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【inv36】『衛星都市拡大作戦』
『衛星都市拡張作戦』
(2015/02/28)
「このように、衛星都市での迎撃率が、クロスロードに対する被害を大きく抑えることは明らかです。
従って、衛星都市の防衛設備拡張を提案します」
 管理組合本部にある会議室のひとつで、一人の女性が参加者に最後の一言を告げた。
 美男美女を語れば文化風習によりけりとなってしまうが、人族の場合左右の均整が取れていることが『美しい』と思わせるひとつの条件だという。そういう意味でも、また多くの人族の男性が好意的に思える美貌を持つ女性は沈黙する会議室で参加者の顔を見渡した。
「理屈の上では正しいと思う」
 視線を受けたからか、重厚な声音が発せられる。
「しかし衛星都市はあくまでオアシスを中心にした都市。
 水は無限に湧き出すと推測されるが、消費した分が即時戻るわけではない」
 背に翼を負う偉丈夫の言葉に女性は同意を示すようにうなずく。
「収容人数に限界がある、ですね?」
「運送や貯蔵により、ある程度の拡張は可能だろう。しかし一回り大きくなれば、防衛すべき範囲は数倍にも膨れ上がる。拡張する利点は認めるが、維持と運用の面で現実的とは思えない」
 運輸の長とも言われる彼の言葉には別の意味でも重みがあった。だが、その重圧を彼女はいともしない。
「自動迎撃システムは操作系や混乱系の特殊能力を持つ怪物にひどく弱い。故に多様はできず、現状でも迎撃用機銃は探索者の手に委ね、運用している。
 一斉管理をするにも100mの壁が邪魔をする。人工知能の類は一部を除き、命令者から離れると運用システムから離脱してしまうことがある。
 このあたりが人手をかけずに拡張できない主な要因でしょうか」
「そのほかにも弾薬の問題があるにゃね。魔法系にしたって周囲のマナには限度があるにゃ。あの数の砲撃をしたら一時間も持たないにゃよ」
 マナ、魔法のモトとなるエネルギーの動きは基本的には酸素のようなものと考えてもかまわないだろう。一気に消費してしまえば元の濃度に戻るまで、規模に応じた時間を要してしまうし、酸素濃度が減ったときのような影響を人体に与えることもある。
「おっしゃる通りと思います。そこで今回、こちらから提案させていただくシステムが有効的と思い、参じた次第です」
 言って彼女は占い師の使うような水晶玉をひとつ取り出す。それは一見透明な水晶だが、見ていると目が霞んだかのような錯覚を与える。
「大襲撃を前提にするならば、敵が消えるまで枯渇しない資源を使えば良いと思いませんか?」
「枯渇しない資源……?」
 偉丈夫の訝しげな声音に美しい笑顔を向けた女性は頷く。
「これは─────」

