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【inv36】『衛星都市拡大作戦』
『衛星都市拡張作戦
(2015/05/17)

「新兵器、ねぇ」
 設置されたそれは周囲の機銃台を四周りほど大きくしたものだった。
 砲そのものは30cm口径程度。大砲と呼ぶにふさわしいシロモノである。
「これが並ぶと確かに壮観ではあるだろうが……」
 対大襲撃という観点からすれば水平発射の砲は最適ではないだろう。壁の後ろに居並び、砲口を天に向ける榴弾砲の方がよっぽど効果を上げるだろう。
 過去の大襲撃において、来訪者の肝を冷やした事態はいくつも上げられるが、もっとも対処が難しく、今後も問題になるのはmobと呼ばれる莫大な数の怪物である。一体ならば新米剣士でも苦戦しない相手だが、群れを成す故にmobと呼ばれる。そして大襲撃においてはまさに大地を埋め尽くす数で迫ってくるのである。
 機銃の一発が数匹をミンチに変えるほどの弱さだが、恐れも迷いもなく愚直に迫るそれはやがて壁の前に積み重なり、大型怪物の足場となる。
 また、一部の中大型怪物はこれらmobを壁の中に放り込むという行動をとることもある。これが始まれば対応に追われ、壁の外の対応はどうしても鈍る。
 これらの経験からmobはなるべく遠距離で、いち早く殲滅することを主軸に二都市の防衛設備は整理されていた。なお大迷宮都市のみ、それが地下にある故に少々方針が異なるがここでは割愛する。
「空帝の先駆けの件もあるから、こういうのも必要なんだろうが」
 戦いを挑んだこともある空からの襲撃者、あの巨竜は生半可な攻撃ではびくともしない。そういう特殊で強大な相手を想定した手段であろうかと推測しながらザザはゆっくりと周囲をめぐる。
 設置作業は続いており、部品や梱包材がいたるところに見受けられる中、邪魔をしない範囲で観察をしていると、ふと違和感を覚えた。
 あまりこういった兵器になじみのない彼だが、数度の大襲撃でその仕組みはだいたい理解していた。違和感を辿るように視線を這わせて気づく。
「こいつ、どこから弾を入れるんだ?」
 砲の基部はいくつかの鉄柱で支えられ、いくつものケーブルが繋がっているが、おおよそ弾が送り込める太さのものは見つからない。まさか先込め式のように壁の外にせり出す砲塔の前から押し込むことはないだろうが……砲塔の後部はごちゃごちゃと装置が組みつけられており、開くようにはとても見えない。
「魔術式か?」
 他にもエネルギーを送り込んで発射する形式はいくつか思いつく。確か水路の水を射撃するタイプや、周囲の魔力を集積する魔術式の砲台はここにも設置済みのはずだ。それを踏まえれば『新型』という名前は少々語りすぎであるまいか。
「アレ、どういうシロモノかわかりますか?」
 これ以上眺めたところで門外漢に推測は無理かと視線を下げると、ひとりの機械人が顎をしごくしぐさをしながら、砲塔に視線を投げていた。
「どういう、というと?」
「設置を眺めていたのですがね、大よそ動力供給並びに砲弾補給経路が見当たらないのです」
 今しがたの疑問を読んだかのような言葉にザザは眉根を寄せる。
「魔力集積型なのでしょうか? そちらについてはあまりデータがないもので」
「・・・・・・どうだろうな」
 瑣末ごとであるならばそこらの管理組合員に聞けば答えてもらえるだろうが、インフラ設備や兵器関連、特に防御施設には機密が多い。表に出ないが未だこの世界を狙う世界もある中では当然の処置だろう。
「なんでしょうか。私には理解できない気がするのです」
 機械人のその姿をまじまじと見て、ザザは眉間の皺を濃くする。
「嫌な感じがするな」
 顔をめぐらせれば、数人の来訪者が同じくそれを見上げている。
 そして、その中の数人がザザと感覚を共有するかのように、表情を歪めているのを確かに見たのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「敵影少数。異常なし」
 管理組合発行の依頼の割には定員割れをしているという話を聞き、参加してみたアインであるが、その理由をなんとなく察しつつ双眼鏡を下ろす。
