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【inv37】『侵食』
『侵食』
(2015/08/22)

 あらゆる世界に繋がるが故、いかなる難題の解も見つけられるとさえ言われている。
数多の世界が重ねた技術発展。その多くを収集しているのだから「そう」であろうことは想像に難くない。だが、現実はそう簡単にはいかない。
確かに「解」はある。しかし世界には特有の法則が存在し、その状況下でのみ有効な技術というものは多い。科学系統であれば重力の、大気成分の、元素の種類の一つの違いが他の世界での再現を拒絶し、魔法でも基本元素の違いや魔力の質、量、あり方などの違いがやはり術式の再現を拒絶した。

あらゆる事象を迎え入れるここターミナルでは多くの手段が再現可能ではあるものの、やはりこの世界特有の世界法則を前に望んだ十全の効果を得られない事は多い。

 その最たる100mの壁だろう。純粋な光学的、振動的手法を除けばその距離を越えるあらゆる情報を混乱させてしまうため、惑星状の有視界距離である4kmを越えれば地上からその先の状況を観測することは非常に難しい。大襲撃は稀だが、それでも絶えず怪物が跋扈する世界だ。「襲撃されている事を掴んだ時には滅んでいた」という結果は思った以上にありえる。
その上維持するためのライフラインの確保が難題である。サンロードリバーを除けば水場はオアシスの一カ所しか発見されていないし、果てまで広がる荒野から得られる資材はほとんどない。魔力については潤沢と言えるが、錬金術、精霊術、創造術などによる都市インフラの確保ができるほどではない。そもそも草木が無く、水はけが呆れるくらいに良い大地と乾燥気味の大気から得られる水分は殆どなく、水一つを得るための労力は想像以上に高くつくのだ。
エネルギーならばと永久機関を持ちだしてはみたものも居るが、このターミナルでは名に値する結果を得られていない。これは「多重交錯世界での対象への評価(認識・認知度)で評価段階が上昇し、より大きな力の行使が可能になる」という法則に付随する「共通認識による能力の拡大現象」悪い作用が働いたと論じられている。「生じた者には滅びがある」という「永久の否定」を有する世界がほとんどのため「永久」機関が正しくその自己概念を発揮できないのだ。

 以上の事から現時点でターミナル上に新たな拠点を設置する場合、水場が確保されない限りは大凡クロスロードから20kmの範囲が限界。確保されたとしても100kmを越える場所での建設は輸送、安全上の観点から困難だと考えられている。