◆◇◆◇◆◇◆◇

「雲ひとつない晴天、か」
 クロスロード周辺は温帯と言っていい。四季による気温変化はあるが、適切な対応をすれば命に関わるような気候ではない。
「この場合は冷え込みを助長するだけなんだがな」
 ただ、ひとつ特異な傾向がある。それは「あいまいな天気があまりない」ということだ。晴れるなら晴れるし、曇りなら見渡す限りの雲が広がる。真夏日はカラカラになるまで熱せられるし、雪も降るときにはどかんと降る。
 潔いというか、勢いが良いというか、そんなスイッチを切り替えるような天気が多いのだ。これは単なる物理現象でなく、おそらくはフィールドモンスターと似た、この世界の法則が関与していると考えられているが、現状証明のしようがない。
 新年明けての冬晴れのこの日、放射冷却により大地の熱はしっかりと奪い去られており、金属鎧やチェインメイルあたりをうっかり着てきた者が悲鳴を上げたりしている。
 あらゆる世界と接続するターミナルでは金属鎧などロートルにもほどがあるというのが一般的な意見だろう。何しろ同じ価格で同等以上の防御性能で、軽く強靭な素材が山ほどある。だが慣れはなかなかに変えがたく、その重さを利用した戦術を取る者も少なくない。金属鎧にコーティングなどを施して愛用し続ける者も一定数存在していた。
 明確な志向のない考えを適当に脳内でまわしながら、ザザは平穏な周囲を見渡す。
 彼は歩哨だ。振り返れば技師たちがいろいろと計測したり、図面を前に話し合ったりしている。そのさらに先にはオアシスを中心とする町、それを守る壁が見えた。彼らの安全を守るのが役目である。
「拡張工事、ねぇ」
 衛星都市は彼にとっても感慨深い場所だ。この世界での三つ目の都市にして、一番脆い場所。拠点として防御を固めてきたクロスロードはもはや大襲撃で陥落することはないと豪語する者が居るし、第二都市の大迷宮都市は地下にあることもあり、防衛能力はかなり高い。
 だがクロスロードから南方に約百キロのこの町を守るのは二重の防壁と、その上に作られた迎撃施設が主となる。また、水はあれど食料についてはその大よそをクロスロードに依存しなければならず、防衛線に向いているとは言いがたい。
 だが第二の水場であるこの場所は来訪者にとっては得がたく、守るべき足掛かりであり、探索者にとっては明確な『結果』である。
 この世界に人々が至ってからすでに五年以上が経過しているが、東西南北に約200キロ前後が知りえた範囲である。それも不正確に。
 駆動機を使えば数時間で至れる位置。そこは未だ彼らにとっての危険区域であり、そしてその努力に反し、結果を得られていないという証左でもあった。
「そのためにも、前線基地を確実なものにしたい。ってのは分かるんだがな」
 視線を正面、地図上の南側へと向ける。
 衛星都市を拡張し、足掛かりとするならば必然として南へその版図は伸びることだろう。そしてそれは大襲撃の発生地点と目されている方角でもある。
「まぁ、行くのは自己判断。そういってしまえばそれまでなんだが」
 この計画が正しく遂行されれば、多くの者の背を押すことになるだろう。停滞を良しとは言わないが、他にすべきことがあるのではないか。そう思うのはこの地に馴染んできたからか。
「あら」
 ザザは即座に声の方向から距離をとる。
「いい反応ですが、失礼かと」
 その姿を確認しようとして、ほんの僅かに眉根を、いや、目を凝らす。
 そこにはまず銃が浮いていた。1m以上の長さを持つ、ボルトアクションタイプのライフルだ。そこから揺らめきを見たザザはそれが人の形をしていることに気づく。
「……精霊種……?」
 風の精霊シルフ。明確に姿がある存在も居るが、このような『風の塊が人の形を取った者』も少なからず居ると言う。それを目の前にしてザザはひとつの連想に至った。
「……過激派の」
「そう呼ばれていることは承知していますが、直接言う言葉ではないと思いますが?」
 否定ではない。つまり彼女(?)は律法の翼の過激派。その中でも実力者とされる番隊長……
「『塔の主』がどうしてこんなところに」
「あなたと同じ目的です。団長からの命令ですので」
 四六時中「扉の塔」の上階に居座り、クロスロード内ならばいつでも誰でも狙撃可能とさえ言われる畏怖の一つ。それが目の前に居る。
「この計画は我々も賛同している、というだけです。
 本来は脳筋の仕事と思うのですが、北の調査に逃げてしまいまして」
 脳筋とはおそらくドイルフーラなる鬼族だろう。
