのは大迷宮の一階層解放後に共同で仕掛けた連中だ。無論先発組も放っては置かなかったんだろうが、余裕の差が出たってところかな」
 興味を引かれ、会話に意識を向ける。
 第一階層が完全に攻略され、第二階層に探索者たちが臨もうとしたときに、彼らは突如その一階層に町を作る構想を打ちたて、瞬く間に実現してしまったことを思い出す。
「でもな、『蛇口』を握ってるのはやっぱりクロスロードなんだよ。大迷宮や周辺の探索により集まった品物も、卸先の半分以上はクロスロードか異世界になる。ここを切り開くことが難しい以上、クロスロードの各商会に買い叩かれることになっているらしい」
「そりゃ……可愛そうというかなんというか」
「だが町や拠点が増えれば大迷宮都市は他の都市との物流の拠点になりえる。ターミナル内の物流の『蛇口』を握れるってわけだ。
 それがヤツらの狙いだろうな」
「そんなに上手くいくものか?」
「やるしかない、ってのがヤツらの心情だろうよ。
 実際衛星都市はクロスロードの商会よりも大迷宮都市の息が掛かった店が多いらしいぜ」
「なるほどねぇ……ただまぁ、価格競争とかしてくれる分には一向に構わないんだけどな」
「変な抗争をして物流が滞ったら、全滅すらありえるからなぁ」
 全滅というのは商人に限った話ではない。食料自給率ほぼ0%、水も95%以上をサンロードリバーに頼るターミナルにとって、物流の停止は全ての来訪者の死に繋がる。
「その時は管理組合が黙っていないだろうよ。少なくともエンジェルウィングスが管理組合に従うだろうから、行き着くところまで行ってしまえば一番でかい管理組合だけ残って共倒れだろうな」
 『門前会議』の当事者の一人と目されるエンジェルウィングスの代表マルグロウスはこれまでの歴史で常に管理組合のパートナーであった。この衛星都市までを繋ぐ武装列車の貨物もほとんどがエンジェルウィングスの管理物件だ。他者が蛇口を握ることはできても水道管を握り続けるのは管理組合だろうというのが多くの者の見解なのかもしれない。
 そうこうしているうちに彼らの話題が別の方向に転がったのを察したザザは休憩を切り上げ、今回の依頼の指令所へと向かった。
「敵の発見情報はあるか?」
 簡易カウンターの向こうの人物に声をかけると、彼は顔を上げ、それから手元の資料へと目を落とす。
「いくつかありますが、いつもどおりの範囲内ですね」
「間違っても大襲撃が起きる予兆はない、か」
「断言はできませんがね。特に昨今は大襲撃に何かしらの意図が入り込んでいる節もありますので」
「奇襲すらありえる、か」
「あってほしいとは少しも思いませんが」
 それはそうだとザザも苦笑を滲ませる。
「分布が変わったりもしていないのか?」
「そこについてはどうにも。なにしろ大襲撃以外の怪物の動きは法則性がほとんどありません。なんと言いますか……クロスロードを、正確には「扉の園」を感知して初めてその方向へと一直線に進む感じで、それ以外は本当にランダムな動きをしますから」
 出現位置の分布などもない。運が悪ければ竜に遭遇することも、数百からなるゴブリンの集団に遭遇することもある。
 あえて言うのであれば「南側での遭遇率が比較的高い」程度だが、大襲撃が常に南側からであることを考えれば当然と言えよう。
「そうか。楽な仕事になりそうだな」
「探索者への依頼に限れば、結果的に『楽』であることは好むべきことですよ」
「違いない」
 同意しながらも拍子抜けを思う。大襲撃に混ざる『意図』が事実ならば、仕掛けてきてもおかしくない状況であろう。
「……流石に望むのは不届きか」
 彼が肩を竦め、その場を立ち去ろうとしたとき、一人の管理組合員が走りこんで来る。
「例のものが届いた。手の空いているヤツは立会いに協力してくれ!」
 組合員の放つ言葉に応じた数人を見て、呼びかけの主はすぐに指令所から出て行ってしまった。
「例のものとは?」
 続く数人を見送りながらザザが問いを発すると、受付員は「ああ」と小さく応じ、
「ラビリンス商業組合からの提供品、いや試供品ですかね。
 砲台をひとつ、こちらに寄越してきたんですよ」
 と、自分も視線を外に向けた。
 当然拡張されれば設置する砲台も増える。なるほど、「市場の拡大」の一部と言うところか。
「随分と特殊な砲台らしくてですね、大襲撃まで使えないとか」
「そいつは怖い話だ。ためし撃ちもできないのか」
「それを不安がる声はありますよ。だから一門だけの設置ということになるそうです。
 それなら使えなくても戦力の大幅減と言うことにはなりませんから」
 なるほどと頷いてザザは表に出る。トレーラーから運び出されているそれは、部品の総数からして組立てれば周囲の砲台よりも二周り以上大きくなるだろう。
「やけにいろいろな機械がくっついているな……」
 衝撃を受けることが多く、磨耗の激しい武器の類はシンプルな、少なくともメンテナンスや部品交換が安易であることを求められる。いかに強力でも必要なときに使えなくなってしまっては意味がないし、壊れるたびに戦地から引き上げる必要が出てしまっては無駄に過ぎる。目の前の新兵器はそのセオリーを完全に無視しているようだ。
 無論それが絶対ではないが、ターミナル最大の激戦区たる衛星都市に並べる兵器とするならば、単純な砲台や機銃のほうが向いているのではないかと思う。
「特殊な、か」
 それでも売り込み、管理組合も試用を認めた何かには興味がある。というより、或いはそれを横に、背にして戦う可能性がある以上、謎の兵器というのはおぞましさを禁じえない。
「変なことにならなければいいんだがな」
 このまま作業を眺めても理解できるわけでもない。
 待機時間の残りをつぶすべく、彼は実験で植えた植物の方へと向かうのだった。

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ちょっとした閑話状態ですが、いろいろと……
ふくせん。
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