「その範囲内でもいつ滅んでもおかしくない、博打みたいな行為のはずなんだがな」
「ふぅん」
 何故か同行することになった少女がどこか上の空の返事を返す。
「なにが、もくてき、かな」
「そいつを調べるのが仕事だ。この世界じゃ予想するだけ無駄って事もあるからな」
 とにかく多種多様で文化や生活形態も極端に違う者が居る世界だ。どう転んだって至らない考えが答えだったりする可能性は充分過ぎる程にあった。
「問題は近づいて大丈夫かってことなんだが」
「てきたい、するかも?」
「ああ。安全な町に居たくない理由なんて大抵ろくでもないもんだ」
 決めつけるのは良くない、と抗議するようなまなざしを見せるも、反論の言葉が浮かばなかったので少女は視線を遠くに見える集落へと向け直す。
「ひとがにがて、かも」
「だったらこの世界でやることはない」
 尤もな話である。管理組合は世界と世界を渡る事に関してはノータッチである。人が少ない世界も当然あり、そこに移住することについては移住する本人と移住先の問題である。移住や世界間旅行のガイドをやっている者も存在しており、それを頼れば波風立てる事も少ないだろう。
「俺は直接乗り込むつもりだが」
「どんなひと、いるか、かくにんする」
 少女──理紗子の言葉に分かったと頷いたザザは集落へむけて歩きだすのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「どういうこった?」
 クロスロードの一角で桜は路地の壁に背を付け、じりじりと大地を焼く太陽を薄目に見上げる。
 まずは依頼人に根掘り葉掘り聞く。その方針で行動を開始した桜であったが、依頼人を見つけられずに数時間が経過していた。
 依頼その物は管理組合を経由しており、依頼人の名前も分かっている。報酬は既に管理組合に預けられているため、充分に仕事をすれば支払われるのは間違いないだろう。
 しかし、依頼人に会えない。管理組合に問い合わせて見ても、そういう仲介はしないと断られ、じゃあ自分で探そうとしてこの町に行きかう人の多さを改めて実感していた。
「もしかしてコレ、ヤバイ依頼か?
 いや、だったら個人で依頼するとかだよな。管理組合仲介するとか腹を探られてもおかしくないだろうし」
 とはいえ、町の運営維持に関わらない限りは可能な限り不干渉を決め込む管理組合の方針からすれば「タダ働きはない」という証左に使われて「実は犯罪に関わっている」とういう事も……
「いや、無いか。このシステムを悪用することが当たり前になっちまったら管理組合のお題目に反しちまう」
 そう一人ごちるも実はクロスロードに法律が無く、犯罪という定義が存在していないという事実をスコンと忘れていたりする。もっとも、彼が導いた結論は間違っていない。所謂悪徳に付随する行為の蔓延は町の治安維持に影響を及ぼすとして管理組合が動く事があるのだから、露骨な犯罪行為の依頼というのはまずない。
「とはいえ、依頼人が表に出ないって理由は何だ?」
 いくつか思いつく解答例のどれもがロクでもない理由だ。桜は暑さを含んで渋面を見せる。
「調査の対象もきな臭いしなぁ……」
 対象はどれだけの力を有しているのかもわからない管理組合が二の足を踏むことをやっている、悪く言えば狂人たちだ。或いはどっちもどっちの話かもしれない。
「調査しろって事は探るべき腹があると思うんだが。ふぅむ」
 火の無い所に煙は立たぬ。火だねとは言わないまでも煙が黒いか白いかくらいは教えて貰いたい物である。
「しゃーない。とりあえず村の方見に行くか……相談できるやつも居るだろうしな」
 日陰でぐてんと伸びていた狐太郎を促し、桜は町での調査を切り上げ、一路集落へと向かうのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「……」
「……」
 さて、集落に向かった二人であるが。
 集落よりもずっと手前で不意にザザは足を止め、不思議そうにした理沙子もすぐにその理由を理解して足を止めた。
「隠れる場所が無いというのも面倒だな」
「だね」
 ターミナルの大地はただひたすら地平の果てまで続く荒野だ。遮る者の無い場所で確実に見られている。しかも穏やかな様子で無い。
「引き返すのは愚策か」
「そうかも?」
 確実に怪しまれる。そうなれば次に接近するのは難しくなるだろう。
「知らない振りして近づいて、できるだけ観察するか」
「うん」
 決めたのならば迷うのは愚策だ。二人は集落へと突き進む。
「まち、じゃない」
「だな。村と言うよりも……キャンプ地、か?」
 視界広がる風景には家らしい家は無く、半分以上がテントや簡易小屋であった。
「しかし、数は多そうだな」
「……せん、こえてそう」
 目測でも相当な広さがあった。恐らくは直径500m程度の円状に広がっているのだろう。その中に居るのは多くが男性のようだが、建物に遮られて見えない場所も多いため明言はできない。
「こども、いない」
 それでも人間種の成人と思われる者しか目につかないのは引っかかる。ザザのような巨体や理紗子のような女の子が入り込めば目立ってしかないだろう。
「……集落と言うよりも……『陣』だな」
 衣服を見れば普段着がほとんどであるが、男たちの動きには武のたしなみが見て取れた。テントも適当に張られているわけでもないし、囲う柵もしっかりと組み建てられている。野戦陣と呼ぶのにしっくりと来る造りなのだ。
「……むこうから、こない」
「だな。かといってこの感じだと踏み込めばどうなるか分からん」
 近づくに従い向けられる視線は増える。警戒と緊張。加えて敵意とも取れるものも含まれて行く。
「とおりすぎる?」
「興味を向けながら避けるルートで行こうか」
 踏み込むつもりだったが、予想を遥かに超えて柵の中からの視線は剣呑だった。これをただの避難民やら意欲的な開拓者と片付けるのは呑気が過ぎるだろう。
「どういう、ひと、かな」
「……種族は人間種がほとんど、動きから同じ武術、いや訓練を受けている連中だろう」
「ぐんたい?」
 兵隊という解はしっくりきた。ザザは頷きを返すとそれ以外に目立つものがないかと視線を巡らせる。
「テントが邪魔だな。いや、あからさまにテントで壁を構築しているのか」
 その向こう側に何があるのか。なによりも問題は「何故こんなところに」だ。
 理由如何では或いはこちらが背を向けた瞬間狙撃される可能性すらある。自身のこの身はちょっとやそっとで揺らがない自信はあるが、この娘を庇ってまで立ちまわれるかは予想がつかない。
「本格的に調査しないとダメなようだな」
 しかもなるべく早めに。目的次第では大惨事の引き金になりかねない。 
 距離が離れるにつれ、ひきはがされて行く視線を感じながら、二人はそれぞれどうすべきかを考えていた。

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というわけで集落? な状況です。
四方遮る者が無いというのも中々に厄介だったりします。
さて、リアクション宜しくお願いします。
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