「しかし、こんな機会でもなければ会えない人に会えたのは行幸です」
「そんな大層なモノじゃない」
「あなたほどに有名な人物などそうは居ません。そういう場所に足を踏み入れているのですよ」
 後にクロスロードの歴史書がつづられるのならば、その要所として記されるであろう事件の多くに関わり、戦果を挙げてきた彼に対しての評価。大よその者が持つ印象は彼女の言から外れていない。
「それならお前も同じ、いや、それ以上だ」
「悪い意味で、ですかね」
「良い意味にもできるはずなのに、どうして過激派に属する?」
 ザザの問いに彼女は透明な唇をほんの少しゆがめる。
「我々の行動は『過激』でしょうか?」
「手段を選ばないからそう言われているのではないか?」
「コロッセオの件を言っていますか?」
 かつてコロッセオで陰側の属性を持つ者全てを巻き込んでダイアクトーを誅殺しようとした一件は過激派を語る上で必ず上げられる話題だ。
「ですが、それ以外では……そうですね。『攻撃的』と称されることは否定しませんが、少なくとも『過激』と悪評を得るような真似は思い当たりません。彼女らと比較すればどんな行動も『過激』で『急進的』でしょうが」
 穏健派とも呼ばれるもうひとつの律法の翼。そちらは『守る』事を主軸にしており、確かにそれとの比較を踏まえてもいるだろう。
「私たちは、自らが関する『律法』の二文字からは外れる行いを禁じています。
 故にコロッセオの一件は我々の手で後始末したのです」
「あれだけがイレギュラーだと?」
「我々はそう認識していますが、汚名とは中々に雪げないものです」
「だから慈善活動か」
「これが慈善活動かどうかはさておき、衛星都市も守るべき対象には違いありません。
 我々が動くには十分です。とはいえ、そのイメージが先行しすぎているので、動員メンバーは限定していますが」
「……しかし、あの鬼を出そうとしていたのだろ?」
「あれは敵さえ明確であれば慕われる存在です。あなたと同じですね」
 同じ、と言われてほんの少し眉間に皺を刻むも、かつての己がいかな存在かを思い出し口を噤む。
「俺も変わったと言うことか」
「?」
「なんでもない。ともあれ、背中を撃たれることはないということだな」
「私が狙うのは頭ですから」
 心臓が凍りつくような冗談を文字通り透き通る笑顔で発し、彼女はふわりとその場を去る。
 取り残されたザザは盛大にため息をひとつ。
 作戦指揮を行う管理組合員の本部へと足を向けるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ザザが本部に足を踏み入れたのはひとつの提案をするためだった。
 それは以前に受けた農業のための土地調査の続き。前回思い至るも、巨大なクロスロードの外枠拡張は現実的ではなかった。が、今回であればそれが目的なのだからついでに調査ができる。
「……なるほど。興味深いテーマですが」
 「が」の一言がザザの眉を動かす。
「実はすでに施療院の方がこのあたりの調査をしていまして、植物の発育状況等の分布図があります」
 言って彼は机の上に映像を投射する。PBに増設できるプロジェクター機能だ。
 そこに映し出された映像はオアシスの形状をふた周りほど広くした円があり、そこが境界線とばかりに区切られている。
 注目すべきはそのラインが壁の内側にあることだろうか。
「……拡張するも何も、今の段階で壁の内側に植物が育たない場所があるのか……」
「オアシスをほぼ拡張する形でエリアが区切られていることから、ここが「オアシス」と「その他」の境界線ではないか、というのが推論です」
 つまりオアシスには「水」があり、「オアシス由来の植物」がある。そのオアシスの境界線を越えた場所はまったく違う性質を持つ「荒野」でしかない。
「……つまり、拡張しても『オアシス』というエリアが拡張しない限り、無意味、か」
「確証はありませんが、そう考えるのが妥当かと」
 そうするとクロスロードは一体なんだろうか。
 扉の園ならば理解もできる。だが記録によればその外側はクロスロード成立前は荒野だったと聞いている。なら「今」はどうなっているのか。
「オアシスが拡大するというならまだ理解できるが……ゼロから生じたというのならば拠点が増やせるということになるのか……?」
 とはいえ、方法が皆目検討つかないとなれば雲をつかむ話だ。
「さて、どうするかね」
 無論仕事は果たすべきだ。
 穏やかなうちに何かすることはあるだろうか。