 今でこそ二時間程度でクロスロードと行き来が可能になった衛星都市だが、この町には良い心象を持てない。それを追求するならば「心もとなさ」だろうか。
 陸の孤島にして陥落を経験した地。今でも大襲撃が起これば死地となる場所。居並ぶ防衛施設もクロスロードには到底及ばず、壁の高さも強度も比べるべくもない。
 何よりも逃げ道がない。
「・・・・・・」
 数多世界を見渡してもこれほどの要塞都市は珍しいはずだが、それでも不安を覚えざるを得ないのがターミナルの大災害『大襲撃』なのだろう。
 仮に───今すぐ大襲撃が始まったとしても囲まれる前なら衛星都市の人間がクロスロードに撤退することは容易だろうし、以前よりも強固になった防衛施設はその終わりまでこの都市を維持するだけの堅牢さを手の入れていると言われている。
「結局・・・・・・」
 唇に言葉を載せて、彼女は肩をすくめる。
 黒星一つは非常に大きい。結局そういうことなのかもしれない。
 異常がないならこんなところで鬱入れても仕方ない。アインは哨戒を切り上げることにして衛星都市へと足を向ける。
 そう時間を必要とせずに到着した都市の様子は「普段どおり」なのだろう。町を行き交う人はクロスロードと比較すれば格段に少ないが、この都市を本拠にしたり、足掛かりにして日々を過ごす者は決して少なくない。
「生きる……か」
 自然の摂理に反逆せし手段で生まれた自身も「生きている」という点で何も変わらない。余りにも多くの文化を混ぜ合わせたこの世界では宗教色は余りにも薄く、故に宗教がもっとも口舌を激しくする生命倫理についても声は小さい(それ故に図書館地下の連中の暴走も酷いのだが)。轡を並べて先へ進むことが「生きる」ということならば、自分はきちんと生きて、ともに生きる者の手助けができているのだろうか。
 考える時間があるというのはよろしくないこともあると首を振り、彼女は管理組合の臨時事務所へと足を踏み入れた。哨戒結果を手早く話し、新しい情報を確認する。拡張工事は順調で、怪物の異常行動も特になし。発見された怪物も問題なく討伐組が処理している。
「楽なお仕事……かな?」
 あと数日、こんな調子なのかなぁと内心で呟きながら野外へ出た彼女は、その全容を見せた砲塔へと視線を向ける。
「あれ?」
 既視感、とも言うべきだろうか。その砲は・・・・・・正確にはそれを取り巻く設備に見覚えがある。しかし彼女の出身世界にあんなごちゃごちゃした機械は合わない。
 どれほどそこで立ち尽くしていたか。
 記憶をまさぐっていた彼女の唇に一つの単語が乗って、空気に溶けた。
「……生命創造……」
 育った場所にあったそれ。記憶のそれと姿かたちはまったく違うが─────
「生命の素……重さのない命の基板……。
 そう、魂の練成」
 自らの出生の地。由来。
 無より生命を作り出す技術。
 使っているモノはまったく違えど、根を同じくする何かを彼女は確かに見出す。
 どうして目の前の光景とそれを結んでしまったのかさえ、彼女は言葉で説明できないが、あれが魂と呼ばれる何かを操る物とだけは確信してしまっていた。
「でも……」
 何故そんなものがこんな場所に、しかも大砲にくっついているのか。
 当然のように続く疑問への答えは浮かんでこない。
 ただ、どうしようもなく嫌な予感が胸を掻き毟るかのように這い回っていた。
「……むぅ」
 管理組合は無能の集団ではない。あれが何なのかは理解して、それでも設置しているのだろう。
 だが、本当にそれは許容できるものなのか?
 ぐるぐると回り始めた疑問がまとわりついて一歩も動けないまま、アインはその作業風景を眺め続けるのだった。



 
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単なるイチ探索者に何が出来るだろうか。
・・・・・・この二人の発言権は意外と強いのでけっこうできちゃいそうですな・・・・・・・w
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