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長期出張なう。
なかなか生活が安定せずに苦心しておりますが、なんとかペースを戻したいものです。
『衛星都市拡張作戦』
(2015/04/07)

 衛星都市の拡張工事は順調に進んでいた。
 いや、順調という言葉では生ぬるい。魔法技術と科学技術を駆使した建築は異常な速度で進んでいる。管理組合の誇る「数の暴力」、センタ君による一斉工事に加え、大迷宮都市を管理するラビリンス商業組合が資材を即時調達したため、昼夜問わない突貫工事が行われていた。普通なら夜間は騒音や作業用の光が問題になるのだが、光を必要としないセンタ君と吸音素材、大気制御によりそのあたりの問題は一切発生していない。
「しかし、商業組合がどうして出資するんだ?
 あそこは大迷宮都市が縄張りだろ?」
「普通に考えれば市場の拡大が狙いだろうな」
 僅か数日で半分以上が完成した新たな防壁。巡回を終えて休憩をしていたザザがそれを見上げていると、探索者の会話が耳に入ってきた。
「市場の? それがなんで衛星都市なんだ?」
「大迷宮都市の商人は基本後発組なんだよ。
 で、先発組はクロスロード内、それから異世界との公益ルートをがっちり掴んでいるわけだ」
「後発組に入り込む隙はなかったと?」
「無論うまくやったヤツも居るだろうけどな」
 しかしその比率は極端に低いと男は暗ににおわせる。
「迷宮都市の商業組合ってのは大迷宮の一階層解放後に共同で仕掛けた連中だ。無論先発組も放っては置かなかったんだろうが、余裕の差が出たってところかな」
 興味を引かれ、会話に意識を向ける。
 第一階層が完全に攻略され、第二階層に探索者たちが臨もうとしたときに、彼らは突如その一階層に町を作る構想を打ちたて、瞬く間に実現してしまったことを思い出す。
「でもな、『蛇口』を握ってるのはやっぱりクロスロードなんだよ。大迷宮や周辺の探索により集まった品物も、卸先の半分以上はクロスロードか異世界になる。ここを切り開くことが難しい以上、クロスロードの各商会に買い叩かれることになっているらしい」
「そりゃ……可愛そうというかなんというか」
「だが町や拠点が増えれば大迷宮都市は他の都市との物流の拠点になりえる。ターミナル内の物流の『蛇口』を握れるってわけだ。
 それがヤツらの狙いだろうな」
「そんなに上手くいくものか?」
「やるしかない、ってのがヤツらの心情だろうよ。
 実際衛星都市はクロスロードの商会よりも大迷宮都市の息が掛かった店が多いらしいぜ」
「なるほどねぇ……ただまぁ、価格競争とかしてくれる分には一向に構わないんだけどな」
「変な抗争をして物流が滞ったら、全滅すらありえるからなぁ」
 全滅というのは商人に限った話ではない。食料自給率ほぼ0%、水も95%以上をサンロードリバーに頼るターミナルにとって、物流の停止は全ての来訪者の死に繋がる。
「その時は管理組合が黙っていないだろうよ。少なくともエンジェルウィングスが管理組合に従うだろうから、行き着くところまで行ってしまえば一番でかい管理組合だけ残って共倒れだろうな」
 『門前会議』の当事者の一人と目されるエンジェルウィングスの代表マルグロウスはこれまでの歴史で常に管理組合のパートナーであった。この衛星都市までを繋ぐ武装列車の貨物もほとんどがエンジェルウィングスの管理物件だ。他者が蛇口を握ることはできても水道管を握り続けるのは管理組合だろうというのが多くの者の見解なのかもしれない。
 そうこうしているうちに彼らの話題が別の方向に転がったのを察したザザは休憩を切り上げ、今回の依頼の指令所へと向かった。
「敵の発見情報はあるか?」
 簡易カウンターの向こうの人物に声をかけると、彼は顔を上げ、それから手元の資料へと目を落とす。
「いくつかありますが、いつもどおりの範囲内ですね」
「間違っても大襲撃が起きる予兆はない、か」
「断言はできませんがね。特に昨今は大襲撃に何かしらの意図が入り込んでいる節もありますので」
「奇襲すらありえる、か」
「あってほしいとは少しも思いませんが」
 それはそうだとザザも苦笑を滲ませる。
「分布が変わったりもしていないのか?」
「そこについてはどうにも。なにしろ大襲撃以外の怪物の動きは法則性がほとんどありません。なんと言いますか……クロスロードを、正確には「扉の園」を感知して初めてその方向へと一直線に進む感じで、それ以外は本当にランダムな動きをしますから」
 出現位置の分布などもない。運が悪ければ竜に遭遇することも、数百からなるゴブリンの集団に遭遇することもある。
 あえて言うのであれば「南側での遭遇率が比較的高い」程度だが、大襲撃が常に南側からであることを考えれば当然と言えよう。
「そうか。楽な仕事になりそうだな」
「探索者への依頼に限れば、結果的に『楽』であることは好むべきことですよ」
「違いない」
 同意しながらも拍子抜けを思う。大襲撃に混ざる『意図』が事実ならば、仕掛けてきてもおかしくない状況であろう。
「……流石に望むのは不届きか」
 彼が肩を竦め、その場を立ち去ろうとしたとき、一人の管理組合員が走りこんで来る。
「例のものが届いた。手の空いているヤツは立会いに協力してくれ!」
 組合員の放つ言葉に応じた数人を見て、呼びかけの主はすぐに指令所から出て行ってしまった。
「例のものとは?」
 続く数人を見送りながらザザが問いを発すると、受付員は「ああ」と小さく応じ、
「ラビリンス商業組合からの提供品、いや試供品ですかね。
 砲台をひとつ、こちらに寄越してきたんですよ」
 と、自分も視線を外に向けた。
 当然拡張されれば設置する砲台も増える。なるほど、「市場の拡大」の一部と言うところか。
「随分と特殊な砲台らしくてですね、大襲撃まで使えないとか」
「そいつは怖い話だ。ためし撃ちもできないのか」
「それを不安がる声はありますよ。だから一門だけの設置ということになるそうです。
 それなら使えなくても戦力の大幅減と言うことにはなりませんから」
 なるほどと頷いてザザは表に出る。トレーラーから運び出されているそれは、部品の総数からして組立てれば周囲の砲台よりも二周り以上大きくなるだろう。
「やけにいろいろな機械がくっついているな……」
 衝撃を受けることが多く、磨耗の激しい武器の類はシンプルな、少なくともメンテナンスや部品交換が安易であることを求められる。いかに強力でも必要なときに使えなくなってしまっては意味がないし、壊れるたびに戦地から引き上げる必要が出てしまっては無駄に過ぎる。目の前の新兵器はそのセオリーを完全に無視しているようだ。
 無論それが絶対ではないが、ターミナル最大の激戦区たる衛星都市に並べる兵器とするならば、単純な砲台や機銃のほうが向いているのではないかと思う。
「特殊な、か」
 それでも売り込み、管理組合も試用を認めた何かには興味がある。というより、或いはそれを横に、背にして戦う可能性がある以上、謎の兵器というのはおぞましさを禁じえない。
「変なことにならなければいいんだがな」
 このまま作業を眺めても理解できるわけでもない。
 待機時間の残りをつぶすべく、彼は実験で植えた植物の方へと向かうのだった。

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ちょっとした閑話状態ですが、いろいろと……
ふくせん。
『衛星都市拡張作戦
(2015/05/17)

「新兵器、ねぇ」
 設置されたそれは周囲の機銃台を四周りほど大きくしたものだった。
 砲そのものは30cm口径程度。大砲と呼ぶにふさわしいシロモノである。
「これが並ぶと確かに壮観ではあるだろうが……」
 対大襲撃という観点からすれば水平発射の砲は最適ではないだろう。壁の後ろに居並び、砲口を天に向ける榴弾砲の方がよっぽど効果を上げるだろう。
 過去の大襲撃において、来訪者の肝を冷やした事態はいくつも上げられるが、もっとも対処が難しく、今後も問題になるのはmobと呼ばれる莫大な数の怪物である。一体ならば新米剣士でも苦戦しない相手だが、群れを成す故にmobと呼ばれる。そして大襲撃においてはまさに大地を埋め尽くす数で迫ってくるのである。
 機銃の一発が数匹をミンチに変えるほどの弱さだが、恐れも迷いもなく愚直に迫るそれはやがて壁の前に積み重なり、大型怪物の足場となる。
 また、一部の中大型怪物はこれらmobを壁の中に放り込むという行動をとることもある。これが始まれば対応に追われ、壁の外の対応はどうしても鈍る。
 これらの経験からmobはなるべく遠距離で、いち早く殲滅することを主軸に二都市の防衛設備は整理されていた。なお大迷宮都市のみ、それが地下にある故に少々方針が異なるがここでは割愛する。
「空帝の先駆けの件もあるから、こういうのも必要なんだろうが」
 戦いを挑んだこともある空からの襲撃者、あの巨竜は生半可な攻撃ではびくともしない。そういう特殊で強大な相手を想定した手段であろうかと推測しながらザザはゆっくりと周囲をめぐる。
 設置作業は続いており、部品や梱包材がいたるところに見受けられる中、邪魔をしない範囲で観察をしていると、ふと違和感を覚えた。
 あまりこういった兵器になじみのない彼だが、数度の大襲撃でその仕組みはだいたい理解していた。違和感を辿るように視線を這わせて気づく。
「こいつ、どこから弾を入れるんだ?」
 砲の基部はいくつかの鉄柱で支えられ、いくつものケーブルが繋がっているが、おおよそ弾が送り込める太さのものは見つからない。まさか先込め式のように壁の外にせり出す砲塔の前から押し込むことはないだろうが……砲塔の後部はごちゃごちゃと装置が組みつけられており、開くようにはとても見えない。
「魔術式か?」
 他にもエネルギーを送り込んで発射する形式はいくつか思いつく。確か水路の水を射撃するタイプや、周囲の魔力を集積する魔術式の砲台はここにも設置済みのはずだ。それを踏まえれば『新型』という名前は少々語りすぎであるまいか。
「アレ、どういうシロモノかわかりますか?」
 これ以上眺めたところで門外漢に推測は無理かと視線を下げると、ひとりの機械人が顎をしごくしぐさをしながら、砲塔に視線を投げていた。
「どういう、というと?」
「設置を眺めていたのですがね、大よそ動力供給並びに砲弾補給経路が見当たらないのです」
 今しがたの疑問を読んだかのような言葉にザザは眉根を寄せる。
「魔力集積型なのでしょうか? そちらについてはあまりデータがないもので」
「・・・・・・どうだろうな」
 瑣末ごとであるならばそこらの管理組合員に聞けば答えてもらえるだろうが、インフラ設備や兵器関連、特に防御施設には機密が多い。表に出ないが未だこの世界を狙う世界もある中では当然の処置だろう。
「なんでしょうか。私には理解できない気がするのです」
 機械人のその姿をまじまじと見て、ザザは眉間の皺を濃くする。
「嫌な感じがするな」
 顔をめぐらせれば、数人の来訪者が同じくそれを見上げている。
 そして、その中の数人がザザと感覚を共有するかのように、表情を歪めているのを確かに見たのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「敵影少数。異常なし」
 管理組合発行の依頼の割には定員割れをしているという話を聞き、参加してみたアインであるが、その理由をなんとなく察しつつ双眼鏡を下ろす。
 今でこそ二時間程度でクロスロードと行き来が可能になった衛星都市だが、この町には良い心象を持てない。それを追求するならば「心もとなさ」だろうか。
 陸の孤島にして陥落を経験した地。今でも大襲撃が起これば死地となる場所。居並ぶ防衛施設もクロスロードには到底及ばず、壁の高さも強度も比べるべくもない。
 何よりも逃げ道がない。
「・・・・・・」
 数多世界を見渡してもこれほどの要塞都市は珍しいはずだが、それでも不安を覚えざるを得ないのがターミナルの大災害『大襲撃』なのだろう。
 仮に───今すぐ大襲撃が始まったとしても囲まれる前なら衛星都市の人間がクロスロードに撤退することは容易だろうし、以前よりも強固になった防衛施設はその終わりまでこの都市を維持するだけの堅牢さを手の入れていると言われている。
「結局・・・・・・」
 唇に言葉を載せて、彼女は肩をすくめる。
 黒星一つは非常に大きい。結局そういうことなのかもしれない。
 異常がないならこんなところで鬱入れても仕方ない。アインは哨戒を切り上げることにして衛星都市へと足を向ける。
 そう時間を必要とせずに到着した都市の様子は「普段どおり」なのだろう。町を行き交う人はクロスロードと比較すれば格段に少ないが、この都市を本拠にしたり、足掛かりにして日々を過ごす者は決して少なくない。
「生きる……か」
 自然の摂理に反逆せし手段で生まれた自身も「生きている」という点で何も変わらない。余りにも多くの文化を混ぜ合わせたこの世界では宗教色は余りにも薄く、故に宗教がもっとも口舌を激しくする生命倫理についても声は小さい(それ故に図書館地下の連中の暴走も酷いのだが)。轡を並べて先へ進むことが「生きる」ということならば、自分はきちんと生きて、ともに生きる者の手助けができているのだろうか。
 考える時間があるというのはよろしくないこともあると首を振り、彼女は管理組合の臨時事務所へと足を踏み入れた。哨戒結果を手早く話し、新しい情報を確認する。拡張工事は順調で、怪物の異常行動も特になし。発見された怪物も問題なく討伐組が処理している。
「楽なお仕事……かな?」
 あと数日、こんな調子なのかなぁと内心で呟きながら野外へ出た彼女は、その全容を見せた砲塔へと視線を向ける。
「あれ?」
 既視感、とも言うべきだろうか。その砲は・・・・・・正確にはそれを取り巻く設備に見覚えがある。しかし彼女の出身世界にあんなごちゃごちゃした機械は合わない。
 どれほどそこで立ち尽くしていたか。
 記憶をまさぐっていた彼女の唇に一つの単語が乗って、空気に溶けた。
「……生命創造……」
 育った場所にあったそれ。記憶のそれと姿かたちはまったく違うが─────
「生命の素……重さのない命の基板……。
 そう、魂の練成」
 自らの出生の地。由来。
 無より生命を作り出す技術。
 使っているモノはまったく違えど、根を同じくする何かを彼女は確かに見出す。
 どうして目の前の光景とそれを結んでしまったのかさえ、彼女は言葉で説明できないが、あれが魂と呼ばれる何かを操る物とだけは確信してしまっていた。
「でも……」
 何故そんなものがこんな場所に、しかも大砲にくっついているのか。
 当然のように続く疑問への答えは浮かんでこない。
 ただ、どうしようもなく嫌な予感が胸を掻き毟るかのように這い回っていた。
「……むぅ」
 管理組合は無能の集団ではない。あれが何なのかは理解して、それでも設置しているのだろう。
 だが、本当にそれは許容できるものなのか?
 ぐるぐると回り始めた疑問がまとわりついて一歩も動けないまま、アインはその作業風景を眺め続けるのだった。



 
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

単なるイチ探索者に何が出来るだろうか。
・・・・・・この二人の発言権は意外と強いのでけっこうできちゃいそうですな・・・・・・・w
『衛星都市拡張作戦
(2015/08/06)

「……製作したのは大迷宮都市。だから大したことはわからなかった」
 大迷宮都市はこの世界に作られた三つの都市のうち、唯一管理組合の管轄下にない都市だ。野心の高い商人が集い、大迷宮と言う場所と自分たちの持ちよったノウハウを巧みに利用して独自の体制を築いた。
しかしたった三つしかない都市のひとつで、様々な施設が充実しているこの都市に訪れる者は少ない。いや、減ったと言うべきか。元々来訪者が訪れる主目的であった大迷宮。その攻略は6階層以降進展が無い状態が長く続いている。これは第五階層が異様に広く、また通路が複雑かつたまに移動することから、安定して第六階層に達する事が難しいという現状に起因する。当然5階層より上の宝は荒らされつくされており、大迷宮に拘る極わずかな来訪者以外は大迷宮都市から遠ざかった。
 結果大迷宮都市が廃れたかというとそんな事は無い。元々あった空きスペースを農工業実験区画に変え、産業の起点として機能し始めているのだ。
 注目すべきは太陽光を地下に送り込むシステムを構築し、水の浄化、再利用施設を設置したことで小麦の地下プラントをほぼ完成状態にまで持ちこんでいる。クロスロード周辺での農作物の育成が難航している今、目を見張る成果である。
 また、地下二階層の完全制圧作業も進められており、さらに広がる広大な地下のスペースを用いた作付けの増加を目指しているという。
浄化施設を作ったとはいえ、最大の弱点は水の確保だが、平時であれば数時間に1回やってくる武装列車からの給水で充分賄えているし、『森』で利用されている『水風船』なる植物を利用した予備タンクが相当数準備されているため、一年くらいであれば篭城可能なところまで来ていると推測する者も居る。
 近い将来ターミナルでの食糧自給率を跳ね上げるかもしれないのがこの大迷宮都市の次の姿と言われていた。
 一方で工業区も設立されており、数多の兵器が量産できる体制を構築していると言う。これも広いスペースがあるからこそだ。
「あの兵器は大迷宮都市製兵器の初お披露目ってことか」
「少なくとも探索者の情報網だとこれ以上はわからない」
「……直接乗り込んだところで金の成る木を堂々とは明かさんだろうしな」
 ザザの結論にアインが頷きを返す。
「……後は、専門家に見て貰うくらいだけど」
 専門家と言って思い浮かぶのは大図書館地下の連中か、トーマといったところか。
「いや、魔術的な仕組みであるなら、違うか?」
「……でも、導入したのは管理組合。あそこに魔術であろうと科学であろうと専門家が居ないと思えない」
「つまり、管理組合は仕様を飲んだ上で設置している、か」
 ザザは瞑目して二人が持ちよった情報を整理する。

 この大砲は周囲を漂う魂を喰らい、エネルギーに変換して砲撃する。
 そも、魂とは何か。
 この定義は未だ議論が尽きない。というのも神々でさえも「魂とはそういうものだ」という感じのテンプレ作業で作り上げているらしい。
 重要な点は、この世界に措いて既にアンデッドとして存在を確立した者が来訪する以外に「魂」の状態で存在する事は不可能ということ。死者の魂は扉に引き寄せられ、元の世界へと強制送還されるのである。故にこの世界ではあらゆる死者蘇生が成功した例は無い。予め死ぬ事で転生を果たす術式を用意していても、結実するのは元の世界でのことらしい。例外は仮死状態からの蘇生だが、これは単に魂が離れる条件を満たす前に蘇生しただけとも言える。

「魂を失うってのは、つまりどういう事になるんだ?」
「転生ができないということ。ただ、元々転生っていうのはイレギュラーな手段だから、事実上何も変わらないとも言える」
 例外的な世界もあるが、原則『前世の記憶』を以て再誕することはない。故に客観的には何も変わらない。これは神々の言うテンプレ作業によって生み出される魂の基本仕様だそうだ。
「だからって良いとできる話じゃないだろうよ」
「それはそう。ただ、主目的は怪物の魂を損耗させることにあるみたい」
「……というと?」
「たった数年で、大襲撃は何度も起きてる。そして百万を超える怪物がどこからともなく現れてる」
「……そいつは……」
 数多の世界に繋がっているとはいえ、怪物の存在しない世界も少なくない。来訪者の数を考えるならば、数度にわたる大襲撃の結果、数多の世界からどれだけの怪物が姿を消しているのか。

「怪物は毎度扉から出て来ているのではない。怪物の魂は『壊れた塔』に束縛されていて、復活を果たしているって説を基準に考えたらしい」

 『壊れた塔』この世界のもうひとつの出入り口であり、ただこの世界を崩しさるしか能の無い怪物を生み出すだけの魔の口が南にあるという。
 そこから少なからず怪物が吐き出されているのは間違いない。しかしそれだけでは数が多すぎる。その理由は何かというところから議論は始まり、来訪者の魂が強制的にこの世界から元の世界に戻されるシステム。言い換えれば『死者の魂を集めるシステム』に着目した。
 クロスロードの塔は死者を元の世界へ送り返す。しかし壊れた塔は怪物の魂を元に復活させているのではないか?
 もしそうであるならば恐ろしい未来が予測される。
 扉は怪物を吐きだし続け、死んだ怪物と共に次の大襲撃に襲ってくる。 
 それは輪を駆けるように数を増し、やがてクロスロードを踏みつぶすだろう、と。
「あくまで怪物の魂を標的にしたシステム、か」
 ならば解法は?
 怪物の魂を塔に帰さなければいい。
「でも取捨選択ができるとも思えない。あの砲台に常に近いのは私達の方」
 その説が正しく、砲台のシステムが狙い通りに働くのならば、この世界最大の災厄である大襲撃を抑え込むことが可能になるかもしれない。
「……だが、あれの近くて戦いたいと思うやつはいまい」
「だから秘密にしてるんだと思う。……私はこういう身の上だから気付けたけど、多分殆どの人は不気味と思ってもそこから先に追及が続かない。
 今の結論だって管理組合に否定されたら例え事実でも嘘になると思う」
 管理組合の最大の目的はクロスロードの正常な運営だ。そして最大の敵はやはり大襲撃である。
「……現時点で大襲撃はほぼ抑えきってると言えるだろう。それでも必要な物なのか?」
「必要なんだと思う」
 アインは迷うことなく言った。
「あれが本格的に有効なら、アレを用意するだけで拠点をもっと増やせる。その結果、大襲撃が起こらなくなるならなおさら」
 試す価値は間違いなくある。将来の憂いを断てる手段を見逃すわけにはいかない。
「考えれば考えるほどに当たり前の事ではあるんだがな」
「気持ち悪い?」
 アインの余り動かない表情を見やって、ザザは口を噤む。
 彼女もまた、「正しき生命」「正しき魂のありかた」から逸脱した生まれだ。生み出すと消し去るの差はあれど、異常という点では同じ。
「失われることを厭うのは間違いか?」
「ザザさんらしくない。けど、今のザザさんらしい」
 随分な言い回しにザザは苦笑を洩らし、立ち上がる。
「さて、どうするかね」
「……したいようにして良いと思う。結局みんなが受け入れないならこれは将来的に禍根になる」
「そうだな。猫あたりが悪用したら面倒だ。もっとも、その辺りを抜かるとも思えんが」
 言ってどうにかなるとは限らない。言わずとも良い方向に行くかもしれない。
 それでも二人は、己の信念に従って動き始めるのだった

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 お久しぶりになってしまいました。
 なんとか出張もおわり、更新ペースを戻せたらなと思います。
 さて、今回ここで区切っても良いのですが、この砲台についてどういうアクションを取るかだけは確認しておきたいです。
 触れまわるもよし、沈黙を保つもよしです。
 その結果はのちのイベントに反映することになります。

 今回は報酬は基本通り。
 経験値に+5点差し上げます。
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